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ホセ・ルイス・ゲリン監督記者会見

「ホセ・ルイス・ゲリン映画祭 映画の國名作選 VI」

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『ベルタのモチーフ』(1983年 スペイン 1時間58分)
『影の列車』(1997年 スペイン 1時間22分)
『シルビアのいる街の写真』(2007年 スペイン 1時間17分)
『シルビアのいる街で』(2007年 スペイン=フランス 1時間26分)
『イニスフリー』(1990年 スペイン=フランス=アイルランド 1時間48分)
『工事中』(2001年 スペイン 2時間13分)
『ゲスト』(2010年 スペイン 2時間13分)
『メカス×ゲリン 往復書簡』(2011年 スペイン 1時間39分)

9月から第七芸術劇場にて、今秋、京都みなみ会館、神戸アートビレッジセンターにて公開予定

公式サイト⇒ http://www.eiganokuni.com/jlg/

『ベルタのモチーフ』作品レビューはコチラ

~驚きと発見に満ちた映像体験~

一昨年、日本で劇場公開された『シルビアのいる街で』のすばらしい音と映像世界で多くの映画ファンを魅了した、稀有の映像作家、スペインのホセ・ルイス・ゲリン監督。幻の処女作『ベルタのモチーフ』をはじめとした8作品が、「ホセ・ルイス・ゲリン映画祭」と題して、関西では、この秋、一挙上映されることになりました。東京では6月末から開催された同映画祭にゲストとして来日されたゲリン監督を、大阪では、7月3日に迎えて『ベルタのモチーフ』公開記念の記者会見が行われました。その内容をご紹介します。


―――昨年スペインのビクトル・エリセ監督が来日された折、映画は自分と向こう岸にいる人とを結ぶ架け橋のようなものと言われましたが、ゲリン監督はどう思われますか。

確かに私もそう思います。エリセ監督とはとても親しい仲で、スペインで最も尊敬できる監督です。私にとって日本との架け橋は小津安二郎監督の映画です。小津作品を観るまで、日本のイメージは芸者と侍しかありませんでした。若い時に小津の映画を観て、原節子が自分の姉のように、笠智衆が自分の父親のような気がしていました。ほかにも、日本の文化として、俳句や文楽にも興味を抱きましたが、最初に興味を持ったのは小津の映画です。

映画は、どの国においても、外務大臣より外交ができると思います。国のイメージがつくられるのは映画を通してです。イラクが空爆されてしまうのもイラクのイメージがなかなか世界に伝わっていないからで、イメージを持っている国は権力を持つことができると思います。

berta-1-240.jpg―――『ベルタのモチーフ』は1983年の作品ですが、モノクロで撮った意図は?

これは、私が22歳の時、今から30年位前の初監督の作品です。すべての要素をコントロールすることが大切と考え、何もない空間を探しました。フレームの中で、地平線のライン、垂直を表す木のライン、道路など、ラインというものをコントロールしたいと思ったのです。そのように統制された中でイメージがもっと饒舌に語り出すには、モノクロのほうがいいと考えました。

絵画においては色彩が一番重要だと思いますが、映画にとって重要なのは光だと思います。私の場合、ほとんどモノクロに戻ります。というのも、モノクロは最も基本的であり、私が親しんできた映画の大半はモノクロでした。

―――監督が親しんできた作品とは、具体的にどんな作品ですか?

『生れてはみたけれど』、『東京物語』、『晩春』、『雨月物語』、チャップリン、ジョン・フォード、ジャン・ルノワール、『お早よう』などなどです。

カラーの作品はとても費用がかかります。すべての要素をそろえようとすると、美術、衣装にも気を配らなければなりません。資金がないということで、どこかを妥協するぐらいなら、モノクロの方がよいと私は思っています。

Gerin-1.jpg―――小津監督の作品に、そこまで魅かれる理由は?

映画を観ていて、彼らが自分の家族だと思えたのは小津作品だけです。映画の中で、人というものを一番よく描いている監督で、奥ゆかしさ、謙虚さをもとに、シンプルに仕上げているところにあると思います。職人的に、フレームの決め方や構図などが非常に厳格に行われていて、それが日々の小さな出来事を映画という物語に変えています。 

(『晩春』で)父親がただ林檎の皮をむくところも、単純な仕草が、厳格なフレームの中で、とても大きな意味を持ち、後に何かが起きるきっかけになる秘密を秘めていることがわかります。小さな出来事を映画の中で描ききることが、今の現代映画では重要だと思います。

小津監督の作品をずっと観ていると、笠智衆も原節子も次第に年をとっていきます。その感覚が私にとっては新鮮で、家族だという感覚を教えてくれるのだと思います。北鎌倉を訪れて高齢の女性を見るたびに、私は、原節子さんかもしれないと思って見ています。すべての小津作品の中で、原節子は私の姉であり、娘であり、母です。ぜひ一度でいいから抱擁してみたいと思います。きっと驚いて逃げられると思いますが(笑)。

―――失われた時間や記憶に強い関心をお持ちなんですね?

私の映画には、すべて、過去という神秘的な時間と現在と、二つの時間が弁証法的につかわれています。それは、探しているわけではなく、偶然そうなってしまうといった方がいいかもしれません。たとえば、『工事中』(2001年)という映画の撮影中、古い建物を壊して掘っている時に、ローマ人の遺体が出てきましたが、これは偶然に現れたものです。

一作目の『ベルタのモチーフ』は、一番かっちり書いた脚本に基づいて撮影したものですが、それ以降は、何か起こったことに順応しながら撮っていく中で、過去と現在の間の関係というものを、その緊張感を新鮮に見出したいと思っています。

berta-2-240.jpg―――『ベルタのモチーフ』で、シューベルトの「さすらい」という歌をつかった意図は?

あの曲は女優アリエル・ドンバールが歌っていて、スペイン語で「歩いていく」という意味です。この曲自体、ベルタが大人になっていく成長過程を示すものであり、また、自殺する男はドイツのロマンティシズムの具現化なのですが、そのロマンティシズムを表すためと、二つの意味でシューベルトをつかいました。

―――自殺する男が持っていた三角帽子が印象的です。

ドイツのロマンティシズムの伝統と、ベルタの、戻ってくる人を待っているという間違ったロマンティックな解釈につながるものです。『イニスフリー』(1990年)でも、撮影隊が閉ざされた共同体に到着して、撮影を始めるという中で、少女と帽子というモチーフをつかっています。

―――スペインのアート系映画づくりの環境はどうですか?

スペインの映画の上映環境はよくありません。アメリカのヒット作品、大作ばかりが上映されるので、私は、アート系の映画を観るためにフランスに行きます。スペインはインディペンデント映画になかなか助成がなく、アート系の映画は製作しにくい状況にあります。今の経済危機の中で文化的要素が真っ先に切られているのが現状です。


 今、活躍中の日本人監督の名前を尋ねられて「知らない」と答えたゲリン監督は、ふと、いたずらっ子のような表情で微笑んで「ホウ・シャオシェン(侯 孝賢)」と言って、会場を笑いでなごませた。その後、ふと思い出したかのように「スワ、スワ」(諏訪敦彦)と繰り返した。小津監督作品への思いを、とても楽しそうに語ってくれ、言葉はわからなくても、熱い思いが伝わってきた。

監督は、大阪での記者会見を終えた後、京都へ向かい、夜、同志社大学で、学生や熱心な映画ファンを前にトークに臨んだ。会場は、監督の話を生で聞けるということで、満場の熱気であふれた。『ベルタのモチーフ』でアリエル・ドンバールの出演に至ったいきさつを尋ねられ、監督は、エリック・ロメールの映画で何度か観ていて、出てほしいと思い、お金はないですが、ぜひ映画に出てほしいと手紙を書いたところ、優しい人で、承諾してくれたというエピソードを紹介。撮影中もとても寛容な人でしたと感慨深く述べた。映画だけでなく、日本のいろんな文化に造詣の深い監督は、翌日は鴨長明の足跡をたどると嬉しそうに話し、俳句を読むことも発見に満ちていると言って、蕪村、芭蕉、子規、良寛、そして、山頭火の名を加えた。俳句という、限られた言葉で無常や詩的な世界を描写しようとする試みは、監督の、台詞や説明的な要素をできるだけ映画からそぎ落とし、詩的で内面的な映像世界をつくりあげようとする姿勢に通じるものがあるかもしれない。

京都では、『ベルタのモチーフ』、『メカス×ゲリン 往復書簡』の2本が先行上映され、ゲリン監督の音の感覚、映像を構築する力、生まれ出た映画のもつイメージの豊かさに、あらためて圧倒された。一つ一つのシーンが見事に絵になっていて、限りなく美しい。「映画の基本は見る事と聞く事だと思います」との監督の言葉どおり、目の前の映像と向き合い、聞こえてくる音にときめき、心洗われるような映画体験は、発見と驚きと喜びに満ちていた。

ゲリン監督は京都のトークで「時々、肖像画を描くように映画を撮りたくなってきました。映画を観たあと、物語は忘れても、ただ一つの場面の姿勢や態度などが、心に焼きつくことがあります。それが私にとっての『肖像画』になるのです」と言われた。監督の映画に出会った観客は、きっと、宝物のようなすてきなシーンを、幾つも心に刻み込んで、家路に着くにちがいない。秋の映画祭がただもう待ち遠しいばかり。この至福な出会いが関西でも実現したことに心から感謝したい。(伊藤 久美子) 

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