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『はじまりのみち』≪木下惠介生誕100年記念映画≫

 
       

hajimari-550.jpg『はじまりのみち』≪木下惠介生誕100年記念映画≫

 

       
作品データ
制作年・国 2013年 日本
上映時間 1時間36分
監督 原恵一
出演 加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳
公開日、上映劇場 2013年 6月1日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー

 

~日本人の情を描いた木下恵介監督の原点~

 

  国民的大ヒット映画『二十四の瞳』(54年)をはじめ、数多くの名作を送り出した木下恵介監督の生誕100年記念作品。アニメが高く評価されている原恵一監督の初実写映画だが、何よりも木下恵介の偉大さを再認識出来る作品だ。

hajimari-1.jpg  黒澤明監督と並び称せられる名匠木下だが、監督デビュー2年目、日本が敗色濃厚になった昭和19年、会社の要請により、やむを得ず軍の全面協力による“国策映画”を撮った。だが、案に相違して田中絹代主演『陸軍』(44年)は軍期待の戦意高揚にはほど遠い「母もの映画」になった。当然、軍は激昂。にらまれた木下は映画を撮れなくなり、血気盛んな木下監督もクレームに怒って「監督を辞める」と会社(松竹)に辞表を出して実家に帰った。そんな若き日の木下恵介の秘話を取り上げたトリビュート映画。木下作品を熱烈に愛する原監督が木下恵介の原点を見つめた作品だ。

hajimari-2.jpg  木下監督が戦後の昭和30年1月、毎日新聞夕刊に紹介した手紙を元にした実話である。木下(加瀬亮)の母(田中裕子)は東京空襲の日に脳出血で倒れ、彼は郷里の浜松市に母を運ぶ。敗色濃厚の44晩年夏、木下と兄(ユースケ・サンタマリア)はリヤカー2台に母と身の回りの品を乗せ、気のいい便利屋(濱田岳)と3人で山越えする“疎開行”をやってのけた。

  脳出血で動けない母を苦労して運ぶ、それだけの物語である。だがそこに「何としても母を無事に運ぶ。そのためにはどんな苦労もいとわない」という木下の熱い思いがあふれる。

  見どころは木下恵介の名作、名場面集。木下作品とともに育った世代には実に懐かしく、知らない世代には新鮮な驚きに違いない。中でも松竹を辞めるきっかけになった問題映画『陸軍』は数分のラストシーンで監督・木下恵介のすべて、原監督の主張がすんなり理解出来る。

  火野葦平原作の『陸軍』は日清戦争から大東亜戦争まで国に尽くしてきた三代にわたる軍人一家の物語。「陸軍省後援、情報局国民映画」として企画された。だが、映画『陸軍』は、軍人一家の物語はそのままだが、ラストシーンで彼の思いが爆発した。出征する息子(三津田健)を玄関で見送った母親(田中絹代)は、行軍の足音が聞こえてくるやたまらず表に飛び出し、急いで駆け付ける。行軍の列を見つけると、今度は息子の姿を探して大混雑の中をこけつまろびつ追いかける。ようやく息子の姿を見つけて後を追うが、行列は進み、母親は遠ざかる息子に向かって静かに手を合わせて見送る…。

  母親の思い詰めた様子、両手を合わせる姿は今見ても万感胸に迫る。当時の日本の母親の思いを凝縮して見せた、映画史に残る名場面だった。

  この感動的なシーンに軍部が怒った。「お国のために戦場に行く息子を送り出すのに女々し過ぎる」という理由だった。木下恵介にすれば、国策として協力した映画作りをしてきたが、ラストシーンだけには自分の思いのたけを込めた。そこがひっかかった。

  事前検閲を義務付けた映画法施行(39年)後のこと、『陸軍』も当然、撮影前に脚本提出が求められたはずだが、問題のラストシーンは脚本ではわずか数行に過ぎず、これでは軍もクレームの付けようがなかったに違いない。木下恵介の確信犯だっただろうか?

hajimari-4.jpg  『はじまりのみち』でも“便利屋”濱田岳が「あの映画はよかった」と賛美し、母親の説得で木下が監督復帰を決意するラストシーンに結び付けている。息子を見送った田中絹代の慈愛に満ちた表情が『はじまりのみち』に、田中裕子を黙々と運ぶ加瀬亮の母子映画になったように思う。

  もうひとつ、映画『陸軍』には忘れられないエピソードがある。ラストシーンに登場した出征兵士は陸軍の全面協力による“本物”のだった。資料によると、映画に“賛助出演”した兵士たちは不幸にも全滅したそうで、そのため映画館には兵士たちの家族が大挙詰めかけ、我が子をスクリーンに探す姿が見られた、という。軍部はともかく、出征兵士の家族には愛されたわけだ。

  『はじまりの~』にはほかにもデビュー作『花咲く港』(43年)から、戦後の阪東妻三郎主演『破れ太鼓』(49年)、日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』(54年)、高峰秀子主演の大ヒット作『二十四の瞳』など15本の名場面を集め、今の観客に木下作品を問い直している。

hajimari-3.jpg  ハリウッドをもうならせた黒澤明、頑固な固定ショットで独特の世界に到達した小津安二郎、ワンシーンワンカットの技法で凄まじいリアリズム描写の溝口健二…3人との比較で、木下恵介監督は国際的には目立たなかった。喜劇を得意としながらも何でも来いの器用さが、災いした、という説もあるが、生誕100年を機に今年のヴェネチア、ベルリンなどの国際映画祭をはじめ、世界中で再評価の機運が高まっているのは確か。映画『はじまりのみち』は実に分かりやすい“木下恵介入門”と言っていい。原監督の狙い通りなのではないか。

(安永 五郎)

公式サイト⇒ http://www.shochiku.co.jp/kinoshita/hajimarinomichi/

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