映画界の人間だけで、お笑いの映画を作ってみたかった
『エミアビのはじまりとはじまり』渡辺謙作監督インタビュー
~M-1初戦突破で映画とリアルがシンクロする!?笑いを追求した男たちの愛と喪失の物語~
松本人志監督や、内村光良監督など、お笑い界のベテランが笑いのツボを心得た作品を映画界に送り出している中で、漫才師を主人公にした笑いと涙と感動の物語を紡いだ渡辺謙作監督(『舟を編む』脚本)の『エミアビのはじまりとはじまり』が、9月3日(土)からヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、京都シネマ、10日(土)からシネ・リーブル神戸他全国順次公開される。
人気漫才コンビ、エミアビの実道を演じるのは、話題作の出演だけでなく、自身も映画監督としての活動を行っている森岡龍。そして、実道の相方で交通事故に遭い亡くなってしまう海野を演じるのは若手個性派俳優にして、最近はauの一寸法師役でも人気の前野朋哉。さらにエミアビコンビ結成のきっかけを作りながら、自身は引退した先輩芸人の黒沢役には新井浩文を配し、主役二人に負けない存在感を見せる。ゴスロリ風メイクで天然ぶりをみせるエミアビのマネージャー役を演じる黒木華も必見だ。
大事な人が亡くなった時、怒りに震えている時でも、笑える瞬間があり、笑うと何かが変わっていく。人を笑わせる大変さも含め、本当に真剣に何かをなそうとしたとき、奇跡のようなことが起こると思わせてくれるヒューマンストーリーに仕上がっている作品だ。
本作の渡辺監督に、漫才師を主人公にしたオリジナル作品に臨んだ理由や、撮影秘話についてお話を伺った。
―――森岡さんと前野さんは劇中コンビの「エミアビ」でM-1にエントリーされ、見事、初戦突破されましたね。
渡辺監督:彼らが、自分たちからM-1にチャレンジしたいと言い始めたんです。最初はシャレで言っているのかと思ったのですが、森岡君は高校生の時、3年間M-1にエントリーして、一回戦を突破したこともあるんですよ。先日の初戦は、森岡君がセリフを飛ばしてしまったそうで、やはり観客の前で漫才をやらないとダメだと実感したみたいですね。
―――そもそも漫才師が主人公の物語にしようと思ったきっかけは?
渡辺監督:元々やりたかったのは、身近な人の死からの再生でした。2010年前後に、僕の周りで身近な人の死が相次ぎ、しかもかなり若い人が多かった。お葬式で遺体と対面すると涙が止まらないけれど、控室に入れば知り合いと世間話をし、またお骨が出てくると泣いたり…。お葬式は案外涙と笑いがあり、そうやって故人を忘れるのではなく浄化していくのではないかと思ったのです。涙と笑いがセットであり、笑いがテーマとなるのなら、いっそのこと漫才師を主人公にした方がよりテーマが明確になるのでないか。そう考えて取り組みました。
―――実際に漫才師を主人公にし、笑いや涙と対峙する物語を作り上げるのは大変でしたか?
渡辺監督:とてもリスキーでしたね。映画界では、「泣かせるのは簡単、笑わせるのは難しい」と昔から言われています。泣かせる映画は、仮に観客が泣かなくても「いい映画だった」と思って帰ってもらえます。一方、こちらが笑わせようとしている映画で、観客が笑わないまま終わってしまうと「最低の映画だった」と言われる訳です。最初は脚本をプロデューサーらに見せると、漫才のネタ部分は全てプロ(漫才台本ライター)に任せた方がいいと言われました。もしくは、主役二人を吉本の芸人にすればとも言われましたが、それはイヤだった。僕の中で、この話は映画人でやりたいという気持ちが強かったのです。
―――漫才師役の二人を普通の俳優に演じてもらうことは、監督にとって何よりも譲れないことだったのですね。
渡辺監督:漫才師の話となると、絶対止めた方がいい、絶対スベると、映画界も恐れているんですよ。出演者の新井さんですら「絶対、スベりますよ」と言っていましたから。どうやったら面白くなるかとポジティブに考えてくれたのは、主演の森岡君と前野君だけですね。でも、コイツらとなら闘えると思いました。今、お笑い界から映画の方へ、どんどん人材が流入してきています。お笑い界の方たちが作る映画は見応えのあるものもありますが、こちらからのカウンターパンチがあってもいいのではないか。映画人だけでお笑いの映画を作ってみたかったという部分はあります。
―――脚本を書く際に、お笑いは色々と勉強されたのですか?
渡辺監督:ツービートなどの80年代漫才ブームの時は見ていましたが、それ以降はあまり見ていなかったので、今回はYoutubeを見て研究しました。最終的には、サンドイッチマンさんの漫才から漫才コントのようになっていくあたりが、エミアビのイメージに近いかなと思っています。せっかく役者が演じるのですから、コントの要素のある方がいいですね。後は、ドリフターズのような昭和のコントへのオマージュとして、たらいやハリセンを使ったりもしています。
―――漫才のネタは何を参考にしたのですか?
渡辺監督:台詞のやり取りなので、案外シナリオと似ています。でも、漫才はより物語性を排除する方向になっている。僕が書くと物語性が強くなってしまうので、森岡君と前野君の二人が稽古をする中でディテールへのアイデアを取り入れたり、話し合いをしながら作っていきます。漫才に関しては、脚本家よりも演者の方が色々なアイデアが出ると思います。二人は漫才をやりつつ、俯瞰的な目線も持ってやれていたので良かったと思います。
―――本作では、究極に“笑えない”状況の中で、「笑わせろ」と強いられるシーンが何度も登場し、登場人物たちがなんとか笑わせようと奮闘するところが大きな見せ場となっています。どのように、それぞれの“究極の状況下で人を笑わせる”シーンを演出したのですか?
渡辺監督:森岡龍という役者は随分前から知っていて、何か物足りないと思っていました。今回は主役ですから、逃げ場を全部塞いで、彼を追い詰めたかったのです。新井君が20代の時に一緒に仕事をし、新井君を責め立てるような演出をしたのですが、森岡君に対してそのやり方ではダメだろう。新井君演じる黒沢が、後輩芸人の森岡君演じる実道を責め立てる設定なので、新井君に「もっとやれ!」と何度も言わせ、僕は傍からニコニコ笑って見ていました。スタッフ側には逃げられないし、俳優側には責め立てられるので、森岡君は現場で寂しそうにタバコを吸っていましたよ(笑)。暑い中ヅラを被っていたので、本当にしんどそうでしたね。
―――本当に満身創痍の中から、新しい一歩を踏み出す実道役は、新しい森岡さんの一面が垣間見えました。
渡辺監督:最初は、「ヅラとサングラスで、僕の顔、映ってないですよね」と文句を言っていましたが。実道は、物語の中では満身創痍なのですが、どこか傷ついていないとツッパっていて。自分の中の傷に気付いたところから、前野君演じる海野の渾身の飛翔(おならで宙に浮く)で笑う訳です。まずは泣けなくてはいけない。それで、笑えなければいけない。そこが重要なのだと思います。
―――実道の相方である海野を演じる前野朋哉さんも、恋物語があれば、暴漢に襲われ究極の状況下での一発ギャグを繰り広げたりと、笑って泣ける演技が印象的です。
渡辺監督:前野君は非常にフォトジェニックなんですよ。妙な芝居が達者です。例えばプロポーズのシーンで、後ずさりして後ろにコケるところも、実は難しい芝居なのです。普段やりそうでやらない動作で、嘘くさくなるかと思いましたが、とても上手に転んでくれました。すごく才能がある俳優です。プロポーズをすべく「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」を歌う場面もワンテイクOKでした。
―――前野さんが熱唱した「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」は、ザ・昭和の哀愁が漂い感動的でしたが、なぜこの曲を選んだのですか?
渡辺監督:僕の中で「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」は映画人の歌と認識しています。作詞が藤竜也さんですし、松田優作さんや原田芳雄さんが歌い続けてきました。それを前野君に流れとして受け継いでもらいたかったのですが、当の本人は「誰の歌ですか?」と聞いたこともない感じでした(笑)。原田芳雄さんだけでなく、全映画人への思いを込めていますね。
―――先輩芸人、黒沢役の新井浩文さんも、クールな中にお笑いへの熱い思いをたぎらせ、最後には新生エミアビの一人として漫才を披露していますね。
渡辺監督:最初は映画のシナリオが短く、シーンが分厚かったのですが、黒沢役が新井さんに決まってから打ち合わせをしたとき、黒沢役の出番をもっと増やした方が、役が生きてくるのではないかと提案されました。僕自身の気分的にも黒沢役を膨らませたかったので、諸条件との兼ね合いもありましたが、プロデューサーのOKをもらい、今の形になっています。
―――実道のマネージャー役で、ゴスロリ風メイクの黒木華が登場し、今までのイメージを覆すような芝居をしているのも印象的です。
渡辺監督:黒木さんは『舟を編む』で面識がありました。山田洋次監督作品でみせる昭和風の黒木華はニセモノだと思っていたんです(笑)。本当はもっと腹黒い部分があると思って、マネージャー役は彼女にオファーしたいと考えていました。黒木さんは大阪出身なので、最初の打合せで「ちょっと微妙な関西弁を入れてほしい」と伝えました。この微妙なニュアンスは大阪弁ネイティブな人でないと再現できない。監督が演出するのにも無理がありますから。
―――実道が地面に投げ捨てたお弁当を食べるシーンは、黒木さんの女優魂が炸裂していましたね。
渡辺監督:僕も、なぜ彼女がそういう行動をしたのか分からずに脚本を書いたんです。黒木さんと会った時、脚本には書いたけれど、なぜ弁当を食べたのか理解できなければ、別のアイデアを出すよと話しをしたら、「私、なんとなく分かる気がします」と言ってくれました。映画が出来上がってからじっくり考えると、あの時点で夏海というマネージャーが相方を亡くして自暴自棄になっている実道に出来ることは、ああいうことぐらいしかなかったのだろうと。どうやって、実道をもう一度前向きにさせるかと思ったときに、夏海は漫才が出来る訳でもなく、落ちた弁当を食べることぐらいしか、彼の心を動かせない。そういうことなんだろうなと。
―――誰が主役になっても不思議ではない感じがしましたね。
渡辺監督:僕もそう思ってシナリオを書いていましたし、もし新井君が「僕を主役にしてください」と言ったなら、そのように書き直したかもしれませんが、案外今回は一歩引いて演じてくれました。黒木さんの役もフィクサー的ですが、森岡君と前野君が一番主役らしいですね。
森岡君は何か面白いことをする訳ではないですが、キングコングの西野さんのイメージが出ていればと思います。
―――リアルとファンタジーの垣根がなく、死者を死者っぽく描いていないのが、渡辺監督の一番の狙いのように感じました。
渡辺監督:元々僕の中で、リアルとファンタジーの境界線はあまりありません。人間は死んだ後のことはわからない。人が死んで悲しむというのは、死者のことを思って悲しむというより、自分が悲しんでいるわけです。亡くなった身近な人間も、我々が知らないだけで、死んだ後も幸せに生きているのではないかと思うのです。勝手に生きている人が「可愛そう」と言っているだけではないかと。だから、最後に海野たちが登場するシーンは、幸せそうに出てきてほしかったのです。もしかしたら、本当に飛んでいるかもしれませんから。
(江口由美)
<作品情報>
『エミアミのはじまりとはじまり』
(2016年 日本 1時間27分)
監督・脚本:渡辺謙作
出演:森岡龍、前野朋哉、黒木華、山地まり、新井浩文他
2016年9月3日(土)~ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、京都シネマ、10日(土)~シネ・リーブル神戸他全国順次公開
(C) 2016『エミアビのはじまりとはじまり』製作委員会