ペンギン博士が皇帝ペンギンの魅力に迫る!
『皇帝ペンギン ただいま』監修上田一生さんインタビュー
アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、世界で2500万人が観た奇跡のドキュメンタリー映画『皇帝ペンギン』(05)から12年。リュック・ジャケ監督が4Kカメラとドローンを駆使し皇帝ペンギンの過酷な子育てやヒナの赤ちゃんペンギンが成長する姿を描いた最新作『皇帝ペンギン ただいま』が、8月25日(土)よりシネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、9月1日(土)より京都シネマ他全国順次公開される。
真っ白の銀世界だった前作の南極とは違い、温暖化の影響が感じられる過酷な環境で、ペンギンのなかで一番大きい皇帝ペンギンの気高い姿が美しい映像で映し出される。皇帝ペンギンのコロニーでは繁殖期の後、オスたちが体を寄せ合い、命がけで卵を守る様子や、生まれたてのヒナが、薄いグレーのフワフワな羽毛で覆われた若いペンギンに成長し、初めて海に潜るまでにも密着。神秘的な南極の海の中では、ヒュンヒュンと泳ぐ皇帝ペンギンの華麗な姿をカメラで収めることに成功、前作以上に迫力ある映像で、今の南極大陸とそこで生きる皇帝ペンギンたちの力強い姿を映し出している。特に今回は、43歳という年長のオスペンギンにスポットを当て、ベテランならではの知恵や、子育てにも注目したい。
リュック・ジャケ監督と親交が深く、フランス版、日本版の監修を務めた、ペンギン博士こと上田一生さんに、本作の見どころや、ペンギンたちの知られざる一面を伺った。
■皇帝ペンギンはとてもフレンドリー、コンタクトコールで人間とコミュニケーション
―――まず最初に、ペンギン博士の上田さんにとって、皇帝ペンギンの魅力とは?
上田:1つめは、彼らがとてもフレンドリーだということです。リュック・ジャケ監督のような越冬経験はありませんが、私は3回南極に行き、皇帝ペンギンと会うことができました。南極大陸で直立二足歩行をするのはペンギンしかいませんから、そこに我々のような人間が行くと、彼らは「ヘンなペンギンがいる」と思う訳です。300mぐらい向こうから私たちを見つけると、「ア!(おーい!)」とコンタクトコール(挨拶)で声をかけてきたので、私たちも「ア!」と呼び返してコミュニケーションを試みました。最終的には50cmぐらいまで近寄ると、10数羽に囲まれ、私の靴紐を解こうとしたり、カバンを引っ張ったり。本当に好奇心が旺盛で、すごく面白いですね。
2つめは、科学的に言えば、皇帝ペンギンは「地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする唯一の大型脊椎動物」であり、皇帝ペンギン以外に、あんな極寒の中、大変な子育てをする動物はいない。そこも魅力ですね。そして、3つめはまた、皇帝ペンギンは現時点で判明しているだけで、600m潜ることができ、また最大28分息継ぎせずに潜っていられます。人間の場合は一旦潜ったら減圧をしながらゆっくり上がってこないと体に問題が生じますが、皇帝ペンギンは2分ぐらいでそこまで潜り、また2分ぐらいで戻ってくるのです。まだまだ謎に満ちた海を、我が物顔で動き回ることができる皇帝ペンギン。なぜ?と思うことがたくさんあるのも魅力的なのです。
■地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする、皇帝ペンギンの生存戦略
―――ペンギンの子育ては、人間をはじめとする多くの哺乳類と違い、メスが食料調達の旅に出て、オスが卵を守り、温めているのが面白いですね。
上田:鳥類の過半数がオスとメスの共同で子育てをします。ペンギンの場合もほぼ平等ですね。この皇帝ペンギンだけが例外です。「地球上で最も寒い南極の冬に子育てをする」ところに原因があるのですが、体が大きいのでヒナが巣立った直後に大量のエサが必要になります。南極の冬から夏に変わる2〜3週間という本当に短い期間、海にイカや彼らの食料となる魚類が大量発生するのです。その時にヒナを巣立たせるために逆算して繁殖するのが、皇帝ペンギンの生存戦略ですね。
実はペンギンのメスは自分の体重における卵の重さの比重が大きく、重い卵を産んだ直後は、もうヘロヘロなのです。まだ余裕のあるオスに卵を託し、メスはその体を引きずって片道120キロも歩いて海に戻り、アザラシなどの外敵から身を守りながらなんとか海で食料を確保して、また120キロ歩いて帰ってくる。一方、オスは3ヶ月近く絶食して体重が半分ぐらいに減りますが、ずっと同じ場所にいる訳で、どちらも本当に大変な子育てだと思います。協力しなければ、なし得ないですね。
―――今回は43歳のペンギン界では長老のオスにフォーカスし、長老ならではの生き様を映し出しています。フランスの研究所でタグを付けて観察していることから年齢が割り出せるとのことですが、他に皇帝ペンギンの年を見分ける方法はあるのでしょうか?
上田:ペンギンの個体識別はとても難しく、実はペンギン自身も無理なのです。ペンギンは人間よりも非常に耳の聞こえる範囲が広く、またとても記憶力が良いので、ペンギンは声や鳴き方で家族や子どもと全てのコミュニケーションを取っています。
人間が識別する場合は、ペンギンの腕にタグとなるフリッパーバンドを付けたり、ペンギンの胸の筋肉にマイクロチップを埋め込んだりしています。それらを定期的に読み込み、長期観察しているのです。今まで観察されているペンギンのコロニーで最長が60年弱ですから、実際には60歳以上のペンギンがいるかもしれません。今回のフランス、デュモン・デュルヴィル基地は約100年の歴史があるのですが、46〜47年前からタグを付け始め、今回のように確実に43歳というペンギンが何羽かいたそうです。そのペンギンたちをジャケ監督がずっと追い続けた訳です。
実は、タグ以外にも年長者を判別する方法があります。今回は4K映像なので、カメラが皇帝ペンギンに寄った時に見ていただきたいのですが、若いペンギンはクチバシがツヤツヤしていますが、年寄りは筋が入っています。後は目です。ペンギンもやはり白内障になります。逆にヒナの目はキラキラ輝いています。そこは人間と同じですね。
■皇帝ペンギンは年長者の方が行動範囲が広く、好奇心が旺盛
―――なるほど、皆同じように見えた皇帝ペンギンたちですが、パーツをしっかり見ると違いが分かるんですね。ルックス以外に、行動面で長老ならではの知恵や振る舞いが感じられる場面はありましたか?
上田:ペンギンの世界にボスはいませんが、劇中で海に行きたいけれど、氷が変わって行けなくなってしまったという時に、偵察を買って出るシーンがあります。確かに年長者はそういうことをやりますし、年長者の方が行動範囲は広くなるのです。若い個体は活発なのですが、新しいことに出会うとフリーズしてしまう。年長者は好奇心旺盛で、そういう場合でも活路を見出そうとします。また、オスたちが寄り合って、卵を抱いている時にブリザード(嵐)がくるシーンがありますが、ハドリングしているときに転んでしまうのは若いペンギンです。年寄りはうまくいい位置をキープし、体勢を保つわけです。そこは生活の知恵ですね。
■南極圏内で雨が降っている証拠(氷の形)が、初めて映る
―――白銀の世界だった前作と比べ、今回は南極大陸でも茶色い土っぽい場所も見られました。皇帝ペンギンを取り巻く環境はかなり厳しくなっていることが映像から読み取れますね。
上田:南極は火山活動が活発な場所なので、夏は海岸部に黒い露岩地帯が昔からできています。特に今回撮影したオアモックはデュモン・デュルヴィル基地のそばで、ロス海という南極で一番大きな湾の西の方に位置しており、夏には波打ち際に岩が出てきて、アデリーペンギンがその時期に繁殖しています。ただ、今回はご指摘の通り、それ以外に茶色い部分が出てきており、ジャケ監督は映像の端々に中にそういう映像を入れています。
もう一つ、温暖化の影響を見て取れるのが氷の形です。南極の氷の断面はギザギザなのですが、ベネチアンガラスのようにツルツルで丸いものが写っていたのです。それは、南極に雨が降ったことを示しています。つまり、ギザギザの氷の上に雨が降り、一旦溶けた表面がもう一度固まったのです。そういう場所を皇帝ペンギンが苦労して歩いているところを、ジャケ監督はしっかり撮っています。
南極大陸は巨大なエイに例えられ、尻尾の部分が南米大陸の方に伸びています。南極半島ではこの20年間毎年夏はほぼ雨が降る状態なのです。その中で南極圏は南緯66度33分以南を指すのですが、今まで南極圏内で雨は観測されていなかった。それにもかかわらず、南極圏内で雨が降った証拠が映っている訳です。温暖化の影響を危惧するのはもちろんですが、もっと深刻なのは皇帝ペンギンのヒナです。フワフワの羽毛なので、雪だと振り払えても、雨に濡れると体にベチャッとくっついてしまい、そのまま体温や体力が奪われ、死に至ってしまいます。ジャケ監督だけでなく、ペンギン研究者たちも、今後50年で皇帝ペンギンが絶滅するかもしれないという警鐘を鳴らしていると捉えています。そこを大きく取り上げることはジャケ監督の本意ではないのですが、見逃してはいけないポイントであることは確かです。
■前作にはない多彩な視点と、細かい羽毛の様子もわかる4K映像
―――ありがとうございました。最後にフランス版、日本版と両方の監修をされた上田さんから見た、本作のテーマ(見どころ)を教えてください。
上田:1つめは非常に多彩な視点であるということ。南極ではヘリコプターを飛ばしてペンギン撮影をすることは禁じられているのですが、今回はドローン撮影、100mのディープダイビング(水中撮影)と多角的に捉えることに成功しています。2つめは温暖化による環境の変化です。先ほどお話ししたように、雨による氷面の変化を捉えています。3つめは43歳という高齢個体にフォーカスしているということ。そして、4つめは4Kで微細な映像が駆使されています。細かい羽毛の様子から、年長者のクチバシの筋まで確認いただけると思います。
(江口由美)
<作品情報>
『皇帝ペンギン ただいま』(2017年 フランス 85 分)“L’empereur”
監督:リュック・ジャケ
フランス語ナレーション:ランベール・ウィルソン
日本語版ナレーション:草刈正雄
協力:上田一生、サンマーク出版
配給:ハピネット
8月25日(土)全国ロードショー
大阪:シネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ岸和田
兵庫:シネ・リーブル神戸
奈良:ユナイテッド・シネマ橿原
滋賀:ユナイテッド・シネマ大津
9月1日(土)~ 京都シネマ
9月14日(金)~ ユナイテッド・シネマ枚方
9月21日(金)~ 109シネマズ大阪エキスポシティ
© BONNE PIOCHE CINEMA – PAPRIKA FILMS - 2016 - Photo : © Daisy Gilardini
※上田一生さんが監修を務めた本作公開記念ブック「世界一おもしろいペンギンのひみつ~もしもペンギンの赤ちゃんが絵日記をかいたら~」(サンマーク出版)も現在絶賛発売中。