映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

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今年で25回目を迎えたフランス映画祭が、6月22日(木)〜 25日(日)まで有楽町にて開催された。 映画祭団長であるカトリーヌ・ドヌーヴほか、イザベル・ ユペール、ルー・ドゥ・ラージュ、トラン・アン・ユン監督、 ポール・ヴァーホーヴェン監督など、そうそうたる顔ぶれが来日、 全12作品中7作品が完売になる盛況ぶりで、 フランス映画ファンにとって充実の4日間となった。


お客様の声をもっと聞きたいという理由から2016年より始まっ た企画として、新作映画11本の中から豪華プレゼントの当たるエールフランス観客賞には、アンヌ・フォンティーヌ監督が新星ルー・ドゥ・ラージュを主演に迎え、第二次世界大戦後ポーランドで起きた衝撃の実話と、その窮地を救ったフランス人女医を描いたヒューマンストーリー『夜明けの祈り』が選ばれた(ルー・ドゥ・ラージュさんインタビューを後日掲載予定)。

『夜明けの祈り』は8月5日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、 新宿武蔵野館ほか全国公開。


『夜明けの祈り』
1945年12月のポーランド。 赤十字で医療活動を行う若きフランス人医師マチルドのもとに、 悲痛な面持ちで助けを求めるシスターがやってくる。 修道院を訪れたマチルドが目の当たりにしたのは、 ソ連兵の蛮行によって身ごもり、 信仰と現実の狭間で苦しむ7人の修道女だった。 そこにある命を救う使命感に駆られたマチルドは、 幾多の困難に直面しながらも激務の合間を縫って修道院に通い、 孤立した彼女たちの唯一の希望となっていく……。

監督:アンヌ・フォンテーヌ
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、アガタ・ブゼク、アガタ・ クレシャ、ヴァンサン・マケ―ニュ
2016年/フランス、ポーランド/フランス語、ポーランド語、 ロシア語/115分/DCP/1.85/ドルビーSR
配給:ロングライド
© 2015 MANDARIN CINÉMA AEROPLAN FILM / ANNA WLOCH

「フランス映画祭2017」

開催日程:2017年6月22日(木)〜25日(日)  
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇  
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

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~バレエからコンテンポラリーダンスへ、

自分だけの踊りを探求したダンサーが辿り着いた表現とは?~

 
祖国ロシアで、両親の望みであるボリショイバレエ団を目指していた天才バレエ少女が、コンテンポラリーダンスとの出会いをきっかけに、自らの進む道を自分で切り開こうと葛藤する。フランスのエクス・アン・プロヴァンス、ベルギーのアントワープと、街並みも異なれば、踊りも異なる場所を舞台に、ヒロイン・ポリーナの成長を描いたダンス映画、『ポリーナ、私を踊る』が、フランス映画祭2017で上映された。
 
ドキュメンタリーや劇映画を手掛けているヴァレリー・ミュラー監督と共に本作の監督を務めたのは、自身もバレエダンサーでコンテンポラリーダンスの振付師でもあるアンジュラン・プレルジョカージュ。オーディションで選ばれた映画初出演のアナスタシア・シェフツォワが踊りだけでなく、その目力で貪欲に自らの踊りを追求するヒロイン、ポリーナを強烈に印象づける。ポリーナの才能を見い出した恩師ボジンスキー役には、ポーランドの名優、レクセイ・グシュコフ。エクス・アン・プロヴァンスのコンテンポラリーダンスカンパニーでポリーナを指導する振付師役、ジュリエット・ビノシュも劇中で伸びやかなダンスを披露。さらにパリ・オペラ座のエトワール、ジェレミー・ベランガールも、本作ならではのダンスで圧倒的な存在感をみせる。EDM (エレクトリック・ダンス・ミュージック)のリズムに乗りながら、挫折から立ち上がったポリーナが初めてのコンテンポラリーダンスの創作に取り組む一連のシーンは、クライマックスにも負けない高揚感を与えてくれるだろう。
 
躍動感溢れる本作の上映後に行われたアンジュラン・プレルジョカージュ監督、ヴァレリー・ミュラー監督を招いてのトークショーをご紹介したい。
 

DSCN5826.JPG―――『ポリーナ、私を踊る』を映画化したきっかけは?
ヴァレリー:原作は、バスティアン・ヴィヴェスのバンド・デシネ(コミック)です。この作品を選んだのは、作家自身をよく知っていますし、彼の仕事ぶりをとても評価しているからです。原作の「ポリーナ」は現代の若い女性の強さを描いています。普通のバレエ物語のような固定観念がないところにも惹かれました。この物語や主人公ポリーヌを通して、だんだん成長し、自分自身を見出だしていく様を語ることができると思い、本作を作りました。ダンスという仕事を通して成長が見えてくるが、小説みたいな冒険を語ることと、ダンスをあまり知らない人にダンスを踊るということがどういうことかを伝えるきっかけになりました。
 
―――共同監督した経緯は?
アンジュラン:バレエの映像は何度も撮っていましたが、ヴァレリーはとても優れた監督でありシナリオライターですから、ダンスを題材にフィクションを作ったら面白いのではないかと思いました。バスティアン・ヴィヴェスのバンド・デシネはとても優れた作品でしたから、プロデューサーが提案してくれた時は、私もすぐにやる気になったのです。
 

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―――ダンサーの起用はどのように行ったのですか?
ヴァレリー:アンジュランと決めたことは例えば頭は俳優だけど、下半身は別というような特写ではなく、本人に踊ってもらうようにしました。オーディションではダンサーで演じられる人か、俳優で踊れる人を選びました。映画とダンスがこういう形で一致して、一緒に歩むことができるようにしたかったし、ダンサーと俳優がお互いにノウハウを分かち合うようにもしたかったのです。ポリーナ役のアナスタシア・シェフツォワも元々バレリーナで、映画は初出演です。また、ジェレミー・ベランガーはオベラ座のエトワールですし、ジュリエット・ビノシュはイギリスのダンサーと一緒に舞台でダンスも定期的に踊っています。ニールス・シュナイダーは撮影前にアンジュランと、彼のダンス舞台に出てもらって踊りを学んでもらいました。それぞれ6カ月の準備をかけて、撮影で踊ってもらっています。
 
アンジュラン:ヴァレリーと私は映画作りに関して特別な考え方を持っています。体で表現できる映画を作りたい、まさに身体が表すことを示したいのです。例えば、夜に灯りがないところを歩いていても、それが誰かは歩き方で分かります。身体の動かし方で人物像が映し出されますし、その人の意味を表していると思います。顔が表しているようなものを、身体全体が表している映画を作りたいと思いました。
 
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―――原作とは少し設定を変えているところは?本作は原作より両親との関係にフォーカスして、バレエ界の現実を描いているが?
ヴァレリー:映画化にあたり考えたのは、主人公を社会や家族の中に位置づけ、それぞれのつながりを描きたい。成長の物語と共に、自分のダンスの先生が望んでいること、両親が望んでいることを受け入れながら花開いていく設定にしたいと思いました。恵まれない家庭の出身で、ダンスを通じて社会を登りつめていく。ピナ・バウシュなどのように、恵まれない家庭に生まれながら、類まれな才能に恵まれて成功していく姿を重ねながら、映画作りを行いました。
アンジュラン:シナリオを書いている間に主人公ポリーナの周りが男性ばかりだったので、今の時代は女性も描くべきだと考え、女性が目標になるような人物ということで、ジュリエット・ビノシュの女性振付師役を設定しました。実際に振付師になった女性もいらっしゃいますから。少し人生が違っても人物像の本質は変わらないわけで、原作者は「人物像を戻してくれた」と喜んでくださいました。そこが原作から映画を作る時の醍醐味かもしれません。
 
―――主役のアナスタシアさんは非常に目力がありますが、ヒロイン役に選んだ理由は?
ヴァレリー:ダンサーの女性の方には、パリで200人以上、モスクワやサントペテルブルクで300人以上にオーディションでお会いしました。アナスタシアさんの良さはバレエがとても上手で、コンテンポラリーダンスも、とても強い眼差しを持っていたところ。カメラに向かって自分を出し切るように見せることができました。カメラの前に立ちたいという意欲もありましたし、目の輝きの中にはミステリアスな力があり、私たちの想像した主人公ポリーナに近かったのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ポリーナ、私を踊る』“Polina, danser sa vie”
監督:アンジュラン・プレルジョカージュ、ヴァレリー・ミュラー
出演:アナスタシア・シェフツォワ、ニールス・シュナイダー、ジェレミー・ベランガール、ジュリエット・ビノシュ他
10月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開
© Carole Bethuel - Everybody on Deck
 
フランス映画祭2017
 
 
 

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『ノルウェーの森』(10)から6年ぶりとなるトラン・アン・ユン監督の最新作『エタニティ 永遠の花たちへ』が、フランス映画祭2017で上映された。
 
19世紀末、上流階級の家に生まれたヴァランティーヌ(オドレイ・トトゥ)、ヴァランティーヌの息子、アンリの幼馴染で妻となるマチルド(メラニー・ロラン)、マチルドと従姉妹で家族ぐるみで親交を続けているガブリエル(ペレニス・ペジョ)の世代の違う3人の女性を核に、ある家族の100年に渡る歴史を美しい映像で映し出す。自然豊かで、陽光が降り注ぐお屋敷で、次々と生まれてくる子どもたちの成長もきめ細やかに映し出す一方、繰り返される死に、家族の歴史の中で自分の存在の意味を問いたくなる。ピアノやアコースティックギターのシンプルながら上質な音色が、家族の生と死を時に激しく、時に優しく包み込む。映画の流れに身を任せ、映画から与えられるあらゆる美しさ、そして生の輝きを体感できる、とてもエレガンスな作品だ。
 
上映後に大きな拍手で迎えられたトラン・アン・ユン監督は、歓声に笑顔で応え、観客からも美しく、スケールの大きい本作について様々な質問が寄せられた。その模様をご紹介したい。
 

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―――『ノルウェーの森』(10)から久しぶりとなる作品ですが、どこから着想を得たのですか?
実は『ノルウェーの森』を作り終えてから一年後には、『エタニティ 永遠の花たちへ』のシナリオが出来ていたのですが、資金集めに大変時間がかかりました。(このキャストを見れば、容易にお金が集まるのではという問いに)俳優はいつもより低いギャラで受けてくれました。通常平均の10分の1ぐらいのギャラだったのではないでしょうか。
 
―――主演3人の起用について教えてください。
キャスティングは非常にシンプルに進行しました。まず撮影期間にスケジュールが空いていることが第一ですし、その他に重要視したのは、その人たちの顔から人間性が感じられることでした。今回は顔を見せる映画にしたい。つまり、その人生や人間性がその人の顔から感じられる作品にしたいと思ったのです。本作はストーリーらしいストーリー、シーンらしいシーンはありませんし、心理描写を排しています。だからこそ、俳優が現れた時にそこに人間性が現れるようにしたかった。原作を読んだ時に私が感じたエモーションを伝えたいと思いました。リスキーで大胆な方法ですが、あの感情を映画で伝える唯一の方法だと思ったのです。私が感動したのは、時の流れの偉大さでしたから。
 
―――ペレニス・ペショさんとの仕事はいかがでしたか?
唯一私に対してイラついていた女優でした。撮影の最初から、「率直に言って、私は何をしているか分からない」と言っていました。撮影前に役者たちを集めてミーティングをしたのですが、その時点で私がどのように映画を撮ろうか、どのような映画になるのか分かっていませんでした。そこで私が彼らに言ったのは「おそらく撮影期間中、途方にくれたりフラストレーションを覚えたりするだろうが、完成すれば今想像している以上に豊かな表現になっているから」と。私自身も確信はありませんでしたが、撮影はしなければならないので、俳優たちを安心させようとそのように伝えたのです。
 
夜、部屋で袖のボタンをはずすシーンがあったのですが、ペショさんにとってそれが難しかったので、私が例を示しました。すると、できないことに苛立ち、「私はあなたの操り人形じゃないのよ。そんなことをするなんて、私を見下していように感じるわ」と怒るので、思わず謝りました。でも、その後は仲良くなれたのです。
 
―――花のある暮らしがこんなにもステキで幸せであることが、映画から伝わりました。全体的に女性の感覚が盛り込まれているが、あえて女性的視点で撮ったのですか?
原作に感動したので、原作の世界をいかに映画的言語に置き換えるか、洗練された映画表現に移し替えるかを念頭に置きました。『青いパパイヤの香り』がカンヌ国際映画祭で紹介されたときは、私の名前が現地では女性の名前のように見えるらしく、私が檀上に立つと男であることに驚かれました。それからときどき私は冗談で「カンヌで性転換した」と言っていましたね。
 
―――姉妹のしっとりした関係描写は『青いパパイヤの香り』でも描かれていましたね。
私の作品には常に家族というものが登場します。私の家族はベトナム戦争のせいで両親と弟しかいません。私はそれをとても脆いと感じていたのです。ですから原作本の大家族に非常に感銘を受けました。映画では最後に二つの家族が合体し、16人の子どもたちが一緒になって食事をとるシーンがありますが、私がとても感動するシーンなのです。
 

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―――人と風景が調和された映像、映像の美しさだけでなく人間が自然の一部ということに気付かされます。大家族の大きな流れの中で、理不尽な死も含まれるものの、生と死の循環を感じますが、監督自身の持っている世界観は?
映画作家としては人生に対するビジョンを見せる。スクリーンを通して人生を表現することを目指しています。その点で自然は私にとって一つの手段です。人間が感じる感情を視覚的に表すとき、自然が重要な役割を果たしています。みなさんお気づきでしょうが、この映画は永遠から見た視点で語られます。人生のディテールが消え、戦争や家族の詳細が消え、出産、婚約、結婚がどんどん流れていく。こういう方法が時の流れを描く唯一の方法だと思って取り組みました。長い時の流れからみれば、残るものは思い出だけなのです。
 
―――セリフは少ないながらも、音楽がこれからくる死を予感させました。監督はシーンを撮っている時から使用する音楽をきめていたのか?
今回の音楽の使い方は、これまでの私の映画にはないものです。この映画では映像がナレーション的なつなぎ方をしていないので、音楽に物語を語らせることを試みています。音楽が話を語ると言うより、観客が自分で話を紡ぐ助けを音楽がしている訳です。まるで観客が作家になったような気持ちで、映画を観ながら話を紡ぐような仕立てになっています。音楽が観客の持つ美意識を刺激することで、話が生まれてくると思います。
 
今回は、私がいつも聞いている音楽から選んでいます。4分あるような長い曲、例えばフランツ・リストのピアノ曲は映画編集において絵に合わせるのが難しいですが、今回は驚くほど編集した映像に音楽が合いました。あまりにもの一致さに編集担当者が「私があまりにも(映画に合う)曲を知っているので、撮影している時も、その音楽が導いていたのだろう」と仮説を立てていました(笑)。
 
―――人が死んだ後、時の流れに抗う感じで回想シーンがありましたが、その意図は?
この作品は、思い出についての映画です。死の後に見えてくる映像は、生きている人の死者に対する思い出の映像です。私は美こそが残るものだと思います。それは映画においてもそうで、映画が美しいと感じる時は、使われ方が正しいときなのです。どんなに美しい映像を撮ってもそれを使う意義がなければ、人々はインパクトを感じません。私は常に美を心に残して映画館を去ってもらいたいなと思って作品作りをしています。観客が常に持っている美意識のポテンシャルを呼び覚ます作品づくりを心掛けているのです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『エタニティ 永遠の花たちへ』“Éternité”
(2016年 フランス=ベルギー 1時間55分)
監督:トラン・アン・ユン
出演:オドレイ・トトゥ、メラニー・ロラン、ペレニス・ペジョ 
配給:コムストック・グループ 
今秋~シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
 
フランス映画祭2017
 

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「見るのが大変なシーンは多いが、私にとって大変なシーンはない」

イザベル・ユペール、唯一無二のヒロインの内面を語る。

 

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『氷の微笑』ポール・ヴァーホーヴェン監督が、イザベル・ユペールを主演に迎え、フィリップ・ディジャン(『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』)原作をオールフランス人キャストで撮りあげた『エル ELLE』。自宅で覆面男に襲われたゲーム会社社長のミシェルが復讐を企てるうちに、自らの知られざる本性が明らかになっていく様をサスペンス調に描いている。イザベル・ユペール演じるミシェルの予測不可の行動は、時にセンセーショナルで、時に滑稽さも滲む。犯人捜しをしているつもりが、いつの間にかミシェルの内面を覗き見たいという衝動に駆られることだろう。
 
フランス映画祭2017での上映後、ポール・ヴァーホーヴェン監督と、主演イザベル・ユペールさんが登壇し、観客から大きな拍手が送られた。2年連続の映画祭来場に観客からは「名誉団長として毎年来場してほしい」とユペールさんにラブコールが起こるなど、熱気あふれる会場で行われたトークショーの模様をご紹介したい。
 

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―――父が連続殺人鬼であることが主人公ミシェルの本性に大きな影響を与えているように感じるが、ミシェルの本当の性格をどう思うか?
ユペール:自分自身を滅ぼしてしまう部分はあるかもしれませんが、この出来事を通じてミシェルはある種の再構築するのではないかと考えています。もしかしたら父が連続殺人鬼なのが、もしかしたらその説明になるかもしれないが、映画ではそのことが必ずしもリンクしているのではなく、それは一つの情報として提供されています。そこは観客の皆さんが自由に解釈していただく部分です。
 
ミシェルはレイプされるという暴力的な出来事を、ポジティブとは言わないまでも、何か自分の頭の中で、自分は誰かということと関連づけていきます。非常に男性的な暴力はどこからくるのか、自分自身が直面することで知りたいと思っているのかもしれません。冷酷さがミシェルの原動力になっている訳ではありません。
 

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―――監督はユペールさんとミシェルのキャラクターについて話し合いをしたのか?
監督:一切していません。どういう風に撮るのかのプランや、レイプのシーンで危険な事故が起こらないような話し合いはしましたが、キャラクターの動機は一切ディスカッションしていません。それはするべきではないと考えていました。フロイト的な分析にしかならず、映画を作る助けにはならないのです。ユペールさんを信用していたので、我々は見ているだけでした。
 
―――ミシェルは幼い頃父親が犯した連続殺人により、トラウマ的体験をしているが、ミシェルのレイプ事件とそれぞれモデルになるような事件はあったのか?
監督:ミシェルが10才のときに経験したことが、その後の彼女にどう影響したのか。レイプ犯とサドマゾ的関係になることと結果的につながるのかは全く小説では描かれていませんし、この映画でもそうです。ミシェルというキャラクターを生み出し、実際に事件を経験した少女が数十年後にどうなるかを筆者は掘り下げて書いていったのだと思います。
父親についてはノルウェーで70名ぐらいの殺人を犯した事件があり、そのキャラクターをベースにしているそうです。
 
―――撮影で一番大変だったシーンは?
ユペール:見るのは大変なシーンはあると思いますが(笑)、私にとって大変なシーンはありません。私にとって一番大変なのは鳥が死ぬシーンです。この映画のテーマは命ですし、こんな小さな命をもミシェルは救おうとする訳で、いかに命が大切かにつながっていきます。
(江口由美)
 

<作品情報>
『エル ELLE』“ELLE”
(2016 フランス=ドイツ=ベルギー 2時間11分)
<監督>ポール・ヴァーホーヴェン
<出演>イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ他
2017年8月25日(土)~TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー
(C) 2015 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS- TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION - FRANCE 2 CINEMA - ENTRE CHIEN ET LOUP
 
フランス映画祭2017は、6月22日(木)~25日(日)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催。
 
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今年で第25回の節目を迎えるフランス映画祭のオープニングセレモニーが6月22日(木)19時30分よりTOHOシネマズ日劇にて開催された。満席の観客を前に、カトリーヌ・ドヌーヴ団長他豪華ゲストに加え、スペシャルゲストとしてフランス映画祭2017親善大使を務める北野武監督も登壇。短い時間ながらフランス映画祭に向けての熱いメッセージが寄せられた。
 

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最初に登壇したユニフランスのジャン=ポール・サロメ会長は「25年間多くの方に来ていただきありがとうございます。今年も多くの方に来ていただけますように。良い映画祭をお過ごしください」と挨拶。同イザベル・ジョルダーノ代表もスポンサーへの感謝の言葉を述べ、カトリーヌ・ドヌーヴの出演作をダイジェスト編集した7分間のトリビュートフィルムが上映された。ブラボーというかけ声の中、新作の『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』主演女優でもある、フランス映画祭2017団長のカトリーヌ・ドヌーヴが登壇し、ひと際大きな拍手が送られた。サロメ会長から贈呈された花束を手に、「25回目の団長を務めることができ、大変うれしいです。今回11作品が選ばれていますが、そのうち4作品は女性監督のもので、大変重い意味を持っています。新しいことであり、私はこのチョイスに賛同いたします。多くの映画を観ていただきたいです。今日はお越しいただき、ありがとうございます」と挨拶したドヌ―ヴ団長は、笑顔で客席からの歓声に応えた。
 
 
引き続き、来日ゲストが紹介され、ポール・ヴァーホーヴェン監督(『ELLEエル』)、イザベル・ユペール(『ELLEエル』主演女優)、カテル・キレヴェレ監督(『あさがくるまえに』)、ダニエル・トンプソン監督(『セザンヌと過ごした時間』)、アンヌ・フォンティーヌ監督(『夜明けの祈り』)、ルー・ドゥ・ラージュ(『夜明けの祈り』主演)、エドゥアール・ベール監督(『パリは今夜も開催中』)、トライ・アン・ユン監督(『エタニティ 永遠の花たちへ』)、マルタン・プロヴォ監督(『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』)ら総勢9名の来日ゲストが揃い、檀上は一気に華やかさに包まれた。
 
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ここで、フランス映画祭2017親善大使の北野武監督が登壇。イザベル・ジョルダーノ代表に「独特のユーモアやポエジーのセンスにインスピレーションを得ている」と紹介された北野監督は、ドヌ―ヴ団長と昨年の団長で今年もゲストとして来場したイザベル・ユペールの大女優に囲まれながら、「どうも遅れましてすいません。安倍晋三です」と得意のシュールな政治ネタを繰り広げ、客席を笑いの渦に巻きこんだ。改めて「25回目ということですが、僕にとってフランス映画はジャン・ギャバンから始まり、セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの『ガラスの墓標』をはじめ、イザベル・ユペールさんやカトリーヌ・ドヌーヴさんの影響を本当に受けています。最近の(日本の)映画事情として親子で楽しめる映画はいいけれど、映画は恋人や友人とそれを観ながら語り合い、お互いの教養を深める役目もあります。フランス映画は一番語りやすく、そして難しい映画です。こうやって大女優と大監督が揃い、25回目を迎えたことは本当におめでたいし、そこに呼んでいただけたのは光栄です」と自身のフランス映画への愛を交えてのスピーチが行われた。
 
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写真左よりイザベル・ユペール、ポール・ヴァーホーヴェン監督(『ELLEエル』)、ジャン=ポール・サロメ会長、アンヌ・フォンティーヌ監督、ルー・ドゥ・ラージュ(『夜明けの祈り』)
 
フォトセッションに引き続き行われたオープニング上映作品『The Midwife(英題)/ルージュの手紙(邦題)』の舞台挨拶では、「この映画の中では自由な女性と、自分の家に閉じこもってしまう女性を描いています。私がドヌ―ヴを発見したようにだんだんお互いを見い出す作品です。ドヌ―ヴと一緒にこの場に来ることができ、嬉しく思います。良い映画を!」(マルタン・プロヴォ監督)
「みなさんを感動させ、また笑わせてくれる映画です。人生とは何か、死とは何かをいつもとは違う切り口で伝えている映画です。どうぞお楽しみください」(カトリーヌ・ドヌーヴ)
とメッセージを寄せ、観客から改めて大きな拍手が寄せられた。
 
(江口由美)
 

フランス映画祭2017は、6月22日(木)~25日(日)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催。
 
 
 
 

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~様々な“人生”が彩るフランス映画の神髄~

 

新作12本の内『愛と死の谷』以外の11本は既に配給が付いており、今夏から来春にかけて公開が決定している。すべてフランスらしい独特な映像表現や人生そのものを描いた深いテーマの作品が多く、新人のオーディションに6か月も掛けたり緻密な脚本に拘ったりと、強い創作意図が感じられる作品ばかり。テレビ局や俳優プロダクション主導のコミックベースの映画ばかり撮っている日本の映画陣は、もっと大人になってほしいものだ。


french2016-finai-550.jpgさて、順位は付けがたいが何度でも観たいと思った作品は、『The Final Lesson(仮題)』(秋)、『奇跡の教室』(8/13)、『太陽のめざめ』(8月)、『アスファルト』(9月)。尊厳ある最期を迎える自由をテーマに、理解し寄り添う愛のカタチを示した感動作『The Final Lesson(仮題)』。重くなりがちなテーマを、笑いの絶えない軽やかな会話を中心に、柔らかな光に包まれた映像で描いた秀作。


french2016-6-27-kisekino-550.jpg子供の可能性を信じ、忍耐強く見守り指導していくことの尊さを教えてくれた『奇跡の教室』と『太陽のめざめ』。実話を基にした『奇跡の教室』は、移民の多い混沌とした教室の生徒たちに、ナチスのユダヤ人虐殺という歴史に向き合わせることで、真実を知ることの重要性と生きていることの幸せを実感させる感動作。

 


french2016-taiyouno-550.jpg一方、『太陽のめざめ』は、不良少年の更生を通して、だらしない母親や長年忍耐強く指導してきた判事や指導員などの周囲の大人たちの在り様を描いている。カトリーヌ・ドヌーヴやブノワ・マジメルというベテラン演技派に拮抗していたのが、少年役に大抜擢されたロッド・パラドだ。建具師の訓練を受けていた時にスカウトされた17歳の新人(今年20歳)が放つ鋭い眼光の変化は、少年の更生を繊細に物語る。『モン・ロワ』で主演し、昨年のカンヌ国際映画祭でルーニー・マーラーと共に主演女優賞に輝いたエマニュエル・ベルコによる、緻密な脚本と演出が光る感動作。


french2016-6-25-asfalt-550.jpg孤独な心の隙間を埋める真心がもたらす奇跡のような愛情物語を3つのエピソードで綴った『アスファルト』。パリ近郊の古い団地に住む孤独な3人に、イザベル・ユペールやヴァレリア・ブルーニ・テデスキにマイケル・ピットという豪華俳優が、それぞれ“落ちる”をキーワードに絡んでいく。飄々とした単調な流れの中に熱い感情がこみ上げてくる、人間讃歌の物語。個人的には一番好きな作品。


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巨匠クロード・ルルーシュとフランシス・レイによる現代版“男と女”の『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』(9月)。サンクチュアリーな風情のインドを舞台に、大使夫人と自己愛の強い音楽家とのラブストーリー。悠久のガンジスの流れや雑踏のシーンでもルルーシュ監督らしい流麗さが際立つ。エンディングがまたシャレてていい。


同じく、男と女のままならぬ人生を描いた『モン・ロワ』(来春)は、『太陽のめざめ』を監督したエマニュエル・ベルコがヴァンサン・カッセル相手に熱演。時には、過ぎ去った日々を振り返るリハビリの期間が、人生には必要なのかもと思わせる映画。


french2016-aitosino-550.jpg家族の秘密と再生を描いた①『めぐりあう日』(8月)と②『ミモザの島に消えた母』(7/23)、『愛と死の谷』。①と②は母親の不在に心を開放できず他者を愛せないアダルトチルドレンが主人公。大人の都合で封印された過去により子供は深く傷つき、さらに成長後にも影響を及ぼす悲しみが滲む。イザベル・ユペールとジェラール・ドパルデューが14年ぶりの共演となった『愛と悲しみの谷』は、気温50℃という酷暑のデスバレーで撮影された逸品。自殺した息子が引き合わせた元夫婦の再生を描いている。


サーカスの見世物から芸術家として生きようとした初の黒人道化師の人生を描いた実話『ショコラ(仮題)』(来春)。実際に起きたボンベイ同時多発テロ事件に遭遇した少女の恐怖の生還と、その後の心境を静かに描いた『パレス・ダウン』(7月)。そして、無表情な女性たちと少年たちしかいない島での驚愕の秘密を描いたスリラー『エヴォリューション(仮題)』(11月)。フランス映画らしい映像で物語る多彩なラインナップは今年も健在だった。


(河田 真喜子)

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『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督トークショー
 
貧困層が暮らすパリ郊外の高校の問題児クラスが、ベテラン歴史教師に導かれ「アウシュビッツ」という難しいテーマの歴史コンクールに参加し、生まれ変わる様を実話を基に描いた『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』。8月6日からの劇場公開を前に、6月27日フランス映画祭2016で上映が行われ、上映後はマリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督によるトークショーが行われた。日本の観客の皆さんがどう観て下さるのか、感想を聞くのを楽しみにしていたというシャール監督。高校三年生だったアハメッド・ドゥラメさん(本作でもマリック役で出演)が監督に送った自らの体験による脚本が全ての始まりだったという本作のメイキング秘話や、アウシュビッツの生存者として歴史を継承する語りを行っているレオン・ジゲルさんが作品に参加したことにより生徒たちに与えた影響など、たっぷり語ってくださった。その模様をご紹介したい。
 

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―――事実を基にした物語ですが、この題材とどうやって出会い、映画化に至ったですか?
マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督(以降、シャール監督):前作で『はじめてのとき“MA PREMIERE FOIS”』という映画を撮りましたが、そこでも若い男の子が出演しています。今回マリック役で出演もしているアハメッド・ドゥラメさんが高校生の時、私の映画を観てくれました。彼は当時高校三年生で映画が大好きでしたが、この映画の題材となっているプレテイユという街に住んでおり、あまり映画文化に触れられない中、自分の中でその思いを高めていたのです。彼は映画の世界に入りたいと思い、実際にシナリオを書いていました。プロに見てもらいアドバイスが欲しいと、インターネットで調べた色々な監督にメールを出したのです。私にも「脚本を読んでほしい」とメールが届いたので、了承し読んでみました。映画で取り上げたのではないコンクールでしたが、それをきっかけに学生がポジティブに生きているという内容でした。そこで、なぜこの脚本を書いたのか会って話を聞いてみたいと思ったのです。アハメッドさんは「抵抗と習慣」に関するコンクールに出たことで、自分の人生が変わったと話してくれました。これは面白いと思い、一緒にシナリオを書くことになったのです。
 

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―――出演者のアンサンブルが素晴らしかったです。主な出演者はどのように選ばれたのですか?
シャール監督:オーディションを2種類行いました。プロの俳優用と、現場に行き学校で声を掛けるという方法のオーディションです。舞台となっている郊外のクレデイユで探しました。結果的に出演者の半分は少し経験のある若い俳優で、半分は高校生です。夏休み中に映画に出てみたいという人が含まれています。オーディションでは全員に会い、特に個々のパーソナリティーをしっかり見ました。シナリオを書いている時は、今の高校2年生を取材したのですが、それと同じ多様性のあるクラス、今の高校と同じようなクラスという形にしたかったので、それぞれのキャラクターが非常に有用でした。
 
 
―――最初にこの映画でアウシュビッツという言葉が字幕に出てきますが、フランス語ではどういう言葉を使っているのでしょうか?
シャール監督:アウシュビッツという言葉はフランス語でもきちんと使っています。今、子どもたちは色々な情報や映画、テレビ番組があるにも関わらず、ショアやアウシュビッツが本当に何なのかよく分からないのです。このコンクール(レジスタンスと強制収容についての全国コンクール)は防衛省が主催しており、毎年5万人の生徒が参加しています。若い世代にアウシュビッツを忘れてもらわないためのものです。
 
 
―――ゲゲン先生役のアリアンヌ・アスカリッドが素晴らしいですが、キャスティングの経緯は?
シャール監督:はじめからアリアンヌ・アスカリッド考えていたわけではありません。アスカリッドさんはロベール・ゲディギャン監督作品ばかりに出ており、私の作品には出てくれないだろうと思っていましたが、たまたま会い、シナリオを読んでもらうことができました。アハメッドと脚本を書いている時、実際にコンクールを指導していた先生に会い、アスカリッドさんと重なる部分がすごくあったのです。人間性豊かで、教師として皆をまとめて管理する一方、色々なことを伝えていかなくてはいけない。本物の先生はそういう立派さをもっており、それとつながる部分がアスカリッドさんにはありました。またお父様がレジスタンスで活動されていたとお聞きしたので、是非ゲゲン先生役をやっていただきたいと思ったのです。
 
 
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―――荒れていた生徒たちが真剣に取り組むようになったのは、先生のすばらしさであり、理性的な判断と学生たちの気持ちを理解する姿勢でした。特に、情緒的な人間関係の大切さを知るという意味で、ショアの生き残りの人たちの話、記念館を見ることに監督の力点があったのでしょうか?
シャール監督:今回、脚本だけでなく本作に出演したアハメッドは両親がマリ出身です。今まではフランスの学校で歴史を知っても、自分の歴史と思えなかったけれど、このコンクールを通して歴史を感じられるようになったと話してくれました。それはアハメッドだけでなく、他の生徒も感じていることです。レオン・ジゲルさんは元々高校で自分の体験を語ってくれていましたが、映画にも出演してほしいとお願いし、当時クラスで聞いたのと同じ話をしてもらいました。それによって、生徒たちが歴史を自分のものと感じることができるようになったのだと思います。
 
アハメッドはまた、コンクールに参加することにより、教室の他の人にも目を向けることができるようになったと言っていました。皆で同じプロジェクトに取り組むことで、周りと話し合い、理解をするようになるのが先生の狙いでした。レオンさんが話をすることで、歴史が本でもドキュメンタリーでもなく人間になったのです。彼は、「私があなたたちの年の頃こんなのだった。生きるとはどういうことか、仲間を大事に知るとはどういうことか。ありふれた人種差別をやめるように。肌の色や宗教で差別することをやめよう」と語ります。その話を聞いた全ての生徒が、歴史を理解することができるようになったのです。
 
 
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―――アハメッドさんとの共同作業や、彼が学んだこと、監督自身が刺激されたことは?
シャール監督:まず、アハメッドをよく知ることから始めました。文化も宗教も皮膚の色も性別、年齢も違いますから。この物語はとても面白いと思ったので、彼が体験したことをそのまま映画にしたいと思い、彼の自宅で何時間も過ごしましたし、彼が何を好きなのか、映画はどういうものを見るのか、質問、観察をし、協力し合いました。私が一つのシーンを思いついて書いたら、彼にアドバイスを求め、今の高校生がそのような言い方をするかどうかチェックしてもらい、ピンポンのようなやり取りをし続けました。アハメッドは俳優希望だったので、大学入学資格試験(バカロレア)で合格したら出演させてあげるという条件をつけました。受かるかどうかドキドキしましたが、無事合格できてよかったです。
 
 

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―――アドリブの部分をどれぐらい入れたのでしょうか?またこの映画を作るのに、どれぐらいの時間をかけたのでしょうか?
シャール監督:オーディションに6カ月、準備に8週間、撮影に8週間かけました。生徒たちが自発的に話し、イキイキした場面が重要でしたので、全くリハーサルをしなかったシーンもありました。ゲゲン先生が「コンクールに参加しましょう」と言ったときに学生たちが矢継ぎ早に質問をし、冗談を交えるシーンは、完全なアドリブです。重いテーマですが、その中にもユーモアがある彼らの様子を、検閲のようにチェックはせず、使っています。また、カメラは常に3台用意し、自発的に出てきたものを捉えるようにしています。レオン・ジゲルさん(アウシュビッツの生存者)の語りのシーンは完全に本当の講演でした。4台のカメラで1回撮りをし、高校生たちの生の反応を捉えたのです。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
 

<作品情報>
『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』“Les Héritiers”
(2014 フランス 1時間45分)
監督:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
2016年8月6日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、8月13日(土)~テアトル梅田、今秋~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開
公式サイト⇒http://kisekinokyoshitsu.jp/
(C) 2014 LOMA NASHA FILMS - VENDREDI FILM - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - UGC IMAGES -FRANCE 2 CINEMA - ORANGE STUDIO
 
フランス映画祭2016(東京会場)は、6月24日(金)~27日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇にて開催。以降、大阪、京都、福岡会場にて順次開催
 
 

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『めぐりあう日』ウニー・ルコント監督トーク@フランス映画祭2016
 
長編デビュー作『冬の小鳥』で孤児となった9歳の少女の“旅立ち”を繊細なタッチで描いたウニー・ルコント監督。その最新作『めぐりあう日』では、フランスの港街ダンケルクを舞台に、生みの親を知らずに育った主人公エリザと実母アネットが運命の糸に手繰り寄せられる物語を、詩情豊かに描いている。二人の接点となるエリザの息子、ノエの存在や、理学療法士として働くエリザのもと患者として訪れたアネットに施術を施す際の親子のスキンシップを思わせるゆったりとした描写など、手掛かりや象徴的なことがらを忍ばせながら、豊かな映像が観る者を包み込む。親を知ること、親になること、そして親と触れ合うことの意味を静かに語りかける秀作だ。
 
本作の上映後、ウニー・ルコント監督が登壇し、作品の設定や音楽について語ってくれた。その模様をご紹介したい。
 
 
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―――どのようなところからストーリーが生まれたのでしょうか。
ルコント監督:元々この映画を作ろうと思ったのは、実母と捨てられた娘が再会したときどうするかという発想から生まれました。前作『冬の小鳥』の30年後を想定し、(子どもを)捨てた側と捨てられた側がどうなるのかを描きたかったのです。再会とはいっても、お互い母と娘と知らずに再会させることで、ドラマチックな部分が加えられます。お互い認知しあう映画にしたいと思い、実の母には巡り合ったものの、彼女は子どもを産んだことを否定しているところから始めました。脚本はアニエス・ドゥ・サシ―さんと一緒に仕上げましたが、どういう枠組みで再会させるのかを話し合いました。最初アネットがエルザを施術するとき、腕の中に抱くシーンは、私自身が接骨院の患者として施術されて体験したことです。実際に、体も心も穏やかになれたので、この設定を使いたいと思いました。
 
―――ヒロインを理学療法士という職業に設定した理由は?
ルコント監督:実際に私が施術してもらったのは接骨院ですが、(フランスでは)あまりポピュラーではないので、アネットのような人物はむしろ理学療法士にかかるのではと思い、設定を変えました。このように職業を設定し、後になって様々な意味が生まれてくることが分かりました。主人公のエリザは乳児で捨てられてしまったので言語を話す前に捨てられたショックを味わっており、実母以外の様々な人を介して今がある。大人になってからトラウマのようになっていますが、職業で人と肌を触れ合っているのです。患者を施術しながらも、自分自身のトラウマを癒している意味合いが含まれると思いました。
また、個室で施術するという特殊な職業なので、親密な場で母が娘の前に体をさらけだし、母が本来なら子どもを抱えたように、この職業のおかげで娘が母を抱いて施術をするのが面白いと思いました。もう一つ理学療法士という設定にして含ませることができたのは、母の裸体を施術するときに、子どもが母のお腹の中にいた記憶で何かが分かるのではないかというサスペンス的な意味合いも持たせました。それぞれの体の記憶が呼び覚まされるようなハラハラする部分を感じられるかと思います。
 
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―――主演のセリーヌ・サレットさんが素晴らしいですが、彼女を起用した経緯は?
ルコント監督:セリーヌ・サレットさんはフランスでは有名で、今、非常に力を発揮されています。起用の理由としては、ビジュアル的なインパクトが一番大きいです。いくつかの作品を拝見し、スクリーンでの存在感を考えてエリザは最初から彼女と決め、脚本を送りました。カメラテストもなく私からオファーしたのです。今まであまり演じたことのないような抑え気味で控えめだが存在感が光る、アジア的な演技をしてくれたと思います。
 
―――何度も繰り返されるピアノの音色が印象的でした。どういう意図で音楽を作ったのでしょうか?
ルコント監督:シナリオを書いている時から、音楽は絶対必要である一方、BGMではなく重要な役割を持たせたいと考えていました。イブラヒム・マーロフさんの「ベイルート」という音楽が素晴らしく、彼は映画的に映える音楽を作る人だと思いました。作品の登場する人物は、それぞれ人に言えないことを抱え、沈黙の中生きている人が多いので、その内面を表現し、登場人物に寄り添う音楽を使いました。イブラヒムさんとこの映画の音楽を作るにあたり、オーガニックミュージックを念頭に置きました。ダンケルクが舞台なので、海や赤レンガなどのイメージや、エレクトロニックの要素も加えましたし、設定や映像のことを話しながらディスカッションを重ねました。音楽はキーとなる役割で、血液のように不可欠なものです。1度目の編集が終わった時点でスタジオに持っていき、映像を見ながらピアノで作曲をしてくれました。ある程度構想はしていたようですが、しっかりと掘り下げて作ってくれたのです。
 
 
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―――ダンケルクは第二次世界大戦後半の戦場となった場所ですが、この場所を舞台にした理由は?
ルコント監督:この映画を撮影するまで、私自身はダンケルクを知りませんでした。第二次世界大戦で破壊された後、再建された街です。以降も衰退と再建を続けてきたところが気に入りました。また海があるのも景色的に必要で、人のいない浜辺や広い空が心象風景として効果的だと思い選びました。映画でナレーションはしていませんが、80年代に産業が栄えた後オイルショックで衰退し、移民労働者が増えたりという部分も社会的背景として感じてもらうのに効果的な街です。
 
―――原題は“Je vous souhaite d'être follement aimée”と長いですが、このタイトルが意図したことは何ですか?
ルコント監督:原題のタイトルは「狂おしいほどあなたが愛されることを私は祈っている」という長いものですが、これはアンドレ・ブルトンの『狂気の愛』に出てくる父が娘にあてた手紙に出てくる最後の文章を抜粋し、ポエトリーリーディングとして登場させています。このタイトルや劇中のポエトリーリーディングはメッセージという意図はありません。エリザの父がエリザに語っているという訳でもありません。これは映画自体が発する言葉と捉えています。最後にエリザの人生に寄り添い、新しく問いかける特殊な存在なのです。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
 

<作品情報>
『めぐりあう日』“Je vous souhaite d'être follement aimée”
(2015 フランス 1時間44分)
<監督>ウニー・ルコント
<出演>セリーヌ・サレット、アンヌ・ブノワ、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、フランソワーズ・ルブラン、エリエス・アギス
2016年7月30日(土)~岩波ホールほか全国順次公開
©2015 – GLORIA FILMS – PICTANOVO
 
フランス映画祭2016は、6月24日(金)~27日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催!
 

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塚本晋也監督も絶賛!厳格な映画づくりから生まれる映像美『エヴォリューション』 ルシール・アザリロヴィック監督×塚本晋也監督トーク@フランス映画祭2016 マスタークラス
 
フランス映画祭2016で27日に最新作『エヴォリューション』が上映されるルシール・アザリロヴィック監督。マスタークラス第2弾として26日アンスティチュ・フランセ東京にて、04年にサン・セバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞した『エコール』が上映され、アザリロヴィック監督と親交の深い塚本晋也監督(『鉄男』『野火』)を招いてのトークショーが行われた。
 
塚本監督との出会いは、現在パートナーのギャスパー・ノエ監督と訪れたアヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭(フランス)だったというアザリロヴィック監督。その時の様子を「『鉄男』を初めて見て、絶対に会いに行かなくてはと思い迫って行ったので、塚本監督は怖かったと思う。当時はまだ英語を話せなかったけれど、心はつながった」と語ると、塚本監督も、「映画祭で最初に会ってから、こんなに長く(付き合いが)続くのはびっくり。ギャスパー・ノエの隣にいたのがルシール。『ミミ』の前作の短編も見せてもらい、すごく暗い作品だが「ダークビューティフル」というと喜んでくれた」と当時の思い出を語った。
 
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塚本監督作品については「新しいものを発明する実験的作品で、楽しさも感動も呼び、とても自由に作っている」と評したアザリロヴィック監督は、更に「監督も、俳優も、ライトも編集も制作もやってしまうオーケストラマン。『野火』は配給までやっているなんて信じられない」とその多彩さを絶賛。また『野火』についても、「戦争を語っていながら、メンタルや精神的なもの、現代的なものも含まれており、とても好き」と感想を語った。
 
一方、アザリロヴィック監督の『エコール』について、「ルシールがそのまま映画になったような感じ」と表現した塚本監督は、「ほとんど幼女のような少女の物語を俯瞰ではなく、ルシールがそこにいてそのまま撮っているように見える。少女たちに色々な年齢の層が垣間見え、この雰囲気は何なんだろうと思って観ていく。特殊な空間にあるように見えるが、少女が大人になっていく姿をシンボライズするとこうなるのかと思った」。森の中、少女だけの寄宿舎を舞台にした物語である『エコール』を「少女の視線で捉えた世界を見せたかった」としたアザリロヴィック監督は、「かなり自伝的な部分を含めた映画。10代の観客は自分たちが生きている世界と捉えてくれた一方、大人の観客からは変な世界と言われ、感想が分かれたのは面白かった」と映画の反応も含めた狙いを語った。
 

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また塚本監督は、「僕はもっと頑張らなければと励まされる」とアザリロヴィック監督の映画作りの厳格さを絶賛し、そのモチベーションを保つ秘訣を思わず質問。それに対し、アザリロヴィック監督は、「映画作りは自分を守り導くため、自分なりのルールを作っている。ストーリーボードを作らない。なるべく固定で長回しで撮るなど、自分に禁止事項を課し、そぎ落として映画作りをしている。照明のプロジェクターや、音響効果も使わないので映画自体もミニマリストの作品ができる」と持論を展開した。
 
『エコール』はスーパー16で撮影し、「私にとっては映画=フィルム。その方がイキイキし、カメラワークが流れるようになる。特にメンタルな世界なので、抽象的な世界にはスーパー16の方が感じをだせる」と作品世界を表現するためフィルムを選択したというアザリロヴィック監督。『エヴォリューション(仮)』はデジタルで撮影しているが、塚本監督曰く「最初の海の映像があまりにもきれいなので、35ミリで撮ったのかと思った」と絶賛するほどの出来栄え。「撮影監督は素材感があり、有機的な映像を作りたいと考えており、カナリア諸島で撮影した。水中のシーンはいつもドキュメンタリーで鮮明な映像を撮っている水中専門カメラマンだったので、今回は汚い感じにとお願いした。わざわざ海底の砂をかき上げて撮影している。魚を撮らないでとお願いしたので、変に思われていたかも」と独特の風合いを出すためのエピソードを披露し、会場の笑いを誘った。
 

fff2016master3.jpgフィルムからデジタルに移行することで編集の仕方も変わったという塚本監督は、「編集している間に傷が入ってがっかりすることもあった。書道のような気分で一発勝負だった」と8ミリ時代の編集の苦労を身振り手振りで披露すると、アザリロヴィック監督は「フィルムの編集は物理的に流れが感じられるが、デジタルに変わったときの編集が難しかった。前はよく考えてからカットしていたが、今はまずカットしてから考える」とフィルムとデジタルの違いを編集面から改めて語った。

 
フィルムであろうが、デジタルであろうが、映像美が圧倒的な力を持って、観客に伝えられることがある。時代を越えて様々な方法を模索しながら、強烈な個性を放ち続けるルシール・アザリロヴィック監督×塚本晋也監督トークに、最後は観客から大きな拍手が送られた。
 
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ルシール・アザリロヴィック監督『エヴォリューション(仮)』上映&トークは、27日(月)14:00から。
(江口由美)
 

フランス映画祭2016は、6月24日(金)~27日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催!
 

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『The Final Lesson(仮題)』パスカル・プザドゥー監督、主演マルト・ヴィラロンガトーク@フランス映画祭2016
 
家族に92歳の誕生日を祝われた主人公が、その場で宣言したのは2か月後に「死ぬ」ことだった…。助産婦として、人生の様々な局面で自由を求めて闘ってきたマデリーンが自分らしく死ぬ「尊厳死」を求めて人生最後の闘いに挑む様子を、娘や息子、孫たちの葛藤と共に描いたヒューマンドラマ『The Final Lesson(仮題)』。マデリーン役を演じたマルト・ヴィラロンガの老いることに抗えない自分を受け入れながらも、自分らしさがあるうちに死にたいと強く願う姿や、娘のディアーヌを演じたサンドリーヌ・ボネールの母の最期の願いを叶えるかどうかで葛藤する姿など、どちらの立場からも観る者が感情を重ねることができる。肉親たち以外にも、マデリーンの身の回りの世話をしているアフリカ系黒人のヴィクトリアが、マデリーンの意思を尊重し、アフリカの風習を引き合いにだしながら死について語る場面も興味深い。「自分の死に方は自分で決める」を貫くマデリーンの姿は、老婆が主演の物語とは思えないぐらい力強く、そして人生の終わり方がいかに大事なものかを教えてくれるのだ。
 
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本作の上映後、パスカル・プザドゥー監督、主演マルト・ヴィラロンガさんが登壇し、原作(実話)部分に加えた映画ならではの設定や、「尊厳死」というテーマを映画として見せる工夫について語ってくれた。その模様をご紹介したい。
 

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―――フランスでは有名な実話を元にしていますが、映画化した理由は?
プザドゥー監督:原作を読み、大変美しい物語だと思いました。人生についてのベーシックなことが書かれています。愛する人を失うと後悔しますが、愛する人の選択を受け入れることで、後悔をしない人生を送ってほしいという思いで作りました。
マルト・ヴィラロンガ:この役のオファーが私に来た時はとてもうれしく、絶対他の人に取られたくないと思いました。第一印象はみなぎる力強さを感じました。全ての人に起こる話ですし、身内の人が受け入れるのは難しいけれど、このようなケースもあることをこの映画に参加することで伝えることができ、うれしいです。
 
―――主人公と同年代の祖母がいるので、非常に興味深く拝見しました。重いテーマながら笑える要素を挟み込んだ演出について、お聞かせください。
プザドゥー監督死という重大なテーマですが、それをみなさんに紹介できる形で伝えたいという私の強い意思がありました。そこには軽い要素が必要です。深刻さにも軽さがあり、それがあるからこそ深みも出ます。笑いを誘うことを取り入れることで、あまり深刻にならないようにし、編集時にも非常に気を遣いました。
マルト・ヴィラロンガあまり深刻に考えないように心がけました。できるだけ役柄に溶け込み、脚本を読み込んで、あまり深刻ぶらないようにしました。人生は笑う時もあれば、涙するときもある。そのようなことを忘れないように、考え込み過ぎず、自然に演じることを心がけました。
 

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―――映画ではあえて語られなかったが、マドレーヌとジョルジョ(初恋相手で以来現在まで文通を続けている)の関係はどのように想定したのですか?恋多き女性と描かれていますが。
プザドゥー監督実話を元にしており、それから脚本を書いたのですが、ジョルジュは創作しました。冒頭に死を宣言しているので、途中で観客もダレてしまいます。サスペンスのようなこと、つまりマドレーヌがジョルジュに会いに行くことで、心が動き、もしかしたら自殺できないのではないかと観客に思わせたかったのです。この世を去る前に、友達に会いに行くとよく聞くので、初恋の人に会いに行くという設定にし、象徴的に扱いました(原作では尊厳死決行前に、フランスを一周して友達に会いに行っている)。 
 
 
―――音楽の使い方が印象的でした。病室で使われる『そして今は』や、ラストシーンからエンディングロールにかけてアフリカの歌などを採用した理由は?

 

プザドゥー監督音楽は私にとって一種の魔法です。映画は映像で訴えかけますが、会話や音楽を取り入れることで魔法が生まれます。『そして今は』は素晴らしい詩でびっくりするような内容です。病気のフランス人高齢者がとても素朴に会話をしているところにその曲はぴったりだと思ったのです。ただ使用権を巡って、とても闘いました。というのも、『そして今は』を歌ったジルベール・ベコーの奥様が、作品の内容が悲しすぎると使用許可をなかなか出してくれなかったのです。ただ、出来上がった映画を観た後、「あなたが頑張って一生懸命この曲を使いたいという意味が分かった」と納得してくれました。
 
 
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―――扱いにくいテーマをなめらかに、ついジュースと一緒に飲んでしまったような、素晴らしい作品でした。この映画では老衰を避けたいという西洋的な考え方が背景にあり、東洋の老いて、枯れて、自然に消えていく死についての考え方との違いを感じましたが。
プザドゥー監督ヨーロッパでは死について語ることを避けますが、日本では『楢山節考』のような作品もあり、死を受け入れる文化だと思いました。マルト・ヴィロンガが演じたマドレーヌは闘いの人でした。助産婦として闘い、人生で強く自分の意思を持って生きていました。原作者は、本作のマドレーヌとは違い、身体が痛くて麻痺が始まっていました。寒くて眠れぬ夜が何度も過ごし、自分でできることが少なくなり、死を目前に見ていた訳です。朽ちていく姿を後に残したくない。そんな自分の意思を持って生きていた人でした。
 

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―――親しい人を亡くす際、受け入れる方の立ち位置も難しいですが、娘ディアーヌとは別の意味でマドレーヌを見守る人物として、アフリカ系女性のヴィクトリアを登場させていますが、その意図は?
プザドゥー監督実話では二人の姉がおり、家事の手伝いをほとんどしていたとお聞きしました。映画では、母と娘という関係を描くためにディアーヌを登場させたので、二人目は家事を担当する人物で、より間接的な関係としてヴィクトリアを登場させました。これが面白いというだけでケラケラ笑ったり、アフリカ的価値観を持つ間接的な距離感の登場人物です。彼女の存在は重苦しい中にフレッシュ感を取り入れてくれます。
 
 
―――孫のマックスも祖母のマドレーヌに気遣いを見せますが、彼の感情はどのように演出したのですか?
プザドゥー監督すべての世代を映画に登場させたいと思いました。祖父母、両親、青年、子ども。青春期にいるのがマックスで、フランスでは小さい時によく子どもを祖父母に預けるので、なついているのです。ずっといるものと思っていたのに(死によって)消えてしまうことが感覚的に分からないのです。最初マックスはマドレーヌが死ぬことを反対しますが、次に受け入れ「どうしてわかってあげないの」「自由が大切」と両親に言い放ちます。ところが他の人たちが受け入れ始めた時に拒否に回り、最後にまた受け入れます。大人たちの言うことに反対する思春期の行動をマックスに込めました。若い人にも観てもらいたいですから。
マルト・ヴィラロンガフランスでの上映を観た小さい子が映画館からでるとき「来週おばあちゃんの家に、ご飯食べにいこう」と言ったのを聞き、嬉しく思いました。
 
 

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―――最後に、メッセージをお願いします。
プザドゥー監督今回日本に来ることができ、みなさんに私の映画を観ていただくことができたことに心から感謝を申し上げます。この作品で、死についてポジティブに考えてもらえたらうれしいです。
マルト・ヴィラロンガ皆さまが良かったと思ってくれることが私たちにとって大きな喜びです。難しいテーマですが、私たちが映画を作ったメッセージを皆さんに理解していただき、この作品をきっかけに(死について)話ができればいいと思います。映画では様々な立場で意見を言う人がいます。観ていらっしゃる方も、それぞれの意見で共感しながら観ていただいたのではないでしょうか。そういう形で映画の中に入ってくださること、この映画を作り、日本まで持ってきてみなさんに観ていただいたことを大変うれしく思います。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
 

<作品情報>
『The Final Lesson(仮題)』“La Dernière leçon”
(2015 フランス 1時間46分)
監督:パスカル・プザドゥー
出演:サンドリーヌ・ボネール、マルト・ヴィロンガ
2016年~シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
©Jean-Marie Leroy
©2015 FIDÉLITÉ FILMS - WILD BUNCH - FRANCE 2 CINÉMA - FANTAISIE FILMS
 
フランス映画祭2016は、6月24日(金)~27日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催!