映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

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11月3日(金・祝)に閉幕した第30回東京国際映画祭。最終日にコンペティション部門、アジアの未来部門、日本映画スプラッシュ部門の審査結果および観客賞が発表された。今年の東京グランプリに輝いたのは、審査委員長のトミー・リー・ジョーンズ氏が、「この美しい撮影法に感銘を受け、神話を現実として捉えている内容が素敵だと思いました。神話的な体験を通して、共通の認識を得るという体験です」と講評したトルコの名匠、セミフ・カプランオール監督の『グレイン』。最優秀監督賞は、エドモンド・ヨウ監督(『アケラット-ロヒンギャの祈り』)が2度目のコンペディション部門出品で、初の栄光を手にした。また、観客賞には3年ぶりに日本映画『勝手にふるえてろ』が受賞した。以下本年度の受賞結果と受賞コメント、最後にトミー・リー・ジョーンズ審査委員長の総評を紹介したい。
 
<コンペティション>
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東京グランプリ/東京都知事賞 『グレイン』(監督: セミフ・カプランオール)
「実は今回の映画は⻑い旅路を経てきました。というのも製作に5 年かかりました。そして、今回ここから世界に向かって広がっていく出発点になると思っております。今回の制作に携わってくださった私の様々な友⼈たち、チーム、特に俳優のジャン=マルク・バールにお礼を申し上げたいです。彼は素晴らしい演技を⾒せてくれました。最後に、私たちは世界に様々な害を与えています。私たちが⽣きていくその全ての瞬間がその理由になってしまっています。その理由には過剰な消費があります。私たちはどこから来たのか、どこに向かっていくのか、こういったことを私たちは把握しなければいけない、理解しなければならないと思っています。私は監督として⼤地や種⼦、創造されることに敬意を払いながら作品を作りました。この作品を作ることを神が導いてくれたと思っています。」
 
 
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最優秀監督賞 エドモンド・ヨウ(『アケラット-ロヒンギャの祈り』)
「私たちクルーは 20 ⼈未満 で、⾃分たちのことを“アケラットファミリー”と呼んでいました。ダフネはこの映画のために詩を書いたりしてくれました。ほとんどのスタッフがこの映画に登場します。映画⾃体は、12 ⽇間⾬の中作っていました。先ほど私のミューズのような存在であるダフネが、東京ジェムストーン賞を取った時は泣きそうになりました。クルーの皆に感謝をしたいと思います。東京国際映画祭に来まして、普段映画を作っていると⼀⼈になったような気になってしまうのですが、世界各国の監督と知り合いになって、映画を作っている⼈はみんな家族なのだと強く思います。⼀⼈の映画⼈としてこの作品を皆さんに観ていただき、感じていただきたい、やはり世界は平和にならなければいけないと強く思っております。」
 
審査委員特別賞 『ナポリ、輝きの陰で』(監督: シルヴィア・ルーツィ、ルカ・ベッリーノ)
最優秀女優賞 アデリーヌ・デルミー(『マリリンヌ』)
最優秀男優賞 ドアン・イーホン(『迫り来る嵐』)
最優秀芸術貢献賞 『迫り来る嵐』(監督:ドン・ユエ)
最優秀脚本賞Presented by WOWOW:『ペット安楽死請負人』(監督・脚本:テーム・ニッキ)
観客賞 『勝手にふるえてろ』(監督:大九明子)
東京ジェムストーン賞 松岡茉優、石橋静河、アデリーヌ・デルミー、ダフネ・ロー
 
<アジアの未来>
作品賞 『僕の帰る場所』(監督: 藤元明緒)
国際交流基金アジアセンター特別賞 藤元明緒『僕の帰る場所』
スペシャルメンション 『老いた野獣』 (監督:チョウ・ズーヤン)
 
<日本映画スプラッシュ>
作品賞 『Of Love and Law』(監督:戸田ひかる)
 
<トミー・リー・ジョーンズ審査委員長 総評>
「最良の映画祭というのは、映画製作者や観客を厳しい商業的需要から開放すべきものだと思います。私たちは、カークラッシュやレンズに銃⼝を向けたり、都市が爆発したり凍ったり、危機に陥っている⼥性、思春期のスーパーヒーローなども必要としません。それを悪いことだと⾔っているのではなく、ただ私たちはそれを必須とみなしておりません。最良であれば、映画祭というものは理路整然とした物語、視覚的な美しさ、そして観客の時間をしかるべき注意と 努⼒で向上させるという映画の持つ責任を開放しません。私たち映画製作者はみなさんの時間を無駄にするため に⽣まれてきたのではなくより良いものにするために⽣まれました。そして皆さんに対し、謙虚な⼼と希望をもって仕える者ということをこの審査員を代表して申し上げます。」
 

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ジャン=マルク・バール「変革が求められていることを語りたい」。ディストピアを描いた『グレイン』記者会見@TIFF2017
登壇者:セミフ・カプランオール(監督/脚本/編集/プロデューサー)、ジャン=マルク・バール(俳優)、ベッティーナ・ブロケンパー(プロデューサー) 
 
10月25日より開催中の第30回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているセミフ・カプランオール監督(『蜂蜜』)の最新作『グレイン』。ディストピアの近未来を舞台に、荒廃した大地がモノクロの映像で映し出される。大地の中で、人間の存在は実に些細なものだ。そんな人間が遺伝子組み換えにより生態系を狂わせ、人間が生きるのに大事な穀物が枯れてしまう事態に陥る。ジャン=マルク・バール(『グラン・ブルー』)が演じる主人公、エリン教授は、遺伝子不全を予言していた研究者、アクマンを探す旅にでるが、その旅こそ、生死をかける壮絶な旅になるのだった。
 
 
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© KAPLAN FILM / HEIMATFILM / SOPHIE DULAC PRODUCTIONS / THE CHIMNEY POT / GALATA FILM / TRT / ZDF / ARTE FRANCE CINEMA 2017
 
私たちが日ごろ当たり前にあると思っている土や種が汚染され、穀物が取れなくなってしまったら、まさしく人類存続の危機だ。核戦争やテロなどの国同士の争いによるディストピアではなく、人間のエゴによる環境破壊が徐々に地球を蝕んだ結果のディストピアを描いているところに、ユスフ三部作のカプランオール監督が一貫して描いている大地や生態系への敬意が読み取れる。試練を乗り越え、大事に守られていた汚染されていない土を手にしたエリンが、顔や身体を清めるかのように土をこすりつけるシーンは、命の泉で身を清めるのと同じような神々しさがあった。
 

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7年ぶりの新作を携えて来日したセミフ・カプランオール監督は、脚本に5年をかけた本作を着想した時のことを振り返り、「近い将来こういうことが起こるかもしれないと思い書き始めました。トルコには300万人近い難民が訪れ、戦争の影響も様々起こっています。農業や水の問題も問われるようになり、自分が想定していたことが、現実になっていくのを今は見ている感じがします」と実際にディストピアへの道を歩みかねない現状への危機感を露わにした。
 
コンペティション部門作品を鑑賞し、「非常にレベルが高い」と称賛したジャン=マルク・バールさん。荒野での撮影を振り返り、「とても美しく、スピリチュアルな体験をしました。トルコのアナトリアでも撮影しましたが、精神的、肉体的な訓練をしているような撮影で、体力的にも大変でした。ラース・フォン・トリア監督作でもドイツ人、ロシア人と様々な人たちと共に英語で撮っていますが、本作も日本人も含め様々な国の人と英語で撮影し、大変ですがとても良い体験になりました」と、国際的なスタッフ、キャストでの撮影を楽しんだ様子。また、ユスフ三部作から携わっているプロデューサーのベッティーナ・ブロケンパーさんは、「私にとっては政治的、精神的な映画。我々が人生を変えないと地球がどうなるか分からない。この映画の一部になれたことをとてもうれしく思います」と作品の意義を語った。
 
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最後に、世界的食糧危機が強く描かれている作品で、主人公の教授を演じた気持ちについて「世の中の映画は娯楽性が高いものが多いですが、カプランオール監督作品は世界中で意識を変えていると思っています。問題を精神的かつ知的に考えていく定義をしています。300年ぐらい営んできた人間の生活を、今変えなければいけない時期にきている。映画がそういうメッセージを出せることが非常に大事です。エリン教授は、最初何をしたらいいか分からなかったけれど、問題解決をしたいと願い、意識の変化を遂げている人物。変革が求められていることを語りたい物語なのです」と、映画を通じて、まさに今、私たちが意識を変える必要性を強調した。
(江口由美)
 

『グレイン』
(2017年 トルコ/ドイツ/フランス/スウェーデン/カタール  127分)
監督:セミフ・カプランオール 
出演:ジャン=マルク・バール、エルミン・ブラヴォ、グリゴリー・ドブリギン 
 
第30回東京国際映画祭は11月3日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
第30回東京国際映画祭公式サイトはコチラ
 
 

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「一番苦労したのは、自然の美しさをそのまま伝えること」沈黙の中、圧倒的な映像美を体感するジョージア映画『泉の少女ナーメ』@TIFF2017
登壇ゲスト:ザザ・ハルヴァシ(監督/脚本)、マリスカ・ディアサミゼ(女優)、スルハン・トゥルマニゼ(プロデューサー)
 
10月25日より開催中の第30回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているジョージア、リトアニア合作の『泉の少女ナーメ』。ジョージアに伝わる神話を基にした静謐な作品は、まさに息を呑む美しさを放ち、オープニングの川の流れが岩にあたって弾けるような水の音から、映画の幻想的な世界に誘われる。この大自然の中、どんな言葉もいらないと思えるほどの映像美と、そこで語られる癒しの泉を守ってきた一家の物語は、これぞ映画だという静かな感動を呼ぶのだ。
 
29日行われたワールドプレミア上映後、ザザ・ハルヴァシ監督、主演ナーメを演じたマリスカ・ディアサミゼさん、スルハン・トゥルマニゼプロデューサーが登壇してのQ&Aが行われた。
 
 
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会場で一緒にワールドプレミア上映を観た後、感動の面持ちでマイクを持ったハルヴァシ監督は、「私の映画をご覧になっていただきありがとうございました。私の映画は楽しめる類の映画ではありませんが、最後まで我慢していただきありがとうございます。ストーリーを静けさの中でお伝えしたかった。私が強調したかったのは、映画の中の細かいニュアンスなので、沈黙の中で集中してもらうことが必要でした。これだけ集中して聞いて下さる観客は滅多にいません」と観客に感謝の意を表しながら、セリフや音楽を極限まで排除した本作の狙いについて明かした。その少ない台詞は聖書によるものだとし、「シンプルな聖書の哲学、つまり“昼であり、夜がある”というシンプルな台詞を使いました」。
ヒロインのナーメを演じたディアサミゼさんは、「東京の映画祭に参加することができ、とても光栄。子どもの頃からの夢が叶いました」と喜びを表現。同じく、トゥルマニゼプロデューサーもプログラミングディレクターに感謝の言葉を添えた。
 
泉を守る家族のファンタジーのような物語である本作。その発想の源には、ジョージアのように黒海沿いに住んでいる人の間で語り継がれてきた神話があったとし、「大昔、水で人々の傷や心を癒す少女がいたが、彼女は普通の人間になりたかった。そこで自発的に自分の力を拒否し、癒す力の根源となる魚を開放し、魚も自然に戻り、少女も人間に戻るという神話をモチーフに、フィクションの部分を加えた」と自然の中で育まれる静かなストーリーの原点を明かした。
 
「スクリプトより映像で意味を伝えるのが好き」と語るハルヴァシ監督。「映画は私にとって映像の芸術であり、言葉の芸術ではありません。今回は映像で伝えるのが少し難しい場面では、『母が亡くなったので、ナーメが癒し手の後を継ぐ』という台詞を父親に語らせ、母親の不在を明らかにしています。また、ロケーションとなった南ジョージアのアジャラ地方は、そこだけがイスラム教とキリスト教が共存する場所なのです。作品中でもナーメの兄たち、イスラム教、キリスト教、無宗教の三兄弟が祖国に乾杯をします。宗教が違うにも関わらず皆がこの国の人間であることを示しています」と映画の中での設定や台詞についての質問に答えた。
 
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台詞がほとんどない中、佇まいや視線、表情、顔の傾きなどで、父の後を継ぎ、泉の水を使って人々を治癒する“癒し手”の跡継ぎをするナーメを演じたディアサミゼさんは、撮影の様子を振り返り、「行動の裏にどんなモチーフがあるか理解しようとしました。理解をした後は、監督と相談し、自分のキャラクターがどういう風に感情を伝えるか、全てのシーンを撮る前に必ず相談した上で演じていました」と、常に監督と議論しながらナーゼ像を作り上げたそうだ。
 
自然の美しさを見事に捉えるための思わぬ苦労にも話が及んだ。霞が多い場所で撮影していたにもかかわらず、撮影時には霞が消えてしまい、首都からスタッフを呼び寄せて人工的な霞を発生させることもあったという。ハルヴァシ監督は続けて「自然の美しさをそのまま伝えるのが一番苦労したところです。ナーメが霞の中で消えていくラストは、自然の霞の中で生まれたシーンで、とても美しく撮れました。現実が詩を作ったといってもいいのではないかと思います」と観客も魅了した名シーンのエピソードを披露。一方、寒さが大変だったというディアサミゼさんも、「自然を見て、自分の肌で感じたので、自然の中で生きているナーメを演じることが、逆に簡単になりました」。最後に、リトアニアの映画センターからの支援が映画作りに大きく貢献したことを付け加えてQ&Aを終了した。
 
 
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台詞や音楽で物語を伝える映画とは対極にあるグルジア=リトアニア合作映画。大自然で起きる様々な出来事の前に、観ている私たちも静かに、いい緊張感を持ちながら、映画の力を堪能できる必見作だ。(江口由美)
 

<作品情報>
『泉の少女ナーメ』(2017年 91分 ジョージア/リトアニア)
監督:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ、アレコ・アバシゼ、エドナル・ボルクヴァゼ、ラマズ・ボルクヴァゼ、ロイン・スルマニゼ
 
第30回東京国際映画祭は11月3日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
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「世界を思いやる見方を持っている」エドモンド・ヨウ監督が描くロヒンギャ移民とマレーシア人との未来『アケラット-ロヒンギャの祈り』(マレーシア)@TIFF2017
登壇者:エドモンド・ヨウ(監督/脚本)、ダフネ・ロー(女優)
 
10月25日より開催中の第30回東京国際映画祭で、コンペティション部門作品のコンエドモンド・ヨウ監督(タイ)最新作『アケラット-ロヒンギャの祈り』がワールドプレミア上映された。迫害され、マレーシアに希望を見い出して渡るロヒンギャ移民に訪れる苦難と、マレーシアから脱出するお金を稼ぐためロヒンギャ移民の人身売買に手を染めてしまうヒロインを対比させながら、困難な現実を詩情豊かに描き、ささやかに未来への希望の灯をともしている。エドモンド・ヨウ監督は、行定勲監督『鳩 Pigeon』(『アジア三面鏡2016:リフレクション』の1編)のメイキング撮影から故ヤスミン・アハマド監督の記憶をたどるドキュメンタリー映画『ヤスミンさん』もCROSSCUT ASIA部門に出品されており、マレーシアの今だけでなく、マレーシアが日本を含むアジアとどんな繋がりを見せているかを、改めて映画で示してくれている。TIFF2015『破裂するドリアンの河の記憶』に続いてのコンペティション部門出品作は、社会問題に根差しながら、マレーシアの文化面での多様性をも感じる仕上がりになっている。
 
 
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ワールドプレミア上映の後に行われたQ&Aでは、エドモンド・ヨウ監督と、主演のダフネ・ローさんが登壇。ロヒンギャ移民のことを映画化した理由について、エドモンド・ヨウ監督は、「2年前北マレーシアで、200人以上のロヒンギャ移民の死体が埋められていたことが見つかり、人身売買していたマレーシア人によるものであることが明らかになりました。マレーシアによりよい生活を求めてきた人たちに、色々なことが起こったという事実があります。マレーシアはここ数十年でインドネシア、カンボジア、ミヤンマーなど多くの移民が来ていますが、日頃私たちは彼らにどういうことがあったのか意識していませんでした。でも、このニュースを見て、子どもから女性たちまで色々な人が巻き込まれていることがわかり、また同時に誰がこんなことをしているのか探ってみたいと思ったのです」とその理由を明かしました。また、「マレーシアに来たいと思っている人だけでなく、マレーシアから出たい人もいる。その両者は並行しているかもしれないと思い、この物語を書きました」と、ヒロインが台湾に出ようとしている設定に活かした理由を語りました。
 
『破裂するドリアンの河の記憶』に続いてのヨウ監督作出演となるダフネ・ローさんは、そんなヨウ監督の脚本を読み、「さすが、エドモンド・ヨウ監督だと思いました。彼には世界を思いやる見方を持っています。それを作品で伝えるにあたり、(私が)媒体になれることを嬉しく思いました」と、新作に取り組んだ時の気持ちを明かした。
 
家庭の中でも、広東語、英語と多言語、多文化だというヨウ監督。本作でもマレー語を始め、広東語、タイ語と様々な言葉が語られているところが、マレーシアの特徴を表しているが、「(舞台となっている)タイとの国境はマレー語ですが、首都とは違うアクセントであったり、北京語を話していてもタイ語が混じっていたりと、全く違う国に来たようで、とてもユニークなものを感じました」と、撮影時の印象を語りました。また幻想的な物語の詩情を掻き立てる人形劇のシーンは、「人形劇も実在の最後のマスターに出演していただき、永い間忘れ去られていた、死にゆく芸術でした。この映画でその、“忘れられしもの”をまた描くことができればと思ったのです」と、土地の伝統芸能を映画で映しとっていたことを語った。
 
 
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自身の映画作りについて「脚本には細かい台詞はなく、その場で即興的にコラボレーションをしています。本当にクリエイティブな協力体制にしています」と語ったヨウ監督。ダフネさん演じるヒロインが、お金のために人身売買をしなければならない役としてどう感じたいかと尋ね、「木をナイフで切り刻む」という行為で表現したシーンがある。ヒロインの怒りがストレートに伝わるシーンについて、ダフネさんは「自分に仕事をやらせているボスだと思って切りつけていました。自分は人身売買をしたくないけれど、そういうことになってしまったという怒り。イヤだと言いながら振り返った時にみつけた人質を追いかけなければいけないという対比が、あのシーンにあったのです」と、自分自身の葛藤も込めたシーンであることを明かした。
 
ロヒンギャ語で“来世”という意味の“アケラット”をタイトルにしたヨウ監督。 台詞を減らし、内に秘めた演技で表現した主人公、フイリンが人身売買に手を染めながらも、現実から逃げ出す先に“来るべき世”はあるのか?そして、ロビンギャ移民がマレーシアで、来世として次のものを見い出すことができるのか。詩のような世界観を持つ本作に込められた思いは、とても深く、そして不条理な現実をしっかり見つめ、その未来を探っている。
(江口由美)

 
『アケラット-ロヒンギャの祈り』
(2017年 マレーシア 1時間33分)
監督:コンデート・ジャトゥランラッサミー
出演:トーニー・ラークケーン、ワラントーン・パオニン、ティシャー・ウォンティプカノン
 
第30回東京国際映画祭は11月3日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
 
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「自分が信じる映画ぐらいは自由に映画を作らせてほしい」大林作品の精神を語る。『花筐/HANAGATAMI』Q&A@TIFF2017
登壇者:大林宣彦監督、窪塚俊介、長塚圭史、矢作穂香、山崎紘菜、常盤貴子、村田雄浩、岡本太陽  
 
10月25日より開催中の第30回東京国際映画祭でJapan Now部門作品として出品されている大林宣彦監督の『花筐/HANAGATAMI』。壇一雄の『花筐』を原作とした脚本をデビュー以前に書き上げていたという大林監督が、40年の時を経て、佐賀県唐津市を舞台に満を持して映画化した。太平洋戦争勃発前後を生きる若者たちの凄まじい青春群像劇は、戦争を体験した大林監督から戦争を知らない若者たちへの情熱に満ちたメッセージにも映る。
 
28日に行われた上映後のQ&Aでは、大林監督をはじめ、窪塚俊介、長塚圭史、矢作穂香、山崎紘菜、常盤貴子、村田雄浩、岡本太陽らキャストが登壇し、満席の会場が大きな拍手に包まれた。40年経った今、映画化した理由について語り始めた大林監督は、「40年前はこういう映画を撮っても、誰も興味を持ってくれませんでした。日本中、高度経済成長期が訪れ、物とカネが豊かになればそれでいいと思っていました。戦争などなかったことになって、日本人は皆、平和難民になっていた。僕達昭和15年生まれ、寺山修司からミッキー・カーチスの時代は軍国少年だったものですから、戦争が終わって殺してくれるものだと思っていたら、誰も殺してくれない。大人たちはみんな『平和だ!』と言って、ヤミ米を担いで騒ぎ出し、敗戦後の日本の大人が一番信じられなかった敗戦孤児の時代なのです。しかし、私たちは最初に日本の平和を作らなければいけないと、皆、今まで誰もやらなかったことをやりながら生きてきた。
映画においてもそうで、大先輩たちは商業用の35ミリでお撮りになるわけです。私は戦争中一番弱者だった庶民、映画でいえばアマチュアの8ミリで妻や、妹や、戦争に行った叔父を撮ったキャメラで始めました。山田洋次さんは黒澤監督や小津監督と同じく松竹でプロフェッショナルな映画をお作りになっています。私は一生アマチュアとして、弱者の立場から、自分の個人史や日記のような映画を作ってきました。映画監督ではなく映画作家という名目でいさせていただくのが私の正体です。ここに集まっていただいているのは、プロでありながら、プロのアマチュアごっこを自由な精神で楽しもうと面白がってくださる俳優さんたちです」
と一気に思いを明かした後、会場に駆け付けた映画をサポートしてくれた唐津市の皆さんやエグゼクティブプロデューサーの恭子さんらを紹介し、客席から大きな拍手が送られた。
 
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前作の『野のなななのか』に続いての出演で、昨今の大林映画のマドンナと紹介された常盤貴子は、「原作は短編なのに、大林監督の脳内フィルターを通すと、純文学でここまで広がるんだ。純文学って幅広いなと思いました。完成した作品を観ると、なんてやんちゃな監督なんだと思って。こんなに自由に広げる監督なんて世界にいたのかなと思うぐらい。自由でやんちゃで好き放題なのに感激しました。映画の可能性を広げていただきました」と驚きの表情を見せた。
 
物語の語り部の役目を果たし、戦争で最後まで生き残った俊彦を演じた窪塚俊介は、「俊彦は16歳ですが、僕は35歳ですから、キャスティングにも自由度がこんなにもあるのかと。最初お話をいただいた時には戸惑いましたが、長塚圭史さんも同級生で参加して下さるということで、勇気が湧きました」と話をふると、長塚が「40歳を過ぎて、あんな(高校生の)役をできるとは思わなかった」と苦笑いする一幕も。「全シーン通して、緊張感がこれだけ漂うというのは、この時代大林監督を通じて表現される時代を知らないし、正直今後、こんな緊張感の中で生きていきたくないと改めて思いました」と窪塚が映画の感想をしみじみと語った。それを受けて、大林監督は、「(戦前は)戦争ごっこが一番楽しい遊び。平和ごっこをしたら犯罪人でした。でもどこかこの遊びは不自由だな。やって褒められることと怒られることがあると思っていました。自由に遊ぶのが子どもの証ですから、戦争が終わった後、自分が平和に役立つのなら、自分が信じる映画ぐらいは自由に映画を作らせてほしい。そう思って映画を作らせていただきました。その結果ぶれずに、敗戦後の少年を描いてきましたが、どうもそういう映画がまた作れなくなるのではないかと怯えております。3年後にこの映画を作れるだろうか。今こそ自由の尊さを表現したのが、この作品です」と自由が失われる風潮に警鐘を鳴らした。
 
本作が大林監督作初出演となる新星、矢作穂香は、死に至る病を患った美那を演じている。撮影前に監督から役作りとして5キロの減量を指示されたエピソードを披露。「初めて見た時は何がなんだかよく分からなくて、理解するのに時間がかかりました。3、4回目となって色々な魅力が出てきたので、何度見ても色々な楽しみ方ができる映画だと思います」と感想を明かした。美那が仲良くなる女子高生を演じた山崎紘菜は、「戦争に巻き込まれていく女の子ですが、この映画に参加させていただき、若者の青春はこんなに眩しく美しく儚いものであることを学びました。今青春を謳歌している若い人にこそ見ていただき、次の世代に伝えてほしい」と観客にアピール。加えて、大林監督は山崎が演じた役について「戦争で生き残ったけれど忘れ去られた。(日本人は)平和難民になってしまったから戦争の事を忘れさせられている。こういう人があなたのおじいちゃん、おばあちゃんなんだよという気持ちでした。戦争を知らない若い人に向けて作った映画で、あなた(山崎紘菜)が一生懸命考えてくれたことが一番いいこと。自分で何をやったかは忘れているけれど、実感としてあることを描いています。音楽と同じように感じられる、みなさんが実感を持って観て下されば、私としてはとてもうれしい」と若いキャスト二人の素直な感想が大林監督の胸に響いた様子だった。
 
独特の感性と世捨て人のような雰囲気を持つ高校生、吉良を演じた長塚圭史は、「10代の若者を演じているけれど、どこか40歳を過ぎている自分が、彼より幼い気がして申し訳ない気持ちで立ち向かっていました。吉良を演じる時には、炎のようなスイッチを押さなければならない。『決着をつける』という吉良に乗っかる。押されるように『こうやって戦争が起こるのか』という台詞に出てくる状態でした」と、作品の鍵になる台詞を言った心境を語った。大林監督がさらに「現場ではほとんどテストをせず、俳優さん任せで演じていただきます。吉良がベッドで立ち上がった時に、『戦争ってこうやって起きるんだ』と、ふと浮かんだので、すぐに長塚さんに台詞を言ってもらいました。吉良の役に憧れたのが、素人の三島由紀夫さんで、『花筐』の吉良に憧れて、僕も小説家になると決意をしたのです」と三島由紀夫のエピソードまで披露した。
 
出征していく山内教授を演じた村田雄浩は、「本当にうれしかったのは、映画の中で撮られながら坊主になる感覚を味わったこと。服だけでなく、皮膚も脱ぐような気分。こういう歴史になっていってはいけないという象徴でいさせてくれたことに、とても感謝しています。忘れられないワンシーン。あれ一つで凄いことを表現したのではないか」と、自分のシーンを振り返った。大林監督にとっても思い入れのある役だったそうで、「村田さんの役が演出をしていて一番面白かった。最初は学生たちから嫌われる敵役のような先生。原作でもそう描かれており、ややそちらに傾きかけていたけれど、出来上がってみたら一番かわいそうな人になっていました。『生きていたら、また会おうね』という表情は、思いもよらないものになっていました」と想定した以上に豊かになった役をしみじみと振り返った。
最後に常盤演じる未亡人の戦死した夫を演じた岡本太陽は、「唐津出身なので、唐津でこの映画を撮れたことが、とても光栄だと思います。チェロが僕のセリフでした」と演技未体験ながら抜擢された気持ちを明かした。
 
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最後に私はアマチュアですから他の人がやらないことをと前置きをして、観客の写真撮影を解禁した大林監督。「世界的に、俳優さんに年齢を聞くと『私は18歳から80歳です』と、自分が演じられる年齢を答えます。これが本来の姿なのです。日本はお母さん役を一度やると、二度と娘役はイヤだということになりますが、十何歳でおばあちゃん役をすれば、もっと上でもバージンの役もできるというのが演技の世界です。『花筐』もかつて青春を経験したことのあるベテランの青年たちですから、痛みや悲しみが十分に表現できた。いい演技をしてくれました。窪塚君は、16歳を演じながら、心の中は35歳の青年の思考を持ってほしいと難しい注文を出しました。多分観客の皆さんは、窪塚君の役を見ながら、二通りの役を見てくださったと思います。私にとっては最高の俳優陣でした」と語り、締めの言葉を常盤に託した。
常盤は「『野のなななのか』を最近観ると、最初分からなかった部分でも時間が経つことで、涙が出てしまうシーンになりました。この映画も5年後、10年後とどんどん変わってくると思うので、その都度皆さんの人生の中で見ていただけたらと思います」と挨拶し、永遠に生き続け、自由の尊さを訴える映画になる手ごたえを見せた。12月16日(土)より有楽町スバル座他にて全国順次公開される大林宣彦監督最新作。あっと驚かせるような自由で、強度のある映像と、そこに込められた強い思い。そして、生の力強さをスクリーンいっぱいに体現する唐津くんち。大林監督がぶれずに訴え続けてきた魂をつかみ取ってほしい。
(江口由美)

『花筐/HANAGATAMI』
(2017年 日本 169分)
監督:大林宣彦
出演:窪塚俊介、長塚圭史、満島真之介、柄本時生、矢作穂香、門脇麦、山崎紘菜、常盤貴子、村田雄浩
2017年12月16日(土)より有楽町スバル座ほか全国順次公開
配給:新日本映画社
(C) 唐津映画製作委員会/PSC 2017
第30回東京国際映画祭は11月3日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
 
第30回東京国際映画祭公式サイトはコチラ
 

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今年で25回目を迎えたフランス映画祭が、6月22日(木)〜 25日(日)まで有楽町にて開催された。 映画祭団長であるカトリーヌ・ドヌーヴほか、イザベル・ ユペール、ルー・ドゥ・ラージュ、トラン・アン・ユン監督、 ポール・ヴァーホーヴェン監督など、そうそうたる顔ぶれが来日、 全12作品中7作品が完売になる盛況ぶりで、 フランス映画ファンにとって充実の4日間となった。


お客様の声をもっと聞きたいという理由から2016年より始まっ た企画として、新作映画11本の中から豪華プレゼントの当たるエールフランス観客賞には、アンヌ・フォンティーヌ監督が新星ルー・ドゥ・ラージュを主演に迎え、第二次世界大戦後ポーランドで起きた衝撃の実話と、その窮地を救ったフランス人女医を描いたヒューマンストーリー『夜明けの祈り』が選ばれた(ルー・ドゥ・ラージュさんインタビューを後日掲載予定)。

『夜明けの祈り』は8月5日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、 新宿武蔵野館ほか全国公開。


『夜明けの祈り』
1945年12月のポーランド。 赤十字で医療活動を行う若きフランス人医師マチルドのもとに、 悲痛な面持ちで助けを求めるシスターがやってくる。 修道院を訪れたマチルドが目の当たりにしたのは、 ソ連兵の蛮行によって身ごもり、 信仰と現実の狭間で苦しむ7人の修道女だった。 そこにある命を救う使命感に駆られたマチルドは、 幾多の困難に直面しながらも激務の合間を縫って修道院に通い、 孤立した彼女たちの唯一の希望となっていく……。

監督:アンヌ・フォンテーヌ
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、アガタ・ブゼク、アガタ・ クレシャ、ヴァンサン・マケ―ニュ
2016年/フランス、ポーランド/フランス語、ポーランド語、 ロシア語/115分/DCP/1.85/ドルビーSR
配給:ロングライド
© 2015 MANDARIN CINÉMA AEROPLAN FILM / ANNA WLOCH

「フランス映画祭2017」

開催日程:2017年6月22日(木)〜25日(日)  
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇  
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

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~バレエからコンテンポラリーダンスへ、

自分だけの踊りを探求したダンサーが辿り着いた表現とは?~

 
祖国ロシアで、両親の望みであるボリショイバレエ団を目指していた天才バレエ少女が、コンテンポラリーダンスとの出会いをきっかけに、自らの進む道を自分で切り開こうと葛藤する。フランスのエクス・アン・プロヴァンス、ベルギーのアントワープと、街並みも異なれば、踊りも異なる場所を舞台に、ヒロイン・ポリーナの成長を描いたダンス映画、『ポリーナ、私を踊る』が、フランス映画祭2017で上映された。
 
ドキュメンタリーや劇映画を手掛けているヴァレリー・ミュラー監督と共に本作の監督を務めたのは、自身もバレエダンサーでコンテンポラリーダンスの振付師でもあるアンジュラン・プレルジョカージュ。オーディションで選ばれた映画初出演のアナスタシア・シェフツォワが踊りだけでなく、その目力で貪欲に自らの踊りを追求するヒロイン、ポリーナを強烈に印象づける。ポリーナの才能を見い出した恩師ボジンスキー役には、ポーランドの名優、レクセイ・グシュコフ。エクス・アン・プロヴァンスのコンテンポラリーダンスカンパニーでポリーナを指導する振付師役、ジュリエット・ビノシュも劇中で伸びやかなダンスを披露。さらにパリ・オペラ座のエトワール、ジェレミー・ベランガールも、本作ならではのダンスで圧倒的な存在感をみせる。EDM (エレクトリック・ダンス・ミュージック)のリズムに乗りながら、挫折から立ち上がったポリーナが初めてのコンテンポラリーダンスの創作に取り組む一連のシーンは、クライマックスにも負けない高揚感を与えてくれるだろう。
 
躍動感溢れる本作の上映後に行われたアンジュラン・プレルジョカージュ監督、ヴァレリー・ミュラー監督を招いてのトークショーをご紹介したい。
 

DSCN5826.JPG―――『ポリーナ、私を踊る』を映画化したきっかけは?
ヴァレリー:原作は、バスティアン・ヴィヴェスのバンド・デシネ(コミック)です。この作品を選んだのは、作家自身をよく知っていますし、彼の仕事ぶりをとても評価しているからです。原作の「ポリーナ」は現代の若い女性の強さを描いています。普通のバレエ物語のような固定観念がないところにも惹かれました。この物語や主人公ポリーヌを通して、だんだん成長し、自分自身を見出だしていく様を語ることができると思い、本作を作りました。ダンスという仕事を通して成長が見えてくるが、小説みたいな冒険を語ることと、ダンスをあまり知らない人にダンスを踊るということがどういうことかを伝えるきっかけになりました。
 
―――共同監督した経緯は?
アンジュラン:バレエの映像は何度も撮っていましたが、ヴァレリーはとても優れた監督でありシナリオライターですから、ダンスを題材にフィクションを作ったら面白いのではないかと思いました。バスティアン・ヴィヴェスのバンド・デシネはとても優れた作品でしたから、プロデューサーが提案してくれた時は、私もすぐにやる気になったのです。
 

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―――ダンサーの起用はどのように行ったのですか?
ヴァレリー:アンジュランと決めたことは例えば頭は俳優だけど、下半身は別というような特写ではなく、本人に踊ってもらうようにしました。オーディションではダンサーで演じられる人か、俳優で踊れる人を選びました。映画とダンスがこういう形で一致して、一緒に歩むことができるようにしたかったし、ダンサーと俳優がお互いにノウハウを分かち合うようにもしたかったのです。ポリーナ役のアナスタシア・シェフツォワも元々バレリーナで、映画は初出演です。また、ジェレミー・ベランガーはオベラ座のエトワールですし、ジュリエット・ビノシュはイギリスのダンサーと一緒に舞台でダンスも定期的に踊っています。ニールス・シュナイダーは撮影前にアンジュランと、彼のダンス舞台に出てもらって踊りを学んでもらいました。それぞれ6カ月の準備をかけて、撮影で踊ってもらっています。
 
アンジュラン:ヴァレリーと私は映画作りに関して特別な考え方を持っています。体で表現できる映画を作りたい、まさに身体が表すことを示したいのです。例えば、夜に灯りがないところを歩いていても、それが誰かは歩き方で分かります。身体の動かし方で人物像が映し出されますし、その人の意味を表していると思います。顔が表しているようなものを、身体全体が表している映画を作りたいと思いました。
 
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―――原作とは少し設定を変えているところは?本作は原作より両親との関係にフォーカスして、バレエ界の現実を描いているが?
ヴァレリー:映画化にあたり考えたのは、主人公を社会や家族の中に位置づけ、それぞれのつながりを描きたい。成長の物語と共に、自分のダンスの先生が望んでいること、両親が望んでいることを受け入れながら花開いていく設定にしたいと思いました。恵まれない家庭の出身で、ダンスを通じて社会を登りつめていく。ピナ・バウシュなどのように、恵まれない家庭に生まれながら、類まれな才能に恵まれて成功していく姿を重ねながら、映画作りを行いました。
アンジュラン:シナリオを書いている間に主人公ポリーナの周りが男性ばかりだったので、今の時代は女性も描くべきだと考え、女性が目標になるような人物ということで、ジュリエット・ビノシュの女性振付師役を設定しました。実際に振付師になった女性もいらっしゃいますから。少し人生が違っても人物像の本質は変わらないわけで、原作者は「人物像を戻してくれた」と喜んでくださいました。そこが原作から映画を作る時の醍醐味かもしれません。
 
―――主役のアナスタシアさんは非常に目力がありますが、ヒロイン役に選んだ理由は?
ヴァレリー:ダンサーの女性の方には、パリで200人以上、モスクワやサントペテルブルクで300人以上にオーディションでお会いしました。アナスタシアさんの良さはバレエがとても上手で、コンテンポラリーダンスも、とても強い眼差しを持っていたところ。カメラに向かって自分を出し切るように見せることができました。カメラの前に立ちたいという意欲もありましたし、目の輝きの中にはミステリアスな力があり、私たちの想像した主人公ポリーナに近かったのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ポリーナ、私を踊る』“Polina, danser sa vie”
監督:アンジュラン・プレルジョカージュ、ヴァレリー・ミュラー
出演:アナスタシア・シェフツォワ、ニールス・シュナイダー、ジェレミー・ベランガール、ジュリエット・ビノシュ他
10月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開
© Carole Bethuel - Everybody on Deck
 
フランス映画祭2017
 
 
 

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『ノルウェーの森』(10)から6年ぶりとなるトラン・アン・ユン監督の最新作『エタニティ 永遠の花たちへ』が、フランス映画祭2017で上映された。
 
19世紀末、上流階級の家に生まれたヴァランティーヌ(オドレイ・トトゥ)、ヴァランティーヌの息子、アンリの幼馴染で妻となるマチルド(メラニー・ロラン)、マチルドと従姉妹で家族ぐるみで親交を続けているガブリエル(ペレニス・ペジョ)の世代の違う3人の女性を核に、ある家族の100年に渡る歴史を美しい映像で映し出す。自然豊かで、陽光が降り注ぐお屋敷で、次々と生まれてくる子どもたちの成長もきめ細やかに映し出す一方、繰り返される死に、家族の歴史の中で自分の存在の意味を問いたくなる。ピアノやアコースティックギターのシンプルながら上質な音色が、家族の生と死を時に激しく、時に優しく包み込む。映画の流れに身を任せ、映画から与えられるあらゆる美しさ、そして生の輝きを体感できる、とてもエレガンスな作品だ。
 
上映後に大きな拍手で迎えられたトラン・アン・ユン監督は、歓声に笑顔で応え、観客からも美しく、スケールの大きい本作について様々な質問が寄せられた。その模様をご紹介したい。
 

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―――『ノルウェーの森』(10)から久しぶりとなる作品ですが、どこから着想を得たのですか?
実は『ノルウェーの森』を作り終えてから一年後には、『エタニティ 永遠の花たちへ』のシナリオが出来ていたのですが、資金集めに大変時間がかかりました。(このキャストを見れば、容易にお金が集まるのではという問いに)俳優はいつもより低いギャラで受けてくれました。通常平均の10分の1ぐらいのギャラだったのではないでしょうか。
 
―――主演3人の起用について教えてください。
キャスティングは非常にシンプルに進行しました。まず撮影期間にスケジュールが空いていることが第一ですし、その他に重要視したのは、その人たちの顔から人間性が感じられることでした。今回は顔を見せる映画にしたい。つまり、その人生や人間性がその人の顔から感じられる作品にしたいと思ったのです。本作はストーリーらしいストーリー、シーンらしいシーンはありませんし、心理描写を排しています。だからこそ、俳優が現れた時にそこに人間性が現れるようにしたかった。原作を読んだ時に私が感じたエモーションを伝えたいと思いました。リスキーで大胆な方法ですが、あの感情を映画で伝える唯一の方法だと思ったのです。私が感動したのは、時の流れの偉大さでしたから。
 
―――ペレニス・ペショさんとの仕事はいかがでしたか?
唯一私に対してイラついていた女優でした。撮影の最初から、「率直に言って、私は何をしているか分からない」と言っていました。撮影前に役者たちを集めてミーティングをしたのですが、その時点で私がどのように映画を撮ろうか、どのような映画になるのか分かっていませんでした。そこで私が彼らに言ったのは「おそらく撮影期間中、途方にくれたりフラストレーションを覚えたりするだろうが、完成すれば今想像している以上に豊かな表現になっているから」と。私自身も確信はありませんでしたが、撮影はしなければならないので、俳優たちを安心させようとそのように伝えたのです。
 
夜、部屋で袖のボタンをはずすシーンがあったのですが、ペショさんにとってそれが難しかったので、私が例を示しました。すると、できないことに苛立ち、「私はあなたの操り人形じゃないのよ。そんなことをするなんて、私を見下していように感じるわ」と怒るので、思わず謝りました。でも、その後は仲良くなれたのです。
 
―――花のある暮らしがこんなにもステキで幸せであることが、映画から伝わりました。全体的に女性の感覚が盛り込まれているが、あえて女性的視点で撮ったのですか?
原作に感動したので、原作の世界をいかに映画的言語に置き換えるか、洗練された映画表現に移し替えるかを念頭に置きました。『青いパパイヤの香り』がカンヌ国際映画祭で紹介されたときは、私の名前が現地では女性の名前のように見えるらしく、私が檀上に立つと男であることに驚かれました。それからときどき私は冗談で「カンヌで性転換した」と言っていましたね。
 
―――姉妹のしっとりした関係描写は『青いパパイヤの香り』でも描かれていましたね。
私の作品には常に家族というものが登場します。私の家族はベトナム戦争のせいで両親と弟しかいません。私はそれをとても脆いと感じていたのです。ですから原作本の大家族に非常に感銘を受けました。映画では最後に二つの家族が合体し、16人の子どもたちが一緒になって食事をとるシーンがありますが、私がとても感動するシーンなのです。
 

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―――人と風景が調和された映像、映像の美しさだけでなく人間が自然の一部ということに気付かされます。大家族の大きな流れの中で、理不尽な死も含まれるものの、生と死の循環を感じますが、監督自身の持っている世界観は?
映画作家としては人生に対するビジョンを見せる。スクリーンを通して人生を表現することを目指しています。その点で自然は私にとって一つの手段です。人間が感じる感情を視覚的に表すとき、自然が重要な役割を果たしています。みなさんお気づきでしょうが、この映画は永遠から見た視点で語られます。人生のディテールが消え、戦争や家族の詳細が消え、出産、婚約、結婚がどんどん流れていく。こういう方法が時の流れを描く唯一の方法だと思って取り組みました。長い時の流れからみれば、残るものは思い出だけなのです。
 
―――セリフは少ないながらも、音楽がこれからくる死を予感させました。監督はシーンを撮っている時から使用する音楽をきめていたのか?
今回の音楽の使い方は、これまでの私の映画にはないものです。この映画では映像がナレーション的なつなぎ方をしていないので、音楽に物語を語らせることを試みています。音楽が話を語ると言うより、観客が自分で話を紡ぐ助けを音楽がしている訳です。まるで観客が作家になったような気持ちで、映画を観ながら話を紡ぐような仕立てになっています。音楽が観客の持つ美意識を刺激することで、話が生まれてくると思います。
 
今回は、私がいつも聞いている音楽から選んでいます。4分あるような長い曲、例えばフランツ・リストのピアノ曲は映画編集において絵に合わせるのが難しいですが、今回は驚くほど編集した映像に音楽が合いました。あまりにもの一致さに編集担当者が「私があまりにも(映画に合う)曲を知っているので、撮影している時も、その音楽が導いていたのだろう」と仮説を立てていました(笑)。
 
―――人が死んだ後、時の流れに抗う感じで回想シーンがありましたが、その意図は?
この作品は、思い出についての映画です。死の後に見えてくる映像は、生きている人の死者に対する思い出の映像です。私は美こそが残るものだと思います。それは映画においてもそうで、映画が美しいと感じる時は、使われ方が正しいときなのです。どんなに美しい映像を撮ってもそれを使う意義がなければ、人々はインパクトを感じません。私は常に美を心に残して映画館を去ってもらいたいなと思って作品作りをしています。観客が常に持っている美意識のポテンシャルを呼び覚ます作品づくりを心掛けているのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『エタニティ 永遠の花たちへ』“Éternité”
(2016年 フランス=ベルギー 1時間55分)
監督:トラン・アン・ユン
出演:オドレイ・トトゥ、メラニー・ロラン、ペレニス・ペジョ 
配給:コムストック・グループ 
今秋~シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
 
フランス映画祭2017
 

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「見るのが大変なシーンは多いが、私にとって大変なシーンはない」

イザベル・ユペール、唯一無二のヒロインの内面を語る。

 

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『氷の微笑』ポール・ヴァーホーヴェン監督が、イザベル・ユペールを主演に迎え、フィリップ・ディジャン(『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』)原作をオールフランス人キャストで撮りあげた『エル ELLE』。自宅で覆面男に襲われたゲーム会社社長のミシェルが復讐を企てるうちに、自らの知られざる本性が明らかになっていく様をサスペンス調に描いている。イザベル・ユペール演じるミシェルの予測不可の行動は、時にセンセーショナルで、時に滑稽さも滲む。犯人捜しをしているつもりが、いつの間にかミシェルの内面を覗き見たいという衝動に駆られることだろう。
 
フランス映画祭2017での上映後、ポール・ヴァーホーヴェン監督と、主演イザベル・ユペールさんが登壇し、観客から大きな拍手が送られた。2年連続の映画祭来場に観客からは「名誉団長として毎年来場してほしい」とユペールさんにラブコールが起こるなど、熱気あふれる会場で行われたトークショーの模様をご紹介したい。
 

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―――父が連続殺人鬼であることが主人公ミシェルの本性に大きな影響を与えているように感じるが、ミシェルの本当の性格をどう思うか?
ユペール:自分自身を滅ぼしてしまう部分はあるかもしれませんが、この出来事を通じてミシェルはある種の再構築するのではないかと考えています。もしかしたら父が連続殺人鬼なのが、もしかしたらその説明になるかもしれないが、映画ではそのことが必ずしもリンクしているのではなく、それは一つの情報として提供されています。そこは観客の皆さんが自由に解釈していただく部分です。
 
ミシェルはレイプされるという暴力的な出来事を、ポジティブとは言わないまでも、何か自分の頭の中で、自分は誰かということと関連づけていきます。非常に男性的な暴力はどこからくるのか、自分自身が直面することで知りたいと思っているのかもしれません。冷酷さがミシェルの原動力になっている訳ではありません。
 

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―――監督はユペールさんとミシェルのキャラクターについて話し合いをしたのか?
監督:一切していません。どういう風に撮るのかのプランや、レイプのシーンで危険な事故が起こらないような話し合いはしましたが、キャラクターの動機は一切ディスカッションしていません。それはするべきではないと考えていました。フロイト的な分析にしかならず、映画を作る助けにはならないのです。ユペールさんを信用していたので、我々は見ているだけでした。
 
―――ミシェルは幼い頃父親が犯した連続殺人により、トラウマ的体験をしているが、ミシェルのレイプ事件とそれぞれモデルになるような事件はあったのか?
監督:ミシェルが10才のときに経験したことが、その後の彼女にどう影響したのか。レイプ犯とサドマゾ的関係になることと結果的につながるのかは全く小説では描かれていませんし、この映画でもそうです。ミシェルというキャラクターを生み出し、実際に事件を経験した少女が数十年後にどうなるかを筆者は掘り下げて書いていったのだと思います。
父親についてはノルウェーで70名ぐらいの殺人を犯した事件があり、そのキャラクターをベースにしているそうです。
 
―――撮影で一番大変だったシーンは?
ユペール:見るのは大変なシーンはあると思いますが(笑)、私にとって大変なシーンはありません。私にとって一番大変なのは鳥が死ぬシーンです。この映画のテーマは命ですし、こんな小さな命をもミシェルは救おうとする訳で、いかに命が大切かにつながっていきます。
(江口由美)
 

<作品情報>
『エル ELLE』“ELLE”
(2016 フランス=ドイツ=ベルギー 2時間11分)
<監督>ポール・ヴァーホーヴェン
<出演>イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ他
2017年8月25日(土)~TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー
(C) 2015 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS- TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION - FRANCE 2 CINEMA - ENTRE CHIEN ET LOUP
 
フランス映画祭2017は、6月22日(木)~25日(日)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催。
 
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今年で第25回の節目を迎えるフランス映画祭のオープニングセレモニーが6月22日(木)19時30分よりTOHOシネマズ日劇にて開催された。満席の観客を前に、カトリーヌ・ドヌーヴ団長他豪華ゲストに加え、スペシャルゲストとしてフランス映画祭2017親善大使を務める北野武監督も登壇。短い時間ながらフランス映画祭に向けての熱いメッセージが寄せられた。
 

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最初に登壇したユニフランスのジャン=ポール・サロメ会長は「25年間多くの方に来ていただきありがとうございます。今年も多くの方に来ていただけますように。良い映画祭をお過ごしください」と挨拶。同イザベル・ジョルダーノ代表もスポンサーへの感謝の言葉を述べ、カトリーヌ・ドヌーヴの出演作をダイジェスト編集した7分間のトリビュートフィルムが上映された。ブラボーというかけ声の中、新作の『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』主演女優でもある、フランス映画祭2017団長のカトリーヌ・ドヌーヴが登壇し、ひと際大きな拍手が送られた。サロメ会長から贈呈された花束を手に、「25回目の団長を務めることができ、大変うれしいです。今回11作品が選ばれていますが、そのうち4作品は女性監督のもので、大変重い意味を持っています。新しいことであり、私はこのチョイスに賛同いたします。多くの映画を観ていただきたいです。今日はお越しいただき、ありがとうございます」と挨拶したドヌ―ヴ団長は、笑顔で客席からの歓声に応えた。
 
 
引き続き、来日ゲストが紹介され、ポール・ヴァーホーヴェン監督(『ELLEエル』)、イザベル・ユペール(『ELLEエル』主演女優)、カテル・キレヴェレ監督(『あさがくるまえに』)、ダニエル・トンプソン監督(『セザンヌと過ごした時間』)、アンヌ・フォンティーヌ監督(『夜明けの祈り』)、ルー・ドゥ・ラージュ(『夜明けの祈り』主演)、エドゥアール・ベール監督(『パリは今夜も開催中』)、トライ・アン・ユン監督(『エタニティ 永遠の花たちへ』)、マルタン・プロヴォ監督(『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』)ら総勢9名の来日ゲストが揃い、檀上は一気に華やかさに包まれた。
 
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ここで、フランス映画祭2017親善大使の北野武監督が登壇。イザベル・ジョルダーノ代表に「独特のユーモアやポエジーのセンスにインスピレーションを得ている」と紹介された北野監督は、ドヌ―ヴ団長と昨年の団長で今年もゲストとして来場したイザベル・ユペールの大女優に囲まれながら、「どうも遅れましてすいません。安倍晋三です」と得意のシュールな政治ネタを繰り広げ、客席を笑いの渦に巻きこんだ。改めて「25回目ということですが、僕にとってフランス映画はジャン・ギャバンから始まり、セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの『ガラスの墓標』をはじめ、イザベル・ユペールさんやカトリーヌ・ドヌーヴさんの影響を本当に受けています。最近の(日本の)映画事情として親子で楽しめる映画はいいけれど、映画は恋人や友人とそれを観ながら語り合い、お互いの教養を深める役目もあります。フランス映画は一番語りやすく、そして難しい映画です。こうやって大女優と大監督が揃い、25回目を迎えたことは本当におめでたいし、そこに呼んでいただけたのは光栄です」と自身のフランス映画への愛を交えてのスピーチが行われた。
 
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写真左よりイザベル・ユペール、ポール・ヴァーホーヴェン監督(『ELLEエル』)、ジャン=ポール・サロメ会長、アンヌ・フォンティーヌ監督、ルー・ドゥ・ラージュ(『夜明けの祈り』)
 
フォトセッションに引き続き行われたオープニング上映作品『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』の舞台挨拶では、「この映画の中では自由な女性と、自分の家に閉じこもってしまう女性を描いています。私がドヌ―ヴを発見したようにだんだんお互いを見い出す作品です。ドヌ―ヴと一緒にこの場に来ることができ、嬉しく思います。良い映画を!」(マルタン・プロヴォ監督)
「みなさんを感動させ、また笑わせてくれる映画です。人生とは何か、死とは何かをいつもとは違う切り口で伝えている映画です。どうぞお楽しみください」(カトリーヌ・ドヌーヴ)
とメッセージを寄せ、観客から改めて大きな拍手が寄せられた。
 
(江口由美)
 

フランス映画祭2017は、6月22日(木)~25日(日)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催。