“奪われる側の痛み”を刻み込んだ映画『昼顔』 西谷弘監督インタビュー
人の痛みを感じてこそ、人間らしく生きられる。
「不倫、されど純愛」から「奪われる側の痛み」を刻み込む、愛の結末とは?
映画『昼顔』
■2017年 日本 2時間05分
■出演:上戸彩 斎藤工 伊藤歩 平山浩行
■監督:西谷弘 ■脚本:井上由美子 ■音楽:菅野祐悟
■(C)2017 フジテレビジョン 東宝 FNS27社
■公式サイト: http://hirugao.jp/
■2017年6月10日(土)~全国東宝系にてロードショー
「夫のある身で奥さんのいる人を好きになってしまった私は、罰を受けました。」というモノローグから始まる映画『昼顔』。2014年の夏、センセーショナルを巻き起こした上戸彩主演のTVドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』の3年後を描いている。「不倫、されど純愛」というテーマがさらに昇華して、「奪われる側の痛み」を刻み込みながら衝撃のラストへと疾走する。ドラマファンならずとも、運命の恋の道行に引き込まれる快感と、さらに、抗えない“人間の業”を鮮烈に植え付けられる衝撃作である。
不倫によって多くの人を傷付け多くのものを失った主人公・紗和(上戸彩)。紗和への想いを封印することによって紗和を守ろうとした北野(斎藤工)。強引に夫を取り戻したものの孤独を抱えて生きる北野の妻・乃里子(伊藤歩)。二度と出会ってはいけない紗和と北野が再会した瞬間の溢れ出た感情に、胸キュン必至。そして、奪い、奪われる女たちの対峙には、怒りと絶望と悲しみが入り交じった恐怖の緊張が走る。
男と女のドロドロより、女同士の対峙に重点を置いた、大人のための新しいラブストーリーを完成させたのは、TVドラマに引き続いてメガホンをとった西谷弘監督。敢えて「一番不倫が似合わない人」をイメージして上戸彩を主役に抜擢。「逆境の中でも生きる力を失わない強さと色っぽさを表現してくれた」と絶賛。いつも明るい笑顔の上戸彩が世間から冷たい言葉でボコボコにされる様は、か弱い中にも意外な強さを感じさせて新鮮。
また、俳優として絶大な人気を誇る斎藤工には恋に奥手な純真な教師役を。「どんな役にも染まる覚悟を持った俳優」と絶大な信頼を寄せる。そんな二人の前に立ちはだかる乃里子を演じた伊藤歩は、最初、役柄に感情移入できず苦しんだという。それを「一所懸命生きている一人の女性を演じてもらいたい」と話し合いを重ねたそうだ。ようやく取り戻した夫を気遣ったり、心ここに在らずの夫との生活に孤独感を覚えたりと、それまでの人物の関係性を明確に表現。再び紗和と対峙して激情をぶちまけるシーンでは目が覚めるような迫力で圧倒する。さらに理性で感情を抑え込むシーンなど、彼女の的確な演技に激しく共感してしまった。
不倫に対する風潮も変化する中、「自分の気持ちに正直に生きることをよし」としながらも、「いかに奪われる側の痛みを刻み込めるか」という西谷弘監督の強い想いが伝わってくる。人の痛みを感じてこそ人間らしく尊厳ある生き方ができるのではと、映画『昼顔』は教えてくれているようだ。
【西谷弘監督のインタビューの詳細は下記の通りです。】
――TVドラマ以上に衝撃的なラストでしたが、映画化するにあたり特に工夫した点は?
ドラマから3年の月日の間に不倫への世間の意識は変わりました。映画化が決まる頃には風当たりが強くなってた。今、映画にするべきか否か躊躇もしましたが、折角吹いた風。追い風にするか?向かい風と捉えるのか?は、我々制作側にかかってると前向きに考えるようにしました。ドラマ当初は「不倫、されど純愛」と掲げていましたが、「奪われる側の痛み」をどれだけ制作側が意識できるのかが重要だと思いました。その痛みを紗和の胸にどう刻みこむかが映画作りの起点でもありました。但し、ドラマからのアンサーだけの映画ではなく、独立した新たな一作品を目指しました。
――表情の変化を細かに捉えた映像が印象的でしたね?
雑多な中で視聴するTVは「わかりやすさ」が常に求められますが、整った環境の映画は観客がスクリーンといかにコミュニケーションとれるかが大事。ドラマで多投した“紗和の独白”を映画では物語が進むにつれて削っていきました。紗和の言葉で感情を知らせるのではなく、その表情で伝え、探ってもらえればと。よりヒロインに感情移入していただけると思います。
――現場での演出は細かい方ですか?
ドラマ当初は、紗和と北野への注文は細かく厳しかったと思います。でも、今作は上戸さんも斎藤さんも2年振りに役を演じたのですが、二人とも紗和と北野がしっかりと体の中に浸みついていました。だから、二人の体内から湧き出す芝居を大切にしました。できる限り、自然体を生かしドキュメントを撮るように描きました。
――それまでのイメージを払しょくするような演技を見せた上戸彩さんについて?
ドラマ撮影の時以上に、演技の幅を感じましたね。劇中、説明的なセリフがあっても、喉を絞ったり、開いたり、時に声を胸の奥から発したり。そうすることによって、紗和の言葉になり、自然なカタチで観客に伝わる。また、セリフのない長回しのシーンでも、その表現力は圧巻でした。とてもスクリーン映えする女優さんだと思います。今後は映画女優としても活躍していくのではないでしょうか。
―――親しみやすい笑顔が魅力の上戸彩さんだからこそ、共感しやすい?
最初、上戸さんにキャスティングのオファーを入れたとき断られたんです。恋愛ものを演じるのに苦手意識があり、不倫に対しても嫌悪感があると。でも、そんな背徳の似合わない上戸さんだからこそ演じて欲しいと、粘り強く口説きました。ドラマの第1話は、紗和が隣町の火事を眺めているところから始まり、最終回では自分の家に火をつけてしまう。不倫は決して“対岸の火事”ではない。昼顔は上戸さんが紗和を演じたからこそ多くの共感を得られたのだと思います。
――斎藤工さんについては?
最初、プロデューサーに斎藤さんを薦められましたが、映像や写真で見る限りカッコ良すぎるのでピンと来ませんでした。紗和同様、背徳の似合わない俳優を求めていたので。でも、お会いしてみたらとても好感が持てました。飾らず気負わない、斎藤さん本来の姿が窺えたからです。ここから北野先生を創っていけるなとワクワクしたのを今でも覚えています。彼自身、監督もする作り手でもあるせいか、とても染めやすい役者、常に役柄に染まる覚悟を持っています。いつもニュートラルで挑むことのできる、勇気ある俳優です。
――乃里子役の伊藤歩さんの存在がドラマに深みを出していましたね?
昼顔の核はラブストーリー以上に女同士の生き様のぶつかり合いです。連ドラでは利佳子(吉瀬美智子)との女同士の友情でしたが、映画は敵対同士。避けては通れないシーンであり、観客が観たいシーンだと思います。クランクイン前、伊藤さんはどちらかといえば紗和の心境に同情的でもありました。それが、本番では「絶対に紗和を許せない!」と言い切るまで乃里子に同化してました。とてもスキルの高い女優さんです。ドラマから映画に至るまで、乃里子という苦しい役を演じきった伊藤さんに感謝しています。
――接見禁止の誓約書まで交わした北野先生に会おうとする紗和の行動について?
行動原理は“人間の業”でしかありません。紗和と北野が再会してからの物語にウエイトを置くために、紗和の自制心や揺れの表現はテンポを上げて描きました。ルール違反すれすれの逢瀬は、二人にとって、もどかしくも甘い至福の時だったのです。
――紗和が乃里子のマンションに会いに行き対峙するシーンで、乃里子が一瞬見せた夜叉のような表情が衝撃的でしたが?
あのシーンがその後の全てを決めることになります。まさに女同士の生き様のぶつかり合いです。もしも二人に、その先の未来が予測できたとしても、同じ言葉を使い、同じ感情になるのだと思います。それは、人間の「愛」なのか?「業」なのか?観客の皆さんも、自分自身に問いかけてみてはいかがでしょうか?
――「映画はTVドラマのアンサーにしたくない」と仰ってましたが、TVドラマを観てない人でも人物の関係性が分かりやすく作られていましたね?
紗和と北野のラブストーリーの行方や、乃里子との人間模様をより深く掘り下げたかった。もちろん「吉瀬(美智子)さんや木下(ほうか)さんなど、連ドラのオールキャストを見たい!」という声はたくさん聞こえてきましたが、2時間の映画で全てを消化するのは、事象の羅列になるだけなのでキャストを絞り込みました。但し、紗和と北野の素性を知らない、二人を客観視できる人物が必要だなと思いました。さらに、紗和にとって元夫の亡霊となる存在が欲しかった。それは、元夫本人を登場させるのではなく、他人からの言葉で紗和に影響を与えたかったからです。そこで新たに、杉崎という色気のある大人の男を登場させました。また、今まで登場した男たちは、生物教師、画家、編集者といった文化系が多かったので、体育会系キャラに色合いを変えてみました。
――自分の気持ちに正直に生きようとする紗和のように、今後のラブストーリーの表現が変化してくのでは?
どうでしょうか?日本人には「本音と建前」という文化や、「やせ我慢」を美学とするところがありますからね。
――ラブシーンについて?
紗和と北野のラブシーンは、とても魅力的でした。エロスを醸し出すのに裸で抱き合えばいいという訳ではないと思います。エロスは“生きる欲望”という考えで、逆境の中でも生きる力を失わない強さ。それが二人のラブシーンです。
――瑞々しい映像でしたね?
許されぬ愛の物語です。悲しみや切なさは必然にやってくる。それは、きっと淋しさを生むことになるだろうと。淋しさを少しでも埋めてくれるのは美しいものを見ることだと思います。ロケーション、シチュエーション、そして人物描写に美しさを追求しました。
――今後、自由企画で撮れる機会があったら?
青春映画です。でも“キラキラ”ではなく“キラ・ギラ”したものを撮りたいです(笑)。
(河田 真喜子)