『はじまりの記憶 杉本博司』杉本博司×中村佑子監督トークイベント(2012.8.5シアターセブン)
(2011年 日本 1時間21分)
監督:中村佑子
出演:杉本博司、野村萬斎、李禹煥、野村萬斎他
ナレーション:寺島しのぶ
2012年8月4日(土)~第七藝術劇場、京都シネマ他全国順次公開
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世界で活躍する現代美術家杉本博司に初めて迫ったドキュメンタリー『はじまりの記憶 杉本博司』。写真家としてキャリアをスタートさせてから、アートを「人間に残された最後のインスタレーション」と表現し、時には世界創造神話にまで想いを馳せ、時にはどこにも存在しない世界や、見えなかったものを可視化する唯一無比の表現を続けている杉本や彼の作品の魅力に迫った上質な作品だ。本作の公開に合わせて、大阪十三シアターセブンにて杉本博司×中村佑子監督トークイベントが開催され、満席の観客の前で時には笑いも巻き起こる濃厚トークが繰り広げられた。その模様をご紹介したい。
杉本:はじめまして、杉本博司です。今日は1時間ぐらい前に着いたので、この辺りを見学したのですが、非常に濃いところですね。活気があって、僕が子供の頃の東京はこういう感じだったんです。懐かしい感じで、僕はキレイになってしまった東京よりも、こういう所の方が性に合うなと、非常に懐かしい思いをしました。今日はありがとうございます。
監督:本日は暑い中、日曜の昼間に集まっていただき、ありがとうございます。
写真家として活動されて、ファインダーを覗くということをやってらっしゃった方なので、こういう形で切り取られて、いかがでしたか。
杉本:なんとなく居心地が悪いというか、本当にそうなのかなと。映画をご覧になって、杉本像がねつ造された訳です。一回「自分で編集させてもらえないか。」と聞いたことがありますよね。絶対イヤだと言われましたから、僕は作品になるための材料として扱われている訳です。長編ドキュメンタリーはアメリカとイギリスで一本ずつ作っているのですが、お国柄やディレクターで全然違います。向こうのドキュメンタリーは本人の発言だけで編集するのが基本です。これは情緒的な日本文化で、寺島さんがいい声で包み込むように語りかけると、なんとなく「この人はこういう人なのかな」と思わせる力はありますよね。
監督:そこに関しては、すごく言いたいことがありまして。テレビ番組が元になっているので、劇場化が決まったときに、ノーナレーションで映像に物を言わせたものを作ろうと思ったときも実はあったんです。私はテレビドキュメンタリーを普段作っている者なので、テレビで培った映像と音楽とナレーションとを緻密に編み上げて言いたいことをいうテレビ的方法論を突き詰めた方がいいのではと。杉本さんのようなコンセプショナルアートの方で、あまりそれまで説明してこず、ポンと投げて感じろと言ってこられた方に対して、ナレーションを書くことは逆にものすごく勇気がいるんですよ。自分としての挑戦をすべきだろうと思って、あえてナレーションをつけ、編み上げました。
杉本博司ファンはある程度好きな訳だから、日本人でこれだけ活躍している杉本さんのことを知らない人にとって、どれだけ深くまで切り込めるかという点です。(テレビは)震災後色々言われて差別される向きがあって、私自身もそういう時もたくさんありますけれど、実は日本的な構成の妙、本当に緻密に編み上げる力、全く知らない人に伝える力はものすごく持っていると改めて思いましたね。
杉本:でも伝える方向や意味付けはかなり自由裁量でね。例えば太平洋戦争で日本が全員で突き進んで行くときに、逆にメディアの方が先に突っ走って、行政機関がそれを追認せざるをえなくなった。大規模な国民的付和雷同みたいなものを形作るメディアの力はものすごく大きいし、怖いと思う。特に戦争に至る経緯は、アメリカに居ながらアメリカ人にどう説明しようかと。非常に良くないですね。
監督:今杉本さんは、太平洋戦争にまつわるものすごいコレクションを持たれていますが、今集められていることをどういう形で発表していくのでしょうか。
杉本:物証として色々あります。開戦の12月8日の各新聞トップの見出しとか、終戦の新聞など。その間毎日と朝日が販売部数競争をしているんです。過激な現場報告をすればするほど売れるという状態で、戦争のおかげで発行部数が倍々ゲームになったんですよ。何が目的なのか、事実の報道が目的か、他社との競争かということになり、結局大衆の扇動要素になったのです。世論がどうやって作られるかは日本的な独特の形があるんですよ。
監督:杉本さんが(集められたものを)パッと手にとって、そこからどういうビジョンを描いているのか知りたかったということもありました。
杉本:こういうことが起こったときにどういう風に動くかと、震災のときもそうですが、日本人独特の精神性というかメンタリティー、共同で動く心の原理は、日本人以外の人たちと非常に違うのではないかと外国に住んでいると特に思います。仏教を6世紀半ばに受け入れたときどう思ったかとか、日本人が古来の神々にどう折り合いをつけたのかとか、縄文時代から絶対変わらない心の持ち方があるんです。
監督:皆さん感じていらっしゃると思いますが、杉本さんはしゃべり始めると本当に大学教授のように止まらないのです。映画の中の姿そのものですが、どれだけ私がかなり分かりやすく編集したか分かっていただけるかと思います(笑)。
杉本:一般化していて、濃いところの問題発言はかなりカットされていますから。
監督:杉本さんの問題発言は、本当にすごいレベルなので、それはまたいずれパート2で。
杉本:裏バージョンを作ってもらいたい(笑)。
監督:アメリカで活動され、そして日本にエネルギーを逆に返してくださる杉本さんは日本の希望の星で、ここで一旦杉本さんの終わりなき活動を止めて見せたということで、この先ずっと私を裏切り続けていただきたいです。
杉本:写真はもうだいぶ終わりに近づいてきています。フィルムもなくなるし、紙もなくなるし。今はパフォーマーの方に入ろうとしています。自分でやらないとつまらないというか、脚本を書くのもそうですが、来年はニューヨークのローリー・アンダーソンとの共演で『滝の白糸』という無声映画の弁士をやります。彼女が「私も弁士をやる」と、溝口健二の映画をローリー・アンダーソン流にブチブチに切ってランダムに見せながら、彼女が英語で僕が日本語で弁士をするのです。
あと杉本文楽が橋本政権下で問題になっていますが(会場爆笑)、パリに招かれて10月に行きます。多分その凱旋公演として大阪公演はやろうと思っています(会場拍手)。どこでやるかはまだ決まっていませんが、来年中にはやることになると思います。ご期待ください。
(最後の一言)
監督:今日はお越しいただいてありがとうございました。気に入っていただけたらうれしいです。
杉本:これは杉本のほんの一面だけだと思ってください。『月見座頭』という狂言が私は好きなのですが、人間はいい時も悪い時もあるという狂言なんです。この映画はいい人の面しかなくて、悪い面もいっぱいあるのですが、そこは次の機会に。
異国にいるからこそ感じる日本人の精神性について、史実の出来事や芸術を例に挙げながら解説する杉本氏と、とにかくスケールの大きい類まれな芸術家の魅力を分かりやすく届ける挑戦に挑んだ中村佑子監督とのトークに、満員の観客からも大きな拍手が起こった。本作で杉本博司とその作品の崇高さに触れる至福の時間を、ぜひ体験してほしい。(江口 由美)