虫のオーディションまでした!?『友だちと歩こう』緒方明監督インタビュー
(2013年 日本 1時間29分)
監督:緒方明 脚本:青木研次 音楽:Coba
出演:上田耕一、高橋長英、斉藤陽一郎、松尾諭、山田キヌヲ、水澤紳悟、野沢寛子、林摩耶
2014年3月22日(土)~テアトル新宿、4月26日(土)~シネ・リーブル梅田、5月24日(土)~京都シネマ、近日~元町映画館、ほか全国順次公開
公式サイト⇒ http://www.tomodachito.com/
(C)「友だちと歩こう」プロジェクト
~「人が二人いたら友だちになれるし、歩けばそこが道になる」緒方明監督が照らし出す希望の道~
地を這う虫にも追い越されるほど歩みの遅いジイさん二人と、人生に行き詰まり感のあるおバカな30代の男二人の道行を、軽妙なコメディ仕立ての小品4篇にまとめた映画『友だちと歩こう』。本作は、『独立少年合唱団』『いつか読書する日』『のりちゃんのり弁』など丁寧な人物描写で定評のある緒方明監督が、自らプロデューサーも務めた自主製作作品である。生涯脇役を自負していた上田耕一を始め、高橋長英、斉藤陽一郎や松尾諭などの名バイプレイヤーを起用して、誰かと共に歩くことの楽しい広がりを感じさせてくれる逸品となっている。
最初は年に1本の短編を撮って後で短編集としてまとめるつもりが、本編第一話「煙草を買いに行く」を作ったら、上田耕一と高橋長英の芝居があまりにも面白かったので、もっと見たくなり続編を作ることにしたという。しかも1年も間をおいての撮影だったので、上田耕一も「短編だというから出演したのに、こんなに出番が多いなんて!」といつの間にか主役になっていた事に驚いたらしい。
脚本家の青木研次と相談して人物像を深めようとしたが、「一緒に道を歩くこと」にこだわり、それを基軸に友情を育んでいく物語に仕上げている。登場人物の多くを説明しなくても、会話の中でどんな人生を歩んできたか、人物像を浮かび上がらせる辺りはさすがに巧い。特に、力の抜け加減と的外れのツッコミで笑いを誘う斉藤陽一郎の存在がいい。上田耕一や高橋長英も同様だが、「もっとポテンシャルの高い、もっとセンターステージに立ってもらいたいと思う俳優さん」と緒方監督が認める役者たちの絶妙な間合いが、何とも心地いい。
【STORY】
第1話「煙草を買いに行く」
同じ団地に住む富男(上田耕一)と国雄(高橋長英)は、脳卒中の後遺症から不自由になった体を一所懸命動かしながら今日も一緒に煙草を買いに行く。歩く速度は虫に追い抜かれるほど遅い。途中自殺未遂をして松葉杖姿になった若い女性に出会い、連れもって歩く。若い女性のお尻を眺めながらニヤニヤするジイさんたちの姿が何とも微笑ましい。女性との別れ際に、「人類愛で言うけど、あんたのこと好きだよ~!」と声を掛ける。それとなく励ます富男の優しさがいい。
第2話「赤い毛糸の犬」
喫茶店で店員に呆れられるほど稚拙な会話をするトガシ(斉藤陽一郎)とモウリ(松尾諭)。モウリは何を思ったか、トガシを連れて10年もほったらかしにしていた元妻サツキ(山田キヌヲ)に会いに行く。するとモウリが買ったという家には半年前から住んでいるという見知らぬ男(水澤紳吾)と7歳になる娘が居て、一緒にカレーを食べることになる。かつての夫婦らしく「あ・うん」の呼吸で動くモウリの姿が奇妙な空気を生み出す。
第3話「1900年代のリンゴ」
いつものように一緒に煙草を買いに行こうと富男を待っていた国雄は、富男が部屋で倒れているのを発見する。代わりに一人で買い物に出掛けた国雄は、富男のなけなしの千円で煙草ではなくカップ酒を買ってしまい、土手で飲もうとして転げ落ちてしまう。翌朝草むらの中に埋もれていた国雄を発見した富男は、助けようと自分も土手の下へ行こうとするが……。死を覚悟して念仏唱えたり戒名を考えたりと、草むらの中の二人を捉えたシーンが面白い。
第4話「道を歩けば」
久しぶりに年金が入った富男は、喫茶店で国雄にコーヒーをご馳走する。そこへモウリからの手紙を抱えたトガシがやってくる。だが、モウリの遺書ではないかと恐れて開封できない。それを見兼ねた店員が開封すると、手紙の中には……。
老人と若者の関わり方が面白いが、その対比には手のクローズアップや歩く速度やそれぞれのエピソードなど、かなり意識的に工夫して撮ったようだ。「青木さんの脚本を基に、リハーサルを重ねて、一挙手一投足を決めて撮影に臨みました。特に、青木さんの脚本は文学的でかなりの想像力を要するので、スタッフ一同で声に出して読み込みました」。
他にこだわりを感じたのは、「虫だけの担当を決めて、“命懸けでやれ!”というと、日本中の虫愛好家や研究所に問い合わせて、3月頃に道端を這うような虫を調べてきました」。さらに「虫愛好家に依頼して採集した虫をオーディションまでしたんです!?」(笑)。また、「脳梗塞の後遺症についても担当を決めて歩き方のリサーチをしました。この映画はお金はかかってないが、手間暇はかかっている!」と言うだけあって、こだわって撮ったシーンの濃さがはっきりと映像に現れているようだ。
波の音について論議するファーストシーンから浜辺のラストシーンにつながる辺りも、「最後は海にしてほしい」という監督のリクエストからそうなったようだ。「浜辺は道がない。歩いた所が道になる。人が二人いたら友だちになれるし、歩けばそこが道になる。二人が歩いていく先には絶望があるかもしれないが、希望があるかもしれない。とにかく、二人で探しにいくことの意味を象徴したかった。」と、本作はシンプルな構成ながら不思議な余韻が残る映画となっている。
低予算の自主製作映画、キャストやスタッフの熱意がなければ完成しなかっただろう。それでも細部にこだわり、役者の個性を活かして存在感を引き出す。30代の頃10年ほどドキュメンタリーを撮っていた時期があった緒方監督は、その頃培った撮影技術と映像で何を表現するかの基本的なものがその後役立ったという。「観客に、ちょっといい話だな、何となく得したな、と思って頂けるような1本になっていたら嬉しいです。」と、強面ではにかみながら語る様子は、まさに劇中「人類愛で言うけど、あんたのこと好きだよ~!」と自殺未遂した若い女性に声を掛ける優しい富雄に似ていた。
(河田 真喜子)