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『KOTOKO』塚本晋也監督インタビュー

kotoko1.JPG 唯一無二の存在感で熱狂的なファンを持つ沖縄出身のシンガーソングライターCoccoと『鉄男』シリーズの鬼才塚本晋也監督が作り上げた衝撃作『KOTOKO』。完成したばかりで出品した第68回ベネチア国際映画祭では、スタンディングオベーションで熱狂的に受け入れられ、オリゾンティ部門グランプリを受賞した作品だ。音楽から企画、原案、美術まで担当し、初主演を果たしたCoccoと本作を作り上げる過程や、その中でのこだわり、本作で描きたかったことなど、キャンペーンで来阪した塚本晋也監督にお話を伺った。


━━━Coccoさんと一緒にやることになったきっかけは。

CoccoさんのPVを撮ってた監督やドキュメンタリーを撮っていた監督が集まってCoccoさんの短編を撮るという企画『inspired movies~Cocco歌のお散歩』(10)に参加させていただき、その作品を気に入っていただいたのが直接のきっかけです。前からCoccoさんと映画をやりたいと言っていたので、「今だったらできるよ。」と声をかけてくれました。それ以前にも『ヴィタール』(04)に出てくるヒロイン像にCoccoさんを重ね合わせていて、その世界観を見てもらおうと台本をお送りしたら、Coccoさんから自宅でギターを弾いた歌が送られてきて、それがきっかけでエンディングに使わせてもらったりもしています。

━━━Coccoさんに初めてお会いになったときの印象は。

ちょうど活動休止をされた後、ゴミゼロ大作戦というイベントに参加されたときに挨拶に行ったのが初対面で、すごく緊張しました。Coccoさんがデビューしたての頃から歌と存在感、歌っている詩の世界にインパクトを受けて、ずっと興味がありましたから。実は『BULLET BALLET』(98)を描くときにもCoccoさんのイメージを投影していたんです。肝心のCoccoさんのほうは、「やっと会えたね。」みたいな明るい感じでしたね。

━━━お二人でどういう形で作品を組み立てていったのか。

Coccoさんにインタビューを繰り返しました。最初に「私は二つ見えるんです。」という話を聞いて、それ以降はメールで事実の描写や詩のようなものをいただきました。本当と空想が入り混じった混然としたものをたくさん浴びながら、徐々に物語にしていきました。

━━━母子の物語にしたのはなぜか。

『inspired movies~Cocco歌のお散歩』を撮ったときに、自分が母を7年介護した直後だった関係で、Coccoさんと母の話をしたことがありました。僕は母とべったりでしたが、Coccoさんはお子さんとの間に距離を感じたので、その距離は何なのかを探る旅にしました。最後には両方とも違う形で深い愛情があることに変わりはないことに気づくまでの旅でもあったのです。実際にCoccoさんからいただいたエピソードを母子中心の話にして、Coccoに意見をいただきながら書き直し、今の形になりました。駄目なところはちゃんと言っていただいたので、出来上がったときにはCoccoさんの中で琴子が一本化した揺るぎないものになったと思います。

━━━Coccoさんに言われて一番印象に残った意見は。

暴力的な描写の場面で、こちらはCoccoさんのファンのことを考えて、緩和した表現にしようとしたときに「緩和してはいけない。」と言ってくれました。緩い暴力の表現は暴力を肯定することになります。これは暴力をファンタジーで描くのではなく、完全に暴力を否定する映画だから「徹底的にやった方がいい。」と言われたことが一番大きかったです。今までの『鉄男』は、人間の中にある暴力性をきれいごとで隠すのではなく、想像の世界はエンターテイメントとして表現したのですが、そういう類の暴力ではないんです。本当にイヤな見たくないものをやるということです。

━━━クランクイン直前に震災が起こったことで、作品自体に影響はあったか?

子どもが登場するシーンがあるので、かなり難しいこともありました。自分の周りのお母さんもすごくエキセントリックになる人がいるので、琴子のイメージとすごく重なったんです。脚本は全く書き換えていないのですが、自然に重なり、こういうお母さんたちの気持ちにガッチリ入り込んで作ってきた映画だと思います。

━━━即興的な演出のようにも見えたが。

即興的に見えたのは沖縄でのシーンがあるからだと思いますが、基本的にはコンテがちゃんとあって脚本通りのセリフを言っています。Coccoさんにインタビューで聞いたことを起こしたセリフだから実感を持って言えるというのが基本にありますね。田中としゃべっていて自傷するシーンやベランダで父のことを話すシーンは、即興的なアドリブというよりは、自分で話すことを決めてきたアドリブです。沖縄は子どもと仲良くなるまでという課題があって、それをCoccoさんが自由演技でやっています。カット割りも実はオーソドックスです。Coccoさんも「人生を注いだ。」と言ってくださっている通り、ドキュメンタリーではなく人生のありようを投影したフィクションです。

━━━Coccoさんの演出で心がけたことは。

本番で本当の感情を出すような演技をされる方で、リハーサルではそういう演技はされないので、なるべく本番になるまでに細かい段取りを積んで、本番に集中してもらうようにしました。そのときやっている感情はホンモノなので、リハーサルで何度もやってもらうのは逆に申し訳ないのです。

━━━塚本監督演じる田中はどういう考えから生まれたキャラクターなのか。

元々は、インタビューでCoccoさんが巨大な喪失感を抱えているように感じたので、映画の中盤で巨大な喪失感をもたらす、救世主じゃない意味合いで作った役なんです。でも田中を自分が演じる段階で、最後の喪失感は全く関係なく自分がCoccoさんをリサーチするように、キャメラ、田中が三者一体となって現場でもリサーチしていくような役柄になっていきました。実際、田中を自分が演じると思っていなかったのですが、Coccoさんも現場の人数を増やしたくなかったし、僕も集中したかったのでほかの俳優さんを呼ばないようにしたのです。Coccoさんにこの役をやれと後押しされた形でやっただけで、『鉄男』のときみたいに、「絶対に俺がやるんだ!」といった気持ちや役者としての野心や野望全くなしに、ただ琴子に寄り添いました。Coccoさんが後押ししてくれた大事な役なんだろうということしかなかったです。

━━━本作での暴力描写はどんな意味を持つのか。

今度の映画を作る発動力となったのは、「戦争が怖いという映画を作りたい。」という想いでした。暴力とは主人公に襲いかかる戦争のようなものです。戦争では自分の子どもが奪われてしまうことが一番怖いので、子どもを守ることに神経質になってしまう。琴子はその気持ちを投影している役です。戦争は絶対暴力なので、それがきたら絶対に復活できなくなります。だから、「それはダメだ。」ということを恐ろしいまでに描きました。田中さえも離れてしまうぐらい、絶対に近づけないのです。

━━━母と子の関係は本作で描かれるようなあらゆる恐怖を越えるのか。

映画で主観が移るというのはとても大事なことで、最初はずっと琴子が主観で躍起になっているのですが、だんだん子どもが主観になります。子どもが琴子を守る立場になるから大丈夫ですよ、とCOCCOさんにエールを送りたいという感じでしょうか。

━━━監督がこれから描きたいと思っている題材は。

今は来るべき戦争に対する恐怖が大きいです。子どもだけでなく、大事な人を守るのが難しい時代に、それでも大事な人を守らなければいけない。本を読んで調べているのは第二次世界大戦で、いつかはこれを題材に映画を作りたいと思っています。後は真逆ですが手作りアニメも作ってみたいかな。


『鉄男』シリーズの印象からか、強面のイメージを抱いていたが、いたって自然体でかつCoccoに対する敬意の念が随所に感じられた塚本監督。今までの暴力描写とは違ったエンターテイメントではない戦争のような暴力で、絶対にあってはならないものを敢えて描き切った背景にはCoccoの強い意志が反映されている。運命的な二人が作り上げた魂の映画は、恐怖に満ちた現代に生きる私たちに衝撃と共感をもたらしてくれるだろう。(江口由美)