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『プッチーニに挑む』飯塚俊男監督&岡村喬生(たかお)氏インタビュー


puchini-550.jpg『プッチーニに挑む』飯塚俊男監督&岡村喬生(たかお)氏インタビュー
 

(2012年 日本 1時間28分)

監督:飯塚俊男
ナレーション:賠償千恵子
出演:岡村喬生、岡村和子、二宮咲子、末広貴美子

公式サイト⇒ http://pandoraez.exblog.jp/17417872
(C)アムール+パンドラ




~日本の文化を、心を、正しく伝えるための挑戦~


 映画やオペラなどで西洋人が日本人を描くと、どうしてもエキゾチックな東洋風の変な日本人になってしまうことがある。装束や所作が間違っていたり、神社仏閣の区別もデタラメだったり、そんな日本人像を見て幻滅したことも多いのでは?

 長年ヨーロッパの歌劇団で活躍してきたオペラ歌手の岡村喬生氏は、特にプッチーニ作曲オペラ『蝶々夫人』でヘンテコリンな僧侶の恰好をさせられ、屈辱的な経験をしたという。演出家にそれを指摘すると、「それがわかるのは君と君の奥さんだけだよ」と言われたそうだ。いろんな分野で間違った日本人像がまかり通っている現状を変えるために、岡村氏は80歳にして、日本人によるオペラ『蝶々夫人』を自ら演出し、本場イタリアで公演することを奮起する。

 本作は、岡村氏が未だ高くそびえたつプッチーニの権威と闘いながら、映画『プッチーニの愛人』でも舞台となったトッレ・デル・ラーゴで公演を実現するまでの奮闘ぶりを捉えた密着ドキュメンタリーである。そこには、日本の伝統文化や風俗、さらに日本人の精神をも伝えようとする岡村氏の信念と芸術への深い愛情が感じられる。改めて、総合芸術オペラの奥深さに驚かされると同時に、日本文化が海外で誤解されて表現されることを真っ向から正した、胸のすくような痛快さで観る者の心を熱くする。



 puchini-s1.jpg――― この密着ドキュメントを撮るキッカケは?

飯塚監督:オペラをもっと低料金にして大衆化したい、そして、風俗的に間違いのある『蝶々夫人』を日本人の演出でイタリア本場で公演したい、ということをオペラ歌手の岡村喬生氏がずっと言い続けておられ、これは面白い人だなと思いました。信念を曲げずに生きている人は映画の主人公になりそうだと興味を持ったのがキッカケです。

岡村氏:言い換えると、やる気は満々だがいい加減な奴だと(笑)。

――― いえいえ(汗)

飯塚監督:今まで社会的問題を掘り下げたものとか文化の起源を探るなどのドキュメンタリーを撮ってきて、オペラに詳しい訳ではなかったのです。音楽関係で岡村さんのことを知り会ってみると、絶対に志を曲げない強さに感銘しました。でも、実現するには先ずお金がかかり、身銭をきってやるには大変だなと思いましたが、何とか成功させたいという気持ちになりました。

岡村氏:オペラ公演には資金がかかります。イタリアのプッチーニフェスティバル財団が共催を持ちかけてきて、1億5000万円のうち半分を負担することになったのです。監督に「資金はあるのか?」と聞かれ「ない」と答えると、今度は資金集めにも奔走してくれました。結局ダメでしたが、とても一所懸命に協力してくれました。そこまでやってくれる監督はいない、「これは!」と感銘しました。

puchini-2.jpg――― 岡村氏の留学時代について?

飯塚監督:1960年代というのは、日本人がようやく世界へ出て行った頃なんです。文学では小田誠が「世界を見てやろう」と出て行ったのもその頃だし、音楽では小澤征爾や岡村先生のように後に世界的に活躍された方が留学したのもその頃なんです。

岡村氏:戦後15年経って、国際社会にリンクしようとエンジンがかかった頃が1960年代です。その頃日本には何もなかったので、小澤さんとこれは外国へ行かないといけないなと思いました。

飯塚監督:その頃の日本はとんでもなく貧乏だったんです。

岡村氏:あの頃NHKによるイタリアオペラ招致公演があったのですが、びっくりしました。ソリスト(オペラ歌手)と指揮者だけが来て、オーケストラや合唱は日本人という構成。舞台や美術も日本で調達。チケット代がかなり高額で、日本中の志ある若者はタダでオペラを観るために、棍棒担いだり通行人になったりと――僕は合唱をやっていましたが、児玉清や篠沢教授などもアルバイトしていたんですよ。オペラというものは引っ越しするものではなく、みんなで作るものなんですよ。今では日本も経済大国となって、オペラ団全部を招致して、来ないのは劇場と観客だけ。それは文化国としてやるべきことではないのです。

――― イタリアオペラの何に一番驚いたのですか?

岡村氏:声です。声量と声の輝きですね。それまでの自分たちが井の中の蛙で、何も知らなかったということに気付いて、大変なショックを受けました。ひと声聴いただけでその違いが分かった。僕だけではなく、皆カルチャーショックを受けていましたよ。演出家は本場の演習方法に、N響のメンバーはこういう立派な指揮者がいることに驚いたと思います。リッカルド・ムーティの師匠のヴィットリオ・グイが来日して指揮したのですから。NHKもいいことをしましたよね。

――― 装束や所作など日本文化が海外で誤解されて表現されることが多い中、それらを正面から正して、とても胸のすく思いがしました。

岡村氏:そういう風に思って下さると嬉しいです。私自身、衣装や美術を直接手掛けることはできないので、今回世界的に活躍されている友禅作家の千地泰弘(ちじやすひろ)さんに高価な衣装を無料で提供して頂きました。さらに、舞台や映像美術家の川口直次(かわぐちなおじ)さんに美術を担当して頂いて、振付も日本舞踏家の立花志津彦さんにお願いしたんです。日本古来の伝統美にのっとった本物の『蝶々夫人』を、世界で初めて披露することができたのです。イタリア人も驚いて、マスコミ各紙も取り上げてくれました。

 ――― 一番苦労されたことは?

岡村氏:台本の中の楽譜と台詞は神聖なものなので、これは変えてはいけない。でもト書の部分は変えられます。今まで純和風でやれなかったのは演出家の責任だと思います。私のような専門家か日本に詳しい人のアドバイスを受けていれば、今までのような違和感のある日本人は登場しなかったでしょう。それでも、間違った日本語11か所を変えてもいいか、プッチーニの孫の80歳を超えるシモネッタ・プッチーニさんに訊いたら、3か所だけ許してくれた。あとはダメ。さらに、この映画のタイトルでもある『プッチーニに挑む』というのが気に入らなかったのか、来年予定の公演は中止となりました。

飯塚監督:イタリア人の中にも、シモネッタさんのようにイタリアオペラを寸分たりとも変えてはならないという保守的な人たちと、イタリアオペラはもう世界のオペラなのだから、外国を舞台にしたものはその国の文化をリサーチして、それらを反映させたものにしていくべきだという人たちもいます。観客はイタリア人だけではありませんからね。

――― 岡村氏による改訂版について?

飯塚監督:プッチーニ財団のモレッティさんや東京のイタリア文化会館の館長は、岡村さんの改訂版を支持してくれて、改訂版で公演したこともあります。今後はイタリア文化会館とも協力して、できるだけイタリアと日本が真の文化交流ができるようにしていかなければと。そうすることで、シモネッタさんのような保守的な人も改訂版を支持してくれるのでは・・・

岡村氏:いや、あの方は変わらない!僕より頑固だからね(笑)

 puchini-3.jpg――― イタリアへ行ってからも大変だったのでは?

飯塚監督:想像以上にイタリアの壁は険しかったですね~。シモネッタおばあちゃんの件だけでなく、イタリア合唱団との契約の関係で9人の芸者は歌えないとか、声量が足りないという理由でソリストのすずき役が出演できないとか、日本でのオーディションや訓練は無駄だったのか?と団員を失望させることもあったりして、岡村さんもそれはもう心労があったと思いますよ。

岡村氏:合唱団との契約のことは全く知らなかったんですよ。

飯塚監督:団員の士気も下がり、岡村さんも孤立してしまうような場面もありました。でも、このようなことをやれるのは岡村さんしかいないんだから、自信を持ってやって下さい!と励ましたりして(笑)。あのような大事業を成功させるという責任を、岡村さんひとりが背負っていたのですからね。

岡村氏:もう僕は演出に専念するしかなかったですね。舞台設置のため夜中まで働いてました。あんな作業したのは初めてでしたよ。

――― オペラの演出で苦労された点は?

岡村氏:マエストロに、死ぬ時なぜ両足を縛るのか訊かれました。足が乱れて内股を見せないようにするためで、女性のたしなみだと教えました。また、ハラキリは自殺の総称だと思っていたようです。何度も『蝶々夫人』をやっている国なのに、日本文化に対してはその程度の知識しかないんですよ。

――― 最初に、蝶々夫人の女性像を二宮咲子さんに質問していましたね?

岡村氏:毅然とした女性だったら『トスカ』になってしまう。『蝶々夫人』はいじらしくなければ。

飯塚監督:ヨーロッパオペラではトスカみたいな女性像が多く、旋律もそれに合わせたものが多いようです。それで二宮さんは、岡村さんから指導された歌い方と、本場イタリアでの指導とが違うので、公演直前まで悩んでいたようです。

岡村氏:将来的にはイタリア式の方が役立つかも知れませんが、『蝶々夫人』は15歳の娘なんですから、芸者とは違うんです。この公演では、繊細で細やかないじらしい蝶々夫人を見せたかったのです。



 客観的に被写体を捉えてきたドキュメンタリー監督の飯塚監督が、自ら資金集めに奔走したり、岡村氏を助け励ましたり、製作者のように支え、純日本版『蝶々夫人』を世界に披露するために尽力している。岡村氏の信念は、飯塚監督だけではなく、衣装の千地泰弘氏や美術の川口直次氏、そして、振付の立花志津彦さんの大和魂を衝き動かしたのだろう。誇りを持って伝統的日本文化と精神を世界にアピールする。それは今を生きる日本人が見失ったことかもしれない。

それにしても、岡村版『蝶々夫人』をナマで観てみたいものだ! (河田 真喜子)


【イベントのお知らせ】

『オペラをみんなのものに! シネマとコンサート』

◎日時:2012年12月2日(日)

★13:00~14:28 シネマ『プッチーニに挑む』上映

★15:00~16:00 コンサート オペラ歌手・岡村喬生の熱唱「世界を巡る名歌の旅」

◎場所:大阪市中央公会堂

◎料金:一般前売券3,000円 当日券3,500円

〈後援〉イタリア文化会館大阪

〈主催・お問い合わせ〉シネオペラの会 TEL.0120-778-237

公式サイト⇒ http://pandoraez.exblog.jp/17598393

 

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