企画が始まったときから、キム・コッピさんしかいないと決めていた
『つむぐもの』犬童一利監督、主演キム・コッピさんインタビュー
~昔堅気の職人が死の間際につむいだのは、人を信じる心~
名脇役として日本映画界で独特の個性を放ち続ける石倉三郎が、初主演映画『つむぐもの』(5月21日(土)より第七藝術劇場で公開)で福井県越前の昔気質な和紙職人を演じている。監督は、ゲイの大学生の葛藤を描いた『カミングアウト』で長編デビューした犬童一利。石倉演じる独り身の剛生の人生に大きな変化をもたらす相手役には、ヤン・イクチェン監督作『息もできない』の主演以来、日本のインディーズ映画での出演も相次いでいる実力派女優キム・コッピ。和紙作りの手伝いのつもりで来日したヨナが、脳腫瘍で半身マヒになった剛生の住み込みお手伝いとなったことから、二人の重なるはずのなかった運命が交差していく。
最初は頑固で偏見に満ちていた剛生に、片言の日本語を交えながら全力で思いを伝えていくヨナ。熱い火花がぶつかり合うような二人を見守る介護福祉士役の内田慈や吉岡理帆、和紙職人見習い役の森永悠希など、見どころのある役者が脇を固めている。韓国の扶余(ぷよ)郡や越前和紙作りの現場でもロケを敢行、その魅力を映像と音で繊細に伝えているところにも注目したい。
劇場公開に先駆けて行われた第11回アジアン映画祭のワールドプレミア上映で来日したヨナ役のキム・コッピさんと犬童一利監督に、本作の構想やキャスティングの経緯、本作に携わって得たことなど、お話を伺った。
―――企画自体がユニークかつ、現在の介護問題も取り入れ、前作とは違った意味での「境界を越える」作品だと思いますが、企画の経緯を教えてください。
犬童監督:福井県の越前、丹南地域と韓国の扶余(ぷよ)郡が元々友好関係にあり、映画制作を行いたいとプロデューサー側にオファーが来ました。ですから、越前と韓国の扶余を舞台にして映画を撮ることが前提としてありました。企画を提出する前に、実家でフランス映画の『愛・アムール』を観た時に、両親の姿も目にしながら介護をテーマに取り組んでみようと思ったのです。介護に関してその時は全く無知だったのですが、プロデューサーも介護の映画をずっとやりたいと思っていたと意見が一致し、そこから準備が急ピッチで進んでいきました。私は祖父母と暮らしたこともなかったので、取材しながら、脚本家と脚本を書き、撮影した形です。
―――キム・コッピさんキャスティングの理由は?
犬童監督:まずは『息もできない』ですね。その後、キム・コッピさんの日本映画の出演作も見ていましたが、圧倒的に『息もできない』の印象が強かったです。今回、韓国の20代のキャストでかつ日本語ができることも重要だったので、プロデューサーと僕でこの企画が始まったときにキム・コッピさんしかいないと決めていました。
―――キム・コッピさんは、ロケ地の福井県越前を訪れたとき、どんな印象を持たれましたか?
キム・コッピ(以下キム):日本の歴史がある一方、美しく平和な風景を見ることができて良かったです。
―――伝統工芸の和紙づくりを大きく取り上げ、冒頭も武雄が和紙をすく様子をリアルな音で再現しているのが、非常に印象的でした。
犬童監督:音にはすごくこだわったので、そう言っていただけてうれしいです。音響効果部の方が東京で生音を撮るために、和紙を福井から持ってきて、三日間かけて音撮りしました。現場で撮った音と綿密に調整する作業をずっとやっていました。
物語の大きなテーマとして、介護、日韓関係、伝統工芸の3つがあるのですが、武雄とヨナの物語なので、キャラクターがとても重要だと思っていました。ヨナは勝ち気で、自分にモヤモヤしながら過ごしている女性。それとは逆に武雄は頑固一徹で、背中で語るような職人をイメージしていました。ですから、伝統工芸の和紙の取材もしましたし、石倉さんに福井に行っていただき、紙すきの稽古もしていただきました。
―――頑固一徹という雰囲気と言う点で、ベテラン俳優石倉さんを武雄役に起用した理由も、よく分かります。
犬童監督:背中で語る職人役は、演じる方の人生がそのまま表れると思っていたので、硬派で孤高さを感じる方にオファーしたかったのです。プロデューサーが石倉さんとご縁があったこともあり、非常に近い距離でオファーさせていただくことができ、快諾していただきました。脚本も気に入っていただけたようです。
―――石倉さんは年が随分上でかつ、寡黙な役柄ですが、共演した感想は?
キム:石倉さんはイメージ的に怖い人と聞いていました。実際にお会いしたときも、怖くて、本当にヤクザのような印象でしたが、一緒に仕事をすると全然違うことが分かりました。石倉さんは気難しい役柄ですが、作品の中で変化をされ、多様な面を見せてくれました。今回ご一緒させていただいて良かったです。撮影では、当初の印象とは全く違う優しさで接してくださり、冗談もおっしゃっていました。
―――最初から決めていたというキムさんが本作に出演されたことで、現場や作品に与えた影響は?
犬童監督:キムさんのお芝居は『つむぐもの』の中で圧倒的な存在感を放っていました。キムさんは僕と同い年ですし、現場のチームはすごく若くて、石倉さん一人が年齢的には突出していましたが、若いメンバーに混じることで逆に日頃ないような経験をしていただいたと思います。キムさんと人間的にも波長があったようで、待ち時間や食事の時なども俳優部の雰囲気がよく、現場でコミュニケーションをよく取っていました。それが映画にも良い影響を与えていると思います。
また、韓国語と日本語では言葉が違うので、脚本レベルでよく話し合いました。衣装や美術もしかりですし、日本語レベルについても、「この段階の日本語レベルならこちらの方が、韓国人の口からでやすい」と、密に話し合いました。感情面でも、ヨナは日本にやってきてから一年でシビアに変わっていくので、信頼関係を作りながらできたと思います。
―――キムさんは今までも日本の映画に多数出演してこられましたが、『つむぐもの』に出演し、新たにチャレンジしたことや、印象に残ったことは?
キム:撮影前の脚本段階から私も随分参加をさせてもらいました。日本の方が書いて、翻訳されたものを読んだのでぎこちない部分は直しましたし、現場に入ってからも、韓国人だったらという視点で一緒に考えることができました。全体的に愛情を注いだ作品になりました。
―――キムさんは韓国だけではなく、日本やシンガポール(エリック・クー監督作『部屋の中で』)など国を越えて活動されておられますが、自分自身にどういう影響を与えていると思いますか?
キム:私が海外で仕事をすることについてどんな影響があるかをあまり深く考えたことがないですね。ただ私だけでなく、海外で色々な経験を積まれた方はとても視野が広くなると思います。色々なことが多様化するとか、可能性が広がるととらえることもできますね。国内だけで仕事をしていたとき、可能性についてあまり大きく考えることができませんでしたが、私自身が海外で働くことにより、自分の限界を考えることなく、自然にそこに自分の身を置いて仕事をしていくことが可能だと私自身は思っています。
(江口由美)
<作品情報>
『つむぐもの』
(2016年 日本 1時間49分)
監督:犬童一利
出演:石倉三郎、キム・コッピ、吉岡里帆、森永悠希、宇野祥平、内田慈他
2016年5月21日(土)~第七藝術劇場、6月25日(土)~元町映画館、今夏京都みなみ会館他順次公開
(C) 2016 「つむぐもの」製作委員会