『イヴ・サンローラン』ジャリル・レスペール監督トークレポート
《フランス映画祭2014》
日時:2014年6月27日(土)16:50~17:30/場所:有楽町朝日ホール
登壇者:「イヴ・サンローラン」ジャリル・レスペール監督、「エルジャポン」塚本香編集長、東京国際映画祭プログラミングディレクター矢田部吉彦氏
(2014年 フランス 1時間46分)
監督:ジャリル・レスペール
出演:ピエール・ニネ、ギョーム・ガリエンヌ 、シャルロット・ル・ボン、ローラ・スメット、ニコライ・キンスキー
2014年9月6日(土)~角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、T・ジョイ京都 他全国ロードショー
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★フランスモード界の寵児イヴ・サンローラン、財団初公認の本格伝記映画
~繊細過ぎた天才デザイナーの華麗なる人生の光と影~
日本でも大人気ブランドの創始者、イヴ・サンローラン。若くしてモード界のトップに立ち、時代が大きく変わろうとした50年代後半から70年代にかけて、時代を先取りしたデザインで社会変革をファッション界から推進した先駆者でもある。それまでの女性のスタイルを根本から変えたパンツスタイルを生み出し、女性の社会進出と地位向上に貢献した。本作は、その天才的ファッションデザイナー、イヴ・サンローランの華麗なる人生の光と影を、公私共にパートナーだったピエール・ベルジェの視点から描いたラブストーリーである。
今回の映画製作には、ピエール・ベルジェ氏が全面協力し、イヴ・サンローラン財団所有の貴重なデザイン画や衣装が使用された、財団初公認作品ということにも注目が集まっている。また、イヴ・サンローランを演じたピエール・ニネは、持ち前のエレガントさと熱意が認められて起用され、ミステリアスな天才の人生を繊細に体現している。さらに、今回天才へのアプローチ役となったピエール・ベルジェを演じたギョーム・ガリエンヌ。二人とも国立劇団コメディ・フランセーズ在籍する俳優だが、ギョームの役者として人生の先輩としての貫録ある演技が、作品のクオリティを高める要因となっている。
《フランス映画祭2014》で来日したジャリル・レスペール監督が登壇し、会場の観客からの質問に答え、制作秘話や撮影の裏話などを披露。この上映会では、前売チケットが真っ先に完売する売れ行きを見せ、当日は有楽町朝日ホールが満席となった。
(敬称略)
――― 塚本さんにとって、イヴ・サンローランとはどのような存在?
塚本:20世紀を代表するデザイナーの一人であると同時に、洋服のデザインだけでなく、女性や社会の意識を変えた重要な人です。それまで男性の服だったスモーキング・スーツを女性が身に着けることは、女性解放という時代の空気を生み出した重要な事件だったと思います。
―――「イヴ・サンローランに、ソックリ!!」ですが、俳優ピエール・ニネは「つけ鼻」?
レスペール監督:映画の冒頭は彼自身の鼻のままですが、晩年病気とアルコールの影響で老化した姿の最後のシーンは特殊メイク(つけ鼻)を使用。ニネの素顔はイヴ・サンローランに似ている訳ではなく、むしろ天性のエレガンスと立ち振る舞いが似ていたのです。この役を演じるには、若くて、準備が大変なので仕事熱心、舞台経験があり演技の基礎がしっかりしている俳優が条件でした。
ピエール・ニネとの出会いで「彼しかいない!」と思いました。5カ月の準備期間には、数々の記録映像を参考に、振る舞いや声、話し方のボイストレーニングを受けたり、デッサンのコーチについてマスターし、サンローランの現デザイナー、エディ・スリマンのスタジオに行き実際のクチュリエの仕事を体験したり、ショーのバックステージを見学したりしました。
――― イヴ・サンローラン財団から貸し出された、大量の本物の衣装と圧巻のファッションショーはどうやって実現!?
レスペール監督:私は最初からオリジナルのデザインやデッサンを使いたいと思っていましたので、ピエール・ベルジェ氏に会って協力して頂くことが最優先でした。そこで、1年位の準備期間中、アドバイザーとして、さらに、財団が保管する美術品のような衣装を使わせてもらえるという、全面的な協力を得ることに成功したのです。
ピエール・ベルジェ氏は、「バレエ・リュス」のショーの撮影で、当時を思い出したのかモニターの前で号泣していました。その時、現場に遊びに来た僕の3歳の娘が、ベルジェの膝の上に乗って彼を慰めていたのが、何とも感動的でした。
でも、モデルのウォーキングを注意したり、色々とダメ出ししたりしてきたので、次のカットでは、バックステージで彼が当時やっていたようにショーを取り仕切ってもらったんです。
――― 主演ピエール・ニネが、あまりに似すぎて、サンローランの飼っていた犬が懐いたというのは本当!?
レスペール監督:それは本当です。映画の撮影前に写真撮影をしにイヴ・サンローランのアトリエを訪れた際、サンローランが飼っていた犬がたまたまアトリエにいて、ピエール・ニネに大興奮で飛びついてきたんです。ただ私は犬の言葉がわかりませんので、サンローランだと間違えて懐いていたのか、犬の本当の気持ちはわかりませんが(笑)。
――― ギョウム・ガリエンヌ起用については?
レスペール監督:50~60年代のピエール・ベルジェ氏はそんなに有名な人ではなかったので、肉体的に似せる必要はありませんでした。ただ、とても教養のある文化人でしたので知性面を体現できて、さらに、カッとしたり暴力的になったりと感情的な面もあったので、そうしたものを秘めた演技ができることが重要でした。また、ピエール・ニネがとても若いので、役者としても成熟したピュアなもの持った人を選考しました。
ギョーム・ガリエンヌは、感動的な存在感を示せるとても優秀な役者です。今フランスでは彼が監督主演した『不機嫌なママにメルシィ!』という映画が大ヒットしていますが、それは彼が持つマルチな才能の証明だと思います。
――― ヴィクトワールとの関係性については事実ですか?
レスペール監督:それは史実です。どんなカップルにも波乱はあります。特に、ヴィクトワールの存在が大きく成り過ぎて、三角関係が危うくなってきたのです。彼女はブランド立ち上げにも全面的に協力した功労者の一人でしたが、会社はあくまでもイヴ・サンローランとピエール・ベルジェの二人のものであって、3人目のヴィクトワールは余計な存在となってきたのです。それであのように強引な方法で彼女を追放してしまったのです。
――― 塚本さんはイヴ・サンローランの史実についてはご存知でしたか?
塚本:彼の人生については大体知っていました。ルル・ド・ラ・ファレーズやベティ・カトルーとの関係も知っていました。ですが、ジャック・ド・バシェールがカール・ラガーフェルドの恋人だったなんて、全く知らなかったので驚きました。カール・ラガーフェルドはこの映画を見てどう思ったのか?それを知りたいです。
レスペール監督:カール・ラガーフェルドの所で働いている人を通じて聞いた話だと、この映画の公開時にカール・ラガーフェルドは戦々恐々としていたが、映画を見に行った人から「君のことを侮辱して描いているシーンは一つもないよ」と聞いて、とても安心したようです。
――― ドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』が公開されているので、今回ドラマを製作する際に気を遣った事とは?
レスペール監督:それは障害にはなりませんでした。監督というものは、なぜだか分からないが撮りたくなる。それはどこへ行くか分からない夜行列車に乗るようなものだ(フランソワ・トリュフォーの言葉)。イヴ・サンローランとピエール・ベルジュのラブストーリーは、私の心の琴線に触れたので描きたかったのです。今まで撮ってきた3本の映画全てがそうですが、愛の中でパートナーと一緒にいることの必要性、一人ではできないことでも二人なら生きていけるということを常に描いてきました。理想のカップルが様々な困難を乗り越えて、人生を共に過ごすことは可能なんだということを示しています。それこそが、人生に意味を与えていることを描きました。
<STORY>
1957年、パリ。クリスチャン・ディオールの死後、21歳の若さでディオール社の主任デザイナーに就任したイヴ・サンローランは、一躍世界の注目を集める。その若き天才は、初めてのコレクションを大成功させ、センセーショナルなデビューを飾る。その後、芸術家の支援をしていた26歳のピエール・ベルジェにディナーの席で出会い、二人は恋に落ちる。デザイナーとしての才能と、エレガントで美しい容姿のイヴにベルジェが一目惚れ。兵役に行ったイヴが精神的に病んで苦境に陥ったところをベルジェが助け、デザイナーとして独立させたり、イヴ・サンローラン社を設立したり、公私共にパートナーとなる。そして、運命を共にするふたりは、世界のファッション界を変えるほどの影響力を発揮していくことになる。
しかしその一方で、繊細すぎる天才肌のイヴは、次々と新作を発表しなければならないクリエーターとしてのプレッシャーに耐えられなくなり、薬物やアルコール、セックスに依存するようになっていく……。
(河田 真喜子)