「京都」と一致するもの

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『英雄は嘘がお好き』プレスシート プレゼント!

 

 

 

◆ 提供:松竹

◆プレゼント数:3名様

◆ 締め切り:2019年10月20日(日)

◆公式サイト: http://eiyu-uso.jp/
 

 

 

 


 

嘘の手紙から生まれた偉大なる英雄が、

目の前に本当に現れてしまったら…・・・!? 

 

この度、『アーティスト』のプロデューサーが贈る、豪華絢爛なロマンティック・コメディ、『英雄は嘘がお好き』が、10 月 11 日(金)より大阪ステーションシティシネマにて公開いたします。1809 年のフラン ス、ブルゴーニュを舞台に、『おとなの恋の測り方』に続いてローラン・ティラ ール監督との再タッグを果たしたオスカー俳優ジャン・デュジャルダンと、コメ ディ初挑戦のメラニー・ロラン、二大スターの夢の共演となった本作。

 

eiyuuso-500-1.jpg【STORY】1809 年、フランスのブルゴーニュ。裕福なボーグラン家の長女・エリザベットに は、戦地から還らない婚約者を待つ健気な妹・ポリーヌがいた。気の毒に思ったエ リザベットは差出人を彼と偽り自分で書いた手紙を妹に届け続ける。その婚約者・ ヌヴィル大尉を第一線で大活躍の末に戦死したことにして 3 年が経ったある日。 エリザベットは街で偶然ヌヴィルに遭遇し、大慌て! 家族を騙したことを隠したい 姉、恋人の再登場にときめく妹、伝説の英雄の帰還に沸く街の人々。心中穏やかで ないエリザベットの心配をよそに、ヌヴィルはこの偉大なる「嘘」を利用して一儲 けしようと目論む。偽の英雄が巻き起こす、ロマンスと騒動の結末はいかに…? 

 

監督:ローラン・ティラール『おとなの恋の測り方』『プチ・ニコラ』
出演:ジャン・デュジャルダン『アーティスト』『おとなの恋の測り方』、メラニー・ロラン『イングロリアス・バスターズ』『オーケストラ!』、ノエミ・メル ラン『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』『パリの家族たち』 ほか
配給:松竹 
上映時間:91 分
(c)JD PROD - LES FILMS SUR MESURE - STUDIOCANAL - FRANCE 3 CINEMA - GV PROD 
 

2019年10月11日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、MOVIXあまがさき 他全国ロードショー!!

 


(オフィシャル・リリースより)

 

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『人間失格 太宰治と三人の女たち』

オリジナルクリアファイル プレゼント!

 

 

◆ 提供:松竹&アスミック・エース

◆プレゼント数:5名様

◆ 締め切り:2019年9月30日(月)

◆公式サイト: http://ningenshikkaku-movie.com/
 

 

 


 

「禁断の恋」が世界的ベストセラーを生んだ-ヤバすぎる実話!

今、日本中を騒がせるセンセーショナルなスキャンダルが幕を明ける!

 

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来る9月13日(金)、いよいよ話題作『人間失格 太宰治と三人の女たち』が全国ロードショーとなります。  太宰治の遺作となった「人間失格」は、日本文学史上最高の傑作にして、累計1200万部以上を売り上げ、現在もな お単一書籍として歴代ベストセラーランキングのトップを争う、“世界で最も売れている日本の小説”です。その「人間 失格」という原作小説の映画化ではなく、「人間失格」の誕生秘話を太宰自身と彼を愛した3人の女たちの目線から、 事実をもとにしたフィクションとして初めて映画化するのが、本作 『人間失格 太宰治と3人の女たち』です。 


監督は、世界で活躍する写真家であり、衝撃的な成功を収めた映画『さくらん』 『ヘルタースケルター』に続き、今年 は『Dinerダイナー』も公開しましたトップクリエイター、蜷川実花。主人公・太宰治を演じるのは、ハリウッド版『ゴジラVS コング(邦題未定、原題GODZILLA VS. KONG)』でついに世界進出を果たす、今や日本を代表する俳優、小栗 旬。夫・太宰を献身的に支える正妻・津島美知子役に宮沢りえ、太宰の愛人であり弟子でもある太田静子を沢尻エリ カ、太宰の愛人で最後の女・山崎富栄を二階堂ふみが演じるなど、各世代を代表する超豪華女優陣が一堂に会し、 体当たりの演技を披露しております。



【STORY】 天才トップスター作家、太宰治。彼は、身重の妻・美知子とふたりの子どもがいながら、恋の噂が絶えず、さ らには自殺未遂を繰り返すという破天荒な生活を送っている。弟子でもある作家志望の静子と、未亡人の富栄。ふた りの愛人と正妻をめぐり、日本中を騒がせた“文学史上最大のスキャンダル”が幕を開けようとしていたー。   


監督:蜷川実花         
出演:小栗旬  宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ       
脚本:早船歌江子  音楽:三宅純  
製作:2019「人間失格」製作委員会     企画:松竹  配給:松竹 アスミック・エース  
© 2019 「人間失格」製作委員会   <R-15>

 

2019年9月13日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、T・ジョイ京都、神戸国際松竹、MOVIXあまがさき 他全国ロードショー!!

 


(オフィシャル・リリースより)

 

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来る9月13日(金)、いよいよ話題作『人間失格 太宰治と三人の女たち』が全国ロードショーとなります。太宰治の遺作となった「人間失格」は、日本文学史上最高の傑作にして、累計1200万部以上を売り上げ、現在もなお 単一書籍として歴代ベストセラーランキングのトップを争う、“世界で最も売れている日本の小説”です。その「人間失格」という原作小説の映画化ではなく、「人間失格」の誕生秘話を太宰自身と彼を愛した3人の女たちの目線から、事実をもとにしたフィクションとして初めて映画化するのが、本作『人間失格 太宰治と3人の女たち』です。 


監督は、世界で活躍する写真家であり、衝撃的な成功を収めた映画『さくらん』 『ヘルタースケルター』に続き、今年は『Dinerダイナー』も公開しましたトップクリエイターの 蜷川実花。主人公・太宰治を演じるのは、ハリウッド版『ゴジラVSコング (邦題未定、原題GODZILLA VS.KONG)』でついに世界進出を果たす、今や日本を代表する俳優、小栗旬。夫・太 宰を献身的に支える正妻・津島美知子役に宮沢りえ、太宰の愛人であり弟子でもある太田静子を沢尻エリカ、太宰の愛人で最後の女・山崎富栄を二階堂ふみが演じるなど、各世代を代表する超豪華女優陣が一堂に会し、体当たりの演技を 披露しております。 


ningensikkaku-densha-500-2.jpgその『人間失格 太宰治と三人の女たち』の公開を記念し、Osaka Metro御堂筋線にて、女性専用車両内を全面的に映画のビジュアルやコピーでジャックした、映画公開記念レディースライナーの運行をスタートいたしました。  車内は、主演の小栗旬が演じる太宰治を始め、女優陣たちの美しくも刺激的なビジュアルで埋め尽くされ、また劇中で各登場人物たちから発せられる、挑発的で印象的なセリフなども掲出。また床面には赤い花が敷き詰められたような装飾 がされています。文字通り車内のあらゆるポイントが、映画の持つ美しい映像カットと、時代を打ち抜く言霊の力であふれており、まさに映画の世界と魅力を存分に体感できるジャック車両となっております。  本ジャック車両はOsaka Metro御堂筋線にて、9月29日(日)まで3編成(3車両)にて運行しております。 
 


★映画『人間失格 太宰治と三人の女たち』公開記念  御堂筋レディースライナー                             

【運行期間】 9月2日(月)~9月29日(日)

【運行車両】 Osaka Metro御堂筋線 女性専用車両(3編成/3車両) 


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【STORY】
天才トップスター作家、太宰治。彼は、身重の妻・美知子とふたりの子どもがいながら、恋の噂が絶えず、さらには自殺未遂 を繰り返すという破天荒な生活を送っている。弟子でもある作家志望の静子と、未亡人の富栄。ふたりの愛人と正妻をめぐり、日本中 を騒がせた“文学史上最大のスキャンダル”が幕を開けようとしていたー。 

監督:蜷川実花         
出演:小栗旬  宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ       
脚本:早船歌江子  音楽:三宅純   
製作:2019「人間失格」製作委員会     
企画:松竹  配給:松竹 アスミック・エース   
© 2019 「人間失格」製作委員会   <R-15> 

2019年9月13日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹、 他 全国ロードショー 


(オフィシャル・リリースより)

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「紛争地を取材するということ~現場から見えてくるもの」 

玉本英子 × 中村一成

 

9月13日(金)より、大阪ステーションシティシネマ/シネマート心斎橋にて公開となる映画『プライベート・ウォー』の公開を記念し、玉本英子氏と中村一成氏によるスペシャルトークショーが決定いたしました。 イラク、シリアなどの紛争地域を取材してきたアジアプレス記者の玉本英子氏と、パレスチナ、在日朝鮮人などの問題に取り組む中村一成氏が、現場で見えてきたものなどについて語ります。玉本氏の貴重な過去の戦闘地取材映像も公開致します。
 


【実施日】   9 月14日(土) 15:50~16:20(14:00 の回上映後)

【場  所】   シネマート心斎橋 (大阪市中央区西心斎橋 1-6-14 ビッグステップビル 4 階)

【登壇ゲスト】 玉本英子氏、中村一成氏


■玉本英子 (たまもと・えいこ) 

大阪在住のアジアプレス記者。イラク、シリア、コソボ、アフガニスタンなどの紛争 地域を 20 年にわたり取材。 イラク・シリア取材では、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメ ンタリー(ABC)などで映像報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一 貫した姿勢」が評価され、第 54 回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。 「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第 26 回坂田記念ジャーナリ ズム賞特別賞。共著に「ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか(集英社新書)」な ど。毎日新聞大阪、京都版で「漆黒を照らす」連載中。


■中村一成 (なかむら・いるそん) 

1969 年生まれ。毎日新聞記者を経てフリーに。  在日朝鮮人や移住労働者、難民を取り巻く問題や、死刑が主なテーマ。映画評も 執筆している。著書に、『声を刻む 在日無年金訴訟をめぐる人々』(インパクト出 版会、2005 年)、『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件――〈ヘイトクライム〉に抗して』 (岩波書店、2014 年)、『ルポ 思想としての朝鮮籍』(岩波書店、2017 年)、 『「共生」を求めて』(解放出版社、2019 年)など。
 



『プライベート・ウォー』

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【STORY】 英国サンデー・タイムズ紙の特派員として、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争などを取材してきた女性記者 メリー・コルヴィン。スリランカ内戦で片目を失明し、PTSD に苦しみながらも、黒の眼帯をトレードマークに、世間の関心を紛争 地帯に向けようと努めた伝説は、2012年、シリアで受けた砲撃で命を落とす―― 反逆精神にあふれたジャーナリストとして戦地を駆け抜けた女性の半生が今明かされる。

 

(A PRIVATE WAR 2019年 イギリス・メリカ合作 1時間50分)

・監督・製作:マシュー・ハイネマン
・脚本/共同製作:アラッシュ・アメル
・原作・製作総指揮:マリエ・ブレンナー
・製作:シャーリーズ・セロン
・撮影:ロバート・リチャードソン
・主題歌:アニー・レノックス「Requiem For A Private War」
・出演:ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ
・提供:ポニーキャニオン/ハピネット
・配給:ポニーキャニオン
公式サイト: http://privatewar.jp

・コピーライト:(C)2018 APW Film,LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

9/13(金)、大阪ステーションシティシネマ/シネマート心斎橋他にて全国公開


(オフィシャル・リリースより)

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沖縄のために身を捧げた“不屈の男”の原点は、戦争への憎しみと怒り。
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』佐古忠彦監督インタビュー
 
 戦後アメリカ占領下の沖縄で米軍に挑戦を挑んだ男、瀬長亀次郎の人生を通じて沖縄の戦後史を描いた前作『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』から早2年。瀬長亀次郎の素顔や、彼の肉筆の日記から浮かび上がる不屈の精神を捉え、よりカメジロー像に深く迫る最新作『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』(カメジロー2)が、9月6日(金)より豊岡劇場、9月7日(土)より第七藝術劇場、京都みなみ会館、元町映画館、今秋シネ・ピピア他全国順次公開される。
 
 監督はキャスター時代(「筑紫哲也NEWS23」)から精力的に沖縄取材に取り組み、初監督作となる『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』で、沖縄のためにその身を捧げた瀬長亀次郎åの人生から沖縄戦後史を浮かび上がらせた佐古忠彦。上映後は「もっと闘うだけではない亀次郎さんの素顔を見てみたい」「なぜ“不屈の男”になったのか理由を知りたい」という反響が寄せられたという。再度日記を読み込むことから始めたという本作は、亀次郎の肉筆をクローズアップで見せ、その時の心情を浮かび上がらせている。また、沖縄の主張と政府の対応を佐藤首相に問う、亀次郎の魂の論戦シーンは必見だ。
 
 本作の佐古忠彦監督に、人間、亀次郎によりフォーカスしたカメジロー2(通称)の見どころや、より沖縄と本土の分断が深まる今、本作を公開する意義について、お話を伺った。
 

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■大反響を呼んだ前作で、闘う男としての瀬長亀次郎を認識してもらった。

━━━前作『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』は、沖縄で今でも語り継がれる瀬長亀次郎さんのことを、本土や世界の人が知るきっかけになりました。実際に前作を公開してどのような手応えを感じましたか?
佐古:なぜ沖縄と本土の溝が深まり続けるのか。それは戦後史への認識が抜け落ちていることが大きいと思い、テレビ版から始まり、前作の映画化で亀次郎さんにアプローチして、沖縄を中心にした戦後史を見ていきました。公開時は、沖縄だけでなく、その熱が東京に伝わり、どんどんと広がって、どこでも入場待ちの行列を作っていただきました。「こんな人物がいたとは知らなかった」というお声もあれば、亀次郎さんと同時代に生き、その時代感を共有してくださる方もおられました。上映後も劇場内が亀次郎愛に満ち溢れていましたね。見ていただいた方には伝わったと思いますし、闘う男としての亀次郎さんを随分認識していただいたのではないかと感じています。
 
 

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■カメジロー2は日記を再度読み込み、世に知られないけれど、詳しく記述している事件を取り上げ、筋立てを作る。

━━━カメジロー2ということで、前作を見ていない方に配慮しつつ、新しい亀次郎像を見せるというのは、難しい作業だったのでは?
佐古:確かに頭を悩ませました。タイトル一つとっても「2」と続編を匂わせるものを入れてしまうと、前作を見ていない人が敬遠してしまうかもしれない。だからあえてタイトルに入れず、本作だけ見ても全てがわかるように、そして前作を見た人にはもっと亀次郎さんのことを知ってもらえるようにしたいと思いました。なぜ亀次郎さんが怒り、闘うのかを説明するにあたっては、前作と重なる時間は既視感がないように違うエピソードで歴史を振り返っています。いわば、前作は大きな歴史の流れがあり、そこに亀次郎さんの日記の記述を探していったのですが、今回は先に日記を読み込み、取捨選択をしながら一本の筋立てを作り、そこに映像をはめ込んでいく。ですから、世に知られる大きな事件より、世の中に知られていないけれど、亀次郎さんが詳しく記述している事件を取り上げているところもあります。
 
例えば、今回取り上げた輸送機の墜落事故。嘉手納基地の横での飛行機墜落事故は、この3年前に起きた宮森小学校での事故のように大きく現代にも語り継がれているというものではありませんが、亀次郎さんは日記の中で「3度目」と書いた上で、その謝罪について「いつも米軍は口先だけだ」と怒っています。今でも沖縄で米軍が事故や事件を起こせば、米軍幹部が沖縄知事に謝りに行くけれど、結局同じ悲劇が繰り返される訳で、亀次郎さんが怒る状況から現在が見えてくるのです。
 
 

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■戦後史だけでなく、家族とのエピソードが詰まった亀次郎さんの日記秘話。

━━━今回は亀次郎さんのよりパーソナルな部分を捉えるために、230冊を超える日記を再び読み込んだそうですが、そこでどんな発見があったのですか?
佐古:前作の上映後半年ぐらい経ってから、カメジロー2に進んでみたいという気持ちが芽生え、再び日記を読み込む作業を始めました。元々亀次郎さんの次女、内村千尋さんが「父の日記には戦後史が詰まっているので、これを世に出したい」とおっしゃっており、政治と沖縄に関する部分も多いのですが、一方で家族のエピソードもたくさんある。お嬢さんがやった宿題を褒める日もあれば、「フミ(妻)と大喧嘩」と一言だけ書いてあったり、亀次郎さんは映画がお好きだったのでお嬢さんと一緒に見に行った映画の感想も書いていました。また、なぜ闘うのかの原点も記されていました。
 
━━━亀次郎さんの次女、千尋さんは舞台挨拶も佐古監督と一緒にご登壇されていますが、カメジロー2を作るにあたり、かなり力になってくださったのでしょうか?
佐古:千尋さんがいなければこの映画はできなかったでしょう。私たちテレビ局では持っていないような写真や映像をはじめ、ありとあらゆる資料をご提供いただきましたし、亀次郎さんが投獄中に自身を小説「レ・ミゼラブル」の主人公ジャン・バルジャンと重ね、孫娘をコゼットと呼んだというエピソードも千尋さんとの会話の中から教えていただきました。千尋さんとお話する中で知った亀次郎さんの知られざる一面が本当に多かったんです。先行公開した桜坂劇場の舞台挨拶では、千尋さんのことを主演女優と紹介されていましたし(笑)不屈館だけでなく、千尋さんのご自宅にその5倍ぐらいの資料をお持ちなので、欲しい資料は逐一探していただきました。
 
 

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■不屈の男の原点は戦争への憎しみと怒り。

━━━映画の冒頭にも日記の一文が登場しましたが、その狙いは?
佐古:1969年、沖縄が日本への復帰が決まった年の慰霊の日の日記ですが、「恨みを飲んで殺された仲間たちの魂に報いる道は何か」と書いています。ラストに登場する佐藤首相との国会論戦で、「これは白骨であります」と写真を見せつけ、「再び戦場となることを拒否する」と断言しますが、何が彼をそうさせたのかと言えば、やはり沖縄戦、戦争への憎しみが原点にある。亀次郎さんが一番大事にしていた人間の尊厳も踏みにじられてしまうのですから、戦後アメリカ軍による軍事占領は耐えられなかったでしょう。加藤周一著「抵抗の文学」を読んだ後の感想と交えて「憎しみではなく、怒りの爆発だ。国民への愛情があるからなのだ」とも書いていますが、なぜ闘うのかという問いに対する人間のありようが見えます。一本筋が通っていますね。
 
━━━そこで一本の道が映し出されるのが新鮮でした。一貫した主義を貫く亀次郎さんの人生に重ねているようでした。
佐古:亀次郎が仲間たちの魂に報いる道、一筋に歩いた道をイメージしています。前作はガジュマルの樹で始まり、一本の道で終わったので、今回はその道で映画が始まり、最後はガジュマルの樹で終わります。2本の映画が不屈の精神の輪でつながるようにしています。
 
━━━亀次郎さんの不屈の精神を支えたのは、亀次郎さんを支持する沖縄のみなさんだったのでしょうね。
佐古:亀次郎さんは、あるインタビューで「カメさんファンがたくさんいますが」と問われ、沖縄の市民のことを「ファンというより友達だな」と語るように、先生と言われることを本当に嫌い、常に民衆と共に歩んでいました。そんな政治家は、なかなかいないと思います。
 
 
 

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■亀次郎さんは、アメリカ側の意図を読み取る分析力と先見性を持っていた。

━━━さらに、日記を紐解く中で、亀次郎さんの「先を読む力」にも注目されたそうですね。
佐古:亀次郎さんは、宮古島の刑務所で他の受刑者と隔離され、喋る相手はネズミぐらいという孤独な中で、奥さんからの手紙を待ち焦がれていた一方、すごく勉強していたんです。日記以外に学習ノートがあり、そこには領土問題、資本論など様々なことがびっしりと書かれていました。出所後に市長になりますが、アメリカ軍から市長を追い出される2ヶ月前には、日記に彼らが何をするかを書いています。実際、亀次郎さんは市長を追われ、でもすぐに、後継候補を立てました。またアメリカ軍から被選挙権まで奪われると、逆に立候補をし続けて、民衆からの支持を得ることでそれを打破すると書き、それを実現させました。また日米返還協定の前に、1969年佐藤・ニクソン会談で核密約のあったことが後年明らかになるのですが、亀次郎さんはそれ以前に「核隠し」「有事の場合持ち込む」と日記に書いているのです。アメリカ側の意図を読み取る分析力と先見性が、亀次郎さんの行動力の裏付けになっています。
 

 

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■本土と沖縄、沖縄のやり方はダブルスタンダード。

━━━亀次郎さんを見せしめにし、沖縄市民から土地も人権も奪う一方、今夏デジタルリマスター版が公開された『東京裁判』ではアメリカが本土市民の抵抗を逸らすために、天皇責任を問わぬ形にしたエピソードが語られました。この2作を見ると、アメリカの戦後日本に対する占領政策の使い分けが露わになっています。
佐古:最大の民主主義国家アメリカが日本に対して行ったダブルスタンダードです。例えば本土に対しては労働組合を認め、労働者にどんどん権利を与えていくので、ストライキも認められたのですが、沖縄の場合は権利を全て握りつぶされていきます。
 
━━━旅券を剥奪された亀次郎さんが唯一の夫婦旅行で、海の向こうへの思いをナレーションにのせて語るシーンがとても印象的でした。
佐古:現存している亀次郎さんの日記とフミさんの日記で、同じ日のものがあったのです。作ったおにぎりの数やおかずの中身、出発時間まで事細かに書かれていたのが、本当に一致していて、夫婦の仲睦まじさを感じました。本土を見るために、旅行に行った時の様々な会話をナレーションで再現していますが、祖国を見に行ったという特別な思いがあったのだと思います。
 
━━━そのナレーションは、役所広司さんが亀次郎さんの声を担当していました。すごく包容力がありましたね。
佐古:前作をご覧いただき、すぐにご快諾いただいたのですが、力強い演説にせよ、ご家族に対する言葉にしても、役所さんにお任せして亀次郎の世界を作っていただきたいと思っていました。役所さんも「すごい人がいたものだね」という風におっしゃりながら、亀次郎さん自身の映像は非常にキャラクターがしっかりしているので、声でどのように世界観を作り出すのか、随分考えていただいたと思います。本当に深く広い感じが出ていて、感動しました。
 

 

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■亀次郎さんや沖縄の皆さんのおかげで沖縄占領下の歴史、沖縄の気持ちを伝えることができた。 

━━━前作にも登場したハイライトの沖縄の主張と、政府の対応を佐藤首相に問う亀次郎さんの国会答弁シーンですが、今回はその全容を映し出し、魂の熱弁が胸に刺さりました。

 

佐古:国会議員になった亀次郎さんが民意を代弁する姿を描きたかったですし、あの亀次郎さんの演説はこの映画で描いてきたことが全て込められています。私も佐藤総理を追及する様々な言葉がすとんと胸に落ちてきましたし、さらに50年前の国会であんなに熱のこもった議論があったことが新鮮でした。当時は国会の場に、意見が違っても、それを認め、論じ合う姿勢があったんだと感じます。
 
━━━佐古監督は、15年に取材を始めてから4年間亀次郎さんに向き合っておられる訳ですが、取材を始める前と今とで、ご自身にどんな変化がありましたか?
佐古:テレビでは沖縄戦を伝える1時間半の特別番組など、様々な番組で沖縄のことを取り上げ、それにより伝えられたこともあったと思いますが、亀次郎さんや沖縄の皆さんのおかげで沖縄の占領されていた歴史、沖縄の気持ちを伝えることができた。それに対する感謝の気持ちが、まずあります。亀次郎さんの日記は色々なテーマで切り取ると、もっと様々なストーリーがありますので、まだまだ不屈の男にはまっていくと思います。
 

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■「少数派になることを恐れるな」日本戦後史の共通認識ができるものを提示し、議論に結びつけるきっかけづくりをしたい。

━━━最後に、前作のインタビューで、筑紫哲也さんから「自由の気風」を学んだとおっしゃっていましたが、今メディアで自由の気風がどんどん失われる中、佐古監督はこれからどのような役割を果たしていきたいですか?
佐古:自由の気風がなくなった時に、何が起こったかは歴史が教えてくれています。今の世の中どうなのかといえば、最近では忖度という言葉もよく話題になる。伝えるべきことをどこまで伝えているだろうかと、私もメディアの一人としてよく考えます。筑紫さんは「少数派になることを恐れるな」とおっしゃっていましたが、たとえ伝えていることが少数派であったとしても、だからこそ伝えなければいけないことがあります。私たちの仕事で、議論をするための一つの材料を提示することは重要な役割です。お互いに事実の認識を共有しなければ、まっとうな議論になりません。沖縄をめぐる今の議論も、戦後史の認識が抜け落ちたままでは、議論は的外れになってしまいます。そういう意味で、もう一度向き合うべきものを提示し、議論に結びつけるきっかけになればと思いますし、そういう仕事をさらに進めていきたいですね。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』
(2019年 日本 128分)
監督:佐古忠彦
出演:瀬長亀次郎他
語り:役所広司、山根基世
2019年9月6日(金)〜豊岡劇場、9月7日(土)~第七藝術劇場、京都みなみ会館、元町映画館、今秋シネ・ピピア他全国順次公開
(C) TBSテレビ
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「現代の神話的なものを作りたかった」
『タロウのバカ』大森立嗣監督インタビュー
 
 名前も戸籍もないタロウ、高校生のエージ、スギオの3人が、河原で、隠れ家で戯れ、街中を疾走する。「愛ってなに?」「好きってなに?」「死ぬってなに?」何も知らないタロウが、エージとスギオに交わることで起きる化学反応は、衝動的かつ刹那的で、青春にしかない一瞬のきらめきに目を奪われる。生きづらくても、3人でいれば無敵だった。
 
 大森立嗣監督(『さよなら渓谷』『日々是好日』)が長年温めていたオリジナル脚本を映画化。最新作となる『タロウのバカ』が、2019年9月6日(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都、9月13日(金)より京都みなみ会館他全国ロードショーされる。
名前も戸籍もない主人公のタロウ役にオーディションで選ばれた演技初体験の新人、YOSHI、ある事情から学校に行かなくなってしまったエージ役に菅田将暉、援助交際をする同級生の洋子に恋してしまうスギオ役に仲野太賀が扮し、3人のアナーキーな日々が、偶然拳銃を手にすることで死に近づいていく様を、エネルギッシュに演じている。
 
 死の匂いが漂う現代社会の闇と、その中で生きる彼らを真っ直ぐに描いた大森立嗣監督にお話を伺った。
 

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■戦中戦後の死の匂いを必死で消し、何かが失われているという20代半ばの実感を脚本に。

――――長編デビュー作の『ゲルマニウムの夜』以前に書かれたオリジナル脚本ですが、当時はどんな思いでその脚本を書かれたのですか? 
大森:僕の中学、高校時代は校内暴力全盛期で、学校がある種のアナーキーな感じがする場所でした。僕自身はいじめる側でもいじめられる側でもなかったけれど、一歩間違えればそのアナーキーな世界に行きかねないという肉体的感覚がすごくあったのです。1970年生まれの僕からすれば、高度成長時代を経て経済的に豊かになっているけれど、一方で経済的な豊かさを得ることで、戦中戦後の死の匂いを必死で消そうとしているのではないか。そして何かが失われているのではないか。そういう考えを当時の素直な衝動をもとに、ちょうど助監督になりたての20代中盤で書いた脚本でしたね。
 
――――脚本を書かれた当時から25年ほど経った今、映画化するに至った経緯は?
大森:年に1度ぐらい脚本を読み直し、そんなに風化していないという実感がありました。僕自身が年をとっていく中で、若い主人公たちのかなり無軌道な物語を撮れる気力が残っているかと考えると、まだいけると。実際、最初に脚本を書いてから時間が経ちましたが、現代の問題を盛り込むためにオープニングのシーンや携帯の扱いを考えた以外はほとんど脚本を変えていません。
 
 

■25年経っても日本は変わらないから、『タロウのバカ』を作りたいと思った。

――――現代に合わせてかなり加筆されたのかと思っていたので、驚きました。全編に死の匂いが漂いますが、その部分は25年前より強めた表現にしたのですか?
大森:阪神大震災やオウム真理教事件が起きた95年頃に最初の脚本を書き、もちろんその影響は大きかったのですが、その後の東日本大震災の影響も僕にとっては大きかったです。原発事故以降、日本が変わるのかと思ったら、やはり変わらない。事故を忘れようとする力がすごく働いている気がして、脚本はむしろ風化していないと感じたのです。『タロウのバカ』を撮らなくていい時代の方が良かったのかもしれませんが、やはり時代が変わらないから作りたいと思ったのでしょう。過去を忘れようとする、或いは消費する力をすごく感じますね。
 
 
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■どこにも所属していないタロウを演じたYOSHIは「変に社会化されていない」

――――タロウをはじめとする3人のボーダレスな関係が、突き進む疾走感を生んでいます。その中でもタロウの描き方が作品の肝だと思いますが、キャスティングやキャラクター設定について教えてください。
大森:タロウは戸籍も名前もないという設定で、かなり無軌道な行動をします。15歳ぐらいで、大人でも子どもでもない。どこにも所属していないという価値観を出したかった。でも実際にオーディションをすると、15歳ぐらいなら既に社会化されていて、なかなか思うような人に出会えなかったのです。YOSHI君は変に社会化されておらず、初対面でも親世代のような僕らに緊張することなく話すことができ、むしろ僕たちに近いような部分を持っていると感じて、タロウがそこにいると思いました。
 
――――仲野大賀さんが演じるスギオは、アウトサイダーと一般社会人の境界にいる人物で、その苦悩に共感しやすいと同時に危うさも感じますね。
大森:脚本を書く時、ある程度箱書きするのですが、書いているうちにキャラクターが動き出すこともあります。結果的に、我々と一番近い立場の人間が窮地に追い込まれる。それが社会に対する警鐘になればという気持ちがありました。
 
 
 

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■「愛ってなに?」「好きってなに?」という問いかけで、人間の感覚を素直に見つめる。

――――タロウは劇中で「愛ってなに?」「好きってなに?」「死ぬってなに?」と何度も問いかけます。スギオも、同級生の洋子もやはり愛が何か分からない。この作品で愛は大きな問いかけになっています。
大森:僕たちは「好き」ということをなんとなくわかったふりをして生きているけれど、本当はわかっていない。それぞれが社会生活を営む中で、好き嫌いを判断していると思うのです。でも、人間が経済的に豊かになり、合理性や生産性を追求するのとは別に、人間はそもそも生物です。生まれて死ぬという感覚や、どうしようもなく好きになるという人間の感覚を素直にみつめることが、今、失われすぎているのではないかという思いから、登場人物たちに「愛ってなに?」「好きってなに?」という問いかけをさせています。ただ、スギオや洋子は、1回転半ぐらい回った後での「好きってなに?」という感覚で、タロウのまっすぐな感覚とは違うと思います。タロウがいる河原で見かけるダウン症のカップル、藍子と勇生もタロウと同じような存在ですね。
 
――――タロウや藍子と勇生の存在が、物語を寓話的、神話的に感じさせますね。
大森:実は現代の神話的なものを作りたいという思いがありました。今は自意識が肥大しすぎている人が本当に多いと感じます。皆が自分の周りのことに敏感になりすぎ、傷ついて何もできなくなってしまう。でも自分は、もっと大きな地球の中で生かされている存在であり、人間であると肯定するだけで、悩みへの対処の一つになるのではないかと思うのです。世の中には自分がわからないものがいっぱいあるし、自分はそんなに大きいものではないと思うと、少し楽になれるのではないでしょうか。
 
――――3人の中のリーダー格であるエージは、半グレ集団との付き合いがある一方、他の2人が口にしないような戦争や虐げられた詩人の言葉を口にするのが印象的でした。
大森:僕は1970年生まれで、終戦から25年しか経っていないのにすごく戦争を昔のことにように捉えていた。そういう実感を、エージに反映させています。エージは早めに社会生活からドロップアウトしてしまいますが、そこでタロウという存在に出会い、無意識のうちに死が立体感をもって掴めそうな気になる、とても敏感な少年です。半グレの吉岡らに首を絞められたり、柔道部の先輩たちにボコボコにされた時、リアルに死が頭をよぎってしまった。だから、エージは教科書に載っていた詩の一部を口にしたりするのです。
 
 

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■YOSHIをキャスティングした狙いに沿った、全員がフラットな撮影現場。

――――菅田さん、仲野さんと、15歳で新人のYOSHIさんが組むことで、撮影中も予期せぬ化学反応が起きていたのではないかと思いますが、3人での撮影の様子は?
大森:映画の撮影は、映画監督をトップに置き、そこから下はピラミッド方式で、ある種の封建的な力が働きます。でも、今回は社会化されていない部分に魅力を感じて、演技経験が全くないYOSHI君を主演に起用した訳です。だから従来の撮影現場のシステムをYOSHI君に押し付けるやり方は全く違うと思い、本当に皆が並列にいるような現場を目指しました。YOSHI君は撮影の合間に「たっちゃん〜」と僕の膝の上に乗ってきたり、撮影が終わると「ゲーセン行こうよ!」と声をかけてくるので、スタッフが皆びっくりしていましたが、逆に皆が彼の影響を受けましたね。菅田君にも「マサキ〜」と駆け寄って、遊びの延長でじゃれあっている。菅田君も色々な撮影現場で仕事をしているので、「この現場は、こういうやり方なんだ」と敏感に感じ取り、先輩っぽさは一切出さなかった。みんなで銭湯にも行きましたし、非常にフラットな現場でした。僕は本当に楽しかったし、そういう現場であったことが、この映画にどこかリンクしている感じがします。
 
――――バイオレンスなシーンと共に印象に残るのは、歌のシーンです。特にずっと一緒にいた勇生が溺死している傍らでで、雨の中大声で歌い続ける藍子の存在感は絶大で、カメラもこれ以上ないぐらいのアップで藍子を捉えていましたが、その狙いは? 
大森:藍子さんが歌うシーンは当初ありませんでした。実際に会い、彼女が歌っているのを聞かせてもらい、脚本に取り入れています。僕の中では溺死した勇生君を生き返らせる儀式だと思っているので、生き返らせるためにもっと大きな声で!と藍子さんに指示を出しました。雨の中全身全霊で歌う、祈りのシーンにしたかったのです。
 
 

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■「わからないものにどう触れていくか」を模索させた、死が浮き上がるシーン。

――――後半、死者を表現したような大駱駝艦のパフォーマンスは、「生きてる人と死んでる人、どちらが多い?」という問いかけと共に、自分たちがあまたの死者たちの中で生きているような感覚を覚えますね。
大森:大駱駝艦にある種の死者を演じてもらいましたし、「生きている人と死んでる人、どちらが多い?」「死んでる人だよ」とか、「死ぬんだから痛くたっていいじゃない」など、子どもの遊びのようなセリフの中に、死そのものがフワッと浮き上がるようにもしています。また、拳銃を手にしたエージがロシアンルーレットのようにするシーンも含めて、ふと肌触りのように死が近寄ってくる感じを表現したかった。死は、実際に死んだ人でなければわからないものですが、わからないものにどう触れていくかをタロウらに模索させたかもしれません。
 
――――死が全編に匂うというのは、そういう様々な表現の積み重ねによるものが大きいと改めて感じました。最後に、同世代の子どもたちの中でタロウは絶叫しますが、そのシーンに込めた思いは?
大森:あの絶叫は、タロウが生まれ変わる時の産声だと思っています。社会的になるというより、タロウが新しい人間として生まれてこないだろうかと。そういうタロウの姿をもう少し見ていたい。この先どう生きていくのかを見ていたいと思ったのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『タロウのバカ』(2019年 日本 119分) R15+
監督・脚本・編集:大森立嗣 
出演:YOSHI、菅田将暉、仲野太賀、奥野瑛太、豊田エリー、植田紗々、國村隼
2019年9月6日(金)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都、9月13日(金)〜京都みなみ会館他全国ロードショー
公式サイト⇒http://www.taro-baka.jp/
(C) 2019 映画「タロウのバカ」製作委員会

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筒井真理子、脚本を読んで「深田監督はどこまで市子をいじめるのかと思った」
『よこがお』大阪舞台挨拶
(2019.7.28 テアトル梅田)
登壇者:深田晃司監督、筒井真理子 
  
 『淵に立つ』で高い評価を得た筒井真理子を主演に迎え、ある事件をきっかけに加害者扱いをされ、全てを失う女の絶望とささやかな復讐、そして再生を描いた深田晃司監督最新作『よこがお』が、2019年7月26日(金)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショー中だ。
 
 公開2日目の7月28日(日)テアトル梅田で開催された舞台挨拶では、名古屋の舞台挨拶を終えて駆けつけた深田晃司監督と主演の筒井真理子が登壇。筒井が演じた市子とリサの物語の余韻に浸っている観客を前に、「まだ心の整理がつかない時に、生身の私が出てきてすいません」と前置きした後、いよいよ映画が公開され「公開を心待ちにしてくださった方と一緒に過ごせるのはうれしい」(筒井)、「映画は作り終わって完成というより、見ていただいて完成という気持ちが強く、ようやく映画が生まれたなという感じです」(深田)と挨拶。8月に開催されるロカルノ国際映画祭国際コンペティション部門に正式出品されることが決定したことに触れた深田監督は、「ロカルノは格式ある映画祭。ここ数年、品質重視の選考がされていますし、自分の信頼している監督もそこで世界で向き合っている」と喜びを表現した。
 

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■「筒井さんならやってくれる」

深田監督が、筒井真理子を信頼し、ブレーキをかけずに描いた注目シーン秘話。

 
 今回、筒井は天使のような看護師市子と、ある計画を企んでいるリサという全く違うタイプの女性を熱演しているが、台本を読んだ時の感想を、
「監督はどこまで市子をいじめるのかと思いました。犬のシーンが出てきた時に素敵と思ったけれど、自分が演じるのかと思うと…」と語り、一抹の不安がよぎったことを明かした。
 
犬になりきり公園まで駆けていく、女優で世界初の四足歩行アクションシーンでは、大阪の名物番組「探偵!ナイトスクープ」で取り上げられた四足歩行ギネス記録保持者にお願いして実技指導をしてもらったという。
 
「簡単そうに見えるけれど、かなり体が痛いんです。それを言えずに黙ってやっていましたが、指導してくださったプロの方が本番の時にも来てくださり、走って見せてくださった時、あっ痛い!と言ってくれたので、私も痛いと言えるようになりました」と苦労話を披露。深田監督も「映画監督は自分でできないことを人にさせる仕事だから」とサラリと言いながらも、その裏には筒井に対する絶大なる信頼があったそうだ。
 
「脚本を書く前に筒井さんの出演が決まっていたのは、監督としてすごく恵まれていた。映画はスタッフも俳優もいる総合芸術。脚本を書く時に、多面性があり、精神状態も違ってくる役を書くとなると、俳優が演じられるのかを心配してブレーキをかけてしまうのだが、筒井さんならやってくれるだろう。髪を緑に染め、湖の中に入ったりということも、彼女ならやってくれるだろうと、ブレーキをかけずに書くことができました」
 
一方、実際に雪が舞うような氷点下の湖に何度も入水したという筒井は、「待っている間は車で暖かくさせてもらっていましたが、スタッフの人は土砂降りの中でも、誰1人中に入らず、(この映画は)愛でできていると思いました」と苦労を分かち合ったスタッフを讃えた。
 
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■筒井真理子さんと孤独がモチーフ。

日常のふとしたきっかけで孤独を感じる瞬間に『よこがお』を思い出してほしい。(深田監督)

 
 観客から公園のシーンが多いことに対する狙いを問われた深田監督は、
「人間は半分は社会的で、半分は動物的部分を持っています。今回、市子の社会的な部分が削がれ、個人の孤独にまで削ぎ落としていければと思いました。どんなに社会性が剥奪されてもそれが完全に失われるものではありません。(公園という)パブリックスペースの方が、砂漠の中に1人でいるより、孤独感が際立つのではないか」
 
この「孤独」は、本作をはじめ、深田監督作品に通底するモチーフだという。
「映画はモチーフと世界観からできていると思っていて、今回は筒井真理子さんが大きなモチーフでした。そして自分の中に毎回あるモチーフは孤独です。人間は生まれてから死ぬまでの孤独であり、孤独のままだと生きているのは辛いから、家族や会社に属して生きる。そんな日常の中でもふとしたきっかけで孤独を感じる瞬間があるけれど、そんな時にこの映画を思い出してくれれば」
 

 

■試写では、市子の気持ちになって泣いてしまった。(筒井)

 

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 劇団時代に鍛えられ、客観的に自分の芝居を見る訓練ができていたという筒井は、『よこがお』の試写で、未だかつてない感情に見舞われたという。
「市子の気持ちになってずっと泣いてしまい、試写室では一番最後、フラフラになって出てきました。今回は自分の演技を見る時、こんな風になるんだと思いました」
 
 さらに、今でも思い出す作品として遠藤周作の小説「わたしが・棄てた・女」を挙げ、
「読んだ時は全然わからなかったけれど、ズシンと残る作品。後々、後ろめたさがふっと思い出され、この作品がベストセラーなら、読者はみなそう感じているのかと思うと、孤独ではないな」と感じたという。筒井は最後に、「座談会でも開いて感想をお聞きしたいです。ぜひ、感想を書いてつぶやいていただけたら、まめに見にいきます。お話をお聞かせください」と船出したばかりの本作への反応に期待を寄せた。
 

 

■自分が思った以上に今の社会に重なる作品。(深田監督)

 
 前作同様、鑑賞後にズドンとした気持ちになるという観客から、人間関係の揺らぎを痛切に描いた深田作品ならではの世界観について話が及ぶと、
「自分にとって家族や人間の関係性は移ろいやすいという認識があります。『淵に立つ』では浅野さんがくることで、家族が変わってしまう。天災と同じで、私たちの生活は良くも悪くも揺らぎやすいものです。『海を駆ける』にも、その世界観が繰り返し出てきています」
 
  最後に、昨今の嘘を鵜呑みにするマスコミや世間の風潮を引き合いに出しながら、深田監督は、
 
「自分が思った以上に今の社会にフィットしていると思っています。政治の汚職や闇営業など、ものすごいスピードで事件が起き、作り手からすればすごく重なって見えます。また、音にもこだわっていて、クラクションは映画館ギリギリのボリュームで設定しているので、ぜひ映画館で見ていただきたい映画です」
と、時代に重なる本作の魅力と、こだわりの音作りについて語った。
 
 
 どん底に突き落とされることもあれば、光がさすこともある。誰にでも起こりうる人生の転落と圧倒的な孤独感だけでなく、様々な形の愛と再生をも描いたヒューマンドラマ。各登場人物の揺らぎから、いくつもの物語を紡いでほしい。
(江口由美)
 

<作品情報>
『よこがお』(2019年 日本 111分) 
監督・脚本:深田晃司
出演:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、吹越満、須藤蓮、小川未祐他
公式サイト⇒https://yokogao-movie.jp/ 
(C) 2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

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この度、映画『田園の守り人たち』が 7/19(金)よりテアトル梅田、7/20(土)京都シネマ、8/16(金)シネ・リーブル神戸にて公開するのを記念し、京都のレストラン【BARMANE】にてタイアップを開催いたします。

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レストラン【 BARMANE 】

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京都のフレンチ&スパニッシュのレストラン【BARMANE(バルマーネ)】では、映画に出てくるようなフランスの素朴な田舎の料理をイメージしたタイアップ特別メニュー“plats des gardiennesプラ デ ギャルディエンヌ”(フランス語で“守り人たちの料理)”のセットが登場します!


また、京都シネマでご鑑賞になった本作の半券をご持参いただくと、お食事の際にドリンク1杯のサービス(ワイン赤/白、コーヒーH/I)が受けられます。

さらに、お会計の際にお渡しするチケットを京都シネマにご持参いただくと、当日一般1800円のところを1500円にてご鑑賞いただけます。

京都シネマとレストラン【BARMANE】は行ったり来たりできるご近所さん♪ 映画ご鑑賞の前後においしいお料理と共にゆったりとした時間をお過ごしください。

 

タイアップ特別メニューセット“plats des gardiennes” 1280円(税込)

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・白インゲン豆とジャガイモのポタージュ
・季節の野菜サラダ
・自家製天然酵母パン


◆期間:7月19日(金)~8月16(金)
   ※京都シネマでのチケット割引は7月20日(土)開始
   ※お店でのチケット配布は8月13日(火)まで

BARMANE

朝から心と身体が喜ぶ美味しいものを。季節を感じるフレンチ&スパニッシュのお店。

住所:京都市下京区杉屋町295カーサデ河原町1F(柳馬場松原下ル・郵便局南隣)
TEL/FAX:075-353-5977

営業時間:8:00-14:00(L.O.)、dinner 完全予約制
定休日:水曜、木曜   FB:BARMANE / Instagram:barmane_

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『田園の守り人たち』

公式サイト⇒ http://moribito-movie.com/

 

カンヌ国際映画祭グランプリ監督
グザヴィエ・ボーヴォワ最新作

母なる大地で女たちは、愛の種を撒き、人生の実を刈り取っていく――

 

1915年、第一次世界大戦下のフランス。ミレーの絵画を思わせる美しい田園風景。2人の息子を西部戦線に送り出した農園の未亡人オルタンスは、やはり夫を戦場にとられている娘ソランジュとともに、冬を前に種まきに備えなければならない。オルタンスは若い働き手フランシーヌを雇い入れる。誠実な彼女は女主人の信頼を得て、家族同然に暮ら始める。女たちだけでなく、前線から一時休暇で帰ってくる次男ジョルジュもまた慎ましやかなフランシーヌに惹かれてゆくが・・・。監督は『神々と男たち』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞したグザヴィエ・ボーヴォワ。出演はフランスを代表する女優ナタリー・バイとその娘ローラ・スメット、そして本作で発掘された新星イリス・ブリー。撮影監督には名手カロリーヌ・シャンプティ、音楽監督は惜しくも今年1月に逝去したミシェル・ルグラン。男たちの銃後を守る女たちの戦いと、寡黙な彼女たちの胸に渦巻く思いを静謐な田園風景の中に鮮やかに浮かび上げた傑作。
 

監督:グザヴィエ・ボーヴォワ『神々と男たち』『チャップリンからの贈り物』
原作:エルネスト・ペロション|撮影:カロリーヌ・シャンプティエ|音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ナタリー・バイ、ローラ・スメット、イリス・ブリー
2017年|フランス・スイス合作|仏語|シネスコ|原題:Les Gardiennes|135分|日本語字幕:岩辺いずみ
提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム 
© 2017 - Les films du Worso - Rita Productions - KNM - Pathé Production - Orange Studio - France 3 Cinéma - Versus production - RTS Radio Télévision Suisse


7/19(金)テアトル梅田、7/20(土)京都シネマ、8/16(金)シネ・リーブル神戸 にて公開!!
 


(オフィシャル・リリースより)

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誰もがグレーゾーンの中で生きている。
『よこがお』深田晃司監督インタビュー
 
 前作の『海を駆ける』では全編インドネシアロケを敢行し、ディーン・フジオカや仲野太賀の新たな一面を引き出した深田晃司監督。『淵に立つ』で凄まじい演技をみせ、高い評価を得た筒井真理子を主演に迎え、ある事件をきっかけに加害者扱いをされ、全てを失う女の絶望とささやかな復讐、そして再生を描いた最新作『よこがお』が、2019年7月26日(金)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIX京都他全国ロードショーされる。
 
 終始張り詰めた雰囲気の中、美容師和道(池松壮亮)の前に現れるリサと、訪問看護先で基子(市川実日子)ら娘たちの勉強を教えてあげるほど信頼関係を深めている市子。同一人物だが真逆の境遇の二人が交互に描かれ、リサと名乗るようになった市子の企みや、結婚を目前に幸せだったはずの市子がなぜ全てを失ったのかが、じわりじわりと明かされていく。無実の加害者と言い切れない市子のグレーゾーンも描かれ、多面的な人物描写と、想像させる余白のある演出に、観終わった後、様々なことが頭の中を巡ることだろう。まさに登場人物の一挙一動から目が離せないサスペンスタッチのヒューマンドラマだ。本作の深田監督に、お話を伺った。
 

 

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■『淵に立つ』のプロデューサーと、「筒井真理子さんの主演で映画を作りたい」。

――――オリジナル脚本で、助演がメインのベテラン女優を主演に据える企画は、今の日本映画界では実現が難しいというイメージがありますが、企画から映画化までの経緯は?
深田:『淵に立つ』の時に声をかけてくれたプロデューサーと、また筒井真理子さんを主演で映画を作りたいという気持ちが一致し、企画を立ち上げました。KADOKAWAの方も筒井さんを主演にした映画に賛同してくれ、プロデューサーの尽力もあってトントンと話が進みましたね。日仏合作ですが、フランス側は役者としての技量を重視しているので、筒井さんのことを絶賛してくださり、スムーズに進みました。
 
 
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■努力家の筒井さんは、すごく信頼できる女優。

――――深田監督からみた筒井さんの魅力とは?
深田:すごく信頼できる女優です。天才的な演技センスや高い経験値、長年培った勘だけではなく、とにかく準備をして現場に臨まれる努力家なので、信頼感が生まれ、今回のように感情の振り幅の大きい役を安心して書けるのです。
筒井さんは、脚本の自分が演じるシーンにびっしりと書き込みをされていましたし、今回看護師を演じてもらいましたが、僕が訪問看護を取材する際も同行したり、筒井さんだけで訪問看護の現場を見学に行くこともありました。また、ある動物の動きをするシーンでは、専門のトレーナーに動きを教えてもらい、自宅で練習を積んだそうです。
 
――――深田監督が絶大な信頼を寄せていらっしゃるのがよく分かりました。『歓待』ではプロデューサーでもあった杉野希妃さんが主演を務めていましたが、今回筒井さんは脚本段階から関わったそうですね。
深田:全体のプロット(構成)ができた段階で、筒井さんに読んでもらい、ざっくばらんに感想や雑談を語り合いました。動物園で市川実日子さん演じる基子が市子に語った子どもの頃のエピソードは、筒井さんとの雑談の中で聞いたご自身の子ども時代の実体験から取り入れたりもしました。実際に脚本を書き始めてからは、こちらに任せていただきました。
 
――――本作では天使のような女から奔放な女、幸福な女から不幸な女 あらゆる状況を演じきった筒井さんですが、演じてみてどんな感想をお持ちになったのでしょうか?
深田:映画のほとんどのシーンに出演していますから、本当に体力的にも大変だったと思います。精神的に負荷の高い役を、器用にこなすのではなく、全力で向かってこられるので、試写会で初めて観た時は、「撮影の大変だったことを思い出しながら観て、疲れたわ」とおっしゃっていました(笑)。肌のハリや疲労具合にまで、細かな役作りもしっかりされていましたから。
 
 
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■私たちの生きている世界は、これだけ不確かで不安定なものという事実をベースに描く。

――――作品ごとに新しいことにチャレンジしておられますが、この作品のテーマは?
深田:映画というのはモチーフと監督の世界観から成り立っていると思っています。今回は筒井真理子をメインモチーフに、私たちの生きている世界はこれだけ不確かで不安定なものであるというポジティブでもネガティブでもないことを、今までの作品同様に描いたつもりです。『淵に立つ』では突然やってきた不審者によって家族が崩壊し、『海を駆ける』では自然災害に見舞われます。私たちは日常が変わりなく続くという期待を持って生きているけれど、日常は変わってしまうものであり、それこそが事実であるという世界観をベースに、物語ができていると感じますね。
 
――――リサが誘惑する美容師、和道を演じた池松壮亮さんは、深田監督作品初参加ですね。思わぬ気づきを与える存在でもありました。
深田:脚本段階で、和道はもう少しチャラく薄っぺらい若者。それ以上でもそれ以下でもない役にしていました。理由も分からないままリサのデートに巻き込まれていく展開を考えていたのです。それでは構成に厚みがないと思っていた時に、池松さんがキャスティングの候補に上がり、オファーさせていただきました。現場でも実年齢以上の落ち着きを感じる方で、池松さんに演じてもらったことで、和道がリサと対等に向き合う、大人のデートのシーンになりました。一方で、市川さんが演じる基子は若々しく、感情の幼さを持った役なので、いい対比になったと思っています。
 
 
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■一人の人間を多面的に見せる時間進行に。

――――ある思惑を腹に秘めて和道に接近するリサと並行して、リサと名乗る前の市子の穏やかな日常が映し出されます。悲劇へと向かう市子の運命が予想できるだけに、よりヒリヒリするサスペンス効果を高めていました。このような構成にした狙いは?
深田:『ブルージャスミン』(ウディ・アレン監督)のように、現代と過去が同時進行する物語にヒントを得た部分もありますし、チェコスロバキアの作家ミラン・クンデラの小説「冗談」の復讐の入れ子構造にもインスパイアされました。どうしても回想シーンを入れるとそこで物語が止まってしまうので、一人の人間を多面的に見せる時間の進行ができないかと考えた結果、二つの時間が同時進行で進み、最後に重なり合う構造になりました。
 
 
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■誰もがグレーゾーンの中で生きている。 

――――深田作品では主人公が不条理な目に遭う場面が度々描かれます。本作も加害者扱いされる市子は何もかもを奪われる不条理が描かれますが、一方、その状況に至るプロセスでは市子の潔白とは言い切れないグレーゾーンの行動も描かれ、観る者も立ち止まって考えさせられます。

 

深田:市子は「無実の加害者」とは言い切れないと思っています。基子に促されたとはいえ、真実を被害者家族や自分の家族に伝えなかったのは市子自身ですし、甥の辰男が幼い頃に性的トラウマになるかもしれないことをしてしまったことも事実です。市子自身は「辰男は覚えていない」と言いますが、被害者は往々にして覚えているものです。誰もが被害者、加害者で分けられるものではなく、グレーゾーンの中で生きている。そういう部分を映画でも描いていきました。そしてあくまでも三人称で語ることも大事にしました。
 
 
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■人が人を好きになること難しさを一番体現したキャラクター、基子。

――――グレーゾーンと言えば、基子の市子へ対する気持ちも単なる恋愛感情だけではなく、母親的愛情を求めているようでもあり、看護師という人生の目標をくれた憧れの存在とも映ります。映画の中でもキーとなる存在ですね。
深田:当初は市子と基子、道子という女性3人の運命が絡み合うような群像劇を考えていたのですが、筒井真理子さん主演の映画を撮りたいという思いから市子にフォーカスする形になっていきました。市川さんが演じる基子は、人が人を好きになることの難しさを一番体現しているキャラクターです。人が人を好きになればなるほど、誰もが孤独に生きている存在であることを実感します。市子も和道もそうですが、彼氏がいながら市子を好きになった基子はそれを際立たせています。
 
――――市子/リサの夢を映し出すシーンが意図的に挿入され、どれも非常に大きなインパクトを与えます。心象風景を鮮やかに映し出しているようにも見えましたが。
深田:僕の場合は映画で夢を描写しても、特別にぼやかしたような加工はせず、夢と現実を等価に描きたい。前半で社会性を失い動物の状態にまで剥き出しになったリサを夢の中で見せておけば、そのイメージは夢であっても観客にとっては映像の一片であって、観客の中ではずっと頭の片隅にその姿が残り続けます。その記憶はまだ市子が幸せな時のシークエンスにも影響を与えていく。それは映画におけるモンタージュの醍醐味ですね。
 
 
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■夢とも現実とも解釈できる湖のシーンは「一番自由に感じていただけるシーン」

――――突然、市子が青い髪をなびかせ、湖畔にいるシーンは現実離れしているけれど、ひたすら美しく、まさにフランス映画を見ているようでした。
深田:意図的に、夢でも現実でも解釈できるようなさじ加減にしています。脚本ではもう少しイメージを書き込んでいたのですが、編集で見直しました。彼女の人生のどこかで、あのような時間があったかもしれないと思ってもらうのも良し、市子の内面の世界と思ってもらうのも良し。一番自由に感じて頂いて構わないシーンです。
 
――――今回は見事な女優映画でしたが、筒井さん主演作はまだ続きそうですか?
深田:実は、筒井さんはコメディエンヌの面もあるのです。最近の岩松了さんの舞台「空ばかり見ていた」でも一番笑いをさらっていましたから。コメディエンヌの筒井さんを撮ってみたいですね。
 
――――筒井真理子さん主演のコメディ映画、期待しております。それでは、最後にこれからご覧になるみなさんにメッセージをお願いします。
深田:筒井さん、池松さん、市川さんをはじめ、本当に隅から隅まで、いい俳優がたくさん出演しているので、ぜひ『よこがお』の俳優たちに会いに来てください。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『よこがお』(2019年 日本 111分) 
監督・脚本:深田晃司
出演:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、吹越満、須藤蓮、小川未祐他
公式サイト⇒https://yokogao-movie.jp/ 
(C) 2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

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見る人が自由に解釈し、「自分の映画だ」と思ってもらえる映画づくりを目指したい。
『僕はイエス様が嫌い』奥山大史監督インタビュー
 
 第66回サンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞した他、海外の映画祭で高い評価を得ている奥山大史監督の初長編作『僕はイエス様が嫌い』が、7月5日(金)~大阪ステーションシティシネマ、7月12日(金)〜シネ・リーブル神戸、8月17日(土)〜京都シネマほか全国順次公開される。
 
 東京から雪深いミッション系の小学校に転校した小学生のユラは、慣れない祖母の家から登校すると、初めての礼拝でちいさなイエス様と出会う。友達ができないときも、やっとカズマという友達ができたときも、ユラだけに見えるイエス様はひょっこり現れるが…。
 
 自身の体験を反映させ、奥山監督は21歳の青山学院大学在学中に本作を撮影。自身で脚本・編集・撮影も手掛けている。初監督作品でありながら、非常に客観的な視点で、少年ユラに起こる出来事やユラの心の動きを、セリフではなく、シンプルなショットの積み重ねで静かに、でも確実に観客に見せていく。誰でも子どもの頃に考えたことがある神様について、そして大事な人との別れについて、その記憶を思い起こさせてくれるような優しくも切ない作品。抑制された中でキラリと光る何かをたくさん感じることができる秀作だ。ユラを演じる佐藤結良の自然な演技にも注目したい。
 現在は大手広告会社に勤めながら映像系の仕事を手掛けている奥山大史監督に、映画に込めた狙いや、初監督作でチャレンジした点についてお話を伺った。
 

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■初めて宗教に触れる時の違和感を表現する「主の祈り」エピソード

―――キリスト教の小学校に転校してきたユラにとって、最初の衝撃的な体験はチャペルでのお祈りの時間です。そこで暗唱する主の祈りのエピソードが非常に大きな意味を持ちますね。
奥山: 主の祈りは、最初に宗教に触れた記憶として強く印象に残っています。僕自身、小さい頃にキリスト教の幼稚園へ転園したのですが、賛美歌は、聖書があれば譜面や歌詞が載っているので歌えるのですが、主の祈りはみんなが暗唱しているのに、自分だけその存在すら知らないことがすごく不思議に思えたのです。初めて宗教に触れる時の違和感を表すのに、一番いいと思い、映画に取り入れています。また、まだ主の祈りを覚えていない時は、皆が目をつむって暗唱している間、つい目を開けてソワソワしながら周りを見てしまうのですが、そういう時に小さいイエス様を見つけると面白いのではないか。そこからアイデアが浮かんだのです。
 
 
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■幅広い年代に楽しんでもらうために生まれた小さなイエス様、しゃべらないキャラクターの原点は、カートゥーンネットワークのアニメたち。

―――主人公ユラだけに見える小さいイエス様が色々な仕草をするのが意外性も相まってとても斬新かつユーモラスでしたが、企画当初からのアイデアですか?
奥山: 僕の小さい頃に亡くなってしまった親友に捧げる映画を作りたいという思いから始まった企画なので、小さなイエス様は想定していませんでした。ただ、企画を練り始めると、やはり重くなりすぎてしまい、一体誰が楽しめるのかと立ち止まって考えたのです。子どもから大人まで幅広い方に楽しんでいただける映画にするにはどうすればいいのかと悩んだ過程で、小さいイエス様というアイデアが生まれました。
 
―――イエス様がしゃべらないのも、サイレント映画っぽくていいですね。
奥山: 昔からケーブルテレビのカートゥーンネットワークで放送されていたアニメをよく観ていたのですが、ピンクパンサーやスヌーピー、トム&ジェリーなど、しゃべらないキャラクターが大事なポジションを務めている作品が好きでした。言葉で説明せずに、キャラクターの動きで色々なものを子どもの視点で映していく感じがとても好きなので、今回もユラの視点に合わせてカメラを回し、イエス様も全然しゃべらないようにしています。
 
 
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■電話の音一つでも映画の印象を変えることができる。

―――登場人物もセリフを最小限に抑え、絵で見せる演出が魅力的でしたが、その意図は?
奥山: 言葉では伝わりづらいものを、絵の流れで見せる方が伝わることもある。だから、なるべく状況を説明するのは、セリフではなく、絵や音でつけるようにしました。例えば電話の音一つでも、いくらでも映画の印象を変えることができるのです。最初にカズマからユラにかかってきた電話の音と、嫌な出来事でかかってきた電話の音とでは若干音を変えているんです。今回はそういう音一つ一つの調整をとても大事にしています。
 
僕は『家族ゲーム』が好きなのですが、あの映画もヘリコプターの音だとか、音がすごく良いのです。一回も音楽が流れなくて、「音楽ではなく、音で全てを説明する」という覚悟が見えて、そこもすごく素敵ですよね。それぐらいこの作品も言葉では説明しないように心がけました。
 
―――雪の世界が舞台であることも相まって、静かに、丹念に積み上げられた物語をそっと覗いているような、心がほっと暖かい気持ちになる仕上がりでした。
奥山: どうしても入社前に映画を撮りたいと思うと冬の時期しか時間を取れず、それなら折角だから雪を映したいということで雪の中での撮影に挑みました。撮影中は曇ったり吹雪いたりすることなく、天気に恵まれて本当にラッキーでした。また、最初の方に軽井沢の別荘でユラとカズマが遊ぶシーンを撮ったのが良かったですね。
 
―――映画の冒頭に登場する、障子に穴を開けるのが好きなユラのおじいちゃんも、実際には亡くなっていますが強烈な印象を残します。
奥山: この映画のファーストカットだったのですが、おじいさん役の二瓶鮫一さんと、どんな気持ちで(障子の穴から)覗くかとか、色々な話ができました。この映画を満足いくような形で完成させることができたはじまりだった気がしますね。どんな優秀な監督の現場でも、ファーストカットの直前は皆ピリッと緊張するのですが、そんな中で二瓶さんのような経験のある役者さんがすっと座って、粛々と芝居をしてくれることは、僕らのような自主映画の体制の中で、とてもいい効果を産んでくれたと思っています。
 
―――映画を作るにあたって、心がけた点は?
奥山: 主演者に15歳から25歳の年代は入れないことを、少し意識していました。その年代でお芝居を目指している人はギャラが低くても出演してくれますし、コミュニケーションも取りやすい。上手い役者さんもたくさんいるのですが、そんな方ばかりが出演することで、自主映画っぽさが増してしまうこともあります。身近な学生映画をたくさん見てきたから分かるのですが、あえてそこをしっかり外すと学生映画っぽさをなくせると思ったのです。もちろん子役を起用すると親御さんの交通費もかかりますし、撮影時間の制限もあるのですが、それに勝る映画的なものが撮れると思い、今回は挑んでいます。
 
 
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■子どもに寄りかかりすぎない、年相応のことをしてもらえる演出に。

―――なるほど、すごく納得する部分があります。幅広い年齢層にアプローチすることにもつながりますね。主演、ユラ役の佐藤結良さんについて教えてください。
奥山: 既に演技経験もある子役ですが、ワンテイクの後、「次はこうしてほしいんだけど」と指示を出しても、「うん」とニコッとしてもう一度始まるのを待っている感じでした。でもいざもう一度やると、完璧にこなしてくれる。かと思えば子どもらしいサッカーシーンもすっとやってくれますし、こちらの意図を汲んで芝居をしてくれるんです。撮影時は11歳だったのですが、もう少し大きくなると男の子は大きくなるし、声変わりもしてしまう。だから『誰も知らない』とか『リリイ・シュシュのすべて』など、一瞬の少年のその時代にしかない儚さを捉えたような映画は好きですね。
 
―――演技経験がありながらも、自然な演技で「演じている」ことを意識させないのが、物語のトーンに合って良かったです。
奥山: 子どものお芝居が良くない意味で気になってしまう映画もありますが、それは作っている側が子どもに頼りすぎてしまっている気がするのです。この映画でも頼っている部分はもちろんありますが、子どもに寄りかかりすぎないように、年相応のことをしてもらえるように調整していきました。最初は泣くシーンもあったのですが、撮影していくうちに泣かないことにすることもありました。背中だけでお芝居をすることができる子だったので、なるべく抑えた芝居で一貫させた方がいい。それで感情がふと触れてしまうことが最後に出てくればいいなと思って、演出しました。
 
 
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■食卓シーンの構図で浮かび上がる「おじいちゃんの不在」

―――他にも、ユラのご両親とおばあちゃんを囲んでの食卓シーンが度々登場し、友達ができたのか気になって仕方がない大人たちと、その中で少し居心地が悪そうなユラの姿が、子ども時代の食卓を思い出させてくれました。
奥山: 食卓のシーンの構図では、おじいちゃんの不在感を出せたらと思っていました。4人なので二人ずつ向かい合わせて座ればいいのに、なぜかユラが真ん中のお誕生日席で、おばあちゃんの隣の席が空いている違和感を出せないかなと。僕もおじいちゃんが先に亡くなったので、おばあちゃんの家に行くとおじいちゃんの座る椅子は誰も座らなかったんです。もういなくなってしまった人の椅子をなんとなく残しておく感じは、僕以外の誰か共感できる人がいるのではないかと思って、あえて説明することなく、取り入れています。
 
―――『僕はイエス様が嫌い』というタイトルもセンセーショナルですが、英題は『JESUS』とシンプルですね。
奥山: 僕は今、コピーライターでもありますが、『僕はイエス様が嫌い』というタイトル自身がコピーみたいですよね。タイトルのことで印象的だったのは、マカオの映画祭で中国人の方が非常に熱心に質問してくださり、それに答えた後、ふと気になってタイトルのことを聞いたことがあったんです。というのも、普通は英題を訳すのですが、中国はなぜか日本語タイトルをそのまま中国語訳にしていたので。その時の答えが「『僕はイエス様を信じない』なら嫌だけれど、嫌いになるぐらいイエス様を好きだったということが映画を見て伝わったので、『僕はイエス様が嫌い』でいいと思うし、自分もそう思うことがある」と言ってくださったんです。海外の映画祭で色々なお客さんの反応をいただいていますが、質問は出ても拒絶されることはなかったというのは、イエス様がユラの想像であり、都合の良い神様の象徴でしかないと受け取ってくださっているからだと思っています。
 
 
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■今いるところから死後の世界を覗き見るような行動を、映画全編で表してみる。

―――亡くなった親友に捧げる映画を作り上げた今、改めて思うことはありますか?
奥山: どこかで、友達が死んでしまったことが自分の中で整理できていなかったということに、気づきました。今も整理できたかどうかは分かりませんが、死んでしまったらどこに行くの?とか、なぜ死んでしまうのだろう?とか、なぜいつか死んでしまうことを皆知っているのに普段は忘れて生きることができるんだろう?と。誰もが考えることだと思いますが、僕の場合、早い時期に親友が死んでしまったことで、変に考え込んでしまった時期があり、どこかでそれを引きずっていたことを自覚できた気がします。
 
―――遅かれ早かれ誰もが体験することですが、奥山監督にとって映画を作るということが、自分の体験を捉えなおすきっかけになったのですね。
奥山: もう一つ、映画を撮る過程で思ったのは、死のことを考えるのが怖いから宗教があるのかなとか、自分では操作できないことを受け入れる文化ができたのかもしれないということ。何かを信じるというのはどういうことなのかも考えましたし、宗教とは何なのだろうと。ただ、子どもに「宗教とは?」を語らせる訳にはいかないので、今いるところから死後の世界を覗き見るようなことを、行動としてこの映画全編で表せないかと思い、車の中から外を見たり、踊り場から外を眺めたり、障子に穴を開けたりを繰り返し入れています。誰もが一度は経験したことがあることだと思いますので、映画を見て、何かを感じていただけたらうれしいですね。
 
 
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■見る人が自由に解釈し、「自分の映画だ」と思ってもらえる映画づくりを目指して。

―――ユラが親友のカズマを家に呼んで人生ゲームで遊んだり、ちょっと懐かしい昔あるあるのシーンも楽しかったですが、どんな層にみていただきたいですか?
奥山: 僕はできれば子どもに観ていただきたい、さらに言えば親子で観て、色々話してもらえればうれしいなと思いますし、ゆくゆく映画公開やDVD発売が落ち着いたら、学校の授業でも使ってもらえたらうれしいなと思いますね。
 
障子の先に何が見えたかとか、なぜサッカーの途中でユラが帰ってしまったのかとか、余白を少しずつ残していくことで観る人が自由に解釈し、自分の中で映画を完成させてもらえたら、きっと見た人が「自分の映画だ」と思ってもらえるのではないか。僕自身、映画を観てそう思いましたし、これから、そう思ってもらえる映画作りを目指していきたいです。
(江口由美)
 

 

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<作品情報>
『僕はイエス様が嫌い』(2019年 日本 76分)
監督・撮影・脚本・編集:奥山大史
出演:佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、佐伯日菜子
2019年7月5日(金)~大阪ステーションシティシネマ、7月12日(金)〜シネ・リーブル神戸、8月17日(土)〜京都シネマほか全国順次公開
公式サイト: https://jesus-movie.com/
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