『百日紅~Miss HOKUSAI~』公開記念 原恵一監督トークショーレポート
@大阪ロフトプラスワンウエスト
【出演】原恵一(『百日紅~Miss HOKUSAI~』監督)
【司会】ミルクマン斉藤
『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ、『河童とクゥの夏休み』などのアニメーション作品から、『はじまりのみち』では初実写映画に挑戦した原恵一監督が、最新作『百日紅~Miss HOKUSAI~』の公開に先駆けて、4月21日大阪ロフトプラスワンウエストに初登場。公開記念トークショーが開催された。
原恵一監督自身が敬愛してやまない杉浦日向子の「百日紅」を初の長篇映画化した本作。浮世絵師・葛飾北斎の娘で、父と二人暮らしをしながら浮世絵師として絵を描き続けるお栄を主人公に江戸の浮世を四季と絡めて描く、爽快な浮世エンターテイメントだ。トークショーでは、『百日紅~Miss HOKUSAI~』メイキングの特別映像や、絵コンテ、7分間の本編ダイジェストなどを交えながら、司会のミルクマン斎藤さんと撮影秘話や、実写との違いなど様々な角度のトークを繰り広げた原恵一監督。後半は観客からの質問にNGなしで次々答え、原監督の映画愛にも触れることができ、大いに盛り上がった。多彩なトークの内容をご紹介したい。
■『百日紅』映画化のきっかけについて
杉浦さん原作をいつかは撮りたいと思っていたが、杉浦さんの作品は完成度が高いので、杉浦さんの原作を映像として生かす自信がなかった。『カラフル』の後、なかなか仕事が決まらなかったとき、最初にProductionIGへ杉浦さんの『合葬』を撮る企画を持参したところ、「杉浦さん作品なら『百日紅』の企画を進めたことがある」と言われた。後日呼ばれていったら、ProductionIGの石川さんから「『百日紅』を、この予算で、90分以内で作らないか?」と目の前で言われ、即OKした。90分は僕にとっては短いが、だからといって90分で作るのが無理とは言いたくなかった。
―――『百日紅』映画化で難しかった点は?
杉浦さんの作品は大体短いものばかり。同じ登場人物でこれぐらいの長さの作品はない。どうやって1本の映画にするかが、最初のハードルだった。今回は原作至上主義。せりふも一字一句変えていない。ファンの方に見てもらって満足いただける作品。ただ原作は読み切りなので、主人公のお栄とお猶姉妹を横軸にして、縦軸に原作のエピソードを串刺しにした。ただ、原作との距離感が難しかった。別のことをすると、悪くなっているようにしか見えない。だからといって全部同じにすると単なるコピーになってしまう。
―――なかなか男前な話で、90分という尺がピタリと似合っています。
最近長いアニメばかり作っていたので、90分という尺のプレッシャーがあった。以前は『クレヨンしんちゃん』シリーズで90分ものを作っていたので、当時を思い出してやった。脚本も短めにし、脚本のここまでで、絵コンテが何分と計算もきちんとして、緻密につくりあげた。ワンカットの欠番も編集で出さずに収まったのは初めてで、自分を褒めてやりたい。ちなみに、『河童のくぅと夏休み』の時は本編が2時間20分、絵コンテで3時間あり、自分でもあきれた。
■キャラクター造詣について
―――お猶と子どもが雪遊びをするシーンが素晴らしかったです。
今まで他の超一流のアニメーターの方たちと接点がなかった。井上俊之さんは今回はじめて一緒に仕事をしたが、なぜアニメーションの現場で評価されているのか、一緒に仕事をさせてもらってよく分かった。押井守さんが「アニメ映画なんて井上さんが5人いればできる」と言ったが、本当にその通りだ。
―――お栄のキャラクター造詣について
原作だとお栄はあまり美人ではなく、それは史実の記録としても残っている(北斎が書いた絵から「アゴ」と呼ばれていた)。ただ今回は杉浦さんには申し訳ないけれど、お栄を主人公にしたかったので少し美形にしようと頼んだ。ただの美形にするのは面白くないので、眉を太くし、現在のデザインになった。
■声優陣について
お栄役の杏さんは絵コンテを書き始めた頃から最初に浮かんだ人。数年前、山田太一さん脚本のNHKドラマ『キルトの家』に出演していた杏さんが素敵で、そこから女優として意識するようになった。朝ドラで主演した『ごちそうさま』の頃、これからもっと売れるはずだからと、プロデューサーにとにかく早くオファーするよう頼んだ。杏さんも杉浦さんファン。杉浦さんの本を読んでいるのではと思ってはいたが、実際にそうだった。快諾してもらえてよかった。
松重豊さんも山田太一さん脚本のドラマ『ありふれた奇跡』で孤独なグルメの語りをしていたのを聞き、この声は北斎にピッタリだと思ってオファーした。池田善次郎役の浜田岳さんは、『はじまりのみち』のときの彼の演技力がすごかったので、マネージャーに、「アニメはありか?」と話はしていた。「まだやったことはないけれど、全然ありですよ」と。歌川国直は高良健吾さん。花魁小夜衣役の麻生久美子さんはとにかく大好きで、絶対やってもらおうと思った。花魁の麻生さんは素敵。見ただけでとろけそうになる。
■北斎とお栄について
百日紅がタイトルにはなっているが、原作で全くでてこない。単行本によると、百日紅は「もりもりと咲き、わさわさと散る。100日間咲き続けた」というところが北斎を象徴している。北斎の展覧会では、あきれるぐらいの量があり、春画がやたら多い。失われているものもたくさんあるはずなのに、これだけ作品が残っている。
―――テンポ感があってクールな映画になりましたね。
凝縮感のある映画になった。お栄は死ぬまで北斎と一緒に暮らしていた。絵師に嫁いだが、旦那の絵が下手くそなので、書いた絵を「下手くそ」と言い、不仲になって別れたそうだ。
北斎は90歳まで生きたが、当時の90歳は今とは違う。ある程度の年齢以降の北斎の絵はお栄が絡んでいるのではないか。北斎の署名でもお栄が書いたというのが、専門家たちの通説。実際、北斎もお栄のことを「女を書かせたら、俺より上手い」と言っている。
■実写とアニメの違いについて
『はじまりのみち』の時は、スタッフとキャストに恵まれ、監督のOKでシーンが完成するというスピード感を経験した。久々にアニメーションで絵コンテを書き始めたとき、なぜこんなに白い紙が積まれているのかと絶望的な気分になった。
実写は瞬発力、その場の判断が要求されるが、思った以上だった。何か言われたらすぐに判断するようにしていた。ただ天気の問題がある。また、実写は毎日朝5時起きだったが、早起きは苦手なので大変だった。
■好きな監督、影響を受けたアニメについて
木下惠介監督はぼくにとって最高の監督。黒澤明監督と、何かと比較されていた時代があったが今の若い人は全然知らない。黒澤監督の映画すら観ていないことに憤りを感じる。せめて『七人の侍』と『二十四の瞳』は観ておくべき。影響を受けたアニメは、長谷川町子さん、天才だと思う。原作をちゃんと読んだ方がいい。
■アニメ業界を志した理由について
なんとなくです。アニメもマンガも好きだったが、仕事にしようとは思っていなかった。親が映画好きだったので、映画は観ていた。美術系の大学に行きたいと思ったが、勉強もできないし、どこも入れないので、本屋で専門学校の本をみていると、アニメーションという言葉が目に飛び込んできたのがきっかけ。当時は、アニメマニアが出始めた頃だった。アニメーションの学校に行き、そこでスタッフやアニメーターの名前がどんどんでてくるようなオタクに初めて出会った。僕の中では『風の谷のナウシカ』が一番。あの世代の人たちがいたから日本のアニメが世界で評価されているようになった。宮崎チルドレンが実写映画で活躍している。
■原監督が描く「日常性」の原点について
昔から日常性を描くジャンルの作品が好き。サザエさんや、藤子・F.・不二雄さんなど、平凡な主人公の日常に異質なものが入ってくる。でも日常からでることはない。そういうものが好きだった。設定自体がSFはあまり興味がない。クレヨンしんちゃんを手掛けて、普通の日常を描くことはすごく面白いと思うようになった。
(江口由美)
【ストーリー】
百日紅(さるすべり)の花が咲く――お栄と北斎、仲間達のにぎやかな日々がはじまる。浮世絵師・お栄は、父であり師匠でもある葛飾北斎とともに絵を描いて暮らしている。雑然とした家に集う善次郎や国直と騒いだり、犬と寝転んだり、離れて暮らす妹・お猶と出かけたりしながら絵師としての人生を謳歌している。今日も江戸では、両国橋や吉原、火事、妖怪騒ぎ、など喜怒哀楽に満ちあふれている。
恋に不器用なお栄は、絵に色気がないと言われ落ちこむが、絵を描くことはあきらめない。そして、百日紅が咲く季節が再びやってくる、嵐の予感とともに……。江戸の四季を通して自由闊達に生きる人々を描く、浮世エンターテインメント! 時を超えて現代へ紡がれる人生讃歌の傑作が誕生しました。
『百日紅(さるすべり)~Miss HOKUSAI~』
監督:原恵一(『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、『河童のクゥと夏休み』、『カラフル』)
原作:杉浦日向子「百日紅」
出演:杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、清水詩音、麻生久美子、筒井道隆、立川談春、入野自由、矢島晶子、藤原啓治
制作:Production I.G 配給:東京テアトル
(c)2014-2015杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会
2015年5月9日(土)~TOHOシネマズ日本橋、テアトル新宿ほか全国ロードショー