『じんじん』企画・主演大地康雄インタビュー
(2013年 日本 2時間9分)
監督:山田大樹
出演:大地康雄、小松美咲、佐藤B作、中井貴恵、井上正大、若村麻由美、絵沢萌子、中田喜子、板尾創路、手塚理美他
2013年7月13日(土)~テアトル梅田、8月3日(土)~京都シネマ、8月10日(土)~元町映画館他全国順次公開
※2013年度ゆうばりファンタスティック国際映画祭W受賞<ファンタランド賞(作品)、人物賞(大地康雄さん)>
公式サイト⇒http://www.jinjin-movie.com/
(C) 2013『じんじん』製作委員会
「絵本を中心にやさしい町づくりが根付いた剣淵町、ここに日本の明るい未来を見たんですよ」
心底優しい気持ちになれる映画に出会えるのは、本当にうれしいものである。俳優であり『恋するトマト』で監督デビューも果たした大地康雄が、絵本で町おこしを行っている北海道剣淵町やそこで読み聞かせをする町の人たちに出会い、温めてきた企画が映画化された。先行公開された北海道をはじめ、熱い感動を呼んでいる本作は、町の人が仕事の空き時間にボランティアで行っている絵本の読み聞かせが大きな見どころだ。家族よりも芸の道を選んだ大道芸人の銀三郎と離れ離れになった娘とを結ぶ鍵としても絵本が登場し、絵本の魅力が散りばめられている。修学旅行にやってきた高校生たちが、農業研修をするうちに目を輝かせるようになったように、雄大な剣淵町の自然の中で私たちも失っていた何かを取り戻せそうな力のある作品である。
本作の企画およびコミカルな魅力を見せる主人公銀三郎を演じる大地康雄に、剣淵町と出会ったきっかけや、絵本や読み聞かせが子どもや大人に与える影響、そして剣淵町の魅力についてお話を伺った。
━━━絵本の読み聞かせが物語の軸となる映画であることに感銘を受けました。しかも、町ぐるみで読み聞かせをしている地域は非常に珍しいですね。
町ぐるみで読み聞かせを始めて、25年ぐらいになるそうです。25年もやっていれば、私よりも読むのがうまい読み聞かせの達人が何人もいるんですよ。何よりも剣淵町は、絵本を真ん中に置いて優しい町になることに成功しています。いいことだらけの剣淵町を是非全国に紹介したかったのが、映画を作る上での大きな動機になっていますね。
━━━剣淵町のみなさんと交流することになったきっかけは?
前作『恋するトマト』を作ったのが、全部つながっています。農業がテーマの作品で、北海道で上映会を50カ所ぐらいで行ったのですが、旭川上映会後の交流会で、「大地さん、私の故郷に帰る前に寄ってくれないか」と何度も声をかけてくださる方がいました。翌日帰る予定だったのですが、あまりにも熱心に誘ってくださるので飛行機を一本遅らせて、渋々行ったんです。何があるのかとお聞きすると「絵本です」とおっしゃるけれど、その時はピンときませんでした。剣淵町に着くやいなや絵本の館に誘導され、ちょうど子どもたちに読み聞かせをしているところに出くわしました。十数名の子どもたちが床にべったり座って、どんどん絵の近くまで詰め寄り、最後のオチで全員同時に床にひっくり返って大爆笑していたのを見て、正直びっくりしました。次に農家のお父さんが『つきのよるに』(作・絵:いもとようこ)を読み聞かせると、皆泣いていて、子供たちの表情が輝いていました。絵本とはこんなに豊かな感情を育てているのか。大げさな言い方をすれば、ここ(剣淵町)に日本の明るい未来を見たんですよ。
━━━なるほど、絵本の館とは感動的な対面を果たされたのですね。
お母さんたちに、絵本を読んで日常生活にどのような変化があるのかとお聞きすると、皆さんが「読み聞かせをするようになって、思いやりのある子になりましたよ」とおっしゃいます。言語力や想像力がついたり、人の心を読みとる力がついたり、引っ込み思案で学校に行くのを嫌がっていた子が通えるようになり、友達がどんどんできて喜んでいたりしますね。絵本を読み聞かせしている大人も童心に戻って子どもと一緒に物語に入っていくことで、枯れていた感性が甦るんですよ。生き方、心の持ち方が変わってくるし、子どもの喜ぶ姿を見てこちらが元気をもらえる。だから、読み聞かせは大人の方こそ得るものが多いと聞きました。
━━━大地さんが演じる銀三郎には、モデルとなる人物がいるのですか?
毎年田植えの時期に、兵庫から田植えを手伝いにやってきて、女子高生と一緒に農業研修もやり、秋の収穫が終わってまた兵庫に帰っていくという方にお会いしました。なぜ毎年来ているのかと聞くと、「剣淵は本当に心が癒されて、元気をもらえる。剣淵は心のふるさとだ」とおっしゃっていました。この方が銀三郎のヒントになって、心のふるさとを持った男の話ができるのではないかと思ったのです。
━━━劇映画としてエンターテイメント性を持たせながら、メッセージをうまく表現されていましたが、一番留意したことは?
私は、13年間テレビドラマ『刑事・鬼貫八郎』シリーズに出演していました。人殺しの話なのですが、糖尿病なのに目を盗んでお饅頭を食べたりしていたというコミカルな部分が続けることができた秘訣だったと思います。その時の脚本家が、本作で脚本を担当した坂上かつえさんで、「いつかは人情喜劇だけの作品をやりたい」と二人で話していたので、本作の脚本を考えたとき真っ先に連絡しました。すぐに坂上さんを剣淵町に連れていき、取材してもらったら、帰ってから3ヶ月後にせりふ入りの第一稿を渡してくれたんです。驚いたことに皆この第一稿を読んで泣いたんですよ。これで一気に火がつきました。一年ぐらいで決定稿を書き上げるまでに、人もお金も集まってきましたね。
━━━脚本を担当された坂上さんが、大地さんの意図を見事に反映させ、『じんじん』の輪が広がっていったのですね。
坂上さんの上手いところは娯楽映画で育ってきたので「映画は娯楽だ」という思いが体に染み込んでいるのです。大事なことを伝えたければ伝えたいほど、面白くしなければならない。教育映画ではないので、楽しんでもらわなければいけないという点で考えが一致しました。絵本の切り札は最後に持ってきて、最初は面白い昔話をばあちゃんから聞かされたという話(実話)から始まり、剣淵町でどうして絵本の館ができたのか、農業研修なども全部取材して脚本に取り入れています。剣淵町の皆さんは飲み会でもマイ絵本を持参して、読み聞かせをしあっています。お互いにダメ出ししたり、絵本が町の人々の中に根付いています。何よりも大事なのは絵本を真ん中に置いて、やさしい町づくりができていることですね。
━━━銀三郎さんを見ていると、寅さんを彷彿とさせました。
坂上さんは私のコメディの部分を知っていますし、山田監督も『刑事・鬼貫八郎』シリーズを担当されたので、私の演技を知り尽くしています。だから鬼シリーズの集大成のようなものですね。関西は笑いに厳しいですが、この作品は関西で通用しますか?
━━━吉本新喜劇とはまた違うテイストですが、松竹新喜劇のような人情喜劇の中に泣かせるような味わいがあって、とても楽しかったです。
映画を観て、「理性をキープしながら笑えて泣けた」とおっしゃっていただきました。また、「悪人が一人もいない映画で感動したのは初めてだ」とか、「素直に泣けた」という人が一番多かったです。これは絵本の力でしょうね。私は小さい頃、映画ばかり見ていたので、新鮮でした。
━━━久しぶりに中井貴恵さんが映画出演され、剣淵町で生きる主婦を熱演していましたが、出演に至る経緯は?
偶然近所の病院で中井さんが絵本の読み聞かせをされると聞き、見に行きましたら『つりばしゆらゆら』(作:もりやまようこ、絵:つちだよしはる)を読まれ、本当に感動したんです。感動のあまり、その場で中井さんに会わせていただき、絵本を題材にした映画にでてほしいと直談判して、快諾いただきました。普通出演交渉はプロダクションを通しますから、後で社長にお詫びしましたし、大変失礼なことをしたとは思いますが、そういう想いは伝わるんですね。今回学んだことは、「人生は志だ」。私利私欲ではダメですが、志さえあれば、人は集まってくれるのです。
━━━絵本のお話はどうやって作っていったのですか?
ドリアン助川さんは私の釣り仲間で、ある日一緒に釣りに行った帰りに彼のライブに誘われたんです。どういうライブをするのかと聞くと、「クロコダイルとイルカ」というので見に行くと2時間語って歌って、感動ものでした。クロコダイルの気持ちになって、無骨なクロコダイルが自分が生きてきた意味や、存在価値や、愛を語っていくのです。しかもドリアンさんが絵本もあるというので、見せてもらったのが映画で登場した『クロコダイルとイルカ』でした。坂上さんもすっかりドリアンさんのファンになって、脚本に入れてくれました。
━━━この映画を観ると、過疎で困っている地域の自治体の人が何かヒントを得られる気がします。年齢問わずに楽しめるのも魅力ですね。
札幌の中学生に観てもらい、100人にアンケートを書いてもらったら、ほとんどが「家族の大切さが身に沁みた」とか「愛の大切さがわかった」とか「まじ笑った、感動した」という意見を書いてくれました。子どもにもきちんと伝わったのが、うれしかったですね。
剣淵町も映画のロケ地になるのが初めてなものですから、最初は皆さん本当に剣淵で映画が撮れるのかと疑心暗鬼だったようですが、いざ始まると炊き出し部隊が無農薬野菜を使ったお料理を作ってくれ、本当に力をもらいました。エキストラも人口3000人の町なのに300人が必要でしたが、それでも剣淵町の皆さんが集まってくれました。
━━━関西の上映でどんな感想が聞けるか、楽しみでは?
最初笑っていただけたら、成功ですね(笑)今、日本中が心の問題をどうしたらいいか、考えていると思うんですよ。物質は豊かになったけれど、大事な心が置き去りになってしまった。東日本大震災以来、大事なことがぬけ落ちてきたと気づいている人は多いと思います。「心の忘れ物をしたときに、取りにきてほしい」。まさに剣淵の人たちがよくおっしゃるこの言葉が、映画のメッセージなのかもしれません。
「わたしはただ種を蒔いただけ。色々な方が水をやって、育ててくださった」と『じんじん』が出来るまでの過程を表現した大地康雄さん。本作は映画ではじめて総務省、全国市長会、全国町村会の後援を受けており、今後日頃映画に触れることのないような人にも観てもらえるよう上映活動を広げていくそうだ。心温まる人情劇を見て、親子や地域の子どもたちと絵本を通して共有する時間の尊さに改めて気付かされた。(江口由美)