『さまよう獣 』内田伸輝監督インタビュー
(2012年 日本 1時間34分)
監督・脚本:内田伸輝
出演:山崎真実、波岡一喜、渋川清彦、山岸門人、森康子、田中要次、津田寛治
2月2日(土)~シネ・ヌーヴォ、2月23日(土)~ 神戸アートビレッジセンター、5月~京都シネマ
公式HP⇒ http://www.makotoyacoltd.jp/lovebombs/
(C)2012「さまよう獣」Partners
第11回東京フィルメックス最優秀作品賞に輝いた第1作『ふゆの獣』(2010年)で、複数の男女のどろどろした恋愛関係を、俳優たちの感情をむき出しにした激しい即興演技で描き、鮮烈なデビューを飾った内田伸輝監督。第2作『おだやかな日常』(2012年)では、原発事故による放射能の見えない恐怖に翻弄される、東京に住む女性たちの姿を描き、評判を呼んだ。今般、公開された『さまよう獣』は、監督にとって最初の本格的商業作に当たる。映画の宣伝のため来阪された内田監督に本作の魅力についてうかがいましたので、ご紹介します。
〈物語〉
とある田舎の村に、訳ありの美しい女性がやって来て、村の若い男たちは彼女に夢中になる。キヨミと名乗る女は、老女キヌの家に間借りし、キヌの孫同前で寡黙な青年マサルと3人で暮らし始める。そこに、キヨミを追って東京から恋人と名乗る男が乗り込んでくる……。
【作品のテーマ、スタイルについて】
Q:本作の発想はどこから思いつかれたのですか?
A:製作側から女性を主人公にした物語といわれましたが、僕としては、単純に恋愛ものを描くのは、3月11日の震災以降、どうしてもできなくなってしまいました。震災前の映画を観ていると、日常風景とか生活の風景は、どちらかというと「退屈の象徴」として描かれるケースが多かったと思います。でも、震災を経て、「日常」が繰り返されることがどんなに大切かに、僕たちは気付きました。「日常」を描くことで、そういうメッセージを伝えたいと思いました。
Q:『おだやかな日常』と『さまよう獣』と続けての公開ですね。
A:2作の脚本をほぼ同時進行で書いていきました。前者は、放射能を恐れる母親たちの話として、東京の現状を僕なりにみて描いた作品です。後者は、さらに進んで、どんな脅威があっても、人間は皆ご飯を食べなきゃ生きていけないわけで、「食べる」という日常の行為を意識して、食欲にこだわってつくりました。
Q:キヨミとキヌとマサルが三人で食卓を囲んでご飯を食べるシーンが繰り返されますが、構図にはこだわったのですか?
A:今まで手持ちカメラでせめていく映像でしたが、この作品では、極力、日常風景として落ち着いた映像をつくりたいと思い、手持ちカメラはほとんど使わず、あらかじめカットわりをして、ほとんどフィックスの映像で撮っていく形にしました。
Q:即興をやめようと思ったのは何か理由はあるのですか?
A:『ふゆの獣』では、脚本はなく、プロットだけ準備して、あとは俳優にアドリブで自由に演技してもらいました。『おだやかな日常』では、第10校まで脚本を書いて、現場では即興で撮影していくスタイルでした。『さまよう獣』では、きっちり脚本どおりに演じてもらい、即興はほとんどなしで撮影しました。今まで即興による演出しかやったことがなく、僕にとって新しい挑戦で、これを経験しないと次に進めないように思い、一度基本というものに従って撮っていきました。役者がどう演じるか、どうしゃべるかを細かく観察して、しゃべり方が少しでも違うとだめ出しをして、僕自身が思い描くキャラクターに近づけていくので、キャラクターがより明確になるのがメリットだと思いました。即興の場合は、動きが自然になって、感情面がとても激しくなるというメリットがありました。
【主人公の女性像について】
Q:恋愛ドラマを描くにあたって、モデルとかあったのですか?
A:以前、会社に勤めていた女性から、恋愛についての相談を受け、男性があまりに暴力的でも、女性が逆らえないでいるという話を聞きました。『ふゆの獣』は、そういう恋愛依存に苦しむ女性が主人公の映画です。『さまよう獣』は、恋愛依存から抜け出したい、抜け出さないといけないと行動に移した女性を主人公にしました。誰がモデルになったかといえば、あえていうなら『ふゆの獣』の女性がモデルになった形ですね(笑)。
Q:撮影場所はどこですか?
A:撮影したのは山梨です。キヨミがボストンバッグ一つで逃げてくることを考えると、北海道とか九州とかでなく、途中の甲信越のほうが「とにかく逃げ出してきた」というリアリティが出ると考えました。
Q:キヨミを演じる山崎真実さんへの演技指導は?
A:山崎さんには、影のある女性を意識して、動いてもらいました。常にいろんな男性に対して八方美人で、相手に応じて自分の性格が変わったように見せる。村の青年タツヤに対しては「タツヤくんと一緒にいると元気になるね」と言い、シンジには「シンジさんといると気持ちがやすらぐ」とセリフも使い分けます。東京ではそんな生活をしていて、それが嫌で逃げ出してきたのに、田舎でも、同じ八方美人をやってしまう。そんな状況をいかに自然にみせるか、なんとなくキャラが変わっているようにみえるよう、印象づけました。
Q:バーのマスターを演じる田中要次さんが、キヨミには水商売の経験があると見抜きますよね。その言葉に傷ついた彼女が“昔の自分”から抜け出そうとする決意と勇気が伝わってきます。
A:キヨミは、自分の過去を見抜かれたおかげで、逃げ出す前と同じことをしている自分に気付きます。田舎での淡々とした日常の中で、今まで身体にしみついた都会の生活を少しずつ捨てていこうとします。この抜け出そうとする過程をどうつくるか、物語の階段をどう上がらせるのか、脚本段階で悩みました。結局、自分の身に着けていたものを一つ一つはがしていくだろうなと、マニキュアをおとしたり、派手な下着を燃やしたり、些細な行動で彼女自身が葛藤している姿を描きました。
Q:風呂場の天井を伝う水滴のシーンは、脚本の段階からあったのですか?
A:ありました。抜け出したくても抜け出せないというキヨミの心情を、水滴が天井から落ちるか落ちないかわからない、落ちそうで落ちない感じで、表しました。
【映画のおもしろさ】
Q:キヨミとマサルが逃げるのを、キヨミの元恋人(津田寛治)が追いかけていくシーンが楽しく、可笑しかったです。
A:特にこだわってやりたかったシーンではありません。偶然にもマサルがキヨミの手を引いて逃げることで、二人の関係性が周りの人にもわかるという、単純に“逃げる”という構図でした。でも、この追いかけっこで流れる音楽が、すごくおもしろくて、あそこで爽やかな曲を持ってくるとは、僕自身予想もしていませんでした(笑)。初めてあの音楽を映像にあてはめたのを観た時、僕は大爆笑してしまい、まさか音楽ひとつで、あの追いかけっこが、爽やかな青春映画になるとは思わず、びっくりしましたし、同時に嬉しかったです。映画って皆でつくるものじゃないですか。僕の予想しない、いい方向に進んだという意味で、それが一番発揮できたのがあのシーンだと思います。
Q:津田寛治さんがおもしろかったですが、津田さんへの演出は?
A:津田さんには、どういう人間性なのかということと、津田さん自身のなんとなく蛇っぽいキャラクターを出してほしいと伝え、あとは、津田さんが自由に演じてくれました。僕らは、本当にひどい奴だなと思いながら、おもしろがって撮っていました。ほんとにおもしろくて、観る度に笑ってしまいます。
Q:英語のタイトル『LOVE BOMBS』はどういう意図ですか?
A:配給側から出された案の中で、これが一番、僕がそのタイトルを聞いて大笑いしたし、おもしろいということであっさり決まりました。インスピレーションという感じです。ある意味、津田さんの存在が爆弾になるんでしょうね。平和な日常を送っていたところに、津田さんみたいな爆弾がやってくることで、一気に物事が動き出す。爆弾は、ゆっくりではなく突然破裂するものなので、そういう意味でもぴったりなタイトルだと思います。
Q:画家を目指していたそうですが、映画に目覚めたのはどんなきっかけだったのですか?
A:高校の時、国語の先生が授業で『羅生門』をみせてくれて、すごく衝撃を受けました。それまでハリウッド映画しか観たことがなく、僕らがちょっと映画を撮ろうとしても撮れるような内容ではありませんでした。『羅生門』の、すごく限られたミニマムな設定の中で、ものすごいサスペンスを展開していくところに衝撃を受け、こういう映画を撮ってみたいと直感的に思いました。これがきっかけで、映画づくりを意識し始めました。
画家を目指して油絵を描いていたのですが、油絵を製作する過程は、キャンバスにまず絵の具の白を塗って、それが乾くのを待ってから、今度は下書きを薄く描く。色が混ざってしまうので、乾くのを待って、どんどん色を乗せていきます。水彩画とか水墨画はわりと短期間で描けてしまいますが、油絵はすごく時間をかけて、ゆっくりと絵が完成していく、その過程が、一つ一つの積み重ねが完成していく映画づくりにとても似ていて、どんどんはまっていったという感じです。
きゅうりのお漬物を美味しそうに食べるシーンがあり、その音が食欲を誘う。これがあれば、ご飯2杯位いけるほど、きゅうりのお漬物が好きだと語る内田監督。映像学校を出た後、ドキュメンタリーやバラエティ、写真の現像や大道具と、いろいろな映像の現場を見て、撮影、編集やさまざまな技術を学んだそうだ。人と人が会って話すことが、人間関係を成立させる上で一番重要で、日常によくありふれた話だけど、人と人との間のおもしろさや、人と人が一緒に生活していくということを描いていきたいと語られた。次回作は、どんな内田ワールドが展開するのか、今から楽しみである。
(伊藤 久美子)