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「心の故郷は台湾」歴史に翻弄された湾生たちに密着したドキュメンタリー 『湾生回家』ホァン・ミンチェン監督インタビュー

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「心の故郷は台湾」歴史に翻弄された湾生たちに密着したドキュメンタリー
『湾生回家』ホァン・ミンチェン監督インタビュー
 
1895年から50年に渡って続いた日本統治時代には、日本から渡った官僚や企業の駐在員、移民として渡った土地を開拓した農業従業者など、多くの日本人が住んでいた。「湾生」とは、戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人を称する言葉。11月26日からシネ・リーブル梅田他で順次公開される『湾生回家』は、湾生たちが終戦で日本本土に強制送還された後、どのような人生を歩んできたか、そして彼らが生まれ育った故郷、台湾の地を再び訪れる姿を綴るドキュメンタリーだ。
 
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台湾でドキュメンタリーとしては異例の大ヒットを記録。大阪アジアン映画祭2016ではオープニング上映後スタンディングオベーションが起こり、観客賞にも選ばれた同作。終戦後70年以上経っても、心の故郷台湾にいた頃のことを思い返し、その地に戻りたいと痛切に願う湾生の皆さんの姿や、台湾から湾生の肉親のルーツを辿って日本を訪れる子孫たちの姿など、戦争で引き離された家族や友人たちが長い時を経て再会を果たす「絆」を感じる物語でもある。台湾と日本の、あまり知られることのなかった歴史の一面に光を当て、浮かび上がらせたという点でも必見作。劇中で流れる懐かしいメロディー『ふるさと』が、観る者の心の中にある故郷の記憶を呼び起こしてくれることだろう。
 
本作のホァン・ミンチェン監督に、湾生の皆さんにインタビューをして感じたことや、湾生たちを通して見つめた日本統治時代、そして湾生と台湾人との共通点についてお話を伺った。
 

■初めて知った「湾生」という存在。台湾の記憶も思い起こさせてくれた。

―――台湾はドキュメンタリーとして異例のヒットを記録し、若い観客も多かったそうですが、どんな感想が寄せられましたか? 
ホァン・ミンチェン監督:(以降ホァン監督)「とても感動している」との声が多かったです。言葉にならないという方も多く、自分のアイデンティティの拠り所など、心の奥の柔らかい部分を刺激したのではないでしょうか。 
 
―――本作を撮ることになった経緯は?
ホァン監督:元々、日本にはとても興味がありますし、初めて訪れた海外は25年前の京都でした。2013年にファン・ジェンヨウプロデューサーから電話でオファーされ、そのときに「湾生」という言葉を初めて聞きました。それから湾生の方を探して、取材を重ねた訳ですが、徳島の大学の先生から冨永さんを紹介していただきました。清水さんは早い時期に花蓮に来てくださり、色々とお話を伺うことができました。 
 
―――私も「湾生」という言葉を、この映画で初めて知りました。
ホァン監督:今回たくさんの湾生の方々にお会いし、彼らがこんなにも台湾のことを愛してくださっているのを目の当たりにしました。これは台湾人である我々が注目する点です。日頃そこで暮らしていると、台湾の良さになかなか気づきませんが、台湾の記憶までも思い起こさせてくれました。 
 

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■湾生の人たちが、自らのアイデンティティについて悩む姿は、台湾人も同じ。

―――映画で登場する湾生の方は、官僚として台湾に赴任した家族のご子息もいれば、開拓移民として台湾に行き、何代にも渡って現地で暮らしてきた方もいらっしゃいました。たくさんお会いになった湾生の方の中から映画の6名を選ばれた基準は?
ホァン監督:私を感動させてくれるかどうかが基準となっています。彼らの人生、日本に引き揚げてからどのように暮らしてきたのかについて、私が感動するということは、観客も感動するのではないかと思いました。
 
また、彼らの体験を共有できるかも重要でした。私の人生の中でも、アイデンティティについて考えることがよくあり、その部分は湾生の方と同じなのです。彼らが持っている疑念は共有できますし、人生の大先輩でもある彼らが自らのアイデンティティについて悩んでいる姿を見て、そう思いますね。
 
―――湾生の方は、常に自らのアイデンティティについて問い続けていましたね。
ホァン監督:彼らの持っている悩みは、中国と日本という2つの文化の狭間で、アイデンティティに悩んでいる台湾人が持っている悩みと同じです。文化の狭間で悩む一方、何かを生み出す力もあり、悩む部分も人間を成長させるのに大事な部分ですね。 
 
―――映画で登場された方以外にも、30人近くの湾生の方とお会いになったそうですが、インタビュー中、どのような様子でしたか? 

 

ホァン監督:子どもの頃カエルを膨らませたりしたイタズラや、些細なことも色々はなしてくださいました。子どもの頃の話は嘘がありませんし、体で覚えている記憶を皆さん、うれしそうに話してくださいましたね。 
 
―――本作の中でも小さい頃から台湾人やタイヤル族の子たちと遊んでいたという冨永さんが、様々なエピソードを語っておられ、非常に印象に残ります。 
ホァン監督:冗談を言うのが大好きなおじいさんといった感じですね。撮影の時はとても喜んでくれましたが、普段はとても孤独な感じを受けました。今回、この映画の撮影を通じて、周囲に人がいることや、多くの湾生の知り合いと出会えたことを本当に喜んでくださっていたようです。 ちなみに冨永さんは元大学教授で台湾原住民の研究をされていたそうです。
 
―――台湾では映画を見て冨永さんのファンになった若いファンもいたそうですね。 
ホァン監督:台湾では冨永さんにサインを求める方もいたそうです。撮影中には「この映画の主役は私」ともおっしゃっていました(笑)。 
 

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■湾生の方が台湾で過ごした一つ一つの経験は、書物でも探すことはできない。

―――70年以上昔の話でありながら、湾生の皆さんは昨日のことのように、時には涙を浮かべながら語っておられました。当時の台湾を知る上でも、非常に貴重な証言です。
ホァン監督:今まで自分たちが経験したことに興味を持って下さった人がいなかったので、このように取材で話を聞いてもらえるということを嬉しいと思っていただいたようです。日本の戦争の記憶は決まりきった部分だけのように感じます。湾生の方の存在という、今まであまり注目されなかったところを今回取材し、時間を共有することに対して、とても協力的。話せることは何でもという気持ちが、伝わってきました。湾生の方が台湾で過ごした一つ一つの経験は、書物でも探すことはできません。多くの台湾人に、日本統治時代の知られざる一面を明らかにすることになったのではないでしょうか。 
 

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■50年の統治を受けた日本をなぜ台湾人が好きなのか。その疑問が映画を作る原動力に。

―――それぞれの個人史を紐解くドキュメンタリーである一方で、日本統治時代の知られざる歴史を湾生たちの語りから綴っています。監督ご自身は日本統治時代をどうとらえていらっしゃいますか? 
ホァン監督:とても複雑ですね。日本はとても好きですが、多くの台湾人が日本を好きだというのは、少し誇張されている気がします。50年も植民地としての統治を受け、私自身も、なぜ台湾人がこんなに日本を好きなのだろうと思いますから。私が知っていることの多くは本やメディアから得たものなので、完全には信じられません。やはり自分が湾生の方たちと直接交流して得たものの方が信じられますね。50年の統治を受けて、なぜ台湾人が好きなのかという疑問がこの映画を作る原動力になりました。
 
―――なるほど。そのような疑問を原動力にした『湾生回家』を撮り終え、ホァン監督の中で何か新しい気付きはありましたか?

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ホァン監督:普段興味があるのは、台湾人が日本人をどう思っているのかという点でしたが、日本人が日本人をどう思っているのかをあまり考えたことがありませんでした。今回撮影で気が付いたのは、日本人の中に、台湾に対して申し訳ないという気持ちがあるということです。松本さんのお嬢さんが「アジアの国は日本のことを嫌っているのに、台湾は日本のことが好きだ」とおっしゃっていたのには、非常に驚きました。今まではその意味を理解することができなかったし、そして今回の撮影で一番困難な部分でした。
 
―――台湾語を話せる湾生の方は、直接監督とお話されたのでしょうか?
ホァン監督:湾生の方が台湾に住んでいた頃からかなり時が経っていたので、そこまで多くはなかったです。ただ、家倉さんと松本さんは、日本が戦争に負けてから本土に帰るまで2年ぐらいかかったので、国民党政権下での学校にも通い、中華民国の国家も歌っていたそうです。それは多くの人が知らなかった事実です。この2年間は私にとっては非常に興味深いのですが、一般的にはあまりそう思われていません。
 

―――今回密着した湾生の皆さんの存在を、どのように捉えていますか?
ホァン監督:人類の歴史の中の、一つの証明と言えるのではないでしょうか。人はある時期愚かであり、興奮しすぎたこともありましたが、戦争は二度と起こしてはいけません。

 
―――湾生に密着することで、日本と台湾の歴史に触れる作品を撮られましたが、今後、また別の切り口での構想はありますか?
ホァン監督:私は『湾生回家』を撮るずっと以前から、どのような題材がいいか考えています。感情的に日本が好きという部分もありますが、やはり台湾の歴史の中で日本がもたらしたことの重みはとても大きい。ドキュメンタリーにせよ、劇映画にせよ、感動できるかを念頭に置いて、取り組んでいきたいですね。
 
―――最後に、メッセージをお願いします。
ホァン監督:日本と台湾の交流だけではなく、人間の普遍的なテーマを描いています。自分の心を失ってしまうと、自分が住んでいる社会に溶け込めず、孤独に陥ってしまいますから。『湾生回家』を通して、日本と台湾で心の交流や絆があることを感じていただけるでしょう。それは、私にとって非常に光栄なことなのです。
(江口由美)
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<作品情報>
『湾生回家』
(2015年 台湾 1時間51分)
監督:ホァン・ミンチェン
出演:冨永勝、家倉多恵子、清水一也、松本治盛、竹中信子、片山清子他
2016年11月26日(土)~シネ・リーブル梅田、ユナイテッド・シネマ橿原、12月17日(土)~京都シネマ、今冬~元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.wansei.com/
(C) 田澤文化有限公司
※11月27日(日)シネ・リーブル梅田にて、出演者冨永勝さん、家倉多恵子さん、松本治盛さんの舞台挨拶あり
 

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