映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

2013年11月アーカイブ

escape-550.jpg『エスケープ 暗黒の狩人と逃亡者』@【第5回京都ヒストリカ国際映画祭】にて上映

 

原題:Flukt
(2012年 ノルウェー 1時間22分)
監督:ローアル・ユートハウグ
撮影:ジョン・クリスティアン・ローゼンルンド
出演:イングリッド・ボルゾ・ベルタル、イザベル・クリスティーネ・アンドレアセン、ミッラ・オリン、ビョルン・モーアン、トビアス・サンテルマン


 ~急峻なフィヨルドの山々を舞台にした、凶暴な女山賊から逃げる少女の勇気と優しさ~

 


 

 昨年の《第4回京都ヒストリカ国際映画祭》では、とても珍しい時代劇映画が見られた。中でも、13世紀初頭イングランドのロチェスター城を舞台にしたマグナ・カルタ(大憲章)調印後のジョン王と貴族たちとの攻防戦を描いたイギリス映画『アイアンクラッド』や、ロマノフ王朝誕生直前の1612年、ロシア征服を目論む大国ポーランド軍との迎撃戦を描いたロシア映画『1612』は、知られざる歴史上の激戦をダイナミックな史劇アクションとして大いに楽しめた。

escape-2.jpg  今年の新作の中で特にオススメしたいのはノルウェー映画『エスケープ 暗黒の狩人と逃亡者』である。『ハンガー・ゲーム』のように少女が強敵と戦うストーリーだが、弓矢も射られなかったような少女が無慈悲な山賊から必死で逃げて、逃げて、さらにある約束を守るために復讐するというサバイバル・スリラー・アクション。『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル』などハリウッド超大作のVFXスタッフが創り出すリアルな映像は、フィヨルドで有名なノルウェーの大自然の冷気を感じさせるほどだ。少女と山賊たちとの手に汗握る死闘に終始圧倒される。

 


 

【STORY】

escape-3.jpg  14世紀のノルウェー。ヨーロッパ全土を恐怖に陥れたペスト大流行の10年後。無法地帯となった街を離れ、家族4人で新天地を求めて旅をしていた一家。真新しい墓が点在する高原に差し掛かった時、いきなり母親に矢が突き刺さる。現れた山賊に父親はナタで切り殺され、荷台に隠れていたシグネ(イザベル・クリスティーネ・アンドレアセン)は弟を逃がそうとしたが、弟も射殺される。ドグマ(イングリッド・ボルゾ・ベルタル)という女を頭とする山賊にシグネは囚われの身となり、山奥のねぐらへ連れて行かれる。そこにはフリッグという幼い女の子がいて、ドグマに娘のように可愛がられていたが、どこか不安そうな表情をしていた。

 明け方フリッグがシグマの縄を解いている処をドグマに見つかってしまう。シグマはフリッグを連れて逃走する。ドグマは気が狂ったようにフリッグの名を叫びながら、他の山賊たちと追いかけてくる。必死で逃げる、逃げる。ようやく人家を見つけ村人に助けられるが、すぐさま山賊に襲われる。そして、岩山に追い詰められたシグネは深い滝口へと消えて行く……。

 

 


 

 

 かつて村で娘と暮らしていたドグマは、井戸に毒を入れた犯人にされ、娘共々川へ突き落される。娘を殺された恨みから、ドグマは山賊となって村人を襲っているという。ドグマの悲惨な過去は、ヨーロッパ全人口の三分の一か半分が死亡したとされる14世紀のペスト大流行当時、ペスト羅患率が低かったユダヤ人が迫害されてきたことに似ている。人が人を悪魔にしてしまう恐怖が本作には底通しているからか、悠久の大自然の中に生きる人間の悲哀を感じさせる。

 

(河田 真喜子)

 

 

nataly-550.jpgオドレイ・トトゥ主演映画『ナタリー』のステファン・フェンキノス監督の【①トークショー】&【②爆笑インタビュー】レポート

 

ゲスト:《大阪ヨーロッパ映画祭》上映作品『ナタリー』のステファン・フェンキノス監督

 

原題: La délicatesse(Delicacy)
(2011年 フランス 1時間48分)
原作:ダヴィド・フェンキノス
監督:ダヴィド・フェンキノス、ステファン・フェンキノス
出演:オドレイ・トトゥ、フランソワ・ダミアン、ブリュノ・トデスキーニ

  


  ~自信の持てない人必見! 外見じゃない、中身だよ人間は。~ 


  【STORY】
最愛の夫フランソワを亡くしたナタリー(オドレイ・トトゥ)は、3年後、悲しみを乗り越え仕事一筋に働いていた。ある日部下のマーカス(フランソワ・ダミアン)にいきなりキスをしてしまう。よりによって社内でも存在感のない、いかにも女性にモテそうにない、ダサいセーターを着たマーカスに!? 無意識にキスをしてしまったナタリーだが、マーカスと芝居を観に行ったり、食事に行ったり、散歩したり……いつしか他の男性にはないマーカスのユーモアとデリカシーを併せ持つ性格に惹かれて行く。採用の段階からナタリーに気があった社長を始め、そんな二人に驚く周囲の人々。だが、マーカスの飾らない人柄に癒されて、ナタリーは本当の意味で人生を前向きに生きて行けるようになる。

『アメリ』で全世界を魅了したオドレイ・トトゥ主演のラブコメは、モテないと思っている男性たちに勇気と希望をもたらす感動作だ。皆に愛されていたチャーミングなナタリーの心を射止めたのは、思いっきりダサくて地味なマーカス。でも、人は外見ではない。一緒に居て落ち着ける人、想いや価値観が同じ人がいい、相手を想いやる優しさと誠実さのある人が一番いい!

nataly-di3.jpgそんな気持ちにさせる映画『ナタリー』を、原作者でもある弟のダヴィド・フェンキノスと共同脚本・共同監督したステファン・フェンキノス監督が、大阪ヨーロッパ映画祭のトークショーに登場。本作が長編映画第一作目となる監督は、どんな質問にも快く応えてくれて、ちょっぴりオタクっぽい、そうマーカスに似た面白い人だった。そんなマーカスに共感したのか、5人の質問者はみな男性ばかりだった。

 


【①トークショー】(2011/11/16 うめだ阪急ホール)


  Q:時間の経過がハイテンポなシーンと、じっくり描いたスローテンポなシーンがあったが?
監督:
この映画は弟のダヴィドが書いた小説の映画化で、映画では短くしなければなりません。特に最初の方は、時間の経過を字幕で表現したくなかったので、ワンシーンのビジュアルで表現しています。それは、見ている人は時間の経過を理解してもらえると思ったからです。8年間の出来事を1時間40分程度に収めるための工夫です。

nataly-di1.jpgQ:ユーモアの効いた力強い作品でしたが、脚本の段階でオドレイ・トトゥの出演は決まっていたのですか?
監督:
 オドレイ・トトゥについて語るのは大好きです!(笑)。原作を読んで、「こんなストーリーを待っていたんだ!」とすぐに映画化を決めました。私たちの世代ではオドレイ・トトゥは最も優秀な女優として大人気なんです。彼女を主演に映画を撮るのが私たちの夢でしたから、脚本の段階からオドレイ・トトゥを思いながら書きました。彼女が私たちを信頼してこの仕事を引き受けてくれて、本当にラッキーでした。

Q:オドレイ・トトゥの魅力は?
監督:
 コメディでもシリアスでも何でもこなせる理想的な女優。彼女自身が芸術作品のようです。素晴らしいワインやファッションのように、常にモダンで次元を超えた存在。とても慎み深く……でも、こんな褒め言葉を言うと彼女は嫌がると思います。

 

nataly-di2.jpgQ:エミリー・シモンの曲を使った理由は?
監督:
  気が付いて下さってありがとう。エミリーも喜ぶと思いますよ。弟がエミリーの大ファンでして、主演女優が決まらない内から彼女の曲を使う!と宣言してました。人生というものは驚きの連続で、この物語の主人公ナタリーに起こった不幸が、エミリーにも起こっていたのです。しかもエミリーのフィアンセの名前もフランソワ。私たちが彼女に仕事の依頼に行った時には、既に彼女は物語の中に居て、亡くなったフィアンセに捧げる音楽が出来上がっていたのです。不幸な偶然だったので、無理はしてほしくなかったのですが、彼女自身が、これは何かのサインだと受け止めて、この仕事を引き受けてくれました。この映画の中の音楽は、3人目の主人公として存在しているから、より大きな印象を発しているのでしょう。

 

Q:スウェーデンでアバの陰でヒットしなかった変な曲は?
監督:
あれは独自に作りました。クジラの声をイメージして作った曲ですが、とても面白い作業でした。スウェーデン人の両親が登場するシーンで笑って下さり、とても嬉しかったです。

Q:いきなりキスする相手がマーカスという理由がよく分からなかったが?
監督:
悲しみの中に在る人の心が癒えるのにどれくらいの時間がかかるか誰も分からない。弟は、「いつも体の方が心より先に反応していく。無意識にキスをしたということは、相手の男性は自分にとっていい人だと、体で感じたのだと思う」と言っています。世の中には素晴らしい人が沢山いますが、自分にふさわしい人に出会えるのはほんの一部だけ。会社の同僚ですから、全く知らない人ではなかったのです。

nataly-di4.jpgQ:マーカス役の俳優さんは?
監督:
フランソワ・ダミアンは映画だけでなく、TVでも活躍している人気コメディアン。最初はオドレイ・トトゥの相手役を怖がっていました。特に、あんなダサいセーターを着るのはムリ!と(笑)。私たちも彼に任せるのはある意味「賭け」でした。でも、彼と会って、コーヒー飲んだりしていたら、「彼こそがマーカスその人だ!」と確信したのです。お陰で、観客の皆さんも「マーカスはオタクっぽくてダサい人」と信じたでしょう?(笑)

Q:ゲストとして来て頂きたかったですね。
監督:
オドレイ・トトゥもフランソワ・ダミアンも、今回この映画祭の招致を受けてとても光栄に思っていました。ですが、子供救済チャリティクルーズのため来阪できず、とても残念がっていました。皆様によろしくとのことです。

  

  


 【②ステファン・フェンキノス監督 爆笑インタビュー】              ~モテない男のリベンジ!?~


  

――― 自信のない男性を勇気付けるような作品でしたね。外見より内面を重視したテーマだったように感じましたが?
監督:
 だから男性ばかりが質問したのでしょう(笑)。“普通の男”のリベンジです!(笑)

 

nataly-di6.png――― 「彼女の全てを知っているこの庭に隠れていよう」というラストシーンはマーカスの意志の表れでしょうか?
監督:
その答えは見る人によって独自に感じて欲しいのでオープンにしています。ナタリーとのことを幻想と思う人もいるかも知れないが、そうはしたくなかった。彼女を癒していく現実のラブストーリーとして描きたかったのです。

――― 最近のオドレイ・トトゥ出演作品の中でも特に綺麗に映ってましたが、何か特別な工夫でも?
監督:
彼女は特別な工夫をしなくても綺麗です!
――― 確かに。
監督:
ナタリーはコスチューム・コンテンポラリーな演出ではなく、普通の女性として描きたかったのです。ヘアや服や靴や小物なども重要ですが、ファッショナブルに彼女を飾るより、同じ服を何回も着回すような普通の女性の生活を反映させています。勿論、キャメラマンが彼女を素敵だと思っていたのは確かですけど(笑)。
――― それって、気があったということですか?
監督:
みんなオドレイ・トトゥには恋してますよ!!!(笑)

――― 特別な演技指導は?特に強調したい部分はありましたか?
監督:
オドレイ・トトゥの方が私たちよりキャリアもあるし、彼女自身監督をやりたいと思っているくらいですから、特別な演技指導はしませんでした。ただ、今回は彼女のコメディ的な部分を引き出したいと思っていました。共演のフランソワ(マーカス役)が現場で何かにつけて彼女を笑わせていました。オドレイ・トトゥはドラマチックなシーンではとても素晴らしい演技を見せるのですが、みんなは知らないでしょうが、彼女は本当はとてもおかしくて面白い人なんです(笑)。

nataly-di7.png――― フランソワ・ダミアンの起用は、オドレイ・トトゥの相手役としての意外性が良かったと仰ってましたが、撮影中彼にインスパイアされたことはありましたか?
監督:
とても沢山ありました!私たちが思ってもみなかったディメンションを見せてくれました。撮影中は気付かなくても、編集中に気付いたり、もっと後になってから気付いたり、常に驚きの連続でした。マーカスはセリフの少ない役なので表情や仕草で表現する必要がありました。例えば、オフィスで待機しているシーンやエレベーターの中のシーンなど、全て即興です! まさに彼自身がマーカスになっていました。中華レストランでデートするシーンでは、「テーブル予約したんだ」とボソッと言います。誰も予約して行くようなお店ではないのに!?(笑) 脚本にはそこまで細かく書いていないのに、彼のアドリブのお蔭でマーカスの性格がより理解されたように思います。

――― マーカスが着ていたダサいセーターは?
監督:
私のアイデアです。原作ではマーカスの服装や性格について20ページも書いてあるのですが、映画では1分で表現しなければなりません。スウェーデン人らしさを出すために、あのセーターにブルゾンというスタイルにしました。

――― マーカスの両親が登場するシーンでは、いかにも北欧の人!という感じが出ていましたね?
監督:
両親役は俳優ではなく募集して決めた素人です。教師をしていたという二人でしたが、5日もかけてスウェーデン語を習ってもらったのに、撮影では一言も喋れなかったんですよ!?(笑)マーカスと両親とのシーンは、彼が地味で質素な生活をしている人だと理解してもらえるのにとてもいいシーンだと思います。ストックホルムでの上映では、そのシーンでとても笑ってもらえました。

――― 戸棚に沢山のニシンの缶詰がありましたね?
監督:
スウェーデンの人はとてもユーモアがあって、古いタイプのスウェーデン人をジョークのネタにして笑うのが上手いんです。母親が息子にニシンの缶詰を送るとかね。

――― あの折り畳みのテーブルは?
監督:
マーカス用に買った折り畳みのテーブルなんですが、撮影が終わって、僕が気に入って持って帰りました。ということは、僕がマーカスだということです!?(笑)

――― 北欧の家具ですか?
監督:い
え、IKEAで買ったものではなく、イタリア製です(笑)

――― デザートまで食べると、「ラブ成立!」という意味?
監督:
 〈デザート=ラブ〉という意味はあります。「デザートを食べるより、早く親密になりたい」という意味もあれば、「切り上げて早く帰りたい」という意味もあります。映画の中ではコントラストを出すために、ボスとの高級レストランとマーカスとの中華レストランでの食事にも「デザートはどうする?」というセリフを入れました。

――― 「デザート=ラブ」は監督の個人的な考え?
監督:
僕はマーカスほど優しくないから、もっと積極的です(笑)。マーカスはデリケートですから。

 

nataly-di5.jpg――― 長編映画は今回が初めて?
監督:
はい、それまでは短編映画を撮っていました。

――― フランスは優秀な短編映画が多いですね?
監督:
確かに。自分自身のトレーニングのために、あるいは、プロデューサーに売り込む時のサンプルにするために撮っています。それに、長編映画をそう次々と撮れる訳ではありませんので、その繋ぎに撮ったりしています。私もこの1年半の間に5本撮りました。

――― 今後もユーモアのある作品を撮りたいと思ってますか?
監督:ド
ラマとコメディをミックスした「ドラマディ」というジャンルの作品を作っていきたいです。人生もそうですから(笑)。
――― 観客もそういう作品を期待していると思います。
監督:
ウディ・アレンの『ブルー・ジャスミン』(2014年5月公開予定)やジョージ・クルーニーの『ファミリー・ツリー』など、日本では是枝裕和監督の作品が好きです。笑いもあり感動ありのドラマ。いつかは日本でも映画を撮りたいです。


「どんな質問にも喜んで答えるよ」ととてもフレンドリーな監督。『ナタリー』のフランスでの初公開の際には、観客の反応を聞くのが怖くて、日本に逃げて来ていたという!?  京都観光をしていたらしいが、そんな気の弱いところも何だかマーカスに似ている気がする。常にジョークを交えた話しぶりはコメディアンのようで、とても楽しいインタビューとなった。世界中で大ヒットした『最強のふたり』のエリック・トレダノ監督とオリヴィエ・カナシュ監督とはとても親しい友人らしく、『ナタリー』製作時にも、スタッフやキャストを紹介してくれたり、いろんな面で協力してくれたとのこと。あちらは幼なじみ監督に対し、こちらは兄弟監督、フランスの最強コンビによる監督作が、今後世界を席巻していくのだろうか。楽しみだな~♪

(河田 真喜子)

 

pi-mark-550.jpg『ピー・マーク』@第5回京都ヒストリカ国際映画祭
(Pee Mak 2013年 タイ 1時間53分)
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
出演:マリオ・マウラー、マイ=ダーウィカー ホーネー、ポンサトーン・チョンウィラート

~タイ映画史上空前のヒット作!伝説の怪談を大胆アレンジしたホラーラブコメディー~

 タイ映画でホラーとくれば、面白くない訳がない!しかも、この話はタイで有名な怪談「メーナーク・プラカノーン」をもとにしているのだから、ヒットするのもうなづける。しかし、この映画が一番面白いのは、幽霊になった妻と夫の愛を描きながらも、思い切りコメディーに舵を切り、登場人物たちが一番キャアキャア怖がっているところだろう。ホラーと思って観に来た観客が、見事に予想を裏切られ、口コミで人気がどんどん広がっていったという『ピー・マーク』。劇場がまるで巨大なお化け屋敷となり、最後に泣けるホラーラブコメディーから、タイ発エンターテイメントの勢いを体感するに違いない。

pi-mark-2.jpg 身重の妻ナーク(マイ=ダーウィカー ホーネー)を残し、戦地に赴いたマーク(マリオ・マウラー)は胸に致命傷となる銃弾を浴びながらも一命を取り留め、苦労を共にした4人の戦友たちと村へ帰ってきた。愛するナークや生まれたばかりの赤ちゃんと再会できた歓びに浸るマークだが、村人たちはマークやナークに奇妙な態度をとるばかり。マークの自宅近くの空き家で生活しはじめた戦友たちは、最初ナークの美しさに見惚れていたものの、次第に幽霊ではないかと疑い始める。

 誰もが見惚れる美しいナークは、ホラー映画のヒロインらしく要所要所で「お化け」のような怖さを醸し出し、どんどんエスカレートしてくるのが面白い。ナークが幽霊ではないと主張するマークの目をなんとか覚まさせるため、戦友たちの「ナーク幽霊説」を裏付ける努力が続けられるものの、次第にマーク幽霊説、戦友幽霊説まで飛び出す始末。一体誰が幽霊で、誰が人間なのかも分からない状態になっていく怒涛の展開は、もう笑うしかない。右を見ては「キャー!」、左を見ては「キャー!」と叫びまくる幽霊にめっぽう弱い戦友たちのコミカルな騒動ぶりは、吉本新喜劇に負けないぐらいテンションが高いのだ。

pi-mark-3.jpg 怖がらせ、笑わせ、そして最後には夫婦の愛に涙する・・・だけでなく、エンドクレジットではさらにお楽しみ映像を加え、勢いがあった頃の香港映画をも思わせる作品でもある。ちなみに『ピー・マーク』は、設立されてから7年強で洗練されたラブロマンスやホラーのヒット作を次々と生み出しているタイGTH社(今春の第8回大阪アジアン映画祭で特集上映)の最新作だ。監督のバンジョン・ピサンタナクーンは単独監督デビュー作『アンニョン、君の名は』で第6回大阪アジアン映画祭ABC賞を受賞しており、作品の面白さは折り紙つき。アジア映画ファンはもちろんのこと、デートムービーとしても断然おすすめしたい!(江口由美)


第5回京都ヒストリカ国際映画祭 作品紹介はコチラ

DA-Dracula-550.jpg【京都ヒストリカ国際映画祭】上映作品
★『ダリオ・アルジェントのドラキュラ』

(Dracula  2012年、イタリア、フランス、スペイン、1時間46分)
監督:ダリオ・アルジェント
脚本:ダリオ・アルジェント、エンリケ・セレッソ、ステファノ・ピアニ、アントニオ・テントリー
原作:ブラム・ストーカー 「ドラキュラ」 音楽:クラウディオ シモネッティ
編集:マーシャル・ハーヴェイ、ダニエレ・カペッリ
主演:トーマス・クレッチマン『ワルキューレ』『キング・コング』
 アーシア・アルジェント『サスペリア・テルザ 最後の魔女』
ルトガー・ハウアー『ブレード・ランナー』、ウナクス・ウガルデ『チェ 28歳の革命』
マルタ・ガスティーニ、ミリアム・ジョヴァネッリ
2014年春公開予定
© 2012 MULTIMEDIA FILM PRODUCTION s.r.l. – ENRIQUE CEREZO P.C. s. a. All Rights Reserved.

~悲しみに彩られた美しきドラキュラ~

  ブラム・ストーカー原作の「ドラキュラ」は妖怪・魔物の王者、恐怖映画の金字塔だ。過去、何度も映画化され、コッポラ監督、ゲイリー・オールドマン主演作はじめ、何本見たかすらすぐには思い出せない。近年では有名になりすぎて喜劇やパロディにまで登場、少々安っぽくなった感も否めない。
  だが、鬼才ダリオ・アルジェントが手がけたドラキュラはやっぱり正統派、保守本流、これほどまでに切ないドラキュラは見た記憶がない。凄惨なスプラッターホラーやフェイク・オカルト全盛の流れに逆らうように、美しさに満ちたゴシックホラーに仕上げた。

 DA-Dracula-2.jpg 物語に大差はない。青年ジョナサン(ウナクス・ウガルデ)が小さな村ハプスブルクへ図書館司書の仕事を求めてドラキュラ伯爵(トーマス・クレッチマン)を訪ねて来る。彼は美しい妻ミナ(マルタ・ガスティーニ)の友人ルーシー(アーシア・アルジェント)にドラキュラ伯爵を紹介されたのだが、遅れて村に着いた彼女は「ジョナサンが数日間戻らない」と聞かされる。それはドラキュラ伯爵がミナを手に入れるための罠だった…。
  落ち着いたハプスブルク村のたたずまいに惹かれる。森には不気味な狼が目を光らせ、吸血鬼も早々に登場するが、緑濃い森や村のしっとりとした美しさが印象深い。これは一体、ホラー映画なのか…。だが、これこそが“アルジェント流”と記憶が甦った。

 DA-Dracula-3.jpgダリオ・アルジェントが一躍その名を轟かせたのはホラーブーム真っ盛りの70年代。伝説となった恐怖映画『サスペリア』(77年)。先端を切った『エクソシスト』(73年)や『オーメン』『キャリー』(ともに76年)の後、『サスペリア』は魅惑のホラーとしてファンの心をつかんだ。原色を多用した華麗な画面とゴブリンの印象深いサウンドトラックが“美しい恐怖”を盛り上げた。
  ドイツのバレエ学校にやって来た女子生徒が、閉ざされた寄宿舎に入り“悪魔がいる”と感知し、奇怪な現象に見舞われる、いかにもホラーらしいシチュエーションだが、ダリオ・アルジェントの美的感覚が出色。原色を多用しためくるめく色彩で酔わせ、クライマックスでは、鏡を使った眩惑効果も満点だった。

DA-Dracula-4.jpg  公開当時、ある画家は「大きな館にまつわる構造的なホラー」と天才画家キリコと並べて(後に大家になった点も含めて)高く評価した。
  その後、ダリオは愛娘アーシアをヒロインに『オペラ座の怪人』(98年)をはじめ、ヨーロッパ怪奇映画大御所になるのだが、本領というべき『インフェルノ』(80年)、『サスペリア・テルザ』(01年)の魔女3部作を完結させ、期待を裏切らなかった。
  『ドラキュラ』は後半、もうひとりの主役、宿敵ヴァン・ヘルシングが登場、、懐かしやルトガー・ハウアーがヒロイン、ミナを守ってドラキュラと戦う。ドラキュラは、村の集会で反対されるやすばやいワザで首を切り落としたり、参加者全員を惨殺する。 狂暴な本性をむき出しにするドラキュラそのものなのだが、驚くのは、そのドラキュラがミナを「400年前に死んだ恋人」の墓に誘い「私は交響曲の中で調子の外れた異分子、何百年も苦しんできた」と自己批判しつつ愛を告白する場面。ミナは死んだ妻に瓜二つだった…。この恋するドラキュラもまた確かにアルジェントだった。

  恐怖映画は社会不安の反映に違いない。1930年代、『ガリガリ博士』をはじめとする“ドイツ表現主義”の諸作はナチス・ドイツ台頭への不安の表れだったし、70年代のオカルト・ブームはベトナム戦争を抜きには語れない。
  21世紀を迎えても、手を変え品を変えてホラー映画の人気は続いている。ショッキングな残酷描写が人気の『ソウ』(04年~)や、日常生活に恐怖が潜むフェイク・ドキュメンタリー『パラノーマル・アクティビティ』(07年~)は言うまでもなく、9・11後のアメリカの恐怖の映像化。『キャリー』のリメイクやイタリア映画『~ドラキュラ』は恐怖の原点を見つめ直す意思の表れかも知れない。
   (安永 五郎)


第5回京都ヒストリカ国際映画祭 作品紹介はコチラ