映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

2019年11月アーカイブ

CAMILLA-tolk-550.jpg
登壇者:エミリー・ハリス監督、映画評論家 ミルクマン斉藤さん
 
 10月26日から京都文化博物館にて開催中の第11回京都ヒストリカ国際映画祭。8日目となる11月3日は、ヒストリカワールドよりイギリス映画『カーミラ ―魔性の客人―』(18)が上映され、上映後にはエミリー・ハリス監督と映画評論家ミルクマン斉藤さんによるトークショーが開催された。
 
 ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館でフィルムを使った展覧会やインスタレーションを行なっているエミリー・ハリス監督。過去に短編や長編も制作しているが、本作で初めての歴史ものに挑戦したという。ドラキュラーに先駆けて著されたホラー小説『カーミラ』を大胆に翻案。18世紀イギリスを舞台に美しくも不穏な招かれざる客を描いた美しき歴史ホラー映画だ。「最も美的なカーミラ伝説の映画」と絶賛したミルクマン斉藤さんが、エミリー・ハリス監督と繰り広げた興味深いトークの内容をご紹介したい。
 

 

CARMILLA-550.jpg

―――愛への希求、エロティシズムの要素が含まれていましたが、とても風格の高い映像でした。ドラキュラーに先駆けたカーミラ伝説のアウトラインを追っていると思うが、現代のハリス監督:映画として翻案する際、どういう点に一番注意を割きましたか?
ハリス監督:原作とは全く違います。私は吸血鬼の表面的なお話ではなく、人の心理的な部分を深く掘り下げ、内面を見ていくのが興味深く、初の女性吸血鬼の話であることに大変惹かれました。翻案する際には、外から悪魔的なものが入ってきたときは、それを排除するという現代人にも通じる行動を描きました。
 

CAMILLA-tolk-di-240-1.jpg

―――カーミラが吸血鬼かもしれないという、ちょっとした意匠が散りばめられているのも印象的です。解剖図を見るということは、肉体、性への目覚め、思春期の目覚めが見て取れますが何を意図していますか?
ハリス監督:色々な理由はありますが、まずは大人になるストーリーがメインです。女性の周りにジェラシーが渦巻き、時代的に恐れや宗教や無知や、外とは繋がらない世界に生きている孤立感があります。その中で医学は全く違い、手品師がでてきますが、幻想にもつながっているところがあり、手品師は悪魔という悪いものも連想させます。さらには伝えていないバックストーリーもたくさんあります。ララの父は医者で家にたくさんの医学本があり、ララはスリルを持って本を読んでいます。彼女はティーンエイジャーなので大人の体になることに魅力を感じています。一方、フォンテーヌは宗教がベースにあるので、他者を知ることや医学本を見ることは信念に反する危険なもので、発見してほしくないと思っています。リボンが巻かれているというのは、フォンティーヌに押さえつけられている抑制のイメージです。
 
 
―――あちらこちらに昆虫のクローズアップが出てきます。ネイチャーシネマトグラフィーという肩書きもエンドクレジットに出てきますが、それらを挿入した理由は?
ハリス監督:全体のストーリーは自然がベースになっています。自然部分のパートを全部取り出して並べると、大人になるというストーリーになります。すごく美しく綺麗な虫たちが、だんだんダークサイドになり、腐っていく。またはてんとう虫が1匹から2匹になり、だんだん腐っていく。自然は美しいけれど、それだけでなく醜い部分もある。見え方によって違ってくるということも伝えたかったのです。
 
 
CARMILLA-500-1.jpg
 
―――ドラマ部分もできるだけ自然光を取り入れていると思います。イギリスのイースト・サセックスという自然が豊かなロケーションも寄与していると思いますが。
ハリス監督:意図的に多くの自然光を使いました。キャンドルライトも多用しています。映画を見ると炎がゆれるのが写っていますが、映画のフレームの外でたくさんキャンドルを炊き、反射させ、自然な明かりをみせるようにしました。今はデジタルで何でも作れますが、私はアート的に面白くないと感じるのです。炎でライブ感を出し、予測できないものを描きました。レンズもロシア製の50年代のレンズを、時間をかけて探しました。キャンドルの揺れを、ライブ感をもって写すことができるものです。セリフだけでなく、それを伝えることができたと思います。
 
 

CAMILLA-tolk-di-240-3.jpg

―――35ミリフィルムかと思うぐらい、ロウソク光が美しく撮られ、ゴシック的な風味を高めていました。
ハリス監督:本当は35ミリを使いたかったのですが…。カメラでは不可能なこともありますが、CGIを使いたくなかったので、幻想部分もうまくクリエイトし、カットせずに撮るようにしました。
 
 
―――ララとカーミラをつなぐ間に、一つのポエムがあります。「永遠という名の孤独」から始まるものですが、実在するポエムですか?
ハリス監督:実在の詩で、それを使うことで他のことではできないような内面的なところに入り込むことができました。特に若い子が演じるので、人生経験もあまりありませんし、ストーリーを理解し、伝えてもらう上で、大事な役割を果たしました。
 
 
―――馬車が壊れ、カーミラが放り出された後に落ちていたプリニウスの博物誌も、非常に意味があるように感じました。
ハリス監督:医学本も、プリニウスの博物誌も、色々アーカイヴしている場所にあるものをベースに、自分たちで作った本です。人は色々なイメージからアイデアを作ったり、創造して決めたりするのものです。ララは医学本に興味をもったり、十字架をカーミラのものと思ってずっと枕の下において大事に持っていますが、最後は彼女のものではないと分かります。フォンティーヌも本が悪魔のものだと思いますが、本は色々な理由を持っていて、悪魔だから持っていたのではないと思うのです。私がビジュアルシンボルとして入れ込んでいったものを、観客が見て、どう結論づけるか。それは自分たちで考えればいいと思っています。
(文:江口由美 写真:河田真喜子)
 

第11回京都ヒストリカ国際映画祭 公式サイトはコチラ
https://historica-kyoto.com/
 
zen-tolk-550.jpg
登壇者:マルゲリータ・フェッリ監督(写真中央)、主演 エレオノーラ・コンティさん(写真左)、聞き手兼通訳 中井美訪子さん(写真右)
 
 10月26日から京都文化博物館にて開催中の第11回京都ヒストリカ国際映画祭。8日目となる11月3日は、ヴェネチア国際映画祭提携企画作品として、イタリア映画『薄氷の上のゼン』(18)が上映された。アイスホッケーチーム唯一の女性メンバーで、いつもチームメイトのいじめに遭いながらも、怒りを露わにし、自分の道を突き進もうとするマイアと、チームキャプテンの彼女ヴァネッサが、アイデンティティや性的アイデンティティに悩む姿を、イタリアの自然豊かな山々やダイナミックな氷河の映像と対比させて描く。小さい村ならではの周りと違うことを受け入れがたい雰囲気は、まさに他人事とは思えない。ダイナミックな映像で描く、ソリッドかつ強度のあるLGBTQ青春映画だ。
 
 上映後は、ヴェネツィア・ビエンナーレと提携し、イタリア文化会館-大阪が招聘したマルゲリータ・フェッリ監督と主演のエレオノーラ・コンティさんが登壇し、聞き手兼通訳の中井美訪子さんとのトークショーが開催された。その模様を個別取材も一部絡めながらご紹介したい。
 

zen-550.jpg
 

■イタリアのアペニン山脈を舞台に、地元で盛んなアイスホッケーを取り入れて(フェッリ監督)

―――映画化までの経緯について教えてください。
フェッリ監督:私はボローニャのイモラ出身で、アメリカ(UCLA)でも学び、2013年にローマの映画学校(イタリア国立映画実験センター)を卒業し、すぐに書いた原作はソリナス賞を受賞しました。初の長編作であり自著の映画化だったので、私にとっては冒険的なことでしたが、なかなか映画化への進展が難しかった。ようやくボローニャのプロダクション(アイチコルツゥーレ)との出会いがあり、同じ州の制作会社と映画が作れることになりました。原作はイタリアアルプスが舞台でしたが、その制作会社はエミリア・ロマーニャ州で映画を撮ることに決めていたので、アペニン山脈に設定を変え、物語を構築しました。
 
フェッリ監督:アペニン山脈の麓にある村、ファナーノには元々アイスホッケーのリングがあり、アイスホッケーチームもあります。ホッケーの設定は原作にはありませんでしたが、若者たちとスポーツとの関係を取り入れられると思い、ストーリーを再構築していきました。主人公の女性二人の心の悩みは、原作通りに描いています。二人とも性格は異なりますが、思春期独特の悩みや、社会の基準と自分は違うと感じていることを軸に映画を作っていきました。
 
 

■マイアの心の中の抽象的な景色を、世界中の氷河で表現(フェッリ監督)

―――アペニン山脈をはじめとする氷河や、氷河が崩れ落ちる映像などが、マイアの心象風景のように挿入されますね。
フェッリ監督:アペニン山脈の自然を描くだけでなく、マイアの心の中の景色、感情の風景を描きたかったのです。マイアの心の中の感情の変化を、世界中の様々な氷河の映像を集め、取り入れています。その心の中の景色は少しエキゾチックで遠いところにあるということも意識しています。つまり、日常的なリアルな景色としてアペニン山脈の景色が登場する一方で、心の中の抽象的な景色は、また違う場所の氷河という違いを見せているのです。
 
 

■皆映画初出演、撮影前5週間のリハーサルが役作りの助けになった(コンティさん)

zen-tolk-ele-240-1.jpg

―――写真家の活動をしているコンティさんが、主人公、マイア(通称ゼン)を演じることになったきっかけは?
コンティさん:イタリアでプロの女優になるには、舞台演劇の勉強をしたのち、映画の勉強をし、出演活動をするのが普通ですが、私は今も映画と写真の学校に行っており、演技をするというより、映画を作ることに興味があり、映画撮影に何らかの形で関わりたい。それこそ、コーヒーをセットに届けるという一番下のアシスタントでもいいから関わりたかったのです。友達から本作のオーディションのことを教えてもらった時も、撮影現場につながるのではないかと考えて、オーディションに参加しました。終了後、「アシスタントをしたい」と言って帰ると、その後、アシスタントではなく主人公を演じてほしいと言われたのです。
 
フェッリ監督:1回目のオーディションでコンティさんと出会ってから、この人だと思っていました。本作に出ている役者は皆、映画初出演です。ホッケーチームの男子メンバーも、ファナーノ村で実際にホッケー選手の生徒たちです。
 
 

zen-500-2.jpg

 
―――ナショナルチームに選出されるホッケー選手という役柄ですが、どれぐらいホッケーの練習を重ねたのですか?
コンティさん:京都に来ていますが、実はイタリアで大事なホッケーの試合を休んで来たんです。というのは嘘で(笑)、私と、私が殴られるルカ役の二人で、ホッケーチームの人たちに基礎的なことを教えてもらい、一緒に練習しました。複雑なホッケーの動きのシーンは、撮影時15歳の男の子が代わりにやってくれました。映画が出来上がった頃には、すでに私よりもずっと大きくなっていましたが。アイススケートは元々少しやっていたのでまっすぐ滑ることはできましたが、スケーティングしながらパックを投げ、スティックで打ち合うわけですから、大変さが全然違います。本当に重い防具を付けて滑らなくてはならないし、練習中何度も転んでは、顔を氷にぶつけていました。
 
 
―――スクリーンから飛び出して本当に殴られるような勢いがあり、すごくリアルな演技でしたが、どのように役作りをしたのですか?
コンティさん:非常に低予算で、時間的にも厳しかったので、撮影前に5週間リハーサルしたことが大きな助けになりました。演劇のリハーサルのような感じで、その期間、毎日監督とキャストと一緒に取り組み、チームワークができました。演劇のコーチもいたので、一人一人の役を作り込むことができ、映画としての重要性なポイントや、内面描写にも役立ちました。マーヤは映画の中では16歳で、私は当時、高校を卒業したばかりの18歳だったので、自分の数年前はどうだったか、クラスメートでどんな人がいたかと、16歳を思い出し、それも参考にしました。
 

zen-500-1.jpg

 

■マイアとヴァネッサは、周りの青少年とは違う生き方をしている(フェッリ監督)

―――思春期の様々な悩みが描かれていますが、映画のテーマについて教えてください。
フェッリ監督:一つはアイデンティティーを探すこと。もう一つは思春期から大人になっていくというテーマです。二人の主人公は違う意味で、他の生徒たちとは外れています。(心が男の)マイアは最初から外れた行動をしていますし、ヴァネッサはみんなのマドンナ的存在でしたが、今までいた場所から自ら逃げ出し、山小屋に籠ります。二人とも、周りの青少年とは違う生き方をしているのです。大人からみればなぜこんなことをするのだろうという行動がよくあるのが思春期です。自分が誰かわからない時期で、世の中に私の居場所がまだわからない。色々な人や世代との接触や喧嘩を通じて、自分の位置を見つけていく。思春期にまつわる様々なことを描きたかったのです。
 

 

■リアルリズムの方法で映画づくり。小さい町での現実を語りたかった(フェッリ監督)

zen-tolk-di-240-1.jpg

―――現在のイタリアの若者たちを非常によく映し出していると同時に、ローマやミラノという大都市ではなく、小さい村が舞台となっているのが興味深かったです。
フェッリ監督:私がイモラという小さな町で育ったので、大都会の話にはしたくはなかった。小さい町での現実を語りたかったのです。大都会では自分が他の人と違ってもさほど目立ちませんが、小さい町の方がどうしても目立ってしまう。できるだけリアリズムの方法で映画を作りたかったので、このエリアの方言を話す役者に出てもらうため、オーディションも撮影地区の学校の人を応募しました。また、学校でのオーディション以外にはLGBTQ
コミュニティーと何かの関わりがある場所でのオーディションも行いました。そういう要素もこの映画には入れたかったのです。また、リハーサル中も皆が話している言葉をノートにとり、モノローグは本当にエレオノーラが書いた言葉を使い、リアルな16歳が語る言葉や感情を映画に取り入れました。
 
 

■アイデンティティと性的アイデンティティ、二人それぞれの疑問を抱えている(フェッリ監督)

―――マイアがレズビアンと呼ばれることに拒否感を持っている描写がありますが、レズと揶揄されることが嫌なのか、もっとトランスマイアダー的視点のものなのでしょうか?
フェッリ監督:イタリア語で「フルーイド」、液体でも固形物でもなく、流れがある、例えば男と女、どちらかの間を流れているという言葉があります。マイアにとっては何よりも、私は誰なのかというアイデンティティがメインの問題です。ヴァネッサは、私は男が好きか、女が好きかというのが大きな疑問になっています。テーマでいえば、自分のアイデンティティがどちらか、性的アイデンティティがどちらか。映画の中では二つの疑問があります。マイアがヴァネッサにモノローグ的に語るところで、鏡に映った時、「マイアが見える」と言っていますが、つまり男、女ではなく自分自身ということが、質問の答えになると思います。
 

zen-tolk-500-1.jpg

 

■2人の女性キャラクターを通じて描きたかったのは「皆が見ている役割から、どのように自分を見出していくか」(フェッリ監督)

―――思春期のリアルな会話を取り入れる中、ヴァネッサが「私はNOといえないけれど、あなた(マイア)はNOと言える」と言うシーンがあります。イタリアでも日本の「空気を読む」的な、NOと言えないことがあるのでしょうか?
コンティさん: 残念ながらイタリアでも思春期の間、NOをいえない人はいます。嫌われたくないから周りと合わせてしまうことはあります。
フェッリ監督:人はどういう風に何を期待しているか、特に女の子は期待を裏切らないようにする人が残念ながらいるのです。ヴァネッサはその考えを代表するキャラクターです。結局マイアとヴァネッサを通じて何を語りたかったかといえば、村人は、マイアはレズビアンで変な子と見なされ、そのような扱いを受けますが、ヴァネッサは美人なのでみんなから否応なく注目されます。女性のスタンスとして、皆が見ている役割から、どのように自分を見出していくか。それが2人の女性キャラクターを通じて描きたかったことなのです。
(文:江口由美 写真:河田真喜子)
 

第11回京都ヒストリカ国際映画祭 公式サイトはコチラ
 
DSCN9121.jpg
黎明期の戦場カメラマンの葛藤と、現地民との絆を描くフランス・コロンビア合作映画『戦場を探す旅』が世界初上映@第32回東京国際映画祭
 
 現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第32回東京国際映画祭で、コンペティション部門作品のフランス・コロンビア合作映画『戦場を探す旅』の世界初上映が行われ、記者会見ではオーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオー監督(写真左)と主演のマリック・ジディさん(写真右)が登壇した。
 
 1963年メキシコ、フランスの進軍による植民地戦争の戦場写真を撮るため、将軍から依頼を受けて現地に赴いた写真家のルイ(マリック・ジディ)は、軍部から渡された地図を手に戦地を探すが、全くたどり着けない。過酷かつ孤独な旅で偶然であった現地の農民、ピント(レイナール・ゴメス)を最初はスパイと疑うが、言葉が通じないながらも、何度もピンとに救われたルイは、ピントをカメラ助手にし、二人で戦地を探す旅が始まるのだったが…。
 
 
bbb.jpg
 
 
 黎明期の戦争カメラマンが抱える幾重もの葛藤と、敵味方を超えた友情を描く骨太な歴史ドラマ。フランス出身のオーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオー監督は、「映画は知らない場所を描くことを可能にしてくれます。あえて今、自分が生きている時代、場所ではないことを描きました。当時フランスが植民地戦争に参戦した時代背景もありましたし、戦争自体を描くだけでなく、主人公のルイが自分の内面と戦う。さらには殺伐とした自然とも闘わなければならず、闘いが重なることに興味を覚えました。さらに、私は時代の先駆者に敬意を持っています。そういう先人たちは、肉体的にも精神的にも色々なものを背負っていたのです」と、初監督作で19世紀半ばを舞台に、戦争写真家という先駆者を描いた理由を明かした。
 
 

DSCN9099.jpg

 加えて、写真家を主人公に据えたのは、先駆者に敬意を払うことだけでなく、そこにある現実を切り取り、残す役割があるからというレルミュジオー監督。実際に、メキシコで主人公ルイは死ぬかもしれない若い兵士の写真を遺しているが、そのエピソードについては、『青い鳥』の作者として知られる詩人のモーリス・メーテルリンクが遺した文献に触発されたという。音楽については逆に、19世紀半ばの古典的雰囲気を出すのではなく、コンテンポラリーな感じを意識したそうで、「テンダースティックスが大好きで、(リードボーカルの)スチュアート・ステープルと一緒にやりたいと思い、私からオファーしました。現代的で、主人公ルイの内面部分を表現してほしいとリクエストし、使用楽器や、どの場面に音楽を使うかをやりとりしながら、自由に作ってもらいました」
 
 

DSCN9110.jpg

 ルイ役に没頭したというマリック・ジディさんは、黒沢清監督の『ダゲレオタイプの女』にも出演しているフランスの実力派俳優。「監督から言われたのは、ルイは、強い意志を持っているけれど、脆い部分があり、写真というツールを使って、何かに立ち向かって残そうとします。常に戦場で亡くなった息子を探し続けたり、自殺的行為になることは分かっていても、脆さを抱えながら突き進んでいく人物なのです」と人物像を説明し、劇中でも湖に浮かぶ赤い目に怯え、息子の死を受け入れられず苦悩する姿をみせている。
 
 
 
 戦争を記録するための旅の途中で待ち受ける様々な苦難、事実の捏造、味方の裏切り、そして自分自身が求めているのは本当は生ではなくて死であるということ。戦争を直接的に描かず、戦場で起こる様々な苦難にルイとピントとが立ち向かうサバイバルドラマでもある。歴史映画ならではの時間の流れや、黎明期の写真撮影の様子など、戦争の中のつかの間の日常が感じさせながら、戦争の理不尽さを突きつける意欲作だ。
『戦場を探す旅』は11/3 (日)14:30〜、11/5(火)13:00- 上映
 

 
第32回東京国際映画祭は11月5日(火)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
 
第32回東京国際映画祭公式サイトはコチラ
 

DSCN9085.jpg

パン・ホーチョンの愛弟子、ジョディ・ロック監督が描く、妊娠期夫婦あるあるコメディー『ある妊婦の秘密の日記』が世界初上映@第32回東京国際映画祭
 
 現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第32回東京国際映画祭で、アジアの未来部門作品の香港映画『ある妊婦の秘密の日記』が世界初上映され、ジョディ・ロック監督と主演のダダ・チャンさん、ケヴィン・チューさんが上映後のQ&Aに登壇した。
 
 
Main_Secet_Diary.jpg_cmyk.jpg
 
 広告代理店に勤める仕事人間のカーメン(ダダ・チャン)と、バスケットボール選手として国内トップクラスの夫、オスカー(ケヴィン・チュー)。カーメンはベトナム赴任のチャンスを手にするが、オスカーや初孫を期待する義母には言えない悩みがあった…。妊娠をすることで全てが思うようにならなくなる不安や焦りを夫にぶつけてしまうカーメン。そんなカーメンの不安を受け止めながら、定職につき、生まれてくる娘のために頑張ろうとするものの、うまくいかないオスカー。夫婦のすれ違いや、義母が送り込んだスーパー保育アドバイザー(ルイス・チョン)によるコミカルかつリアルな出産準備、カーメンの同級生友達の育児の悩みやママ女子会を折り込み、香港らしい妊娠期あるあるコメディーに仕上がっている。
 
 監督は、パン・ホーチョンに師事し、ミリアム・ヨン、ショーン・ユー主演の大ヒットラブコメ『恋の紫煙2』(12)の脚本、ダダ・チャン主演『低俗喜劇』(12)の共同脚本を経て、初長編監督作『レイジー・ヘイジー・クレイジー』(15)が東京国際映画祭で紹介されたジョディ・ロック。4年のブランクを経て、ダダ・チャンと監督としては初タッグとなる本作では、キャリアと出産、子育ての狭間で悩む同世代女子の本音を赤裸々かつコミカルに綴るだけでなく、初めて親になる夫側の苦悩や奮闘、迷走ぶりもたっぷりと描写。一見怪しげなパパの会の個性的なメンバーや、思いっきりストレス発散をするオスカーの姿も見逃せない。さらに、名女優で歌手としても人気を博したキャンディス・ユーが、ちょっと押しが強いけれど憎めないカーメンの義母役を好演している。
 
 上映後の舞台挨拶では、ジョディ・ロック監督と主演のダダ・チャンさん、ケヴィン・チューさんが登壇。ダダさんとケヴィンさんは、日本語で自己紹介と感謝の言葉を伝え、観客から大きな拍手が送られた。質問をした人には、劇中で登場するパパクラブのマスコット人形ビニール版が、俳優陣から直接手渡されるという粋な趣向もあり、大いに盛り上がった。
 
 
DSCN9064.jpg
 
 前作の『レイジー・ヘイジー・クレイジー』は、学生時代から就職するまでの若い時代を描いたというジョディ・ロック監督。「私の映画では女性の成長期を描いています。今回は前作の次として、結婚して子どもを産むまでの次の成長期を取り上げました」と本作の狙いを明かした。今回も自身が脚本を担当しているが、「私も年齢を重ね、様々な経験をしてきました。実際に脚本を書く時も自分の経験を重ねているので、作品ごとにスタイルが違うのは当然です、今回は生活のリズムが速い、大都市の中での夫婦を描いています」。さらに「妊婦が仕事に影響があるのはよくあることで、海外に行くにしても簡単に行けませんし、工事現場で働くなら妊婦で働くことはできません。それは仕方がないことですが、香港の女性は非常に生命力が強いので、産む2週間前まで仕事をし、産んで2ヶ月後から働き始めます」と、子育てとキャリアを両立させる香港女性について語った。
 
 

DSCN9072.jpg

 妊婦役を熱演したダダ・チャンさんは「非常に大変な役でしたが、カーマンには自分を愛してくれるいい夫がいたことが大事でした」と、夫の愛情を役としてしっかりと受け止めることが演じる上での助けになったことを明かした。また妊娠経験がないダダさんは、妊婦の役作りとしてネットや本で妊婦の状態を調べたり、自分の周りで妊娠したことがある人に話を聞いて研究したそうだが、「人によって違うことが分かったので、カーマンに入り込んで自分なりの妊婦を演じたつもりです」とその演技に自信を滲ませた。

 
 
 

DSCN9074.jpg

 夫婦役を演じた夫、オスカー役のケヴィン・チューさんは「ダダさんとは、気心の知れた仲で、撮影中も常にどう芝居しようかという話を現場で積み重ねました。演技というより、お互いに相手を信頼することが大事だったと思います」とダダさんへの信頼感の厚さを語った。今回はバスケットボールのスター選手という役柄にチャレンジしているが、「撮影チームがプロの選手を呼んでくれたので、撮影に入るまでにプロと一緒に練習しました」。
 
 
 
 
 幼い頃母親の愛情を受けることが少なかったカーメンは、妊娠中何度もお腹の赤ちゃんに毒づくが、本作の原題も『Baby復仇記』とドキリとするようなタイトルになっている。その意味について問われたジョディ・ロック監督は「仏教でいう輪廻で、女性が妊娠し、子どもを産むと、女性は全てを子どもに注ぐことになります。子どもが生まれるというのは、前世の時に母親に色々あったからで、それを、その人の子どもとして生まれた時に復讐するというアイデアから来ています」と真意を明かした。
 
 
DSCN9089.jpg
プロデューサーをはじめとするジョディ・ロック組が集結!
 
 助産師をしている観客から「夫婦共に心の変化があるのはとても共感しました。多くの新米の夫婦に見てもらいたい」と絶賛コメントを受けた本作。妊娠期の夫婦に焦点を当てた本音満載コメディーは実に新鮮で、香港映画らしいユーモアも家族愛もたっぷりだ。
『ある妊婦の秘密の日記』は、11/3(日)12:00より上映。
 
第32回東京国際映画祭は11月5日(火)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
第32回東京国際映画祭公式サイトはコチラ
(江口由美)
 

DSCN9097.jpg

カルト的人気の原作に惚れ込んで。スペイン新鋭監督が5年がかりで作ったぶっ飛び映画『列車旅行のすすめ』@第32回東京国際映画祭

 

 現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第32回東京国際映画祭で、コンペティション部門作品のスペイン・フランス合作映画『列車旅行のすすめ』の記者会見が行われ、アリツ・モレノ監督(写真左)と原作者のアントニオ・オレフドさん(写真右)が登壇した。

 編集者のエルガ(ピラール・カストロ)が電車で出会った人格障害専門の精神科医から、今までで一番重症の患者の話を聞くところから始まる物語は、エルガの不幸すぎる結婚や、精神科医の正体など虚実がないまぜになりながら、時にはコミカルさを誘い、時にはゾッとさせるような展開が待ち受ける。

 

Main_Advantages.JPG_cmyk.jpg

 

 テレビ局でキャリアを積み、短編で国際的な評価を得ていたアリツ・モレノ監督の初長編作となる『列車旅行のすすめ』は、モレノ監督自身がカルト的な人気を博している原作の大ファンだったことから、映画化を狙っていたという。制作に5年かかったのも「あまりにもストーリーがぶっ飛んでいるから」と前置きしながら、「スペインで映画を作ること自体非常に難しいのです。人間の暗い部分をテーマにしていますし、国営のテレビ局に支援を申し込んでも相手にしてくれず、モチベーションを保つのが大事でした。長編一作目ですが素晴らしいキャストが決まったことから、ようやく映画化が本格的に進行していきました」とその実情を明かした。さらに、「完成した映画を皆さんは観ていただいたので、どういう映画か理解していただけたと思いますが、台本だけでは説明するのが難しく、共同制作で資金を集めようとしても3分では説明できないのです。視覚に訴えるようなビジュアルブックが出来上がって、ようやく資金も集まるようになってきました」と、ビジュアルで説得したエピソードを披露。ストーリーや脚本の良さに確信を持っていたので、制作に長い時間がかかっても100%信じて作ることができたと力説した。制作中はモレノ監督と連絡を取り合っていたという原作者のアントニオ・オレフドさんは、「セットの写真を送ってくれていましたので、早く映画を見たいと思っていました。自分が書く時に気にしないようなそれぞれの状況におけるキャラクターの動きを感じることができました」と映画の感想を語った。

 

DSCN9092.jpg

 

「日本人はぶっ飛んでいるので、こういう映画を理解してくれるのではないか」と言うモレノ監督は、年に1、2度は来日する日本通で、パートナーも日本人だという。本作のエンディングも日本語の曲が採用されているが、「作詞担当はカナダでこの映画のために40パターン用意してくれていたのですが、サンセバスチャンで映像と合わせるとき、それらではないと直感し、日本の楽器やアルバムから彼が改めてセレクトしてくれました」。脳内が刺激される、ジャンル分け不可能なハイブリッド映画。ブラックユーモアも潜んでいるので、ぜひ楽しんでほしい。

『列車旅行のすすめ』は11/4 (月)10:05〜、11/5 (火)16:40- 上映


第32回東京国際映画祭は11月5日(火)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。

第32回東京国際映画祭公式サイトはコチラ

(江口由美)