現代によみがえらせた『雪女』で描きたかったことは?
『雪女』監督・主演、杉野希妃さんインタビュー
長編デビュー作『マンガ肉と僕』、全編インドネシアロケの長編2作目『欲動』と、主演や出演、プロデューサー業をこなしながら話題作を世に送り出していた杉野希妃監督。3作目の題材に選んだのは、小泉八雲の「怪談」より、日本人になじみ深い短編「雪女」だ。独自の解釈を加えながらも、「雪女」の世界観を踏襲。自ら雪女/ユキ役を演じる最新監督作『雪女』が、4月1日(土)よりシネ・リーブル梅田、シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館の関西4館で同時公開される。オール広島ロケによる日本の原風景や雪のシーンを交えながら、人間の男を好きになった雪女、そして雪女の娘ウメの生き様を、幻想的な映像で綴っている。
監督・主演の杉野希妃さんに、『雪女』を映画化するにあたって原作から膨らませた部分や、現代によみがえらせた『雪女』に込めた思いについてお話を伺った。
■『雪女』映画化で出したかったのは、寺山修二監督作品『さらば箱舟』のような世界観
━━━「雪女」を映画化したきっかけは?
杉野:4年前、『おだやかな日常』でトライベッカ映画祭(ニューヨーク)に参加したとき、小泉八雲のエッセイ映画を撮る企画を進めていた現地在住のプロデューサーの方にお会いする機会がありました。小泉八雲の本についてお話するうちに、その方からふと言われたのです。「(杉野さんは)雪女っぽいから、やってみれば?」と。確かに雪女のことはなんとなく知ってはいましたし、映画化すれば面白いかもしれないとその場で思い、まずはきちんと本を読もうと帰国後八雲の「怪談」を買い求めて、初めてきちんと「雪女」を読みました。
━━━改めて「雪女」を読み直し、どこに魅力を感じましたか?
杉野:たくさんの驚きがありました。まず、こんなに短いお話だったのかということ。また、子どもを10人も産んでいたとか、雪女の感情が全く描かれていないなど、驚きと謎に満ちていました。ただ、その謎を解き明かしていく感覚がむしろ楽しく、私なりの解釈で映画化すれば、きっと面白いものができるはずだと。ニューヨークでの直感が映画になったのは不思議な気分ですが、神のお導きか、映画の神様が囁いてくれた。そんな気がしています。
━━━誰もが知っている「雪女」のイメージを膨らませ、脚本化するのは難しい作業だったと思いますが、どのようなプロセスを経たのですか?
杉野:当初プロデューサーからは、完全な現代ものとして制作することを提案されました。でも雪女のユキが洋服を着て、現代版ファンタジーのように描いてしまうのは、もったいない。私が「雪女」を読んだ時に感じた日本の原風景や雪景色を、現代の設定に織り交ぜて雰囲気を出していくことに違和感を覚えました。時代設定を変えて新しさを出すより、思想的な部分に今の私が考えていることを織り込むことで新しさを出す方が、自分らしい作品になる。そう考えて、現代のパラレルワールド的な、ある村のどこかという設定にしました。寺山修二監督作品『さらば箱舟』のような世界観、つまり「もしかすると、あるかもしれないし、ないかもしれない」というギリギリのラインの世界観が好きなのです。映像的にCGを使って表現するやり方ではなく、淡々とした静寂の中に潜む感情を大切にすることで表現していきました。
■「何といわれても演じたかった」雪女役がもたらした役者人生初の体験とは?
━━━杉野さんが雪女として登場するシーンから、雪女の持つ妖艶さや儚さが漂い、特別な世界に誘われました。演じる上で、プレッシャーはありましたか?
杉野:誰に何を言われても、雪女は自分で演じてみたかった。そもそも、人間でないものを演じてみたいという願望もありましたし、俳優として「このキャラクターは掴みにくい」と思うものこそ、やる気が出ますから。雪女がどのように人間と交わり、人間化していくのかという部分も演じがいがありました。
━━━雪女は怖い存在というより、死への渡し人のようなニュアンスを感じますね。
杉野:雪女が死に寄り添うような感覚は残したかったですね。「ホラー映画かと思ったのに…」というご感想もいただきますが、オープニングも怖さだけでなく、どこかやさしさを出しています。おこがましい話ですが、『雨月物語』の京マチ子さんが本当にアップで映っていらっしゃるので、撮影の上野彰吾さんとギャグで「打倒、京マチ子さん!」と言いながら、どの角度やアップがいいかを試行錯誤を重ねて、撮っていました。
━━━雪女を演じてみて、杉野さん自身の中に何か変化や感じることはありましたか?
杉野:水野久美さん演じるばあばが死んだ後、ユキとウメの二人が慈愛の目でばあばを見つめるシーンを書いたのですが、撮影中にその表情をしようとしてもできなかったのです。ひたすら無表情で見つめる演技しかできなかった。モニターを見た時に、脚本を読んでいるはずのウメを演じる山口まゆさんも、同じく無表情で見つめていて、演出をした訳でもないのに同じ眼差し、同じ無表情で、二人の動きがシンクロする空気感がその時ありました。演じるためには自分をコントロールしなければいけない部分がありますが、コントロールできないものが確かにあると今回初めて感じました。
━━━物語の中心となるのはユキと巳之吉の夫婦関係とその愛ですが、劇中でその愛を表す美しいラブシーンが登場します。女性監督が描くエロスの表現が、艶っぽく、そしてラストシーンに説得力を持たせていました。
杉野:あのラブシーンは絶対に必要ですし、少し長めに撮ろうと最初から考えていました。生々しい感じであり、且つ男目線ではない感じのシーンにしたかったのです。ただ、自分で書いたとはいえ、オールアップ直前の締めのシーンでしたし、夜中からキャメラを回していたので、「なんて大変なシーンを入れてしまったのだろう」と撮影直前は一瞬後悔しましたね(笑)。
■「夫婦だが緊張感のある二人」青木崇高が演じる夫・巳之吉。
━━━巳之吉役の青木崇高さんは、昔ながらの日本男子がはまり役でした。キャスティングの経緯は?
杉野:私がプロデューサーを始めたころから、味のある芝居をされる青木さんと、いつかお仕事をご一緒したいと思っていました。元々海外の監督や映画人と一緒に仕事をしたいというお気持ちが強い方で、今回念願叶って巳之吉役をオファーさせていただきました。原作の巳之吉は朴訥としていて、肝心な場面でうっかり口を滑らせてしまったという雰囲気を持っています。ただ映画となると、雪女が化けて現れるのに、単に朴訥としている人だと張り合いがない。雪女が冷たいなら、巳之吉は情が深いというように、いい緊張感や張り合いのある感じで、両者が対比できる存在であってほしい。青木さんなら巳之吉の中にある感情の軋みを表現していただけると思いました。特に細かい指示は出さず、「夫婦だが、緊張感のある二人」とだけお伝えし、狙い通りに演じていただいたと思います。
■ユキの娘、ウメは『雪女』で一番大事なオリジナルの役。
━━━山口まゆさんが演じるユキの娘・ウメは、原作にはないオリジナルの設定ですが、どのような演出をしたのですか?
杉野:山口さんには、ウメというキャラクターが今回の『雪女』で一番大事であることを説明しました。「異種である雪女と、人間の間に生まれた子どもがどういう存在なのかを、この映画で描きたい。原作にないキャラクター、ウメを作り、10人いた子どもを、ウメ一人に集約させているので、頑張って演じてください」と狙いを伝えました。ただ、あえて作り込まなくても、山口さん自身が持つ素質の中に、二代目雪女に通じるものがありました。まだ思春期で、子どもっぽいところもあれば、達観した雰囲気も備え持ち、口を開けば子どもっぽいことも話したりする。そんなアンバランスさや無防備さに色気を感じました。ウメの中には自分は人間なのか、雪女なのかという葛藤もありながら、どこかでその運命を受け入れています。山口さんのポテンシャルがあれば、多くを言わなくてもそのニュアンスを演じてくれると思ったので、安心してウメ役を任せることができました。
━━━ウメが成人の儀式に参加しているシーンが2回登場しますが、そのシーンを取り入れた意図は?
杉野:実は儀式のシーンで、ばあばが「儀式の意味を忘れてしまう社会は、滅びるのみよ」という台詞を入れていました。説明的すぎるので最終的にはカットしましたが、代々儀式を行う意味を本当に私たちは知っているのだろうか。そのような問題提起を含め、象徴的に映像へ入れたかったのです。2回目の儀式では、子どもから大人になったウメを描いています。最後に何を思うのか、そのウメの顔で物語を終わろうと決めていました。
■運命的な佐野史郎出演秘話と、あて書きの一人二役に込めた狙い。
━━━茂作役の佐野史郎さんは、ご自身でも小泉八雲の朗読をライフワークとされ、妖怪への造詣も深いそうで、『雪女』にピッタリのキャスティングです。
杉野:佐野さんは『禁忌』という作品で、私が演じるヒロインの父親役でした。ちょうど「怪談」を読み終わり、『雪女』を撮りたいと考えていた頃だったので、撮影の合間に『雪女』の話をしたところ、偶然なことに、佐野さんもアニメーション版『雪女』(イジー・バルダ監督)のプロデュース兼声優をしているとお話してくださり、これはもう運命だと思いました。佐野さんからも「やればいいと思うよ」とおっしゃっていただいたので、その場で「佐野さんにあて書きしますので、ご出演いただけますか」と出演のお願いをしていました(笑)。
ずっと脚本の進捗状況をお伝えしては、「待っています」とお返事をいただいていたのですが、いよいよ出来上がった脚本をお届けした時、「大好きな幻想怪奇の世界がきちんと描かれている」と評価していただき、ほっとしました。当初から佐野さんには茂作だけでなく二役演じていただこうと決めていました。茂作は自然寄りの人間ですが、茂作の兄、雨宮は文明寄りの人間で、兄弟でも全然違うという設定になっています。
━━━佐野さんを二役にするという設定からも、原作「雪女」から物語が膨らんだ形になっていますね。
杉野:実は、脚本の途中段階までは茂作と神主の二役という設定でした。雨宮的存在、つまり町の権力者を象徴した存在ですが、神道という民俗学的なものを掛け合わせた世界観、しかも少しエロイという役どころです。ただ、「現代社会との対比的存在」の雨宮にする方が、本来の雪女寄りになるのではないか。雪女は自然の化身という見え方もできますし、人間は自然の一部として生きているのに、自然VS人間という二極対立的な視点で世界を見ているのではないかという問題提起が、雪女の中にもあると思うのです。文明VS自然という形で表現した方が分かりやすいのではないかと考え、今の形に落ち着きました。
■杉野作品を象徴する川シーンと音楽の考え方。
━━━日本の原風景や雪模様の美しさも大きな見どころです。特に、渡し舟で川を行き来するシーンが意図的に挿入されていますが、何を象徴しているのですか?
杉野:長編デビュー作の『マンガ肉と僕』でも川を象徴的に出していますが、私にとって川はあの世とこの世の狭間であったり、子どもと大人の境界のゆらぎを表現できるものだと思っています。私の出身地、広島が三角州の街なので川が多く、だから私も川を見ると、とても落ち着きます。
━━━杉野さん監督作の音楽は、和楽器や民族楽器を使い、作品世界の雰囲気を的確に表現していますね。個人的にも非常に好きな音楽の使い方です。
杉野:私の作品を、例えば久石譲さんのような音楽を付けてドラマチックにすることもできますが、音楽を作って感情を引き出すのではなく、音の一つ一つを自然の一部としてはめ込んでいく形にしたいという狙いがありました。音楽のsowjowさんはそれを汲み取ってくれたと思います。ラブシーンの時も、二人の交わりを描く不協和音を少し入れてもらい、耳障りかもしれないけれど敢えて加えています。
■杉野希妃、監督としてのこれから。
━━━『雪女』で長編監督作としては3作目になりますが、どんな手応えを感じていますか?
杉野:3作とも全く違う作風になっていますし、まだ自分自身の個性を掴み切れていない部分があります。それは悪いことではなく、これからの伸びしろと考えて自分自身の作家性を模索していくのが、今はとても楽しいですね。美しさについてのこだわりや、思想の多様性という部分での個性はありますが、映像的な個性はまだまだ模索していきたいと思います。
━━━最後に、今の時代に映画で「雪女」を蘇らせた意味とは?
杉野:宿命から逃れられない悲恋という雪女の切ないラブストーリーは、染み入るものがあると思います。また、違う存在と交わることは何なのか、何を意味しているのかを、現代に置き換えて考えていただければうれしいです。
(江口由美)
<作品情報>
『雪女』(2016年 日本 1時間36分)
監督:杉野希妃
出演:杉野希妃、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎、水野久美、宮崎美子、山本剛史、松岡広大、梅野渚他
2017年4月1日(土)~シネ・リーブル梅田、シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館
※4月1日(土)シネ・リーブル梅田、シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、元町映画館各劇場で杉野希妃監督による舞台挨拶あり(詳細は各劇場サイトまで)
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