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心に残る人物を描きたい!『蜩ノ記』小泉堯史監督(69歳)インタビュー

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心に残る人物を描きたい!『蜩ノ記』小泉堯史監督(69歳)インタビュー
(2014年10月2日(木)ホテル阪急インターナショナルにて)

『蜩ノ記』(ひぐらしのき)
(2014年 日本 2時間09分)
原作:葉室麟「蜩ノ記」(祥伝社刊)
監督:小泉堯史  脚本:小泉堯史、古田求
出演:役所広司 岡田准一 堀北真希 原田美枝子 青木崇高 寺島しのぶ 三船史郎 井川比佐志 串田和美
 

2014年10月4日(土)~全国ロードショー

公式サイト⇒ http://www.higurashinoki.jp/
©2014「蜩ノ記」製作委員会


 

~“あっぱれ侍”の生き様に勇気付けられる、小泉流時代劇~

 

higurashi-di-2.jpg黒澤明監督のもとで28年間務めた小泉堯史監督。『雨あがる』『阿弥陀堂だより』『博士の愛した数式』『明日への遺言』と発表する作品のすべてが、清廉な人物像を描いて見る者の心を豊かにする。現在の日本映画界に在って、信頼される監督のひとりだろう。「私が会ってみたい!と思える人の物語に興味がある」という。今回小泉監督が惹かれた人物は、封建社会の中で理不尽な藩命でも潔く死を受け入れる戸田秋谷。原作者の葉室麟の世界観が好きで、『蜩ノ記』が直木賞を受賞する前から映画化を希望していたという。

 

higurashi-550.jpgお家騒動の責任をとって10年後の夏に切腹することを命じられた戸田秋谷の人柄や生き様を、家族や彼を見張る若侍・庄三郎の目を通して描かれる。さぞや悲壮感漂う映画かと思いきや、その清廉潔白な生き様に感動し、最後は晴々とした気持ちで秋谷を見送ることができる。勤勉で慎ましい生活の中に美徳を見出す日本人の心象風景が、乾いた思いで生きる現代人の心を清涼水のように潤してくれる。


東北や中部地方など各地でロケーションを敢行し、きめ細やかな人物描写と共に味わい深い美しい日本の風景をフィルム撮影で捉えている。スタッフには黒澤組からのベテランも多く、こだわりを持った丁寧な映画作りに情熱を傾けた職人の技と心が活かされた、いまどき稀有な作品である。

 



 今回小泉堯史監督にインタビューする好機を得て、作品にかける想いの程を伺った。

 

――― 『雨あがる』以来の時代劇ですが、作品を決める上で一番重要視することは?
時代劇とか現代劇とかではなく、私の場合は主人公の人物像に惹かれるかどうかが重要となります。『阿弥陀堂だより』ではおうめ婆さん、『博士の愛した数式』の数学者、『明日への遺言』では岡田中将、今回は戸田秋谷とその家族などと、そういう人達に会ってみたい!という気持ちを強く持つのです。時代劇でも現代人の心に響かなければ意味がないと思っています。

higurashi-di-3.jpg――― 人物像を深める工夫は?
先ず、シナリオの上で人物像をきちんと捉えて作り上げることから始まります。次に、キャスティング。その人物がいかに形造られていくか、立体的に描いてくれるかを考えながら決めることが重要です。

――― 脚本は必ずご自分で?
黒澤監督にも「脚本は必ず自分で書けなければダメだよ」と言われていましたので、監督する以上脚本にも携わるようにしています。映画化されなくても褒められればいいやと思って、黒澤監督にも私が書いた脚本を何本か読んで頂きました。

――― 黒澤監督から教えられたことは?
作品に黒澤監督から教えられたものが活かされていればいいなと思います。具体的に何を教えられたかという説明はできませんが、現場だけでなく御殿場の別荘へもご一緒させて頂きましたので、一緒に時間を過ごせたことが私にとっては一番貴重なことです。
ただ、黒澤監督は「現場には白紙で来てくれ」とよく言われていました。特にチーフ助監督は、監督が描く人物像やその方向性、さらに監督が要求していることを素早く察知して準備しなければならないので、そのためにも素直な気持ちで監督の言われることをスッと理解することが重要でした。

――― 劇中でも師弟関係が描かれているが、黒澤組の多い現場では若い世代へノウハウの継承は?
それは自然に覚えるものだと思います。黒澤監督は「芸術家と呼ばれるより、職人と呼ばれたい。」と仰ってました。職人というのは経験の積み重ねです。誰かに事細かに教えてもらえる訳ではないので、現場を走り回って経験を積まないことには何の成長も期待できないのです。
今の助監督たちも『乱』の頃からのスタッフですから、黒澤監督への想いは同じように持っています。そうした想いが他のスタッフとの絆を強めているのです。今でも、現場でよく黒澤監督の話をします。それは僕にとても嬉しいことですし、皆が同じ方向を向いて映画作りしていると実感できる瞬間であり、信頼関係が築かれている証しでもあります。

 

higurashi-3.jpg――― 役所広司さんや原田美枝子さんのようなベテランに対し若い役者は?
岡田さんはもう20年のキャリアがあり、また努力家でもありますから全面的に信頼していました。苦労したのは、育太郎と源吉の子役ですね。現代っ子ですから、正座したこともなければ着物を着たこともない、ましてや刀を差したこともない。細かい所作から話し方まで指導しては、何回もリハーサルしました。そうしなければ、他の俳優さんたちとレベルが合わないのです。主人公の秋谷の息子らしく、または身分の違いも佇まいから感じさせなければなりませんのでね。

――― 時代劇ですが、殺陣よりドラマ性?
そうですね。一人一人の生き方を描く方が大事だと思いましたので、ドラマの方に重点を置いて作りました。

――― 『蜩ノ記』は不条理な武家社会を描いているにもかかわらず、悲しみや怒りより崇高なまでの人間性を謳っているが?
時代劇は不条理な物語ばかりです。原作者の葉室麟さんの世界観が影響していることもありますが、悲痛な怒りしか残らないものより、晴々とした後味の良いものにしたかったのです。古くはギリシャ悲劇も悲劇だけどカタルシスがあります。不条理なことで悲劇が起きても、最後はカタルシスを感じて、いい気持ちで劇場を出て頂きたいですからね。

――― その方が今の社会には合っていると?
もっと悲劇的なことが頻繁に起こっている現代においては、人の悪意的なものをわざわざ掘り起こしてまで描かなくてもいいのでは?一人でも多くの方に見て頂きたいのは勿論ですが、スタッフの家族に特に見てほしいと思っています。映画の世界は厳しい状況にあります。それを日頃支えてくれている家族に見てもらって、どんな仕事をしているのかを受け止めてほしいのです。

――― 泰然として死を受け入れる主人公の秋谷に迷いはなかった?
迷いはあったと思います。遺される家族もいる訳ですから、僧侶のような悟りの境地とは違う、武士としての覚悟が彼をあのように見せたのでしょう。至道無難(しどうぶなん)禅師の「生きながら死人となりて成り果てて 思ひのままに するわざぞよき」という有名な歌のように、死んだつもりで生きた武士の在り様を描いているのです。

――― 戸田秋谷の生き方そのものとは?
死を見つめた中で日々輝かせる生き方こそ、一生を全うしたと言えると思います。そうした秋谷の生き方は周りにも伝わり、庄三郎の「在るがままに正直に生きていこうかな」というセリフに繋がっていきます。秋谷は日々淡々と晴朗に、尚且つ潔く日々を過ごす生き方を周りに示すことで、残される者を力付けていたのでしょう。

――― そこまで考えた上での覚悟だった?
自分を律しながら生きて行く強さが、そこにはあります。

higurashi-di-1.jpg――― いろんな立場や組織の中で生きている現代人にとって、とても勇気付けられる秋谷の生き方ですね?
そのように受け止めて頂けると嬉しいです。このような人物に出会えたことは私にとっても希望となったのです。ご覧頂く皆様にもそう感じて頂きたいです。

――― 欲のない人ほど恐いものはないですよね?
確かに、欲のない人は強いです。

――― 時間をかけて丁寧に映画を撮ることへのこだわりは?
特に時間を掛けて撮っている訳ではなく、映画製作は自分の力だけではどうにもなりませんからね。それに、他のスタッフも主人公を好きになって愛情を込めてくれることが大事なんです。少しでもいい映画にしようと、登場人物のために衣装や鬘を準備したり、情況表現のため美術が背景を創り上げたり、撮影や照明なども努力しているのです。

――― 衣裳担当の黒澤和子さんについて?
素材から染料に至るまでこだわって仕事する方です。当時の雰囲気を出すために、野良着の風合いにもこだわり、日本では手に入らない素材をインドネシアで調達したり、なじみ感を出すためにわざわざ洗い張りしてから縫ったりと、人物に合せた色や素材選びなど、徹底した仕事ぶりです。それに、黒澤監督の娘さんですので、監督の意を汲んで下さるのがとてもありがたいです。

――― ロケ地選びは?
今回各地でロケをしているのですが、撮影・美術担当らと一緒に周ってロケ地を選びました。

――― 現存する江戸時代の家屋を使ったようですが、室内の撮影は難しいのでは?
全てロケ地で撮っています。岩手県遠野にある秋谷の家のシーンでは、照明器具の取り付けが許されたのと、3台のカメラを置くスペースがあったので、本当にありがたかったですね。私はアップを撮る際にはロングで撮るので、カメラを引くスペースが必要なんです。そうしないと役者さんの自然な表情を引き出せないですからね。


――― 観客の皆様へ、特に若い人へのメッセージは?
こういう人物を心の中に思い留めてほしいと思います。時々思い出してもらえれば、スクリーンの中の人物たちも生き続けることができるのです。黒澤監督作品にはそういう人物が沢山います。例えば『生きる』の中の癌に犯されながらも公園完成に尽力する渡辺寛治や、『七人の侍』の「白い飯が食べられればそれだけでいい」と言って農民のために命を投げ出す官兵衛みたいな人たちとかが、自分の心の中で生きていてくれるのが非常に嬉しい。映画はそういうところを表現するのが大切なのかなと思います。

――― 歴史上の人物のように?
歴史を知るということは、年代と出来事を覚えるより、その時代に生きた人物を知ることが大事です。今でも心の中に響いて生きていることが大事です。少しでも戸田秋谷のことを覚えて頂ければ、一所懸命作った甲斐があるというものです。

 



終始穏やかに話される小泉監督だが、黒澤明監督を心から尊敬するスタッフと共に映画作りすることが嬉しくて堪らないご様子。共有する思いを持って、同じ方向を向いて一斉に作品に情熱を傾けられる映画人の心は、いつまでも“青春”の輝きを放っているように感じられた。

(河田 真喜子)


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