「京都」と一致するもの

 

『駆込み女と駆出し男』試写会プレゼント(4/28〆切)
 

kakekomi-pos.jpg■ 提供:松竹
■ 日時:2015年5月8日(金) 
    18:00開場/18:30開映
■ 会場:御堂会館
〒541-0056 大阪市中央区久太郎町4-1-11
    TEL(06)6251-5820(代表)
    FAX(06)6251-1868
    地下鉄御堂筋線本町駅8号出口南へ200m
    地下鉄中央線本町駅13号出口南へ50m  
■ 募集人数: 5組 10名様
■ 締切:2015年4月28日(火)


★公式サイト⇒ http://kakekomi-movie.jp

2015年5月16日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー
 


 
『駆込み女と駆出し男』

国民的作家、井上ひさしが晩年11年をかけて紡いだ時代小説「東慶寺花だより」。平成26年歌舞伎座の新春大歌舞伎で上演され話題となったこの小説を原案に、原田眞人監督が映画化、初めて時代劇に挑戦した。いかなる時においても夢と希望を忘れず、独特なユーモアと台詞で温かく人間を見つめてきた井上ひさしと、第35回モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリを受賞した『わが母の記』を世に送り出した原田眞人監督という組み合わせにより、全く新しい時代劇に出会うことになった。

kakekomi-2.jpg本作では、現代の2倍あったと言われる江戸時代の離婚をモチーフに、縁切寺に駆込んでくる女たちが様々な出会いと別れを繰り返しながら明るく逞しく生きる姿を描くとともに、江戸時代後期の人々の暮らしや文化をも活写した。その重層的なエピソードと時代背景が織りなす交響楽的構成は清冽で繊細、それでいて大胆。本作は原田眞人の最高傑作と言っても過言ではない。

kakekomi-550.jpgのサムネイル画像主人公、中村信次郎を演じたのは人気、実力ともにトップ俳優の大泉洋。よどみなくセリフを繰り出しヤクザの親分をやり込めるシーンは、舞台さながらの臨場感に富み、捧腹絶倒、拍手喝采間違いなし。愛すべき人物像を作り上げた。一方、夫の暴力から逃げてきた鉄練りのじょごに戸田恵梨香、豪商・堀切屋の愛人お吟には満島ひかりが配され、一癖も二癖もあるワケあり駆込み女を演じた。じょごは未来への希望と勇気を、お吟は内に秘めたしなやかな強さを、二人の女優が絶妙な演技で表した。映画で描かれる二人の共犯的な関係も秀逸である。また、堀切屋の主人を堤真一が色気たっぷりに演じたほか、名優、樹木希林が三代目柏屋源兵衛という、男名を持つ手練れの離縁調停人を懐深くチャーミングに演じて見せた。そして山崎(たつざきになります)努は江戸時代を代表する戯作者、晩年の盲いた曲亭馬琴を人間味豊かに演じている。更に、内山理名、陽月華、キムラ緑子、木場勝己、神野三鈴、武田真治ら個性溢れる俳優が競演を果たした。

撮影は京都、滋賀、大阪、兵庫、奈良などで行われ、特に東慶寺の映像は、トム・クルーズ主演の映画『ラスト サムライ』の舞台にもなった兵庫県姫路市の書寫山圓教寺で撮影された。限りなく荘厳かつ圧倒的な美しさ、そして随所に登場する自然描写はユートピアのような映像美に満ちている。笑って、泣いて、人生は続いていく。生きることは素敵だ。余韻に満ちたラストは、温かな感動に溢れ、観るものの心の奥底でいつまでも静かに輝き続けるにちがいない。

 
【STORY】
質素倹約令が発令され、庶民の暮らしに暗い影が差し始めた江戸時代後期。鎌倉には離縁を求める女たちが駆込んでくる幕府公認の縁切寺の東慶寺があった。但し、駆込めばすぐに入れるわけじゃない。門前で意思表示をした後に、まずは御用宿で聞き取り調査が行われるのだ。駆出し医者でありながら、戯作者にも憧れている信次郎は、そんな救いを求める女たちの身柄を預かる御用宿・柏屋に居候することに。知れば知るほど女たちの別れの事情はさまざま。柏屋の主人・源兵衛と共に離縁調停人よろしく、奇抜なアイデアと戦術で男と女のもつれた糸を解き放ち、ワケあり女たちの人生の新たな出発を手助けしていくが・・・・。

 


出演:大泉洋 戸田恵梨香 満島ひかり
内山理名 陽月華 キムラ緑子 木場勝己 神野三鈴 武田真治 北村有起哉 橋本じゅん 山崎一 麿赤兒 中村嘉葎雄 樹木希林 堤真一 山﨑努 

監督:原田眞人
原案:井上ひさし「東慶寺花だより」(文春文庫刊)
(c)2015「駆込み女と駆出し男」製作委員会
公式サイト⇒ http://kakekomi-movie.jp

2015年5月16日(土)全国ロードショー

(プレスリリースより)

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『繕い裁つ人』三島有紀子監督インタビュー

(2014年 日本 1時間44分)
原作:池辺葵(『繕い裁つ人』講談社「ハツキス」連載)
監督:三島有紀子
出演:中谷美紀  / 三浦貴大  片桐はいり 黒木華  杉咲花 / 中尾ミエ  伊武雅刀  余貴美子
★作品紹介⇒ こちら
★公式サイト⇒ 
http://tsukuroi.gaga.ne.jp
(c)2015 池辺葵/講談社・「繕い裁つ人」製作委員会

2015年1月31日(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、シネ・リーブル神戸、OSシネマズ神戸ハーバーランド、MOVIXあまがさき、TOHOシネマズ西宮OS、宝塚シネ・ピピア、塚口サンサン劇場、MOVIX京都 ほか全国ロードショー
 


 


~こだわりのある生き方に美しさを感じさせる
    “三島ワールド”~


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湖畔のカフェに集まる人間模様を風情豊かに描いた『しあわせのパン』、挫折した男が故郷でワイン作りに挑む『ぶどうのなみだ』と、北海道の美しい自然を背景に、こだわりを持って生きる人々の姿を優しい映像で描いてきた三島有紀子監督。人も風景も音楽も独特の世界観で形成された“三島ワールド”。そこには「人を幸せにする食」への強いこだわりが底通していた。そして、3作目となる『繕い裁つ人』は、池辺葵原作の同名コミックを基に、西洋文化がいち早く根付いた神戸の街に生きる仕立屋さんの、ものづくりへのこだわりと心の軌跡を描いた物語である。

 


 ――― 原作のどこに惹きつけられたのですか?
市江というキャラクターに寄り添いたいと思ったのが一番。市江は、職人として最高の技術を提供するために、細部にこだわる性格で、非常にストイック。それでいて、天才的な祖母から受け継いだものを守る使命感に縛られている、そんな市江を解き放してあげたいと思いました。いろんな人との出会いによって影響を受けながら少しずつ心が開放されて、新しい自分を見い出していく姿を描きたいと思ったのです。


tukuroi-2.jpg――― 市江というヒロイン像について?
私は何か覚悟を持って生きている人が好きです。市江も自分のこだわりを貫き通すだけの強さを持った女性だと思います。最高の技術を持って唯一無二のドレスを提供する。さらに、相手が何を大切にしているかを汲み取って、服にその想いを込める。「語らずに服で伝えていく」、そこに共感したのです。それを受け取った人たちが新たな行動を始めるという、間接的なコミュニケーションを描こうと思いました。それは映画として難しいことですが、挑戦する価値はあると考えました。


――― 神戸の街を舞台にした理由は?
私の中で仕立屋さんの映画を作るとしたら神戸しかない!と思っていました。
神戸は開港されてから約150年経っていますが、異国情緒豊かで、服飾文化も早くから浸透して、テーラーも多く、独特の「洒落感」が神戸にはあります。
今回の映画は小規模作品でしたので「全員で神戸に行くの?」という感じでしたが、プロデューサーも神戸出身で一緒に働くチームの人たちにも関西出身の人が多く、内容を考えても「やっぱり神戸だよね」という話になりました。また、市江のキャラに合った場所であることも重要でした。

 

――― 神戸女学院やカフェなどの思い出の場所は?
神戸女学院の図書館でのロケは初めてのことで、特別に許可してもらいました。大学時代に自主映画を撮っていたので思い出深い場所ばかりです。神戸の街自体が懐かしい感じです。震災で多くを失った光景を見ているので、今の美しく再生した神戸を撮っておきたいと思いました。


――― 市江がチーズケーキをホールで食べるシーンは?
女性ならホールで食べる気持ちは分かるのでは?職住一体の市江にとって家の外にホッとする場所が必要ですし、そこで他人の目を全く気にせず、とても満足げな顔をして食べています。ふと自分自身が解き放たれる瞬間でもあるんです。
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――― 中谷美紀さんを起用した理由は?

初めて中谷さんを見たのは『BeRLiN』(‘95)という映画で、湖面のように美しい人だなと思ったのが最初の印象でした。いつかこの人と一緒に映画を作りたいと思ったのです。市江は完璧でこだわりの強い人なので、中谷さんの姿が浮かびました。でも、そんな完璧な職人がふとした瞬間ほころびを見せるところが面白いなと思い、それを同じく完璧な中谷さんがほころびを見せるところに大きな魅力を感じたのです。


――― 作品のテーマとして、衣食住へのこだわりは?
特に意識したことはありませんが、人間は何を大事にして暮らすかという、日々を丁寧に暮すということが重要かなと思います。


――― シーンの繋ぎに時間をかけるのが特徴のような気がしますが?
何かを感じる時間は長い方がいいかなと思います。これは私の考えですが、「余白にこそ意味がある」と思っています。市江の感情に寄り添って進む物語なので、余白を通して感じて欲しいと思い、そうしたテンポで繋いでいきました。


tukuroi-inta-2.jpg――― いつもこだわりの服を選んでいるのですか?
私は物を見たときに背景を考えてしまう癖があります。どういう想いで作られているのか。父親がテーラーで誂えた服を大切に着ていたので、服に限らずひとつひとつよく考えて買うようにしています。値段やブランドではなく、作った人の想いが見えるようなものが好きです。


最後に中谷さんから手作りポンチョをプレゼントされた三島監督。「とても器用な方で、ミシンの練習を1か月してもらったのですが、洋裁師の腕前になっていました。それで最後にポンチョを作って下さったのです。」と嬉しそうに語る。そんな三島監督とスタッフやキャストの想いがひとつになって紡がれた作品だからこそ、落ち着いた温もりと充足感を得られる映画になっているのかもしれない。


 【STORY】
tukuroi-3.jpg神戸の山の手に佇む瀟洒な建物「南洋裁店」では、市江(中谷美紀)が先代の作ったオーダーメイドの服を修理したり仕立て直したり、時々自分の好きなデザインの服を作ったりして、手作り仕事を大切に守り続けていた。そこへ百貨店の商品開発部の藤井(三浦貴大)が訪れ、商品のブランド化や百科店への出品を持ちかける。だが、頑なにオーダーメイドにこだわる市江は、大量生産を嫌がりその提案を断る。一着一着に着る人の想いを込めて仕立てられる服と、それを受け継ぐ人々の想いが交差する南洋裁店は、今日もおなじみのお客たちで賑わっていた。

そんな市江の姿勢に変化が訪れる。藤井の熱心なオファーに刺激を受け、また変わりゆく時代を感じ取り、オリジナルデザインの製作に心が傾いていく。美しい生地や小物などに囲まれた仕事場で一心に生地と向き合う市江の横顔は、凛としてとても美しい。

(河田 真喜子)

 

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『台湾人生』『台湾アイデンティティー』と台湾の日本統治下に生きてきた日本語世代に取材を重ねてきた酒井充子監督。最新作『ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻』は、韓国では知らない者はいないという名画家ジュンソプとその妻、方子(まさこ)との愛を丹念に映し出したドキュメンタリーだ。

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第二次世界大戦のさなか、日本の美術学校でジュンソプと財閥令嬢の山本方子は出会い恋に落ちる。方子は戦争が激しさを増した45年に命がけで韓国に渡り、ジュンソプと結婚するが、その後の朝鮮戦争の戦火と貧困が二人を引き裂き、ジュンソプは二度と方子たちに会うこともなく若くしてこの世を去ってしまう。日本と韓国、引き裂かれた二人を結んだのは200通にも及ぶ手紙で、真っ直ぐな愛が記された文面や、隅っこに書かれたイラストからジュンソプの人柄や深い愛が偲ばれる。
 
撮影当時92歳だった方子さんは、ジュンソプとの間にできた息子・泰成さんと暮らし、泰成さんが用意した朝食をたっぷり食べ、美容院でパーマを当て、苦労を重ねてきたであろう人生を今は穏やかに生きている。そんな方子さんがにこりと笑って話した一言「再婚もしないで、あなた一筋」を聞いて、こんなに深い愛の言葉があるだろうかと胸が熱くなった。
 
来阪した酒井充子監督に、本作のことだけでなく、台湾でドキュメンタリーを撮ろうと思ったきっかけや、台湾と韓国の日本統治下で生きた世代を取材した反応の違いなど、今までの創作活動にも触れるお話を伺った。
 

■台湾で日本語をしゃべるおじいさんとの出会いから、デビュー作『台湾人生』ができるまで。

―――監督が台湾に興味を持つようになったきっかけは?
はじめて台湾と出会ったのは98年でした。ツァイ・ミンリャン監督の『愛情萬歳』が私の生涯ベストワンなのですが、この映画の舞台になっている台北に行ってみたいという、本当にミーハーな一映画ファンの気持ちで台湾旅行をしました。『愛情萬歳』のロケ地や、今や一大観光地となっている『非情城市』のロケ地、九份にも行きました。夕方台北に戻ろうとバスを待っていたら、あるおじいさんがわざわざ近くの自宅からバス停まで出て、「日本の方ですか?」と日本語で話しかけてこられたのです。そのおじいさんは、子どもの頃日本人の先生にとても可愛がってもらったという話をしてくださり、戦争が終わってから53年経っていたのですが、「戦争が終わって日本に引き揚げてから連絡がとれなくなってしまったけれど、もしまだ先生がお元気なら僕は会いたい」とおっしゃったんです。バスが来て別れた後、そんな風に今でも日本人の先生のことを思っている人が台湾にいるということが、じわじわと私に衝撃を与えたのです。
 

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―――そのおじいさんとの出会いは監督にどんな衝撃を与えたのですか?
昔の台湾と日本の歴史について、私は本当に何の知識もなく、教科書で一行で書かれていたことぐらいでした。でも日本統治下の台湾で生きていた人が、その時代の想い出を大事にしたまま98年の台湾で生きていることを直接知ったのです。そこから台湾と日本のことを知りたいと思い、台湾から戻って色々な本を読んだりしながら、勉強を始めました。あまりにも台湾のことを知らないことが驚きでもあり、知らなかったことに怒りすら湧いてきました。自分に対する怒りであったり、何も教えてくれなかった日本という国に対する怒りなど、色々な怒りですね。そこから、台湾のことを伝える仕事をしようと思いました。
 
―――デビュー作『台湾人生』は、完成まで足かけ7年もかかったそうですね。
08年に完成し、09年に映画館で上映していただきました。途中辞めようかと心が折れそうになったこともありましたが、彼らが「日本人に話したい」という気持ちが取材を通してヒシヒシ伝わってきたので踏みとどまった感じです。台湾では87年にようやく戒厳令が解除され、私が本格的に取材を始めた02年でも「今こんなことをお話して、後で家族にどんな迷惑がかかるか分からないから・・・」とおっしゃる方もいたぐらい、やっと口を開いてくださるようになった時期が、私が取材し始めた時期と重なったのです。せっかく私に話してくれたことを届けないで終わっていいのかという思いもありましたし、彼らに対する責任感が、映画を完成させることができた原動力だったと思います。
 

■韓国の国民的画家、イ・ジュンソプさんとその妻方子さんの「愛」を撮る。

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―――台湾を題材にその後2作品制作したあと、今回は韓国の国民的画家、イ・ジュンソプさんとその妻方子(まさこ)さんを取り上げていますが、このお二人の作品を作ろうと思ったきっかけは?
今回は『台湾アイデンティティー』を作ったチームの方からお話をいただきました。台湾を取材していると、同時期に日本の植民地だった場所である韓国は切っても切り離せません。『台湾人生』の上映後のQ&Aでは「台湾の人はこのように捉えているけれど、韓国の人は違う反応の気がする。なぜだと思いますか?」と必ず聞かれましたから。今回はイ・ジュンソプの劇映画を日韓合作でという話があった中、奥様の方子さんがお元気なうちに撮影しておきたいということでした。韓国で取材ができるというのはいい機会をいただいたなと思いましたね。ただ『台湾人生』などのアプローチとは違い、今回は完全に夫婦の愛に焦点を絞ろうと思っていました。方子さんの人生を追っていけばおのずと植民地時代のことも感じ取っていただけるだろうと、淡々と撮っていきました。
 

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―――「再婚もしないで、あなた一筋」という方子さんの言葉は本当に重みがありました。
あまり多くお話される方ではないので、あの言葉を言ってくださるまで、本当に時間がかかりました。おととしの5月から昨年の1月まで撮影しましたが、1回お話を聞きに行っても、1時間たつとお疲れになってしまうので、本当に時間との闘いでした。東京にいらっしゃるので、カメラを回さなくても会いに行くことを続けて、「再婚もしないで、あなた一筋」という言葉を聞けたのは、本当に最後のインタビューのときだったのです。「よし!」と思いました。
 
―――方子さんは90歳を超えているとは思えないぐらい、お元気でオシャレな女性ですね。
週に一度は美容院に通っていらっしゃいますし、やはりたくさん食べることが長生きの秘訣ですね。朝ご飯のシーンも挿入されていますが、朝からあれだけの量を召し上がる訳ですから、本当に健啖家ですよね。毎朝息子さんがあの量の朝食を作っていらっしゃるわけですから。やめてオーラがすごくて、カメラマンは「いつやめて!と言われるかとドキドキしながらカメラを回していた」そうです。本当によく頑張ってくださったと思います。
 

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―――イ・ジュンソプさんの絵力と、封筒の宛名一つとってもとても味があり、手紙の文面も妻に対する愛がストレートに綴られていて印象的でした。ジュンソプさんの人生を語るにあたって、これらの作品や残された絵をどのように入れていこうと思ったのですか?

方子さんに最初に取材したとき、手紙を拝見し、この熱烈なラブレターをもらっていた女性はどういう人なのだろうかという興味がありました。私自身は手紙をフューチャーしたい気持ちはありました。ただ、最初にプロデューサーからは「(ジュンソプさんが遺した)手紙に頼るのは絶対ダメだ」と釘を刺され、結果的にはそれでよかったと思います。手紙に頼らずに手紙の魅力を伝えるという部分で、編集は苦労しました。でも、あの文字や、手紙の端に描かれているイラストをご覧いただくだけで、ジュンソプさんの愛が伝わりますよね。
 
 
―――日本と韓国で離れ離れになってしまったままという家族や夫婦は他でもあったのだろうなと痛切に感じました。
方子さんと最後の時を過ごした日本での1週間が経った後、私だったら首に縄をつけてでも、ジュンソプさんを韓国に返さずに日本に留めおくと思います。本作が完成した後に在日二世の方から聞いた話なのですが、ご両親のお父様が亡くなったとき、国交がないが故に実家に帰ることすらできなかったそうです。だから、そう簡単に留めおくなどできず、実の親子なのに、会うことすら難しい時代が確実にあったのです。切ないですね。
 
 
―――方子さんが帰国前に避難されていた済州島の住まいも、ジュンソプさんの絵が掲げられ、保存されていました。ジュンソプさんが韓国でどれだけ大きな評価を受けているかが伺えます。
西帰浦市が当時と同じものを復元していて、当時大家だったおばあさんは、あの場所に今でもお住まいです。彼らが住んでいた狭いスペースは観光名所になっていたので方子さんは色々なことを思い出されたはずですが、絶対に愚痴っぽいことをおっしゃらないのです。東京のインタビューでも「東京の空襲で自分の家が焼けないので残っていたのがどれだけ幸運だったか。だから戻ってくることができた」とおっしゃっています。焼けた東京もご覧になっているでしょうし、大変なのは自分たちだけではないという、あの時代の人だから言えるのでしょう。方子さんが特別な人というよりは、こういう人がたくさんいた時代があったということでしょうね。
 
 

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―――方子さんは車いすで韓国に行かれ、美術館でジュンソプさんの絵と対面を果たしましたが、どんな様子でしたか?
ソウルの美術館では、牛の絵を初めて見たそうで、ずっと真剣な眼差しでご覧になっていました。その絵を見たときの目や表情は、いつもとは何か違った気がします。本当に凄かったのは、韓国の美術館で、どれだけ他の取材が来ても絶対に撮影させないという絵を今回撮らせていただいたことです。「イ・ジュンソプさんの奥様の映画だったら協力します」ということでした。他にも同じような理由で協力いただいたことが多々あり、イ・ジュンソプさんの存在の大きさは私たちでは計り知れないという印象を受けましたね。
 
 
―――それだけ韓国で絶大な影響を与えているイ・ジュンソプさんに、離れ離れになってしまった日本人の妻や子どもがいたことを、韓国の皆さんはご存知なのでしょうか?
おそらく妻が日本人ということは知られていますが、これまでの方子さんに対する韓国での見方は「押しかけ女房」。すごくわがままで一方的な悪い女という言われ方をずっとしてきたそうです。この映画を韓国で上映していただくと、そうではないことは一目瞭然で、方子さんが生きていらっしゃる間に、韓国の方の誤解が解かれればいいなと思います。
 

■台湾、韓国の日本語世代取材を通じて感じた、それぞれの今とこれから。

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―――台湾、韓国共に日本統治時代を生きてきた世代にインタビューをされた訳ですが、その中で国による違いを感じることはありましたか?
決定的な違いは、日本に対する評価ですね。一つの要素として、台湾と韓国は全く歩んできた歴史が違います。韓国は14世紀かずっと李王朝が統治していたところ、日本の統治下に置かれることになった訳ですが、台湾は清の領土ではありましたが原住民は原住民族の言葉を話し、漢民族系の人は中国語を話したりと言語がバラバラな中、日本統治下に置かれることとなり、日本語が初めて台湾で共通語の役割を果たしました。また、台湾は日本が引き揚げた後、国民党の大変な時代がありましたが、韓国はまた自分たち朝鮮人の国を持つことができた訳です。
 
台湾は戦後国民党時代との比較で「日本統治時代の方がよかった」と、比較論の評価があり、それが親日と言われることにも繋がっています。韓国では、日本をプラスに評価しなければならない要素は何もないのです。単純に日本統治時代をどう評価するかという際の土台が台湾と韓国では違いますね。台湾では、日本語を話すことは「おじいちゃん、日本語を話せるの?すごい!」という反応が相対的にありますが、韓国はそうではありません。
 
 
―――確かに、本作では日本語を話す韓国の方はほとんど登場しませんね。
あるおばあさんに話を聞いたとき、彼女は日本統治下で大阪の女学校に2年間在学していたそうです。戦後日本人と話す機会はなかったそうで、約70年ぶりに私たちが通訳を伴って訪ねて行ったときは、簡単な単語を日本語で話すぐらいでした。でも別の機会にカメラを回しながら取材をすると、私の日本語の質問にいきなり日本語で答えてくださり、通訳がいらないぐらいでした。
 
そのインタビューをした夜に、彼女の娘さんから電話が入り、「今日母が日本語を話したそうですが、日帝(大日本帝国)協力者と疑われては困るので、韓国語で全部撮り直してください」という依頼があったのです。今だにそういうことを言わなければいけない空気のあることがとても残念で、「日本人に会って、日本語が自然に出てきたのが彼女の人生の証なのだから、そこに蓋をすることは私にはできません」と伝え、結局映画には使いませんでした。韓国語でインタビューを再度撮ることもできましたが、それをすることは何か違うと思ったのです。日本語を話す行為一つとっても、台湾での捉えられ方と韓国での捉えられ方はこんなにも違うのかと、驚きました。普通に取材をしている段階では、台湾と韓国で全く違いはなく、皆さん協力的ですし、反日的なところを感じることはありませんが、少し踏み越えたところに、そういう感情がありますね。
 
 
―――台湾、韓国と両国でドキュメンタリーのための取材を重ねている酒井監督だからこそ、感じられる体験です。
今回はとにかく「愛」に徹しようと思っていたので、逆に背筋が伸びるような経験でした。今は大変な時期とは言われていますが、それは日本政府や大マスコミが過剰に反応しているだけだと思っていますから。そういうことがあることをきちんと踏まえた上で、昔のジュンソプさんと方子さんのように、私たちも韓国の人たちと付き合っていけばいいなという思いを強くしました。
 
 
―――人の交流を絶やしてはいけませんね。
やはり、韓国は近いですから、日本人はどんどん行くべきですよ。映画を撮ることもそうですが、人が往来し、直接やりとりをすることがとても大事だと感じたので、そういうすごくシンプルなことをお伝えしていければいいなと思っています。この映画を観て、済州島に行きたいと思っていただけたらうれしいですね。 (江口由美)
 

<作品情報>
『ふたつの祖国、ひとつの愛 ~イ・ジュンソプの妻~』
(2014年 日本 1時間20分)
監督:酒井充子
出演:山本方子、山本泰成、キム・インホ、ペク・ヨンス、チョン・ウンザ他
2015年2月7日(土)~第七藝術劇場、近日公開~京都シネマ、元町映画館
公式サイト → http://www.u-picc.com/Joongseopswife
(C) 2013 天空/アジア映画社/太秦
 
 

『くちびるに歌を』試写会プレゼント(2/13〆切)

kuchibiru-550.jpg■ 提供:アスミック・エース
■ 日時:2015年2月20日(金) 
    18:00開場/18:30開映
■ 会場:御堂会館
〒541-0056 大阪市中央区久太郎町4-1-11
    TEL(06)6251-5820(代表)
    FAX(06)6251-1868
    地下鉄御堂筋線本町駅8号出口南へ200m
    地下鉄中央線本町駅13号出口南へ50m  
■ 募集人数: 5組 10名様
■ 締切:2015年2月13日(金)


★公式サイト⇒ www.kuchibiru.jp

2015年2月28日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー


kuchibiru-550-2.jpg誰にも言えない悩みを抱えて【合唱うた】に生きる、離島の先生と生徒たち.―――
日本中がきっと涙する、世紀の感動作、映画『くちびるに歌を』が2015年2月28日(土)全国公開となります。
原作は、本屋大賞にノミネートされ読書メーターおすすめランキング第一位にも輝いた、中田永一のベストセラー小説「くちびるに歌を」。

全国学校音楽コンクールの課題曲で、今も愛され続けている合唱曲「手紙 ~ 拝啓 十五の君へ~」の作者アンジェラ・アキが、五島の中学を訪ねるテレビドキュメンタリーをもとに書きおろされた感動作です。

主人公の柏木に、映画・TVドラマ・CMと大人気の新垣結衣。合唱部員を演じるのは、オーディションで選ばれたブレイク間違いなしのフレッシュな俳優陣。さらに、豪華で個性的な実力派が脇を固めます。青春映画の名手・三木孝浩監督が、オール長崎ロケに挑み、雄大な自然を背景に、温かく力強い人間ドラマを描きます。

【STORY】
長崎県・五島列島の中学校。ある日、天才ピアニストだったと噂される柏木ユリが臨時教員としてやってくる。合唱部の顧問となった柏木は、コンクール出場を目指す部員に、“15年後の自分”へ手紙を書く課題を出す。そこには、15歳の彼らが抱える、誰にも言えない悩みと秘密が綴られていた。その手紙は悲しい過去からピアノを弾けなくなっていた柏木の心を動かして……。

 


原作:中田永一(「くちびるに歌を」小学館刊)
監督:三木孝浩『陽だまりの彼女』『ホットロード』
主題歌:アンジェラ・アキ「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」(EPICレコードジャパン)出演:新垣結衣 木村文乃 桐谷健太/恒松祐里 下田翔大 葵わかな 柴田杏花 山口まゆ 佐野勇斗 室井響/渡辺大知 眞島秀和 前川清 木本武宏 石田ひかり(特別出演)/木村多江/小木茂光/角替和枝 井川比佐志

音楽:松谷卓  脚本:持地佑季子 登米裕一
製作:『くちびるに歌を』製作委員会(アスミック・エース、ポニーキャニオン、小学館、電通、レプロエンタテインメント、巖本金属、KDDI、GYAO!)  
配給:アスミック・エース  
(c) 2015 『くちびるに歌を』製作委員会 (c) 2011 中田永一/小学館
2015年2月28日(土)~大阪ステーションシティシネマ、全国ロードショー
公式サイト⇒ www.kuchibiru.jp

 
(プレスリリースより)

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『トレヴィの泉で二度目の恋を』シャーリー・マクレーン インタビュー

外見なんか気にしない!? 生涯女優
シャーリー・マクレーンが語る人生を楽しむ秘訣とは!?

シャーリー・マクレーン&クリストファー・プラマーという2大アカデミー賞俳優がイタリアを舞台に贈る最高にチャーミングなラブストーリー『トレヴィの泉で二度目の恋を』が1月31日(土)よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショーとなります。

★作品紹介は⇒ こちら
★公式サイト⇒  www.torevinoizumide.com
 


 
trevi-550.jpg最悪な出会いから始まるとびきりチャーミングなエルサと、とびきり頑固なフレッドの恋。しかし、エルサのチャーミングで素敵な嘘をつく?という魅力も存分に発揮し、妻を失い心を閉ざしていたフレッドは次第に笑顔を取り戻していく。エルサの夢は夜な夜な観ているフェリーニの傑作映画『甘い生活』のヒロインのように愛する人とトレヴィの泉に行くこと。果たしてフレッドはその夢を叶えることができるのか?人生黄昏時に再び全てが輝き始める瞬間が凝縮し、人生はいくつになっても楽しむ事が出来ると教えてくれるだけではなく、二人の一筋縄ではいかない恋の行方に笑って泣いてときめく、珠玉のハートフルムービーです。


本作が映画デビュー60周年の記念映画となるシャーリー・マクレーン。映画デビュー作『ハリーの災難』(55)でゴールデングローブ賞新人女優賞受賞を皮切りに、『走りくる人々』(58)、『アパートの鍵貸します』(60)、『あなただけ今晩は』(63)、『愛と喝采の日々』(77)で4度アカデミー賞主演女優賞の候補に挙がり、『愛と追憶の日々』(83)で遂に受賞を果たした。近年では、ゴールデングローブ賞の最優秀助演女優賞にノミネートされた『イン・ハー・シューズ』(05)や『ココ・シャネル』(08)、『バレンタインデー』(10)、『バーニー/みんなが愛した殺人者』(11)、『LIFE!』(13)などに出演。さらに「Glee(シーズン5)」(13)や「ダウントン・アビー ~貴族とメイドと相続人~(シーズン3)」(12)など、大ヒットTVシリーズにも出演するなど精力的に活動している。また、米女性団体として初の中国訪問団を組織し、その様子をおさめたドキュメンタリー映画『The Other Half of the Sky: A China Memoir』(75)では監督を務め、アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。さらに、スピリチュアルな思想を持つことでも知られ、自身の神秘体験を基にした「アウト・オン・ア・リム」(83)が世界的なベストセラーとなった他、数々の著作を発表するなど、80歳ながらも精力的に現役バリバリで活躍できる秘訣を聞いた。
 


 
「正直に、率直に生きなければいけないわ。ありのままの自分にウソをつかないことが大切よ。私は、いつも今の瞬間を生きているから。私は、1日1日を生きていくだけ。過去や未来に心をとらわれることなくね。ただ、今を生きるの。」と語る。また、女優という職業については、「私は撮影現場が好き。撮影現場独特の親密な雰囲気が好きなの。現場でいろいろ工夫を凝らすのも、他の俳優たちとコラボレーションするのも。他に、やることを思いつかないの」と女優という仕事に熱中していることがシャーリー・マクレーンの人生を楽しませているようだ。さらに「やればやるほど、外見を気にしなくなったわね。もう鏡なんか全然見ないし、自分がスクリーンでどう見えるかなんて、気にしない。」と断言!外見を気にしないというのは、どれほど楽で心地よいのだろうか。。。。。

生涯女優でいる限り、彼女自身はずっと輝き続け、さらに私たちを楽しませてくれるに違いない。誰が見てもとびきりチャーミングなエルサを魅力たっぷりに演じている映画『トレヴィの泉で二度目の恋を』を観て、生涯女優のシャーリー・マクレーンにさらに期待してほしい。
 


 監督:マイケル・ラドフォード 
出演:シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、クリス・ノース 
2014年/アメリカ/英語/STEREO/シネスコ/97分/
原題:ELSA&FRED (C)2014 CUATRO PLUS FILMS, LLC
提供:リヴァーサイド・エンターテインメント・ジャパン 
配給:アルバトロス・フィルム www.torevinoizumide.com

2015年1月31日(土)~Bunkamuraル・シネマ、2月7日(土)~テアトル梅田、京都シネマ、2月14日(土)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開

(プレスリリースより)

trevi-di-1.jpg『トレヴィの泉で二度目の恋を』マイケル・ラドフォード監督インタビュー

シャーリー・マクレーン&クリストファー・プラマーという2大アカデミー賞俳優が贈る、

最高にチャーミングなラブストーリー『トレヴィの泉で二度目の恋を』2015年1月31日㈯からBunkamuraル・シネマほかにて全国順次ロードショーいたします!

公開に先立ちまして先日、マイケル・ラドフォード監督のインタビューを行いました!

撮影の舞台裏や現場でのシャーリー・マクレーン&クリストファー・プラマーの様子、さらには村上春樹さんとの意外なエピソードなど、貴重なお話を伺うことが出来ました。

★作品紹介は⇒ こちら
★公式サイト⇒  www.torevinoizumide.com 



trevi-550-2.jpgQ:主演のエルサを演じるシャーリー・マクレーンについて?
彼女はとてもタフな女性だ。映画ではやわらかさみたいなものを演じて欲しいと伝えた。彼女は驚いた、ケンカになったし口論もした。しかし真剣に役に向き合ってくれた。
シャーリーはムービースターのカリスマ性、スター性がある。

Q:フレッドを演じるクリストファー・プラマーについて?
彼はとても才能がある。85歳の今でも一人舞台をしているんだ!

Q:クリストファー・プラマー、シャリー・マクレーンの魅力はなんですか?
二人の間にはケミストリーがあった。それはとても運が良かったよ!
クリストファー・プラマーはとても若い。そして若い女性にモテるんだ!古典的な作品にでる俳優さんだね!シャーリー・マクレーンは真のムービースター!直観的、本能的に演じていて、自分がどう映っているか知っている。タイプは真逆の二人だよ。 

Q:脚本はなぜまた「イルポスティーノ」のアンナ・パヴィニャーノなんですか?
最適だった。彼女は文化的にイタリア的なんだ。脚本はまず、スペイン語をイタリア語にそれを僕が英語にしたんだ!

Q:リメイクにあたって意識したことは?
(リメイク)とても難しかった。正直もうリメイクはしない。
自分の気に入っている部分はキープした。南米ではヒットしたのに世界的にはダメだった、そこを考えた。オリジナルに比べフレッドのキャラクターを掘り下げた。自分なりにユーモアを付与した。

Q:オリジナルのどこに惹かれたのですか?
とても人間的でユーモアがあり感動的、センチメンタルなとこもいい!自分が好きなタイプの映画。名優たちと仕事ができるのも嬉しかった。ユーモア、ロマンス、感動を伝えられると思ったんだ!

Q:オリジナルとの違いは?
核になるアイディアは同じ。オリジナルに比べ、フレッドを掘り下げた。

Q:この作品を撮ってて一番楽しかったことは?
助演も含めて最高のキャストを集められた!主演二人のカリスマ性は凄かった!

Q:奇跡的だと思ったシーンは?
二人がはじめて夜を過ごすシーンが心配だった、シニアのSEXを匂わすからね!そんなの見たくないと思う人がいるかもしれない!でもいざ撮影してみると凄いなと思った。

Q:イタリアに思い入れは?
息子も生まれたし、結婚もした。なぜか逃れられない運命。イタリアが大好きだし、人生の一部。深いところでイタリアが好き。映画を作るにあたっては深く文化に入り込まなくてはいけない。イタリアが舞台だと作りやすい。 

Q:映画の中で、なぜあんなにもアニタ・エクバーグ(フェリーニ監督作品『甘い生活』のヒロイン)にエルサ(シャーリ・マクレーン)は思い入れがあったのですか?
セリフでもあるが、エルサは若いころにアニタに似ているといわれていた。エルサはずっとニューオリンズにいたから、(「甘い生活」の中のアニタは)エルサの中で異国情緒あふれる夢になった。

Q:フェリーニを意識しましたか?
映画のスタイルについては色々あるがフェリーニ風にはできなかった。フェリーニの作品とは逆で親密な小さい世界観にした。役者がいいので、長回しをやった。

Q:「甘い生活」のアニタの死について?
ロンドンのテレビで知った。ローマのホスピスで亡くなったと聞いた。とても悲しい。撮影中にホスピスにいると知っていて悲しかった。元旦那はアニタにベタぼれだったんだよ。シャーリー・マクレーンが22,23歳くらいの頃にアニタと撮った写真を見せてくれた。どこかのシーンで使おうかと思ったよ。シャーリー・マクレーンがトレヴィの泉でコスプレするシーンはシャーリー・マクレーンの提案だったんだ。

Q:アニタとの面識は?
会ったことはない。

Q:アニタへの追悼のメッセージなどはしましたか?
やっていない。アニタのニュースはイギリスではあまり放送されなかったんだ

Q:アニタを一言で言うと?
アイコンである。彼女はイメージなんだ、映画的なイメージ!フェリーニは彼女の資質を捉えたんだ。演技はイマイチだったけど!

Q:シニアにむけて作ったのですか?
時間もお金もあるから、今は世界的にシニア向けの作品が増えている。観ててフィールグッドな作品があってもいいんじゃないかと思ってね!

Q:日本にはシニアの恋の映画はありません。それについてどうですか?
すごく残念(5回くらい)!アメリカ、イギリスではシニアの恋の映画は増えています

trevi-550.jpgのサムネイル画像Q:若い読者に向けて
若い人のリアクションよかった。実際にトレヴィの泉に行ったと、映画を見てくれた若いカップルが言ってくれた。恋する気持ちはいくつになっても変わらない。人生は常にサプライズなんだ。(この作品は)リアルなラブストーリーなんだ。
年を重ねたら人生楽しくないというのは違う。それを伝えたい。年齢を重ねても恋をするってことをみてもらえたら

Q:日本について、そして今後日本の原作の映画化は考えていますか?
村上春樹とは親交があり「国境の南、太陽の西」の映画化の話があった。
村上春樹は「アメリカで撮ってくれ」と言ったが、僕は日本的な映画で日本的なフィーリングがあると思った、いろいろあって実現はしなかったんだ。日本の小説も文化も好き。吉本バナナも好き!いい本があれば映画化したい!
黒澤明、溝口健二、小津安二郎、大島渚などの作品が好き。最近のものよりは昔の作品が好き。宮崎駿の作品は好き。残念だけど(邦画)の公開本数は減っている。ぜひ作りたい、日本で撮影したい。日本的な要素に惹かれている。
 

 


 監督:マイケル・ラドフォード 
出演:シャーリー・マクレーン、クリストファー・プラマー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、クリス・ノース 
2014年/アメリカ/英語/STEREO/シネスコ/97分/
原題:ELSA&FRED (C)2014 CUATRO PLUS FILMS, LLC
提供:リヴァーサイド・エンターテインメント・ジャパン 
配給:アルバトロス・フィルム www.torevinoizumide.com

2015年1月31日(土)~Bunkamuraル・シネマ、2月7日(土)~テアトル梅田、京都シネマ、2月14日(土)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開

(プレスリリースより)
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~森川葵と菅田将暉が表現する青春のさすらいと映画愛~

 
『劇場版零~ゼロ~』や宮藤官九郎脚本ドラマ『ごめんね青春!』で見事な存在感をみせた新星森川葵と、『そこのみにて光輝く』、『共喰い』といったシリアスドラマから、ファンタスティックな女装を披露した『海月姫』まで作品ごとに様々な顔を見せて我々を魅了する菅田将暉。この2人だからこそできる独特の空気感を楽しみたいのが、青春ロードムービー『チョコリエッタ』だ。大島真寿美の青春小説『チョコリエッタ』を、風間志織監督が約10年の構想を経て映画化した。作品中には巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の『道』が様々な角度から取り上げられ、名画ファンなら思わずニンマリしてしまうようなシーンも盛り込まれている。
 
東日本大震災を経験することで、空想と近未来のリアルが入り混じる物語へ昇華させた風間監督に、主役二人のことや、10年もかけたという制作の経緯、全編に渡ってさりげなく滲む放射能の描写や関西と関東反応の違い、風間監督ご自身の映画原体験についてお話を伺った。
 

■知世子役の森川葵と政宗役の菅田将暉について

―――今、最も旬な二人のキャスティングですが、森川さんが知世子役に選ばれた経緯を教えてください。
原作では知世子がムシャクシャして髪を切って坊主頭になるところから始まるので、坊主頭になってくれる人を探す必要がありました。事務所に「坊主頭にしてくれる女の子はいますか?」と声をかけてオーディションをしたのですが、なかなか人数が集まらず10人ぐらいの中から選考していきました。お会いした中で、森川さんは「この子が知世子だ」と思うような不思議な雰囲気を持っていましたね。他の子は知世子役をするために髪を切ろうとします。「髪の毛切るのは大丈夫です。頑張ります!」という人がほとんどである中、森川さんは「一回坊主にしてみたかったんですよね」という感じで、全く気負いがなかったです。
 

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―――なるほど、オーディションでもかなり独特の雰囲気を放っていたとのことでしたが、撮影中はいかがでしたか?
森川さん演じる知世子が面白いので、そこから映画が出来てきました。最初リハーサルをしたときに「森川さんはできるな」と思っていましたが、そんなにすぐに役作りができるとは思っていなかったのです。森川さんだけ先にリハーサルをしていると、ものの数十分で彼女の中からすっと知世子が出てきたのです。「それだ!」と私が言ってから、すぐに知世子が出来上がっていきました。こんなことがあるのかと思うぐらいの速さですね。森川さんは猫を飼っているのですが、本作では犬の鳴きまねをしなくてはならなくて、最初はうまくできなかったんです。初日は「犬ってどうやって鳴くんですか」と聞いてきましたが、二日目は自分で研究してきたようで、「鳴けますよ」と。
 
 
―――菅田さんのキャスティングはどのような形で実現したのですか?
男の子も同時にオーディションをしたのですが、なかなかいい子が見あたらなかったのですが、キャスティングに関する情報が事務所にも流れるようで、菅田くんの事務所の方から「この期間だったらスケジュールが空いてるけれど」と打診してくれました。
 
 
―――正宗演じる菅田君は知世子を輝かせる役どころですが、見事に受け身の役に徹していました。何か監督から演出されたのですか?
自由にやっていましたね。菅田君はしっかりしていて、自分が違うと思えば「僕は違うと思う」とはっきり言ってくれました。私はそういう役者の方が好きなので、やりとりをしているときは面白かったですね。菅田君が着用していたアロハシャツは、おじいさんの服という設定でビンテージものばかりを集め、その日の気分で菅田君に選んでもらって決めていました。役作りの一環ですね。正宗は結構文語的な言葉を話しますが、それもキャラクター作りに役立ちましたし、菅田君だから違和感なく自然に演じられる。それは非常に大きいと思います。
 
 
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■フェデリコ・フェリーニの名作『道』と『チョコリエッタ』の関係について

―――二人の空想めいた世界が見事にフェリーニの『道』とリンクしていました。
自分の子どもの頃を思い出してみると、辛いときには空想していました。空想の世界が一番居心地が良かった時代が自分にあったので、その感じを知世子と正宗の二人に対しても非常にスムーズに当てはめることができたのでしょう。20歳前の年代の人たちにとって、フェリーニや小人の世界に入っていくことは、ごく自然だと思います。
 
―――風間監督は、若い頃からフェリーニがお好きだったのですか?
フェリーニは好きでしたが、『道』という映画はよく分からなかったというのが正直なところです。ただ、『道』は『チョコリエッタ』には絶対的に必要なので、たくさん使用しています。「『道』にオマージュを捧げる」とよく言われますが、原作に登場するから使用しているのが本当のところで、個人的にはおこがましいと思っています。原作でも「私は、前は死にたいと思っていたわ」という『道』での台詞が出てきますし、(『道』でジェルソミーナを演じた)ジュリエッタ・マシーナから愛犬の名前を取っているので、この物語を語るのに『道』は絶対にはずせません。ただ、本物の映像も音楽も一切使用を許可してもらえなかったので、テレビで『道』を鑑賞しているシーンは合成ではなく、一から作り込んでいきました。きちんと作らないと、それこそフェリーニに申し訳ないですから。名作だからこそ遊んでいいのではないかと思って、まじめに遊びました。
 
―――森川さんと菅田さんは、『道』を観たことがあったのですか?
二人とも最初は『道』のことを全然知りませんでした。『道』製作60周年でブルーレイのニュープリントをイマジカさんが焼いたこともあり、主要な役者さんを集めて試写に行かせてもらいました。今回高校生役の子たちは全員観ています。森川さんは「私、全然分からなかったです。でも知世子って分からなくていいんじゃないですか?」といった感想でした。確かに、『道』を好きなのは知世子の両親ですから、知世子自身が理解する必要はありませんよね。 菅田くんは「すごく良かった。俺、昔女の子にザンパノみたいなことをしたことがある」と言っていました。
 

■『チョコリエッタ』映画化のきっかけと、大きな影響を与えた東日本大震災/原発事故について

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―――10年近くの構想を経て作られたそうですが、『チョコリエッタ』を映画化しようとしたきっかけや、それだけ時間がかかった理由についてお聞かせください。
原作に惚れ込んだ知り合いのプロデューサーから、この作品を映画化しようという話が出たのは2007年~2008年頃です。原作者の大島真寿美さんと私は偶然知り合いで、大島さんが『それでも彼女は歩き続ける』という映画監督が主人公の作品の取材で私に声をかけてくださり、取材がひと段落したときに「『チョコリエッタ』を映画化したいという話があるのだけど、監督が決まっていないのよね」「それって私じゃないの?」「この作品は風間さんよね」ということで映画化に向けてのプロジェクトが始まったのです。そこからすぐに脚本を書き始め、資金集めを始めたのですが、なかなか思うように集まらず、企画をしばらく寝かせておくことになりました。
 
―――企画を寝かせていた間に東日本大震災が起きた訳ですが、作品を見ているとその影響が色濃く感じられます。
震災が起こったときに最初は自分の子どもを守ることを考えはじめていました。ただ時間が経つにつれて、日本が変な方向に来ている気がして、「おかしいな、これは。全てを隠そうとしている」と思うようになりました。東京には確実に放射能が降っているのに、そんなことを微塵も感じさせないようなふりをしている。福島の人を政府の人たちが誰も守ろうとしないことがすごく気持ち悪かったのです。でも、これは昔からあることがはっきり見えてきただけで、ずっとこのような世界であることが震災後はっきり分かっただけなのだと悟りました。そこで映画を撮る人間として何を撮るのかと考えたときに、『チョコリエッタ』のことをふと思い出したのです。『チョコリエッタ』は若い少年少女が自分の中で感じていたぐちゃぐちゃした悩みや憤りを、映画を撮ることで解消していくというお話です。これからの子どもの未来は私たちが子どもの頃より見たくない、辛いものになる可能性がある中で、そういう辛いものや若者の憤りを3.11以降の時代に置き換えてもすんなりくるのではないか。それが自分の中でカチッと合わさった感じで、脚本を書き直し、絶対に撮ると決めて動いていきました。
 

■『チョコリエッタ』に対する関東と関西の反応の違いについて

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―――教室の後ろに置かれた生徒の遺影がある風景や、寂れた商店街など、福島をどこか感じさせるような表現がいたるところに見られますが、本作の時代設定は?
2010年夏の原爆事故が起こる前から物語は始まります。それから11年後、千代子が高校生になった2021年のお話で、少し近未来ですね。このままではどこで地震が起こっても原発が爆発する可能性があるわけです。前から指摘されていたし、さらに実際に事故が起こっても何も変えようとしないですよね。福島とは限定しないけれど、放射能のイメージをちりばめていますし、近未来の設定にしたのも「どこでもありうる」という意味が込められています。
 
―――政治的な方向で表現するのではなく、映像に凝るところから入っていますね。
政治的なことを匂わせはしようと思って、周りに配置していますが、それに関しては一言も言わずに感じさせるということをやりたかったのです。今の世の中って、そんな感じですよね。どれだけ不安はあっても、普段は何も言わないで暮らしている。そういう人多いから、匂わせる表現で分かってもらえるかと思ったのです。
 
―――東京のマスコミから、放射能の描写に関する質問は来ましたか?
全くこないです。大阪の記者の方は皆放射能に関する部分を聞いてくるので、とても健全だなと(笑)。東京国際映画祭のQ&Aでも、1日目に司会者との話でも、なぜ撮ろうとしたのかと聞かれ「3.11があったのでどうしても撮らなければならないという思いがありました」と答えると、「ああ、そうですか」でさらっと終わってしまいました。2日目にようやく客席から(放射能に関する)質問があったのですが、「こんな場所でこんなことを聞いていいか分からないのですが、この表現は放射能を表しているんですよね」と。質問してはいけないことだと皆が自己規制しているのかと思い、ビックリした覚えがあります。言わない方が逆にリアルだと思い、映画で雰囲気だけ映し出そうと思ったのですが、それすら言及しないぐらい東京はひどい状況だったのだと、大阪に来てようやく気づきました。分かりやすく表現したつもりなのに誰も質問しないので、「こんなに分かりにくい映画を撮ったのか」と実は悩んでいたのですが、大阪では普通に皆が質問してくれたのでホッとしました。
 

■風間監督が高校時代の映画にまつわる原体験について

―――風間監督ご自身は、知世子ぐらいの年頃の時にどんな映画を観ていたのですか?
フェデリコ・フェリーニ、鈴木清順、スタンリー・キューブリックに最初の衝撃を受けました。フェリーニは『サテリコン』というローマの貴族が酒池肉林するようなメチャクチャ狂った作品、鈴木清順さんは白黒の『殺しの烙印』、そしてキューブリックの『時計じかけのオレンジ』。映画ってなんだか分からないけれどすごい!という言葉では言い表せられない衝撃ですよね。
 
―――高校時代から映画を撮り始めたのですか?
クラスの文化祭の出し物用で、劇をするぐらいなら映画にしないかと提案したのが最初でした。ある女の子が白血病になったと同時に未来が見える能力を持ってしまうという設定で、今を楽しむしかないと学校をムチャクチャにして死ぬというストーリーでした(『お楽しみは悲劇から』)。ただ学校をムチャクチャにするくだりで、台本にたばこを吸ってお酒を飲むと書いていたら、先生にチェックを入れられてしまうし、家で編集作業を頑張ったために学校を休んだりしたため呼び出され、文化祭での上映は却下されてしまったのです。結局クローズドで上映を許可されたところ、最終的には文化祭での上映も許可されたことを今思い出しました。意識はしていなかったけれど、そういう自分の経験があったからこそ、『チョコリエッタ』を撮ったのだと思います。
 

■「だって映画は永遠だから」

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―――映画研究会のメンバーが作った短編アニメの中のセリフ「だって映画は永遠だから」。そして知世子が自宅で途中からフェリーニ作品を見ようとしたときに父親が言ったセリフ「初めてはもっと大事なものだ」。どちらも非常に印象的でした。
この2つのセリフは、原作にあったもので、一言も変えていません。原作の中に入っている言葉は、変える必要のないものはそのままやりたいし、そういう日本語で自然に演じたてもらいたいという意図で作っています。「だって映画は永遠だから」は小説『チョコリエッタ』で絶対に言わせなければいけないセリフです。そこが良かったと言ってもらえるのは、とてもうれしいですね。
 
―――風間監督ご自身も「映画は永遠だ」という気持ちで、撮っているのですか?
私はそうでもないですよ(笑)「永遠だったらいいな」ぐらいの気持ちですね。高校生の子が「映画は永遠だ」と信じていることがいいのだと思います。私自身はそこまで純粋でもないし、「フィルムもなくなるし、どうするんだ」という気持ちが強いです。フィルム時代は永遠に保存されるのかもしれませんが、これからデジタル化していくとデータを書き換え続けなければいけないので、永遠かどうかはこれから実証されていくでしょうね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『チョコリエッタ』
(2014年 日本 2時間39分)
監督:風間志織
原作:大島真寿美『チョコリエッタ』角川文庫
出演:森川葵、菅田将暉、市川実和子、村上淳、須藤温子、渋川清彦、宮川一朗太、中村敦夫
2015年1月17日(土)~新宿武蔵野館、1月31日(土)~テアトル梅田、2月以降、元町映画館、京都シネマ他全国順次公開
©寿々福堂/アン・エンタテインメント
※第27回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門出品作品
※第39回香港国際映画祭正式出品
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近年非常に勢いのある台湾映画。新しい才能が続々誕生する中、今一度押さえておきたい台湾のみならず世界の映画人に大きな影響を与え続けている巨匠の傑作を一挙集めた『台湾巨匠傑作選~ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、アン・リー、ウェイ・ダーションの世界~』が、1月17日(土)より第七藝術劇場、1月31日(土)より京都みなみ会館、2月7日(土)より元町映画館で上映される。
 
『悲情城市』(89)、『百年恋歌』(05)と台湾の歴史から現代台湾までを描き続けるホウ・シャオシェン監督作品は、今回が劇場初公開となる長編デビュー後に発表したオムニバス映画『坊やの人形』(83)、台湾ニューウェーブの代表としてその名を知らしめした『童年往事 時の流れ』(85)、90年代に発表された日本と合作の2作品『憂鬱な楽園』(96)の3本が上映される。
 
2007年に惜しまれつつ亡くなったエドワード・ヤン監督作品は、遺作であり、カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した家族ドラマの秀作『ヤンヤン 夏の想い出』(00)を上映。
 
『ブロークバック・マウンテン』(05)、『ラストコーション』(07)、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12)と今や“ハリウッドで最も成功を収めたアジア人監督”として意欲的な作品を発表し続けているアン・リー監督作品からは、商業映画デビュー作『推手』(91)、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作『ウェディング・バンケット』(93)、『推手』『ウェディング・バンケット』に連なる“父親三部作”最終章『恋人たちの食卓』(94)の3本を一挙上映。
 
そして1月24日より最新プロデュース作『KANO〜1931 海の向こうの甲子園〜』が公開、現在の台湾映画界で一番のヒットメーカーであり、日本と台湾の関係を描き続けているウェイ・ダーション監督作品は、1930年、日本統治下の台湾で起きた原住民族による武装蜂起「霧社事件」を描いた、二部構成の歴史大作『セデック・バレ(第一部/第二部)』(11)の2作品を上映する。
 
また、新作特別上映としてウェイ・ダーション監督が製作を務めた『セデック・バレ』2部作の製作過程で集められたエピソードや、生存する遺族たちの証言、歴史学者へのインタビュー、セデック族発祥の地と言い伝えられている巨石《プスクニ》を探す旅を捉えた興味深いドキュメンタリー、『セデック・バレの真実』(13)もラインナップ。1本たりとも見逃せない必見特集上映だ。
 
各劇場上映スケジュールはコチラ
 
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~安藤サクラが全身全霊を注ぐ!時価百円の女“一子”のイタくて痛いパワフル再生劇~

 
伝説の映画俳優、松田優作の出身地である山口県で毎年開催されている「周南『絆』映画祭」。2012年に創設された脚本賞の松田優作賞において栄えあるグランプリに輝いた『百円の恋』を、『イン・ザ・ヒーロー』の武正晴監督が映画化した。オーディションによりヒロイン一子役を射止めた安藤サクラ、一子が恋するボクサー狩野役の新井浩文をはじめ、個性豊かなキャストたちが揃い、笑いを交えながら人間の可笑しさや弱さ、そして強さを描き出す。
 
32歳で実家に引きこもり、だらけきった生活を送っているヒロイン一子。百円ショップでアルバイトをし、一人暮らしを始め、ボクサーに恋をし・・・と気が付けば自分がボクシングを始めているのだから、「人間は気持ち次第でいつでも変われる」と大いに勇気づけられる。ジャージ姿から脇腹のはみだした贅肉が目を引く自堕落な一子や、引き締まった身体、獣のような鋭い目で一心不乱にパンチを繰り出す一子を、安藤サクラが見事に表現。仕事も恋もパッとしない、イタイだけの女、一子が、痛いパンチを喰らいながら、人間として大きく成長する。まさにボクシングを通して安藤サクラ=一子が放つ爆発的なエネルギーにノックアウトされそうな、しびれるぐらいカッコいい作品だ。
 
本作で一子を演じた主演の安藤サクラに、一子役に対する思いや、非常に難しかったという役作り、死ぬ気で練習を積んだというボクシング、そして新井浩文との共演についてお話を伺った。
 

■もし一子を演じられるのであれば、自分のやれることは全てやろうと思った。

―――脚本を初めて読んだ時、一子に対してどんな印象を抱きましたか?また、「一子役を演じるのは自分しかいない」と思えるぐらいオーディション段階から役に入り込んでいたのでしょうか。
安藤:とても素敵な脚本だったので、自分以外のキャスティングも頭の中で考えたりしました。どんな人が演じたら面白いのだろうという風に考えてしまうほど、すごく魅力を感じる役で、「この役を絶対に勝ち取ってやる」という気持ちとはまた違いますね。もちろん、やりたいと素直に思いましたし、私自身この映画で一子のように闘ってみたい。また、自分がそのように思える作品のオーディションを受けられることにも幸せを感じました。オーディションを受けるときも、「もし受からなければ、それでもいい」というふっきれた気持ちでした。それは受かる、受からないという次元を超えて、この作品がとても好きだったのです。
 
―――オーディションにはどういう心意気で臨みましたか?
安藤:もし一子を演じられるのであれば、自分のウンコみたいなものを全部出そうと思っていました。私は割と醜い女性の役や、だらしない女性の役を演じることが多く、オファーされる役が偏っていることを、気にした時期もありました。でもオーディションでこの役が決まったら、今まで演じてきただらしなさや醜さを全部出してやろうと思ったのです。逆に「ウンコでも何でも、ケツの穴でも映しやがれ!」というぐらいの気持ちで臨みました。
 

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■この作品に臨んだことは「人生最大のわがまま」

―――見事一子役を射止めてから、どのように役作りをしていったのですか?
安藤:自分のやれることは何でもやろうと思いました。一子は最初すごくだらしがない女です。私はそのだらしない部分に説得力がないとイヤなのです。見た目の説得力があるかないかで、この作品の面白さは違ってくると確信していました。たとえ監督が「いいよ、そこまで汚くならなくても」と言ったとしても、自分がもっとやりたいという気持ちが大きかったです。
 
ボクシングに関しても妥協したくはなかったです。「ウンコも出す」と決めたのだから、どんなに過酷なことでも出来てしまう。この作品で「死ぬ気でやる」という言葉の意味が分かったというぐらい、ボクシングの練習は過酷でした。
 
ただ、難しかったのは身体のコントロールです。ボクサー体型に絞らなければならないし、その一方で前半の一子はできるかぎり太らせたい。その部分は本当に苦労しました。でも撮影を終えて、この作品に臨んだことは「人生最大の幸せなわがままだった」と思いましたね。
 
―――撮影期間はどれぐらいでしたか?
安藤:撮影期間は2週間です。順撮りではなかったですし、下着姿の時は太っていたいので、それまではとにかく食べて太った体型をキープして、下着シーンの撮影が終わり、試合シーンまでの10日間で身体を絞りました。
 
―――一日の中で、太っているシーンと身体を絞り込んだ後のシーンの両方を撮影することがあったそうですね。
安藤:不思議なもので人間の顔つきは、気の持ちようで変わるみたいです。冒頭の一子は全く筋肉を使わないような生活をしていますから、顔の筋肉からはじまって全身の筋肉を全て弛緩させました。次に絞り込んだ後のシーンをいきなり撮るときは、1ラウンドぐらいミットを打ちました。格闘技をすると顔つきが変わりますし、むくみも取れて、それでどうにか乗り切りました。
 

■新井さんと俳優としての妥協しない部分は同じ気持ち。『百円の恋』の武組は、皆一緒に闘ってくれた。

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―――狩野を演じた新井さんとの共演はいかがでしたか?
安藤:身体を絞るという点で、新井さんが一緒だから頑張れた部分は大きいです。新井さんはプロのボクサーと同じメニューを撮影中も続け、身体を絞っていました。撮影の試合の日を本当の試合の日と想定して、水すら一滴も飲まないぐらい過酷なメニューをこなしていたのです。ボクシングを題材にした映画の中でも、なかなか男女2人ともボクサーで、身体を絞るようなケースはないので、私はとても心強かったです。お互い俳優としての妥協しない部分は同じ気持ちだったので、本当に一緒に頑張れたと思います。新井さんと一緒の現場はとても心地よくて、一緒に作品を作っている感じがとても強く、素直な、シンプルな気持ちで居られます。武監督も新井さんも、スケジュールや減量や身体の作り込みなど、肉体的にはきつい現場でしたが、精神的にはとても満たされていて、「なんて幸せな現場だろう」と感じていました。『百円の恋』の武組は、皆で一子のように一緒に闘っていました。
 

■「いつかボクシングと映画を一緒にできたら」中学時代抱いていた憧れに近づく。

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―――安藤さんはボクシング経験があったそうですが、ボクシングをはじめたきっかけは?
安藤:ボクシングがちょっとカッコいいなと思ったのは、中2の頃です。不良になりたくて始めたのですが、すごく真面目にボクシングをやってしまいました。新井さんに最近、「ボクシングをやっているから不良ではなくて、不良が更生するためにボクシングを始めるんだよ。逆だよ」と指摘されて、やっと勘違いに気づきました(笑)。
 
―――中学生でボクシングを始めた頃は、女優になろうと思っていたのですか?
安藤:ボクシングに出会ったときと、映画の現場を初めて経験した時期が同じだったのですが、今回私が『百円の恋』で一子を演じたような職業を女優と呼ぶのであれば、そういうことをしたいと思っていました。肉体的なことを除いても一子という役柄はとても難しかったけれど、周りのキャラクターも本当に素敵で、そこにも惹かれました。ボクシングを始めた頃に、『ガールファイト』というボクシング映画が公開され、自分が熱中しているボクシングと映画が一緒になっているのを観て、いいなと思う反面、少し悔しかったのです。その頃女子でボクシングをしている人がとても少なかったので、それからずっと「いつかボクシングの映画ができたら」ということが頭の中にありました。だから、ここまで一子という役に執着したのでしょう。『百円の恋』に出演したことで、当時抱いていた憧れに近づけた気がします。
 

■ボクシングというスポーツに感謝。「映画だから」「俳優がやる程度だから」と見られないように、プロになるつもりで練習。

―――安藤さんの人生において、ボクシングは映画と同じぐらい大切なのでしょうか?
安藤:私はボクシングというスポーツに感謝しています。私が生きてきた28年間の中のたった1年だけど、ボクシングを習っていたことの影響ってとても大きいんです。だから、ボクシングの関係の方々が「映画だから」「俳優がやる程度だから」と見られないようにと思いました。一子のキャラクター的にはそこまでのレベルは必要なかったかもしれませんし、実際最初の脚本段階ではもっとへなちょこでした。でも、思っていたより、10数年ぶりでも身体がボクシングを覚えていたことで、監督の中でもここまで上手くなればという制限がなくなったようです。上手くなれば上手くなるほどいいという感じでした。自分はプロになるつもりで練習しました。それは過酷なトレーニングでしたが、最終的に本当にプロテストを受けないかというお誘いをいただけたのでホッとしました。少し心は揺らぎましたけれど。
 

■2014年は私にとって節目であり、本当に大切な年になった。

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―――現在公開中の『0.5ミリ』でみせた安藤さんの顔と、『百円の恋』の安藤さんの顔を観ていると、全て出し切った感がありますね。
安藤:『0.5ミリ』は宇宙で一番自分のことをみてきた人(姉・安藤桃子)が監督をしているので、自分が28年間家族の中で見せてきたすべての表情が引っ張り出されています。『百円の恋』は残った肉体とすべての排泄物が出た感じですね。オーディションを受ける前から覚悟を決めていたので、私自身、ボッコボコになりました。両作品とも続けて公開されますし、2014年は私にとって節目であり、大切な年になったと本当に思います。
(江口由美)


<作品情報>
『百円の恋』(2014年 日本 1時間54分)
監督:武正晴 
出演:安藤サクラ、新井浩文、稲川実代子、早織、宇野祥平、坂田聡、根岸季衣他
2015年1月3日(土)~シネ・リーブル梅田、1月17日(土)~元町映画館、京都シネマ他全国順次公開
公式サイト⇒http://100yen-koi.jp/
(C) 2014 東映ビデオ
※「第一回松田優作賞」グランプリ受賞
※第27回東京国際映画祭<日本映画スプラッシュ部門>作品賞受賞
 

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~7人のおばちゃんが主人公、あるあるオンパレードのリアルさに共感!~

 
本当に勇気のある作品だ。出演者は映画初出演もしくは演技初経験のおばちゃんたちばかり。一方ロケ地は深い山の中。わざわざおばちゃんを集めて映画を撮るなんて、日本中どこを探してもこの監督しかいないのではと思わせるのが、『南国料理人』『横道世之介』の沖田修一監督。「40歳以上の女性、演技経験は不問」というオーディションで選ばれた7人のおばちゃんが主人公の映画『滝を見にいく』が、東京で絶賛公開中だ。幻の滝を見に行くツアーに参加した年齢も境遇も違う7人のおばちゃんが、山中でまさかの遭難に見舞われてしまう。非日常の中それぞれが少しずつ自分を解放していく様子やバラバラだった7人が力を合わせていく様子を、少し遠くから覗き見るような目線で温かくとらえている。脚本も手がけた沖田修一監督に、オーディションの様子や撮影で感じたおばちゃんの魅力、そして合宿生活のようだった撮影エピソードについてお話を伺った。
 

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■「人間はこんなもんだよな」ということが滲む、生活感があるのは“おばちゃん”

━━━登場人物がほぼ全員おばちゃんという映画を作るにいたったきっかけは?
プロデューサーから「ワークショップで映画を撮りませんか。監督の好きな題材で構いませんので」というお誘いを受けたのがきっかけです。3人のおばちゃんがハイキングでずっとグチをいい続けながら歩き、滝を見るというのが面白いなと思ったのですが、普通に考えたらこんな話は映画になりません。でも、このワークショップの話のときにやれるのではないかと感じました。ワークショップによる映画づくりは何度か経験していますが、普通は俳優を目指した若い男女が応募してきます。今回は違う層を狙ってみようと思い、「40歳以上の女性なら誰でも応募できます」と銘打ったオーディションにしました。3人より人数を増やし、ツアーみたいな感じで話を展開すればいいのではないかと、どんどん話が膨らんでいきましたね。
 
━━━以前から、おばちゃんを撮りたいと思っていたのですか?
僕は「人間こんなものだよな」ということが滲むような生活感のあるものを撮りたくて、そうなるとおじちゃんやおばちゃんの方が絵になるのは確かです。おじちゃんやおばちゃんが飯を食っている光景は、生活臭しかしないですから。つい癖で年上の俳優さんに出演してもらいたくなりますね。
 

■湯あたりならぬ“おばちゃんあたり”に!?40人分の半生をじっくり聞くオーディション。

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━━━オーディションから始まり、撮影中もずっとおばちゃんと一緒だったわけですが、沖田監督がその中で感じたおばちゃんの魅力とは?
僕は「おばちゃん」という呼び方をあまりせずに、最初は「女性」と呼んでいました。今回オーディションで40名弱の方にお会いして、一人一人かなり時間をとってお話を聞き、7人に絞っていきました。三日間で朝から晩まで、オーディションに来られた方の人生を聞かせていただいて、湯あたりならぬ、”おばちゃんあたり”になっていました。脚本にも取り入れようと思っていたので、40人分の半生をじっくりと聞かせていただきましたが、やはり皆さん色々あるのだなと実感しました。そういうニュアンスが画面でもどこかにでればいいなと思っています。オーディションで選ばれた皆さんは、年下の若造監督をバカにするわけでもなく、皆が新人俳優のようでした。小道具一つとっても、「おばちゃんは大体こういうものを持っているわよ」と等身大で教えてくれるので、とてもやりやすかったです。
 
━━━今回映画に出演した7人が選ばれた理由は?
最初は演技経験がない人の方がいいのではないかと思っていましたが、試しに演技経験のある人と組んでお芝居をやってもらうと、それはそれでどちらも映えて面白い化学反応が起きました。最終的には演技経験のある人とない人を半分ずつぐらいにし、絡みがある場面は双方ペアになるようにしました。後は、俳優経験がある人でも家庭の部分のウェイトが大きいかどうかが重要でした。色々なことを聞き、嫌いな家事の話を聞いてどういう生活をしているか何となく探ったり、台本を自分の好きなように変えてもらったりしながら、バランスを見てオーディションで選んでいった形ですね。
 
━━━脚本はどのように作り上げていったのですか?
話の骨格は決めておいて、あとはそれぞれのキャストに合わせて役の詳細を決めていきました。本当は素性が全く分からないキャラクターを作りたかったのですが、それを演じられる人が全くいなかったので、スミスを演じた渡辺さんにそれを一任したりもしました。ワークショップと台本書きが同時進行でしたね。昼は稽古をして、持ち帰って台本を書き、翌日はその台本を演じてもらってと試行錯誤しながら何日間か繰り返しました。
 
━━━撮影期間はどれぐらいでしたか?
ワークショップは5日間で、撮影は11日間プラスアルファぐらいです。普通はワークショップの中から7人に絞り込んだりするのですが、体力を使いそうだったので、オーディションに時間をかけて7人を選び、ワークショップは稽古の時間にしました。皆さんまじめなので、一生懸命やってしまって、演技をしたことのない人が演じるという良さが失われていくような気がしたので、本人が出てくる意味を考えたときにはあまり稽古をしてほしくはなかったのです。ただ、皆が顔見知りになっておくのはいいなと思い、もはや仲良くなるための時間になっていました。『南極料理人』の女バージョンみたいな感じもやりましたね。撮影では、助監督が今回はどうしても順撮りがいいと主張し、僕もそれがいいと思っていたこともあり順撮りにしたのですが、初日に雨が降ったりして不安にもなりました。結局助監督が順撮りを貫いてくれたので、決行できました。
 

■面白いことをやっているという意識と、きちんと面白いものにしたいという空気が流れていた現場。

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━━━本作の撮影はこれまでの撮影と違う部分が多かったと思いますが、楽しかったところは?
合宿生活だったので、役者とスタッフとの垣根がなかったのは楽しかったですね。コミュニケーションが非常にとりやすかったです。最後に一組ずつ歩いてきて、最初と同じ台詞が繰り返されるのは、現場の美術担当が思いついたアイデアで、みんなで「これ、面白くない?」と言いながら、試して、採用することもありました。みんなで作っている感じが良かったです。今回は面白いことをやっているという意識と、だからきちんと面白いものにしたいという空気が現場に流れていた気がします。
 
後は衣装を自前とこちらで用意するものと半々にしました。普通は衣装担当が嫌うと思いますが、今回は本人と役柄が半分クロスする設定だったので、本人が日頃着ているものを持って着てもらう方が馴染みます。最年長の徳納さんは本当に稽古に着てきた格好です。
 

■この旅は何の人生の解決にもなっていない。山から戻ったとき少し後ろ髪を引かれるだけで十分。

━━━最後に見た滝が、「これ?」って感じでしたしね。
それが狙いですから。確かにこの旅は、みなさんにとって何の人生の解決にもなっていないですよね。今回は山で迷子になったということで、それが楽しくなってしまう人たちの話なのです。山から戻ってきたときに少し後ろ髪を引かれてしまう、それで十分なのです。主人公の根岸さんもどこにでもいるような、「説明しなくても知ってるでしょ」という感じだったので、あまり事細かに説明せずとも想像通りなのだろうなと。
 

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━━━キャンプファイヤーの時に、皆で『恋の奴隷』を歌っている姿は非常にインパクトがありました。なぜあの曲を選んだのですか?
なんか面白かったんですよね。美しい歌よりも『恋の奴隷』のようなヒット曲の方が、みなさんの少女時代を連想させる何かがある気がして。「悪いときはどうぞぶってね」という歌詞も面白かったです。昭和の雰囲気が出ますし。ワークショップの時に、『恋の奴隷』を歌ってもらったら、サビの「あなたごのみの~」という部分を皆さんで絶唱しているのがすごく絵になるなと思いました。
 
━━━ある意味サバイバル物語でもありますが、おばちゃんたちがそれぞれ持参していた食べ物やアウトドアグッズはどのようにしてアイデアを出していったのですか?
美術部のスタッフと食べ物は何を持参するかを一緒に考えるのが楽しかったですね。タッパに梅干しを入れて持っていこうとか。そこからゆで卵の話になり、アルミホイルに塩だけ包んで持っていくというアイデアから、バスで食べちゃおうとか。色々なことを考えながら、脚本にないところでアイデアを膨らませていくのに、道具は重要でした。お菓子もチョコレートならと言っていると「ルマンド」と具体名が出てきて。僕はあまり良くわかっていなかったので「ルマンドってそんなに有名なお菓子なんですか?」と聞くと、キャストのおばちゃんたちが皆、口を揃えて「えっ、ルマンドよ!」となぜ知らないのかという勢いで返されました。
 
━━━太極拳をやっている人がいたり、それぞれ好きなことをやっているシーンがありますが、全部脚本に書かれている通りですか?
全部脚本どおりです。あの場面がメインだと思っていますから。楽園っぽいというか、今までの生活とはかけ離れた状況ですね。遊んでいる部分は、「小学校6年生の気持ちでやってください」と言いましたが、それ以外のシーンでもみなさん若く見えますね。
 
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■脚本は根性で書くもの。自分が書いた脚本でないと、演出できない。

━━━脚本を書くときに心がけていることは?
脚本は根性で書くものですね。書く途中で1回や2回ぐらいは「もうダメだ」と投げ出したくなるときがあるのですが、そこで諦めないことです。脚本根性論ですよ。脚本を書くのは本当にキツいのでやりたくないのですが、他の人が書いた脚本で撮るぐらいなら、頑張って書こうと思ってしまいます。自分が書いた脚本でないと、演出できないんですよ。せめて最初と最後は書かなければと思っています。『キツツキと雨』や『横道世之助』は中間部分を何こうか書いてもらいましたが、最終的には自分で書かないと役者に説明できないのです。よく「間がいい」と言われることがありますが、全く間を計ったことはありませんし、役者さんご自身がこちらの方が面白いだろうと勘でやっているケースが多いです。
 
━━━おばちゃんたちと一緒に森林浴をしたり、夜を明かしたような気分になりました。
本作は88分でしたが、出ているキャストもずっと皆同じですし、ずっと山の中の話なので飽きるのではないかと、少し怖かったです。東京ではもう公開しているのですが、劇場の客層も割とおばちゃんが多くて、僕と同い年ぐらいの友人が見に行くと「客席周りまで演出されているみたい」と言われました。「一緒に森林浴をしたような気分になる」とよく言っていただいています。普段映画を見ないような人でも興味を持ってもらえたらと思います。(江口由美)
 

『滝を見にいく』
(2014年 日本 1時間28分)
監督:沖田修一  
出演:他
2015年1月17日(土)~シネマート心斎橋、1月24日(土)~京都シネマ、2月21日(土)~元町映画館他全国順次公開
※第27回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門スペシャルメンション受賞
公式サイトはコチラ
(C) 2014「滝を見にいく」製作委員会
 
 
 
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