レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

様々な過去を背負った大人たちが、無邪気な笑顔を見せるまで。 『オーバー・フェンス』山下敦弘監督インタビュー

overfence-di-550.jpg

様々な過去を背負った大人たちが、無邪気な笑顔を見せるまで。
『オーバー・フェンス』山下敦弘監督インタビュー
 
『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)、『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)に続く佐藤泰志原作函館三部作の最終章『オーバー・フェンス』が、9月17日(土)よりテアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国ロードショーされる。
 
監督は、『マイ・バック・ページ』『味園ユニバース』の山下敦弘。大阪芸大出身の監督による連作というのも面白い試みだが、撮影監督は三作とも同じく大阪芸大出身の近藤龍人で、まさに近藤三部作でもある。閉塞感や生きるままならなさを痛切に感じる前二作と比べて、温かさや清々しさ、ふとした日常の歓びや笑いを感じられ、山下×近藤の黄金コンビらしい空気感が心地よい。
 
overfence-550.jpg
 
故郷に戻ったバツイチ男、白岩(オダギリジョー)と、鳥の求愛ダンスをするホステス聡(蒼井優)の出会い。職業訓練校に通う、年齢もキャリアも様々な男たちの日常。そこに生きる人を切り取り、外れ者のブルースのように不器用な愛を重ねた二人のラストは、青春映画さながらの爽快感に満ちている。
 
取材当日40歳の誕生日を迎えた山下敦弘監督に、撮影や演出、クライマックスのソフトボール大会に込めた思いについて、お話を伺った。
 

 


■脚本の広がりある世界を凝縮した映画版『オーバー・フェンス』

―――終わり方が本当に清々しくて、まさに大人の青春映画といった感じでしたね。
山下監督:原作もあんな印象で終わりますから。そして、一日二本ビールを飲む生活はやめようと。映画のラストは、原作と同じにしようと思っていました。
 
―――ラストは同じですが、脚本では原作と随分設定を変えている部分もあります。原作や脚本を、どのようにアレンジしたのですか?
山下監督:僕がこの企画に参加したときには既に初稿があり、聡はこどもの国で働き、(鳥の)求愛ダンスもするし、ホステスもしている設定になっていました。その後プロデューサーと脚本の高田亮さんと僕で一度函館に行ったのですが、まだ寒い3月の頃だったので雰囲気的には『海炭市叙景』のような感じ。寒くて車を出て5秒で戻りたくなって(笑)。それから、高田さんの広がりのある世界をぎゅっと凝縮していきました。『海炭市叙景』も『そこのみにて光輝く』も120分以上あったのですが、『オーバー・フェンス』は、更に短くしたかったのです。
 
―――なぜ、120分以内に収めようとしたのですか?
山下監督:最近の僕のテーマです。映画は90分と思っていますから。もちろん2時間や3時間で語る映画もありますが、自分の技量を考えると、2時間を切る方が自分に合う気がします。
 
 

■(カメラワークについて)函館三部作の最後はこの感じ、どこかラフな近藤龍人、そこが良かった。

overfence-di-240.jpg

―――撮影の近藤龍人さんは、山下監督作品の常連であり、函館三部作全てを担当されています。『オーバー・フェンス』での近藤さんの撮影はいかがでしたか?
山下監督:さすがだなと。近藤君のカメラはとても強くて、物語以上に彼のカメラが際立つ瞬間もあるのですが、今回はすごくいい距離感、スタンスで臨んだのではないでしょうか。ふっと笑えるシーンもありますし、(観客が)気分的にも軽い気持ちで観ることができるということも含めて、近藤君のカメラもそういう空気にちゃんとなっている。僕は好きなカメラでしたね。
 
―――それは山下監督からの指示というより、近藤さんご自身の考えでそのように撮られたのですか?
山下監督:ヨーロピアンビスタというサイズに決めたのも近藤君ですし、彼の中で何かあったのだと思います。脚本の世界観もありますが、函館三部作の最後はこの感じ、どこかラフな近藤龍人、そこが良かったですね。
 
―――冒頭に挿しこまれた空を飛ぶカモメのショット、ウミネコや鳥の求愛ダンス、そして空から舞い降りる羽と、「鳥」が様々な場面で象徴的に使われていますが、その意図は?
山下監督:函館に行くと、ウミネコがたくさんいるんですよ。歩いていると、国道の脇に羽が落ちていたりして。この作品では飛べない人たちがいて、飛べる鳥がいる。その対比としてという意味もありますが、実は鳥も檻の中にいたり、ドン曇りの空を飛んだり、窮屈な中にいるのです。こんなに鳥が重要になるとは僕も思っていなかったのですが(笑)。でも多分函館に住んでいる人からみれば、ウミネコやカモメは象徴的なものだと思います。
 
overfence-500-1.jpg

 

■主演オダギリジョーとは「面倒くさくない関係」。同世代だからこそ分かる感覚を共有。

―――オダギリジョーさん演じる白岩の背中から漂う哀愁が、男の過去を感じさせました。オダギリさんとは、どのようにして白岩のキャラクターを作り上げていったのですか?
山下監督:オダギリさんとはドラマ『深夜食堂』他で時々ご一緒していたのですが、映画の主演と監督という立場で向き合うのは初めてでした。オダギリさんも少し照れくさいという気分があったでしょう。でも撮影中は、一言で言えば「面倒くさくない関係」でした。ここまでは絶対に分かっていて、ここからはどっちに行きます?という具合に、ゼロから話をしなくても済むことが多かったです。ある程度は共有できており、僕が悩んでいたことをオダギリさんも分かってくれていたし、オダギリさんがやりたいことを僕もフォローできた。見ている景色は違っても、同じ世代だからこそ分かっている感覚が共有できていたのだと思います。
 
―――聡を演じる蒼井優さんが、とてもインパクトのあるキャラクターだっただけに、翻弄されながらも自らを図らずしもさらけ出すことになり、変わっていく白岩から目が話せませんでした。
山下監督:白岩のドラマは、聡に対してどう変わるかという受け身の立場です。聡がどう変わるかで、白岩も変わってくるとオダギリさんも分かっていました。今回は蒼井さんが聡役で作ってくれたものが大きかったのですが、彼女が吐き出したものに僕とオダギリさんが同じ目線で見ている。「なるほど、聡はこうくるか」みたいな部分がありました。蒼井さんはやりづらかったと思います。「二人で私のことを見てる」と(笑)。
 
―――聡役は、蒼井さんに役作りを一任といった感じですか?
山下監督:そうは言わないですけどね。考えているふりをして、全然分かっていないので、どうやってくれるんだろうと思いながら見ていました。
 
overfence-500-2.jpg
 

■何気ないソフトボール大会、実はその瞬間が清々しく、明日を感じることができる。

―――白岩は「俺は普通に生きてきたんだよ」「前から普通だったよ」と、聡や元妻に語ります。「普通」と信じている男と、女たちから見た白岩とのズレを感じながら、「普通」って何だろうと問題提起されている気がしました。
山下監督:普通という定義がよく分からないような世の中ですし。自分のことを普通だと言っている人こそ、普通じゃないというか。でも、今回原作を読んで思ったのですが、最後はたかが職業訓練校のソフトボール大会で、いい年をしたおっさんたちが集まって天気のいい日にプレイしている。でも、実はその瞬間が清々しくて、気持ちがいいし、明日を感じることができるのです。そういう感覚が昔、自分の中にもあったなという気持ちがどこかにありました。漠然と楽しかったり、明日も楽しみだと思えていた。でも最近は天気によってそんなに気分が変わる訳ではないし、人間が当たり前に思っていたこと、普通の感覚なり感性が、生活していくうちに失くなってしまう。普通の人はいないかもしれませんが、普通でありたいと僕は思っています。
 
overfence-500-4.jpg
 

■普通から逃げていたはずなのに、普通に戻れなくなっているニュアンスを散りばめて。

―――そうですね。皆、実は普通でありたいと思っている気がします。
山下監督:昔は普通が嫌で、自分は特別だと思い込んでいましたが、今は逆のことを求めています。普通に楽しんだり、普通に涙したり、怒ったり。昔、普通から逃げていたはずなのに、自分の中でどんどんねじれてきて、普通に戻れなくなっている。今回台詞の中にそのニュアンスを散りばめていますが、撮影しながらそういうことを考えさせられました。
 
―――ラストのソフトボール大会は幸せ感満載で、皆キラキラしていましたね。
山下監督:なんかね。皆、必死になって頑張っている姿があって、応援に来た孫が「ガンバレ、ガンバレ!」と言って。その辺の草野球でよくある風景ですが、妙に愛おしくなるというか、なんかいいよなと思いますよね。白岩もそこでホームランを打って、多分あの瞬間、チームのみんなは「やった!」と同じ気持ちになっているんだろうな。あれで試合に勝てるとは思わないけれど(笑)。聡もホームランを見て、すごく嬉しそうにしていたし、あの瞬間は、皆が無邪気で、普通になれたのかもしれないという気がします。
 
―――今日40歳のお誕生日を迎えられた山下監督ですが、40代に足を踏み入れた監督にとっての『オーバー・フェンス』とは?
山下監督:難しい質問ですね(笑)。フェンスだらけというか、越えなければいけないものがたくさんある気がします。監督として作品を作り続けられている部分で言えば、すごく有難いし、自分の役割はあると思っています。僕は生まれ持っての監督というタイプではなく、周りの人の影響を受け、一人で物を作れないから映画をやっているタイプの人間です。監督としては皆に支えられてきた訳ですが、人としての山下は何一つできない。ずっとこの40年間、さぼってきました。約束はできないけれど、人生折り返しですから。一度自分をきちんと見ないと、監督として先に行けない。自分を更新しないとダメですね。
 
―――40歳というのは、自分を見つめ直すにもいい区切りですね。
山下監督:そのいい区切りにこの『オーバー・フェンス』を撮れたのは、すごく恵まれていたと思います。
(江口由美)

<作品情報>
『オーバー・フェンス』(2016年 日本 1時間52分)
監督:山下敦弘 脚本:高田亮
原作:佐藤泰志『オーバー・フェンス』(小学館「黄金の服」所収)
出演:オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香他
2016年9月17日(土)~テアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国ロードショー
公式サイト⇒http://overfence-movie.jp/
(C) 2016「オーバー・フェンス」製作委員会
 

月別 アーカイブ