『ピー・マーク』@第5回京都ヒストリカ国際映画祭
(Pee Mak 2013年 タイ 1時間53分)
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
出演:マリオ・マウラー、マイ=ダーウィカー ホーネー、ポンサトーン・チョンウィラート
~タイ映画史上空前のヒット作!伝説の怪談を大胆アレンジしたホラーラブコメディー~
タイ映画でホラーとくれば、面白くない訳がない!しかも、この話はタイで有名な怪談「メーナーク・プラカノーン」をもとにしているのだから、ヒットするのもうなづける。しかし、この映画が一番面白いのは、幽霊になった妻と夫の愛を描きながらも、思い切りコメディーに舵を切り、登場人物たちが一番キャアキャア怖がっているところだろう。ホラーと思って観に来た観客が、見事に予想を裏切られ、口コミで人気がどんどん広がっていったという『ピー・マーク』。劇場がまるで巨大なお化け屋敷となり、最後に泣けるホラーラブコメディーから、タイ発エンターテイメントの勢いを体感するに違いない。
身重の妻ナーク(マイ=ダーウィカー ホーネー)を残し、戦地に赴いたマーク(マリオ・マウラー)は胸に致命傷となる銃弾を浴びながらも一命を取り留め、苦労を共にした4人の戦友たちと村へ帰ってきた。愛するナークや生まれたばかりの赤ちゃんと再会できた歓びに浸るマークだが、村人たちはマークやナークに奇妙な態度をとるばかり。マークの自宅近くの空き家で生活しはじめた戦友たちは、最初ナークの美しさに見惚れていたものの、次第に幽霊ではないかと疑い始める。
誰もが見惚れる美しいナークは、ホラー映画のヒロインらしく要所要所で「お化け」のような怖さを醸し出し、どんどんエスカレートしてくるのが面白い。ナークが幽霊ではないと主張するマークの目をなんとか覚まさせるため、戦友たちの「ナーク幽霊説」を裏付ける努力が続けられるものの、次第にマーク幽霊説、戦友幽霊説まで飛び出す始末。一体誰が幽霊で、誰が人間なのかも分からない状態になっていく怒涛の展開は、もう笑うしかない。右を見ては「キャー!」、左を見ては「キャー!」と叫びまくる幽霊にめっぽう弱い戦友たちのコミカルな騒動ぶりは、吉本新喜劇に負けないぐらいテンションが高いのだ。
怖がらせ、笑わせ、そして最後には夫婦の愛に涙する・・・だけでなく、エンドクレジットではさらにお楽しみ映像を加え、勢いがあった頃の香港映画をも思わせる作品でもある。ちなみに『ピー・マーク』は、設立されてから7年強で洗練されたラブロマンスやホラーのヒット作を次々と生み出しているタイGTH社(今春の第8回大阪アジアン映画祭で特集上映)の最新作だ。監督のバンジョン・ピサンタナクーンは単独監督デビュー作『アンニョン、君の名は』で第6回大阪アジアン映画祭ABC賞を受賞しており、作品の面白さは折り紙つき。アジア映画ファンはもちろんのこと、デートムービーとしても断然おすすめしたい!(江口由美)
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【京都ヒストリカ国際映画祭】上映作品
物語に大差はない。青年ジョナサン(ウナクス・ウガルデ)が小さな村ハプスブルクへ図書館司書の仕事を求めてドラキュラ伯爵(トーマス・クレッチマン)を訪ねて来る。彼は美しい妻ミナ(マルタ・ガスティーニ)の友人ルーシー(アーシア・アルジェント)にドラキュラ伯爵を紹介されたのだが、遅れて村に着いた彼女は「ジョナサンが数日間戻らない」と聞かされる。それはドラキュラ伯爵がミナを手に入れるための罠だった…。
ダリオ・アルジェントが一躍その名を轟かせたのはホラーブーム真っ盛りの70年代。伝説となった恐怖映画『サスペリア』(77年)。先端を切った『エクソシスト』(73年)や『オーメン』『キャリー』(ともに76年)の後、『サスペリア』は魅惑のホラーとしてファンの心をつかんだ。原色を多用した華麗な画面とゴブリンの印象深いサウンドトラックが“美しい恐怖”を盛り上げた。
公開当時、ある画家は「大きな館にまつわる構造的なホラー」と天才画家キリコと並べて(後に大家になった点も含めて)高く評価した。
『すべては君に逢えたから』木村文乃、東出昌大登場!「なんば光旅」イルミネーション点灯式&舞台挨拶(2013.11.15 なんばパークスシネマ)
~クリスマス気分のなんばパークスに『すべては君に逢えたから』遠距離恋愛カップル役、木村文乃、東出昌大が登場!~
同作品が公開されるなんばパークスシネマのあるなんばパークス内光の滝(2階グレイシアコート)で行われた「なんば光旅」イルミネーション点灯式では、東出昌大と木村文乃がライブアーティストの青山テルマと共にスペシャルゲストとして登壇、観客と共にカウントダウン点灯を行った。クリスマス気分がグッと盛り上がるイルミネーションの下で行われたトークショーでは、現在ドラマ撮影中で大阪に滞在している東出昌大がオフの日は淀川で釣りをしたり、鶴橋の美味しいお好み焼き屋など大阪グルメを堪能しているエピソードが続々登場。木村文乃に「大阪のおすすめ場所を教えてください」と聞かれ、「大阪城に行ったことがないなら、絶対に行った方がいいですよ!」とおススメする場面もあった。クリスマスの物語という設定ながら実際の撮影は6~7月の蒸し暑い時期に行われ、大変だったという裏話も披露し、本当のカップルのような笑顔いっぱいの2人を前に観客からも熱い歓声が飛び交っていた。
━━━撮影中はお2人で役作りを話し合われたりしましたか?
━━━実際に演じてみて「遠距離恋愛」について感じたことは?
━━━では、最後のメッセージをお願いいたします。



世界各国からの名作のほか、今年は修復された歴史的名作を上映する「ヒストリカ・クラシックス」も決まり、ファンの期待を集めている。クラシックス上映予定作品は、日本から小津安二郎監督の初カラー作品『彼岸花』(58年)、ドイツからエルンスト・ルビッチ監督『ファラオの恋』(22年=05年修復版、11年修復版)、ヒッチコック監督は『リング』(27年)、『恐喝(ゆすり)』(29年)はサイレントとトーキーの2種類。もう1本、事実上のデビュー作と言える『快楽の園』(25年)もある。来年、映画デビュー100年を迎える世界の喜劇王チャップリンはじめ、彼の先輩世代の作品を収めた『ヨーロッパの初期喜劇映画からチャップリンへ』(09~14年)も貴重な日本初上映。
期間中、上映作品と連動したトークショー、ティーチインもある。ゲスト予定者はオープニング上映『利休にたずねよ』の田中光敏監督、原作の山本兼一。クロージング作品『武士の献立』の朝原雄三監督、主演の上戸彩、高良健吾のほか是枝裕和監督、原田眞人監督、滝田洋二郎監督、井筒和幸監督、海外から『ジャッジ・アーチャー』のシュ・ハオフォン監督、『ピー・マーク』のバンジョン・ピサンタナクーン監督(タイ)、さらに映画史家デイヴィッド・ロビンソンも登場する。また、作家でタレントの飯干景子さんが映画祭キャラクターとして参加する。
今から67年前、佐渡島でj実際にあったお話。終戦間もない冬、佐渡島の小さな村にイギリス軍の要人輸送機《ダコタ》が不時着し、難儀しているイギリス人を助けようと村をあげて協力した。さらに、再びダコタを飛び立たせようと浜辺に滑走路まで造ったという。厳しい冬の佐渡の海を背景に、村人とイギリス人が戦争という辛い過去と言葉の壁を超り越えて絆を深める様子を、芸達者な演技陣により人情深く描かれた感動作である。
1954年広島県出身。フリーの助監督として、五社英雄、松尾昭典、実相寺明雄などの下で活躍後、88年より総合ビジョンにて深町幸男監督に師事。89年山田太一脚本の連続ドラマ「夢に見た日々」で監督デビュー。04年「牡丹と薔薇」では、昼ドラ・ブームの火付け役となった。主な作品に、「母親失格」(07)「Xmasの奇跡」(09)などの東海テレビの昼帯ドラマ、二時間ドラマ「救急救命センター」シリーズ(00~)月曜ドラマスペシャル500回記念作で矢沢永吉主演ドラマ「雨に眠れ」(00)がある。本作で、初の映画監督に取り組む。
2つあって、1つは日本人が持っている国民性を再認識すること。歴史が育んだ日本人の文化は戦後間もない頃までは残っていた。その後、民主主義が入って来て物質中心の社会が拡がり現在に至っている。それが戦後の在り様だと思うので、それを悲観的には考えてはいない。戦後の頃まではあった日本人の心は、今もひとりひとりが持っている。外見がいくら変わっても、祖父母や両親から受け継いだ日本人のDNAは変わらない。この映画がそうした日本人が持っている美徳を再認識するいい機会になればと思う。
――― 佐渡の皆さんも、自分たちの歴史を映画化してくれて嬉しかったでしょうね?
――― 素晴らしい映像でしたが、厳冬での撮影は大変だったのでは?
――― 息子の戦死の知らせを受けて慟哭する洞口依子さんの演技は真に迫っていましたね?
『HOMESICK』廣原暁監督インタビュー
家族は離れ離れで、取壊し間近の古びた実家で、ひとり暮らしをしていた30歳の健二。失業して、無気力になり、ひきこもりになりかけた矢先、3人のちびっこたちが家に乱入してくる。突然の訪問者に戸惑い、怒ったりしながらも、いつしか童心にかえって、毎日訪ねてくる子どもたちと一緒に、夢中になって遊んでいる健二。ダンボールで恐竜をつくったり、楽しい夏休みが始まる。3人のうち母がいない少年ころ助と夕飯を食べたり、健二は仲良しになっていくが…。
―――ちびっこ3人組の子どもたちが実に生き生きとしていて、すばらしかったです。
―――子どもたちへの演出はどんなふうにされたのですか?
―――失業して自由なのに、自分が何をしたいのかわからず、一か所に居続けるという健二の設定がおもしろいですね。
黒沢監督は場所の構造をとてもうまく使って、物語に取り込んでいくと感じるので、台所の窓から映すのはうまく使いたいと思いました。撮影の準備をしている時、家の裏庭に、近所の子ども達が秘密基地をつくっていて、それを台所の窓から見ると、とてもおもしろい感じだったので、脚本にはなかったのですが、健二がダンボールでつくった恐竜を運んでいく姿を、台所の窓から撮ることを思いつきました。この家は、大きくて、庭のつくりとかも変わっていて、そういう映画としておもしろい装置というのは使わずにはいられませんでした。そういう装置が物語を生み出していくわけで、単純に楽しんで撮っていました。撮り方だけでなく、動き方もいろいろ自由にできたので、子ども達もわりとこんなふうに動きたいと言って、楽しみながらやっていました。
―――家の中では、カメラを固定して撮るシーンが多かったように思いますが、どうですか?
とにかく子どもたちがよく走る。すごい勢いで坂道を、商店街を走っていく。そのエネルギーに健二もいつのまにか感化される。水鉄砲、ダンボールで作った恐竜トリケラトプス、風船、健二ところ助の二人乗りする自転車と、魅力的なイメージにあふれている。めいっぱい遊び、遊びを通じて、魂がつながる。何がやりたいのかわからず、居場所を探し続けていた健二が、子どもたちと過ごしたひと夏を通じて、何かをつかむ。それは、明快なものではなく、曖昧でしかなくても、これから生きていく自信につながるもの。一か所に留まろうと、あちこち飛び回ろうと、自分の居場所は今ここにあると思えることが、どれだけ、生きていく支えになることか…。
『ペコロスの母に会いに行く』原作者岡野雄一さんインタビュー
母は、百姓の娘で10人兄弟の長女で典型的なしっかり者で、常に父の後ろにいる印象でした。家計をしっかり守り、世間的にもきっちりした家庭を作るというところから解放されてボケていく感じがしました。よその家の花壇に入って植木鉢を全部持ってきたり、現実にはどんどん汚れたままになっていくんです。介護するのが娘だったら、もっときちんと汚れにも対処するのでしょうが、僕はある程度のところで会社に行かなければならないので、折り合いをつけてやっていました。家の中もだんだん臭くなってきましたが、その時はまだ、時間はかかっても一人でお風呂に入れるぐらいのボケでとどまっていたんです。
―――映画は原作に忠実にエピソードを盛り込んでいますね。
父はすごく酒に弱かったんですよ。精神安定剤のような感じで短歌を始めたのですが「いつの頃からか自分は精神を病んでいる」という歌があるように、いつも追いつめられているような感じで、定時以前に父がガクガク震えながら帰ってきて、「電信柱の影におるけん」と隠れたりしていました。

