「京都」と一致するもの

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故郷とは、家族のいるところ。
『モヒカン故郷に帰る』沖田修一監督インタビュー
 
『横道世之介』『キツツキと雨』の沖田修一監督が瀬戸内の島を舞台に描く家族物語『モヒカン故郷に帰る』が、4月9日(土)よりシネ・リーブル梅田、TOHOシネマズなんば 本館・別館、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、TOHOシネマズ二条他で全国公開される。
 
デスメタルバンドのボーカルを務めながら東京で彼女と暮らすモヒカン頭の男、永吉を演じる松田龍平、永吉の彼女でイマドキ妊婦の由佳を演じる前田敦子のカラフルなカップルが、田舎に帰るところからはじまる本作は、父、治(柄本明)の突然の癌の知らせと余命宣告により、親不孝息子の最後の親孝行へと転じていく。矢沢永吉や広島カープなど、広島県民の心の拠りどころを散りばめ、疎遠だった父子が心の距離を近づける様子を、温かい笑いを散りばめながら描いた。島の風情や緩やかな空気を堪能し、本当に“笑って泣ける”最高の家族映画だ。
 
本作の沖田修一監督に、本作の発想のきっかけや、それぞれのキャラクターに込めた思いを伺った。
 
 
 

―――直球ど真ん中の家族ドラマなのに、絶対に泣かさないと言わんばかりの意気込みでシリアスな状況を笑いに変えていましたね。 
沖田監督:こういう題材なので、そんなに湿っぽくならないようにしました。家族の誰かが病気になるのはよくある話だけれど、どこかで笑っちゃうエピソードや瞬間がある。そういう感じの映画にできればいいなと思いました。 
 
 
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―――治は矢沢永吉の大ファン、春子は広島カープの大ファンとキャラクター設定に広島が活かされています。その時点ですでに広島を舞台と想定していたのですか? 
沖田監督:ロケハンと同時進行で、脚本を書いていました。そのときは瀬戸内の島々をまわっていたのです。普通瀬戸内といえば、しまなみ海道のある愛媛などの観光地が思い浮かびますが、そうではなく、観光地になっていない島に魅力を感じました。それが広島の方だったのです。ロケハンする中で本当に広島カープが好きな人もたくさんいましたし、矢沢永吉さんも治と同い年だと調べて分かったんです。 
 
 
―――オリジナル脚本ですが、発想のきっかけは? 
沖田監督:父を看取る映画を作りたいと思ったのが、最初です。その中で、笑える映画ができないかと思いました。僕年代になると、実生活で父親の具合が悪くなってくることも増えてきますし、僕に近い年代の息子と父の映画にしたい。最初に台本を書いた時は、その息子が結婚の報告をしに帰ってくることにしていました。そのとき、父や母が熱狂的にファンになれるものが何かあればいいなと思ったのです。息子が帰ってこないことに寂しさをそんなに感じていない。自分の世界を持っていて、逆に帰ってきたら面倒くさいなと思うぐらいの夫婦でいてほしい。後は長男でありながら何もしない永吉に似つかわしくない、父の癌に対してちゃんと対応する次男の存在ですね。ちゃんとしない長男がいて、ちゃんとする次男がいる感じがいいなと思いました。普通、逆ですよ。 
 
 
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―――前田敦子さん演じる、永吉の彼女、由佳は、ぶっちゃけキャラだけど抜けている部分や、永吉の母、春子ともすんなり馴染んでいました。独特のキャラクターですね。
沖田監督:台本を書いているときに、この人がこう言ったらおもしろいのではないかと考えながら書いています。由佳は永吉と結婚できるぐらいの子であってほしいなと思って書きました。二人とも子どもというか、これから人の親になっていくという少し満ち足りていない感じがいいなと思いました。 
 
 
―――松田龍平さんは永吉を演じるにあたって色々なアイデアを出してくれたとのことですが、具体的にはどんなアイデアですか?
沖田監督:毎日の髪型とか、本当に細かいところなのですが、色々なアイデアを出してくださいました。 モヒカンもピンと立っている時ばかりではないので(笑)
 
 
―――柄本明さん演じる治のパワフルさや矢沢永吉愛が至る所に散りばめられ、笑いを誘いますね。今回、柄本さんと初めて一緒に仕事をされての感想は?
沖田監督:柄本さんが出演されていたドラマや映画は観ていましたし、ご一緒できるのはうれしかったです。ご自分で色々こうしようと思っていただいて、見ているだけで楽しかったです。最初はやりすぎじゃないかと思ったのですが、後々、具合が悪くなって死んでいくのだと思うと、あれぐらいの明るさは前提があるような気がしました。この映画の笑いの部分を支えていただいたと思います。 
 
 
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―――春子演じるもたいまさこさんも沖田監督作品への出演は初めてでしたね。 
沖田監督:現場に行って色々なものを感じながら、もたいさんなりに春子を演じてくださっているのがすごく分かり、僕がちゃんとしなければと思いました(笑)。穏やかな「もたいさん」ではなく、違う「もたいさん」が映画に出ていればいいなと。ちょっと気性の激しいという感じのもたいさんがこの映画で見たかったのです。体力的にキツい撮影だったと思いますが、すごく頑張ってくださました。 
 
 
―――おおさかシネマフェスティバル2016にて音楽賞(『味園ユニバース』)を受賞した池永正二さんが、本作でも音楽を担当されています。「瀬戸内海のイメージで」とオファーされたと伺いましたが、全体的にも音楽へのこだわりをとても感じる作品でした。 
沖田監督:海の町の音楽ですね。池永さんとは前からご一緒したいと思っていました。今回、永吉がやっているデスメタルバンド、断末魔のプロデュースを池永さんがやってくれるのではないかと勧めてくれる方がいたので、お声をかけてみました。結局、断末魔のバンドの曲から、映画の音楽まで全て池永さんが手がけてくださることになりました。デスメタルというジャンルですが、一辺倒ではないものにしてもらいました。 
 
 
―――吹奏楽で矢沢永吉の曲が演奏されるのも初めて聞きました。
沖田監督:音楽プロデューサーの方から、矢沢永吉さんの「アイ・ラブ・ユー、OK」を吹奏楽バージョンに編曲してもらい、音数が少し足りていない感じにしてもらいました。吹奏楽はそもそも20人ぐらいでないと成り立ちませんから、島で部員が足りない感じを出しました。 
 
 
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―――沖田監督ご自身は、どんな家族映画が好きですか? 
沖田監督:プロデューサーの佐々木史朗さんが手がけたATGの『家族ゲーム』や、石井聰互監督の『逆噴射家族』が好きで、観ていました。あとは向田邦子さんや山田太一さんのドラマは、ビデオを借りて観ていましたね。 
 
―――最後に、沖田監督にとって、故郷とは? 
沖田監督:僕は埼玉出身なので、あまり遠いところではないのですが、やはりこの作品と同じで、家族がいるところではないかと思います。
(江口由美)
 

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<作品情報>
『モヒカン故郷に帰る』
(2015年 日本 2時間5分)
監督・脚本:沖田修一 
出演:松田龍平、柄本明、前田敦子、もたいまさこ、千葉雄大、木場勝己、美保純、小柴亮太、富田望生他
2016年4月9日(土)~シネ・リーブル梅田、TOHOシネマズなんば 本館・別館、シネ・リーブル神戸、京都シネマ、TOHOシネマズ二条他全国公開
公式サイト⇒http://mohican-movie.jp/
(C) 2016「モヒカン故郷に帰る」製作委員会
 

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『背徳の王宮』映画公開記念
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■ 募集人員: 3 名様

■ 締切:2016年4月3日(日)


2016年3月26日(土)~シネマート心斎橋、4月2日(土)~京都みなみ会館、4月9日(土)~元町映画館、 ほか全国順次公開 

★公式サイト⇒ http://haitoku-movie.com/
 


 

チュ・ジフン×キム・ガンウ、強烈な変身を遂げた二人の演技対決!

快楽をむさぼる暴君と、王を利用し天下を取ろうとする家臣――
朝鮮史上最もスキャンダラスな時代を描く、刺激に満ちた史劇エンタテインメント!!


【STORY】
haitoku-550.jpg朝鮮一の暴君として知られる朝鮮王朝第10代国王・
燕山君(ヨンサングン)(キム・ガンウ)は、その異常な色欲を満たすため、国中の美女を王宮に集めるよう命じる。王の信頼を利用して実権を握ろうとする家臣イム・スンジェ(チュ・ジフン)は、1万人もの美女を強引に召集。女たちは生きるため“王の女”の座を目指し、官能の秘技を肉体に刻み込んでいく。なかでも謎の色香を秘めた娘ダニ(イム・ジヨン)に心惹かれたスンジェは、彼女に王の寵愛を独占させようと特別な教育を施す。王の寵妃チャン・ノクスもまた、野心に満ちた芸妓ソル・チュンメを使い、スンジェの野望を牽制する。狂瀾怒濤の王宮で、明日をも知れぬ権力争いは激しさを増し炎上していく──。
 



監督:ミン・ギュドン『僕の妻のすべて』『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』
出演:チュ・ジフン『コンフェッション 友の告白』『私は王である!』、キム・ガンウ『結婚前夜マリッジブルー』『サイコメトリー~残留思念~』、イム・ジヨン『情愛中毒』、チャ・ジヨン、イ・ユヨン
原題:간신 英題:The Treacherous 2015年/韓国/131分/韓国語/字幕翻訳:小寺由香
配給:ツイン © 2015 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. 
※本作品は18歳未満の方はご覧いただけません。

2016年3月26日(土)~シネマート心斎橋、4月2日(土)~京都みなみ会館、4月9日(土)~元町映画館、 ほか全国順次公開 

VIPO2016main-550.jpg『ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2015』で選ばれた4人の監督インタビュー

★4作品の公開は、3月19日(土)~25日(金) 大阪・シネリーブル梅田にて 
★公式サイト⇒ http://www.vipo-ndjc.jp/


次世代を担う長編映画監督の発掘と育成を目的とした『ndjc:若手映画作家育成プロジェクト』は、文化庁からNPO法人 映像産業振興機構(略称:VIPO)が委託を受けて2006年からスタートした。例年何度かのチャレンジでようやく採用されるケースが多い中、2015年は4人全員が初めてのチャレンジで合格。最終課題である35ミリフィルムによる短編映画(約30分)を完成させ、3月に東京と大阪で一般公開されることになった。現代社会の家族の在り様や人と人との繋がり方など情緒豊かな作品が出揃い、その貴重なチャンスに恵まれた若き4人の監督たちに、熱い想いを語ってもらった。


VIPO2016-di-500.jpg上の写真左から、
★作品:『罪とバス』 監督:藤井 悠輔(ふじい ゆうすけ)
★作品:『父の結婚』   監督:ふくだ ももこ
作品:『はなくじらちち』  監督:堀江 貴大(ほりえ たかひろ)
★作品:『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』    監督:佐藤 快磨(さとう たくま)



Q:35ミリフィルムでの撮影は初めて?
佐藤:初めて。もっと制限があるかと思ったら意外と多めに用意してもらえて、撮影中はデジタルと変わらずに何も気にせずに撮らせてもらった。ハイスピードのシーンでは回転がとても速くなって、壊れるのでは?とちょっと焦った(笑)。

堀江:初めて。ある部分をハイスピードにしようとしたら、「必要ないよね」と言われた。撮影中はフィルムという感覚はなく、ラッシュの段階でようやくその実感が持てた。緊張することもなかった。

ふくだ:初めて。学生の時に16ミリで撮ったことがあった。35ミリには憧れていたのでこのプロジェクトはいいなと思い、幸せに思った。

藤井:初めて。普段、フィルムの区別がつかなかったが、今回DCPとフィルムの試写を見て全然違うなと感動した。編集はデジタルでした。

 

Q:脚本について?
VIPO2016-fujii-240-1.jpg藤井:ずっと男の話を撮ってきて、兄弟を主人公にしたバディものの物語にしようと思った。テーマとしては、赤塚不二夫の「これでいいのだ!」という言葉が好きで、全ての出来事の存在を肯定するような意味ですが、それを映画を通して感じてもらえればと思った。

ふくだ:明るい映画を撮ろうと思った。ちょっと変な家族の、結婚をテーマにすれば明るくなれるかなと。父親の結婚式のために帰省して、父親の女装を知り動揺するけど、家族がひとつにまとまるという話を思いついた。

堀江:大阪市西成区のコインロッカーを利用する人々を捉えたドキュメンタリーを見て、それがとても面白くて、そこに登場する父親を主人公にして描きたいと思った。ある男が娘と久しぶりに再会するけど、ワケアリで全く感動的ではない。それに女子プロレスに興味があったので、女子プロレスラーの娘と父親が再会したらどうなるだろうと思ったのがキッカケ。

佐藤:人を好きになって世界が変わる瞬間、一緒にいて楽しい時間、それが壊れても繋がろうとする男を描きたかった。
 

Q:キャスティングについては?
藤井:まず希望を出して、俳優さんたちのスケジュールとギャラが合えばOKという感じだった。

VIPO2016-fukuda-240-1.jpgふくだ:希望していたのは板尾さんだけ。主人公の女性は何人か候補を挙げていたが、プロデューサーの意向でソニンさんに決まり、さらに山中崇さんを連れて来られ、結果的にはいい作用になったと思う。ソニンさんに決まってから主人公の年齢も少し上げた。メイクの楽しさを忘れてしまったので、メイクに目覚めた時の楽しさを思い出す
 

Q:この文科省のプロジェクトの魅力は?
藤井:フィルムで撮れることと、資金援助を受けられること。文科省の援助ですが、あまり気負うこともなければ、ハートフルな作品にしようと特には思わなかった。「絡みのシーン」についても、事前に相談したらOKと言われた。

ふくだ:35ミリフィルムで撮れることと、自分が書いたオリジナル脚本で撮れることが大きな魅力だった。自主制作で撮ったことがなく、制約されるのを心配していたが、資金援助された上に自由に撮らせてもらえるなんてとてもありがたいと思った。今回15人の候補者の中には助監督経験のある先輩も含まれていたが、年齢も経験も関係なく、みな同じ土台に立って選んでもらえることも大きな魅力だった。

VIPO2016-horie-240-1.jpg堀江:プロデューサーと知り合えることが魅力。大学院で映画を撮っていたので、プロダクションやプロデューサーと連携しながら映画製作することに憧れていた。どのような仕事をするのかとても興味があった。ハートフルなストーリーは文化庁向きかなと勝手な思い込みをしていた(笑)。

佐藤:PFFのスカラシップを期待していたらダメだったので、どうしよと思っていた時に、松永大司監督(2010年VIPOで『おとこのこ』を制作)の『トイレのピエタ』を観て、こんなデビューができたらいいなと思って応募した。
 

Q:配属されたプロダクションとの相性について?
藤井:男二人の映画だし、決闘シーンもあるので東映さんだろうなと思っていた。'60年代、'70年代の『仁義なき戦い』や『トラック野郎』シリーズが好きで、あのようなバディものを撮りたいなと思っていた。

chichi-240-2.jpgふくだ:今後の繋がりを考えればアスミックがいいな、と思っていた(笑)。ブースターと言われて最初戸惑ったが、とてもいい作品を製作しているプロダクションだとわかって安心した。プロデューサーはフリーの福島氏。『るろうに剣心』や『予告犯』など大作を手掛けている敏腕プロデューサーだったことに驚いた。クマみたいないかつい感じだが、破格のキャストやスタッフを揃えて下さったり、激励して下さったり、本当に感謝している。

堀江:僕は東宝と聞いて父が喜ぶと思った。父の風あたりが良くなるかなと。岐阜出身なので、岐阜のTOHOシネマズでも上映されるような映画を作りたいと思った。プロデューサーと考えや趣味が一致したので、その出会いに感謝した。奨学金の借金が沢山あるので、東宝作品のような商業映画を手掛けてみたいと思う(笑)。

ふくだ:漫画原作の映画を撮りたい。少女漫画の女の子の心理は女性の方がよくわかると思うので、是非やってみたい!

VIPO2016-satou-240-1.jpg佐藤:名作と言われる映画は見ていないが、『ピンポン』や『ジョゼと虎と魚たち』が大好きだったので、アスミックエースの名は知っていた。そうなればいいなと思ってたらアスミックエースに決まったので嬉しかった。撮影中同じ服ばかり着ていたら、プロデューサーが服を買って下さった。


Q:演出の仕方について?
藤井:人それぞれ違ったアプローチをした。阿部進之介さんには細かい気持ちを説明し、渡辺大さんは思いの他やんちゃで自由な人だったのでほったらかしでも大丈夫。中川可菜さんは演技経験がそんなになかったので、動きから表情までかなり細かい演出が必要だった。河井青菜さんと深水元基さんは関西人ではないので、関西弁を気にしていた。深水さんは落ち込むとそれが表情に出てしまうので、その都度フォローが必要だった。

ふくだ:あまり現場で役者と話したくない。カメラの前に座って「スタート」の掛け声で役者が出してくる演技を選択する立場でいたいと思って臨んだ。ソニンさんだけ演技経験が少なかったのがそれが難しかったけど、一緒に悩んで進めて行った。レストランで目むいて「おめでとう!」と言っているシーンがラストカットだった。

hanakujira-240-1.jpg堀江:現場ではなるべく俳優の横に居続けたい。俳優と一緒に演技するように、どんな気持ちでいるのか、どう変化するのかと常に感じていたい。今回3人の物語と決まっていたので、3人のそれぞれの演出プランは最初からできていた。哲治は喜劇的に見られる、はなは立ち居振る舞いで存在感を出す、鯨は二人を繋げる存在なのでとにかく行ったり来たりする動きのあるテンションの高い役という風に、つかみとして明確なキャラクター像を意識していた。

heyhey-240-1.jpg佐藤:撮影前に、太賀さんには夜遅くまで話す機会を作ってもらったり、岸井ゆきのさんには3回位来てもらったりして人物像について話し合った。岸井さんとは2回目の時、マコト像が180度違うことが分かって僕が狼狽したこともあった。その分確固たる木吉とマコト像を持って撮影に臨んだが、悩んだり揺れたりする内に二人を多面的に見られるようになり、より魅力的なふり幅のある人物像になった。それは、太賀さんと岸井さんにそういう機会を作って頂いたお陰だと思う。演出というより、現場では太賀さんとは木吉のことについて、岸井さんとはマコトについてだけ話し合った。


Q:30分という凝縮した時間については?(25~30分)
堀江:はなとちちは過去の家族の物語を、はなとくじらは未来の家族を感じ取ってもらえたら嬉しい。丁度それを30分にまとめられたと思う。

ふくだ:私にとっては30分という短編は名刺代わりになっている。本当は人物をもっと掘り下げて描きたいので長尺を撮りたい。

tsumibus-240-1.jpg藤井:30分という尺にするためには登場人物を少なくする方がいいだろうが、やりたいことを映像化するためにはあの人数で撮るしかなかった。自分としては満足している。

佐藤:僕は、二人が出逢ってから別れるまで構造的にシンプルに描きたかった。この二人の家族構成とか背景を撮るべきだったかもしれないが、シンプルにした方が返ってそれまでの二人の生き様を想像できるかなと考えた。

 



★『罪とバス』
tsumibus-pos.jpg出演:阿部進之介、渡辺大、中川可菜、笛木優子、河井青菜、深水元基

妻に離婚を言い渡された弟のヨシオが実家の中古車業を継いでいる兄ゴローの元に戻ってくる。未練たらたらのヨシオは酔っては泣き崩れる始末。ゴローは幼なじみの尚美に消えた恋人の捜索を頼まれる。尚美の娘は高校でイジメに遭っているがそれを誰にも言えずにいる。尚美の恋人が見つかったのも束の間、尚美は娘をゴローに預けたまま恋人とトンヅラ!!  しかもゴローを目の仇にする男の会社の大金を持ち逃げしてしまい…何も悪くないゴローはすべての責任を背負わされる。かつてゴローとヨシオが子供の頃、家族でドライブに出掛けた幸せな思い出がいっぱい詰まったミニバスに、不幸を背負った者たちと一緒に乗ってドライブへと出発する。面白いタイトルにしては、理不尽な暴力シーンが重く、不幸な人々の顛末となっているのが気になった。


監督:藤井 悠輔(ふじい ゆうすけ)プロフィール
VIPO2016-fujii-240-2.jpg1980年京都府生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、商業映画の制作に携わり、現在はCM制作会社に勤務する。その傍ら自主映画を制作し、「COIN LAUNDRY」(2013)、「はちきれそうだ」(2014)が、ショートショートフィルムフェスティバル&アジアや福岡インディペンデント映画祭、したまちコメディ映画祭、アシアナ国際短編映画祭、ジャパンフィルムフェスティバルなど国内外の多数の映画祭で上映される。

 



★『父の結婚』
chichi-pos.jpg出演:ソニン、板尾創路、山中 崇、襄ジョンミョン、山田キヌヲ

メイクアーティストの青子は、客からも恋人からも「心がない」と言われ自信を失いかけていた。メイクの楽しさを忘れてしまった青子は、その人に合ったメイクを考えることもできずいつもワンパターン。東京で傷付き、帰省してみたら今度は父親が女装して、さらに再婚相手は男だと知りショックを受ける。そんな中、亡き母親との思い出や、メイクをしてあげて喜ぶ再婚相手の幼い娘の笑顔を見て、メイクの楽しさが甦る。そうして彼女自身も周りの人を思いやる気持ちを取り戻し、反感を抱いていた父親にも理解を示していく。父親に花嫁のメイクする青子の柔らかな表情から彼女の成長を感じ取れるが、父親が女装するキッカケはわかるが、それがなぜ男との結婚に繋がるのかの疑問は残る。女装趣味とゲイとは違うから。面白い題材だが、笑うに笑えない無理があるようだ。


監督:ふくだ ももこ プロフィール
VIPO2016-fukuda-240-2.jpg1991年大阪府生まれ。日本映画学校で映画を学ぶ。監督、脚本を務めた卒業制作「グッバイ・マーザー」(2013)がゆうばり国際映画祭2014、第六回下北沢映画祭、湖畔の映画祭に入選。CM制作会社を退社後、フリーランスに。2015年、内田英治監督のオムニバス映画「家族ごっこ」(2015)の一篇「貧乳クラブ」の脚本を執筆し、劇場公開される。目標は、カンヌ国際映画祭でパルムドールを獲ること!

 



★作品:『はなくじらちち』
hanakujira-pos.jpg出演:森下能幸、黒川芽以、夙川アトム、水澤紳吾、中村ゆうじ

コインロッカーで荷物を出し入れしているホームレスの哲治の元に、娘のはなと名乗る女子プロレスラーとマネージャーの鯨が訪ねてくる。「哲治ではない、自分には娘などいない」と突っぱねるが、14年前に父親が家族を捨てて蒸発した原因は自分にあるのでは?とずっと重荷に感じていたはなのために、鯨は哲治に執拗に食い下がる。あくまで否定する哲治に悪態をつくはな、その二人の仲を取り持とうとする鯨。父と娘の関係性が絶望的になった時、哲治の頑なな胸の内が明かされる。血の繋がりは打ち消せるものではない。長い間音信不通の父親がみじめな生活をしていれば尚更のこと、娘は複雑な感情がこみ上げてくるだろう。父親も、娘を大事に思ってくれる男がいるとわかれば、それは嬉しいに違いない。幸せな二人を見届けた後では、父親にもそれまでとは違った幸せな生き方ができるだろう。「家族ってめんどくさいけど、愛おしい!」と思える作品。


監督:堀江 貴大(ほりえ たかひろ)プロフィール
VIPO2016-horie-240-2.jpg1988年岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。大学院在学中に監督した短編映画「まんまのまんま」(2013)が水戸短編映像祭コンペティション部門にノミネート。オムニバス映画「リスナー」(2015)では「電波に生きる」を監督し、2015年春、渋谷ユーロスペースにてレイトショー公開される。修了制作として監督した長編映画「いたくても いたくても」 (2015)TAMA NEW WAVE コンペティションにてグランプリ、男優賞、女優賞を受賞。現在、劇場公開準備中。

 



★作品:『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』
heyhey-pos.jpg出演:太賀、岸井ゆきの、牧田哲也、中田みのり、ぼくもとさきこ、伊達暁

木吉は、コンビニの店員マコトに絡んでいたクレーマーにいきなりとび蹴りする。それ以来マコトは、木吉がいろんな所でクレーマーたちにとび蹴りするのを見るのが何よりの喜びとなっていった。どこまでいくのだろうという危うさを感じさせつつ、木吉はマコトのためにいつまでも蹴ろうと思っていたが、「また蹴る?」という彼女の言葉に一瞬マを置いてしまった。そんな木吉のためらいを彼女は見逃さず、去って行く。それは、彼の生真面目さを大事にしようとする彼女の優しさからの別れだった。このラストシーンにはホロリとさせられる。太賀(『ほとりの朔子』『マンガ肉と僕』)と岸井ゆきの(『友だちのパパが好き』『ピンクとグレー』)という若手俳優の中でもキラリと存在感を示すフレッシュコンビによる、疾走ラブストーリー。


監督:佐藤 快磨(さとう たくま)プロフィール
VIPO2016-satou-240-2.jpg1989年秋田県生まれ。2012年よりニューシネマワークショップ 映画クリエイターコースを受講、「舞い散る夜」(2012)、「ぶらざぁ」(2013)を監督。その後ニューシネマワークショップ制作部に所属し、初の長編監督作品「ガンバレとかうるせぇ」(2014)が、ぴあフィルムフェスティバル PFFアワード2014で映画ファン賞と観客賞を受賞、第19回釜山国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされるなど、国内外の様々な映画祭で高く評価される。

 


(河田 真喜子)
 

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アミール・ナデリ監督×坪田義史監督『シェル・コレクター』トークイベント

~「坪田監督はこれからの日本映画界を担う新星!」ナデリ監督が太鼓判!~

 第45回ロッテルダム国際映画祭Bright Future部門正式出品
リリー・フランキー15年ぶりの単独主演作


日米合作、リリー・フランキー15年ぶりの単独主演最新作『シェル・コレクター』の公開を記念して、坪田義史監督、本作のプロデューサーであるエリック・ニアリ、そしてそのニアリがプロデュースした西島秀俊主演映画『CUT』の監督であるアミール・ナデリがトークイベントに登壇。

自身も熱狂的な映画マニアであるアミール・ナデリが同じく映画狂の西島秀俊を主演に据え、日本で撮り上げた『CUT』と、同じく映画マニアで知られるリリー・フランキー、寺島しのぶ、池松壮亮、橋本愛が出演し、米原作を日本で舞台に置きかえた『シェル・コレクター』。商業作品に媚びない作品を手がけてきた監督同士の映画トークに花が咲きました。


【日程】3月6日(日)12:10~12:40(10:40の回上映後)

【場所】テアトル新宿

【登壇者】坪田義史監督、エリック・ニアリ(プロデューサー)、アミール・ナデリ監督(『CUT』)

<イベント内容>
ナデリ監督『CUT』のプロデューサーで、本作のプロデューサーでもあるエリック・ニアリ氏を介して『シェル・コレクター』にアドバイザーとして参加していたナデリ監督。開口一番「日本映画を20年来教えてきているが、坪田監督は素晴らしい!」と絶賛。色使いや台詞の少なさ、リリー・フランキーや池松壮亮など日本で一番おもしろい役者たちの起用など、映画の面白さを挙げながら、ナデリ監督は興味津々の様子で坪田監督を質問攻めに!最後は「坪田監督はこれからの日本映画界を担う人!」と太鼓判を押しました。


shell-500.jpg★ラッシュ段階で見てナデリ監督が衝撃を受けた映画『シェル・コレクター』

ナデリ:エリックさんは私の前作『CUT』や新作「Monte(原題)」のプロデューサーで、彼は鋭くもあり優しい意見をいつもシェアしてくれるのです。そういった関係性もあって、はじめに彼は僕に坪田監督の8ミリ作品と『シェル・コレクター』を編集段階で見せてくれました。

エリック:坪田監督の8ミリ作品『でかいメガネ』をナデリ監督に見せたらとても気に入ってくださって、「『シェル・コレクター』で私にできることがあれば是非!」とおっしゃってくださったのです。そして(昨年の)夏に編集段階で映画を見せて貴重なアドバイスをたくさんいただきました。今日完成したものをよくやく見てもらうことができました。

坪田:NYで編集していたのですが、ある日を境にエリックさんの意見がとても論理的になったんです。「これは裏に誰かいる!」と思ったら、それがナデリ監督でした。

ナデリ:日本映画を20年教えてきていて、常に新しい才能を探していますが、坪田監督は久しぶりに現れた新星だと感じています。監督はみな他の作品から影響を受けていることが多いと思いますが、坪田監督の作品は自分自身の経験や内から湧き上がってきたものが描かれていると思います。それはとても大切なことです。海や水、その関係性、そこにいる魚や貝類の描き方が、自分でもこう撮るだろうと思うものに近く、関わりたいと思うようになりました。

若い監督は自分の言いたいことを言葉や台詞で伝えようとすることが多いと感じますが、彼は違って水や水中、空気感、雰囲気など、ロケーションで語ろうとしているのが素晴らしいです。


★原作の選択、色彩、キャスティング…オリジナリティあふれる世界にナデリ監督敬服!

ナデリ:なぜこの原作を選び、日本の沖縄を舞台に置き換えてどう映画化しようと思ったのですか?

shell-b-240-2.jpg坪田:2012年に渡米し、異国の地で日本人としてアイデンティティを打ち出せる作品を作りたいと思っていました。震災後だったので、自然と人が対峙する映画を撮りたいと思ったときにアンソニー・ドーアの『シェル・コレクター』が浮かびました。日本人としてのアイデンティティを提示するのに、西洋の文芸作品を日本の情景に脚色してみたかったんです。

ナデリ:私は原作を知らなかったので、日本の話だと思っていました。リリーさんのボディランゲージが日本的だし、海との繋がり方、キャラクターの立ち振る舞いも非常に日本的に感じました。これほど日本のものにしてしまうとは、お見事です!水彩画を思わせる色使いも日本的で印象的でしたね。

坪田:私は色には過敏な方で、16ミリのフィルムが捉える鮮やかな色にはこだわりました。海の青さだけでなく、植物の緑であったり、(橋本愛演じる)嶌子の着ているドレスの赤など、色はポイントになるように設計しています。

 
★日本を代表するシネフィル俳優たちがすごい!

ナデリ:日本でいま一番おもしろい役者たちが出演していますね。演出はどうしたのですか?

shell-240-2.jpg坪田:リリーさんはアーティストであり、役者であり、小説家でもあり、とてもボーダーレスに活躍されている方です。今回ファンタジーと現実の境界線上を演じてほしくて、「現実と寓話の狭間」についてリリーさんとよく話し合いました。リアルではなくファンタジーを跨ぐ芝居をしてほしいと。

ナデリ:まさにボディランゲージを通じてそれが綴られていますね。台詞は少ないけれど、掃除をしているだけでも、その立ち振る舞いからどんなことを考えているのかが伝わってきます。情報を役者に与えすぎなかったのではないですか?伝えすぎることがなかったから、演じる側のイマジネーションが触発されて良い演技を引き出したのではないかと思います。

坪田: (『無伴奏』の)矢崎仁司監督とも話しましたが、池松壮亮さんは日本映画を助けてくれる、映画を豊かなものにしてくれるひとだと思います。作品との関わり方が誠実です。池松さんの存在で、商業とアートをつなぐことができるのだなと思っています。

ナデリ:池松さんは『CUT』を見に来てくれて、その後話をしました。「監督と仕事をしたい」と言ってくださいました。『シェル・コレクター』を観たとき、「彼を知ってる!」と驚きましたね。『CUT』を見たあとに映画について熱く語るその姿から、彼がいかに映画が好きなのかが伝わってきました。この作品では、イノセンスがあって、感じているものが観客に伝わる演技でしたね。


★坪田監督についてナデリ監督から一言!

ナデリ:坪田監督は新しい、素晴らしい、これからの日本映画界を担っていく監督になると思います。間違いなく将来日本を代表する監督になると確信しています!


『シェル・コレクター』 <本作の紹介>

★美大出身者勢ぞろい!!
リリー・フランキー(武蔵野美術大学卒)、坪田義史監督(多摩美術大学卒)、抽象映像監督・牧野貴(日本大学芸術学部卒)、脚本・澤井香織(東京藝術大学大学院卒)。美大出身者たちが創りだす、新感覚映画が誕生!

★日米の才能が集結!!
原作:アンソニー・ドーア「シェル・コレクター」(米)、音楽:ビリー・マーティン(メデスキ,マーティン&ウッド)(米)、プロデューサー:黒岩久美(『スモーク』『ブルー・イン・ザ・フェイス』プロデュース)、エリック・ニアリ(『CUT』プロデュース)(米)、劇中絵画:日本とアメリカで活躍する画家・下條ユリ、抽象映像監督:牧野貴……と日米の才能が集結して、未体験の映像世界が完成!

 
<貝の螺旋が描き出す官能的な美しさに魅入られた人々の物語>

shell-240-1.jpg盲目の貝類学者を演じるのはリリー・フランキー。本作が実に15年ぶりの単独主演作となる。
いづみを演じるのは日本映画界に不可欠な女優、寺島しのぶ。学者の息子・光役に、受賞が続く若手実力派俳優・池松壮亮、いづみと同じ奇病に冒された娘・嶌子には話題作の公開が相次ぐ女優、橋本愛。貝が魅せる螺旋の美しさ、沖縄の海と空の雄大さ、そして実力派俳優たちが織り成す孤独と再生……。

貝の毒は奇病を救う薬なのか、それとも自然が人間に与えた警鐘なのか。自然の中で生きる人間に向けたメッセージが詩的な映像美で描き出されます。


◆ストーリー

貝の美しさと謎に魅了され、その世界で名を成した盲目の学者は妻子と離れ、沖縄の孤島で厭世的生活を送っていた。

しかし、島に流れ着いた女・いづみの奇病を偶然にも貝の毒で治したために、それを知った人々が貝による奇跡的な治療を求めて次々と島に押し寄せるようになる。その中には息子・光や、同じく奇病を患う娘・嶌子を助けようとする地元の有力者・弓場の姿もあった。


出演:リリー・フランキー  池松壮亮 橋本 愛 普久原明 新垣正弘 / 寺島しのぶ
監督・編集:坪田義史(『美代子阿佐ヶ谷気分』
脚本:澤井香織、坪田義史
原作:アンソニー・ドーア『シェル・コレクター』(新潮クレスト・ブックス刊)
(C)2016 Shell Collector LLC(USA)、『シェル・コレクター』製作委員会
公式サイト⇒ 
www.bitters.co.jp/shellcollector
配給:ビターズ・エンド

テアトル梅田にて大ヒット上映中! 3/5~京都シネマ、シネ・リーブル神戸にて公開

joe-int-550.jpgボクサー辰吉丈一郎を20年間追いかけたドキュメンタリーの労作『ジョーのあした』を撮った阪本順治監督と、辰吉の会見風景


あきらめんボクサー『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』インタビュー

ゲスト:阪本順治監督、辰吉丈一郎

■ (2015年 日本 1時間21分)
■ 監督:
阪本順治
ナレーション:豊川悦司
大阪先行公開!2016年2月20日(土)~シネ・リーブル梅田、塚口サンサン劇場、2月27日(土)~シネマート心斎橋、順次~京都シネマ ほか順次公開
■公式サイト⇒ http://www.joe-tomorrow.com/
■ (C)日本映画投資合同会社



~“あきらめんボクサー”ジョーの執念~

 

joe-462.jpg阪本順治監督が一世を風びした天才ボクサー・辰吉丈一郎を20年間にわたり追い続けたドキュメンタリー映画『ジョーのあした  辰吉丈一郎との20年』(2月20日から大阪先行公開)が完成。先ごろ大阪・ABCホールで完成披露試写会が行われた。ようやく陽の目を見た“奇跡のドキュメンタリー”を、舞台挨拶で訪れた阪本監督と主人公ジョーに聞いた。


‘90年代、“浪速のジョー”の登場は衝撃的だった。日本人選手の世界タイトル戦での連敗が続いていた1991年2月、大阪帝拳ジムの辰吉丈一郎が、WBC世界バンタム級王者グレグ・リチャードソン(米国)を10回終了TKOで破り、第24代バンタム級世界チャンピオンの座に着いた。当時21歳、デビュー8戦目の世界タイトルは具志堅用高(9戦)を抜く日本最速の快挙だった。阪本監督のデビュー作、ボクシング映画『どついたるねん』の評判を聞いた雑誌編集者の企画で2人が対談したことから、監督とジョーのロングラン・インタビューが始まった。1回目の撮影は、’95年8月、ラスベガスでのノンタイトル戦。だが、映画には派手なファイトシーンは少なく、1人の人間をこんなにも長く追い続けた「記録映画」は珍しい。


joe-550.jpg阪本監督は「最初はそんな(長く撮る)つもりじゃなかった」と言う。辰吉も「気がついたら20年経って、45歳になっていた」。1989年に19歳のボクサー辰吉がデビュー。同じ年に阪本監督もデビューした。雑誌のインタビュー以来、監督が辰吉の試合を見に行ったり、るみ夫人も含めて食事するなど、家族ぐるみの付き合い。「サカP」と「辰ちゃん」の付き合いはもう25年になるという。取材=インタビューといった堅苦しい“撮影”ではない。「彼は自分の試合のことを作品と表現する。その感性に惚れた」と監督。辰ちゃんは「監督が取材に来たら、自然に話せた。初対面の印象はうっすらと残っている。監督と思ってモノ言ってない」。サカPはことあるごとにジョーのインタビューを重ねた。大阪に戻るたびに「守口へ行き、ジョーと話した。彼には矛盾がない。自由に撮れて、NGもない。ホントに清々しい気持ちになれた」。監督には、ジョーとの会話は一服の清涼剤に違いない。その穏やかな雰囲気が画面から滲み出る。


joe-500-3.jpg撮りためた20年間、1000分のフィルムを1回まとめたい、自分が見てみたいと、出来あがったのがこの映画。だが、画面にくっきり姿を現すのは「まだ辞めない」ジョーの姿だ。今も「4度目(世界タイトル)を狙っている」ときっぱり。「これで引退したら、フツーのボクサーになってしまう」と答える表情は大まじめだ。“途中経過”のこの映画についても「勝手なこと、すんなよ。まだ現役やし。引退したら映画にする、と聞いていた」という。  天才と言われたジョーもこれまで何度か“引退の危機”にさらされた。最初の王座奪取から1年後、ラバナレス(メキシコ)との初防衛戦、9回TKOでプロ初黒星。’93年にラバナレスを相手に世界再挑戦、判定勝ちで王座に返り咲くが、網膜はく離が判明し事実上、引退を余儀なくされる。


joe-500-2.jpgだが奇跡的に手術が成功し、現役続行。’94年、フィアレス(メキシコ)を3回TKOで下し、3度目の世界チャンピオンに。同年12月、薬師寺保栄との世界統一戦で注目を集めるが、判定負けで陥落。大阪帝拳から引退勧告を出される。ジョーはこれも拒否するが「引退選手扱い」となり、国内で試合が出来なくなる。これほどの逆境。普通の選手なら諦めてもおかしくないがジョーは違う。「海外でやる」とタイなどで試合を続けた。引き際などまったく考えないこの執念はどこから来るのか?  このとてつもない執着こそがジョーという男だ。今も現役ボクサーとしてトレーニングは欠かさないという。


阪本監督は、’94年にドキュメンタリー・ドラマ『BOXER JOE』撮っているが「不満が残った。引き続きカメラを回したい、と彼に申し出た。“引退するまで追う”つもりだったが、まさか20年経っても引退しないとは、想像も出来なかった」。

 
joe-500-1.jpg映画のスーパーヒーロー『ロッキー』は時の流れに忠実に、スタローンが宿敵アポロの息子のトレーナーを務めるが、難波のジョーの現役はまだまだ終わらない。辰吉の次男・寿以輝がプロデビューしたのが「辰吉君にも区切りになるかなと思った」阪本監督だが「かえって現役への闘志が燃え上がったよう」というからオソロしい。


だから『ジョーのあした』には間違いなく続編がある。4度目の世界チャンピオンの座を射止めた時が真のフィナーレ=クライマックスになるのだろう。これはもう、どんなボクシング映画にも出来ない破天荒な『夢』に違いない。      

(安永 五郎)

 

aboutCoffee-550.jpg『A Film About Coffee』京都公開記念イベント「珈琲マルシェ」開催決定!
Fuglen Tokyo(東京)、TRUNK COFFEE(名古屋)、MERRY TIME(大阪)、LiLo Coffee Roasters(大阪)など、話題のコーヒーショップが集う。

元小学校を改築したノスタルジックの中で、コーヒーを片手に映画を楽しめる冬の休日に。


京都木屋町・立誠シネマプロジェクトにて、絶賛公開中の『A Film About Coffee』。公開を記念して、2/20(土)に人気のコーヒーショップを集めた一日限りのイベント『京都珈琲マルシェ』を開催します。参加コーヒーショップは、世界最高水準のコーヒーの街、ノルウェーの首都オスロに本店を構えるFuglen Tokyo、スペシャルティコーヒーを自家焙煎している名古屋の人気コーヒーショップTRUNK COFFEE、アメリカ西海岸のコーヒー新潮流を代表するひとつの「Fourbarrel Coffee(フォーバレル・コーヒー)」を日本で初めて扱うMERRY TIME、大阪で若者から大人気のLiLo Coffee Roastersなど、個性豊かなショップが京都に集結します。当日は、5種類のコーヒーの味の違いをお楽しみいただける飲みくらべチケット(1200円)でご用意。コーヒーの奥深い世界を、ぜひ体験して みてください。

aboutCoffee-mar-250.jpg会場となる元・立誠シネマは小学校を改築した場所です。3階の立誠シネマプロジェクトでは、20日限定で、映画『A Film About Coffee』を1日4回上映します。ノスタルジックな雰囲気の中、映画とコーヒーを片手に休日のひと時をお楽しみください。飲みくらべチケットをお買い求めのお客様には、嬉しい特典も。

参加コーヒーショップ(アルファベット順)
・Fuglen Tokyo(東京)
・LiLo Coffee Roasters(大阪)
・MERRY TIME(大阪)
・TRUNK COFFEE(名古屋)
・Traveling Coffee(京都)


*元・立誠小学校とは
廃校になった小学校の建物を利用して立誠・シネマプロジェクトなど様々なイベントが行われている場所です。

 


☆京都 珈琲マルシェ
 イベント概要☆
【日時】
2016年2月20日 (土)11:00~19:00

(映画『A Film About Coffee』の上映時間は、小学校三階にある立誠シネマプロジェクトにて、この日のみ4回上映。
10:00/11:30/13:00/17:40)

【場所】
元・立誠小学校 1階職員室 Traveling Coffeeとエントランス
(〒604-8023 京都府京都市 中京区備前島町310−2)
阪急京都線「河原町駅」1番出口から北に徒歩3分

【お問い合わせ】※一般の方
映画についてのお問い合わせ 電話:080-3770-0818

珈琲マルシェについてのお問い合わせ 電話:メジロフィルムズ 090-2668-8100
※5店舗のコーヒーを飲み比べられるチケット(1200円)をお買い求めのお客様に映画割引券をプレゼント。

 


■A Film About Coffee関連サイト
【公式サイト】 http://afilmaboutcoffee.jp/
【Facebook】 https://www.facebook.com/afilmaboutcoffee
【Twitter】 https://twitter.com/coffee_film_jp
【Instagram】 https://instagram.com/afilmaboutcoffee_jp/
【本予告YouTube】 https://www.youtube.com/watch?v=6wa-MNgkNsc

 


 aboutCoffee-m550.jpg『A Film About Coffee』(ア・フィルム・アバウト・コーヒー)

「おいしいコーヒー」はどこから来るのだろうか?
コーヒーを愛するすべての人におくる Seed to Cup(種からカップまで)の物語


【作品概要】
「究極のコーヒー」を求め、豆の選定、焙煎、ドリップ方法……様々なアプローチで追求するコーヒーのプロフェッショナルたち。本質を追い求める姿はまるで求道者のようだ。ここ数年で拡大を見せる、高品質で風味の優れた「スペシャルティコーヒー」の市場。その担い手たちは従来の“質より量”のコーヒー業界のカウンターとして、豆の生産地からカフェに至るまでのあらゆる場所に新たな経済の仕組みを息吹かせ始めている。コーヒーから始まるこの変革の姿を美しい映像とともに作り上げたのは、サンフランシスコ在住のCMクリエイター、ブランドン・ローパー監督。本作は自主制作映画でありながらも、世界30カ国108都市のコーヒー愛好者の手で自主的な上映会が開催され話題を呼び、ついに本国アメリカでも配給が決まった。コーヒーへの深い愛情が育んだ本作は、知られざる Seed to Cup(種からカップまで)の物語であり、琥珀色の神秘の液体の奥深い世界へいざなう招待状だ。観た後は、コーヒーがより身近に、より愛しく思えるだろう。

【主な出演者(海外)】
「スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ」生豆バイヤー ダリン・ダニエル
「ハンサム・コーヒー・ロースターズ」共同オーナー/2010年世界バリスタ・チャンピオン マイケル・フィリップス
「ブルーボトルコーヒー」オーナー ジェームス・フリーマン
「カウンター・カルチャー・コーヒー」バリスタ/2012年全米バリスタ・チャンピオン ケイティ・カージュロ
「リチュアル・コーヒー・ロースターズ」オーナー アイリーン・ハッシ・リナルディ
「リチュアル・コーヒー・ロースターズ」バリスタ ケヴィン・ボーリン
「コアヴァ・コーヒー・ロースターズ」バリスタ デヴィン・チャップマン
「G&Bコーヒー」共同オーナー/2008年全米バリスタ・チャンピオン カイル・グランビル
「ラ・マルゾッコ」CEO ケント・バッケ

aboutCoffee-m500.jpg【主な出演者(東京)】
表参道「大坊珈琲店」(※2013年に閉店)オーナー 大坊勝次
下北沢「ベアポンド・エスプレッソ」オーナー 田中勝幸
表参道「オモテサンドウ・コーヒー」オーナー 國友栄一
代々木公園「リトルナップ コーヒースタンド」オーナー 濱田大介
富ヶ谷「フグレン・トウキョウ」オーナー 小島賢治

監督:ブランドン・ローパー
出演: ダリン・ダニエル(スタンプタウン・コーヒー・ロースターズ)、マイケル・フィリップス(ハンサム・コーヒー・ロースターズ)、ジェームス・フリーマン(ブルーボトルコーヒー)、ケイティ・カージュロ(カウンター・カルチャー・コーヒー)、アイリーン・ハッシ・リナルディ(リチュアル・コーヒー・ロースターズ)、大坊勝次(大坊珈琲店) 、田中勝幸(ベアポンド・エスプレッソ)ほか
(2014 年 / アメリカ / 66 分 / 16:9 / デジタル)
提供:シンカ/ヌマブックス/シャ・ラ・ラ・カンパニー 配給・宣伝:メジロフィルムズ 


 

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~3人の女と1人の男、抗い、寄生し、自分を見つけるまでの青春物語~

 
『歓待』(11)『ほとりの朔子』(14)『欲動』(14)と、女優、プロデューサー、監督として唯一無二の存在感を放つ杉野希妃。その初監督作品、『マンガ肉と僕』が2月11日からいよいよ劇場公開される。主人公サトミを演じ、監督業をこなしながら、自らの出演シーンはサトミとして演技に専念している様子を、撮影現場取材で実際に目にし、そのバイタリティーと頭の切り替えの早さに驚かされたが、出来上がった作品もうれしいサプライズに溢れている。
「杉野希妃初監督作『マンガ肉と僕』撮影に密着!主演も務める同作への想いを語る。」はコチラ
 
男に抗うために太ることを自分に課す主人公サトミを演じるために、真夏の撮影の中特殊メイクで挑んだ杉野と、杉野が寄生する大学の同級生ワタベを演じる三浦貴大とのやりとりは、奇妙だけど、どこか笑える。その後ワタベが付き合うことになったバイトの同僚菜子(徳永えり)就職直前から同棲状態だった弁護士志望の年上女性(ちすん)など、3人の女性と付き合いながら変貌を遂げるワタベは、男のリアルが滲み出て興味深い。成長する女と成長しきれない男。永遠の命題のようなテーマに加え、今までプロデューサーとして社会的な問題を作品に内在させてきた杉野希妃らしい、社会的な側面を盛り込み、現在日本の抱える問題も背景に滲ませた。和テイストの音楽が舞台となった京都の風情に馴染み、新しいのに懐かしい感覚を呼び起こす青春物語だ。
 
記者会見では、杉野希妃監督と主演の三浦貴大さんが登壇し、原作で惹かれた点や京都撮影の印象、そして役に対する思いについて語ってくださった。その模様をご紹介したい。
 

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■サトミは自分が演じたキャラクターの中で一番楽しく、アドレナリンが出ていた。(杉野)

 ワタベはメンタリティーの部分で、重なるところが多かった。(三浦)

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―――ユニークなシナリオですが、杉野監督からオファーを受けたときの感想や、現場での演出についてお聞かせください。
三浦:この作品の話をいただき、脚本を読ませたいただいた後監督にお会いしたのですが、おそらく杉野監督も役者と相談しながら、役の方向性を決めていきたかったのだと思います。ワタベと三浦貴大という俳優とは、リンクする部分がたくさんあり、メンタリティーの部分で重なりました。一方で、自分を出していくことになりますから、演じるとは別の部分で大変なこともあるだろうなと楽しみにしながら現場に入りました。年の近い監督とあまり仕事をしたことがないので、現場の前から楽しみでした。しかも今回はサトミ役でも出演されているので、大変さは想像を絶するのではないかと心配していました。今、僕が役者以外のことをヤレと言われても無理なので、単純にスゴイなと思って観ていました。
 
―――3人の女性に囲まれての撮影は楽しかったのでは?
三浦:楽しかったですよ。
杉野:いやいや、苦労されたと思います。とてもふり幅の大きいキャラクターばかりなので、相手をするのが大変だったのではないでしょうか。三浦君は吸収力がすごくて、10%伝えただけで、全てをわかって「やってみます」と言って、次のテイクで全てが修正されているのです。間合いやセリフの言い回しの微妙なニュアンスなど、言葉では言いにくいような部分なのですが。どんどん水を吸収するスポンジのような方ですね。私が演じるときは、毎回モニターチェックもしていたのですが、温かく見守ってくれ、一緒に映画を撮れてよかったなと思っています。そういう包容力を本来持っていらっしゃるのでしょう。
 

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―――サトミ役は最初から自分で演じようと思っていたのですか?
杉野:当初は吉本の芸人さんを起用する案もありましたが、私自身サトミのキャラクターに共感する部分があり、やってみたいと思っていたので自分から志願して演じることにしました。最初は本当に30キロ太ろうと考えたのですが、太ったあと痩せるシーンもあるので結局は特殊メイクにしました。動くのも大変でしたが、自分が演じたキャラクターの中で一番楽しく、アドレナリンが出ていた気がします。
 
―――三浦さんのキャスティングの経緯は?
杉野:『東京プレイボーイクラブ』を見たときから面白い役者さんだと注目していましたが、脚本を書いている段階でも、「これを三浦君がやってくれたら」と想定しながら執筆していました。リンクしそうだという何かが醸し出されていたのでしょうね。
 
―――三浦さんご自身は、どのあたりがリンクすると感じたのですか?
三浦:ワタベは、一番最初田舎から出てきた時は人見知りで、うまくコミュニケーションが取れません。この映画のオファーがくる少し前に小学校の時の先生にお会いしたのですが、小学校入学当時、僕はずっと机の下に「友達がいない」と隠れていたそうです。元々のメンタリティーでワタベと似ている部分があったのでしょうね。成長の仕方も自分と似ているなと思っていました。
 

■映画の聖地、京都で今の時代の女性像を意識して撮った。(杉野)

 京都は映画向きな街。出来上がった作品をイメージしやすい。(三浦)

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―――作品トータルのトーンやリズムなど、何か決めていたことはありますか?
杉野:クラッシックな映画を意識した部分はあるので、カット割を激しくしてテンポを良くすることはあまり考えませんでした。やはり役者さんの演技が一番大事なので、演じていただいた上で修正していく。役者の皆さんが元々持っている素質をどうやって活かすかが監督としての仕事ではないかと思っています。
 
―――意識したクラッシック作品とは、溝口作品ですか?
杉野:おこがましい言い方ですが、あの年代の監督の中で、女が描かれているという意味では、溝口作品を常に意識している部分はあります。「男に嫌われるために女が太る」という原作のモチーフ自身も、どこか溝口作品につながるテーマのような気がしますし、せっかく映画を撮るのなら映画の聖地、京都で撮ってみたいと主張させていただきました。そして京都で撮るなら溝口作品のような女性像とはまた違う、今の時代の女性像を意識し、ラストシーンは描いているつもりです。
 
―――『マンガ肉と僕』、そして既に公開された『欲動』とフィルモグラフィーを重ねてみて、見えてきた方向性や、気づいた変化などはありますか?
杉野:『マンガ肉と僕』と『欲動』は完全にスタイルが違う作品なので、自分のスタイルが何なのかがまだ確立はされていないです。自分自身が詰まっていると感じるのは『マンガ肉と僕』ですね。「これが等身大です」と言えるような作品になっている気がします。『欲動』は女性の解放を意識して撮りましたが、自分自身をさらけ出すというより、少し客観的に撮った気がします。

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―――京都で撮影した印象は?
三浦:役者として場所が与える影響はすごく大きくて、脚本の設定した場所で撮影できるのはすごく大きいです。セットでグリーンバックだとか、京都だけれどこのシーンは東京で撮るとなると、ここが京都だという気持ちを作らなければいけないので、一段階手間がなくなり、ありがたかったです。また、京都は歴史のある街並みで、こういう作品になるだろうというイメージがしやすい。なんて映画向きな街なのだろうと思いました。京都は建物もあれば、道が一直線に抜けている場所もありますし、新しいところもあれば、歴史もあり、自然もありますから。
杉野:京都の方々は映画の撮影をしていても、自然と見守りながら通り過ぎていかれるのがとても心地よく、街に見守られながら撮れている実感がすごく湧いていました。知恩院前のラストシーンは奇跡的なショットが撮れており、ある動物が奇跡的な演技をしてくれました。まさに映画の神様が舞い降りてきたと思う瞬間でしたね。

 

■映画は残るものだから、社会問題や自分自身が感じていることを入れるべき。(杉野)

 女性の成長に置いていかれる男の気持ちを反映させた。(三浦)

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―――ニュースで流れる映像や、ワタベが福島出身という設定など、杉野監督作品には、原作には多分なかったような社会性が盛り込まれている印象があります。
杉野:今の日本も溝口監督が撮られていた時代とは変わっていないなと思う部分はあります。未だに女性を軽視するような言葉が普通に飛び交っていますし、人それぞれ色々な生き方があって当然だと思いますが、例えば「子どもを産むのは当たり前」だとか、そういう趣旨の発言が出てくるのを見ると、釈然としないなと思う時もあります。そのようなときに、このお話をいただいたので、社会に抗う女たちをテーマにすると面白いなと思って進めていきましたので、必然的に福島の問題や、テレビのニュースで流れていた慰安婦問題なども含まれていきました。その時だけの問題ではなく、ずっと続いていく問題である気はしましたし、何十年後観た人たちには、当時こういうことが話題だったのだと感じていただけるはずです。映画は残るものですから社会問題や、自分自身がモヤモヤしているものを映画自身に入れるべきではないかと思ったのです。
 
―――この映画はワタベがサトミに寄生され、その後は彼女に寄生していきます。寄生することが悪いという風には描かれておらず、時には生き残るために必要といった表現もされていましたが、三浦さんは演じてみて「寄生」をどう感じましたか?
三浦:劇中でも言っていますが、「生態系を保つために、強いものに寄生して生きることは必要」だと僕自身も思います。ワタベの周りに3人の女性がいて、3人とも徐々に変化していきます。その中でワタベも成長しているのですが、女性の成長に置いていかれてしまう。ワタベが大学一年生の時は男性と女性が立場や内面性が同じぐらいの場所にいる感じで、ワタベは寄生される側なのですが、結局ワタベは置いていかれ、男が寄生する側になってしまいます。私生活でも僕は30歳になりましたが、同級生の女性から置いて行かれているなと思うことがあり、その気持ちをそのままこの作品にも反映させた感じです。女性を軽視している発言をよく聞くという話で僕が昔から思っていたことは、社会的な目から見て男も「働いて当たり前」という決めつけがあり、僕はそれが嫌なんです。実際にはそんなに働きたくないし、結婚して子どもができたなら主夫になっても構いません。社会的な男に対する目が嫌なので、杉野監督がおっしゃった「女性に対する軽視の発言が今でも変わらず多い」という部分も理解しやすかった気がします。
(江口由美)
 

<作品情報>
『マンガ肉と僕』(2014年 日本 1時間34分)
監督:杉野希妃
原作:朝香式『マンガ肉と僕』新潮社刊
出演:杉野希妃、三浦貴大、徳永えり、ちすん他
2016年2月13日(土)~シネ・ヌーヴォ、元町映画館、京都みなみ会館にて公開、
公式サイト⇒http://manganikutoboku.com/
(C) 吉本興業
 
 

nekoyon-s-550.jpg生き物を飼うことの大変さと喜びと。『猫なんかよんでもこない。』インタビュー

ゲスト:山本透監督、原作者の杉作先生
(2015年11月21日 大阪にて) 


『猫なんかよんでもこない。』
nekoyon-550.jpg・2015年 日本 1時間43分
・原作:杉作(「猫なんかよんでもこない。」実業之日本社刊/全4巻+その後(公式ファンブック))
・監督・脚本:山本 透  共同脚本:林 民夫
・出演:風間俊介、つるの剛士、松岡茉優、内田淳子、矢柴俊博/市川実和子(猫:子供時代(チンとクロ)、大人時代(のりこ、りんご))

2016年1月30日(土)~TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS) ほか全国ロードショー
公式サイト: http://nekoyon-movie.com/
・コピーライト:© 2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
★風間俊介と山本透監督の舞台挨拶レポートはこちら



~独りではない、猫と共に乗り越えられた逆境の日々~

 
『グッモーエビアン!』や『探検隊の栄光』と、家族や仲間との絆を熱いハートで描く山本透監督が、“大人が泣ける猫漫画”として注目されている元ボクサーの漫画家・杉作著の『猫なんかよんでもこない。』を風間俊介主演で映画化。猫嫌いな主人公が猫の面倒を看ながら徐々に自立していき、さらに逆境を乗り越えられるほど成長していく物語は、静かだけど熱い想いが余韻として残る山本監督ならでの手腕が光る映画である。


本作の公開を控え、山本透監督と原作者の杉作先生が来阪。気まぐれな猫を相手に苦労された撮影中の秘話や、原作と映画についてのそれぞれの想いをうかがうことができて、より映画『猫よん。』への親近感がわいてきた。 
 



【映画化の意図と主人公ミツオについて】
――― 原作のどういうところに魅力を感じたのですか?
山本監督:まず、猫の描き方が愛玩動物的ではなく対生き物として対等に描かれて新鮮に感じられたことと、4コマ・8コマ漫画ですがとてもドラマチックな物語だったことです。猫嫌いなプロボクサーが猫の面倒を看させられて、さらに挫折を経て漫画家を目指すなんてよくある話ではなく、それが実話というところにも魅力を感じました。猫を撮るのは大変だということは分かっていましたが、とても感動した原作だったので、これは是非映画にしたいなと思いました。

――― 時代設定は?
山本監督:ちょっと前くらいです。DVDよりVHSを持っていたり、「あしたのジョー」とか読んでいる世代だったり、ブラウン管TVだったりしますが、昔の映画ですよと売りたかった訳でもないので、ぼやかしています。

――― 主人公のミツオをどんな若者と解釈して描いたのですか?
山本監督:人間そんなに簡単に変われるものではないので、ボクシングを諦めたからといってすぐに次の目標が見つかる訳でもない。それでも、猫の存在によって生きていくために何かしなければと前向きに物事を考えるようになる。簡単ではないが、そんな生き方ができる若者だと思いました。

 



【猫の撮影について】
nekoyon-s-240-di-1.jpg――― 飼い猫がこの映画を見てとても喜んでいたのですが、猫をこのようにリラックスして撮る秘訣は?
山本監督:秘訣という秘密兵器のようなものはなく、極力猫に合せただけです。2~3週間という短期間での撮影でしたが、猫がどんな状態かしっぽを見れば分かってしまうので、撮影現場となったアパートにも早めに入って慣れさせたり、お腹が空いたらエサをあげたり、できるだけ猫のリズムに合わせるようにしました。そのため役者さんやスタッフが大変だったと思います。突然「このシーンを撮るぞ!」と始めたり、「猫がどんな状態だろうがそのまま芝居を続けるように」と言ったり、アドリブもありで風間君も現場も大変でした。だからこそ、自然な猫の姿が撮れたんだと思います。

――― 風間さんと猫とのやりとりはアドリブが多かったのですか?
山本監督:そうですね。テレビから猫が落ちるシーンも、風間君の真剣な演技に猫が応えたというか、生き物対生き物の自然な反応ですね。

――― 猫目線で撮るための工夫や、いい表情を捉えるために溜め撮りとかされたのですか?
山本監督:いろんな猫の映画を見てきたのですが、猫の動きだけを切り離して撮ると温度が伝わらない気がしたんです。そこで、なるべく切り離さないで人間と一緒のシーンで撮るようにしました。

――― クロが病気になった状態はどうやって撮ったのですか?
山本監督:猫は基本濡らせば痩せて見えるので、猫用のトリートメントやヘヤワックスなどを使いました。目がしょぼしょぼして見えたのは、たまたまそんな状態の時の映像を使っただけで、何もしてないです。

――― 布団の中に入ってきたり舐めたりするシーンは、何か特別な工夫をされたのですか?
山本監督:あまり裏話はしたくないので書かないでほしいのですが(笑)、確かにちょっとした工夫はしました。でも、自然に舐めているシーンも沢山ありますよ。

――― 子猫時代のチン・クロは本当の捨て猫なんですか?
山本監督:スタッフの一人がもらってきて飼っている猫で、タレント猫ではありません。

――― 猫がとてものびのびしているように見えたのですが?
山本監督:トレーナーさんに預けても躾けられる訳でもないので、他のタレント猫たちと慣れさせたぐらいですね。

――― 猫のオーデションってどうするんですか?
山本監督:一応こんな猫が欲しいと伝えて沢山連れて来てもらったのですが、どれがどれだか分からなくなりました(笑)。一匹ずつ顔を撫でたりあやしたりしながら反応を見ました。人懐っこい猫かどうかで決めました。
 
 



【杉作先生と原作について】
――― 杉作先生は完成した映画を見てどう思いましたか?
nekoyon-s-240-sugi-2.jpg杉作先生:自分の頭の中のことが映画になったという不思議な感じでした。ほぼ実話ですので、映画の中に自分がいるみたいです。

――― 当時と比較して、今の状況をどう捉えておられますか?
杉作先生:今の状況がよく分からないんです(笑)。こうして映画になって不思議な感じなんですけど、今までにない面白さと驚きと、これも猫のお陰だなと改めて感じます。

――― 自分が映画になった感じは?
杉作先生:最初は違和感があったのですが、見始めたら映画は映画というひとつの作品の世界感を楽しみました。映画の中の自分は違うものと客観的に見ました。

――― ウメさんとか違う設定でしたが、拒否感みたいなものは?
杉作先生:それはなかったです。むしろ、自分もそうなったらいいなと、あんな所で働いてそういう出会いがあったらいいなと思いました(笑)。
山本監督:なるほどね、そういうこと初めて聞いた(笑)。

――― ウメさんとの出会いは、猫だけではなく明るさと温もりをもたらす重要な役ですが、事実とは違うのですか?
杉作先生:ウメさんは事実ですが、登場と設定の仕方が違います。
山本監督:1巻と2巻を合わせたような、いくつかの役を合せたようになっています。

――― この原作を映画にするには難しかったのでは?
山本監督:そうでもないですよ。1巻だけだとミツオの成長物語になるのですが、猫のことを教えてくれる人が必要だったので、猫の代弁者として大家さんやウメさんのキャラを膨らませました。

 



【山本監督の映画作りと本作について】
――― 過去の監督作品や本作から、現代人らしい絆を描くのが得意でいらっしゃるようですが?
nekoyon-s-240-di-2.jpg山本監督:極端な言い方をするとハッピーエンドの映画しか撮りたくないんです。映画館を出る時に気持ち良くありたい。映画文化そのものはいろんな作品があっていいのですが、自分は「明日も頑張ろう!」と思えるような作品を撮りたいと思っています。子供や孫たちにも気持ち良く見てもらえるような映画を撮り続けられたら幸せだと思っています。

――― 映画に独自性を持たせようと思って撮っているのですか?
山本監督:今度こうだったから次はこうしよう!というような考え方はしません。それぞれの作品に合った自分らしさが出ていればいいです。どこにでも転がっていそうな日常を描いているからこそ、そうでないものが潜んでいないかと探したりします。前作の『探検隊の栄光』では「くだらねえ!」と言ってほしかったし(笑)、「でもなんか熱いものを感じるよね」と思ってもらえたらいいなと。本作では、猫の可愛らしさだけではなく、避妊のことや病気のことなど、今まで避けられてきた問題も逃げないで描きました。生き物を飼うことの大変さをひとつひとつ描くことによって原作の良さに近付ける気がしたのです。

――― 猫を飼っている人にとっては「あるある」というシーンが沢山あったのですが?
山本監督:私自身今まで犬も猫も亡くした経験があり、今もまた猫を飼っていますが、原作の中でもグッとくるシーンが何度かありました。この映画をうちの3人の息子たちも見たのですが、「ちゃんとめんどうみるよ!」と言って、何だか知らないけど兄弟で話し合ってましたよ(笑)。

(河田 真喜子)



【STORY】
nekoyon-500-1.jpg猫嫌いのミツオ(風間俊介)は、兄貴(つるの剛士)が気まぐれで拾ってきた2匹の猫の世話をすることになる。ボクサーを目指し日々トレーニングしていたが、世界のリングまであと一歩というところで怪我のため挫折。それまで生活の面倒をみてくれていた兄貴は結婚を理由に田舎へ帰ってしまい、仕方なくアルバイトを始める。大家さん(市川実和子)やバイト先で知り合ったウメさん(松岡茉優)に猫のことを教えてもらいながら、猫と共に生きて行く。極貧の中でも独りではない。気まぐれな猫・チンとクロに振り回される日々を送るも、次第にミツオ自身の新たな目標掴んでいく。


【山本透監督プロフィール】やまもととおる
1969年生まれ、東京都出身。武蔵大学を卒業後、TV番組制作会社勤務を経てフリーランスの助監督になる。以後、ドラマや映画など多数の作品作りに関わり、山崎貴、利重剛、平山秀幸、中村義洋などの助監督として活躍。

長編映画初監督作は2008年の『キズモモ。』(脚本も担当)。2012年には麻生久美子と大泉洋が競演したホームコメディ『グッモーエビアン!』がスマッシュヒット。同作でヒロインの三吉彩花に第67回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞をもたらした。2015年10月16日に公開した冒険コメディ『探検隊の栄光』では藤原竜也とタッグを組んでいる。現在、短編映画『Do You Belive in Love?』の編集中。


【杉作先生プロフィール】すぎさく
元プロボクシング選手という異色の経歴をもつ人気マンガ家。新潟県新潟市(旧亀田町)出身。
1999年『イモウトヨ』で青木雄二賞受賞。
2000年『クロ號』でマンガ家デビュー。『猫なんかよんでもこない。』他、著書多数 

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家族を好きになる映画になれば。『はなちゃんのみそ汁』阿久根知昭監督インタビュー
 

~千恵さんはそこにいる。広末涼子が「代表作にしたい」と取り組んだ、今も続く家族の物語~

 

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ガンで、33歳の若さでこの世を去った安武千恵さんが生前書き続けていたブログをもとに、その闘病や娘はなちゃんとの日々を、夫の安武信吾さんが綴った人気エッセイ『はなちゃんのみそ汁』。『ぺコロスの母に会いに行く』の脚本を手掛けた阿久根知昭監督が、本作で脚本と同時に監督デビューを果たし、千恵役に広末涼子、信吾役に滝藤賢一を迎え、ひたむきに生きる家族の姿をスクリーンに映し出した。
 
千恵、信吾、はなの安武一家の明るさや、音楽を学んでいた千恵ならではの音楽シーンが盛り込まれている他、千恵がはなに教えたみそから手づくりの美味しいみそ汁も登場。従来の難病ものとは一線を画す、今も千恵がそこにいるような温かい家族物語となっている。
 
脚本も手がけた阿久根知昭監督に、脚本を書く際に重きを置いた点や、主演広末涼子のエピソード、そしてクライマックスのコンサートシーンについて、お話を伺った。
 

 

■脚本では、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、最後には見てくれたお客様に大きなプレゼントを心がけて。

―――阿久根監督は『ぺコロスの母に会いに行く』、そして本作も脚本を手掛けておられます。両作品とも死に向き合う主人公と支える家族の物語で、脚本が作品のトーンを左右する、いわば脚本家の腕の見せ所のように思うのですが、本作の依頼があった際、どのようなことを念頭に置いて脚本を書かれたのですか?
阿久根監督:原作がヒットしていると、「実写化の映画は、原作の世界を壊す」と大体言われます。原作の世界を壊さないためにどうすればいいのか。原作もいいけれど、その世界を踏襲した映画もいいと言われるためには、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、自分で加工することが必要になります。もう一つ、僕はここまで見てくれたお客様に最後に大きなプレゼントを用意することを心がけています。『はなちゃんのみそ汁』では、コンサートシーンを取り入れました。コンサートは実際にあったことなのですが、千恵さんのご主人の安武さんはあまりクラシックに興味がなかったので、本に書いていなかったのです。
 
―――脚本を書く際に、原作者の安武さんとも擦り合わせをされていたのですね。
阿久根監督:安武さんからは「俺たちロックンローラーだから、最後はロックで終わりましょうよ」と言われたので、第二稿で、ロックで飛び入り演奏するシーンを入れたりもしました。ただ、ここは千恵さんの色合いがでないといけないので、最後はクラッシックコンサートシーンにしました。安武さんとはなちゃんは、千恵さんの姉を演じた一青窈さんの後ろに座って聞いていたのですが、安武さんがぼろ泣きで、一青窈さんをカメラで捉えたときにあまりにも目立つので、カメラさんに安武さんの顔は半分カットしてもらうよう指示を出しました(笑)。
 
―――千恵さんのブログでも抗がん剤治療の辛さなどが綴られていましたが、映画化するにあたり、いわゆる難病ものとは違う感じのトーンの作品にするのは勇気が要ったのでは?
阿久根監督:難病ものは日本では年に5、6本作られているので、僕が作る必要はないと最初は思っていました。でも、安武さんやはなちゃんとお会いすると、毎日楽しく過ごしていらっしゃるし、何より凄いなと思ったのが、今でも千恵さんがいるんですよ。はなちゃんは「ママが~」と言うし、家にお邪魔すると千恵さんが「いらっしゃい」と言いそうな気がしてくるのです。千恵さんのお誕生日は今でもお祝いされていますし、安武さんがしみじみと「ママはいくつになったのかな?」と聞くと、はなちゃんが即答で「40歳!」。そこで安武さんがニヤニヤしながら「年食ったな~」と。
 
 
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■安武さんは「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが映画が出来上がって一番良かったこと」

―――原作者の安武さん一家は、映画化されたことで何か変化があったのですか?
阿久根監督:安武さんが本にすることで、千恵さんはいつでも意識できる存在になりましたし、このままでは、はなちゃんは当時4歳だったのでママのことを忘れてしまうと思ったそうです。ところが、はなちゃんは辛くて本を読めない。だから今回はなちゃんは、映画を観たときの衝撃が凄かったのです。
 
―――映画の中で、千恵が子どもを産むかどうか悩むシーンが登場しますね。
阿久根監督:はなちゃんは、自分が産まれていなければママは助かったのではないかと尋ねたそうです。安武さんはその時は返す言葉が見つからなかったけれど、後ほど映画の中で千恵が「あんなに死んだ方がマシと思った抗がん剤治療も、はなのことを考えるだけで平気になるとやけん、びっくりよ」という会話をしているところを改めてはなちゃんに見せ、千恵さんの父が「死ぬ気で産め」と言ったことも含めて、はなちゃんを産むことでママは治療を頑張れたのだと伝えたそうです。はなちゃんは「分かった」と、布団で泣いたのだとか。安武さんは、「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが、映画が出来上がって一番良かったことです」と言ってくださいました。はなちゃんも、ようやく安武さんの書いた本が読めたのです。
 
―――映画にすることで、原作者の安武さんやはなちゃんの抱えていたものを解放するきっかけになったようですね。阿久根監督にとっても、忘れられぬ出会いとなったのでは?
阿久根監督:安武さんは、どんな作品になるか分からないからと、大手からの映画化の誘いを全て断っていたそうです。「はなちゃんがこの映画を見て、こんなに素敵なママだったんだと思えるような、はなちゃんの宝物になるような映画にしたいです」と我々のプロデューサーがお話をしたとき、安武さんは『ぺコロスの母に会いにいく』が大好きだそうで、「阿久根さんに書いてほしい。ぺコロスみたいにしてください」という形のオファーが来たそうです。安武さんはこの映画のおかげで出会えましたが、生涯をかけて友達でいられるような、本当に映画のまんまの方なんですよ。
 

■家族を好きになる映画。そして見るたびに印象が変わる映画。

―――滝藤賢一さんが演じている安武さんは、本当にいい意味でいい加減で、茶目っ気があり、映画を見終わって、安武家のみなさんが大好きになるような感じでした。
阿久根監督:この映画は家族を好きになる映画で、見終わると、自分の家族に会いたくなる映画になればと思っています。安武さんも東京で試写を見た後、「はなにすぐ会いたい!」と。また、何回も見るたびに印象が変わる映画でもあるのです。安武さんが2回目見たときに、「監督、どこかいじりました?」と言われるぐらいでしたが、感動するところが変わるみたいです。初回はコンサートシーンで泣いたそうですが、2回目は抗がん剤治療を受けて帰ってきた千恵が夕暮れ時に、ソファに横になりながら家を見回すと旦那は腹ばいになって新聞を読み、手前ではながお絵かきをしている。「いいね、なんか普通って」と、大号泣したそうです。なんということはないシーンなのですが、僕もそのシーンを考えただけで泣いてしまいます。
 
 
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■はな役の赤松えみなちゃん、19日間の撮影で成長。

―――えみなちゃんのお芝居は、計算ではない自然な仕草がとても可愛らしく、「はなちゃん」の雰囲気が出ていました。博多や天神、大濠公園など、福岡に住んでいる人になじみの深い場所の数々が映し出されているのも魅力的ですね。
阿久根監督:それはよかったです。19日の撮影日程のうち、福岡での撮影は3日間だけで、高台で見下ろしている場面が、ファーストシーンでした。えみなちゃんはついカメラを見てしまい、そのシーンだけは撮影に時間がかかりました。ただ、ラストは、家の中で父娘二人の朝食シーンをワンカットの長回しで撮ったのですが、その時えみなちゃんは一度もカメラを見ずに、全部朝食の用意から食べるまでを演じたのです。彼女も19日間の撮影の中で成長しているんですね。えみなちゃんは、台詞は入っているのですが、それ以外に何を言うか分からないところがありました。そんな時も博多弁でしゃべるように、ちょっと高度なことをしてもらっていましたね。
 

■広末涼子「自分の代表作にしたい」、コンサートシーンでも観客エキストラを一つにまとめて。

―――そして何と言っても、千恵を演じる広末涼子さんが、ガンと闘いながらも明るく、そして娘のはなにみそ汁を作り続けることを伝え、命の大事さをつなぐ母親を、熱演しています。
阿久根監督:映像からも伝わってくると思いますが、広末涼子さんはこの映画のことを本当に理解してくれていました。最初の挨拶で、「自分の代表作にしたい。頑張ります!」とおっしゃっていました。19日という撮影で、普通は4~6シーンのところを1日で12シーン撮りの日もあったのですが、そこも頑張ってくれました。広末さんは自分で演じる一方、休憩時間もえみなちゃんとコミュニケーションを取って、全然休めなかったと思いますが、しんどそうなそぶりは一つも見せませんでした。最後のコンサートシーンで、エキストラの方が入ってから、挨拶をさせてほしいとマイクを持ち、「これからすごく大事なシーンの撮影をします。とてもいいシーンになりますので、どうぞよろしくお願いします」と話されたのです。この言葉で客席もキュッと締まり、本当にいい撮影ができました。終わった後に、広末さんは「千恵さんが来てましたね」と言っていましたが、多分、特別なエネルギーが働いたシーンになったのでしょう。
 
―――そのコンサートシーンでは、元宝塚トップスターで同期の遼河はるひさんと紺野まひるさんが千恵さんの先輩役で共演し、歌声を披露しています。宝塚歌劇ファンにはたまらない配役ですね。
阿久根監督:歌っている方は声を出すため、立ち姿がとても美しいです。立ち姿だけで歌っている人かどうか分かるので、キャスティングでも歌って演技できる人をリクエストしました。紺野まひるさんが決まった後、立ち姿がきれいでモデルぐらい背の高い方ということで白羽の矢が立ったのが遼河はるひさんでした。偶然にも、お二人は宝塚の同期で、しかも一番仲が良かったそうです。そして後ろには春風ひとみさんと、元タカラジェンヌ三人に広末さんが囲まれている絵になっていますね。

 

■遼河はるひ、紺野まひる、宝塚元同期トップスター共演で広末涼子を盛り上げた、見事なハーモニー。

―――本当に贅沢なシーンですが、撮影ではみなさんどのような様子でしたか?
阿久根監督:面白いことに、遼河はるひさんが歌っている『わたしのお父さん』は、宝塚歌劇団の課題曲だったので、みなさん今でも歌えるそうです。紺野まひるさんは撮影時少し体調を悪くされていたので心配していたのですが、現場に入ると同期の遼河さんとキャッキャ言いながらしゃべっていて、あまりにかしましいので驚きました(笑)そういう友達の雰囲気は広末さんを巻き込んで、とてもいい雰囲気を出してくれました。今回のコンサートシーンでは、中央に立つ千恵は、両サイドの遼河さんや紺野さん演じる先輩たちの友情で立たせてもらっています。歌うシーンでも、千恵の声が最初はあまり出ていないので、両サイドの二人も少し低くやわらかいトーンから入っています。途中で千恵の声が出るようになってから、二人とも遠慮なく伸びやかなトーンになり、三人のハーモニーがバッチリと合う形になっています。実際のコンサートでも、千恵さんは最初声が出しにくかったところまで、広末さんがきちんと再現しているのです。
 

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■撮影も含めて、みんなに千恵さんの導きがあったような現場。

―――ラストの父娘二人での朝食シーンは、どこかに千恵さんがいるような気がしました。
阿久根監督:ラストショットは千恵目線になっています。安武信吾の語りの時にはカメラがしっかり固定されており、千恵の語りの時にハンディで揺れているのはそういう意味なのです。だから観終わった後に、千恵さんがいなくなった気がしない。悲しいというより、ずっと一緒にいるように印象づけています。ちなみに撮影の寺田緑郎さんはオファーをしたとき抗がん剤治療をされていて、お嬢さんの名前も「はな」ということで、それは自分がやる作品だと、治療を中断して撮影に入ってくださいました。寺田さんも、自分の生き様を娘に遺そうと思ったのだそうです。ですから、彼のカメラワークにその力が出ています。最後に福岡の実景撮影を寺田さんにお願いした際に、教会の鐘を撮るため安武さんの協力を得て、一番最後に糸島にある教会を訪れたそうです。実はそこは千恵さんが眠っているところで、使えるかどうかわからないけれどと、寺田さんは千恵さんのお墓をラストカットにしたのですが、こみ上げてくるものがあったそうです。映画の中では使われていませんが、最後のカメラが千恵さんのお墓だったということは、最初からそのように運命づけられていたような気がすると、寺田さんもおっしゃっていました。本当にみんなに千恵さんの導きがあったような現場でしたね。
(江口由美)

<作品情報>
『はなちゃんのみそ汁』
(2015年 日本 1時間58分)
監督・脚本:阿久根知昭 
原作:安武信吾・千恵・はな『はなちゃんのみそ汁』文藝春秋刊 
出演:広末涼子、滝藤賢一、一青窈、紺野まひる、原田貴和子、春風ひとみ、遼河はるひ、赤松えみな(子役)、高畑淳子、鶴見辰吾、赤井英和、古谷一行
2015年12月19日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、2016年1月9日(土)~テアトル梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸ほか
公式サイト⇒http://hanamiso.com/
(C) 2015「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ
 
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誰かに関心を向けることは、とても大きな力。『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー
 

~30代後半女子4人の結婚生活、仕事、家族との葛藤と決断がリアルに浮かびあがる5時間17分という体験~

 
三ノ宮、神戸の海、摩耶山、有馬、芦屋川・・・これほどまでに私たちが生活圏としている神戸が映し出される作品はまずないだろう。まるで私たちの生活と地続きのような場所で、30代後半の4人の女性、あかり、桜子、芙美、純が夫婦関係や家族のこと、そして仕事と様々な悩みを抱えて生き、集まって悩みをぶつけ、様々な思いが交錯していく。
 

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『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』『うたうひと』と東北で現地の人の声を聞く3本のドキュメンタリーを撮る一方、長編デビュー作の『PASSION』をはじめ、男女のすれ違いや壊れやすい関係を繊細に描いてきた濱口竜介監督。本作は神戸で半年に渡って開催した即興演技ワークショップに参加した受講生を主役に据え、演技経験がほとんどない彼女たちの今の輝きを、スクリーンに映し出した。3部構成の5時間17分という挑戦的かつ独創的な作品、『ハッピーアワー』は、すでにロカルノ国際映画祭で主演4人が最優秀女優賞、脚本スペシャルメンションを受賞した他、ナント三大陸映画祭で『銀の気球』賞と観客賞を受賞するなど海外で高い評価を得ている。ちなみに、脚本を担当したのは濱口監督をはじめ、野原位さん(映画監督他)、高橋知由さん(『不気味なものの肌に触れる』脚本)の3人によるユニット、「はたのこうぼう」。神戸で3人暮らしをしながら、脚本家兼スタッフとしてワークショップ運営も手がけたという。
 
東京に先駆け、撮影の地、神戸の元町映画館で12月5日(土)から日本公開がスタート。舞台挨拶のため来場した濱口監督に、企画の経緯や、演技経験のない人を使って映画を撮るということ、脚本の作りのプロセス、そして本作に込められた思いについて、お話を伺った。
 

■仙台での滞在、撮影後、「どこでも映画が作れるのであれば、東京以外のどこかで映画を撮りたい」

――-濱口監督は神戸に居を移し、滞在しながら本作を作り上げたとのことですが、なぜ神戸を選んだのですか?
濱口監督:神戸に来る前、ドキュメンタリーを撮るため2年ほど仙台に住み、すごく小規模なチームでしたが、ドキュメンタリー映画を3本作ることができました。東京を離れてすごく風通しがよくなったような気持ちもあり、どこでも映画が作れるのであれば次も東京以外のどこかで映画を撮りたいと思ったのです。元々時間をかけて映画を作りたい、そのために演技のワークショップを長期間行い、そこから映画制作をしていくというアイデアがありました。ある程度人を集める必要がありますが、演技経験がない方がより良いのではないかという予感もあったので、人が多く、かつ役者志望は少なそうな関西エリア、しかも映画という文化的なことに協力してくれるのは京都や神戸で可能ではないかと考えました。神戸・デザインクリエイティブセンター(KIITO)のセンター長が東北三部作のプロデューサー、芹沢高志さんで、ワークショップ企画のことを相談すると、芹沢さんの方でもレジデンスアーティストを探していたそうで、最終的にはレジデンスアーティストとして招かれ、KIITO主催でワークショップをする流れになりました。
 
 
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■神戸は、映画にとって必要なものが全部ある「映画になる街」。

―――実際に映画を撮るということを前提に神戸に住んだ感想は?
濱口監督:暮らしがロケハンみたいな感じでした。大体KIITOに行って、基本的には生活していてここがいいなとか、こんなカメラポジションがあるなということを探しているわけですが、映画になる街ですね。パンレットの寄稿文で柴崎友香さんが「坂を登ればいつもそこに海がある。それが神戸の街」と書いて下さっていますが、山があり、海があり、その間に都市があり、電車が通っている。山を越えたら有馬温泉があり、ちょっと違う気分を楽しめますし。僕にとって映画を作るのに必要なものが全部あるという場所は、なかなかないように思えました。暮らしそのものが映画になる、その時とても魅力的に見える街だと思います。
 
―――撮影までのワークショップは、どのような内容でしたか?
濱口監督:「即興演技ワークショップin Kobe」というタイトルですが、いわゆる演技のレッスンはせず、「人に聞く」ということをテーマにやっていました。最初に行ったのは、自分が興味のある人のところに行き、いい声を撮ってくるというものでした。撮影担当としてスタッフが同行し、受講生が1時間強インタビューをして、後日、自分が一番いい声だと思う映像を抜粋してブレゼンテーションしました。また月に一度、自分が興味を持てる著名なゲストをお呼びし、受講生が聞き手を務めるトークイベントを開催しました。翻訳家の柴田元幸さんや女優の渡辺真起子さんが来てくださいました。
 
―――脚本はワークショップと同時並行で書いていたのですか?
濱口監督:ワークショップは最終的に映画を作るためにやっていたので、最後の成果発表は脚本の本読みも兼ねるようにしました。脚本は2013年末に3人で3本書きました。それぞれが原案を出し、物語をシーンごとに並べて、大まかな構造を作る作業(柱立て)、ダイアログを埋める作業の3つの作業をまわしながら担当すると、それぞれの脚本が3人全員の手を通過するようになります。そのような方法で書いた3本の脚本から、最終的に選んだのが今回の『ハッピーアワー』の脚本で、その時の仮タイトルは『ブライズ(花嫁たち)』。どこまでも皮肉な感じでしたね(笑)。ワークショップ参加者17人全員が参加できるのが、この脚本だったということもあります。
 
―――男性3人のユニットで、ここまで30代後半女性のリアルな心理を脚本に書けることに驚きを感じましたが、受講生の生い立ちや彼女たちから聞いた話を脚本にアイデアとして盛り込んでいるのでしょうか?
濱口監督:受講生から色々と話は聞きましたが、そのまま盛り込んでしまうと信頼関係が損なわれてしまうので、実はそんなに入っていません。ただ、話すことによって分かるその人の感じは、ありますよね。例えば、こういうことは言うけれど、こういうことは言わない人だとか。そういった何が言えて、何が言えないという傾向は、キャラクターに反映されています。
 
 
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■演者の体でも言えるし、キャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけ、脚本の精度を上げていく。

―――30代夫婦のすれ違いは一般的に結構よく描かれていますが、女同士の仲良しグループ的会話の奥にある、本音のぶつかり合いは見ていてヒリヒリしたものを感じました。自分自身を顧みてもそこまで本音をぶちまけるような機会が大人になればなるほど、ない気がします。
濱口監督:今回はキャラクター設定をする際に、サブテキストを用意しました。過去の関係性が脚本形式に書かれ、結構ツッコんだことが分かるものと、キャラクターが質問を投げかけられた時にどう答えるかという架空のインタビュー問答集(家族構成他)を演者に渡しました。日常では言わないようなことだからこそ、ドラマになっていく台詞が映画の中にはあります。演者は日常を生きていますし、キャラクターだって何でも言えるわけではないし、ドラマを動かすために動いてくれるわけでもない。ただ全体としてドラマを動かしていかなければならないというこちらの思惑が重なるので、脚本を書いていて膠着状態に陥ることがよくあります。「あれは言うけれど、この局面では言わない」程度のことを書くので映画が長くなる部分もありますが、逆にある種の精度が上がるのです。演者の体でも言えるし、このキャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけていく感じですね。
 
―――確かに、印象に残る台詞は、ぐっと胸の中で溜めこんだ思いを吐き出したようなプロセスを経ているので、飛び出した時は「ようやく出たか!」という爽快感がありました。
濱口監督:あらかじめ演じる人に違和感になるような要素を取り除いていくことによって、違和感のない台詞になっているのではないかと思います。女性を描こうと思ったことはなく、この人たちが演じやすいようにということを考えながら、ひたすら書いていたら、最終的にそういう感想をいただくことが増えたと思っています。
 
―――ワークショップを最初から最後まで全部入れ込む構成も非常にユニークでしたが、ワークショップや朗読会をまるごと映画の中に取り入れた理由は?
濱口監督:別々の環境で過ごしている4人が集まらないと話が進まないので、ワークショップと有馬旅行と朗読会をそれにあたるものにしています。ワークショップは全体を通してドキュメンタリー的に撮影をしました。うさん臭さを出すという命題があってのワークショップですから、ある程度説明が必要で、一つの時間として全体を語り切ることになるのです。ダイジェスト的にみせることもできますが、それだと全然訳が分からなくなりますから。朗読会で純の夫、公平が登場し、打ち上げにも参加するというアイデアは、結構撮影の後半に出てきたアイデアです。桜子と芙美、それに対する公平という精神的に距離のある三人が同じテーブルについても違和感のない流れにしないといけないので、面白いけれど、そんなことが起こるのか自問しながら、書きました。
 

■演者自身が言える、言えない部分を映画に取り込むと、ある程度日ごろ彼女たちがさらされている環境が自然と反映されているのではないか。

―――既にロカルノ映画祭で最優秀女優賞、ナント三大陸映画祭で観客賞と海外での評価が高いですが、海外の観客からの反響は?
濱口監督:「ヒロインの彼女たちを友人のように感じる」というのも驚きですが、一番驚くのは、「日本の社会は、こういう社会なのか?」と言われたことです。日本の社会の中で抑圧されている女性を描いているような印象を抱かれるらしいです。言いたいことの言えなさや、抑圧のされ方がそう映るのですが、、先ほど言ったような演者自身が言える、言えないという部分を映画に取り込んでいくと、ある程度日ごろ日本社会に生きる人たちがさらされている環境が自然と反映されるのではないかという気はします。
 
―――一方的に女性だけが抑圧されているとは言い切れない部分があり、30代男性も厳しい現状にさらされていると感じますね。
濱口監督:日本に限らず、近代化された社会では、仕事から糧を得るとき女性より男性の方がある程度、外でお金を稼ぎやすい状況はそんなに変わらないと思います。その時、男性はどうしても社会から保護されがちで、家族に対して関心を向けないことを正当化しやすい。女性はそのような夫の無関心に苦しむ一方、問題自体を自覚しやすいです。男性は、何かを引き起こしている原因が自分であることに思い至りません。
 

■人と人とが互いに関心を向け合うだけで、社会全体の幸福はそれなりに上がっていくはず。

―――離婚裁判では、「あなたの無関心が私を殺す」という趣旨の純の台詞もありましたね。
濱口監督:社会全体の問題だと思いますが、関心を誰かに向けるということがとても大きな力を持っているということの価値を、社会全体が認めていないんですよ。人と人とが互いに関心を向け合うだけで、おそらく社会全体の幸福はそれなりに上がっていくと思いますが、社会全体でそれが一番大事なことだとは設定されていない。お金を稼ぎ、それによって必要なものを買って生きるということが幸福の指標として設定されているので、関心というものが持っている力を、特に男性たちは知らない。女性たちは、関心を向けられないことで、逆説的に関心の力をある程度知っているので、そのことがないことを問題にしやすいのではないでしょうか。
 

■今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要。それが関係性を持続させる力になる。

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―――とても腑に落ちる言葉です。本作や過去作品を通して、濱口監督の作品は、人と人とのコミュニケーションが柱になっていると感じます。聞くという行為が重要視されているのも、根っこはそこにあるのですか?
濱口監督:妻や夫という役割の中に入ってしまうと、これをやっておけばいいということになりがちですが、実際人間はそれでは満足しません。本当に今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要だし、関係性を持続させる力になると思います。ただ、きちんと相手と向き合い、見たり聞いたりするというのは単純に時間がかかります。とても大事なものなのに、関心を向けられていない。だから、僕はそこを取り扱っているのだと思います。
 
―――撮影も、神戸の街の様々な表情を切り取りつつ、演者たちの言葉にならない思いが滲む表情をじっくりと映し出されており秀逸でしたが、濱口監督から撮影面でリクエストしたことはありますか?
濱口監督:ワークショップを週に一度半年間やっていたとき、毎週撮影の北川喜雄さんは東京から通ってくれ、ワークショップ自体の記録をしてくれていました。カメラを据えてそこにいる人という感じで、ずっと付き合ってくれました。こちらからも「まあ、来てよ」とオーダーしやすい人柄ですし。特に演技経験のない人がほとんどなので、そういう人たちがカメラを向けられると怖い訳です。彼自身、ワークショップにも参加し、演者との関係を深めるようなことをしてくれていました。北川さんのカメラだからという部分で、演者の緊張を和らげる要素になっていたと思います。
 
―――最後にこれから作品をご覧になるみなさん、特に関西のみなさんに一言お願いします。
濱口監督:神戸という街を中心に、関西で撮った映画なので、皆さんの生活にすごく近いものが映っていると思います。映画のある時点から、生活の中のドラマチックな瞬間にどんどんシフトしていくのですが、見ながら自分たちの生活の中にあるドラマの種のようなものに自覚的になっていただけたら、とてもうれしいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ハッピーアワー』
(2015 日本 5時間17分)
監督:濱口竜介
出演:田中幸恵、菊池葉月、三原麻衣子、川村りら他
2015年12月5日(土)~元町映画館、12月12日(土)~シアター・イメージフォーラム、2016年1月23日(土)~第七藝術劇場、2月6日(土)~立誠シネマ、2月20日(土)京都みなみ会館オールナイト上映、他全国順次公開
公式サイト⇒http://hh.fictive.jp/
(C) 2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト
 
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