『こっぴどい猫』今泉力哉監督インタビュー
(2011年 日本 2時間10分)
監督:今泉力哉
出演:モト冬樹、内村遥、小宮一葉他
2012年11月3日(土・祝)~第七藝術劇場、京都みなみ会館、12月15日(土)~元町映画館他全国順次公開
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テレビ、舞台でも人気のエンターテイナーモト冬樹生誕60周年映画を手がけるのは『たまの映画』をはじめ、ドキュメンタリータッチの手法とダメ恋愛映画に定評のある今泉力哉監督。本作でもモト冬樹演じる主人公の小説家高田を取り巻く総勢15人の男女の恋愛模様が時にはリアルに、時にはシニカルに綴られ、クライマックスの還暦パーティーまでもつれ込んでいく様は圧巻だ。
奥様で『聴こえてる ふりをしただけ』の今泉かおり監督とお子様を連れてのご家族来阪キャンペーン、後半は今泉力哉監督に、モト冬樹さんの撮影エピソードや、ダメ恋愛映画を描く理由についてお話を伺った。
━━━モト冬樹さん生誕60周年を作るとなったとき、緊張しましたか?
今泉力哉監督(以下力哉監督):プレッシャーはありましたし、光栄なお話だったのですが、普段でも脚本を書くのが遅いのに、今回は全く書けなかったんです。最初昨年の4月末までに第一稿を書き上げてくれと言われて、何も書いてないのに近い状態で5月末が過ぎ去り、「一度モトさんと飲ませてください」とお願いして、ご一緒する場を設けてもらいました。モトさんは自分の過去の作品も観てくださっていて、ドキュメンタリーみたいだと面白がってくれて、そのときに「今回一緒にやって失敗しても、もう一回やればいいから」と言っていただいたのです。もう一回なんてあるんだ、ありがたいと思って、新しいことや特殊なことではなく、今まで自分がやってきたダメな若者の恋愛映画にモトさんを入れようという感じで進んでいきました。
━━━監督は現在仕事もプライベートも順調ですが、毎回ダメな恋愛を描くのはなぜですか?
力哉監督:今は結婚もしていますが、全然もてなかったり、彼女もできなかったりしたときに、世の中のカップルや夫婦などうまくいっている人たちへの嫉妬がありました。実際どちらかが好きで、どちらかが思われている関係の方が多いと思っていて、その二人の差を描くのに二人だけで描くことにも憧れはあります。でもまだ自分の力量でできないと思った時に、分かりやすく浮気相手とか第三者を置くことでその差を表していったのが一番最初で、未だにそういうことに興味はあります。
あと、今まである男と女が出会って、ロミオとジュリエットだと身分の差などの障害があって結ばれる/結ばれないという恋愛映画ではなくて、結婚していたり、つきあっていたりという状況下で起こる問題を乗り越えるか乗り越えないかというところ、つまり最終目標が達成や結婚ではなく、それが現状維持みたいなもっと現実に近い問題を描きたいです。
━━━モト冬樹さんに「これは言ってほしいけど、書けない」といったセリフはありましたか?
力哉監督:ハゲネタは書かなかったけれど、モトさんがアドリブで言ったシーンがありましたね。大分前には脚本に書いたと思うのですが、最終稿には入れませんでした。今までのモトさんのイメージといえば、派手な、どちらかといえば三枚目の役や、わざと笑わせたり、髪のネタですが、そういうのではない今までの自分(今泉監督)がつけてきた芝居でやってほしいというのがありました。モトさんも過去の作品を見てくれた時点で「ぼくも新しい挑戦だ」と言ってくれていたので、あまり細かい演出もせずに、あの芝居をしてくれました。
━━━モト冬樹さんはインディーズ映画の現場は初めてだそうですが、撮影現場ではどんな感じでしたか?
力哉監督:モトさんは自主映画のような規模感の映画を全くやったことがない方なので、普通は当日脚本差し替えなどもなく、きっちりしているものなのですが、インディーズの映画ってこういうものだなと思われたのではないでしょうか。私は台本も差し替えたり、現場でもセリフを変えたりするので、モトさんは「そっちの方が正解だよね」とすごく言ってくれていて、準備していて気持ちが乗らないのに縛られていくよりは、直した方がいいと言ってくれていたので意見が合ってよかったです。
━━━この映画で一番美味しいなと思ったのが、監督が演じたガン患者の役ですが、元々ご自身で演じるつもりだったのでしょうか?
力哉監督:周りから「自分でやれば」と言われていたし、あのシーンはメインの家族の話があって、さらにその周りのサブエピソード的な第二陣がいて、さらにその外の話なんですが、私はサブエピソード好きなんですね。群像劇がもとから好きなこともありましたし、あと今邦画は感動作とか余命映画とかがあまりにも多くて、それが嫌で、そういうことへのわざとネタとして使って「死なない」ようにするとか。あとスキンヘッドする人はいないだろうなとか、一番病人が似合うのは自分だろうとか。出たがりでもあるんですね。自分の映画だと失敗しても切れますし。
━━━あそこからナレーションでいきなりクライマックスにつなぐ展開も新鮮でした。
力哉監督:台本にはもちろんなくて、現場で当日書いていて、撮影していく中で病院で自分が病気でないと分かり、その次のシーンでモトさんが退院した日常というより、いきなりモトさんのパーティーシーンでいけるのではないかと。でもつながりが微妙かもしれないので、文字テロップではなく言ってしまうかと。いきなり登場人物が語りかけるみたいなウディ・アレン的なのも好きですし、興味があるのでやってみたいというのはありました。
━━━還暦のモト冬樹さんに小学生の喧嘩のような口ぶりで「ばーか」と言わせるのは、今泉監督ならではですね。
力哉監督:さんざんいい大人として全ての家族をまとめようとしてきたのに、最後に子どもに戻ってしまう。すごくお世話になっている『私たちの夏』の福間健二監督が還暦映画をやろうとしていたと噂を聞いて、監督曰く「20年が大人から子どもに戻るくぎりだとしたら、還暦は3度目の子どもがえり」と本で読んだ気がしますが、還暦の赤いちゃんちゃんこも「赤ちゃん」という意味なので、着た瞬間いきなり子どもに戻っているなと。ここでいつものモトさんができることももちろんやってもらいましたね。ギターや演奏もそうだけど、サービスではなく、ストーリーに自然に入れたいと思いました。
━━━夫婦で映画監督をすることの良い面を教えてください。
力哉監督:良いところは脚本を書いたら必ず相談できる相手ですし、自分の家で撮影したり、さらけだしたりすることに対しての理解があったり、それは嫁の性格だからだと思いますが。あと、夜遅いとか、付き合いの飲みがあることにも理解はあるのでそこはいいと思います。
━━━お子さんが二人生まれたことで、描くテーマに変化は出てきていますか?
力哉監督:結局自分から出ているもので、どんなジャンルにしても自分にしか作れないものでないと意味はないと思っていて、子どもができてからとかは、夫婦の話や、中の話も変わってきていると思っています。モトさんと映画をするというときに、家族の話をやりたいと思ったのも、そういう実生活の影響はあるでしょうし。
結婚する時思ったのは、本当にモテたいという憧れから始まっているので、ハングリー精神じゃないけど彼女いないとか、バイトがキツイというところのモチベーションで映画を作ってきたので、正社員で結婚して子どももできて、どんどん安定していったときの不安もありました。どちらかといえば映画を作らなくてもいられるタイプなので、映画を作らないといい状況になっていると思ったときに、正社員で、結婚して、子どもを作ってという追い込まれ方もあるぞと。結局相変わらず映画を作っていますが、自分が脚本も監督もする場合は自分にしか作れないものをという想いは未だにあるし、そうでないとダメかなと思っています。
タイプは違えど「嘘」ではない本音の部分を描くという点で、夫婦共通の価値観を持っている今泉監督夫妻。かおり監督がお気に入りの周りを振り回す小夜と高田の関係をはじめ、心憎い演出が随所にほどこされ、モト冬樹の魅力が存分に引き出されている恋愛群像劇。抱腹絶倒のクライマックスをお見逃しなく!(江口由美)