映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

近畿圏(大阪以外)の最近の記事

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「おおさかシネマフェスティバル2017」が3月5日(日)、大阪北区のホテル エルセラーン大阪、エルセラーンホールで行われ、今年も総合司会浜村淳さんの司会で、表彰式は大爆笑の渦が巻き起こった。欠席ゲストが多い中、なにわのアカデミー賞もショーアップ。表彰式オープニングには、過去のハイライト映像が流され、豪華な顔ぶれの受賞者の晴れやかな姿がフラッシュバック。表彰式にあたって、総合プロデューサーの大森一樹監督も「映画ファンが映画について語り合う映画まつりが、こういう形で続くのはうれしい。先日亡くなった、僕らの時代の象徴である鈴木清順監督が映画祭に何度かお越しいただき、温かい言葉を残していただいたことを覚えています」と、その思い出を語った。表彰式では日本映画作品賞・片淵須直監督、助演男優賞・東出昌大さん、助演女優賞・杉咲花さんら豪華ゲストの顔ぶれが、浜村淳さんとのトークを展開。スペシャルサポーターに花束を手渡され、喜びの表情を見せた。表彰式ゲストのコメントを、写真と共にご紹介したい。
 
 
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【日本映画作品賞】『この世界の片隅に』(片淵須直監督)
 
「(浜村淳に、枚方出身の話題から「ひらパーおじさん」といじられながら)完成するまで6年あまりかかり、3374名の方から支援をいただきました。この数字だけは忘れられません。自分たちの知らない時代、知らない場所で起きたことを描いているので、きちんと描こうと自分たちでできることは全てやりました。この作品を撮ろうとしたのも、のんを起用したのも、今から思えば映画の神様が囁いたとしか思えません」
 
 
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【助演男優賞】東出昌大『聖の青春』

「俳優とモデルの仕事は、農家と漁師ぐらい大きな違いがあります。向井さんの脚本、森監督の演出が素晴らしくてやりやすかったです。福島会館前でクランクインしましたが、監督の一言目が「芝居をするな」。松山さんの村山聖が盤を挟んだ向かいにいて、命を削りながら芝居をしていた。松山さんがいたから僕も芝居ができました」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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【助演女優賞】杉咲花『湯を沸かすほどの熱い愛』
 
「役柄や作品を自分から望むことは少ないですが、私は映画が好きで、憧れの監督がたくさんいるので、その監督のもとでがんばりたいです。初めてのあて書きでビックリしました。台本を受け取った時にマネージャーが『本当にいい作品だから早く読んで』と言われ、そんなことを言われるのは初めてだったので車の中で読んだら、マネージャーの言う通りだと思い、改めて家で読みました」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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【新人男優賞】毎熊克哉『ケンとカズ』
 
「どちらかというと、僕はへなちょこなタイプ。(小路監督は)普段の僕を知っているのになぜこの役をと思ったが、何かやって欲しいのだろうと思って演じました。3歳ぐらいから映画が好きで、物心がついたときから映画監督になりたかったので、18歳で東京の映画学校に行き、小路監督と出逢ったのです」

 

 

 

 

 
 
 
 
 
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【監督賞】瀬々敬久『64-ロクヨン―』
 
「大分にいたときは、電車で乗り継いで2時間かけて映画を観に行っていたので、浪人時代に大阪に来た時はうれしくて、大毎地下劇場でよく映画を観ていました。警察広報官役の佐藤浩市さんは誰が来ても闘わなければいけない設定。浩市さんもそこが肝だと思い、撮影に入る時の飲み会で、記者クラブの俳優たちに『お前ら死ぬ気でかかってこい』と挑戦状を突きつけていました」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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【脚本賞】向井康介『聖の青春』
 
「29歳で亡くなった壮絶な生き方ですが、2時間にまとめなくてはいけない。どうすればいいかを考え、聖さん晩年の4年間に他の部分も織り込みつつ、フォーカスを当てるところから始めました。7~8年かけて、監督やプロデューサーとで合宿したり、思い出しては直したりしながらかき上げました。松山ケンイチさんは『神童』『マイ・バック・ページ』に続き3作目ですが、今回一番熱がこもっており、ライターとして頼もしかったです。脚本より村山聖さんの生き方が凄かったのだと思います。」
 
 
 
 
 
 
 
 
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【撮影賞】山田康介『シン・ゴジラ』
 
「助手で15年カメラに携わり、35歳でデビュー。助手時代にゴジラ作品を6作品担当していたので、ぜひチャレンジしたいと思いました。僕は木村大作さんの助手をしていたことがありますが、木村さんは『誰かが行かねば道はない』という方。それは無理なので、僕は違う道を行きたい。怖いけどチャーミングな方です」
 
 
 
 
 
 

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【音楽賞】コトリンゴ『この世界の片隅に』
 
「ザ・フォーク・クルセーダーズの60年代の曲を、エレキギターがない戦中時代が舞台なのでバイオリンなどの方がいいと思い編曲しました。浜村先生は、コトリンゴはバンドと思っていらしたようですが、一人でやっています」
 
 
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【新人監督賞】中野量太『湯を沸かすほどの熱い愛』
 
「杉咲花さんの起用は、テレビ越しに見てなんと感度がいいのだろうと思い、彼女と映画を撮りたくて今回唯一あて書きしました。僕の作品には家族の絆、愛が表現の根底にあり、今回それを吐き出しました」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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【ワイルドバンチ賞】『ケンとカズ』(小路紘史監督)
 
「通常映画を制作するには億単位でお金がかかりますが、本作は300万ぐらいで撮りました。将来的に、毎熊さんが出演してくれるなら、一緒に映画を撮りたい。(資金集めは)浜村さんに協力してもらって(笑)」
 
 

 

 
【主演男優賞】松山ケンイチ『聖の青春』<メッセージ代読>
「村山さんの生き物としての美しさは時代を問わず観客の心に響いた結果だと思います。
将棋界は美しいです。その美しさを堪能出来てその美しさを持った方々との出会いがあるこの時代に生まれて僕は幸せ者です」
 
【主演女優賞】蒼井優『オーバー・フェンス』<メッセージ代読>
「中学生になるまで、学校の長期休業期間のほとんどは祖父母のいる大阪で過ごしていました。鶴橋の銭湯でミックスジュースを飲んでいた私が、女優賞をいただくなんて。人生何が起こるかわかりません。私たちは、これからも皆さんと同じ一娯楽ファンとして、また、一制作人として、真摯に、時に大胆に作品を作り続けていきます。おおさかシネマフェスティバルに、ありったけの愛と祝福を」
 
【新人女優賞】中条あやの『セトウツミ』<メッセージ代読>
「朝起きて実家で朝食を食べて 行ってきます!と言ってか ら撮る映画は今までで初めてで、いい意味で肩の力を抜いて撮影することができました。そんな愛着のある セトウツミで新人女優賞を頂けて本当に嬉しいです! こんな素敵な機会作ってくださった皆さんへの感謝の気持ちを忘れず 前に進んでいきたいと思います。」
 
【新人男優賞】真剣佑『ちはやふる』<ビデオメッセージ>
「日本ではじめて出演した作品。小泉監督の下で役者として成長できました」
 
【外国映画作品賞】『ハドソン川の奇跡』(クリント・イーストウッド監督)
監督のメッセージ:おおさかシネマフェスティバル外国語映画部門で『セッション』が作品賞に選ばれたと聞き、非常にうれしく思います。最高のキャストとスタッフに代わりまして、皆さまに感謝いたします。ありがとうございます。
 
写真:河田真喜子、文:江口由美

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★【京都ヒストリカ国際映画祭】の原点“忍者への映画旅”

 

秋恒例の京都ヒストリカ国際映画祭(第8回)は先ごろ“歴史と映画の都”京都市内の文化博物館で行われた(11月2~13日)。注目の「ヒストリカ・フォーカス」は今、外国人に人気を集める忍者映画を特集、1921(大正10)年のマキノ省三監督、尾上松之助主演の『豪傑児雷也』を活弁付きで上映したほか、リアル忍者映画の元祖、山本薩夫監督、市川雷蔵主演『忍びの者』(62年大映)など、さまざまな忍者映画が上映され、幅広い映画の歴史から「感動と驚きを運んだ」(高橋剣映画祭ディレクター)。

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“フジヤマ・ゲイシャ”の次に外国人に人気が高い日本アイテムは「ニンジャ」ではないか。今年「ヒストリカ・フォーカス」の目玉企画は日本で“最初の映画スター”として1000本以上の作品に出演したと言われる尾上松之助の“当たり役”のひとつ『豪傑児雷也』。歴史遺産と言うべき95年前の映画を、現役の活動写真弁士・坂本頼光氏の解説付きで上映するところが「京都ヒストリカ映画祭」の強みだ。


  『豪傑地雷也』 (1921年/日本/21分)
  監 督:牧野省三
  出 演:尾上松之助、市川寿美之丞、片岡長正
  弁士:坂本頼光

 

マキノ省三監督は日本で最初の監督でありプロデューサーとしても名高い。そのマキノ御大が旅芝居の役者から見出だした“目玉の松ちゃん”こと尾上松之助の『豪傑児雷也』は“重要文化財”級の骨董品。事実、先ごろ見つかった同じマキノ省三監督、尾上松之助主演の『忠臣蔵』は「見つかったことがニュース」になって報じられた。いわば貴重な文化財を、今では見られない「活弁付き」で見られるのがヒストリカの存在理由、映画ファンの“プチぜいたく”に違いない。


約21分のフィルムは、旧劇(時代劇)の主役だった忍者映画の成り立ちを証明する内容。悪者の前で大見得を切った児雷也(松之助)が、次の瞬間に消え、遠く離れた場所から現れるなど、講談で言う「ここと思えばまたあちら」の大あばれ。逆回転や二重露光など「主に偶然による」トリック撮影の効果をふんだんに駆使して、ファンタジックな“英雄豪傑談”に仕上げている。CG全盛の今見れば“子どもだまし”かもしれないが「初めて活動写真を見た」子どもたちには大変なインパクトだったはずだ。実際、当時映画を真似て木から飛び降りる子どもが続出したという。


マキノ省三監督&尾上松之助コンビは「日本映画史」の第1ページ。岩波書店版「講座日本映画」第1巻内「マキノ映画と少年」(足立巻一著)によると「(横田)商会が合併して日活(日本活動写真株式会社)となると(省三は)京都撮影所長として敏腕をふるい、松之助を当代随一の人気スターに育て上げ、大正期の忍術ブームを巻き起こした」とある。『豪傑児雷也』の歴史的価値が分かる。
 


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★忍者映画の原点・山本薩夫『忍びの者』

 

  『忍びの者』 (1961年/日本/104分)
  監 督:山本薩夫
  出 演:市川雷蔵、藤村志保、伊藤雄之助

 

「ヒストリカ・フォーカス」ではこのほか、現代版忍者の『劇場版  忍者部隊月光』(64年)、お色気忍者映画『くノ一忍法』(64年、中島貞夫監督)、SFXを駆使したダイナミックな『伊賀忍法帖』(82年)、米独合作『ニンジャ・アサシン』(09年)、ハリウッドから『ミュータント・タートルズ』(14年)にアニメ・ニンジャ『ナルト』など“忍者映画のあれこれ”が幅広く特集された。


中で忍者映画の基礎で中興の祖にもなった『忍びの者』(62年大映京都、山本薩夫監督)が光る。忍者ファンタジー映画『豪傑児雷也』から40年、忍者の忍術とは何だったのかを考察したリアル忍者映画だ。


戦国末期、延暦寺や石山本願寺を攻撃した織田信長は伊賀忍者たちの怒りを買う。忍者勢力を二分する百地砦の三太夫と富士林の長門守はそれぞれの配下に信長暗殺の密命を下す。三太夫は妻・イノネを五右衛門(雷蔵)と密通させて妻を殺害、代償として、五右衛門に信長暗殺を命じる…。


“日陰の存在”だった忍者の宿命と悲哀をリアリズムで描きあげた佳作で、以後、第8作まで続く人気シリーズになった。“ドロン”も煙幕もない、忍者のイメージを築いた元祖で、党派のお頭に忠誠を尽くす助っ人技能集団は、現代のサラリーマンにも共感を呼ぶものだろう。


his2016-11-11-B-500-1.jpgヒストリカ映画祭の『忍びの者』上映後には“ラスト忍者”川上仁一さんがトークショーに参加する特別サービスもあった。川上さんは「伊賀と甲賀は仲が良かった。縁戚関係のような共同の寄り合いだった。忍者は室町時代から1600年初頭までいた。全部入れて数千人ぐらいでしょうか。資料はなく、詳しいことは不明だが、傭兵集団だったのではないか。忍者の修業は“体を作る”“知識を得る”“呼吸法を学ぶ”など、やることは多い。修業期間は10年はかかりますね」と語っていた。


(安永 五郎) (2016-11-11)

 

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あの“宇宙人ジョーンズ”!? いえいえハリウッドの大スター、
トミー・リー・ジョーンズが《京都ヒストリカ国際映画祭》にやって来た!

 

【第8回京都ヒストリカ国際映画祭】

 11月6日(日)14:00~『ホームズマン』 の上映後、監督・主演のトミー・リー・ジョーンズ(70歳)のトークセッションが行われた。上映前にも予定外の挨拶を行い観客を驚かせたが、「本日の上映が本来の上映方式のデジタルDLPではなくブルーレイ上映となってしまって申し訳ない」とお詫びの挨拶となった。


『ホームズマン』について
his-2016-500-E.jpg19世紀半ばのネブラスカ準州(現在のネブラスカ州とダコタやワイオミング、モンタナを含む広域)、中西部開拓盛んな時代、荒涼とした土地で過酷な環境にさらされた女性たちに焦点を当てた、異色西部劇。神経を病んだ3人の主婦を開拓民の起点であったアイオワ州へ、信心深く几帳面で善良なメアリー(ヒラリー・スワンク)と流れ者の男“ジョージ・ブリックス”(トミー・リー・ジョーンズ)の二人で送り届けるロードムービー。3人の主婦を受け入れるアイオワの女性を演じたメリル・ストリープや牧師役のジョン・リスゴー、無慈悲なホテル経営者役のジェイムズ・スペイダーなどが脇を固め、厳しいながらも美しさの際立つ映像も印象的な作品。


【トークの概要】
homesman-bu-240-2.jpgテーマについて、「西部とか東部とか、女性とか男性とかは関係なく、今まであまり描かれる事がなかった19世紀半ばのアメリカ人がどのようにして生きていたか、そのためにどのような代償が払われてきたかを描きたかった。本作は女性の視点だが、広い意味で人間そのものを捉えている。」知られざる西部開拓史の一面を見たようでとても興味深い物語で、ペリー艦隊が浦賀に現れた頃のアメリカ中世部の歴史を改めて調べたい衝動にかられた。


ヒラリー・スワンクが演じたメアリーについて、「女性は家庭的な良妻賢母であるべきと考えられていた時代、独りで荒野を耕す女性は珍しい。そんな強い彼女を追い詰める程の厳しい状況を表現。」メアリーは信心深く、家も土地も家畜も貯金もあり、料理上手で音楽を好むしっかり者の女性。だが、特別に美人で魅力がある訳ではないので、この上なく不細工な男に「退屈でうるさそう」と言われて結婚を断られたり、流れ者のジョージからも邪険にされたりする。女性として尊重されなくて歯がゆさをつのらせるヒラリー・スワンクの表情がいい。


homesman-bu-240-3.jpg陰影の効いた美しい映像については、「ニューメキシコでのロケはとにかく天候が一番重要だった。大きく変わりやすい天候に振り回されながら、照度計とにらめっこの撮影は本当に大変だった。そのため苦楽を共にしたクルーとはより親しくなったよ」と。また、トミー・リー・ジョーンズが演じた流れ者の男のラストシーンについて、「メアリーもお金も失い、再び自由に生きられる西部へ行くしかなかったんだ。筏の上で踊っていた音楽は、当時のフォークソングです」と、当時の音楽を再現し、筏の上でバンジョーを弾いていたのは自分の息子だと紹介した。また、冒頭メアリーに教会への道を教えるシーンには娘が出演していたことも明かした。

 



映画祭は、月曜日は京都文化博物館の休館日のためお休み。11/8(火)~11(金)までは“ニンジャ”をテーマにした新旧作品を上映。11/11(金)には、無声映画『豪傑児雷也』が弁士付きで上映され、その後市川雷蔵主演の『忍びの者』の上映。11/12(土)・13(日)には再び新作映画を上映。『ホームズマン』も12(土)にも上映されます。お楽しみはこれからです♪
 

★京都ヒストリカ国際映画祭の公式サイト⇒ http://www.historica-kyoto.com/ 
★映画祭のおすすめ新作について⇒ 
こちら

 (河田 真喜子)

his-2016-500-E.jpgいよいよ《京都ヒストリカ国際映画祭》開催!
 

★トミー・リー・ジョーンズが映画祭にやって来る!!!

 
時代劇ファンにとって最も楽しみな《京都ヒストリカ国際映画祭》が今年も開催されます。世界でただひとつ、「歴史」をテーマにした第8回京都ヒストリカ国際映画祭は、映画の都・京都ならではのもの。


今年は、缶コーヒーのCMでおなじみの“宇宙人ジョーンズ”ことトミー・リー・ジョーンズが監督・主演を務めた西部劇『ホームズマン』を引っ提げて、映画祭にゲストとしてやってきます。この秋公開されたばかりの『メカニック:ワールドミッション』や『ジェイソン・ボーン』などでは、ベテランならではの風格で存在感を出していましたが、19世紀半ばの西部開拓史の中でも、歴史に埋もれた女性たちにスポットを当てた異色西部劇を披露いたします。
 

日本初公開作品を揃えた〈ヒストリカ・スペシャル〉と〈ヒストリカ・ワールド〉では6本の新作を、〈ヒストリカ・フォーカス〉では「忍者映画100年進化論―忍者エボリューション」と題して、無声映画からアニメ映画まで忍者映画9本を紹介。他に連携企画①〈アジア・シネラマ〉、②〈京都フィルムメーカーズラボスクリーニング〉、③〈時代を彩る禁断の恋〉と、ヒストリカ映画祭ならではの特別企画は他に類のない豪華さで楽しませてくれます。


開催期間:11月2日(水)から11月13日(日)まで11日間(11/7(月)は休館日)
場所:京都文化博物館


★スケジュールや作品紹介、ゲストなどについての詳細は公式サイトをご覧ください⇒こちら


 

昨年の〈ヒストリカ・ワールド〉部門で上映された2作品が、『フェンサー』→ 『こころに剣士を』 、 『大河の抱擁』→ 『彷徨える河』というタイトルで年末年始に一般公開されます。今年の新作の中の5本について、少しご紹介いたします。

 

his-2016-500-E-2.jpg①『ホームズマン』 〈ヒストリカ・スペシャル〉
(2014年 アメリカ・フランス 122分 トミー・リー・ジョーンズ監督・主演)

トミー・リー・ジョーンズの監督・主演作は、『The Sunset Limited』(‘11)以来2作目。19世紀半ばのネブラスカ準州(現在のネブラスカ州とダコタやワイオミング、モンタナを含む広域)での開拓民の女性像を捉えた、珍しい西部劇。一昨年当映画祭で上映されたドイツ映画『黄金』では、ゴールドを求めてロッキー山脈北部(カナダ)へやってきたドイツ人女性の逞しさを描いたロードムービーでしたが、今回は女手一つで荒野を開拓する女性・メアリー(ヒラリー・スワンク)が、神経を病んだ3人の主婦をアイオワ州に住む教会の女性(メリル・ストリープ)の元へ連れて行こうとするロードムービーです。危険な道中の助手として吊るし首にされようとしていたならず者(トミー・リー・ジョーンズ)を雇っての長旅。彼のメアリーを女性として尊重しない言動に苦笑しながらも、当時の女性への酷い扱いが慮れるというもの。


未開拓の中西部では女性は大切にされてきたとばかり思っていましたが、子供を産む道具と扱われたり、過酷な自然環境の中でも労われることもなかったり、知られざる西部開拓史の一面を見るようでとても興味深い。今では大穀倉地帯のアメリカ中部ですが、開拓が始まった頃の状況を衝撃の映像で綴って、西部開拓史の中に埋もれた真実を描出。かつて、ラルフ・ネルソン監督の『ソルジャー・ブルー』(‘70)やアーサー・ペン監督の『小さな巨人』(‘70)といったインディアン戦争を描いた作品のように、虐げられた人々の衝撃の真実と強い想いを伝えようとする意図が感じられる逸品です。


 his-2016-500-D.jpg②『秘密が見える目の少女』 〈ヒストリカ・ワールド〉
(2015年 デンマーク、ノルウェー、チェコ 96分 ケネス・カインツ監督)

デンマークの作家リーネ・コーバベルによる4部作からなる児童文学書の第1部の実写映画化。主人公は10歳の少女ディア(レベッカ・エミリー・サットラプ)。心の奥底にある恥や罪悪感、劣等感などが相手の瞳を通して判る、不思議な力の持ち主。母親も同じ力の持ち主ですが、兄と妹にはその力がなく、ディアだけが「シェイマーズの娘」と忌み嫌われて、誰も目を合わせようとしません。そんな時、お城では王様とお妃と幼い子供まで殺されるという殺人事件が発生。王様と仲の悪かったニコ王子が捕えられ、その審議のためディアの母親が呼ばれますが、次いでディアもお城へと連れて行かれます。


ところが、地下で飼われている恐ろしいドラゴンの生血を吸って強靭な精神を保つ陰謀の黒幕が正体を現し、王国を乗っ取ろうとします。ニコ王子と母親を助け真実を暴こうと、持てる力を最大限に駆使して奮闘する少女の健気さと美しさに、目が釘付けになります。中世ヨーロッパの小さな王国を舞台に、不思議な力の持ち主・ディアの活躍を、スリルとサスペンスあふれる映像で描いた感動のファンタジー映画です。すぐにでも次作が観たい!と思えるほどの面白さです。


his-2016-500-B.jpg③『ウルスリのすず』 〈ヒストリカ・ワールド〉
(2015年 スイス 104分 サヴィアー・コラー監督)

アルプスの山奥で暮らす少年・ウルスリは、夏は両親と共に山小屋で暮らし、チーズ作りをする父親の代わりにヤギの世話をする働き者。でも、仲良しの女の子・セライナに優しい言葉をかけられない“はにかみや”さん。冬が近付き山を下りようとした時、沢山のチーズを積んだ荷馬車が谷川に落ちてしまい、冬を越すお金がなくなり、母親は遠くの町へ働きに出ることになりました。そんな困窮した一家に、商店を営む村長父子が何かと無理難題を言ってきます。実は、谷川に落ちたチーズを密かに拾って売っていたのです。セライナの気を引こうとする息子のためにウルスリが可愛がっている子ヤギのジラを取り上げたり、春を告げるお祭りで披露するウルスリの大きな鈴を横取りしたりと…。


困窮する両親のため子供ながら尽力する孝行息子ウルスリの健気さや、彼を想うあまり危険を省みない行動に出るセライナの献身、さらにウルスリを見守る山の主・狼との絆など、厳しい大自然の中で良心的な生き方で人々の心を見方にしていく少年たちの真心が胸を打ちます。監督は『ホープ・オブ・ジャーニー』(‘90)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したサヴィアー・コラー監督。スイスアルプスの美しい映像も見どころです。


his-2016-500-C.jpg④『バタリオン』 〈ヒストリカ・ワールド〉
(2015年 ロシア 120分 ドミトリー・メスヒエフ監督)

近年のロシア映画に駄作なし!人間性を深く掘り下げた描写力に迫力ある映像が備わり、その質の高さにいつも圧倒されっぱなし。本作は、第一次世界大戦末期、社会主義の浸透により評議会が力を持ち、上官の命令に従わない兵士たちが続出。そんな戦意を失くした兵士に代わりにドイツ軍との前線に立った女性だけの部隊「婦人決死隊・バタリオン」の死闘を描いた感動作。当時、身分に関係なく貴族や学生や一般市民や農民などの子女が志願した部隊があったとは……歴史に埋もれた知られざる人々の真実が、今まさに明かされます!


志願の動機は、祖国のためという理由だけでなく、愛する人をドイツ軍に殺されたから、大切な人を守るため、あるいは、無慈悲な男たちや社会から虐げられた女性たち。美しい髪を惜しげもなく切り、丸坊主にして女であることを捨て、厳しい訓練に耐え、戦闘能力を身に付けていく。彼女らの指揮を執った実在の人物マリア・ボチカリョーワを演じたマリア・アロノヴァの、厳格さと人情味が交錯する演技には、愛しいロシアの娘たちの命を戦場で散らす責任をひとり背負う葛藤と反戦の意が込められ、強烈な印象として胸打たれます。見た目にも中身も重量級のヒューマンドラマは必見です!


his-2016-500-A.jpg⑤『BAAHUBALI: THE BEGINNING(原題)』(バーフバリ) 〈ヒストリカ・ワールド〉
(2015年 インド 138分 S・S・ラージャマウリ監督)

ショーブ・ヤーラガッダ・プロデューサーがトークゲストで来日予定。

インド映画といえば、公開中の『PK』のように、ストーリーも俳優も映像も音楽も極上揃いで楽しませてくれますが、本作はボリウッドきっての歴史超大作映画として期待されています。日本では来年春の全国公開が決定。是非スクリーンでお楽しみ下さい。


(河田 真喜子)


期間中、ゲストとしてトークなどが予定されているのは『くの一忍法』の中島貞夫監督、『伊賀忍法帖』出演の“斬られ役”福本清三さん、『伊賀忍法帖』の殺陣師・菅原俊夫さん、『豪傑児雷也』の活動写真弁士・坂本頼光さん、現代の忍者の武術家・川上仁一さん、『隻眼の虎』のVFXスーパーバイザー、チョ・ヨンソク氏、『駆込み女と駆出し男』の原田真人監督、同映画の美術デザイナー、原田哲男さん、『古都』のYuki Saito監督、『わたしが棄てたナポレオン』のジョルジア・ファリーナ監督、香港国際映画祭事務局ディレクター、ロジャー・ガルシア氏、『忍者EX』のアーロン・ヤマサト監督


◆チケットは一部作品を除いて

前売り1100円、当日1300円【ヒストリカ・スペシャル】『ホームズマン』(6日)当日一律2000円(12日通常料金)
【連携企画】『古都』前売り1500円、当日1800円。
※販売はチケットぴあ店頭、セブンイレブン、サークルK、サンクス。「Pコード  556-060」

 

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「映画界の常識が変わった作品」 おおさかシネマフェスティバル2016、40周年記念上映『オレンジロード急行』トークショー
登壇者:大森一樹監督、高橋聰実行委員長、薮下哲司特別委員、春岡勇二選考委員長、長谷川千尋朝日新聞三好支局長
司会:蕭秀華さん
 
2016年3月6日(日)に大阪・堂島のホテルエルセラーン大阪(5階エルセラーンホール)で、おおさかシネマフェスティバル2016が開催され、満席のお客様の中、午前中に同映画祭の総合プロデューサーでもある大森一樹監督のメジャーデビュー作『オレンジロード急行』が上映された。1976年、大阪・中之島の関電ホールで「第1回映画ファンのための映画まつり」と題してスタートした大阪映画祭が40年を迎えることを記念しての特別上映に、往年の映画祭を支えたメンバーをはじめ、初鑑賞の観客も40年前の作品とは思えないパワーと時代を越えたテーマを内在した作品を大いに楽しんだ。
 
上映後のトークショーでは、観客と一緒に久しぶりに同作を鑑賞した大森一樹監督をはじめ、薮下哲司特別委員、春岡勇二選考委員長、そしてファン代表として四国から駆け付けた長谷川千尋朝日新聞三好支局長が客席から登壇。高橋聰実行委員長との「関西映画界重鎮五人衆」が繰り広げる思い出トークから、『オレンジロード急行』でメジャーデビューした大森一樹監督が、当時いかに映画少年を勇気づけ、そして配給会社で助監督の経験を積まなければ監督になれなかったシステム自体を覆す画期的な出来事であったかが鮮明に浮かび上がった。まるで40年の時を越えて70年代にプレイバックしたかのような“元映画大好き青年”たちの熱いトークの全貌をご紹介したい。
 

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蕭秀華さん(以下蕭):大森監督は会場で久しぶりにご覧になったと思いますが、今のご感想はいかがですか?
 
大森一樹監督(以下大森):途中から早く終わってほしいと思いました。まだ30分もあるのかと思って、胃が痛くなりました。
 
蕭:そうですか?皆さんと一緒にご覧になるというのは、お客様の反応が分かって楽しかったのではないですか?
 
大森:やめてほしかったです。
 
高橋聰実行委員長(以下高橋):何年ぶりだったのですか?
 
大森:その時は観ていないのですが、2年ぐらい前に東京国立近代美術館フィルムセンターで上映されたました。新しいのはあるのですが、(この会場は)35ミリフィルムは上映できないということで、現存する一番いい状態のDVDでご覧いただき、観にくかったと思います。DVDにもブルーレイにもならないですね、これが。
 
高橋:なんでやろ。でも、出演者の皆さんお若いし、びっくりしましたね。嵐寛寿郎さんとか。
 
大森:嵐寛寿郎さんや岡田嘉子さんは仕方がないとして、原田芳雄さんもお亡くなりになりましたよね。最初に出てくる林美雄さんはラジオ『パックインミュージック』のDJでしたが、亡くなりましたし、広瀬昌助さんも亡くなって。ちょうど『オレンジロード急行』のとき原田芳雄さんの付き人だった阿藤快さんも亡くなっています。早乙女愛さんも亡くなっているし、津田京子さんもですね。
 
蕭:早乙女愛さんは西城秀樹さんとの『愛と誠』を撮った後ですか?
 
大森:もちろん。
 
高橋:松竹の『愛と誠』監督、山根成之さんも亡くなっていますね。
 
蕭:それぐらい歴史のある作品ですが、ご覧になって薮下さん、春岡さん、長谷川さんはいかがでしたか?
 
薮下哲司特別委員(以下薮下):僕は公開以来37年ぶりに観たのですが、若い感性が凄く出ていると思ってビックリました。それこそ助監督の経験が全くなく、いきなりプロの人たち、それこそ嵐さんや岡田さんと仕事をされたわけですが、その時のエピソードを聞かせていただきたいです。
 
大森:岡田さんに出ていただくということで、岡田さんの劇団のところに行き、僕の汚い下宿で書いたシナリオをとうとうと読んでいただいた時にはびっくりしました。あとは、松竹だから、高杉早苗さんにやっていただいた役(メリー)を「原節子さん出ないでしょうか?」ということで、一応連絡は取ってくださったようです。ただ、当時はもう連絡が取れなくなっていたみたいですね。
 
 

■今だから分かる、『オレンジロード急行』は「学生運動からずっと青春を引きずっていた人たち」の物語。(春岡)

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蕭:あちらにポスターがございますが、薮下さんのもので当時のポスターを宝の山から探してくださいました。それもうれしいなと思っております。ありがとうございました。春岡さんは?
 
春岡勇二選考委員長(以下春岡):僕はもう5度目ぐらいになると思うのですが、初めて観た78年は僕が20歳のころで、あの当時は観ても分からなかったですね。原田さん演じる刑事たちが、(森本レオらが演じる)海賊放送の若者たちのことを言うときに「やつらは10年前のギブスみたいなものじゃないか」という台詞があります。68年といえば学生運動が盛んだった頃で、彼らが要するに学生運動からずっと青春を引きずっていた人たちだということが、この年になって分かりますね。78年当時は資料を読んだ時にそういうものなのかという感じはありましたが、今観ると、森本レオさんの役などは青春を引きずって、どう終わらせていいのか分からない人なのだと、改めて分かりました。オープニングのプロローグから大森監督らしく、ゾクゾクして「始まるな」という感じがしました。薮下さんもおっしゃっていましたが、瑞々しい感じがしましたね。僕が言うと生意気ですが。
 
 

■アメリカンニューシネマを散りばめた作品。映画がお手本で、映画が教科書で、映画を観て映画を作った。(大森)

大森:アメリカンニューシネマかぶれですよ。いたるところにアメリカンニューシネマが散りばめられています。
 
長谷川千尋朝日新聞三好支局長(長谷川):やはり最初は『ボニーとクライド』が、おじいさん、おばあさんになったときの話という意味で、(全般に渡って)大森監督が色々蓄積した映画的知識を色々なところに込めていると思いますが、いくつか紹介していただけますか?
 
大森:犯人から電話がかかってきて、カーテンを開けるというシーンは『天国と地獄』そのままです。
 
春岡:そうです、黒澤さんですね。
 
大森:音楽の使い方が『イージー・ライダー』だったり、『卒業』だったり、アメリカンニューシネマを浴びるように観て、日本でもこんなことをやってやろうという。要するに「老舗の松竹で、なんでファーストフードのような画を作るのか」と当時言われましたが、今の同世代の監督が作る映画よりはサービス精神に溢れていますよね?映画がお手本で、映画が教科書で、映画を観て映画を作りましたから。
 
長谷川:ちょっと思ったのですが、『オレンジロードエクスプレス』というタイトルは、『シュガーランド・エキスプレス』の?
 
大森:そうですね。それしかないという。
 
高橋:ラストの海のシーンは、藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』ですか?
 
大森:そうですね。『八月の濡れた砂』自体が『冒険者たち』のパクリでしょ?

 

 

■78年当時、学生から映画監督になって映画を撮るというのは映画少年にとって画期的。(長谷川)

長谷川:実は僕はこの作品、78年に公開されて以来なのですが、当時大学生で非常に貧乏学生でした。お金がないので、本は図書館で観ていたのですが、この時だけキネマ旬報を買いました。78年1月、この年『スターウォーズ』の第一作が公開されたのですが、私は『スターウォーズ』に釣られたのではなく、第二特集として『オレンジロード急行』の脚本が載っていたのです。私も当時映画が好きで、学生から映画監督になって映画を撮るというのは、映画少年にとって画期的でした。お金がないけれど、この号だけは買って脚本を読みました。城戸賞を受賞し、脚本を書く時に主役として思い描いていたのは鈴木清順監督と田中絹代さんだったと書かれていたんのですが、本当にそうだったのですか?
 
大森:こんなにメジャーになると思っていなかったですよ。『暗くなるまで待てない!』(デビュー作)と同じように自主映画で撮ろうと思っていたので、清順さんが出てくれるのではないかと思ったのです。
 
春岡:『暗くなるまで待てない!』には清順さんが出られたのですよね。
 
大森:ただ、松竹なので俳優を使わないとダメだと言われて。本当にただの一介の学生が松竹の監督をやるなんて考えられなかったですね。今では誰でも映画監督をやれるようになりましたが、当時は特別なことだったので、自分でも本当にそういうことはあるのかなと思いながらやったのを覚えています。
 
高橋:映画界の常識が変わりましたね。
 
長谷川:ちょっと補足説明をしますと、昔は映画監督になろうとすると、映画会社に入って助監督を10年ぐらいしないと監督に上がれないというシステムでした。その時に学生で自主映画を作ったのが認められ、監督になった初めての例が大森監督なのです。ちょうどその頃、コマーシャルフィルムから出てきた大林宣彦さんらが登場したのが、77~78年の日本映画の状況です。当時の映画好きな若者にとって、大森さんは希望の星でした。
 

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■外部の人にとってはチャンス、関係者にすればもっと若手に撮らせろという傾向になった。(高橋)

春岡:この時僕は20歳でしたが、大林さんの後、松本敏夫さんのようなコマーシャルの方から出てこられた作家もいました。実験映画からの石井聰互監督だったり。大森一樹監督は、俺達と同じように高校時代から八ミリを回していた八ミリ小僧だったような人が、シナリオを書いて城戸賞で認められ、松竹でプロのスタッフを使って劇場映画が撮れるのは本当に衝撃的でしたね。『69 sixty nine』で村上龍も書いているような、高校生が撮った映画が大人たちに認められるというのも衝撃的でしたが、大森さんや石井さんがプロの映画監督になるというのは、「俺たちも、ひょっとしたらなれるんじゃないか?」と思えるぐらい衝撃でした。
 
高橋:外部の人にとってはチャンスだと思っただろうし、関係者にすれば、大森さんがデビューしてくれたので、僕らの昇格が速くなったと。つまり大森みたいな20代の若者が撮るなら、もっと若手に撮らせろみたいな傾向に映画会社もなったと思います。外部の人にとっては、自分も映画が撮れるかもしれないと。長谷川さんもその一人だったと思いますが。

 

■取材する記者として、「大阪の希望の星」大森君を見守ってきた。(薮下)

蕭:薮下さんは大森監督にどんな思いを抱いていらっしゃいましたか?
 
薮下:皆さんと同じですね。僕は『オレンジロード急行』の時は既に就職して仕事をしていました。同僚に、今日は是非ここに座ってほしかったのですが、村上智彦という漫画評論家と隣同士で仕事をしていました。村上知彦は大森さんの盟友で『暗くなるまで待てない!』のプロデューサー兼出演者でもあり、撮影の時も逐一彼から様子を聞いていました。この映画祭の元々の成り立ちも『暗くなるまで待てない!』を自主映画賞にするために作られた映画祭ということで、自分たちが逢いたい人を呼ぼうということで始まったわけです。その時からずっと取材する記者として、大森さんとずっと付き合ってきています。当時は映画祭のスタッフではありませんでしたが、当時からずっと横で見守ってきていました。大森君も「大阪の希望の星」として見守ってきた感じですね。
 
 
 

■1回で終わりだと思っていたおおさか映画祭。石原プロから送られた一升樽の日本酒で心地よくなり「来年もやろう」。(高橋)

蕭:「大森君」と呼ばれていましたね(笑)。私たちは「監督!」という感じですが、それぐらい若い頃から大森監督をずっと見守ってこられたということですね。
『暗くなるまで待てない!』に賞をあげたいということで、おおさか映画祭が始まった訳ですが、第1回目のときに、40年続くと思いましたか?
 
高橋:全然。1回で終わりだと思っていました。渡哲也さんを呼ぼうと思って主演男優賞にしたのですが、病気になったのか、石原プロの仕業なのか呼べなかったのです。ところが、石原プロが一升樽の松竹梅を送ってきてくださり、それを飲んだので、酔っぱらって皆心地良くなって、「来年もやろう」と。
 
薮下:第一回の助演女優賞が多岐川裕美さんだったのですが、なぜか僕がプレゼンテーターとして花束を渡したんですよ。
 
蕭:こうやって話をしていると、楽しくて笑ってしまうこともたくさんあったようですね。
 
大森:当時高橋さんがやっていた「週刊ファイト」ですが、『オレンジロード急行』では「週刊ガッツ」に変えて。
 
薮下:高橋さんが『暗くなるまで待てない!』のカメラマンだったんですよね。その時のエピソードがありますか?
 
大森:高橋さんが「週刊ファイト」を2週間休んでね。
 
蕭:本当に言葉が少し悪いですが、「映画バカ」の皆さんがお互いに見守り、続けてきた映画祭。今後の展望は聞かないでくれと言われたのですが、大森監督と高橋実行委員長にお伺いして、トークショーを終わらせていただきたいと思います。
 
大森:この後表彰式がありますが、山下君が監督賞です。大体僕が撮ったら監督賞だったのですが、代替わりということで、今大阪芸大の映像学科の学科長をしていますが、ここ何年かずっと大阪芸大ばかりなので、大阪芸大映像学科映画祭なら続けてもいいじゃないですか。
 
高橋:1回目から大森映画祭でした。自主製作賞から始まって、監督賞、脚本賞、全部撮って、一番多いじゃないですか。
 
大森:カタログにも書きましたが、2007年の監督賞(『悲しき天使』)は全国でもここだけですよ。
 
高橋:『悲しき天使』、あれはいい作品でしたよ。今年、ベトナムの映画を撮りましたよね。
 
大森:撮ったのに(ベストテンに)高橋さん、入れていないから。
 
蕭:この映画祭のためにも、大森監督に撮り続けていただきたいと思います。本当にどうも、ありがとうございました。
 
(江口由美)

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《第7回京都ヒストリカ国際映画祭》を終えて

2015年10月31日(土)~11月8日(日)、京都歴史博物館と京都みなみ会館で開催されていた《第7回京都ヒストリカ国際映画祭》は、最終日に『NINJA THE MONSTER』(日本初上映)と『ラスト・ナイツ』(11/14公開)の上映で幕を閉じた。毎年、時代劇のメッカ・京都にふさわしい作品を世界中から集めた映画祭は、時代劇ファンにとっては大変貴重な映画祭である。特に、日本初上映を含む新作だけを集めた【HISTORICA WORLD】は毎年楽しみにしている。今年は全部は見られなかったものの、『フェンサー』『吸血セラピー』『大河の抱擁』『NINJA THE MONSTER』を見る機会を頂いたので少しご紹介したい。
 


his-fencer-500.jpg★自由のない暗い時代でも、生きる希望が人を強くする
第二次世界大戦後のエストニアを舞台にした『フェンサー』 (2015年)は、戦後ソ連の領土となったエストニアの田舎の子供たちと、フェンシングを通して夢と生きる力を育んだ実在の教師エンデル・ネリスの勇気ある行動を精緻な映像で描いた感動作である。政治犯としてソ連の秘密警察に追われる身のエンデルは、息を潜めてエストニアの田舎で教師生活を送っていたが、戦争で父親を失った子供たちに慕われ、特技のフェンシングを教えるようになる。子供たちに支えられ自らも居場所を見出すエンデルの様子や、戦後の困窮生活の中にも柔らかな光が差し込んでいく描写は胸を熱くする。フェンシングの全国大会でのエンデルや子供たちの表情がいい。シンプルな構成ながら、次第に色味を増していく映像から希望がわいてくるのが実感できる、そんな映画だ。
 
 


 his-kyuuketu-550.jpg★悩めるドラキュラ伯爵のセラピー治療とは!?
20世初頭のウィーンを舞台にした『吸血セラピー』 (2014年)は、500年も連れ添った妻の愚痴に悩むドラキュラ伯爵がフロイトのセラピーを受けに来るという、ドラキュラとはいえ人間的な悩みを持つことに親しみがわいてくる映画だ。影がなく鏡にも写真にも映らない。自分がどんな顔なのか見たことがなく、美しいかどうかさえ分からない。他人の意見を聞くしかないので、毎日夫に自分についての感想を言わせる妻。それが500年も続けば、そりゃストレスも溜まるだろう。フロイトがドラキュラ伯爵夫妻に紹介した若い画家とその恋人をめぐる愛と血を追い求めるホラーコメディが、思いのほか面白かった。

◎『吸血セラピー』トークショーの模様はこちら
 


his-taiga-500.jpg★大河が見つめてきた、西洋文化の功罪
アマゾンの奥深く、西洋文化が如何に自然を破壊し原住民たちの生活を踏みにじっていったかがよくわかる『大河の抱擁』 (2015年)。部族で最後の生き残りとなったシャーマン(呪術師)カラマテの記憶を辿りながら行くアマゾン探検の旅である。20世紀初頭、カラマテが若い頃随行した探検家の日記を基にアマゾンを遡上したいとアメリカ人のエヴァンがカラマテを頼りにやってくる。アマゾン流域の豊かな自然がゴム資源を求める白人たちに破壊され、流域で暮らす人々の暮らしも残酷なほど一変させてしまう。それは、資源を求めてやってくる山師であり、無理やりキリスト教を押し付ける宗教家である。自然の息吹を感じながら、畏怖の念をもって逞しく生きて来た人々の変化をモノクロ映像で捉えた世界は、失われた文明を再発見する旅でもある。

 


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★忍者本来の姿を描く時代劇スリラー
松竹株式会社の若手レーベルが海外向けに制作した『NINJA THE MONSTER』は、朝の連ドラ「あさが来た」で五代友厚を演じて人気急上昇中のDEAN FUJIOKA主演の忍者映画。江戸中期の浅間山噴火と天明の飢饉を背景に、困窮する長野藩のお家存亡の危機と正体不明の化け物騒ぎを絡ませたストーリー展開は、斬新。自然界のパワーバランスに敏感な山伏のような忍者像は、黒覆面の超人という従来のイメージを一新させる。お家の困窮を救おうと人身御供にされるお姫様と忍者・伝蔵との微妙な関係性も興味深い。イケメンすぎるDEAN FUJIOKAの甘いマスクがキリリと光る忍者ぶりに魅了される一篇だ。

 



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この上映会は、京都ヒストリカ国際映画祭のいつもの客層とは違い、観客は女性ばかり!映画祭ナビゲーター・飯星景子さん司会による上映後のトークショーでは、黄色い歓声に迎えられてDEAN FUJIOKAと落合賢監督が登場。本作についていろいろ語ってくれた。

■今までの忍者のイメージを一新するアクションと忍者像
国際的に活躍するスタッフやキャストが集結して完成した作品とあって、ブルーレーベル海外向け第1作として自信を持って売り出したいと力強く語る落合監督。5年前に出会って意気投合したDEAN FUJIOKAとは、いつか一緒に映画を作りたいと、東京にあるジャマイカ料理を食べながら語り合ったそうだ。その後、『NINJA THE MONSTER』の企画書がDEAN FUJIOKAの元に届き、スカイプで連絡を取り合い、忍者についての資料を勉強するよう宿題が出されたという。かねてより中華武術をやってきたDEAN FUJIOKAは、今までの忍者像を一新するようなアクションを学ぶように言われ、フィリピンの「カリテ」という接近戦に強い武術を練習。劇中では、一番の見せ場となる山小屋の薄暗い中でのアクションに活用され、忍者・伝蔵の独特の殺陣が生まれた。

 

his-ninja-t-di-1.jpg ■神秘性を出すためにデザインされた液状の化け物
アニメ『もののけ姫』や『プレデター』などからイメージして、CGで創り上げているが、あまり知性的な化け物にはしたくなかったという。そのため目をひとつにして、予測不可能な動きと正体不明な不気味さを出している。具体的なビジュアルが完成する前に実写部分の撮影が進んだので、DEAN FUJIOKAは見えない敵との演技に苦労したようだ。落合監督のゾウのような声を合図に、それに向かってアクションを起こしたという。DEAN FUJIOKAは、『風の谷のナウシカ』のオウムのようなものを想像していたので、完成した作品を見て驚いたという。

 
■京都での撮影と日本武術の様式美
京都の松竹撮影所を中心に行われた撮影は真冬に行われ、劇中降っている雪は本物だそうだ。年末の撮影所では餅つきをしていて、お餅をご馳走してもらって嬉しかったというDEAN FUJIOKA。日本武術の様式美を教えてもらい、別のクルーの人たちと一緒に素振りもしたと懐かしそうに語る。そこで、DEAN FUJIOKA自前の武器を持ち出し、この日来場していたアクション俳優と殺陣を披露。DEAN FUJIOKAの生アクションを近くで見られて、観客も興奮気味。

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■他人とは思えぬ“もののけ”と忍者に親近感
DEAN FUJIOKAは、“もののけ”も忍者も陰の存在で、世の中に認められず孤独に生きている覚悟が心に沁みると振り返り、伝蔵役をまた演じたいと希望。落合監督も、伝蔵が自分の居場所を求めているのに対し、藩のために人身御供になろうとしているお姫様もモンスターも忍者も、同じ立ち位置にいるという。DEAN FUJIOKAと落合監督は海外で長く暮らしてきて、こうしたキャラクターたちと共通するものを感じたようだ。DEAN FUJIOKAも、「5年前、なぜ落合監督に声をかけたのか今分かった。他人とは思えぬ何か共感するものを感じたからだ」と振り返った。


日本公開は、海外での映画祭のスケジュールによるので未定。細かな歴史的考察とファンタジックなシーンをミックスさせた新しい忍者映画に、乞うご期待下さい。

(河田 真喜子)

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プロデューサーが語る異色吸血鬼ムービー秘話とオーストリア映画事情『吸血セラピー』トークショー@第7回京都ヒストリカ国際映画祭
登壇者:アレクサンダー・グレア氏(プロデューサー) 
    ミルクマン斉藤氏(映画評論家)
 
10月31日から開催中の第7回京都ヒストリカ国際映画祭。2日目となる11月1日は、ヒストリカワールドより『吸血セラピー』(14 オーストリア=スイス)、『フェンサー』(15 ドイツ=エストニア=フィンランド)、『千年医師物語~ペルシアの彼方へ~』(13 ドイツ)の3本が上映され、上映後には映画評論家ミルクマン斉藤氏によるトークショーが開催された。
 
ミルクマン斉藤氏曰く「ヒストリカは歴史映画かと思うギリギリのところを狙ってくる面白い作品が多く、『吸血セラピー』もその部類」と太鼓判を押した作品。ゲストとして、オーストリアより同作のプロデューサー、アレクサンダー・グレア氏を迎えて行われた『吸血セラピー』トークショーでは、冒頭に「オーストリアの映画製作者として地球を半周した日本でこの映画を観てもらえるのはうれしい。作った甲斐があった」と喜びの挨拶をしてから、1930年代のウィーンを舞台にした吸血鬼コメディーの発想のきっかけや、オーストリア映画事情、作品中の諸設定についてミルクマン斉藤氏と興味深いトークを繰り広げた。その内容をご紹介したい。
※『吸血セラピー』をはじめとする、ヒストリカワールド作品は、11月7日(土)22:30より京都みなみ会館で「ヒストリカ・ワールド4作品オールナイト上映」と題した再上映あり。
 
 
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<ストーリー>
1930年代ウィーン、フロイトはミステリアスな伯爵を患者として迎えるものの、彼が語る妻の愚痴や悩みに、腕のいい画家の卵ヴィクトールを紹介し、伯爵夫人の肖像画を描かせることを提案する。ヴィクトールはモデルのルーシーのことが好きだが、伯爵と姿を消したルーシーに疑惑の目を向ける。一方、伯爵はルーシーに何百年も前に別れた最愛の人の面影を重ねていた。そう、伯爵夫妻は500年もの夫婦生活を続ける超倦怠期バンパイア―夫妻だったのだ。
 

―――グレアさんは本作のプロデューサーとのことですが、かなり精力的に映画を制作されているそうですね。
アレクサンダー・グレア氏(以下グレア氏):ノボトニー&ノボトニー社の社員です。社名となっている社長のノボトニ―氏は、70年代から監督として活躍している方で、私は2007年に入社し、今は一緒に映画を作る仕事をしています。ノボトニー&ノボトニーという社名なのは夫婦でやっているからですが、今はノボトニ―フィルムプロダクションというCMに特化した会社を奥さんが経営しており、夫である監督の方は芸術映画作るという形で、完全に分業した映画制作会社になっています。
 
―――日本でオーストリア映画をなかなか見る機会はありませんが、デイヴィット・リューム監督のバックグラウンドは? 
グレア氏:デイヴィット・リューム監督は両親も芸術肌です。父親は作家で、ウィーンの文学界で70年代に革命を起こしたメンバーの一人ですし、母親はポーランドが東西に分割されていた頃の東側に属するポーランド人で、オペラ歌手です。監督自身も幼い頃はウィーン少年合唱団で歌っていたこともあり、芸術的バックグラウンドを持ちかつ、東西分割時の雰囲気を受け継いでいる家庭に育っています。この映画の中でもその要素を散りばめているのが分かります。ロマン・ポランスキーもそうですが、ポーランドは共産主義の中で独特のコメディーを作る要素があります。
 
作家ということで言えば、映画の中で文学的に面白い対話がされており、それは父親の影響が反映されています。フロイトが夢を見る錠剤をいくつか飲み、分からない言葉をしゃべるくだりがありますが、それは父親が作った実際の作品です。
 
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―――日本でも映画だけでは食べていけず、CM製作などをすることが多いですが、オーストリアの映画事情は?
グレア氏:オーストリアは、昔は大帝国で文化が花咲いていたのに、第二次世界大戦後、重要な国ではなくなっていると皆認識しています。「昔はすごかった」と嘆くことを我々はオーストリア病と呼んでいます。映画は新しい分野の芸術で、最初は娯楽から始まりましたが、70-80年代、オーストリアの一つの文化となりうるべきではないかという考え方が出てきました。また、80年代には、フランスを中心にヨーロッパでも映画を社会で育てていこうという政策がありました。オーストリアは人口が800万人と少ないですし、そこだけで上げられる収益も少なく、いつもどうやって次の作品のお金を作ろうかと画策しています。オーストリアはドイツ語をしゃべるのですが、かなり方言がキツく、ドイツ人は我々がしゃべるドイツ語をかなり分かりにくいと思っているようなので、この作品では、あえて伯爵は標準ドイツ語をしゃべらせ、ドイツでも作品を受け入れてもらえるようにしています。
 
ただ、人口が少ないことは裏返せば、市場に迎合せず、実験的な作品にも挑戦できるということです。大衆向けではなく自分たちの活路を見い出しています。現在ポストプロダクション中のエゴン・シーレを描いた作品もその中に入るでしょう。
 
―――1932年という時代設定にした理由は?
グレア氏:何年もかけて作られる間に、紆余曲折がありました。リューム監督は最初、精神科医のフロイトに焦点を当てることを考えていました。監督自身もユダヤ人のバックグラウンドがあり、フロイトもユダヤ人ですから。ただ、そこに焦点を当てるとコメディーが成り立ちません。また、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期だと、自動車は登場させられるけれど、まだものすごく交通機関が便利になったわけではない。また登場する景色も現存のものが使える等総合して考え併せた結果、このような設定になった訳です。
 

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―――第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期という設定で、少し世紀末的なコメディーになっていますね。
グレア氏:ナチスが台頭しかける時代でもあり、飲み屋から二人の酔っ払いが出てくるところは、台頭するナチスに心酔する人を皮肉る意味も込めて登場させています。フロイトが吸血鬼というものに実際に関心を持っていたのは事実です。吸血鬼は不死で孤独な存在です。アメリカに興味深い研究結果があるのですが、民主党の人が大統領になると吸血鬼を扱う映画が、共和党の人が大統領になるとゾンビ映画が増えるそうです。吸血鬼は個人主義の台頭、ゾンビは大量の人が同じ方向を向くということで映画の傾向で、次の大統領選が分かるという見方もあるかもしれません。
 
―――吸血鬼は東欧からヨーロッパ文明の退廃の象徴のように思いますが、この作品に吸血鬼を取り入れた理由は?
グレア氏:私はオーストリア南部のシュタイマルク地方の出身ですが、そこにあるお城に伝わる本に吸血鬼伝説があります。ルーマニアに行けば実際にドラキュラ伯爵がいましたし、ヨーロッパの退廃というより、人間が普遍的に持つ不安や願望だと思います。不死が願望であり、誰かを噛むというのはたいてい惚れ込んだ人を噛むので、そこから悲喜こもごもが生まれ、ジレンマにも陥ります。アメリカの『トワイライト』シリーズ同様、普遍的なものだと捉えています。
 
―――吸血鬼にはいくつかお約束的な設定がありますが、数えることにこだわる吸血鬼は初めて見ました。吸血鬼の肖像画を書くときに、筆先が拒否するのも面白く、オリジナリティを感じました。このアイデアはどこから思いついたのですか?
グレア氏:吸血鬼が数えることにこだわるのは、色々な伝承にあり、それらを受け継いだものです。吸血鬼を防ぐために、数を数えて時間を稼ぐのも伝承でありますね。監督が(吸血鬼の妻が)鏡に映らないということは、絵にも書けないのではないかと考え、(妻は)うぬぼれているけれど自分の姿を確認できないという設定を絵に反映させようと、我々のアイデアを取り入れました。
 
―――伯爵を演じているのはドイツ映画ファンならなじみの深いトビアス・モレッティさんです。また『ブリキの太鼓』で主演を演じた少年(ダビッド・ベネット)が伯爵の召使役で出演しています。そのあたりのキャスティングについてお聞かせください。
グレア氏:一番最初に探したのは、ルーシー役とヴィクトール役でした。あまり名声もなく、実績がない若い年齢層から選ばなければなりません。また、ルーシーは美人だけど自己主張が強いので、この二人のやりとりが物語の肝になると思い、ここは時間をかけて選びました。トビアス・モレッティさんは以前一緒に仕事をし、今回ドラキュラ役をやってほしいと脚本を送ったところ、すんなり決まりました。
 
ダビッド・ベネットさんはスイス人で、まさに『ブリキの太鼓』で有名になりましたが、それ以来姿を現していないので、やってもらえるかどうか心配でした。今はオーストラリアで演劇の仕事をしていたので、そこまで出向き、「やりたい仕事しか受けない」と言われながらもオファーを受け入れていただけ、非常に幸運でした。ダビッド・ベネットさんは、トム・クルーズの映画にも出演しており、あの人と今回一緒に映画ができるなんてと興奮しました。
(江口由美)

<作品情報>
『吸血セラピー』
(2014年 オーストリア=スイス 1時間27分)
監督・脚本:デイヴィット・リューム
出演:トビアス・モレッティ、ジャネット・ハイン、コーネリア・イヴァンカン、ドミニク・オリー 
 
第七回京都ヒストリカ国際映画祭はコチラ 
 

his-op-550-1.jpg《第7回京都ヒストリカ国際映画祭》開幕!!

(2015年10月31日(土)京都文化博物館にて)

his-tiger-500.jpg京都ならではの歴史映画の祭典、第7回京都ヒストリカ国際映画祭が10月31日(土)、京都・三条の京都文化博物館で開幕、オープニングとして香港のヒットメーカー、ツイ・ハーク監督のアクション大作『タイガー・マウンテン~雪原の死闘』が上映された。
 

終了後には、同作品のエグゼクティブ・プロデューサー、ジェフリー・チャン氏が登場し、映画祭ナビゲーターの飯星景子さんと1時間を超える熱いトークを繰り広げ、詰めかけたファンを喜ばせた。


his-op-2-1.jpgツイ・ハーク監督とは友人でもあるジェフリー・チャン・プロデューサーは「監督が70年代にアメリカ留学していたころ、ニューヨークの街で中国伝統の“プロパガンダ映画”を見て、リメイクしたい、と考えていたようです。彼は何でも出来るし、ワーカーホリックと言えるほど働く。2Dと3D作品を同時に撮る監督は中国には彼しかいないでしょう。この映画でも雪のシーンで苦労したが、期待出来る映画になったと思う」と称えていた。
 

 

his-ougonjou.jpg初日は午後5時からインドネシアで大人気の武侠映画『黄金杖秘聞』を上映。観客は迫力満点のアクションを堪能していた。


ヒストリカ映画祭は“世界で唯一”歴史をテーマにした映画祭で、世界の最新歴史映画を集めて上映する。7回目の今回は、初の試みとして京都・太秦撮影所製作のテレビ時代劇特集など、11月8日まで9日間で全26作品を文化博物館、京都みなみ会館の2会場で上映する。

(安永 五郎)

★公式サイト⇒ http://www.historica-kyoto.com/

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10月31日から11月8日までの9日間に全22作品を京都文化博物館、京都みなみ会館の2会場で上映する第7回京都ヒストリカ国際映画祭。先日のラインナップ発表に引き続き、上映スケジュールおよび上映後の登壇ゲストが発表された。

上映スケジュール ⇒ http://www.historica-kyoto.com/schedule/

 

 

 

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11月3日から6日まで京都文化博物館で上映されるヒストリカフォーカスでは、史上初となるテレビ時代劇特集がラインナップ。上映後は、製作に深く携わったゲストを迎えてのトークが開催される。時代劇マニアでもある映画 監督の犬童一心さんが、時代劇ドラマの製作舞台裏に迫り、さらにドラマを掘り下げていく趣向で、ここでしか聞けない貴重な話が飛び出すこと必須だ。 
 
 
チケットは、10月5日(月)より、チケットぴあにて発売。料金は、上映作品ごとに設定されている。詳細は下記を参照。
 
チケット料金、販売方法 ⇒ http://www.historica-kyoto.com/ticket/

 

his-kaiken-550.jpg第7回京都ヒストリカ国際映画祭 上映作品決定!

京都のテレビ時代劇、史上初の特集上映!時代劇に刺激を与えた監督・俳優の挑戦をトーク!

『CASSHERN』、『GOEMON』の紀里谷和明監督の来場決定!ハリウッド進出作『ラスト・ナイツ』を監督が語る!

今年、中国の大ヒット作『タイガー・マウンテン〜雪原の死闘〜』日本上陸!“ツイ・ハーク”マジックのウラ側を探る!

 公式サイト⇒ https://twitter.com/historica_kyoto
 


  

京都ならではの歴史映画祭、第7回京都ヒストリカ国際映画祭の概要が9月17日、発表された。今年は10月31日から11月8日までの9日間に全22作品を京都文化博物館、京都みなみ会館の2会場で上映する(上映日程詳細は10月上旬決定)。


his-tiger-500.jpgオープニング作品は、中国・香港映画の重鎮・ツイ・ハーク監督の『タイガー・マウンテン~雪原の死闘』(14年)。クロージング作品は 、紀里谷和明監督のハリウッド進出作品『ラスト・ナイツ』(15年)で初日の上映日には紀里谷監督も来場しトークショーを行う。


his-sennen-550-1.jpg世界の新作歴史映画を上映する、《ヒストリカ・ワールド》は6作品。オーストリア、スイス『吸血セラピー』(14年)、コロンビア、ベネズエラ『大河の抱擁』(13年)、ドイツ、エストニア、フィンランド『フェンサー』(15年)、日本、落合賢監督『NINJA THE MONSTER』(15年)、インドネシア『黄金杖秘聞』(14年)、ドイツ『千年医師物語~ペルシアの彼方へ~』(13年)。『黄金杖~』以外の5本は日本初上映。


今年の目玉企画、《ヒストリカ・フォーカス》と題して上映される「京都のテレビ時代劇」特集。元来「テレビ放映用に作られたテレビ時代劇」をスクリーンで上映するのは初の試み。  作品は単発ドラマで長編の中村勘九郎(五代目)主演『森の石松』(92年)、深作欣二監督『阿部一族』(95年)、工藤栄一監督『町奉行日記』(92年)、北大路欣也主演『ご存知!  旗本退屈男』(88年)、沢口靖子主演『艶姿初春!照姫七変化』(91年)。単発ではないが三田村邦彦主演『殿さま風来坊  隠れ旅第1話スペシャル』(94年)。


his-surounin-500.jpgお茶の間の人気を集めたシリーズ時代劇の中から、渡辺謙『後家人斬九郎  第5シリーズ第10話』、高橋英樹『三匹が斬る!  第1話』、緒形拳『必殺仕掛人第1話』(72年)、山崎努『新・必殺仕置人  第1話』、勝新太郎『新・座頭市Ⅱ第10話』(78年)、『服部半蔵  影の軍団第2話』(80年)、近衛十四郎、品川隆二『素浪人  月影兵庫第1話』(65年)、坂口祐三郎『仮面の忍者  赤影第1話、第10話』の全14作品。


京都撮影所の映画職人の手になる作品は「映画と同しレベル」が堪能出来そうだ。

他に、犬童一心監督、俳優・品川隆二らによる「ヒストリカ・トーク」、立命館大学映像学部との連携企画としてソフィア・コッポラ監督『マリー・アントワット』(06年)上映もある。今年も“ヒストリカ・ナビゲーター”としてカンフー、武侠映画通の飯星景子さんが参加する。