『柘榴(ざくろ)坂の仇討』
制作年・国 | 2014年 日本 |
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上映時間 | 1時間59分 |
原作 | 浅田次郎(「五郎治殿御始末」所収 中央公論新社刊/新潮文庫刊) |
監督 | 若松節朗 |
出演 | 中井貴一、阿部寛、広末涼子、中村吉衛門、高島政宏、真飛聖、吉田栄作、堂珍嘉邦、近江陽一郎、木﨑ゆりあ、藤竜也 |
公開日、上映劇場 | 2014年9月20日(土)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 ほか全国ロードショー |
~“桜田門外”後日談は男の執念の激突~
仇討ちものは長い年月、目指す相手を探し求める執念の物語だ。互いに命をかけて仇を討ち果たすのは時代劇ならではのドラマ。浅田次郎原作の時代劇『柘榴坂の仇討』は中井貴一、阿部寛、二人の実力俳優が互角にぶつかる緊迫感に満ちていた。両雄激突に息を飲む。
歴史的に有名な「桜田門外の変」後日談。妻をめとり、家督相続もした彦根藩士・志村金吾(中井貴一)は剣の腕前を買われ、時の大老・井伊直弼(中村吉右衛門)の近習として駕籠警護の任に就く。最初の出会いで“春を愛でる”直弼に心酔した金吾。だが、時は幕末、開国派の直弼は、安政七年(1860年)、桜田門外で水戸脱藩浪士に襲撃され、金吾が刺客を追ううちに大老が害されてしまう…。なんという失態。
主君の仇討ちを誓う金吾の長い長い“戦い”が始まる。仇討ち武士の艱難辛苦が映画の真骨頂だ。現代にはまったく無益な仕事。だが、意地を貫き、甘んじて死地に赴く武士の心根はいかなるものか…。
覚悟を決めた金吾は妻セツ(広末涼子)に離縁を申し渡すが、セツは武士の妻として「ご一緒に」と拒否する。仇討ちに“武士の矜持”をかける男に、女も同様に“妻の矜持”を示す。男が主役の時代劇に、女もしっかりと刻印を刻んだ映画でもある。
水戸浪士のうち生き残ったのは5人。時が経つにつれて一人また一人と命を落とし、残ったのは佐橋十兵衛(阿部寛)ただ一人。十兵衛もまた、自刃しようとして果たせず、逃亡者として身を隠し、直吉と名を変え俥夫として長屋にひっそり暮らしていた…。
事件後13年、時代は変わって明治、武士の世も彦根藩もとっくに終わっているのに、ひたすら仇を追う金吾の思いはどれほどか。武士であることのすべてが否定された明治の世では、仇討ちの不合理がひと際目立つ。そんなアホな、俺が追ってきたものは何だったのか、というのが本音だろう。
探し求める金吾と町中に埋もれる直吉。別々の人生を生きる宿敵同士がいつ出会うのか…「出会った時が最後」というサスペンスで引き込んでいく。こんな展開は珍しい。
政府の「仇討ち禁止令」が出た明治6年、あの日と同じ雪の日、金吾はようやく直吉を探しあてる。人力車に乗った金吾と引く直吉、二人の思いのこもったやりとりが味わい深い。こんな静かな“対決”は初めてだ。
“柘榴坂の仇討”は、金吾が直吉に大刀を貸し、自分は脇差しで、これもあの日と同じように立ち合うのだが…。
【五郎ちゃんのシネマの泉 】
~両雄激突こそ、時代劇の醍醐味~
時代劇の基本はチャンバラ、ズバリ主役と敵役の激突模様に尽きる。時代劇の定番と言える『宮本武蔵』は吉川英治原作から何度も映画化されており、宮本武蔵と宿命のライバル、佐々木小次郎の決闘が激突映画の極めつけだ。 東映・内田吐夢監督版(5部作、61~65年)では、武蔵に萬屋錦之介(中村錦之助)、小次郎・高倉健。東宝・稲垣浩監督版(3部作、54~56年)では武蔵・三船敏郎、小次郎・鶴田浩二が代表格。 “雨の巌流島”という一風変わった加藤泰監督の『宮本武蔵』(73年)では武蔵・高橋英樹、小次郎・田宮二郎という顔合わせもあった。
宮本武蔵以上に多く映画化された時代劇『忠臣蔵』は集団劇だが、東映・深作欣二監督『赤穂城断絶』での赤穂浪士側・千葉真一、吉良側・渡瀬恒彦の死闘が手に汗握らせた。 黒澤明監督『椿三十郎』の浪人・三船敏郎とやくざの用心棒、仲代達矢の血しぶきが噴出する衝撃の立ち合いは映画史に残る。 この三船と勝新太郎・座頭市が激突した『座頭市と用心棒』は猪木VSアリと同等の、時代劇ファンには夢の実現だった。
『柘榴坂の仇討』では襲撃の際に刃を交えただけだった二人がいつ邂逅するのか? “不倶戴天の敵”として出会った二人の対決がこの映画の白眉。人力車の上と下で言葉を交わす静かなクライマックス。二人が正体を明かし、金吾は直吉に大刀を渡し、自分は脇差しで立ち合う。あの日と同じように…。
中井貴一と阿部寛は今年1月、松竹京都撮影所での撮影中からひと言も口をきかず、目を合わせることもなかった。そのため“不仲説”も流れたが、二人は現場に入った時から不倶戴天の仇に成りきっていたのだ。そんな二人に、どのような結末が待っているのか…。
今もスペシャル版が放送される「鬼平犯科帳」の人間国宝、中村吉右衛門が井伊直弼役で19年ぶりにスクリーン復帰。直弼の人柄に金吾が惚れ込んだことが発端という物語に説得力を持たせる貫禄。
アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』(08年)などで演技には定評ある広末涼子が金吾の妻役。事件後、離縁を言い渡されながらも「ご一緒に」と生死をともにする覚悟を見せたセツとの“別離”シーンはもうひとつの見どころだ。金吾と関わる老警官役の藤竜也の抑えの効いた芝居もうならせる。時代劇の伝統を誇る松竹京都撮影所からまた“伝説の1本”が生まれた。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ http://zakurozaka.com/
(C)2014 映画「柘榴坂の仇討」製作委員会