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誰もがグレーゾーンの中で生きている。 『よこがお』深田晃司監督インタビュー

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誰もがグレーゾーンの中で生きている。
『よこがお』深田晃司監督インタビュー
 
 前作の『海を駆ける』では全編インドネシアロケを敢行し、ディーン・フジオカや仲野太賀の新たな一面を引き出した深田晃司監督。『淵に立つ』で凄まじい演技をみせ、高い評価を得た筒井真理子を主演に迎え、ある事件をきっかけに加害者扱いをされ、全てを失う女の絶望とささやかな復讐、そして再生を描いた最新作『よこがお』が、2019年7月26日(金)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショーされる。
 
 終始張り詰めた雰囲気の中、美容師和道(池松壮亮)の前に現れるリサと、訪問看護先で基子(市川実日子)ら娘たちの勉強を教えてあげるほど信頼関係を深めている市子。同一人物だが真逆の境遇の二人が交互に描かれ、リサと名乗るようになった市子の企みや、結婚を目前に幸せだったはずの市子がなぜ全てを失ったのかが、じわりじわりと明かされていく。無実の加害者と言い切れない市子のグレーゾーンも描かれ、多面的な人物描写と、想像させる余白のある演出に、観終わった後、様々なことが頭の中を巡ることだろう。まさに登場人物の一挙一動から目が離せないサスペンスタッチのヒューマンドラマだ。本作の深田監督に、お話を伺った。
 

 

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■『淵に立つ』のプロデューサーと、「筒井真理子さんの主演で映画を作りたい」。

――――オリジナル脚本で、助演がメインのベテラン女優を主演に据える企画は、今の日本映画界では実現が難しいというイメージがありますが、企画から映画化までの経緯は?
深田:『淵に立つ』の時に声をかけてくれたプロデューサーと、また筒井真理子さんを主演で映画を作りたいという気持ちが一致し、企画を立ち上げました。KADOKAWAの方も筒井さんを主演にした映画に賛同してくれ、プロデューサーの尽力もあってトントンと話が進みましたね。日仏合作ですが、フランス側は役者としての技量を重視しているので、筒井さんのことを絶賛してくださり、スムーズに進みました。
 
 
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■努力家の筒井さんは、すごく信頼できる女優。

――――深田監督からみた筒井さんの魅力とは?
深田:すごく信頼できる女優です。天才的な演技センスや高い経験値、長年培った勘だけではなく、とにかく準備をして現場に臨まれる努力家なので、信頼感が生まれ、今回のように感情の振り幅の大きい役を安心して書けるのです。
筒井さんは、脚本の自分が演じるシーンにびっしりと書き込みをされていましたし、今回看護師を演じてもらいましたが、僕が訪問看護を取材する際も同行したり、筒井さんだけで訪問看護の現場を見学に行くこともありました。また、ある動物の動きをするシーンでは、専門のトレーナーに動きを教えてもらい、自宅で練習を積んだそうです。
 
――――深田監督が絶大な信頼を寄せていらっしゃるのがよく分かりました。『歓待』ではプロデューサーでもあった杉野希妃さんが主演を務めていましたが、今回筒井さんは脚本段階から関わったそうですね。
深田:全体のプロット(構成)ができた段階で、筒井さんに読んでもらい、ざっくばらんに感想や雑談を語り合いました。動物園で市川実日子さん演じる基子が市子に語った子どもの頃のエピソードは、筒井さんとの雑談の中で聞いたご自身の子ども時代の実体験から取り入れたりもしました。実際に脚本を書き始めてからは、こちらに任せていただきました。
 
――――本作では天使のような女から奔放な女、幸福な女から不幸な女 あらゆる状況を演じきった筒井さんですが、演じてみてどんな感想をお持ちになったのでしょうか?
深田:映画のほとんどのシーンに出演していますから、本当に体力的にも大変だったと思います。精神的に負荷の高い役を、器用にこなすのではなく、全力で向かってこられるので、試写会で初めて観た時は、「撮影の大変だったことを思い出しながら観て、疲れたわ」とおっしゃっていました(笑)。肌のハリや疲労具合にまで、細かな役作りもしっかりされていましたから。
 
 
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■私たちの生きている世界は、これだけ不確かで不安定なものという事実をベースに描く。

――――作品ごとに新しいことにチャレンジしておられますが、この作品のテーマは?
深田:映画というのはモチーフと監督の世界観から成り立っていると思っています。今回は筒井真理子をメインモチーフに、私たちの生きている世界はこれだけ不確かで不安定なものであるというポジティブでもネガティブでもないことを、今までの作品同様に描いたつもりです。『淵に立つ』では突然やってきた不審者によって家族が崩壊し、『海を駆ける』では自然災害に見舞われます。私たちは日常が変わりなく続くという期待を持って生きているけれど、日常は変わってしまうものであり、それこそが事実であるという世界観をベースに、物語ができていると感じますね。
 
――――リサが誘惑する美容師、和道を演じた池松壮亮さんは、深田監督作品初参加ですね。思わぬ気づきを与える存在でもありました。
深田:脚本段階で、和道はもう少しチャラく薄っぺらい若者。それ以上でもそれ以下でもない役にしていました。理由も分からないままリサのデートに巻き込まれていく展開を考えていたのです。それでは構成に厚みがないと思っていた時に、池松さんがキャスティングの候補に上がり、オファーさせていただきました。現場でも実年齢以上の落ち着きを感じる方で、池松さんに演じてもらったことで、和道がリサと対等に向き合う、大人のデートのシーンになりました。一方で、市川さんが演じる基子は若々しく、感情の幼さを持った役なので、いい対比になったと思っています。
 
 
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■一人の人間を多面的に見せる時間進行に。

――――ある思惑を腹に秘めて和道に接近するリサと並行して、リサと名乗る前の市子の穏やかな日常が映し出されます。悲劇へと向かう市子の運命が予想できるだけに、よりヒリヒリするサスペンス効果を高めていました。このような構成にした狙いは?
深田:『ブルージャスミン』(ウディ・アレン監督)のように、現代と過去が同時進行する物語にヒントを得た部分もありますし、チェコスロバキアの作家ミラン・クンデラの小説「冗談」の復讐の入れ子構造にもインスパイアされました。どうしても回想シーンを入れるとそこで物語が止まってしまうので、一人の人間を多面的に見せる時間の進行ができないかと考えた結果、二つの時間が同時進行で進み、最後に重なり合う構造になりました。
 
 
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■誰もがグレーゾーンの中で生きている。 

――――深田作品では主人公が不条理な目に遭う場面が度々描かれます。本作も加害者扱いされる市子は何もかもを奪われる不条理が描かれますが、一方、その状況に至るプロセスでは市子の潔白とは言い切れないグレーゾーンの行動も描かれ、観る者も立ち止まって考えさせられます。

 

深田:市子は「無実の加害者」とは言い切れないと思っています。基子に促されたとはいえ、真実を被害者家族や自分の家族に伝えなかったのは市子自身ですし、甥の辰男が幼い頃に性的トラウマになるかもしれないことをしてしまったことも事実です。市子自身は「辰男は覚えていない」と言いますが、被害者は往々にして覚えているものです。誰もが被害者、加害者で分けられるものではなく、グレーゾーンの中で生きている。そういう部分を映画でも描いていきました。そしてあくまでも三人称で語ることも大事にしました。
 
 
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■人が人を好きになること難しさを一番体現したキャラクター、基子。

――――グレーゾーンと言えば、基子の市子へ対する気持ちも単なる恋愛感情だけではなく、母親的愛情を求めているようでもあり、看護師という人生の目標をくれた憧れの存在とも映ります。映画の中でもキーとなる存在ですね。
深田:当初は市子と基子、道子という女性3人の運命が絡み合うような群像劇を考えていたのですが、筒井真理子さん主演の映画を撮りたいという思いから市子にフォーカスする形になっていきました。市川さんが演じる基子は、人が人を好きになることの難しさを一番体現しているキャラクターです。人が人を好きになればなるほど、誰もが孤独に生きている存在であることを実感します。市子も和道もそうですが、彼氏がいながら市子を好きになった基子はそれを際立たせています。
 
――――市子/リサの夢を映し出すシーンが意図的に挿入され、どれも非常に大きなインパクトを与えます。心象風景を鮮やかに映し出しているようにも見えましたが。
深田:僕の場合は映画で夢を描写しても、特別にぼやかしたような加工はせず、夢と現実を等価に描きたい。前半で社会性を失い動物の状態にまで剥き出しになったリサを夢の中で見せておけば、そのイメージは夢であっても観客にとっては映像の一片であって、観客の中ではずっと頭の片隅にその姿が残り続けます。その記憶はまだ市子が幸せな時のシークエンスにも影響を与えていく。それは映画におけるモンタージュの醍醐味ですね。
 
 
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■夢とも現実とも解釈できる湖のシーンは「一番自由に感じていただけるシーン」

――――突然、市子が青い髪をなびかせ、湖畔にいるシーンは現実離れしているけれど、ひたすら美しく、まさにフランス映画を見ているようでした。
深田:意図的に、夢でも現実でも解釈できるようなさじ加減にしています。脚本ではもう少しイメージを書き込んでいたのですが、編集で見直しました。彼女の人生のどこかで、あのような時間があったかもしれないと思ってもらうのも良し、市子の内面の世界と思ってもらうのも良し。一番自由に感じて頂いて構わないシーンです。
 
――――今回は見事な女優映画でしたが、筒井さん主演作はまだ続きそうですか?
深田:実は、筒井さんはコメディエンヌの面もあるのです。最近の岩松了さんの舞台「空ばかり見ていた」でも一番笑いをさらっていましたから。コメディエンヌの筒井さんを撮ってみたいですね。
 
――――筒井真理子さん主演のコメディ映画、期待しております。それでは、最後にこれからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
深田:筒井さん、池松さん、市川さんをはじめ、本当に隅から隅まで、いい俳優がたくさん出演しているので、ぜひ『よこがお』の俳優たちに会いに来てください。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『よこがお』(2019年 日本 111分) 
監督・脚本:深田晃司
出演:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、吹越満、須藤蓮、小川未祐他
公式サイト⇒https://yokogao-movie.jp/ 
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