「京都」と一致するもの

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左より、大野裕之氏、デイヴィッド・ロビンソン氏、原田眞人氏、滝田洋二郎氏

「ヒッチコック サイレントからトーキーへ 演出と音を巡っての考察」@第5回京都ヒストリカ国際映画祭 ヒストリカトークレポート(2013.12.6 京都文化博物館)
登壇者:デイヴィッド・ロビンソン(映画史家、ポルデノーネ無声映画祭ディレクター)、原田眞人(映画監督、映画評論家)、滝田洋二郎(映画監督)、大野裕之(チャップリン研究家)

 

~幻の名作『恐喝[ゆすり]』サイレント版の感動と共に!ヒッチコックからサイレント映画の魅力まで語り明かす~


historika13-yusuri-1.jpg12月8日(日)まで京都で開催中の第5回京都ヒストリカ国際映画祭で、12月4日(水)に「ヒストリカ・クラッシック」特集の一環として1929年のアルフレッド・ヒッチコック作品『恐喝[ゆすり]』サイレント版(修復版)が、MOVIX京都で日本初上映された。ピアノ伴奏にサイレント映画伴奏者の松村牧亜さんを迎え、ヒッチコック流サスペンスが、控えめながら非常に効果的な伴奏によって私たち観客に驚きや感動を与えてくれた。ヒロインがシャワー室で格闘の上殺人を犯してしまうシーンや、ラストの大英博物館での迫力あるシーンなど、サイレントならではの表現の豊かさを再認識させられる本当に貴重な機会となった。

 上映後、京都文化博物館で「ヒッチコック サイレントからトーキーへ 演出と音を巡っての考察」と題したヒストリカトークが開催され、特別ゲストとして海外より映画史家、ポルデノーネ無声映画祭ディレクター、デイヴィッド・ロビンソン氏が登壇した他、映画監督、映画評論家の原田眞人氏、映画監督滝田洋二郎氏が登壇。チャップリン研究家の大野裕之氏の司会で、『恐喝[ゆすり]』サイレント版を観た感動そのままに、ヒッチコックや『恐喝[ゆすり]』サイレント版の魅力、サイレント映画とトーキー映画の違い、映画における音楽の役割について濃密なトークが展開した。映画ファンや映画を勉強する人にはまさに必見の貴重なトークの模様をご紹介したい。

 


―――ご自身の映画づくりにおいて、ヒッチコックに影響を受けている点や好きな作品は?
historika13-12.4-4.jpg滝田洋二郎監督(以降滝田):演出部に入った時から、ヒッチコックは一番模倣しやすい監督だと思っていました。自分が責任を持って映画を撮るようになり、『サイコ』のシャワーシーンを真似て撮っているうちに、真似だけではダメだということを学びました。ヒッチコックは作り物を面白がるというか、「映画は見世物である」という一面を表現しているところに強く惹かれます。また、観客を惹きこむ演出が特徴です。ヒッチコックのショットをそのまま真似ることは映画の入門編としてとても助かりました。ブライアン・デ・パルマの『キャリー』や『殺しのドレス』もヒッチコックの影響を受けていますから。今は模倣しながら自分のやり方を模索している状況です。作品では『サイコ』が好きですね。名画座やビデオで見出した時に最初に観た印象が強いですね。『裏窓』とか、映画は作り物だとぬけぬけとやってしまうところは面白いなと思いました。

historika13-12.4-3.jpg原田眞人監督(以降原田): 5年前から日本大学国際関係学部で映画を観ない学生たちに映画のことをいろいろ教えています。日米比較文化論ではエリア・カザンの自伝を読ませたり、最後の2年間はヒッチコックの『レベッカ』以降(アメリカ時代)を教えるため、私ももう一度『レベッカ』以降の作品を時代順に見直しました。ヒッチコックに関する書籍も7割ぐらい読み、「こういう汚い親父だからこういういい映画を作れたんだ」ということがだんだん分かってきて、今は愛憎入り混じる関係ですね。僕が大好きなヒッチコックの作品2本は、昔大嫌いだったけど今は一番好きな『めまい』と『汚名』です。

今日久しぶりにヒッチコックのサイレント映画を観て、すごく驚きました。トーキーよりサイレントバージョンの方が貴重かもしれません。後々ヒッチコックが使っている全ての面がこの作品の中にあります。ヒッチコックの作品で一番重要なのは「母の寝室」で、アメリカ時代の『レベッカ』以降の作品全部で使っています。『恐喝』では、ヒッチコックの元の家の構造とおぼしき家にヒロインが住んでおり、玄関からすぐの階段で2階に続いているのは『サイコ』にも共通する構造です。ヒッチコックは5歳から30歳まで家に帰ると、すぐにこの階段を上って母の寝室に行き、その日に起きたこと全てを寝室で母に話しています。全ての物語の根源は、母に語った話から入っているので、ヒッチコックの映画は『レベッカ』以降、「寝室における告白のドラマ」になっているのです。『めまい』や『汚名』はまさにそうですね。

 

―――今日上映された『恐喝』サイレント版の魅力とは?
historika13-12.4-2.jpgデイヴィッド・ロビンソン氏(以下デイヴィッド): 『恐喝』のサイレント版は映画史的に非常に重要な作品です。『恐喝』はイギリス映画史上最初のトーキー映画で、1929年当時はまだ映画館にトーキーの施設がなかったので、映画会社としてはサイレント版を作らねばならなかったのです。サイレント版の存在はずっと知っていましたが、今日初めて、しかも京都で観ることができ、トーキー版より断然素晴らしかったです。当時トーキー版は新しいサウンドの使い方に心を奪われたのですが、サイレント版はそういった音がないことで、映画の構造的な良さが浮かび上がっています。

サイレント映画は見た目が非常に重要です。例えば、殺人のシーンではたくさんの絵が飾られていますが、それらがとても印象的で迫力があります。その間ずっと字幕が出てこないというサイレント映画の強さを感じます。サイレント期から近年までずっと活躍し続けた大女優、リリアン・ギッシュは、「サイレント映画は素晴らしい。映画史は回り道をして、サイレント映画を再発見している」と語っています。映画監督の誰がベストかといったときに、ヒッチコックやフリッツ・ラング、溝口健二、ハワード・ホークス等色々な名前が上がると思いますが、必ずサイレント映画で修業を積んだ映画監督の名が上がるはずです。サイレント映画の重要さ、そこに尽きるのではないでしょうか。

サスペンスという言葉は恐怖映画などと結びつけて語られますが、実際はもっと一般的な言葉なのです。例えば本を書く時や、ロマンチックなシーンにも使われる言葉で、一言でいえば「次何が起こるか、お客さんに期待を持たせる」ことなのです。ヒッチコックはその点で天才であり、「次に何が起こるのか」と常に思わせるような映画を作っているのです。

滝田:トーキー版を先に観たのですが、80年以上のものを修復した技術もすごいと思いますし、1929年時点でヒッチコックのスタイルがすでに確立されているなと感じました。1927年の『リング』と比べても技術的、映画思想的に成長していますね。30年代のトーキー時代を見据えて力をつけていたのだと思います。サイレントの方がより映画に対して能動的になれ、想像しながら観ることができる気がします。今は情報過多の時代ですが、そういう中ではより人間は受動的になってしまい、極端にいえば思考停止に陥ってしまうのではないかと。ですからサイレント映画は音や声を全て想像できますし、全シーンに集中できて刺激的です。映画とは個人のものなのだと思いました。

原田:映画を学ぶ若者たちは、小津安二郎を含む名監督たちをサイレントから順に観ていき、彼らがどれだけ表現術をサイレント時代に勉強し、その後トーキー時代に入ったとき語り口がどうなっていくのかを学ぶことが一番いいのではないかと、サイレント版を観て思いました。ヒッチコックに関して一般的に誤解されていて、かつそこに罠があるのは、かつて彼がよく言っていた言葉「脚本を書く前に、自分の頭の中に青写真ができている」です。これは嘘で、そう言えるのはヒッチコックがサイレント時代の人だからなのです。ヒッチコック自身が一流の脚本家を面接して雇い、彼らが書いているときにヒッチコックの頭の中には音楽や台詞はなく、映像表現しかないので、トーキー時代になってからはそれが欠点として出てきました。無防備に台詞が説明のところに入ってしまう、今の脚本家だったら絶対やってはいけないことをしています。

ただし『恐喝』もそうですが、これだけ字幕のないサイレント映画があっていいのかというぐらい、字幕が出てこず、一言一言がよく練られています。「サイレントなんてもう観なくてもいい」と思っていましたが、ヒッチコックの表現力の高さや、巨大建造物(大英博物館)の図書館の中に入っていくショットなど、アイデアとして後々使っていることを試していて、びっくりしました。

 

―――映画作家から見たサイレント映画とトーキー映画の違いとは?
historika13-12.4-5.jpg滝田:サイレント(『恐喝』)は字幕も最小限だったので、日頃のシナリオは語らせすぎではないかと思ったり、動きでも最後まで決着させようとしてしまいますが、見ただけで次を想像させるショットが重要になってきます。ヒッチコックは特にそういう見せ方が上手かったと思います。サイレントで映画が撮れるかどうか、京都にいる間に考えてみます。

原田:映画監督にとって一番大きな変化は、サイレントからトーキーになったときと、モノクロからカラーになったときで、それぞれの時期を体験した監督たちはものすごく葛藤したわけです。映画はしゃべってはいけないものだと思っていたので、ジョン・フォードやハワード・ホークスも抵抗がありました。なぜかといえば、サイレント時代に映画を作っていた人は、役者たちが台詞をしゃべれないことを分かっていたのです。サイレントのトップスターもひどい英語を喋っていたものですから、トーキーになってしまったら生き残れない。

ヒッチコックに関していえば、サイレントからトーキーを乗り越え、さらにカラーになったときに、ロバート・バークスという素晴らしいカメラマンを迎えています。名監督は時代の波を乗り越えて、豊かな表現をしていきます。ヒッチコックは、モノクロでの色の使い方もすごかったし、カラーになってからの色の使い方もすごかったです。モノクロの光と影の使い方で言えば、作品的評価はあまり高くないですが『パラダイム夫人の恋』の影の使い方は素晴らしいです。『恐喝』でも最後に自首することを決めたヒロインがすっと立ち上がったときに、影がどう出るか。そこはすごかったですね。

 

―――映画における音楽の役割とは?
滝田:『恐喝』サイレント版を観て、僕たちは音楽も含めて説明過多になりすぎていると感じました。音楽を強くあてることで、感情がもっと伝わりやすいと思うけれど、実はそうではないことに改めて気付かされました。サイレント映画というのはいつも違う音楽をつけることができる、まさにライブみたいなものであることが新鮮でしたね。今の映画音楽は相当商業的な面もあり、音楽にお金をかけることができるときはかけたいし、サントラ盤を出さなくてはいけないということも、ついやってしまいます。ただ、音楽が映画の顔になることもあるので、いろいろなケースがあっていいのかなと思います。

原田:僕はカーペットのように敷き詰めた映画音楽は大嫌いで、基本的にはチャップリンが考えた対位法が重要だと思っています。悲しい場面で悲しい音楽を流すとやりすぎてしまい、オーバーアクトと同じになってしまうので、反対の表現にいくことをいつも考えます。自分の一本の作品でどれぐらい音楽が使われているかを毎回チェックしているのですが、昔は2時間の作品で40分ぐらい音楽が流れていました。直近の『わが母の記』では20分弱で、最近どんどん音楽を減らしています。どうしてもクラッシックや本当に聞かせたいところで心に響くようなもの、僕自身も聞きたいものを意識していると、(音楽の)時間が短くなってきましたね。

デイヴィッド:サイレント映画とは創生期から映画の上映時には必ず音楽がついていますし、音楽はとても重要です。この20年間ポルデノーネ無声映画祭をやっていますが、音楽家を重要視し、常にミュージシャンやオーケストラに頼んで、音楽をつけてもらっています。映画自身のテンポがスローな時もあるのですが、サイレント映画音楽第一人者のニール・ブランドさんに頼んで、それに音楽をつけてもらうと素晴らしい傑作に甦るのです。

『恐喝』サイレント版の松村牧亜さんによるピアノ演奏も非常に素晴らしかったです。普通音楽をドラマチックにしてしまいがちですが、押さえたトーンで画面を活かす形で演奏されていました。牧村さんは、7,8年前にポルデノーネ無声映画祭のマスタークラスに参加された方です。サイレント映画伴奏の音楽家を育てるクラスで、プロフェッショナルの音楽家が集まって1週間レッスンやレクチャーが行われるわけですが、そのクラスを経て、こうやって彼女と京都で再会でき、本当にうれしく思います。

 

―――最後に一言ずつお願いします。
滝田:フィルムがなくなり、映画監督として腹立たしさや苛立ちがあると同時に、こうしてデジタルの力で何十年も前の映画をとてもいい状態で、しかもスクリーンで観ることができるのは非常にいいことだなと実感しました。修復された昔の名作を、映画館で自分と対話して観るのが映画の原点だと思います。まずは映画館で映画を観る習慣や機会をどんどん増やしていってほしいですね。

原田:とにかく若い世代にクラッシックを観てほしいという想いがありますね。今はDVDやブルーレイで自分が良いと思った監督の作品を時系列で辿れます。時間的な流れの中で、かつての作り手がどういうことを表現しよう試み、それを我々が次の世代にどう伝えていくのか。若い世代はそれをどう感じ、どう伝えてくれるのか。伝統を引き継いでいくことは、映画の中ではとても重要だと思います。

デイヴィッド:私は昨日京都に着いたばかりですが、京都ヒストリカ国際映画祭で観たどの映画や演奏も素晴らしく、ここにいることが大好きです。唯一気になることは、せっかくの素晴らしい上映も空席があるために、見逃している人が大勢いるということです。今日参加されたみなさんはお友達に伝えて、明日からは空席がなくなり、より多くの人に素晴らしい上映を観る体験をしていただきたいです。
(江口由美)

 

『第5回京都ヒストリカ国際映画祭』へ行ってきました。

(2013年11月30日(日)~12月8日(日) 京都文化博物館、MOVIX京都、T・ジョイ京都にて開催)

historika13-pos.jpg時代劇大好きな私にとって、世界の時代劇だけを集めた映画祭なんてこんな嬉しい映画祭はない。今年も大阪から京都へ足を運んで楽しんでおります。新作のラインナップも珍しい作品が多く、どれも面白い! 旧作にいたっては、幻のフィルムを発掘・復元して、この映画祭で初上映するという、大変貴重な上映会が開催されています。でも、あまり認知されていないのか、世界的にも稀有な映画祭にもかかわらず満席には至っていないのは、実に勿体ない! 映画ファンにとっては驚きの発見と感動を楽しめる『京都ヒストリカ国際映画祭』を、是非一度体験して頂きたいと思います。

 

【鑑賞日記】


 

12月1日(日)

①『ハックルベリー・フィンの冒険』 (日本初上映)(2012年 ドイツ 100分)

hakku-1.jpgトム・ソーヤーとの冒険で財宝を手にしたハックルベリー・フィンが、大きな代償を支払ったものとは? それは自由。黒人奴隷のジムに向かって、「お前はいいな、自由で」などと言いながら、大きな家、清潔なベッドに上等な服など全く意にも介さず、時々脱走しては、トムと走り回って遊ぶ日々。ところが、行方不明だったハックの飲んだくれで乱暴者の父親がハックの財産を嗅ぎ付けハックを脅迫。その恐怖でハックは家出をし、同時に、サーカス団に売り渡されそうになったジムも逃走して、二人で自由の新天地オハイオを目指して逃避行することになる。

お馴染みマーク・トウェイン原作の物語は、19世紀のミシシッピ川に沿ったアメリカ中部の自然や街や社会状況を題材に、欲深い大人たちに翻弄されながら少年と黒人奴隷との友情と信頼を描いている。ハックとジムのキャラクターののびやかさと共に、美しい映像にわくわくしながら惹きこまれた100分でした。12/5(木)13:00~にも上映があります。

 

②『風と共に去りぬ!?』 (2012年 韓国 121分)

kazeto-1.jpg朝鮮王朝の後期、氷が金よりも価値があった時代のお話。『猟奇的な彼女』や『ハロー!? ゴースト』など人情味あるコメディがお得意のチャ・テヒョンが智略を巡らせ、数々のTVドラマや映画『第7鉱区』などで女性ファンも多いイケメン、オ・ジホが武闘を担い、陰謀渦巻く朝鮮王朝の悪重臣たちと氷をめぐる争奪戦は、山をも動かす勢いのある映像と迫力で楽しませてくれた。主役の二人以外に、爆薬や穴掘り、輸送や七変化盗みなど、いろんな分野のプロ9人が加わり、総勢11人のチャーミングな集団は、『オーシャンズ11』ばりに悪人から氷と宝を見事に強奪してしまう。なんともユニークな痛快活劇だこと! 12/8(日)11:00~にも上映があります。

 

③『ピー・マーク』 (2013年 タイ 113分)

na-ku-1.jpgタイ版「四谷怪談」とも言えるタイでは最も有名な怪談話。難産で死んだナーク夫人の悲劇という実話を基に何度も舞台化・映画化がされてきたという。2001年公開の『ナーン・ナーク』で初めてその話を知ったが、美男美女の夫婦に鮮烈な映像がより一層恐怖を盛り上げ、最後は切なさで泣けて泣けて仕方なかった。そのナーク夫人の悲劇をコテコテのコメディに仕立て上げたのが『ピー・マーク』。4人の戦友とマークのボケぶりが半端じゃない! 抱腹絶倒のまま決着つけるのかと思いきや、最後はこれまた泣けて泣けて仕方なかった。今回の涙は、マーク役のマリオ・ラウラーの純真さ満開の童顔で哀切極まりない熱演につられてしまったせいだと思う。あ~恐るべし、タイ映画!? 12/7(土)17:00~上映とバンジョン・ピサンタナクーン監督(『心霊写真』『アンニョン!君の名は』)によるティーチインがあります。

 

いや~充実した3本立てでした♪

 

(河田 真喜子)

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★オープニングは東映京都作品『利休にたずねよ』(2013年11月30日(土))


historika13-11.30-5.jpgゲスト:田中光敏監督、原作者の山本兼一氏


   “世界でただひとつ”の歴史映画祭、第5回京都ヒストリカ国際映画祭が11月30日、京都駅前のT・ジョイ京都と京都文化博物館で始まり、T・ジョイ京都ではオープニング作品の東映京都『利休にたずねよ』(田中光敏監督)が上映された。上映に先立ち、原作者の山本兼一氏と田中光敏監督が「利休の生き方、その時代」と題したトークショーを行い、イベント・ナビゲーター・飯干景子さんと京都の映画らしい撮影裏話などを披露、満員の観客にアピールした。

 

 

 


―――映画化が難しい内容ですが、原作者として不安は?
山本兼一氏: 田中光敏監督は僕の『火天の城』の時、よく読み込んで作って下さっていたので心配してなかった。原作は時代を遡っていくのでそのままでは出来ないだろうなと思っていたので、自分でも楽しみにしていました。

rikyu-1.jpg―――映画化した監督はいかがでしたか?
田中光敏監督:09年の直木賞だし、お宝預かって越えられないぐらい大きな山でした。どうしたらいいのか、考えました。
山本氏:脚本をなかなか見せてもらえなくて、撮影直前でやっと見せてもらえた。
田中監督:自分で納得出来るまで見せられなかった。(原作は)これまでの利休像を覆して頂いた。若い時代の利休が魅力的でした。 
山本氏:普通、原作者が脚本読んで「いい」というのはあり得ない。映画と小説書くときには違いがある。

―――登場人物は相当削ぎおとしていますね。
田中監督:山本さんの文章は素晴らしいんですが(映画で)役者が全部言うと陳腐になる。余白と間(ま)をつないで頂きたい。この映画では、茶碗はじめ本物がたくさんでてきます。ヨーロッパからの献上品のベネチアン・グラスも本物をお借り出来た。東映京都撮影所では6年ぶりの作品。時代劇へのスタッフの思いがひとつにまとまった映画です。場所、道具、時代劇の本場・東映京都撮影所、中でも大部屋の力が大きかった。大部屋の人たちはマイかつら、マイ着物ですからね。そういう人たちがしっかりと周りを固めてくれた。  

rikyu-6.jpg―――注目は市川海老蔵さんですが? 
田中監督:あの人はやっぱり天才ですね。群衆シーンで大部屋俳優さんだけでは足りなくて、エキストラに2~30人来てもらったら海老蔵さんは「あの人たちはどこから来たの?」と聞いていた。着物の着方、所作、時代感を見て一瞬で感じるらしい。そういう人たちには「海老蔵さんの後ろに入って」と指示しました。

―――山本さんは書いてる時から海老蔵さんを意識しました?
山本氏:映画化するならぜひ海老蔵さんで、と思ってました。小説では利休はパッションの人ですからね。たぎるような情熱を内に秘めた人でないとダメだ、と。利休の19歳から70歳までと幅がありますから、ベテランの方だと若い時代を別の人にやってもらわないといけないが、海老蔵さんなら若い頃も無理なく出来る。最後は特殊メイクにしましたが。

―――情熱的な利休像には驚きます。
山本氏:利休というと、これまでのは、枯れた老人が一人静かにお茶を点てている、という地味なイメージだった。そんなはずはない、と思った。あんなに隆盛を極めた利休の茶にはもっと艶があったに違いない。
田中監督:原作からひしひし伝わってきますね。

rikyu-3.jpg―――市川)團十郎さんも出演されていて、貴重な親子共演になりました。
田中監督:最初で最後ですね。團十郎さんは体調の問題で南座を降板する1週間前に映画に出ていただいた。海老蔵さんには親子でも師匠だから、立ち位置で問題があった。團十郎さんが座って「さあどうぞ」という場面で、海老蔵さんが真ん中に立っている。これでは「迎え入れることにならないのではないか」と。(歌舞伎)役者はセリフを具体的、肉体的に考えている。親子でも師匠には「言えない」と言ってました。海老蔵さんは年老いた利休を團十郎さんにやってもらいたかったようでした。 
山本氏:セットで海老蔵さんは私をにらんでました。あの人ぐらいになると片一方の目だけでにらむことが出来るんですね。一瞬でしたが「フツーの人じゃないな」と思いました。
田中監督:海老蔵さんとは初めてでしたが、私は鈍感なのでにらまれても分からなかったかも。ただ、いつも舞台の真ん中にいる方なので照明の当たり方が違う。私たちはカメラとレンズの位置を頭に入れて「フレームの中どうお芝居をしてもらえるか」。ステージとの違いをどう説明するか、でしたね。

historika13-11.30-4.jpg―――完成してみたらいかがでしたか?
田中監督:スクリーンの中で(海老蔵さんは)素晴らしいエネルギーを放っていた。「一体何なんだ、あの人は」という感じですね。 
山本氏:所作、着物のさばき方ですね。海老蔵さんは「客によって“点て方”を変えたい」と言っていた。緊張した時、和やかな時によって違うのは当然だし、その微妙な茶筅(せん)の音をマイクが拾っていて音が違っている。
田中監督:海老蔵さんだけじゃなく、中谷美紀さんも1年2か月前からお茶のけいこを始めていて、撮影に入ると「(海老蔵さんの)お点前を貸してほしい」と頼まれた。中谷さんは「利休に点て方が似ていないと愛が伝わらないでしょう」と。 海老蔵さんは1年前からお茶を師匠について習い、本物の黒楽茶碗でおけいこしています。あり得ないことですよ。映画でも本物の黒楽茶碗を貸してもらってます。
山本氏:今は貴重なもので高いけど、当時は普通に使われていた。だから(映画の中で)恐る恐るやってはいけない、と準備してたんですね。俳優さんたちの努力で生まれた映画ですね。
田中監督:「京都で撮れた」のが大きなファクターですね。ほかでは出来ない。京都の歴史ある場所で、その中に千利休とその文化を守ろうという気持ちがあった。映画をやっていて利休の凄さが分かった。利休が削った茶杓もあったし、黒楽茶碗は今なら「プール付きの家が買える」ぐらいの値打ちもの。本物の持つ力が映画を支えています。ロケもそうです。南禅寺の山門をはじめ、大茶会も三井寺、上賀茂神社、神護寺、大徳寺の山門…東映京都撮影所が70年ぶりに使った場所もありました。

―――オープニングの嵐のシーンをはじめ原作に忠実でした。
田中監督:最初のシーンが好きで、そこで“利休ブルー”というか全体のトーンを決めました。人の肌、光が白く見える照明で、“おもてなし”の心を表す言葉から入った。 ぜひともワンカットでやりたかったんですが、現場が実現してくれた。

historika13-11.30-2.jpg―――映像が美しく、人物もセリフも削ぎおとされていました。
田中監督:撮影、美術、照明、音楽、演技も当然ですが、全部が足し算になりました。映像ですべて作り上げました。
山本氏:実にいい言葉を選んでくれましたね。私は5回見ました。5回目はモントリオールで、見ている人の息遣いが伝わってきました。最初に監督にクレームつけたセリフも「これでいいな」と。利休の美しさは、スタジオ見学した時に穏やかな照明になっていて「これはいい映画になる」と確信した。利休の美意識、美はすべて見せるわけじゃなく、利休の周りの人たちがどう受け止めたか、それを積み重ねることで、言葉なしで「こういう世界がある」と分かる。美はそれ自身が持つ力よりも見る人の心の中にある。見る側の気持ちに関係してくる。利休以外の人の表情にも現れている。

―――映画の中で重要な位置を占める「字」を書いて下さった「漢字作家」の木下真理子さんに来て頂きました。
木下真理子さん:日本の書のスタイルは中国からのものと、この時代は混在していましたけど、日本独自のスタイルを作っていった。
田中監督:映画ではずいぶんたくさん書いて頂きました。
木下さん:“ちらし書き”という、行頭を不揃いにする配置法にしました。美の追求は時間がかかること。気持ちの持ち方、魂、精神力が到達するもの。この映画で美しさに触れてもらいたいですね。
田中監督:茶の湯は静かな世界だけど、利休は情熱の人だった。利休の美は「恋から始まった」ということをゆっくり味わってください。
(安永 五郎)

 

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「映画の新しい才能の発見と育成」「映画の新しい環境づくり」をテーマに、1977年にスタートし、今年35回を迎えたぴあフィルムフェスティバル。今までコンペティション部門「PFFアワード」からは、園子温監督、矢口史靖監督、李相日監督、内田けんじ監督、石井裕也監督ら、100名を越える映画監督を輩出し、日本映画の登竜門的役割を果たしているぴあフィルムフェスティバルが、今年は関西2都市(京都、神戸)で連続開催される。京都は京都シネマにて12月7日(土)~20日(金)の2週間一日一回上映、神戸は神戸アートビレッジセンターにて12月21日(土)~23日(月・祝)の3連休の開催。多彩なゲストトークも予定されている。

メインプログラムの自主映画コンペティション部門「PFFアワード2013」では、入選作品16作品を一挙上映。招待作品部門では、「知らなかった!」と題して、プレミア上映を含む、新作4本を紹介する。また、京都限定企画「さよなら?8mmフィルム」では、8mm映写機を持ち込み、現在活躍する監督たちの自主映画作品を貴重なフィルム上映するという、PFFでしか味わえない贅沢な企画も開催予定だ。


【コンペティション部門】


本年度511本の応募作の中から厳選された、入選作品16作品を上映。これまでの「自主映画」のイメージを完全に覆す、"自由"で"エンターテインメント"な作り手の個性と思いの溢れる傑作たちはどれも要注目の必見作ばかり!

35th_PFF_夜とケイゴカー.jpg『夜とケイゴカー』 監督:市川悠輔   PFFアワード2013グランプリ 
→茨城の田舎町を舞台に、観客を想像外の境地にいざなうロードムービー。
第26回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門で特別上映。
<監督&キャスト来場予定>

『山守クリップ工場の辺り』 監督:池田暁  PFFアワード2013審査員特別賞 
バンクーバー国際映画祭でグランプリを受賞した、少しダークなファンタジー。
 釜山国際映画祭、ソウル・インディペンデント映画祭にも出品。
 <監督&キャスト来場予定(神戸会場のみ)>

『女島』 監督:泉谷智規   PFFアワード2013審査員特別賞&ジェムストーン賞(日活賞) 
本年度唯一の関西出身監督作品。最終審査員の森山未來も絶賛した大活劇。
 <監督&キャスト来場予定>


【招待作品部門】
<企画1「知らなかった!」>


こんな世界があるなんて知らなかった!各会場でのプレミア上映を含む、驚きの4作品を上映。

35th_PFF_『A2-B-C』.jpg『A2-B-C』 ※両会場で上映
監督:イアン・トーマス・アッシュ <監督来場予定>
テレビや新聞では報道されない、フクシマの子供たち・母たちを記録した驚愕のドキュメンタリー。世界各国の20を超える映画祭で続々上映!
ニッポンコネクション(ドイツ)「ニッポン・ビジョン賞」、グアム国際映画祭「BEST OF FESTIVAL賞」、人権映画祭(ウクライナ)「ドキュメンタリー・グランプリ」

『シュトルム・ウント・ドランクッ』 ★京都会場だけのプレミア上映
監督:山田勇男 <監督来場予定>
山田勇男監督10年ぶりの長編作品。鈴木清順監督も映画化を望んでいたという、
実在のアナキスト集団「ギロチン社」を描いた作品。

『なにもこわいことはない』 ★神戸会場だけのプレミア上映
監督:斎藤久志
ひと組の夫婦の穏やかな日常に潜む孤独やエゴを描き出したドラマ。
第26回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門出品。

『ゼンタイ』 ※両会場で上映
監督:橋口亮輔
橋口監督が、全身タイツ愛好家たちのオフ会と日常を描いた、愛おしきオムニバス・コメディ。東京で大ヒットを記録し、全国拡大公開中。


<企画2 「さよなら?8mmフィルム」>★京都会場だけの特別企画


園子温監督、矢口史靖監督ら、現在第一線で活躍する映画監督たちの自主映画時代の傑作を、8mm映写機を持ち込み、上映する貴重なチャンスをお見逃しなく!

35th_PFF_俺は園子温だ!.jpg『スバルの夜』 (1979年) 監督:山田勇男
『俺は園子温だ!』 (1984年) 監督:園子温
『愛の街角二丁目三番地』 (1986年) 監督:平野勝之
『夕辺の秘密』 (1989年) 監督:橋口亮輔
『雨女』 (1990年) 監督:矢口史靖
『五月雨厨房』 (1993年) 監督:中村義洋


第35回ぴあフィルムフェスティバル公式サイトはコチラ 

escape-550.jpg『エスケープ 暗黒の狩人と逃亡者』@【第5回京都ヒストリカ国際映画祭】にて上映

 

原題:Flukt
(2012年 ノルウェー 1時間22分)
監督:ローアル・ユートハウグ
撮影:ジョン・クリスティアン・ローゼンルンド
出演:イングリッド・ボルゾ・ベルタル、イザベル・クリスティーネ・アンドレアセン、ミッラ・オリン、ビョルン・モーアン、トビアス・サンテルマン


 ~急峻なフィヨルドの山々を舞台にした、凶暴な女山賊から逃げる少女の勇気と優しさ~

 


 

 昨年の《第4回京都ヒストリカ国際映画祭》では、とても珍しい時代劇映画が見られた。中でも、13世紀初頭イングランドのロチェスター城を舞台にしたマグナ・カルタ(大憲章)調印後のジョン王と貴族たちとの攻防戦を描いたイギリス映画『アイアンクラッド』や、ロマノフ王朝誕生直前の1612年、ロシア征服を目論む大国ポーランド軍との迎撃戦を描いたロシア映画『1612』は、知られざる歴史上の激戦をダイナミックな史劇アクションとして大いに楽しめた。

escape-2.jpg  今年の新作の中で特にオススメしたいのはノルウェー映画『エスケープ 暗黒の狩人と逃亡者』である。『ハンガー・ゲーム』のように少女が強敵と戦うストーリーだが、弓矢も射られなかったような少女が無慈悲な山賊から必死で逃げて、逃げて、さらにある約束を守るために復讐するというサバイバル・スリラー・アクション。『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』などハリウッド超大作のVFXスタッフが創り出すリアルな映像は、フィヨルドで有名なノルウェーの大自然の冷気を感じさせるほどだ。少女と山賊たちとの手に汗握る死闘に終始圧倒される。

 


 

【STORY】

escape-3.jpg  14世紀のノルウェー。ヨーロッパ全土を恐怖に陥れたペスト大流行の10年後。無法地帯となった街を離れ、家族4人で新天地を求めて旅をしていた一家。真新しい墓が点在する高原に差し掛かった時、いきなり母親に矢が突き刺さる。現れた山賊に父親はナタで切り殺され、荷台に隠れていたシグネ(イザベル・クリスティーネ・アンドレアセン)は弟を逃がそうとしたが、弟も射殺される。ドグマ(イングリッド・ボルゾ・ベルタル)という女を頭とする山賊にシグネは囚われの身となり、山奥のねぐらへ連れて行かれる。そこにはフリッグという幼い女の子がいて、ドグマに娘のように可愛がられていたが、どこか不安そうな表情をしていた。

 明け方フリッグがシグマの縄を解いている処をドグマに見つかってしまう。シグマはフリッグを連れて逃走する。ドグマは気が狂ったようにフリッグの名を叫びながら、他の山賊たちと追いかけてくる。必死で逃げる、逃げる。ようやく人家を見つけ村人に助けられるが、すぐさま山賊に襲われる。そして、岩山に追い詰められたシグネは深い滝口へと消えて行く……。

 

 


 

 

 かつて村で娘と暮らしていたドグマは、井戸に毒を入れた犯人にされ、娘共々川へ突き落される。娘を殺された恨みから、ドグマは山賊となって村人を襲っているという。ドグマの悲惨な過去は、ヨーロッパ全人口の三分の一か半分が死亡したとされる14世紀のペスト大流行当時、ペスト羅患率が低かったユダヤ人が迫害されてきたことに似ている。人が人を悪魔にしてしまう恐怖が本作には底通しているからか、悠久の大自然の中に生きる人間の悲哀を感じさせる。

 

(河田 真喜子)

 

 

nataly-550.jpgオドレイ・トトゥ主演映画『ナタリー』のステファン・フェンキノス監督の【①トークショー】&【②爆笑インタビュー】レポート

 

ゲスト:《大阪ヨーロッパ映画祭》上映作品『ナタリー』のステファン・フェンキノス監督

 

原題: La délicatesse(Delicacy)
(2011年 フランス 1時間48分)
原作:ダヴィド・フェンキノス
監督:ダヴィド・フェンキノス、ステファン・フェンキノス
出演:オドレイ・トトゥ、フランソワ・ダミアン、ブリュノ・トデスキーニ

  


  ~自信の持てない人必見! 外見じゃない、中身だよ人間は。~ 


  【STORY】
最愛の夫フランソワを亡くしたナタリー(オドレイ・トトゥ)は、3年後、悲しみを乗り越え仕事一筋に働いていた。ある日部下のマーカス(フランソワ・ダミアン)にいきなりキスをしてしまう。よりによって社内でも存在感のない、いかにも女性にモテそうにない、ダサいセーターを着たマーカスに!? 無意識にキスをしてしまったナタリーだが、マーカスと芝居を観に行ったり、食事に行ったり、散歩したり……いつしか他の男性にはないマーカスのユーモアとデリカシーを併せ持つ性格に惹かれて行く。採用の段階からナタリーに気があった社長を始め、そんな二人に驚く周囲の人々。だが、マーカスの飾らない人柄に癒されて、ナタリーは本当の意味で人生を前向きに生きて行けるようになる。

『アメリ』で全世界を魅了したオドレイ・トトゥ主演のラブコメは、モテないと思っている男性たちに勇気と希望をもたらす感動作だ。皆に愛されていたチャーミングなナタリーの心を射止めたのは、思いっきりダサくて地味なマーカス。でも、人は外見ではない。一緒に居て落ち着ける人、想いや価値観が同じ人がいい、相手を想いやる優しさと誠実さのある人が一番いい!

nataly-di3.jpgそんな気持ちにさせる映画『ナタリー』を、原作者でもある弟のダヴィド・フェンキノスと共同脚本・共同監督したステファン・フェンキノス監督が、大阪ヨーロッパ映画祭のトークショーに登場。本作が長編映画第一作目となる監督は、どんな質問にも快く応えてくれて、ちょっぴりオタクっぽい、そうマーカスに似た面白い人だった。そんなマーカスに共感したのか、5人の質問者はみな男性ばかりだった。

 


【①トークショー】(2011/11/16 うめだ阪急ホール)


  Q:時間の経過がハイテンポなシーンと、じっくり描いたスローテンポなシーンがあったが?
監督:
この映画は弟のダヴィドが書いた小説の映画化で、映画では短くしなければなりません。特に最初の方は、時間の経過を字幕で表現したくなかったので、ワンシーンのビジュアルで表現しています。それは、見ている人は時間の経過を理解してもらえると思ったからです。8年間の出来事を1時間40分程度に収めるための工夫です。

nataly-di1.jpgQ:ユーモアの効いた力強い作品でしたが、脚本の段階でオドレイ・トトゥの出演は決まっていたのですか?
監督:
 オドレイ・トトゥについて語るのは大好きです!(笑)。原作を読んで、「こんなストーリーを待っていたんだ!」とすぐに映画化を決めました。私たちの世代ではオドレイ・トトゥは最も優秀な女優として大人気なんです。彼女を主演に映画を撮るのが私たちの夢でしたから、脚本の段階からオドレイ・トトゥを思いながら書きました。彼女が私たちを信頼してこの仕事を引き受けてくれて、本当にラッキーでした。

Q:オドレイ・トトゥの魅力は?
監督:
 コメディでもシリアスでも何でもこなせる理想的な女優。彼女自身が芸術作品のようです。素晴らしいワインやファッションのように、常にモダンで次元を超えた存在。とても慎み深く……でも、こんな褒め言葉を言うと彼女は嫌がると思います。

 

nataly-di2.jpgQ:エミリー・シモンの曲を使った理由は?
監督:
  気が付いて下さってありがとう。エミリーも喜ぶと思いますよ。弟がエミリーの大ファンでして、主演女優が決まらない内から彼女の曲を使う!と宣言してました。人生というものは驚きの連続で、この物語の主人公ナタリーに起こった不幸が、エミリーにも起こっていたのです。しかもエミリーのフィアンセの名前もフランソワ。私たちが彼女に仕事の依頼に行った時には、既に彼女は物語の中に居て、亡くなったフィアンセに捧げる音楽が出来上がっていたのです。不幸な偶然だったので、無理はしてほしくなかったのですが、彼女自身が、これは何かのサインだと受け止めて、この仕事を引き受けてくれました。この映画の中の音楽は、3人目の主人公として存在しているから、より大きな印象を発しているのでしょう。

 

Q:スウェーデンでアバの陰でヒットしなかった変な曲は?
監督:
あれは独自に作りました。クジラの声をイメージして作った曲ですが、とても面白い作業でした。スウェーデン人の両親が登場するシーンで笑って下さり、とても嬉しかったです。

Q:いきなりキスする相手がマーカスという理由がよく分からなかったが?
監督:
悲しみの中に在る人の心が癒えるのにどれくらいの時間がかかるか誰も分からない。弟は、「いつも体の方が心より先に反応していく。無意識にキスをしたということは、相手の男性は自分にとっていい人だと、体で感じたのだと思う」と言っています。世の中には素晴らしい人が沢山いますが、自分にふさわしい人に出会えるのはほんの一部だけ。会社の同僚ですから、全く知らない人ではなかったのです。

nataly-di4.jpgQ:マーカス役の俳優さんは?
監督:
フランソワ・ダミアンは映画だけでなく、TVでも活躍している人気コメディアン。最初はオドレイ・トトゥの相手役を怖がっていました。特に、あんなダサいセーターを着るのはムリ!と(笑)。私たちも彼に任せるのはある意味「賭け」でした。でも、彼と会って、コーヒー飲んだりしていたら、「彼こそがマーカスその人だ!」と確信したのです。お陰で、観客の皆さんも「マーカスはオタクっぽくてダサい人」と信じたでしょう?(笑)

Q:ゲストとして来て頂きたかったですね。
監督:
オドレイ・トトゥもフランソワ・ダミアンも、今回この映画祭の招致を受けてとても光栄に思っていました。ですが、子供救済チャリティクルーズのため来阪できず、とても残念がっていました。皆様によろしくとのことです。

  

  


 【②ステファン・フェンキノス監督 爆笑インタビュー】              ~モテない男のリベンジ!?~


  

――― 自信のない男性を勇気付けるような作品でしたね。外見より内面を重視したテーマだったように感じましたが?
監督:
 だから男性ばかりが質問したのでしょう(笑)。“普通の男”のリベンジです!(笑)

 

nataly-di6.png――― 「彼女の全てを知っているこの庭に隠れていよう」というラストシーンはマーカスの意志の表れでしょうか?
監督:
その答えは見る人によって独自に感じて欲しいのでオープンにしています。ナタリーとのことを幻想と思う人もいるかも知れないが、そうはしたくなかった。彼女を癒していく現実のラブストーリーとして描きたかったのです。

――― 最近のオドレイ・トトゥ出演作品の中でも特に綺麗に映ってましたが、何か特別な工夫でも?
監督:
彼女は特別な工夫をしなくても綺麗です!
――― 確かに。
監督:
ナタリーはコスチューム・コンテンポラリーな演出ではなく、普通の女性として描きたかったのです。ヘアや服や靴や小物なども重要ですが、ファッショナブルに彼女を飾るより、同じ服を何回も着回すような普通の女性の生活を反映させています。勿論、キャメラマンが彼女を素敵だと思っていたのは確かですけど(笑)。
――― それって、気があったということですか?
監督:
みんなオドレイ・トトゥには恋してますよ!!!(笑)

――― 特別な演技指導は?特に強調したい部分はありましたか?
監督:
オドレイ・トトゥの方が私たちよりキャリアもあるし、彼女自身監督をやりたいと思っているくらいですから、特別な演技指導はしませんでした。ただ、今回は彼女のコメディ的な部分を引き出したいと思っていました。共演のフランソワ(マーカス役)が現場で何かにつけて彼女を笑わせていました。オドレイ・トトゥはドラマチックなシーンではとても素晴らしい演技を見せるのですが、みんなは知らないでしょうが、彼女は本当はとてもおかしくて面白い人なんです(笑)。

nataly-di7.png――― フランソワ・ダミアンの起用は、オドレイ・トトゥの相手役としての意外性が良かったと仰ってましたが、撮影中彼にインスパイアされたことはありましたか?
監督:
とても沢山ありました!私たちが思ってもみなかったディメンションを見せてくれました。撮影中は気付かなくても、編集中に気付いたり、もっと後になってから気付いたり、常に驚きの連続でした。マーカスはセリフの少ない役なので表情や仕草で表現する必要がありました。例えば、オフィスで待機しているシーンやエレベーターの中のシーンなど、全て即興です! まさに彼自身がマーカスになっていました。中華レストランでデートするシーンでは、「テーブル予約したんだ」とボソッと言います。誰も予約して行くようなお店ではないのに!?(笑) 脚本にはそこまで細かく書いていないのに、彼のアドリブのお蔭でマーカスの性格がより理解されたように思います。

――― マーカスが着ていたダサいセーターは?
監督:
私のアイデアです。原作ではマーカスの服装や性格について20ページも書いてあるのですが、映画では1分で表現しなければなりません。スウェーデン人らしさを出すために、あのセーターにブルゾンというスタイルにしました。

――― マーカスの両親が登場するシーンでは、いかにも北欧の人!という感じが出ていましたね?
監督:
両親役は俳優ではなく募集して決めた素人です。教師をしていたという二人でしたが、5日もかけてスウェーデン語を習ってもらったのに、撮影では一言も喋れなかったんですよ!?(笑)マーカスと両親とのシーンは、彼が地味で質素な生活をしている人だと理解してもらえるのにとてもいいシーンだと思います。ストックホルムでの上映では、そのシーンでとても笑ってもらえました。

――― 戸棚に沢山のニシンの缶詰がありましたね?
監督:
スウェーデンの人はとてもユーモアがあって、古いタイプのスウェーデン人をジョークのネタにして笑うのが上手いんです。母親が息子にニシンの缶詰を送るとかね。

――― あの折り畳みのテーブルは?
監督:
マーカス用に買った折り畳みのテーブルなんですが、撮影が終わって、僕が気に入って持って帰りました。ということは、僕がマーカスだということです!?(笑)

――― 北欧の家具ですか?
監督:い
え、IKEAで買ったものではなく、イタリア製です(笑)

――― デザートまで食べると、「ラブ成立!」という意味?
監督:
 〈デザート=ラブ〉という意味はあります。「デザートを食べるより、早く親密になりたい」という意味もあれば、「切り上げて早く帰りたい」という意味もあります。映画の中ではコントラストを出すために、ボスとの高級レストランとマーカスとの中華レストランでの食事にも「デザートはどうする?」というセリフを入れました。

――― 「デザート=ラブ」は監督の個人的な考え?
監督:
僕はマーカスほど優しくないから、もっと積極的です(笑)。マーカスはデリケートですから。

 

nataly-di5.jpg――― 長編映画は今回が初めて?
監督:
はい、それまでは短編映画を撮っていました。

――― フランスは優秀な短編映画が多いですね?
監督:
確かに。自分自身のトレーニングのために、あるいは、プロデューサーに売り込む時のサンプルにするために撮っています。それに、長編映画をそう次々と撮れる訳ではありませんので、その繋ぎに撮ったりしています。私もこの1年半の間に5本撮りました。

――― 今後もユーモアのある作品を撮りたいと思ってますか?
監督:ド
ラマとコメディをミックスした「ドラマディ」というジャンルの作品を作っていきたいです。人生もそうですから(笑)。
――― 観客もそういう作品を期待していると思います。
監督:
ウディ・アレンの『ブルー・ジャスミン』(2014年5月公開予定)やジョージ・クルーニーの『ファミリー・ツリー』など、日本では是枝裕和監督の作品が好きです。笑いもあり感動ありのドラマ。いつかは日本でも映画を撮りたいです。


「どんな質問にも喜んで答えるよ」ととてもフレンドリーな監督。『ナタリー』のフランスでの初公開の際には、観客の反応を聞くのが怖くて、日本に逃げて来ていたという!?  京都観光をしていたらしいが、そんな気の弱いところも何だかマーカスに似ている気がする。常にジョークを交えた話しぶりはコメディアンのようで、とても楽しいインタビューとなった。世界中で大ヒットした『最強のふたり』のエリック・トレダノ監督とオリヴィエ・カナシュ監督とはとても親しい友人らしく、『ナタリー』製作時にも、スタッフやキャストを紹介してくれたり、いろんな面で協力してくれたとのこと。あちらは幼なじみ監督に対し、こちらは兄弟監督、フランスの最強コンビによる監督作が、今後世界を席巻していくのだろうか。楽しみだな~♪

(河田 真喜子)

 

pi-mark-550.jpg『ピー・マーク』@第5回京都ヒストリカ国際映画祭
(Pee Mak 2013年 タイ 1時間53分)
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
出演:マリオ・マウラー、マイ=ダーウィカー ホーネー、ポンサトーン・チョンウィラート

~タイ映画史上空前のヒット作!伝説の怪談を大胆アレンジしたホラーラブコメディー~

 タイ映画でホラーとくれば、面白くない訳がない!しかも、この話はタイで有名な怪談「メーナーク・プラカノーン」をもとにしているのだから、ヒットするのもうなづける。しかし、この映画が一番面白いのは、幽霊になった妻と夫の愛を描きながらも、思い切りコメディーに舵を切り、登場人物たちが一番キャアキャア怖がっているところだろう。ホラーと思って観に来た観客が、見事に予想を裏切られ、口コミで人気がどんどん広がっていったという『ピー・マーク』。劇場がまるで巨大なお化け屋敷となり、最後に泣けるホラーラブコメディーから、タイ発エンターテイメントの勢いを体感するに違いない。

pi-mark-2.jpg 身重の妻ナーク(マイ=ダーウィカー ホーネー)を残し、戦地に赴いたマーク(マリオ・マウラー)は胸に致命傷となる銃弾を浴びながらも一命を取り留め、苦労を共にした4人の戦友たちと村へ帰ってきた。愛するナークや生まれたばかりの赤ちゃんと再会できた歓びに浸るマークだが、村人たちはマークやナークに奇妙な態度をとるばかり。マークの自宅近くの空き家で生活しはじめた戦友たちは、最初ナークの美しさに見惚れていたものの、次第に幽霊ではないかと疑い始める。

 誰もが見惚れる美しいナークは、ホラー映画のヒロインらしく要所要所で「お化け」のような怖さを醸し出し、どんどんエスカレートしてくるのが面白い。ナークが幽霊ではないと主張するマークの目をなんとか覚まさせるため、戦友たちの「ナーク幽霊説」を裏付ける努力が続けられるものの、次第にマーク幽霊説、戦友幽霊説まで飛び出す始末。一体誰が幽霊で、誰が人間なのかも分からない状態になっていく怒涛の展開は、もう笑うしかない。右を見ては「キャー!」、左を見ては「キャー!」と叫びまくる幽霊にめっぽう弱い戦友たちのコミカルな騒動ぶりは、吉本新喜劇に負けないぐらいテンションが高いのだ。

pi-mark-3.jpg 怖がらせ、笑わせ、そして最後には夫婦の愛に涙する・・・だけでなく、エンドクレジットではさらにお楽しみ映像を加え、勢いがあった頃の香港映画をも思わせる作品でもある。ちなみに『ピー・マーク』は、設立されてから7年強で洗練されたラブロマンスやホラーのヒット作を次々と生み出しているタイGTH社(今春の第8回大阪アジアン映画祭で特集上映)の最新作だ。監督のバンジョン・ピサンタナクーンは単独監督デビュー作『アンニョン、君の名は』で第6回大阪アジアン映画祭ABC賞を受賞しており、作品の面白さは折り紙つき。アジア映画ファンはもちろんのこと、デートムービーとしても断然おすすめしたい!(江口由美)


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DA-Dracula-550.jpg【京都ヒストリカ国際映画祭】上映作品
★『ダリオ・アルジェントのドラキュラ』

(Dracula  2012年、イタリア、フランス、スペイン、1時間46分)
監督:ダリオ・アルジェント
脚本:ダリオ・アルジェント、エンリケ・セレッソ、ステファノ・ピアニ、アントニオ・テントリー
原作:ブラム・ストーカー 「ドラキュラ」 音楽:クラウディオ シモネッティ
編集:マーシャル・ハーヴェイ、ダニエレ・カペッリ
主演:トーマス・クレッチマン『ワルキューレ』『キング・コング』
 アーシア・アルジェント『サスペリア・テルザ 最後の魔女』
ルトガー・ハウアー『ブレード・ランナー』、ウナクス・ウガルデ『チェ 28歳の革命』
マルタ・ガスティーニ、ミリアム・ジョヴァネッリ
2014年春公開予定
© 2012 MULTIMEDIA FILM PRODUCTION s.r.l. – ENRIQUE CEREZO P.C. s. a. All Rights Reserved.

~悲しみに彩られた美しきドラキュラ~

  ブラム・ストーカー原作の「ドラキュラ」は妖怪・魔物の王者、恐怖映画の金字塔だ。過去、何度も映画化され、コッポラ監督、ゲイリー・オールドマン主演作はじめ、何本見たかすらすぐには思い出せない。近年では有名になりすぎて喜劇やパロディにまで登場、少々安っぽくなった感も否めない。
  だが、鬼才ダリオ・アルジェントが手がけたドラキュラはやっぱり正統派、保守本流、これほどまでに切ないドラキュラは見た記憶がない。凄惨なスプラッターホラーやフェイク・オカルト全盛の流れに逆らうように、美しさに満ちたゴシックホラーに仕上げた。

 DA-Dracula-2.jpg 物語に大差はない。青年ジョナサン(ウナクス・ウガルデ)が小さな村ハプスブルクへ図書館司書の仕事を求めてドラキュラ伯爵(トーマス・クレッチマン)を訪ねて来る。彼は美しい妻ミナ(マルタ・ガスティーニ)の友人ルーシー(アーシア・アルジェント)にドラキュラ伯爵を紹介されたのだが、遅れて村に着いた彼女は「ジョナサンが数日間戻らない」と聞かされる。それはドラキュラ伯爵がミナを手に入れるための罠だった…。
  落ち着いたハプスブルク村のたたずまいに惹かれる。森には不気味な狼が目を光らせ、吸血鬼も早々に登場するが、緑濃い森や村のしっとりとした美しさが印象深い。これは一体、ホラー映画なのか…。だが、これこそが“アルジェント流”と記憶が甦った。

 DA-Dracula-3.jpgダリオ・アルジェントが一躍その名を轟かせたのはホラーブーム真っ盛りの70年代。伝説となった恐怖映画『サスペリア』(77年)。先端を切った『エクソシスト』(73年)や『オーメン』『キャリー』(ともに76年)の後、『サスペリア』は魅惑のホラーとしてファンの心をつかんだ。原色を多用した華麗な画面とゴブリンの印象深いサウンドトラックが“美しい恐怖”を盛り上げた。
  ドイツのバレエ学校にやって来た女子生徒が、閉ざされた寄宿舎に入り“悪魔がいる”と感知し、奇怪な現象に見舞われる、いかにもホラーらしいシチュエーションだが、ダリオ・アルジェントの美的感覚が出色。原色を多用しためくるめく色彩で酔わせ、クライマックスでは、鏡を使った眩惑効果も満点だった。

DA-Dracula-4.jpg  公開当時、ある画家は「大きな館にまつわる構造的なホラー」と天才画家キリコと並べて(後に大家になった点も含めて)高く評価した。
  その後、ダリオは愛娘アーシアをヒロインに『オペラ座の怪人』(98年)をはじめ、ヨーロッパ怪奇映画大御所になるのだが、本領というべき『インフェルノ』(80年)、『サスペリア・テルザ』(01年)の魔女3部作を完結させ、期待を裏切らなかった。
  『ドラキュラ』は後半、もうひとりの主役、宿敵ヴァン・ヘルシングが登場、、懐かしやルトガー・ハウアーがヒロイン、ミナを守ってドラキュラと戦う。ドラキュラは、村の集会で反対されるやすばやいワザで首を切り落としたり、参加者全員を惨殺する。 狂暴な本性をむき出しにするドラキュラそのものなのだが、驚くのは、そのドラキュラがミナを「400年前に死んだ恋人」の墓に誘い「私は交響曲の中で調子の外れた異分子、何百年も苦しんできた」と自己批判しつつ愛を告白する場面。ミナは死んだ妻に瓜二つだった…。この恋するドラキュラもまた確かにアルジェントだった。

  恐怖映画は社会不安の反映に違いない。1930年代、『ガリガリ博士』をはじめとする“ドイツ表現主義”の諸作はナチス・ドイツ台頭への不安の表れだったし、70年代のオカルト・ブームはベトナム戦争を抜きには語れない。
  21世紀を迎えても、手を変え品を変えてホラー映画の人気は続いている。ショッキングな残酷描写が人気の『ソウ』(04年~)や、日常生活に恐怖が潜むフェイク・ドキュメンタリー『パラノーマル・アクティビティ』(07年~)は言うまでもなく、9・11後のアメリカの恐怖の映像化。『キャリー』のリメイクやイタリア映画『~ドラキュラ』は恐怖の原点を見つめ直す意思の表れかも知れない。
   (安永 五郎)


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subetehakimini-b550.jpgsubetehakimini-2.jpg『すべては君に逢えたから』木村文乃、東出昌大登場!「なんば光旅」イルミネーション点灯式&舞台挨拶(2013.11.15 なんばパークスシネマ)
(2013年 日本 1時間46分)
監督:本木克英 
出演:玉木宏、高梨臨、東出昌大、木村文乃、本田翼、市川実和子、時任三郎、大塚寧々、小林稔侍、倍賞千恵子
2013年11月22日(金)~新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、OSシネマズ神戸ハーバーランド、MOVIX京都、T・ジョイ京都他全国ロードショー
公式サイト⇒http://wwws.warnerbros.co.jp/kiminiaeta/

作品レビューはコチラ
(C) 2013 「すべては君に逢えたから」製作委員会

subetehakimini-i1.jpg~クリスマス気分のなんばパークスに『すべては君に逢えたから』遠距離恋愛カップル役、木村文乃、東出昌大が登場!~

この冬一番クリスマス気分に浸れるロマンチック群像劇、『すべては君に逢えたから』が11月22日(金)から新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ他で全国公開される。2014年に開業100周年を迎える東京駅やその周辺を舞台に、10人のキャストが織りなすさまざまな「愛」のアンサンブルが展開する。ラブストーリーから親子愛、そして胸の奥にしまいこんだ過ぎ去りし日の想いまで、誰もがどこかで共感できるストーリーが魅力だ。中でも一番リアルなエピソードは、津村拓実役の東出昌大と山口雪奈役の木村文乃演じる「遠距離恋愛」。仙台支社で建築現場を担当している会社員と東京で仕事に打ち込むウェディングデザイナーの想いがすれ違ったり、逢いたいときに逢えない切なさがジンジン伝わってくる。

 

 

subekimi-i1.jpg同作品が公開されるなんばパークスシネマのあるなんばパークス内光の滝(2階グレイシアコート)で行われた「なんば光旅」イルミネーション点灯式では、東出昌大と木村文乃がライブアーティストの青山テルマと共にスペシャルゲストとして登壇、観客と共にカウントダウン点灯を行った。クリスマス気分がグッと盛り上がるイルミネーションの下で行われたトークショーでは、現在ドラマ撮影中で大阪に滞在している東出昌大がオフの日は淀川で釣りをしたり、鶴橋の美味しいお好み焼き屋など大阪グルメを堪能しているエピソードが続々登場。木村文乃に「大阪のおすすめ場所を教えてください」と聞かれ、「大阪城に行ったことがないなら、絶対に行った方がいいですよ!」とおススメする場面もあった。クリスマスの物語という設定ながら実際の撮影は6~7月の蒸し暑い時期に行われ、大変だったという裏話も披露し、本当のカップルのような笑顔いっぱいの2人を前に観客からも熱い歓声が飛び交っていた。

点灯式の後行われた試写会の舞台挨拶でも和やかな雰囲気で観客に手を振ってみせた東出昌大と木村文乃。等身大の2人の魅力が感じられる『すべては君に逢えたから』舞台挨拶の模様をご紹介したい。
 



subetehakimini-bh1.jpg(最初のご挨拶)
木村:こんばんは。木村文乃です。こんなにたくさんの方に観ていただけるなんて、とても幸せです。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします。
東出:津村拓実役の東出昌大です。今日は寒い中わざわざありがとうございます。楽しんでいってください。

 

━━━大阪でお気に入りの場所は?
木村: (東出に)教えてください!
東出:新世界のあたりは昔からあまり変わっていないような昭和な街並みは歩いていて面白いです。中之島もきれいだし、面白いところはいっぱいあります。
木村:今日は夜も大阪にいるので、美味しいご飯が食べられる店も教えてほしいです。
東出:打ち上げでお好み焼きに行くって。全然関係ない話でごめんなさい!

 

━━━お2人は東京と仙台の遠距離恋愛中の恋人役ですが、すぐに役に入りこめましたか?
東出:等身大(24歳ぐらい)の男の子が仕事で一生懸命になっていて彼女にちょっと気遣いができない。よくあるパターンだと思うので、その代表みたいになれればいいなと思って演じました。
木村:今まで割と個性がはっきりして、つかみやすい役どころが多かったのですが、今回仕事と恋を頑張っている普通の女の子は今まで演じたことがなかったので、逆に悩んだりもしました。監督とお話させていただいたとき「(雪奈は)普通の女の子だから、日頃木村さんがやっていることをどんどん取り入れていきたいので、提案してほしい」とおっしゃっていただきました。現場では「私だったらこうするだろうな」と思うことを取り入れながら、役を組み立てていった感じです。

 

subetehakimini-bk2.jpg━━━撮影中はお2人で役作りを話し合われたりしましたか?
東出:つきあって3年ぐらいかなとか、プロフィールは話合ったりしましたね。撮影中はNGもほとんどなかったです。
木村:2人が揃っての撮影は、思い切り楽しいか、思い切りしんどいシーンでしたが、同い年ということもありフランクに接していただいたので、壁がなく演じることができました。
東出:楽しいときが初日で、後はずっとケンカのシーンを撮影してましたね。

 

━━━東出さんは本作が初の恋愛映画だそうですが、いかがでしたか?
東出:本当にこの映画が初の恋愛映画でよかったなと思います。東京駅での撮影初日は夜中の1時から5時ぐらいまでの撮影で、木村さんとはほぼ初対面だったので「好きな食べ物は何?」と聞いたら、「タコ」と言われたのでこちらも夜中ならではのハイなテンションで「タコ!?変わってるね」と何度も同じことを聞いてしまいました。申し訳なかったです。
木村:一緒の撮影初日からそんな感じだったので、遠距離恋愛の話ですが大変ということはなく、すんなりと演じることができました。

 

subetehakimini-b2.jpg━━━実際に演じてみて「遠距離恋愛」について感じたことは?
東出:「遠距離恋愛のいいところ」なんて自分は遠距離恋愛をしたことがないので考えたことがなかったのですが、雪奈のセリフで「遠距離恋愛のいいところ」を言われていたときは聞いていて気持ちよかったです。
木村:私自身、遠距離恋愛をしたことがないので「どうなるんだろう」と思いながらの撮影でしたが、今回は雪奈という役と私がどれだけリンクできるかが大事でした。初めて出来上がった作品を観たときに「私が遠距離恋愛するなら、こうなるんだ」と思いました。きっとこのままになるのだと、観てはいけないものを観てしまったような気分でしたね。

 

━━━女性なら共感できるシーンがたくさんありますよね?
木村:好きだからこそ伝えたい想いがあるのに言えなくて、溜めて言うということがなかなか難しいと思うんです。でも雪奈は想いを伝えることができる人なので、女性は観ていて気持ちいいのではないかと思います。

 

subekimi-b1.jpg━━━では、最後のメッセージをお願いいたします。
木村:クリスマスの東京駅を舞台にしたストーリーではありますが、本当にそれぞれの登場人物の想いが詰まっているので、ラブストーリーという一つのくくりではなく、たくさんの愛情が詰まった映画として色々な方に楽しんでいただけると思います。この作品を観た後に大切な人に逢いたくなったり、誰かに想いを伝えたくなったり、きっとそういう気持ちになっていただけると思うので、そのときはそのままの気持ちで一歩踏み出してみたら、きっとこの映画の結果のように奇跡が起きると思います。ぜひ楽しんでください。
東出:(木村の方を向いて)素晴らしい役者さんなので、今後とも木村さんのことをご贔屓のほど、よろしくお願いします!(江口由美)

『京都ヒストリカ映画祭』招待券プレゼント!

 

historika13-pos.jpg■ 11月30日(土)より、京都文化博物館、Tジョイ京都、MOVIX京都で開催!

 

■ 募集人数:5組10名様

■ 締切:2013年11月25日(月)

★公式サイト⇒ http://www.historica-kyoto.com/ 

 

 

 

 

 


世界でただひとつ「歴史」をテーマにした映画の祭典、オープニングは東映の正月作品『利休にたずねよ』、クロージングは松竹『武士の献立』でいずれも京都撮影所で作られた時代劇が上映される。

  世界各国からの名作のほか、今年は修復された歴史的名作を上映する「ヒストリカ・クラシックス」も開催。クラシックス上映予定作品は、日本から小津安二郎監督の初カラー作品『彼岸花』(58年)、ドイツからエルンスト・ルビッチ監督『ファラオの恋』(22年=05年修復版、11年修復版)、ヒッチコック監督は『リング』(27年)、『恐喝(ゆすり)』(29年)はサイレントとトーキーの2種類。もう1本、事実上のデビュー作と言える『快楽の園』(25年)もある。来年、映画デビュー100年を迎える世界の喜劇王チャップリンはじめ、彼の先輩世代の作品を収めた『ヨーロッパの初期喜劇映画からチャップリンへ』(09~14年)も貴重な日本初上映。豪華ゲストを迎えてのトークショーも見逃せない。

第5回京都ヒストリカ国際映画祭紹介記事はコチラ

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