『選挙2』想田和弘監督インタビュー
(2013年 日本・アメリカ 2時間29分)
監督:想田和弘
出演:山内和彦他
2013年7月6日(土)~シアター・イメージフォーラム、第七藝術劇場、7月20日(土)~神戸アートビレッジセンター、今夏~京都シネマ他順次公開
※第七藝術劇場7/13(土)10:00回 上映後、想田和弘監督 舞台挨拶予定
公式サイト⇒http://senkyo2.com/
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~震災直後の統一地方選挙にみる、選挙制度と日本人の「これから」~
徹底的などぶ板選挙から、徹底的なアンチどぶ板選挙へ。前作『選挙』(07)で小泉政権の落下傘候補として自民党から出馬した山内和彦さん(通称山さん)が、震災直後の4月1日に公示された川崎市議会選挙に急遽無所属で立候補し、前回とは180度真逆の「お金をかけない」選挙戦を展開した。候補者の中で唯一反原発を明言し、「子どもたちにつけを回さない!」と現在主夫として息子を育てる山さんならではの確固たる信念を、ポスターに大きく掲げた山さん。演説も握手も封印し、日々選挙ポスターが剥がれていないか巡回しながら、古巣の自民党議員やライバル議員たちにもエールを送る。ガチガチの選挙戦とは真逆のゆるい戦いぶりだ。一方、郵便局では選挙2日前にも関わらず最後の最後まで妻とハガキを書き続けたり、1度きりの街頭演説では人気の少ない駅前裏通りながら、防護服姿で反原発を力いっぱい訴える。組織に頼らない“山さん流選挙”が、私には非常に新鮮に映った。
『選挙』に引き続き、再び立ち上がった山さんの選挙戦に密着したドキュメンタリー作家想田和弘監督。震災後すぐにもかかわらず粛々と通り一遍の選挙戦が行われる違和感や原発事故すら既に口外しにくい雰囲気となっていることに対する違和感など、震災直後を改めて見直すことで今の日本の問題につながる根源が浮かび上がる。また、本作では『選挙』では撮影に協力的だった保守系議員に撮影を拒否されるハプニングにも見舞われ、取材や言論の自由の解釈についても疑問を投げかけているのだ。
キャンペーンで来阪した想田和弘監督に、想田流震災映画ともいえる『選挙2』を今提示する意義や、前作と真逆の活動を展開する山さんに密着して実感したこと、現行の選挙制度についてお話を伺った。
―――震災後開催すら危ぶまれた統一地方選挙でしたが、いつ撮影を決めたのですか?
3月28日に山さん(山内和彦さん)のブログで出馬を知りました。前は自民党から徹底したドブ板選挙で出馬した山さんが、今度はドブ板を全部封印し、前は主張がなかったのに、今度は主張のために出馬するのです。この180度違う選挙は撮らなければと直感し、その場で撮影することを決めました。『peace』上映のため香港映画祭にいたので機材もなかったのですが、東京で急きょ撮影機材を揃えましたよ。
■奇妙なことが起きているのを実感、これは私たち日本人についての映画だ
―――2012年12月衆議院選挙が自民党圧勝でなくても、本作を作っていましたか?
作っていなかったかもしれませんね。撮影したときにはすごく奇妙なものが撮れている実感があったものの、どう奇妙なのか分からず、編集するにも手の付けようがありませんでした。ところが2012年12月に行われた衆議院選挙の結果が、予想していたとはいえ自民党圧勝と出たとき、相当ショックを受けました。それは奇妙な結果だからです。原発事故が起きたのに、原発を推進していた自民党が圧勝したというのは、かなり難しい方程式ですよね。映画を撮る定石でいえば、原発事故が起き、それを推進している政党が選挙に負けたというシナリオは書けますが、逆は普通書けません。でも現実にはそれが起こっているわけです。
―――今回山内さんはいわゆる選挙活動らしいことはほとんどしていませんが、なぜ撮り続けたのですか?
もし僕が観察映画ということを提唱していなければ、映画にならないと判断して撮影をやめています。しかし僕の場合は「観察映画とは目の前の現実をよく見て、それを映画にするのだから、映画にならないものはない」と言っているので、撮り続けました。いくら何もしない山さんでも、何かしらの活動はしていて、それをよく見ていけば映画になるのです。山さんが主人公ですが、僕は究極の主人公は私たち日本人であり、私たちについての映画だと思っています。
■インディペンデントで闘っても当選できる、選挙制度の“隙間”
―――かなり厳しい選挙戦でしたが、山内さんは最後まで望みは捨てていなかったのでしょうか?
山さんは当選するつもりでいましたし、身近で見ているとやりようによっては当選するのではないかと思わせられました。実際、山さんの選挙区でトップ当選したみんなの党の竹田さんは前作の『選挙』をご覧になって、「ああいうドブ板選挙はやってはダメだ」と思ったそうです。竹田さんは今回選挙カーやお金を使わず、また組織に頼らず、山さんよりも少ない予算で選挙戦を行ったのです。選挙制度はなかなか変わらないと思いますが、選挙制度にも隙間があるということが今回の映画で一つ分かりました。つまり、選挙といえば選挙カーを走らせ、お金や組織を使ってやらなければ勝てないのが常識で、実際そういう選挙制度になっています。でも実はお金をかけずにインディペンデントで闘っても当選しうるのです。
■「表現の自由」を放棄しないために必要なのは、憲法第12条「不断の努力」
―――保守系の持田さんや浅野さんから強固に撮影拒否をされるシーンをあえて使っていますが、その意図は?
撮影拒否されることを想定していなかったので驚きました。選挙は一番取材拒否をしてはいけないものの最高峰にあるものです。山さんがいみじくも「公的なものではなく、私的なものだと思っているんじゃない」と言っていましたが、選挙運動は我々の代表を選ぶための公な活動なので、所有権は誰も主張できないはずなのです。
折しも今憲法の問題が持ち上がっていますが、自民党の憲法案はこの第21条を骨抜きにしようとしています。つまり第二項を付け加えて、「公益及び公の秩序を害するような目的で行われた表現の自由は認めない」ということが書かれており、いくらでも恣意的に解釈できる文章なのです。表現の自由を制限しかねないことが強行されるかもしれない今、僕自身が自主規制して撮影したものを使わないということは、自分から表現の自由を放棄するようなものです。これはやはり出すしかないと思いました。憲法を改めて読むと、第12条で「このような国民の権利は不断の努力によって保持されなければならない」と書いてあります。この「不断の努力」という言葉が初めて自分の中でピンときました。今回のような局面でひるまないということが「不断の努力」です。ここで引き下がってしまうと、事実上表現の自由がなくなってしまいます。
―――『選挙』に続く2作目で、被写体が想田監督に話しかける場面も度々見られました。観察映画を提唱している想田監督としては、どういう考えで撮影されましたか?
『精神』のときは、精神科の患者さんにカメラを向けましたが、「僕がいないようにふるまってくれ」といっても、どんどん話しかけてきました。それに対して僕が応答するやりとりの中から、面白いことが起きたのです。それを映画に残すとき「観察といっても、これは”参与観察”だ」と理論化しました。参与観察は文化人類学でよく使われる言葉ですが、観察者も含めた世界を観察するということです。観察映画とは参与観察であるとそこで理論化していたので、『選挙2』を撮るときは絶対参与観察になるだろうと予想していました。本当なら黒子になりたいところですが、なれないことは最初から分かっていたので、それを素直に出していった格好ですね。実際キャメラを向けた時、前作『選挙』ありきで皆さん反応されるし、山さんの妻さゆりさんですら、「私がラーメンを食べているときは、そっちから撮らないで」とアングルを指定してくるんです。長男の悠喜くんも「あっ、『選挙』撮った人!」と、みんな僕のことを意識しているので、もうしょうがないですね。
■主夫ライター山さんだから獲得できた「おばちゃん目線」と「反原発」への実感
―――山内さんは主夫として子育てをしてきたからこそ、原発事故のことを議論もしないような政治に危機感を覚えたのでしょうか?
山さんは主夫になることで、おばちゃん目線を獲得したのでしょう。あとは子育てをした者ならではの実感を持てたのも大きいですね。例えば自分の子どもを戦争に行かせたい人はいないと思います。その実感を大事にすると戦争は起きようがない。ではなぜ戦争が起きるかというと、男の概念で戦争が語られ、理屈の世界で安全保障や集団的自衛権という話になってしまうからです。逆に子どもたちを戦争に行かせないためにどうすればいいかと本来は考えるべきで、順序が逆です。理屈が先にあって、そのために何かをやろうとすると実感は常に犠牲にされます。原発も放射能汚染は嫌だし、子どもに浴びせたくないと誰でも思っている訳で、その実感を大事にすれば原発を止めることになるはずです。でも物事は大体逆で、「いや経済が」とか、「エネルギー安全保障が」などの理屈が先にあるので、原発を動かす方向になってしまうのです。山さんはおばちゃん目線を持ち、息子に放射能を浴びてほしくないから、選挙にまで出馬したのでしょう。その実感を大事にして行動に移したのはすごいことだと僕は思います。
■震災から2年経ったから出てきた文脈がある
―――想田監督にとっての震災映画となりましたが、別のタイプの震災映画を撮ろうとは思わなかったのですか?
震災映画は、作るとしても時間を置いてからと思っていました。震災という現象に対する反応だけで撮ってしまうことに対する警戒心がありましたね。結果的にはこの映画も震災の現象そのものより、それを日本人がどう受け止め、どう受け止めなかったかということに目線が向いていきました。震災から2年経ったからこういう作品になりましたが、震災直後だったらこのような編集はしなかったでしょう。ドキュメンタリーは過去を現在の視点から解釈する作業です。撮影した時は使い道が分からないようなものでも、後で文脈が出てくるのです。
選挙のあり方だけでなく、憲法が保障する表現の自由の意味を想田監督自身の実体験から学ばせていただき、意義深く、そして笑いの絶えないインタビューとなった。2012年12月の衆議院選挙で自民党が圧勝して以降、改憲について、その危険性やなぜ必要なのか十分な議論が行われないまま7月の参議院選挙を迎えようとしている。この非常事態に待ったを叩きつけるかのようなタイミングで公開される『選挙2』から、我々は今立ち向かわなければならない大きな問題を再認識することだろう。そして、家族と過ごす個人としての実感を政治に全力投入しようとした山さんの行動は、有権者のことは二の次で他人事のように思える「選挙」を身近なものに感じさせてくれた。(江口 由美)