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池松壮亮、東監督の現場では「自分をコントロールすることをやめて、飛び込んだ」 『だれかの木琴』大阪舞台挨拶

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池松壮亮、東監督の現場では「自分をコントロールすることをやめて、飛び込んだ」
『だれかの木琴』舞台挨拶@大阪ステーションシティシネマ
(16.9.2 大阪ステーションシティシネマ)
登壇者:東陽一監督、池松壮亮
 
何不自由なく、幸せそうに見える主婦に見え隠れする孤独な心。そこに触れたのは、初めていくサロンの若い美容師だった…。井上荒野『だれかの木琴』を、『酔いがさめたら、うちに帰ろう』の東陽一監督が映画化。美容師に心を奪われていくヒロイン、小夜子を演じる常盤貴子の心の内が読めない演技は、物語にスリルを与えている。行動がエスカレートする小夜子の影を感じて生活が乱されていく美容師海斗役には池松壮亮を配し、普通に生きているように見える青年の心の闇も描き出す。小夜子の不倫夫や、思春期の娘、海斗の彼女など、小夜子の周りの人間の感情の揺れや狂気がじりじりと露わになるのも興味深い。正に一筋縄ではいかない現在の家族と、それぞれの孤独を、名匠ならではの視点で活写している作品だ。
 
全国公開に先立ち、大阪ステーションシティシネマで行われた舞台挨拶付き先行上映会では、東陽一監督と主演の池松壮亮が登壇。女性ファンの熱い視線を受けながら、憧れの東監督作品に出演した池松壮亮と、池松に絶大な信頼を寄せている東監督の出会いエピソードから、東監督の演出論まで、非常に興味深い話が飛び出し、濃い内容のトークとなった。その模様を、ご紹介したい。
 

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(最初のご挨拶)
池松:池松壮亮です。今日は本当にありがとうございます。最近大阪に縁がありまして、もう一回来ました。楽しんでもらえればうれしいです。
 
東監督:こんばんは、東陽一です。池松壮亮という、これから大きな仕事をするであろう俳優と、常盤貴子さんという不思議な魅力を持った女優さんを中心に据え、私たちが考える「本当に面白い映画」をと一生懸命作りました。誰が観ても恥ずかしくないものだと思っております。最後まで楽しんでください。
 
―――池松さんは、大阪にご縁があるとことですが、大阪のイメージは?
池松:どうですかね…。今、心斎橋から歩いてここ(大阪ステーションシティシネマ)まで来たのですが、なんか通ったところを見るたびに、ちょっとキュンとしてしまって。「あれ、俺大阪好きだったのかな…」ってちょっとだけ思いました。僕は福岡生まれで福岡育ちですが、また福岡とは違う人情の色があって、嫌いじゃないんだなと。
 
―――東監督は大阪とのご縁は?
東監督:私は生まれが徳川御三家の紀州ですし、仕事の関係でもよく来ます。昼間もマスコミの方に12年ぶりだねと言われて、気軽な感じがしました。大阪のたこ焼きを食べたら、東京のたこ焼きは食えたもんじゃない。今日は(大阪で)食べる時間がありませんが…。大阪の皆さんにお会いするのは、楽しみでした。
 
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―――池松さんと東監督との出会いは?
池松:映画学校に通っていた19歳の時、授業で『絵の中のぼくの村』(96)を観て、あまりにも衝撃を受けたんです。その日のうちに東さんの『サード』(78)という映画を観て、勝手にその日の夜、「なんか、僕はこの人に会わなければいけない気がする」と思っていたら、いつの間にかこんな風に(一緒に映画を撮ることに)なって、びっくりしています。
 
―――東監督が池松さんとお会いになったのは、いつですか?
東監督:2年ぐらい前ですが、池松さんが逢いたいというから何の用かと思いながら行って、色々話をし、2つの感情を持ちました。1つは、俺の昔の映画を好きだなんて、かなり変わった男だなと。もう1つは、私にとって重大な意味を持つ作品なので、できてから20年経ってそれにショックを受けたと言われると、若い人に認められたんだなと嬉しい気持ちがありました。
 

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―――『だれかの木琴』にはどう繋がっていったのですか?
東監督:初めて会った時は「何か一緒に仕事をできるようになったら楽しいね」と言って別れたのですが、今度の映画をするにあたり、私たち映画をやっている人間にとって今度の原作は「お前、これを映画に出来るのか?」と聞いてくるような、刺激的な本だったんです。これをやりたいと思ったのですが、原作ではどうしても小夜子が中心人物なので、男性の若い美容師について綿密に書かれていなかった。ですが映画には映画のやり方があり、一人のスターだけでは物語を引っ張っていけません。男性美容師を青春映画にチャラチャラ出てこないような、ほとんど表に出てこないキャラクターにして登場させたいと思った時に、そういえば池松という青年と会ったなと。この台詞をやれるのは彼しかいないと思い、海斗役をお願いしました。
 
池松:まだ公開前ですが、「ここまで来たか」という感じです。
 
―――映画の中でカットするシーンもありましたが、美容師の特訓はされたのですか?
池松:そうですね、もうちょいやりたかったですけど。(しゃべりながら切るのは)慣れるまで時間がかかりましたが、手が慣れてくれば意外とできました。教えてもらった人にずっと話しかけてもらいながらやっていたので。
 
―――美容師さんと客が会話しながらという部分で、心が通い合う関係になりますね。
東監督:池松さんが自分で練習し、プロが指導しているのを見ると、美容師はとても繊細な仕事で、ある意味ではカウンセラーみたいな役割をすることもあるんです。髪の毛をいじらせるのは、恋人か旦那か家族ぐらいしかいないでしょ。赤の他人が触って、耳の傍で話をする訳ですから、美容師以外の人が触ることはあり得ないわけです。そういう微妙な感覚をお客さんと取る訳ですから、単に髪を切るだけでは済まない。(美容師役は)大変だったと思います。
 

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■磨いたところと、まだ磨いていないところが両方混じっている、生々しいものをお客さんに見てもらいたい。(東監督)

―――東監督の現場はどんな感じでしたか?
池松:いやあ、ものすごく早くて。僕はてっきり年齢のせいだと思い、東さんはおじいちゃんだから(撮影が)早いのかと思っていたら、いつも早いそうです。ほぼ1テイクか2テイクですし、1シーン1カットがほとんどだったので、16時ぐらいに終わるんです。その辺の小学生と一緒に帰っていて、「どうすりゃいいんかな」と思っていました。
 
東監督:何度もテストをして俳優の芝居がだんだんキレイに出来上がっていく。そういう芝居を撮るのは嫌いなんです。表現がピークになる、つまり磨きすぎたダイヤモンドのようなものは要らない。磨いた跡が残っていて、磨いたところとまだ磨いていないところが両方混じっているものの方が好きなのです。そういう生々しいものをお客さんに見てもらいたい。役者も生身の人間ですから、何度もテストをするとだんだんダレてきますよね。それで安定していっても、生気を失ったキレイなお芝居はお客さんに見てもらいたいと思わないんです。そして磨きかけのダイヤモンドを最後まで磨いてもらうのは、お客さんの方なのです。
 

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■東さんの価値観に共感。いつも以上に自分をコントロールすることを止めて飛び込んだ現場。(池松)

―――そういう現場で、東監督と出逢われたのは新しい刺激になりますね。
池松:まじめな話をすると、僕はあまり人からどうこう言われたくなくて、普段は放っておいてほしいんです。自分で自分をコントロールするタイプですが、東さんの価値観だとか、東さんと話をすると本当に面白くて、いつも以上に自分をコントロールすることをやめて飛び込んでいた現場でした。
 
東監督:現場では、カメラの調整や他の俳優さんとの関係で、どうしても何テイクか撮らなければいけないことがありますが、池松さんは、一回ごとにアクションが違う。つまり、自分で考えて、試しているのです。最終的にこれで行こうと決めて、次にカメラを回すとまた違うことをする。そこが僕は楽しみなんです。そしてそれをうまく捕まえられたら、監督としての勝利だと思うんですよ。
 
―――常盤貴子さんとの共演はいかがでしたか?
池松:2、3日しか会っていなくて、現場での印象は、実はほとんどないんです。何もしゃべっていないですし。でもこの映画が完成したのを観て、本当に素晴らしいなと思いましたし、東さんの映画の女性は輝いているというか、常盤さんもすごくフィットしていました。
 

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■監督は最初で最高の観客でなければいけない。(東監督)

―――女性の気持ちをきめ細やかに描くコツは何ですか?
東監督:コツもへったくれもないんですよ。要するに2人の俳優さんに好きなことをやってもらい、それを私が撮るだけです。常盤さんとあまり会わなかったというのには2つ意味があり、1つは映画でデートをする設定はない。もう1つは、常盤さん自身が彼女はしゃべりだしたら結構しゃべる方ですが、故意に休み時間はあまり話しないようにしていたのです。小夜子を演じるのに、舞台裏であまり他の俳優さんと話したり仲良くならないように自分で抑制していたのです。私も、役者の演技が自分の思っている方向と違えばダメ出しをするでしょうが、今回はそんな場面はなかったです。僕はただ黙って「本番いきましょうか」と。外から見れば、ただ号令をかけているだけと思われていたでしょう。ただし、監督は世界で最初に俳優たちの芝居を見て、OKかどうかを決める立場です。鋭い目を持っていないと、いい加減な芝居でOKしたらお客さんの方が目は鋭いですから、そこは用心しています。最初で最高の観客でなければいけないと、いつも思っています。
 

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■東監督が何を現代に向けて伝えようとしたのかを踏まえて、観てほしい。(池松)

―――最後に一言ずつお願いします。
池松:色々お待たせしてしまいましたが、ありがとうございます。 宣伝文句としてストーカーだとか謳っていますが、宣伝部には申し訳ないですが、割とそういう映画ではなくて、東さんが現代というものを見つめ、現代の孤独に向けた映画だと僕は思っています。
 
東監督:気楽に見てください。池松さんは、こういうものの言い方をするところが、いいところなんです。この映画は最後まで観ないと損をする可能性があるので、映倫マークが出るまで観てもらう方がお得です。
 
池松:決して分かりやすい映画ではないですし、昨今流れている映画の中では少し異質かもしれませんが、せっかくの出会いですから、東さんが何を現代に向けて伝えようとしたのかを踏まえて、観ていただけたら、きっと楽しんでいただけるのではないかと思います。ありがとうございました。
(江口由美)
 

<作品情報>
『だれかの木琴』
(2016年 日本 1時間52分)
監督:東陽一
原作:井上荒野『だれかの木琴』 (幻冬舎文庫)
出演:常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信、山田真歩、岸井ゆきの、小市慢太郎、河井青葉他
2016年9月10日(土)~大阪ステーションシティシネマ、シネマート心斎橋、京都シネマ他全国ロードショー
公式サイト⇒ http://darekanomokkin.com/
(C) 2016『だれかの木琴』製作委員会