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「組織の論理と個の論理のせめぎ合いが、メディアにとって大切」 東京新聞望月衣塑子記者に密着した『i 新聞記者ドキュメント』森達也監督インタビュー

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「組織の論理と個の論理のせめぎ合いが、メディアにとって大切」
東京新聞望月衣塑子記者に密着した『i 新聞記者ドキュメント』森達也監督インタビュー
 
 6月に劇場公開された映画『新聞記者』(藤井道人監督)の原作者であり、官邸記者会見では菅官房長官へ鋭い質問を投げ続けている東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんに、森達也監督(『A』『A2完全版』『FAKE』)が密着。安倍政権下の不祥事や未解決問題をエネルギッシュに取材する望月さんの姿や、官邸記者会見での生々しいやり取りを通して、政権やメディアの今、さらにはその情報を受け取り、消費する我々に訴えかけるドキュメンタリー『i 新聞記者ドキュメント』が、第七藝術劇場、シアターセブン、京都シネマで絶賛公開中だ。(11月29日より神戸国際松竹、イオンシネマ加古川、MOVIX八尾、イオンシネマ四條畷、イオンシネマ高の原、イオンシネマ西大和、イオンシネマ和歌山 にて公開)
 
 ワールド・プレミア上映された第32回東京国際映画祭では、日本映画スプラッシュ部門作品賞を受賞。現在の日本社会を鋭く切り取った本作は、11月15日の全国公開後、ぴあ映画初日満足度ランキング第1位に輝いた。望月さんと菅官房長官との攻防だけでなく、官邸記者会見の撮影許可を巡る森監督の闘いも描かれ、あちらこちらでバトルの火花が散る。かと思えば、望月さんの意外な一面や、取材に応じた籠池夫妻とのやり取りでは思わず笑いがこみ上げる。「僕の映画は、どんどん笑ってほしい」という森達也監督に、望月さんの取材活動に密着することで見えてきたこと、官邸とメディア、さらには我々につながる問題点について、お話を伺った。
 

 
―――6月に公開された劇映画『新聞記者』に引き続き、ドキュメンタリーを発表するというダブルリリースでしたが、元々森監督は、劇映画の監督を依頼されていたそうですね。
森:僕は学生時代から自主映画を撮っており、劇映画出身です。たまたま就職した会社がドキュメンタリーを制作していたので、ドキュメンタリーを撮り始めましたが、劇映画も撮りたいと思っていました。実際に前作『FAKE』(16)の後、テレビドラマを1本監督しています。最初、河村プロデューサーから『新聞記者』の企画を見せていただき、監督を打診されたのでお受けしたのですが、脚本を詰めている時に「劇映画とドキュメンタリーの両方は無理かな」と言われたのです。さすがに両方は無理なので断って、最終的に劇映画の方は藤井道人監督にやっていただき、僕はドキュメンタリーに専念することにしました。テレビ時代も含め、僕は今まで一度も女性を撮ったことがなく、今回が初めて。同じことを続けていても面白くないので、手法も含め、いつもとは違うことをやるつもりでした。
 
 
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■当たり前のことをしている望月さんが、なぜこんなに注目されてしまうのか。

―――女性を撮るのは初めてとのことですが、東京新聞社会部記者の望月衣塑子さんは、本当にエネルギッシュですね。実際に密着しての感想は?
森:撮りはじめて、男女差は関係ないなと思いました。他の人の3倍ぐらいの速さの時間軸で動いているみたいな感じですよね。撮っている間に彼女のモチベーションの高さや、アクティビティの強さ。同時に方向音痴で、ちょっと抜けているところも見えてきた。望月さんには過剰すぎる部分もありますし、パーフェクトな人ではないけれど、彼女がやろうとしていることは、記者として当たり前のことだと思う。でも当たり前のことをしている望月さんが、なぜこんなに注目されてしまうのか。それは密着して実感したことですね。
 
 

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■「なぜこんなに大きな事件や不祥事がグレーのままで終わってしまっているのか」という思いは望月さんと同じ。

―――望月さんは辺野古基地移設問題、伊藤詩織さん準強姦事件、森友問題、加計問題と、安倍政権下で起きた様々な問題、事件に密着し続けています。新元号の祝祭感で、政権が国民から忘れさせようとメディアを使って印象操作をしているように思える問題を、オウム真理教事件をずっと追い続けている森監督は、どんな思いで撮影していたのですか?
森:望月さんと同じ思いはありました。彼女に同行して籠池夫妻や前川喜平さんに会いながら、なぜこんなに大きな事件や不祥事がグレーのままで終わってしまっているのだろうかと改めて思いました。過去形ではなく現在進行形です。例えば今も、沢尻エリカ(11月17日MDMA所持の疑いで逮捕)でテレビが一色になりかけています。このままでは、桜を見る会が政治献金規制法に違反しているという疑惑もまた、グレーのままに終わってしまう可能性がある。ならばこれは政権側の工作であり、メディアの権力への忖度なのか。……そう主張する人は少なくないけれど、僕はその見方については違和感があります。それは考えすぎだと思う。ならばなぜテレビは一色になるのか。視聴率が上がるからです。つまり多くの国民が、政権の重大な疑惑よりも沢尻エリカの事件に反応するからこそ、テレビは今の状況になっている。例えば今、デモが内戦下状態にある香港で芸能人の不倫報道を流しても、誰も関心を示さないでしょう。でも日本では沢尻エリカ報道一色になってしまうのは、メディアもどうしようもないけれど、国民もどうしようもない。そういうことは感じてほしいと思います。
 
 
―――森監督が常々おっしゃっておられる「メディアは市場原理によって社会の合わせ鏡になる」ということですね。
森:権力は暴走するし腐敗する。それは世の常です。だからこそメディアがしっかりと監視しなくてはいけない。今のこの国のメディアがその機能を果たしていない理由のひとつは、市場である日本社会が関心を示さないからです。この映画はメディアと政治に対する批判性はもちろんありますし、ご覧になるほとんどの方はそれを感じると思いますが、それを自分自身にフィードバックしてほしい。
 
 
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■オウム真理教事件以降高まってきたセキュリティ意識が、どんどん強まっている。

―――タイトルの「i」には団体ではなく、個人で考える存在であれという気持ちが込められているように思いますが、3年前の『FAKE』の頃と比べて社会の動きをどう捉えていますか?
森:特に最近、映画や展示会、トレンドアートの表現の自由に対する色々なバイアスがものすごく大きくなってきています。一部の人は権力の検閲であると訴えていますが、これについても僕は違和感がある。基本的には自主規制です。ならばなぜこれほどに自主規制が露骨になったのか。オウム真理教事件以降に発動したセキュリティ意識がどんどん強まっているからです。
 
 
―――セキュリティ意識が強くなった結果、表現関係の自主規制が起こっているということですね。
森:言論や表現には絶対にリスクや加害性がある。ところが、「万が一のことが起きたらどうするんだ」という声に異議を唱えることができなくなっている。不安や恐怖が増幅している。リスクを軽減することは間違っていない。ただ、リスクをゼロにすることは不可能です。でも一つだけ方法がある。展示や上映や発言をやめればいい。その連鎖が続いています。でも、それはまさに、万が一交通事故に遭うかもしれないから家から出ない、との発想と同じです。そんな人生が豊かになるはずがない。
 

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■記者クラブというシステム、最近はマイナスばかりが突出してきた。

―――本作では記者の望月さんが、官邸記者会見で菅官房長官と火花を散らす闘いだけでなく、森監督自身も会見を撮影したいと再三申し出、手続きを行いながらも杓子定規的対応で結局許可が下りないフリーランスジャーナリストの闘いが描かれます。外国人ジャーナリストの意見でも、日本の官邸記者会見や記者クラブが非常に閉鎖的であることを問題視していましたね。
森:記者クラブは明治に始まったシステムで、多くの人が問題視していることは事実ですが、功罪両方があると思います。映画でも登場したギルド的な視点で捉えると、強大な権力と対峙するためにメディアが連帯する記者クラブは、意義があると思います。ただ功罪の罪の部分では、排他性や、一つにまとまるので権力に利用されやすい、などがある。プラスマイナスの両方あるシステムですが、最近はマイナスばかりが突出してきています。それならばシステムを修正するべき。ところが変わらない理由は、政治権力側も今の状態は都合がいいし、メディア側もすぐに情報が共有でき、ある意味で安心できるからだと思います。政治とメディアが相互依存するシステムになってしまった以上、僕は変えるべきだと思っています。会見場の席はあれほどに空いているのだから、もっと広く開放すべきです。
 
 
―――官邸記者会見では望月さんが再三、菅さんに切り込んでいましたが、他社の記者で同じように切り込む人はいないのでしょうか。
森:政治部は政治家と良好な関係を作り、社会部が切り込む。これが日本の組織ジャーナリズムのひとつのスタイルでした。このハーモニーがうまく機能していた時期も確かにあった。でも、今は社会部が弱くなった。ならば権力監視が機能しない。僕も望月さん以外の記者がどうしているのか、聞きたいです。
 

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■鈍感さとセキュリティ感度の低さで「怯えすぎない」

―――望月さんと菅さんの攻防では、食い下がる望月さんを、菅さんが一言でバッサリと切り捨てる姿が幾度も登場し、望月さんは仕事とはいえ、本当にメンタルの強い方だなと思わずにはいられませんでした。
森:確かにメンタルは強い。でもそれよりもむしろ、場を見ない力のほうが強いかもしれない。カメラの前でも、本当に無頓着というか無防備すぎる瞬間が何度もありました。僕もかつてオウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を撮った時、周りから「どうやって撮ったのか」「なぜおまえだけが施設に入れたのか」などとよく質問されました。答えは単純です。撮っていいかと聞いたらOKしてもらえたから撮っただけ。むしろ、なぜ他の人は撮らなかったのかと言いたいぐらいです。推測だけど、多くの人はオウムの危険性やオウム側と見なされるリスクなどセキュリティのアンテナが働き、あの時期にオウムの施設に入らなかったけれど、僕はアンテナがないので施設に入って撮ることができた。そう思っています。セキュリティの感度は場や空気から感染します。空気を読めないという意味では、僕と彼女は共通点がある。ただし彼女は僕よりも圧倒的にメンタルが強い。それは確かです。
 
 
―――7月の参議院選まで盛り込まれていたので、公開直前まで編集他の作業が続いたと思いますが、そんな中、『i 新聞記者ドキュメント』は10月開催の東京国際映画祭(TIFF)日本映画スプラッシュ部門でワールド・プレミア上映されました。
森:当初は6月に撮影終了、8月に編集終了して、9−10月は宣伝期間に当てるつもりでしたが、結局10月まで撮影していたので、TIFFのプログラミングディレクター、矢田部吉彦さんには編集途中のものを見てもらい、「ぜひ、やりたい」と言ってくださった。僕自身、今までTIFFには全く縁がなかったし、国際的にTIFFは商業主義が色濃い映画祭と見られているので、僕の映画なんか上映するはずがないと思っていた。しかも原一男監督の『れいわ一揆』と併せて特別上映と提案されたのに、本作の河村プロデューサーは「コンペティションにエントリーする」と言いだした。何を考えているんだ裏目に出るだけじゃないか、と思いました(笑)。でも最終的には日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞できた。河村プロデューサーの直感と、いい意味での鈍感力、上映を決断してくれたTIFFの矢田部さんの力が大きいですね。
 
 
―――TIFF全体としては、商業主義と言われがちですが、矢田部さんがプログラミング担当のコンペティション部門ではそれぞれの国のタブーを新しい手法で描く意欲作が揃っていました。一般的な評価を鵜呑みにせず、自分で観たい作品を探せば、映画祭のまた違う面を発見できるはずですね。
森:メディアも営利企業ですから、市場原理が基底に働くことは当たり前です。だからこそ組織に帰属する記者やディレクターの抗いや闘いが重要です。僕はそのダイナミズムや、組織の論理と個の論理のせめぎ合いがメディアにとって大切だと思います。そのせめぎ合いが消えてしまったら、組織の論理で埋め尽くされてしまいますから。映画撮影時に、官邸記者会見で望月さんが質問をしようとするたびに、最前列で菅さんと目配せをしていた記者がいました。いわゆる番記者ですね。でも最近異動があったらしく、今の記者は、望月さんが驚くほど鋭い質問を菅さんに浴びせているそうです。やはり、会社じゃなくて、個人なんですよ。
 
 
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■これほどに固有性を隠す日本のメディアは普通ではないことに気づくべき。

―――政治、メディア、日本社会とそれぞれが悪しき方向に向かっていく中で、今一度、問題意識を持ってもらうために、どうすればいいと考えておられますか?
森:『i 新聞記者ドキュメント』を1000万人が見てくれれば、少しこの国が変わるのではないかと思います。……まあそれは分不相応な夢としても、こうした映画やテレビ、記事などが、もう少し増えてもいいのでは、とは思います。アメリカなどでは、この数年だけでも、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』や『バイス』、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』など、政治やジャーナリズムを題材にした作品が、すべて会社や個人の実名を使いながら、数多く公開されている。ところが日本の場合、政治やジャーナリズムをテーマにした数少ない映画やテレビドラマでも、ほぼすべて朝毎新聞とか帝都テレビとか、仮名が当たり前。テレビ報道やドキュメンタリーはモザイクだらけ。僕たちはそれが当たり前だと思っているけれど、これほどに固有性を隠す日本のメディアは普通ではない、ということに気づくべきです。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『i 新聞記者ドキュメント』(2019 日本 120分)
監督:森達也
出演:望月衣塑子他
11月16日から第七藝術劇場、シアターセブン、京都シネマ、11月29日から神戸国際松竹、イオンシネマ加古川、MOVIX八尾、イオンシネマ四條畷、イオンシネマ高の原、イオンシネマ西大和、イオンシネマ和歌山 にて公開。
公式サイト → http://i-shimbunkisha.jp/
 
※シアターセブンで12月7日(土)〜12月20(金)まで「森達也監督 特集上映」開催
上映作品:『A』(98)、『A2 完全版』(15)、『311』(11)、『FAKE』(16)
 
(C) 2019『i-新聞記者ドキュメント-』

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