映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

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11月3日(土)の閉幕に先立ち、11月2日(金)六本木EXシアターにて第31回東京国際映画祭アウォードセレモニーが開催され、コンペティション部門、アジアの未来部門、日本映画スプラッシュ部門の審査結果および観客賞が発表された。
 
 
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今年の東京グランプリに輝いたのは、最優秀脚本賞Presented by WOWOWとのW受賞となったフランス映画『アマンダ』。パリ暮らしの青年が、ある日公園で起きたテロで姉をなくし、残された姪っ子、アマンダの保護者になる道を選ぶか否かで葛藤する姿、母のいない日々を親戚に預けられながら懸命に生きようとするアマンダの姿を描いたヒューマンドラマだ。(来年初夏公開予定)
 
 
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審査員特別賞は、家族を養うためにある決断をした地主の父親が、次々に自分の大事なものを失う悲劇を、19世紀のデンマークの農地を舞台にリアリティ溢れるタッチで描いた骨太のデンマーク『氷の季節』が、最優秀男優賞(イェスパー・クリステンセン)とのW受賞となった。
 
 
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最優秀監督賞は、最優秀女優賞(ピーナ・トゥルコ)とW受賞となったイタリア映画『堕ちた希望』のエドアルド・デ・アンジェリス監督が受賞を果たした。
 
最優秀芸術貢献賞には、レイフ・ファインズ監督の『ホワイト・クロウ(原題)』(来年公開予定)が堂々の受賞。そして、注目の観客賞には、稲垣吾郎主演の阪本順治監督最新作『半世界』が選ばれた。
 
その他、受賞結果は以下の通り。
 

<コンペティション部門>

【東京グランプリ】『アマンダ(原題)』(ミカエル・アース監督)
 
【審査員特別賞】『氷の季節』(マイケル・ノアー監督)
 
【最優秀監督賞】エドアルド・デ・アンジェリス監督(『堕ちた希望』)
 
【最優秀男優賞】イェスパー・クリステンセン(『氷の季節』)
 
【最優秀女優賞】ピーナ・トゥルコ(『堕ちた希望』)
 
【最優秀脚本賞】『アマンダ(原題)』(脚本:ミカエル・アース、モード・アメリーヌ)
 
【最優秀芸術貢献賞】『ホワイト・クロウ(原題)』(レイフ・ファインズ監督)
 
【観客賞】『半世界』(阪本順治監督)
 
 

<日本映画スプラッシュ部門>

 
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【作品賞】
『鈴木家の嘘』(野尻克己監督)
 
【監督賞】
武正晴(『銃』)、田中征爾(『メランコリック』)
 

<アジアの未来部門>

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【作品賞】『はじめての別れ』(リナ・ワン監督)

【国際交流基金アジアセンター特別賞】ホアン・ホアン監督(『武術の孤児』)
 
 
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【東京ジェムストーン賞】木竜麻生(『菊とギロチン』『鈴木家の嘘』)、リエン・ビン・ファット(『ソン・ランの響き』)、カレル・トレンブレイ(『蛍はいなくなった』)、村上虹郎(『銃』)
 
 

 

第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。

第31回東京国際映画祭公式サイトはコチラ

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現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第31回東京国際映画祭で、香港のフルーツ・チャン監督最新作『三人の夫』がコンペティション部門作品としてワールドプレミア上映された。娼婦を描いた『ドリアン・ドリアン』(00)『ハリウッド★ホンコン』(01)に続く、「売春トリロジー」の3作目となる本作。ボート生活を送る常人離れした性欲に苦しんでいる主人公、ムイと、彼女と暮らす年老いた父親、ムイの赤ちゃんの父親である老漁師、そしてムイに恋し、結婚した青年“メガネ”が織りなす物語は、夫との性生活に満足できず、元の船上売春婦に戻るムイと男たちの性描写の多さに驚かされる一方、常人離れしたオーラを放つムイに心を奪われる。また、フルーツ・チャン監督ならではの移りゆく香港の今を、色濃く映し出す要素として、先日全面開通したばかりの香港とマカオを結ぶ世界最長の海上大橋「港珠澳大橋」も登場。今後香港に大きな影響を与える象徴的存在となっている。

 

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フルーツ・チャン監督、脚本のラム・キートーさん、主演のクロエ・マーヤンが登壇して行われた記者会見では、まずセックスが止まらない女性を描いたことについて、「本来、性浴は男性のものですが、今回初めて性欲の強い女性を描きました。自分でも女性の性欲がどこまでいくのかわからず苦労しましたが、医者に聞くと、その欲は無尽蔵だと。満足するまではどこまでも止まらないと言われました」とチャン監督がその苦労を明かした。

 

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初主演作にして、チャン監督の指示により1ヶ月で13キロ増量して体当たりの演技を見せたクロエ・マーヤンさんは、「チャン監督には、肉感的で、被害者ではなく力強い女性像が求められました。初めて脚本を読んだのは、香港に到着し、クランクインした初日でした。読んだ時、これぞ長年待っていて、今まさにやりたい役だと思いました」と告白。脚本のラム・キートーさんが、「普段はあまりありませんが、フルーツ・チャン監督の売春トリロジーの撮り方は、監督が文字脚本を起こし、今回のようにキャスティング後に、マーヤンさんをイメージしてビジュアルに落としていきます」と、このシリーズならではの撮り方であることを説明した。

 

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精神的な危うさも含めて、素晴らしい演技を見せたマーヤンさんを抜擢したことについて、チャン監督は「中国においては、女性がセックスをメインにした映画を撮ることはある意味冒険で、とても難しいのです。実は10年前ぐらいに一度、マーヤンさんと出会っていたのですが、当時は私のイメージと合わずキャスティングしませんでした。今回この役を探すに当たり、あの時のマイヤンさんはどうだろう、かなりイメージが変わっていると勧めてくれた人がおり、実際お会いすると、この物語のイメージに近くなっていたので、キャスティングしました」とその経緯を明かすと、マーヤンさんも、「自分との対話という意味で、過去の自分やこれからの自分を考えた時、いま、一番これをやるべきだと思いました。とてもパワフルでした」とオファーを決意した時の心境を語った。さらに、一度脱ぐ演技をした後、そのイメージを払拭することの大変さを聞かれると「『ラスト、コーション』のタン・ウェイさんと共演したときに、その後ご苦労なさったと聞きました。でも共演した時は心穏やかな状態でいらっしゃいました。私自身も心配はしましたが、海に飛び込んだのなら、そのまま漂っていきたいと思っています」と晴れやかな表情で語った。最後に、香港での上映はできるものの、中国では上映できないことを明かしたフルーツ・チャン監督。「これが社会の暗黒面ですね」と表現の自由が犯されている状況を皮肉った。

 

第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。

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(江口由美)

 

 

 
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現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第31回東京国際映画祭で、コンペティション部門作品であり、かつ特集「イスラエル映画の現在2018」作品のルクセンブルク・フランス・イスラエル・ベルギー合作映画『テルアビブ・オン・ファイア』が上映され、サメフ・ゾアビ監督、検問所のアッシを演じたヤニブ・ビトンさんが記者会見で、作品の狙いを語った。
 
 
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<あらすじ>
67年の第三次中東戦争を題材にした人気メロドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の制作インターンをしているサラムは、毎日イスラエルの検問所を通らなくてはならない。ある日、検問所の主任アッシと知り合い、「テルアビブ・オン・ファイア」のスタッフであることを知られてしまう。アッシは、ドラマの大ファンの妻に自慢したいがために、サラムのIDカードを取り上げ、ドラマの脚本に関わることになる。アッシの脚本案で、サラムは正式にドラマの脚本家となるものの、ドラマの結末にアッシとスポンサーが不満を抱き・・・。
 
パレスチナ人で、現在テレアビブに在住のゾアビ監督は、作品のアイデアについて「コメディーですが、とてもパーソナルな映画です。わたしも主人公サラムと同様にアラブ社会とは少し隔離されている場所にすみ、毎日のようにイスラエル人と共存しなければなりません。そして、常に自分自身の声を模索している。そういうシチュエーションからサラム役が生まれました。アーティストとしては自分なりに違う視点で描いているつもりですが、見ている方から政治よりの内容に見られてしまうのが、自分の中でのジレンマです。この作品はコメディーですが、コメディーに込められたジョークが二の次です。僕にとっては、コメディーが成立しているシチュエーションを皆さんにわかっていただきたいのです」
 
個性的でチャーミングな部分もある検問所の主任アッシを演じたヤニブ・ビトンさんは、テルアビブ在住のイスラエル人。主に舞台やテレビで活動し、映画出演は本作が2本目だという。ビトンさんは、この役を射止めたときのことを回想し、「僕はオーディションでこの役を得ましたが、その前に脚本の一部や作品に対するメモを読ませていただきました。この作品はコメディーで、パレスチナとイスラエルの問題を本格的コメディーとして描いた映画は今までなかったので、とても興味を持ちました。政治的な視点や、様々なシチュエーション、キャラクターに本当に共感できました。これまで色々なオーディションを受けましたが、一番やりたいと思った役ですし、ベストのパフォーマンスができたと思います。映画ではユダヤ人たちの歴史を、皮肉を込めて演じました」と役柄同様、表情豊かに語った。
 
 
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作品中でアッシが、サラムに美味しいフムスを要求し、フムスを作る場面や、食べる場面が度々登場するが、フムスに込めた意味についてゾアビ監督は、「フムスは政治的な意味も込められています。ある種のメタファーです。元々、パレスチナ人の食べ物で、イスラエル人がパレスチナを占拠したとき、我々の文化も取り入れていったのです。フムスは土地も象徴しています。我々のアイデンティティがフムスだとすれば、それをイスラエル人に取られてしまった訳です。コメディー的な見所としては、劇中で、誰のフムスが美味しいかを議論します。なぜかイスラエル人はフムスが好きです。僕も、母も作りますが、ビトンさんはいつも美味しいレストランがあるから食べに行こうというのですが、僕たちにしてみればフムスは家で作るものです」と、フムスに込めた深い意味を説明。ビトンさんも、「イスラエル人は美食家を装うのが好きですが、卵を入れたり、レモンをかけたりします。ただ、この映画の中で、食べなければいけなかったフムスは本当に不味かったです」と笑いを誘った。
 
イスラエルでは来年3月公開が決まっているという『テルアビブ・オン・ファイア』。最後に、ゾアビ監督は、「占領は実際に行われており、我々パレスチナ人は国もなければ市民権もなく、若い世代の将来もありません。それは深刻なことです。でも実際に占領されていることを描く必要はなく、それより、日々我々が受けている精神的な占領を描きたかったのです。アッシが結婚式の結末にしようとするのは、イスラエルのイデオロギーを押し付けようとしていることを象徴しています。ただ、それ以上の将来は見えません。精神的な占領は両方持っていることですし、オスロ合意の先に何があるのか見ることができないのです。オスロ合意の状況は僕にとっては全然うまくいっていないし、パレスチナ人は今だに自分たちの声がないのです。コメディーは悲劇を描くのに適していると思い作りましたが、この映画が答えよりも多くの質問を出して欲しいと思います」と本作に込めた政治的意図を明かし、議論のきっかけとなることを望んだ。
 
第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
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(江口由美)
 
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オムニバス形式で10年後の自国を描く「十年」プロジェクト。そのタイ版であり、『ブンミおじさんの森』のアピチャッポン・ウィーラセタクンが統括を務めた『十年 Ten Years Thailand』が、現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第31回東京国際映画祭で10月28日に上映され、プロデューサーのカッタリーヤー・パオシーチャルーンさんが登壇した。
 
15年に香港で公開され、5人の若手映画監督が10年後の香港を描くオムニバス映画『十年』が国を超えて、大きな反響を巻き起こし、日本、タイ、台湾の国際的プロジェクトとなった。日本版『十年 Ten Years Japan』が11月3日全国ロードショーされるのを始め、いずれかの『十年』を見て刺激を受けた国の映画作家が、その国なりのオムニバスを作る動きも見られており、さらに国際的な広がりを見せているプロジェクトとなっている。タイ版は、アーティット・アッサラット監督が、写真展が表現の自由が制限される様子を描いた「Sunset」、ウィシット・サーサナティアン監督が、猫人間に支配された社会を描いた「Catopia」、美術家のチュラヤーンノン・シリポンが、女性の独裁者が君臨する世界を描いた「Planetarium」、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督が銅像の立つ工事中の公園と、そこで休息し語り合う人々を描いた「Song of the City」の4本からなるオムニバスだ。
 
 
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インディーズ映画のプロデューサーとして働いていたパオシーチャルーンさん。本プロジェクトは、タイで政治的な問題が勃発し、芸術の表現の自由に疑問を感じた人たちと共に「フィルムズ フォー フリー」プロジェクトを始めたことがきっかけだったという。「その後、香港映画の『十年』が上映され、それも政治的な状況を反映していたので、ぜひ『十年』タイ版を作りたいということで、同プロジェクトを発展させる形でスタートしました」とその経緯を説明。香港、日本共に若手監督が起用されているが、タイ版は名匠、アピチャッポン・ウィーラセタクンも統括兼監督として加わっていることについては、「タイのインディーズ映画の価値観をもっと高めたいということで始めたプロジェクトなので、4人の監督は様々な年代、多様な個性を持った方に依頼したいと思い、この4人に選びました」と、独自の事情があることを明かした。
 
現在タイでは12月公開予定だそうだが、タイのマスコミからも本当に予定通りに公開できるのか興味を持って見られている状態だという。パオシーチャルーンさんは、「この作品はタイでは絶対上映させなければいけないと思っています。私たちの『十年 Ten Years Thailand』はとてもチャレンジングな企画ですが、制作の過程ではタイの憲法に照らし合わせながら、検閲が入るギリギリのところに触れないように配慮しました。上映できないということは考えていません。日本の皆さんもタイで上映できるように応援してください」と日本の観客に呼びかけた。
 
 
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アピチャッポン・ウィーラセタクン監督作品では、公園に元タイ首相のソリット・タナラット氏の銅像が置かれ、ずっと銅像が映されるのが印象的だが、「アビチャッポン監督からみなさんに伝えて欲しいと言われたのは、あの銅像は意図的に使っているということです。未来は現在、過去から繋がっているので、その繋がりを過去に建てられたもの(銅像)を使って示しました」とその真意が語られた。最後に、「タイでは、映画はメディアであり、社会に影響を与えるものとみなされています。タイのメジャー系映画館のマネージャーから電話をいただき、ぜひ上映して欲しいと言われています。来年、選挙を控えているので、社会的な問題も捉えていきたいという狙いがあるのだと思います」と、タイ国内での公開に向けての良い動きがあることを付け加え、国内公開に向けての強い決意を新たにした。
 

『十年 Ten Years Thailand』は11月2日(金)15:50から2回目の上映が予定されている(残席あり)。上映後にはプロデューサーのカッタリーヤー・パオシーチャルーンさんのQ&Aも開催予定だ。
第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
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(江口由美)
 

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「シンプルな歌、詩を通して、変革するインドネシアの悲劇を描く」
ガリン・ヌグロホ監督、出演アニサ・ヘルタミさん『めくるめく愛の詩』を語る@TIFF2018
 
1970年代から90年代までの激変を遂げたインドネシアを舞台に幼馴染の男女の一筋縄ではいかない恋と、彼らの家族の苦難を描いた『めくるめく愛の詩』が、現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第31回東京国際映画祭で10月27日に上映され、ガリン・ヌグロホ監督と、ヒロイン、ユリアの母親を演じたアニサ・ヘルタミさんが登壇した。
 
スハルト独裁政権下の90年代から精力的な映画制作を行い、東京国際映画祭で長編デビュー作『一切れのパンの愛』(91)、07年には同映画祭の国際審査員を務めたガリン・ヌグロホ監督。カトリックを扱った『スギヤ』(12)、イスラム原理主義を扱った『目隠し』(11)ではインドネシアが直面している問題に鋭く切り込み、まさにインドネシアの巨匠と呼ばれる存在だ。「国際交流基金アジアセンター presents CROSSCUT ASIA #05 ラララ♪東南アジア」部門作品として上映された本作は、一転してミュージカル的要素を取り入れながら、経済的成長を遂げつつある時代に生まれ育った若者たちの姿を描いている。
 
 
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『めくるめく愛の詩』には自身の実体験や生い立ちをかなり反映したというヌグロホ監督は「今回描いた時代は、音楽、ファッションも美しく、ユニークなものがあるとても美しい時代でした。(ユリアと幼馴染の破天荒な)ルーミーのキャラクターも100%ではないけれど、僕自身の要素が入っていますし、映画の中の詩も自分で書いています」と自らの青春時代を回想するような物語でもあることを示唆。大学生になったルーミーが反政府行動を疑われ、連行されるくだりも「私が高校の頃、兄は大学に入りスハルト政権に反発していたので、大学から出られなかったのです。私が大学に食べ物を差し入れた経験があります。当時は裕福な学生は政権に反発させないように、いい大学に入れたり、政府が助成金を出してわざわざ海外留学させていました」。
一方、ヘルタミさんは、この脚本を読んで「音楽も詩も美しいし、監督はなんてロマンチストなのだろうと思いました」と印象を語ると、自身が演じた母親役については、「ただ美しいだけではありません。当時のインドネシアの女性は大変苦労をされています。映画でも腐って木から落ちたフルーツを一生懸命拾い、刻んだものを水に浸して、(ドリンクにして)市場で配ることで生計を立てるシーンがありますが、演じていても悲しかったですし、女性にとって大変な時代であったと実感しました」と当時のインドネシアの女性たちに思いを馳せた。
 
根底には時代の変化をどう感じて生きて行くかがテーマでもある本作。ヌグロホ監督は「時代の変化を象徴するために、様々なディテールを盛り込みました。テレビが普及することによるラジオ(ユリアの父の仕事)の衰退や、それぞれの時代の雑誌の変遷だけでなく、ルーミーの家族のレモネード工場閉鎖という経済的な困難を物語に取り入れています。60年代から90年代は、時代の変化が如実に人々の生活に影響してきたと思います。日常的な時代の変化を盛り込みながら、国全体の変化 政治の変化を加えながら、時代の変化を描いたつもりです。それと同時に、シンプルな歌、詩を通してその時代の悲劇や、時代の変化を乗り越えて生きていかなければならかった悲劇を描いています」と作品に込めた意図を明かした。ヘルタミさんも「この映画は決して恋人同士のラブストーリーだけではないと捉えています。物語の中で、インドネシアの変化を垣間見ることができる作品です。私の世代はアナログからデジタルに変換する時代や、97年にスハルト大統領による革命で民主主義政権に変わったことを体験しています。とても混沌とした時代を経て、私自身が育ったわけで、この映画でもそのようなインドネシアの変化を垣間見ることができると思います」と自身の体験を踏まえながら、映画で描かれているインドネシアの変化について語った。
 
 
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音楽映画的な見どころも大いにある本作。描かれた時代は70年代で映画ポスターや雑誌などは当時のものが使われている一方、音楽は50年代のものが中心となっているが、「50年代はインドネシアが独立した時代で、彼らの親御さんは50年代に生きた人たち。主人公たちは若いけれど、両親が好きな音楽が家でもかかっていました。それがある種の母親の視点であったり、ルーミーとユリアの視点にもなり、音楽で一つになるという風に、あえて両親の世代に当たる50年代の音楽を使いました。ちなみに映画の中で、ユリアの家を訪れ、様々な男性が彼女にアプローチをするシーンがありますが、ギターを弾いて愛を伝える男のくだりは私の父が母に対して実際に弾き語りをしたエピソードが元になっています」と、ここでもヌグロホ監督の個人的な体験が盛り込まれていることを明かした。
 
最後にイスラム圏でもあるインドネシアで、同時代の女性の進出について聞かれたヌグロホ監督は「9.11以降、インドネシアでもラジカリズムという言葉が使われるようになりました」と指摘。「それまではカバヤという民族衣装をつけ、伝統的な髪型をした女性が多かったのですが、テロということが人々の意識の中に入り、考え方が変わっていきました。『目隠し』という映画では若者がテロの団体に入って行く物語を描きましたが、なぜそういうことが起きたのか、私自身は映画を通して答えを見出し、提示したいと思っています」と、9.11以降の流れを含めながら、自身の映画制作の姿勢を熱弁。遅い時間のQ&Aだったが、観客から熱い拍手が送られた。
 
第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
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(江口由美)
 

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623日にフランス映画祭2018にて日本初上映されたエマニュエル・フィンケル監督最新作『Memoir Of Pain/メモワール・オブ・ペイン(英題)』(20192月劇場公開)。映像化は不可能と言われたマルグリッド・デュラス(『ラマン』)の『苦悩』を映画化した本作、ナチス占領下のパリを舞台に、デュラス本人の長く辛い愛と苦悩の日々を描いた歴史ドラマだ。主人公のマルグリッド・デュラスを演じたメアリー・ティエリーさんが、上映後のQAに登壇し、フィンケル監督との再タッグが実現した本作について語った。

 

デュラス役はオーディションだったというティエリーさんは、「オーディションの結果が出るまで何カ月も待つこと自体が、耐えがたく長く続いた”苦悩”でした。判決を待つような苦悩の数ヶ月でしたが、役が決まってからは、一緒に仕事をした監督なので、尊敬もしていますし、とてもうれしく思いました」とデュラス役を射止めるまでの心境を語った。

 

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さらに、「役者は常にいい役を待っています。もちろん過去に素晴らしい役をいただいていますが、今回、色々な思いから、こういう物語を語るのに参加したいと思いました。特にこういう素晴らしい監督に一度出会うと、10年ごとでもいいからまた協力して作品作りをしたいと思うのです。中でも、今回私をキャスティングしてくださったフィンケル監督は、初めて再びご一緒できた監督。今までは2回目に声がかかることがなかったので、私の演技が監督をガッカリさせてしまっていたのではと不安でしたが、今回安心しました」と、初の再タッグを心から喜んでいることを明かした。メアリーさんから見たフィンケル監督は、「人間的、芸術的にも素晴らしい人。他の映画監督とは違う独自の哲学を持っていますし、映画作りの手法やポリシーなど本質的な深い部分をこだわって撮る素晴らしい監督です。一緒に仕事をすると激しいぶつかり合いもありますが、結果として残るのは非常に奥深く訴えかける、心に残る作品なのです」と絶対の信頼を寄せていることを表現した。

 

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実際に、有名作家のデュラス本人役を演じる上で内面を作る必要を感じたというティエリーさん。原作の映画化であっても、あくまでもフィクションであることを強調し、「舞台となる45年当時はまだかの有名なデュラスではなく、大成する前の時期。インドシナで生まれ育ったデュラスですが、偉大すぎる彼女を演じなければならないということではなかったのです」と、意識しすぎなかった様子。色々な人から役作りに役立つアドバイスをもらい、監督自身もインスピレーションを与えてくれたのだという。「デュラスを演じることは重い任務でした。実際のデュラスは私よりもっと知的ですが、やはりデュラスになりきる方が過ごしやすかった。毎日帰宅して『これは絶対にいい作品になる』と思えた、素晴らしい現場でした」と作品の手応えを感じながらの撮影を振り返った。

 

また出征した家族や、ゲシュタボにより捕らえられた家族が戻るのをじっと待つしかなかったパリの女性たちの目線で描かれていることについて、メラニーさんはそれがフィンケル監督の意図であると明言。戦時中を描く映画が多岐にわたる中、新しい視点をもたらす必要があったとして、今回、現在のパリに通じるような映し方や、今まで焦点が当たらなかった”待っている女性”に光を当てたフィンケル監督の視点を支持していることを明かした。『苦悩』の映画化はフィンケル監督の個人的な思い入れが強かったことにも触れ、「フィンケル監督のお父さんは、自分ひとり何カ月も隠れて生き残り、家族は戦争で連れ去られてしまい収容所で亡くなってしまったという体験をしています。ずっと戻らない家族を待ち続けている父親の姿を、フィンケル監督は子供心ながら見て育ったのです。身近に”待っている人”を見ていたことから、今回映画化して、待つ女たちに焦点を当てることができました。フィンケル監督にとっても、非常に思い入れが強い作品になったと思います」とフィンケル監督の本作への思いを代弁した。

 

最後に恋多き女性だったというデュラスを中心にした物語を振り返り、「色々な体験をされてきた方。原作では位置づけがわからなかった登場人物も、映画ではもう少しデュラスと深い関係にあるように変えています。当時は、恋愛もオープンで、夫にも愛人がいたりと皆が好き勝手にやっていた時代。自由に恋愛しながら、お互いが絡み合っていたのです」と締めくくった。

 

 

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レッドカーペット&オープニングセレモニーでも、スカーフをポイントにしたパンツスタイルにショルダーバッグとオシャレ度満点だったメラニー・ティエリーさん。危険な駆け引きにも動じず、なんとかして愛する人の消息を知ろうとする女性像を毅然と演じ、その精神力の強さを見せつけた。主人公のデュラス同様、観客もじっと待つ物語は、時に重い気分にもなるが、それこそが当時のデュラスら女性たちの境遇を体感するという監督の狙いなのかもしれない。男たちが支援したくなるような強かさも持ち合わせた若き日のデュラスを、来年劇場でぜひ堪能してほしい。

(江口由美)

 


フランス映画祭2018 Festival du film français au Japon 2018 
◼ 期間:6月21日(木)~~6月24日(日)
◼ 会場:みなとみらい地区中心に開催
(横浜みなとみらいホール、イオンシネマみなとみらい)
■主催:ユニフランス
■公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2018/

 

 

 

 


 

 

 
 

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622日にフランス映画祭2018にて日本初上映されたアニエス・ヴァルダ監督最新作『顔たち、ところどころ』(今秋より劇場公開)。上映後に開催されたゲストによるQAでは、本作のプロデューサーである女優ジュリー・ガイエさんが登壇。「今フィクションがどんどん写実的になり、ドキュメンタリーとの垣根がなくなってきている。実験的動きが生まれているところに、興味がある」と本作の魅力を表現しながら、プロデュースするに至った経緯や、ヴァルダ流ドキュメンタリーの作り方について語った。

 

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アニエス・ヴァルダ監督との出会い~映画への旅に誘われて

私がまだ20歳ぐらい、映画デビューしてから2作目の頃に、アニエス・ヴァルダ監督(以降アニエス)がミシェル・ピコリのベビーシッターを探しており、私に声がかかりました。『百一夜』では映画への旅に誘ってくれ、偉大な人たちに出会わせてくれました。この作品は映画発明100年を祝って作られた作品だったからです。

 

フランス映画界におけるアニエス・ヴァルダの存在感~一貫してフェミニズムを主張~

映画界の母であり、祖母です。『5時から7時までのクレオ』でフェミニストとしての女性監督の主張を初めてはっきり表現しています。それからずっと、アニエスは女性の目から描いた世界を描き、フェミニズムを主張しておられる。ドキュメンタリーにおいても家族や旅を題材にしています。

 

 

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本作のプロデュースをするきっかけ~恩返しの意味も込めて

アニエスの娘、ロザリーは、若い頃私が出演した映画で衣装を担当してくれました。その後、アニエスさんとジャック・ドゥミさんの映画を修理する仕事を始めました。その前にアニエスとロザリーが、プロダクションを始めたけれどまだ十分に資金が集まらないので、加して欲しいと誘われました。この映画がどうなっていくのか最初は分からなかったので資金集めは難しかったですのですが、私も恩返しの意味も込めて参加しました。アニエスさんは家族と一緒に仕事をするのを大事にしており、その部分もフェミニズムですね。私自身は家族と仕事をしてしっかり分けていますが、ヴァルダさんはとても職人的で、素晴らしい仕事のやり方だと思います。

 

 

プロデユーサーとして心がけたこと~監督の「外の目」になる

映画が、きちんと監督の映画になるように心がけました。アニエスは、「映画の裏に監督がいる」と常に言っています。私が関心を持っているのは、「監督の目を通して、違う世界を見せることを映画でやる」ということ。シナリオを作るところから参加し、何がこの映画の中で重要なのかをアニエスたちと話し合いながら決めていきます。そして編集がとても大事です。監督の「外の目」がプロデューサーで、作家と編集者という関係なのです。

 

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難航した資金集め~アニエスにもあった「ガラスの天井」

映画はシナリオを見た段階では、実際にどんな映画になるか分からない不安要素があります。ただ、アニエスのように素晴らしい映画をたくさん作っている巨匠でも、なかなか資金が集まらなかったことに私も驚きました。編集の段階でトレーラーを作ったり、資金集めは本当に大変でした。女性監督だからうまくいかないという点で「ガラスの天井」はあると思います。例えば、小規模な予算の時は女性監督でも資金を出してもらえますが、大規模な予算の時は女性監督では無理だと判断され、なかなか資金集めができません。ちなみに、ハリウッドの女性監督の割合は3%ぐらいですが、フランスでは25%ぐらいになっています。それでも男性と比べて給料は4割減なのが、現状です。アニエスは、女性監督としては初めてのアカデミー名誉賞を受賞し、最優秀ドキュメンタリー賞も受賞しています。

 

ストリートアーティストJRと共同監督をする狙い~次の世代への伝承がテーマ

『顔たち、ところどころ』は、次の世代への伝承をテーマにしています。JRが参加したことについても次の世代へ引き継ぐという意味があるのです。JRは写真家であり、ストリートアーティストで街に(拡大してプリントアウトした)写真を貼っていきますが、アニエスも写真家としてキャリアを始めた人です。彼女はドキュメンタリストとしてで知られていますが、70年代は写真も撮っており、写真に対する情熱を持っています。彼女の作品ですは、とても懐広く、心の広いものです。ほかにも、ユーモアとファンタジーがとても重要な要素で、人々に近づき、相互作用を生み出す必要がありました。JRは最初はミステリアスで距離感があるのですが、彼の祖母が登場することでアニエスと距離感が近づきます。アニエスは先祖たちの関係、それを伝える”伝承”を映画に取り入れ、語り継ぐことができる監督なのです。

 

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元ボタ山(炭鉱)の労働者用集合住宅に一人住み続ける女性を炭鉱労働者ポートレートを貼って勇気付けたり、田舎の寂れた廃墟を老若男女たちの「顔」でいっぱいにしたり、アニエス・ヴァルダとJRの年の差54歳のデコボココンビが、町の人たちと出会い、交流し、彼らのライフヒストリーを紐解いていく。時には海辺でそれぞれの人生について語ることもある。そして、アニエス・ヴァルダの盟友、ジャン=リュック・ゴダールとのエピソードも登場。ピクチャーアートとしても見ごたえあると同時に、アニエス・ヴァルダが映画として後世に残したい全てが詰まった珠玉の名作だ。

(江口由美)

 


 

フランス映画祭2018 Festival du film français au Japon 2018 
◼ 期間:6月21日(木)~~6月24日(日)
◼ 会場:みなとみらい地区中心に開催
(横浜みなとみらいホール、イオンシネマみなとみらい)
■主催:ユニフランス
■公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2018/
 
 
 
 

 

 


 

 

 

 
 

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6/21(木)~24(日)に開催された「フランス映画祭2018」が大好評のうちに閉幕し、エールフランス観客賞はオープニング作品のオリヴィエ・ナカシュ監督&エリック・トレダノ監督(『最強のふたり』)最新作『セラヴィ!』 "Le Sens de la Fête"に決定した。
(7/6より全国公開)
 
 
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今年は、13年ぶりに横浜に戻っての開催となったフランス映画祭2018。6/21(木)にみなとみらいホールで行われたオープニングセレモニーでは、フランス映画祭団長のナタリー・バイと、横浜出身でフェスティバル・ミューズを務めた常盤貴子さんが開会を宣言。『万引き家族』でカンヌ国際映画祭・パルムドールに輝いた是枝裕和監督、本映画祭の特別協賛である日産自動車のカルロス・ゴーン会長もお祝いに駆けつけた。満員となったオープニング作品『セラヴィ!』(7/6より全国公開)の上映を皮切りに、日本未公開のフランス映画、長編14本と短編1本を上映。上映会場となったイオンシネマみなとみらいには、多くのお客様が詰めかけ、会期中に6作品(うち短編『トマ』は『モカ色の車』の併映)が満員御礼、会場は連日フランス映画ファンの熱気でいっぱいとなった。
 
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今回は、会場にインスタ映えする撮影スポットも登場。ゲストがサイン会に移動する前のロビーでは、各回のゲストの撮影時間が設けられ、観客とフランス代表団の交流の場となった。上映後に行われた各回の来日ゲストによるQ&Aやサイン会も大いに盛り上がり、横浜ならではのアットホームな映画祭となった。本来映画祭があるべきの、観客のための映画祭となっていたのではないだろうか。ゲストも熱心に観客からの質問に答え、またサイン会での交流を楽しんでいたようだ。
 
また、今回はオープニングセレモニーのみ、横浜市民は500円で鑑賞できる割引サービスが実施された他、横浜市立大学、東京藝術大学、早稲田大学にて、授業の一環として学生を対象としたマスタークラスも開催され、フランス映画の作り手と、日本の学生たちが接する場が作られ、次世代の学生たちとフランス映画人たちとの交流が実現したのも意義深かった。
 
 
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さらに、横浜フランス月間2018との関連企画、レンガ倉庫で開催されたゴーモン展では、映画誕生と共にフランスの老舗映画会社ゴーモンが歩んできた歴史が豊富な資料や写真、映像と共に紹介され、満員御礼だった最終上映作品『See You Up There(英題)』  "Au Revoir Là-haut"の衣装も展示。映画の歴史に触れることができたのも非常に有意義で、横浜(みなとみらい)全体で「フランス映画祭」を体感でき、それと同時にみなとみらいをゆっくりと歩き廻り、映画プラスアルファの港の街横浜を味わえたのではないだろうか。『マルヴィン、あるいは素晴らしい教育』『ブラッディ・ミルク』『モカ色の車』(併映『トマ』)といういずれも満席の人気ぶりをみせた未公開作品の日本公開を望むと共に、これから続々公開される上映作品を楽しみにしていたい。
(江口由美)
 
■フランス映画祭2018公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2018/  
■(c) UNIFRANCE

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フランス・セザール賞3冠達成の注目作『ブラッディ・ミルク』主演スワン・アルローさん、ユベール・シャルエル監督インタビュー
 
今年のセザール賞で主演男優賞、助演女優賞、新人監督賞の3冠を達成した話題作、『ブラッディ・ミルク』がフランス映画祭2018(横浜/京都)で日本初上映される。
 
フランスの田舎で昔ながらの手作業による酪農を営むピエールに降りかかる伝染病の恐怖。
自分が飼っている乳牛が感染していることに気付くが、全頭殺処分になることは、全てを失うことになる。ピエールは事実を隠し、乳牛たちを守るべく、どんなことでもする決意をするのだった…。
 
 
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酪農家の仕事ぶりをつぶさに見せると共に、サスペンスのような色合いを見せる本作。主演男優賞受賞の喜びを、「友達からたくさん電話がかかるようになったよ」と軽やかに語るスワン・アルローさん、新人監督賞受賞で「きっと人生が変わると友達から言われたけど、まだそれほどでもないな」と笑うユベール・シャルエル監督の仲良しコンビに、お話を伺った。
 

 

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―――シャルエル監督は酪農家のご出身だそうですが、初長編の題材にこのテーマを選んだ理由は?
シャルエル監督:私の両親は酪農家だったので、このテーマは必然性がありました。もし映画監督という道を選んでいなかったら、自分の身に降りかかっていたことかもしれません。ちょうど私が子どもの頃、フランスでも狂牛病が大変な問題となっていました。よく母が「もしうちの牛たちにこんなことが起こってしまったら、自殺してしまうわ」と言うのを子どもながら聞いていたので、自分の中ではとても重要な出来事だったのです。
 
―――力仕事が多い酪農家のピエール役として、一見華奢に見えるアルローさんをキャスティングした理由は?
アルロー:役作りで10キロ増量したんですよ!
シャルエル監督:実際に酪農家で、演技は素人の人を探して出演してもらおうとしたのですが、なかなかこれという人が見つかりませんでした。アルローさんを勧めてくれたのはキャスティングディレクターで、一目見て、「この人だ!」と思いました。
 
―――アルローさんを見て、この人だと直感したのはなぜですか?
シャルエル監督:一見、僕が描こうとしているキャラクターと共通項があるようには見えないのですが、実際にお会いすると、ピエール役にちょっと可笑しみがあるところを十分に理解してくれ、僕を笑わせてくれたのです。それが決め手でした。
 
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―――アルローさんは、ピエールのどの部分に可笑しみを感じたのですか?
アルロー:この脚本を読んだ時に悲劇的な部分もあれば、ドラマ的な部分もある。でも、一方で、感知できるかできないかぐらいの感じで段々とジャンルスリラーに入っていくのです。そこがシャルエル監督の凄いところで、共同脚本のクロード・ルパップさんと、農家を舞台にするという、今まであまり成立しなかった新たなジャンル映画を作り出していきました。ドキュメンタリーやもう少し自然な感じで農家を舞台にしたレイモン・ドゥパルドンの作品もありますが、いずれも真面目な作品です。シャルエル監督はドキュメンタリーっぽいリアリズムもありながら、そこに映画性を持ち込んだ。僕は脚本を読んだ時に、これはすごいと思いました。彼は自分の身近に起きた個人的なことを語っているのですが、それを越えて映画的なものがある。これは何としてでも成功させなければいけないと思いました。妹役のサラ・グロドーさんとも脚本を最後まで読み終えた時に、これは徹底的にやってやろう!と話をしていました。
 
―――脚本が秀逸だったということですね。
シャルエル監督:クロード・ルパップさんは短編映画を作っている時から共同で脚本を書いているのですが、脚本の中に演出がある、しっかりとしたものを書いてくれるのです。
 
―――手作業が多く、日々放牧をさせている酪農方法で、ピエールは一人で全てを行っていますが、その規模、手法の酪農家に設定した意図を教えてください。
シャルエル監督:ピエールが機械化された酪農に対して闘っている、まさに最後の砦のような存在であることを見せたかったのです。この映画は海外で上映する機会も多く、その時に気付いたことなのですが、ほとんどの国の酪農が機械化されており、フランスにはまだ手作業の畜産農家が僅かではあるけれども残っていることを発見しました。産業化されている酪農は利益中心です。お金が稼げればいいという目的で機械化する訳ですが、ピエールにはそのような目的はありません。ピエールと乳牛たちとの間には、本当のラブストーリーのような心が通じ合う絆があったのです。
 
―――酪農家役を演じるにあたり、アルローさんはどのような準備を行ったのですか?
アルロー:ユベール(シャルエル監督)のいとこで、小規模で家庭的な経営をしている農場で1週間ぐらい実習をさせてもらいましたし、クランクインの直前にも農場に行きました。実際のロケ地となったのは、1年ぐらい前に閉鎖されたユベールの両親の農場だったのですが、もう一度リフォームし、クランクイン前に乳牛を連れてきました。僕に酪農仕事の指導をしてくれたのは、ユベールのお母さん、シルベンヌさんでしたが、彼女はおそらくその地方一番、しいてはフランスで一番と言っていいぐらいとても厳しかった。なにせ、乳牛の牛乳コンテストでいつも第一位を取るぐらいのキャリアの方でしたから。シルベンヌさんの厳しい指導による実習を終え、クランクインしても、きちんとできているかと心配して、シルベンヌさんが撮影現場で僕を一人にさせてくれなかったのは、ちょっと大変でしたね。僕にすれば乳牛を扱うのは役者としての仕事ではありますが、乳牛は生きていますからきちんとケアをしてあげなければいけない。だから、この映画は演じるよりも、乳牛を世話する方が大事です。この役柄をこのように作っていこうというやり方ではなかった。乳牛たちを世話するシーンだけでなく、家族とのシーンもある訳ですが、俳優たちとのリハーサルよりも、僕はいつも乳牛たちと一緒にいました。心配になってユベールに「全然他の俳優たちとのリハーサルをしていないけど、大丈夫」と聞いたのですが、「君は乳牛と一緒にして、世話をしているだけで立派にピエールを演じているよ」と言ってくれました。
 
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―――乳牛の出産シーンもありましたし、仔牛を我が子のように育てたり、乳牛たちと常にスキンシップや声かけをしていましたが、乳牛たちの世話をする中で、どんな気持ちが芽生えてきましたか?
アルロー:もちろん乳牛はとても愛情深い動物ですから、私だけではなくスタッフたちも皆、とても愛情を感じ、尊敬していました。ただユベールに言われたのは、「君が怖がると、乳牛も怖がるから、決して怖がってはいけない」と。人間なので恐怖心が突然芽生えるときもあるけれど、「怖がらなくていい」と思うことでうまくいきました。とてもシンプルに、動物を信じることがとても大事でした。人間の俳優と演じるより、乳牛たちと演じる方がとても楽でした。乳牛たちは僕が信頼すれば、やるときはやるし、嫌な時はやらないしと選択がとても明確、シンプルなんです。俳優が相手だと、時には工夫しておだてたりしなければならなかったり、結構大変ですから(笑)。
 
―――なるほど、乳牛たちが相手の演技は、相手を信頼することが一番だったのですね。最後に命についての問題提起でもあり、一方被害を受けた酪農家が何の救済もされないことへの問題提起でもあると感じましたが、この作品の狙いは?
シャルエル監督:行政に対してのメッセージがあるかどうかは別の話ですが、酪農家として利益を出さなければいけない。動物を通してでしか成立しない仕事です。単に農場を閉鎖するという簡単なことではなく、閉鎖となればそこで生きていた動物たちを殺処分しなければならない訳です。狂牛病の時も多くの酪農家の人たちが、これは正しくないのではないかと大いに感じていました。数頭だけしか感染していないかもしれないのに、農場全体の牛を殺処分しなければならないことに、やるせなさを感じていたのは事実です。
アルロー:僕だけでなく、フランスの人たちは皆感じていることだと思うのですが、鳥インフルエンザや狂牛病など、畜産動物に関する病気が発生すると、殺処分の暴力性がクローズアップされがちです。動物たちを殺すという現象の裏側に、それにかかわる酪農家たちの暮らしが崩壊してしまうという人間ドラマがある。それがこの映画で描きたかったことではないでしょうか。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『ブラッディ・ミルク』(2017年 フランス 90分)
監督:ユベール・シャルエル 
出演:スワン・アルロー、サラ・ジルドー、ブーリ・ランネール、イザベル・カンディエ他
 
フランス映画祭2018 Festival du film français au Japon 2018 
◼ 期間:6月21日(木)〜~6月24日(日)
◼ 会場:みなとみらい地区中心に開催
(横浜みなとみらいホール、イオンシネマみなとみらい)
■主催:ユニフランス
■公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2018/
 

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「教育」があれば社会環境、生まれ育った環境に関わらず希望が持てる。
『マルヴィン、あるいは素晴らしい教育』アンヌ・フォンテーヌ監督インタビュー
 
昨年のフランス映画祭観客賞受賞作『夜明けの祈り』のアンヌ・フォンティーヌ監督最新作、『マルヴィン、あるいは素晴らしい教育』が、6月23日、イオンシネマみなとみらいで開催中のフランス映画祭2018で日本初上映される。
 
小さな田舎町で暮らした子ども時代、学校でも家でも居場所がなかったマルヴィンが、才能を見出してくれる先生との出会いを経て、演劇と出会い、家族と訣別して都会で自らの道を見つけようとする。周りとは馴染めず理解されないことに悩む一方、自分の今までの境遇を演劇にし、改めて自らを見つめる姿を描くヒューマンドラマだ。
 
同性愛者の主人公マルヴィンを演じるのは、今最も期待されるフランスの若手俳優フィネガン・オールドフィールド。田舎での家族模様をつぶさに描く一方、都会でのパトロンとの出会いや、パトロンの知り合い、イザベル・ユペールとの出会いを通じて、人生を学んでいくフィネガンを繊細に演じている。本人役で登場するイザベル・ユペールの存在感が、いいアクセントとなっているのだ。
 
本作のアンヌ・フォンティーヌ監督に、作品についてお話を伺った。
 

 
―――修道院を舞台にした女性キャスト多数の『夜明けの祈り』とは打って変わって、同性愛者の男子が主人公でキャストは男性が多い物語です。女性やゲイに対する偏見が根強い田舎と都会の対比も描かれますが、着想のきっかけは?
フォンティーヌ監督:エドワード・ルイという若い作家の本から着想を得ました。彼は非常に厳しい幼少期を送った後、フランスの有名大学に進学できたのです。彼の本は非常に感動的な内容で、自分は人とは違うと思い、また家の中でも阻害され、孤独な若い男性が、芸術に触れることで、自分がどういう存在であるかを理解し始め、自分自身の心の声を出せるようになっていくという、希望を与える内容になっています。そもそも人間は皆違うのですが、本の主人公は他人とは違うという悩みを芸術的表現に昇華させていくのです。ご指摘の通り、主人公が田舎で過ごす時代と、都会で過ごす時代の二つを組み合わせてみせるようにしています。
 
―――若くに産んだことで、子どもに関心を持てないマルヴィンの実の母と、マルヴィンに演劇を通して希望を与えていく女性の校長先生との対比も印象的でした。この二人を通して描きたかったことは?
フォンティーヌ監督:母、オディールは、経済的に恵まれない状況を自分でもどうしたらいいか分からないという立場です。あまり教育も受けていないため、息子が色々な兆候となるサインを見せても、自分のことに精一杯で気付けないのです。そういう、ある意味人間的な存在です。一方校長先生のクレモンは、マルヴィンの才能に気付き、彼の運命を変えていくきっかけになった。クレモン先生がマルヴィンに演劇クラスのワークショップ受講を勧めたおかげで、マルヴィンが他の人からの視線を受けるというのはどういうことになるのかを文化的な側面から感じることができました。そのままだと抜け出せなかった世界から脱し、新しい将来を描けるようになったのです。
 
―――父との関係はまた違った側面を見せます。労働者階級で一見破天荒に見え、差別的発言も繰り返す一方、マルヴィンが家を出て成功する中で、父自身も息子の本当の姿を理解し、受け止めていきます。
フォンティーヌ監督:私も父、ダニーの役柄はとても気に入っています。ダニーも教育を受けておらず、文化に触れていない世界の犠牲者とも言えます。彼らのような労働者階級では、文化と言えばテレビを見ることぐらいで、知性からかけ離れた生活をしていた訳です。一見野生的ですが、一番感動的なのは最後、マルヴィンに向かって「ゲイのお前たちを結婚するのか?」と聞くシーンです。当初はホモと罵ったり、精神病呼ばわりしていたダニーが成長したことを感じられます。ダニー自身も父から殴られて育った訳ですが、自分の子ども、マルヴィンに対しては、同じことを繰り返さなかった人です。
 
 
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―――とても繊細にマルヴィンを演じたフィネガン・オールドフィールドさんですが、キャスティングの経緯や、彼の魅力について教えてください。
フォンティーヌ監督:フィネガン・オールドフィールドさんをキャスティングした理由は、とても優美でありながら、繊細なところも持っており、内からのパワーを非常に感じさせてくれる役者だったことに尽きます。身体的な魅力も、もちろんありました。難しかったのは、子役のマルヴィンと青年役のマルヴィンの二人をキャスティングしなければならなかったことです。子役でわざとらしくないように演じてもらうのは非常に大変で、何度もテストを行いました。子ども時代と青年時代のマルヴィンにズレが生じないように調整し、これがピッタリだという二人を選びました。フィネガンは今まで映画に出演経験はあったものの、主役を務めるのは本作が初めてだと思います。子役の方はジュール・ポリエという男の子です。
 
―――キャスティング段階でもかなりテストを重ねたそうですが、実際の演出はどのように行ったのですか?
フォンティーヌ監督:ジュールに関しては、撮影に入る前に何度もリハーサルを重ねました。例えば撮影に入る前に3週間ぐらい時間を取り、役者たちに家族としての絆を作ってもらいました。もちろん暴力的なシーンも含めてです。フィネガンに関しては、イザベル・ユペールとの演劇シーンもありましたから、撮影前にかなりリハーサルを重ねました。私の仕事のやり方は、撮影初日に初めて演じたようにするのではなく、撮影に入る前のリハーサルでやってきたことの延長線上のようなものを作り出すようにしています。
 
―――次回作は主演としてタッグを組んでいるイザベル・ユペールさんは、今回本人役として登場し、マルヴィンを見守るような役ですが、それだけでなく、最後に大きな見せ場もあります。
フォンティーヌ監督:イザベル・ユペールに脚本を渡すとき、「あなたが今まで一度もやったことがない役よ」と説明すると最初きょとんとしていました。でも読むと理解してくれ、とても楽しそうに撮影に臨んでくれました。現場でも非常にいい雰囲気をもたらして下さったと感じています。映画では無名の若手俳優に対してチャンスを与える役柄ですが、ユペールはとても著名な女優なので、作品中のようなことを実際にもやっていらっしゃるのだと思います。
 

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―――ユペールさんとのラストシーンもそうですが、劇中劇をはじめ、作品中には演劇的な要素を含むシーンが多数登場します。そのような構成にした狙いは?
フォンティーヌ監督:演劇を通して、マルヴィンがどう変わっていくかを見せたかったのです。最初の演劇ワークショップでは学校で行き場がなく、どうしたらいいか分からない時に、自分が夢中になれるものを見つけます。次に、自分が家族と交わした会話を演劇の台詞として使い、作品として昇華させ、彼は俳優だけでなく作家にもなる訳です。実はその部分は原作とは違う部分で、原作では芸術家になりますが、俳優ではなく作家でした。ただ俳優の方が映画向きだと思って変更しています。
 
―――マルヴィンが自分の生い立ちを演じる劇では、水が張られた上で演じているのがとても印象的でした。この舞台デザインも監督のアイデアですか?
フォンティーヌ監督:もちろんそうです。水は美的なものであり、象徴的なものでもあります。舞台で母親を演じているイザベル・ユペールが中絶に言及していますが、大きなバスルーム(トイレ)を表していますし、自分が反射して映るものなので、自分を見つめ直すという意味も込めています。
 
―――本作のタイトルには「マルヴィン」だけでなく、「素晴らしい教育」となっています。そこに込めた思いは?
フォンティーヌ監督:まずは「素晴らしい教育」というのは文学的な表現だということ。そして、教育というものは人生に時には決定的なインパクトを与えるという意味を込めています。つまり、自分が生まれた家庭環境や社会階層はフランスではなかなか変えることは難しいのです。農家や労働階級に生まれた子どもは文化に接しようと思っても、かなり苦労しなければそれも叶いません。しかし、教育があれば、生まれ育った環境とは違う希望が持てます。そのような意味を込めて「素晴らしい教育」と付けました。
 
―――最後に、フォンティーヌ監督がこれだけコンスタントに映画を作り続けることができる秘訣は?
フォンティーヌ監督:確かに私は長編を15本ほど撮っていますし、かなり幸運なことだと思います。最初の1本を撮った後に、今後どのような作品を撮ろうかと考え、次の作品を撮るまでに少し時間がかかりました。でもその後はプロデューサーから本やアイデアなどの企画を持ちかけてくれる幸運に恵まれています。ちょうど今も次回作の撮影が終わったばかりなのですが、ルー・ドゥ・ラージュやイザベル・ユペールが出演しています。私が、今まで出会ったことのない未知の世界に立ち向かっていくという性格なので、これだけコンスタントに作り続けていられるのだと思います。
 

 
<作品情報>
『マルヴィン、あるいは素晴らしい教育』(2017年 フランス 115分)
監督:アンヌ・フォンティーヌ
出演:フィネガン・オールドフィールド、グレゴリー・ガドボワ、ヴァンサン・マケーニュ、イザベル・ユペール他
 
 
フランス映画祭2018 Festival du film français au Japon 2018 
◼ 期間:6月21日(木)〜~6月24日(日)
◼ 会場:みなとみらい地区中心に開催
(横浜みなとみらいホール、イオンシネマみなとみらい)
■主催:ユニフランス
■公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2018/