『ひろしま 石内都・遺されたものたち』リンダ・ホーグランド監督インタビュー
(2012年 アメリカ=日本 1時間20分)
原題:”Things Left Behind”
監督:リンダ・ホーグランド
撮影:山崎裕
出演:石内都他
2013年7月20日(土)~岩波ホール、8月3日(土)~梅田ガーデンシネマ他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.thingsleftbehind.jp/
(C) NHK / Things Left Behind,LLC 2012
~今と変わらず生きた人の佇まいを感じる、美しき「ひろしま」アート~
こんなに静かで研ぎ澄まされた「ひろしま」映画を観るのは初めてだ。広島原爆被害者の写真を撮り続けている写真家、石内都さんによるカナダ・バンクーバーの人類学博物館での個展に密着。そして個展に訪れた人々が好きな作品の前で語る自身のヒロシマ写真への想いや、そこから導かれる自国の悲しい過去への誓い。観る者それぞれの想いが、ヒロシマを超えた普遍的な平和への祈りに重なっていく様子を鮮やかに切り取っていく。監督は、宣教師の娘として日本で生まれ、10歳のときにアメリカによる広島への原爆投下を知り、米国の戦争責任に関わる作品を生み出してきたリンダ・ホーグランド。初監督作品となった前作『ANPO』(10)に引き続きタグを組んだ山崎裕によるカメラワークは、まるで個展の場にいるかのような気持ちで写真に向き合わせてくれる。
本作のリンダ・ホーランド監督に、本作独自の広島に対するアプローチや、監督が長年対峙してきた第二次世界大戦、そして自身のトラウマを原動力にした作品作りについて話を伺った。
■石内さんの写真は、一気に広島、長崎へのアプローチをひっくり返した。
―――まず最初に、リンダ監督は石内さんの作品をどう感じ取っていますか?
とても革新的なアプローチです。広島、長崎は大量虐殺ということで世界的にも有名になっていますが、十何万人一斉に亡くなっても落とされた命は一つ一つです。同時に魂も一つ一つ亡くなっていったということが石内さんの手法の中に秘められています。遺品は一つ一つしか撮れませんから。もう一つはモノクロイメージだったものをカラーに変えたということですね。一番おぞましい人間の姿を、一番美しいファッションに変えた。一気に広島、長崎へのアプローチをひっくり返したように思います。
―――写真展の来場者に対するインタビューでは、それらの遺品を身につけていた人のことに思いを馳せたり、自らの過去や、自国の抑圧された歴史について言及したり、来場者がそれぞれの解釈を素直に表現していたのが印象的でした。
戦争はイヤだとか、原爆投下はかわいそうだという分かりきった言葉は、この映画の中では使えないと分かっていたので、まずは本当に写真に興味を持ってくれている人を観察しながら探しました。その人たちには展覧会を見終わった後に、一番好きな写真を選んでもらって、その横に立って「なぜこの写真が一番好きなのか教えてください」というアプローチをしました。すごくパーソナルなところで「水玉模様が好き」という人もいれば「屈辱の雨にあった母親のことを思い出した」とか、スペイン内戦に触れる人もいました。
―――かなりパーソナルで普通人には言えない深刻なことも告白していましたね。
展示している写真に説明がないので、来場者は写真に秘められた物語を知りたいわけです。あんな強烈な写真を見ても、何の情報もない。かろうじて、着ていたのはたぶん女性だろうぐらいは分かるものの、それ以外の情報は意図的に全く提供していません。勝手にストーリーを作ったり、自分の戦争がらみの辛い秘密を告白するといった風に、あの展覧会場は神秘的で聖なる場所、自分が語っても安全というような、どこか無言の許諾を与えていた場所なのかもしれません。どれだけ傷ついた人間でも、原爆投下で亡くなった人の方がもっと傷ついて亡くなった訳ですから。
この作品の中で父親が科学者としてあるプロジェクトに参加していたけれど、目標は原爆と聞いて辞めたという話がありました。一人の父親が勇気を出して辞めたのに、他の人は原爆と知っても作り続けたということで、何か視点がひっくり返るじゃないですか。そういう部分も見せたかったのです。
■バンクーバーの大自然とトーテムポールは、原爆投下に対する無言の巨大な否定。
―――何度も博物館にあるカナダ先住民が作ったトーテムポールが映し出されていましたが、その意図は?
トーテムポールは独特の表情をしていて、ベロを出したり、人間をなめているようにも見えます。原爆を作ったり、戦争をしたり愚かなことをしている人間に対するトーテムポールなりの否定や、あざとい目線を感じて、私は好きなのです。原爆という災いを否定や批判するのに、人間の言葉はもういっぱい聞いています。このトーテムポールとすばらしい美術館と、とてもすてきなお客様に救われたと同時に、やはりバンクーバーの大自然が無言の原爆投下に対する巨大な否定に思えました。こんな自然があるのにそんな愚かなことをするのかという、どんなナレーションにも勝るパワーがあります。
■「原爆」のイメージから解放、亡くなった人が「うかばれる」映画にしたかった。
―――石内さんも何度か語られていましたが、本作では「解放」が一つの大きなテーマになっていますね。
「原爆被災者」という事実からは解放できませんが、イメージから解放してあげたいというのが石内さんの素直な気持ちです。私も十何万人一斉に亡くなった群像のイメージから解放してあげて、映画の最後に三人の人たちが、どうやって一人ずつ亡くなっていったか映し出していますが、個を見せるのが追悼の基本だと思うんですよね。これまでのやり方を批判しているわけではなく、映像ならではの石内さんの写真と私の映画で、個人がこういう想いで亡くなったということを証言できるのではないかと思います。
もう一つの解放の意味は「うかばれる」。ケロイド状態の怖い人たちというイメージに縛られていたのが、石内さんにこのように撮られて、展示会で来場された方が「かわいいね。きれいだね」と言われたことによって、やっとイメージから解放されてうかばれる。そのことが前提で作った映画ですね。
―――監督ご自身は、過去のトラウマから「解放」されたのでしょうか?
生い立ちのトラウマはあったのですが、実は前作『ANPO』を広島に持って行ったときに、とにかく広島の人たちがどこよりも熱く歓迎してくれ、それで基本的にトラウマから抜けたんですよね。今回も新作を広島で試写したら、上映後の記者会見で、35人ぐらい来てくださったのを見て、今年の8月6日は広島で過ごす勇気ができました。
私なりにあの戦争は何だったのかという三部作を作り、日本の映画館でも公開されていますし、既に公開が始まった東京で、見終わったお客様から「これまで怖くて広島に行けなかったけれど、リンダさんの映画を見て勇気が湧いて今年の夏行きます」と言ってもらえました。トラウマの延長線上で映画を作り、色々な歴史を勉強し、石内さんにも出会い、帰るべきところに帰ってきた気がしますね。私が精一杯できることは成し遂げたという、ある種の達成感があるかもしれません。私の中の太平洋戦争は終わって、次は動物に関する映画を作る予定です。
―――「美」の力でアメリカの「理論」に相対するとおっしゃっていますが、その意味は?
アメリカは原爆投下の正当化を続けていますが、それは完全に神話なんですよね。そういう神話に対抗するためには、美しいワンピースから透けて見える、「若い女性がこういう形で亡くなったんですよ」という表現でしか反論できません。理性と称してアメリカを正当化する完全な神話に対して、私は数字や理性で反論するのは意味がないと思ったのです。
■「人間とは何かを考えさせてくれるアートに、なぜ私たちは惹かれるのか」を追及。
―――この映画では徹底的に説明の要素が省かれていますね。
説明ではなく、感性で観てもらいたいのです。「私はあの映画を見て、あの美術館に行った気持ちになった」というのが一番のねらいです。広島への追悼や贖罪という狙いはあるのだけれど、もう一つの最大のテーマは、なぜ私たちはアートというものを体験するために美術館にお金を払って足を運ぶのか。それもリクリエーションではなく、もっと本質的なアート、人間とは何かを考えさせてくれるアートになぜ私たちは惹かれるのかも実は追求しているんですよね。
―――感性といえば、山崎裕さんのカメラワークが展示写真とのいい距離間を保ちながら、時には繊維が見えるぐらいまで肉薄し、静かな説得力を与えていました。山崎さんとの出会いや撮影で一番感じたことは?
山崎さんとは、私が是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』(98)でサンセバスチャン映画祭に呼ばれたときに、山崎さんとお会いしました。『ANPO』の撮影をお願いしたとき、「実は僕が一番最初にカメラを廻したのは、60年安保で学生の時16ミリで廻したんだよ」と、すごく想いがあったことを明かしてくださいました。一番山崎さんの感性ですごいのは、石内さんが広島で撮影している非常にセンシティブで親密な現場に、あたかもモダンダンサーみたいな軽いタッチで入っていかれることですね。
■ドキュメンタリーを観るとき「メッセージを受け止める」ことからもお客さんを解放したい。
―――作品を作るとき、どのようなアプローチを心掛けているのですか?
多くのドキュメンタリーはあたかもカメラがないように作ろうとしていますが、私の場合はカメラのあることが何もかも変えると思っているので、「カメラがないように自然な姿の被写体を撮る」ことは全然狙っていません。私は、撮る以上は全部ひっくるめて美しく見せます。何かを暴露するとか、そういうところも含めて一般的なドキュメンタリー作家ではないかもしれません。映像小説家というか、ものすごく明瞭な自分の視点があって、その視点に基づいて映像を撮って編集をしています。私の生い立ちの延長線上で自分にしか見えない世界があるので、それは他人に何かを言われても気になりません。ドキュメンタリーとは何かメッセージや主張をいうものだと考えがちの人には「この映画のメッセージはありません」と伝えたいです。メッセージを受け止めるということからもお客さんを解放してあげたいのです。
―――インタビューで「私はドキュメンタリーにつきまとう客観性には興味がない」と語っておられましたが、その真意は?
もし私の作品を見に来ていただけるのなら、あまりドキュメンタリーを期待してほしくないのです。ドキュメンタリーとは、カメラを持って真実を追求するというイメージがありますよね。客観とは英語で「objective」というのですが、例えば原爆投下は動かせない事実ですが、飛行機の中のカメラの映像と、かろうじて原爆直後に広島や長崎のきのこ雲を撮ったカメラの映像とどちらが客観的なのか。どちらも客観的だったら、なぜああも違うのか。多分お互いのいた場所からしか見えないものがあって、それは客観じゃないような気がします。客観とは何か、私もいまだにわかりません。ただ私には主観があるし、主観というのは私の真実で、それは確信を持って表現できると思うのです。
―――タイトルを平仮名の「ひろしま」にしたのはなぜですか?
石内さんが悩み抜いて決めました。平仮名というのはもともと女言葉なので、女性の表現なのです。男性の遺品も撮っていますが、やはり美しいのは女性の花柄のワンピース等で、大半が美しい遺品です。前までは石内さんも「女性の写真家」と言われると、1ランク下に見られているようで嫌だったそうですが、今回の写真は女性にしか撮れないので、「女性の写真家」と言われてもいいという覚悟があったと思います。
―――石内さんの写真もそうですが、鑑賞後それらを身に着けて生きていた人の「気配」が残りました。
ケロイドに覆われた恐ろしい人ではなくて、一緒にお茶でも飲んで、うちわでも煽いで、世間話をしながら時間を共有できる人たちとして、もう一度原爆投下1分前の人たちを見てほしい。それが石内さんと私の共通するねらいです。被爆者は遠い向こうにいて、私たちは偉そうに、あたかもそれから何十年間も文明が進んだところにいるように見えるけれど、実際は何も進んでいないのです。
インタビューでリンダ・ホーグランド監督は、何度も「感性」という言葉を口にされ、今までの原爆投下や広島を取り扱った映画にはない、「美」という視点で亡くなった人個人個人に光を当てることで、新しい追悼の形を我々に示してくれた。
上質な、肌が透けて見える素材のワンピースや、祝い着の子供用の和服、くっきりした目元の日本人形など、広島原爆被害者の遺族が広島原爆資料館に後世に伝えてほしいとの願いを込めてたくす遺品の数々は、決して原爆の壮絶さを示すだけのものではない。その瞬間まで、他の人と変わらぬ日常を幸せに暮らしてきた「生の記憶」に真っ白な気持ちで向き合えるような余白が心地よかった。写真を見ながら自分の中で何度も反芻したくなる美しい作品に静かな感動を覚えることだろう。
(江口 由美)