『ソウル・フラワー・トレイン』西尾孔志監督インタビュー
(2013年 日本 1時間30分)
監督: 西尾孔志
原作:ロビン西『ソウル・フラワー・トレイン』
出演:平田満、真凛、咲世子、大和田健介、駿河太郎、大谷澪他
2014年1月18日(土)~第七藝術劇場、2月22日(土)~京都みなみ会館、3月8日(土)~神戸アートビレッジセンター
※第七藝術劇場公開時の西尾監督、キャストによる舞台挨拶、ゲストを迎えてのトークショー(連日)詳細はコチラ
公式サイト⇒http://www.soulflowertrain.com/
(C) ロビン西 / エンターブレイン
~大阪を舞台に描く究極の「子離れ」物語。懐かしくてロックな人情喜劇!~
大学に通う娘のもとを久しぶりに訪れる田舎の父親の素朴さと、いつまで経っても子どもの頃の娘の面影を胸に抱く親心が胸を打つと同時に、昭和堅気の父親像が非常に懐かしく思える。監督は本作が長編劇場デビュー作となる西尾孔志。漫画家、ロビン西の短編をもとに、父親が旅の途中で出会った少女あかねとの珍道中や、美しく成長した娘の真実を受け入れるまでの葛藤を、時には滑稽に、時には切なく活写している。大阪映画でおなじみの新世界をはじめ、日劇会館(旧作邦画専門の二本立て映画館)や、ストリップ劇場など、大阪で生まれ育った西尾監督が表現する大阪は、そこに住む多様な人たちの息吹が溢れているのだ。少年ナイフが歌う主題歌『Osaka Rock City』にのって、父親役の平田満をはじめ、真凛、咲世子と関西出身の新世代実力派俳優がみせる人情劇。いつの世も変わらぬ「子離れ」「親離れ」がロック感溢れるテイストで表現されていたのも新鮮だった。
本作の西尾監督に、デビュー作を人情喜劇にした経緯や、平田満さん演じる父親役に込めた狙い、大阪を舞台に映画を撮るにあたって表現したいことについてお話を伺った。
■『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』のように、伝統的な日本映画のエンターテイメントをまた観たかった。
―――『ソウル・フラワー・トレイン』は西尾監督の長編劇場デビュー作であり、大阪を舞台にした昔懐かしい人情喜劇になっていますが、このような作品にしようと考えたきっかけは?
『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』など、自分が20代の時は古臭くてあまり観ようと思わなかった作品を今観ると、面白いんです。プロの職人の仕事として良くできているし、もちろん尖った部分はありませんが、すごく安定して面白い。僕は10代のとき撮影所で働いていたことがありました。深作欣二さんや工藤栄一さんの現場でも働きましたが、両監督作品のような日本映画のエンターテイメントがすごく好きです。丹念に作られていて、決してチープではない。こういう作品を自分なりに継承したい、ああいうエンターテイメントがまた観たかった、そもそも寅さんのような人情喜劇を劇場デビュー作で撮る人は珍しいでしょう。僕は今までインディーズで映画を作っていたので、インディーズ=ちょっと尖った感性の映画というイメージがあるかと思いますが、逆に日本の伝統的なエンターテイメント映画を目指した人間喜劇にしました。
―――ロビン西さんの原作を映画化しようと思った理由は?
漫画関連イベントを手がけている巴山(はやま)君と芸術創造館勤務時代の上司の前田さんと僕との三人でALEWO企画というユニットを作りました。映画の西尾、漫画の巴山、演劇の前田というそれぞれの色分けができているユニットなので、それぞれの強みを生かした作品づくりを狙い、その第一弾は僕と巴山君の好きな漫画家ロビン西さんの作品で、大阪が舞台の『ソウル・フラワー・トレイン』にしようとすんなり決まった感じです。既にロビン西さんと交流のある巴山君と一緒に映画化のお願いをしにいき、快諾していただきました。
―――今までの西尾監督作品も、女の子が可愛かったですが、今回は本当にどの女の子も魅力的でした。
女性キャストたちはルックスもすごくいいのですが、お芝居もうまいですね。配役の面では前田さんの役者関係の人脈を活かして、大手プロダクション所属の役者さんにオーディションを受けに来てもらうことができました。皆さん東京で活動している方ですが、オーディションの条件が「関西弁がしゃべれる人」ということで、関西出身者が揃いましたね。
■原作と映画の違いに注目!ロビン西さんの原作があるからこそできたオリジナルストーリー。
―――西尾監督は共同脚本も手がけていますが、原作と変えようとした部分もたくさんあったのでは?
原作は今絶版中なので、『ソウル・フラワー・トレイン』劇場用パンフレットに原作を全て掲載しています。パンフレットを見ていただければ、原作を映画でどういう風に変えたかという部分にかなり驚いていただけると思います。原作と映画の違いは注目して観ていただきたいですね。映画の半分はオリジナルストーリーですから。
―――なるほど。それは鑑賞後に原作も読みたくなりますね。具体的に、原作からどのようにして脚本を膨らませていったのですか?
ロビン西さんに、こういう風に変えていきたいという話をしたら面白いと思っていただき、僕と同じく脚本の上原さんとが何度か書き直したものを、二、三度ロビン西さんに見ていただき、意見をもらいました。原作者は普通映画化されるとき、脚本にはノータッチのケースが多いですが、今回はロビン西さんも一緒に作ってくださり、すごくこの映画を気に入ってくれています。東京で上映した際は、ゲストでもないのに後半毎日のように上映に来てくれましたし、原作者にそこまで気に入ってもらうのは、映画を作った者の冥利に尽きます。ロビン西さんの持っているテイストや、原作の空気はしっかり残しています。ロビン西さんの原作があるからこそ、ノリノリでオリジナル部分を膨らませた感じですね。
■父親のキャストイメージは「笠智衆」。父親役平田満さんのアイデアを取り入れた、子離れする親のラストシーン。
―――クライマックスでストリッパーの娘を前にした平田満さん演じる父親の行動は、本当に勇気がありますね。あんな勇気を出せる父親はなかなかいないなと感動しました。
原作では様々な展開があった上で最後は色紙が家に飾ってあるんです。原作の肝の部分でもあるので脚本もそのまま使っていたのですが、平田さん自身が娘を持つ父親でもあるので、映画の父親の決断の気持ちが分かるからこそ、最後は子離れをしっかりしなければいけないのではないかと提案されました。「色紙を持って帰るということは、まだ子どもにこだわっているということなので、この色紙をどうにか処分できないでしょうか」とおっしゃってくださったので、それらの話を伺った上で僕が平田さんに提案したのは、船の上で捨てたのか忘れたのか分からないような曖昧な形で色紙を置いていく形でした。その色紙を風がさらって、もう戻らないような感じで表現しています。平田さんも脚本にアイデアを下さるような現場でしたね。
―――脚本にも平田さんはアイデアを出されたとのことですが、他に平田さん起用の決め手となった点や、平田さんが演じる父親像に託したことは?
父親は原作の通りの描写です。僕の中でこの作品のことを考えた時パッと頭に浮かんだのが小津安二郎の『東京物語』でした。本作も親が離れて暮らす子どもを訪ねていく話ですから、実はキャストイメージのところに「笠智衆」と書いていたんですよ(笑)。笠智衆さんがあの娘の姿にドタバタするというイメージが私の頭の中にあって、今ああいう頑固さと人としての純粋さを持った父親を誰が演じることができるかと考えたとき、平田満さんがピッタリはまりました。
■平成のじゃりんこチエ、花時計のストリップ劇場とダンサーたち、串カツ屋の在日コリアン客。大阪の下町を舞台に、多様な人間が住む均一的ではない魅力を描く。
―――ナビゲーターのあかねというキャラクターは、大阪の子らしいイキイキとカラフルな感じが出ている部分とナイーブな部分の両面が見えていました。
大阪という場所でポジティブかつ行動力があって、しっかりしている子というと、昔でいえば「じゃりんこチエ」ですね。また山本政志監督の『てなもんやコネクション』(90)でもナビゲーターをやっているのは女の子なんです。あかね役を演じている真凛を見ていて「じゃりんこチエやっているなと」思っていました。
―――大阪映画だけあって、定番の大阪観光地を西尾監督流に入れ込んでいますが、地元の人間として逆に抵抗はなかったですか?
前半はべたべたな大阪観光ですよ。20代のときは大阪のベタベタな描写や大阪の観光地を撮るのを避けていたのですが、大阪以外の人からみればそんなこだわりは全く関係ないですよ。例えば『ローマの休日』で全くローマの観光地が映っていなかったら、つまらないじゃないですか。串カツ屋の「二度づけ禁止」なんて大阪では本当に当たり前のことなのですが、東京のお客様には「串カツ屋ってあんな感じなんですか?」と言われます。
―――確かに、登場人物は皆、人間くさいキャラクターですね。
例えばストリップ劇場の前の串カツ屋で劇場のことを紹介するお兄ちゃんも韓国人ですが、大阪の下町を描いて、日本人以外の人が出てこないのは不自然な気がします。在日コリアンの人を社会問題として取り上げるのではなく、普通に街で生きている人として登場するような話にしたかったんです。アジアの多様性や在日問題を掲げるのではなく、「アジア一のあじや!」みたいなしょうもないダジャレで終わらせたかった。その方が僕の知っている大阪の感じがでます。自分の周りに普通に多様な人間が住んでいる状況が、大阪の下町を舞台にすると描きやすいです。均一的ではない魅力ですね。
■もともと人間は愚かだけれど、そこが可愛いわけで、ダメな部分もいい部分も含めて肯定したい。
―――西尾監督が今までに影響を受けた監督は?
三人挙げると、一人目は黒沢清監督です。ハリウッド映画よりも予算が少ない日本映画にあって、ドラマチックに映画を語る術が非常に素晴らしいです。特にVシネマ時代のカット割りの影響をかなり受けていますし、今回も東京上映時ゲストに来ていただきましたが、「国際映画祭を狙ってアート的な映画を撮る若い人が増えているけれども、西尾君はジャンル映画を作る担い手になってください」と言ってくださいました。作品も含めて黒沢監督にすごく好意的に受け取ってもらえたのがうれしかったです。
二人目は林海象さんです。テレビドラマ『濱マイク』シリーズや『弥勒』(13)の監督もされていて、京都造形大学では私が講師、林さんは上司の学科長でした。映画を作るだけではなく、観客にどう届けるかといった上映まで含めた一つのエンターテイメントであることを教えてもらった気がします。
三人目は森崎東監督です。東京で森崎監督の特集上映が組まれる前年(08)に、京都造形大学で森崎東映画祭を学生と一緒に企画し、作品選定をさせてもらいました。森崎監督は日本の娯楽映画の担い手の一人であるわけですが、そこに描かれる人物像が一癖も二癖もあり、こちらの予想を裏切る複雑で入り組んだ人間であるところが、より感動を呼びます。
―――主題歌の『Osaka Rock City』や、登場人物の心情に寄り添うようなアコーディオンなど、音楽にも注目が集まる作品ですね。
少年ナイフ、赤犬のクスミヒデオさん、DODDODOさんと、今回はほとんど関西のミュージシャンの方ばかりです。僕がもともと大阪のライブハウスで音楽を聴くのが好きな人間なので、彼らと一緒に作品を作りたかったんですね。かんのとしこさんが弾いているアコーディオンのメロディーは、映画完成後にクスミヒデオさんが作曲してくださいました。クスミさんは今後も関西の映像音楽の重要なキーマンだと思います。ALEWO企画の前田さんが、かつての角川映画のように主題歌のある作品にしたいということで、大阪の映画だからロックテイストの曲を、少年ナイフさんにこの映画のために作っていただきました。今回、みなさんの音楽が本当によく映画にハマったと思います。
―――本作をどんな方に観ていただきたいですか?
この作品は映画を作っている学生や夢を追いかけている若い人と、そういう子どもを都会に送り込んでいる親御さんたちに見てほしいです。子どもがやっていることを認めるというのは、とても普遍的なことで、『ソウル・フラワー・トレイン』は子どもを一人の人格として認めて子離れをする話だと思います。30代後半以上の人たちの涙を誘うところもそこですね。また結構若いお客様から「久しぶりに実家に帰りたくなりました」と言ってもらい、うれしかったです。
―――最後に、これから大阪でどんな映画を撮っていきたいですか?
大阪に限りませんが、正義や悪、良識などある一辺倒の価値観に加担するようなことはしたくない。愚かな部分や汚らしい部分も含めて人間なのです。でもそういう部分はどんどん隠されてきているし、「人はこうでなくてはならない」とこだわっているから、逆に悪ぶることが受けたりします。もともと人間は愚かだけれど、そこが可愛いわけで、ダメな部分もいい部分も含めて肯定したい。色々な人がたくさんいるという状況が好きです。僕は、色々な人がいて、それぞれのペースで生きているのが街だと思っていますから。
(江口由美)