現在日比谷・有楽町・銀座地区で開催中の第36回東京国際映画祭(以降TIFF)で、ワールド・フォーカス部門作品の『白日の下』が10月25日にヒューリックホール東京で上映された。
香港で実際に起きた私営福祉養護施設での虐待、性的加害事件をもとに、正義感の強い新聞記者のシウリンが、施設の入居者で身寄りのない老人ヒウケイに孫のふりをして潜入取材を行い、施設での驚くべき実態を明かす様子を、入居者たちとの交流や、新聞社での様々な駆け引きや上司とのぶつかり合いを交えながら描き出す社会派ヒューマンドラマ。知的障害を持つ入居女児に対する自らも視覚障害のある施設長の性加害が、過去に何度訴えられても実刑を免れてきたくだりなど、「疑わしきは罰せず」で社会が黙認してきた実情を浮かび上がらせる。決して他人事とは思えない、重い問題を投げかけながらも、声を上げることをあきらめないジェニファー・ユー演じるシウリンの姿勢に勇気付けられる秀作だ。
上映後に行われたQ&Aでは、監督・共同脚本のローレンス・カン、主演のジェニファー・ユー、作曲のワン・ピン・チューが登壇し、日本語の挨拶を交えながら作品の舞台裏や、本作に込めた想いを語った。
■報道当時香港が大騒ぎとなった実在の事件を扱う中で、大事にしたのは人間性(ローレンス・カン監督)
映画では2015年と記されているが、ニュース報道された当時は香港中が大騒ぎし、非常に記憶にあるものだったというローレンス・カン監督。当時取材した記者たちに実際に会い、彼らの話を聞いた上で脚本を書いたという。また、スーパーヒーローではなく、現実的に存在する人間、しかも絶望的に悲しい時でも前を向いて歩く人間を描く物語を作りたいと思ったそうで、脚本を書く上でもその点に心を砕いたという。題材的には重いものを扱っているが、社会派作品であっても根本的に大事な部分は人間性だとし、「本作でもキャラクターとキャラクターの間に感情を入れて描いていきました」。
さらにタイトルの「白日」について聞かれたローレンス・カン監督は、「一般的に悪いことは夜起こると考えられていますが、実は夜だけでなく、昼間に起こることが多いのではないか。自分たちの身近な場所で悪が行われているのではないかと考え、白日(昼間)をタイトルに入れました。映画の中で日光も非常に重要なキャラクターになっています」と、映画のタイトルの重要な意味を解説した。
■こんないい脚本にはなかなか出会えない。監督が5年かけて作った脚本を無駄にしたくなかった(ジェニファー・ユー)
侵入取材をする新聞記者を演じたジェニファー・ユーは、「記者という仕事になじみがなく、よくわからなかったので、当時の記者の方にお話を聞き、心構えなどを学びましたし、自分でも事件を色々調べ、記者と同じようなことを行いました。最後は現地に足を運ぶことまでやったので、本当に現地に侵入しているようでした」と役作りを振り返った。
また「脚本を読んだとき、俳優としてはなかなかこんなにいい脚本に出会うことはないだろうし、監督が5年かけて作った脚本を無駄にしたくないと思いました。ただ一個人として読んだ時、非常に怒りを覚えました。今でもこういう事件は起こり続けており、映画を観るるたびに怒りがこみ上げてきます。できれば、この映画をきっかけに、そのようなことがなくなるようになってほしいと願います」と、報じられても未だ変わらずに行われている虐待や性加害について自身の気持ちを表現。最後に日本の観客に、施設の入居者で多くの香港人俳優が出演していること、彼ら彼女らの演技の素晴らしさをぜひ知ってほしいと呼びかけた。
■人間性のある音を目指し、エンリオ・モリコーネが使っていたイタリアのスタジオで収録した音楽(ワン・ピン・チュー)
時には無音な箇所もあり、ここぞという場面での音のつけ方が非常に印象的だった本作。作曲を担当したワン・ピン・チューは監督とも相談を重ね、音楽によって観ている人の感情を押し流すようなことはしたくなかったと明言。実際に映像を観たときのことを聞かれると、「作曲家という立場で、どのような角度から映画に音楽を入れるアプローチをしようかと考えさせられました。俳優のみなさんのお芝居が良すぎるので、軽い音楽を入れるだけで十分にエネルギーを押し出すことができる。特に施設長が知的障害のある若い入居者女性に性加害を行うところも、あえて残酷な音楽ではなく、本当に静かな音楽で男性を示すコントラバスと女性を示すチェロの2本を使い、違いをつけていきました。あと大事にしたのは人間性で、録音をしにイタリアまで行きました。最近はパソコンを使って音を出すこともできるけれど、わたしはエンニオ・モリコーネさんが使っていたスタジオで、人間性のある音を作り上げました。その音楽が、監督が作った作品の後押しとなればという想いがあったのです」と本作における音楽のあり方について語った。
映画の最後に、本作で描かれていたことは氷山の一角であり、まだ香港で私営福祉養護施設での様々な問題が未解決であることを訴えた本作。新世代の香港映画作家から社会派作品が相次ぐ中、日本での劇場公開を熱望したい作品だ。
『白日の下』は10月31日(火)19:00より、シネスイッチ銀座1にて上映予定。
第36回東京国際映画祭は、11月1日(水)まで日比谷・有楽町・銀座地区ほかで開催中
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