
『ANIMAを撃て!』全国鑑賞券プレゼント!
■提供:アティカス
■プレゼント人数: 3組 6名様
■締切日:2018年4月27日(金)
■公式サイト: http://anima-movie.com/
5月5日(土・祝)~第七藝術劇場にてロードショー! (順次)京都・出町座にて
夢に迷うダンサーと夢をあきらめたドラマーとの出会いで動き出す“ANIMA=魂”の躍動
【イントロダクション】
埼玉県で2004年から続いている、デジタルシネマにフォーカスした国際コンペティション映画祭「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」。その2017年のオープニングを飾った映画『ANIMAを撃て!』が、ついに劇場公開される。コンテンポラリーダンスを通して一人の女性が成長していく姿を描いた本作は、映画祭実行委員会が主体となって若手映像クリエイターの発掘・育成を目的に長編映画を製作する企画の第3弾として誕生した。
監督は、東京藝術大学大学院の修了制作作品『いたくてもいたくても』が、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016にノミネートされ、本作が商業用映画監督デビュー作となる新鋭・堀江貴大。コンテンポラリーダンスを通して本当の自分を見つけるヒロイン・果穂を新人女優の服部彩加、そしてドラムを通じて果穂と交流を深める伊藤を、映画『トウキョウソナタ』で高崎映画祭最優秀新人男優賞を受賞した小柳友が演じる。さらに中村映里子、黒澤はるか、藤堂海、大鶴義丹ら演技派俳優陣の共演も実現した。
【STORY】
クラシックバレエカンパニー「BAN」に所属し、ダンサーとしての将来を嘱望されている果穂(服部彩加)は、留学支援のための試験に挑むものの、クラシックなダンスを踊る自分に違和感を抱いていた。「BAN」の主宰兼振付家の伴(大鶴義丹)にその気持ちを指摘されてしまった果穂は、ホールの倉庫から聞こえてくるリズミカルなドラムの音色に誘われる。その音の主は、ホール職員で元ドラマーの伊藤(小柳友)だった。伊藤は一次試験直前に倉庫の中でトウシューズを脱いで思いのままに踊る果穂の姿を目撃し、音楽への情熱を取り戻していた。ドラムを叩く伊藤の前で、ありのままの自分を表現したダンスを踊る果穂は、最終選考の自由演目を伊藤のドラム演奏で、クラシックバレエではなくコンテンポラリーダンスで挑むことを決意する。その方向転換に反対する伴やライバルダンサーの萌香(黒澤はるか)、その決断を後押しする果穂の姉・由美子(中村映里子)。果穂は迷いを断ち切るために「BAN」を退団し、伊藤と二人三脚で最終選考に臨もうとする。
【監督・脚本】:堀江貴大(『いたくてもいたくても』)
【キャスト】:服部彩加小柳友黒澤はるか藤堂海中村映里子/大鶴義丹
【配給】:アティカス/2017/日本©2017 埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
【コピーライト】:©2017 埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
【公式サイト】: http://anima-movie.com/
5月5日(土・祝)~第七藝術劇場にてロードショー! (順次)京都・出町座にて
(プレスリリースより)



上の写真、左から、
★『もんちゃん』
★『トーキョーカプセル』
まず、「東京へ行けば何とかなる」という昭和の風潮が未だに若者の間にあることに驚かされた。具体的な目的もお金もない寄る辺ない若者が、何かしら変われる自分を発見し、さらに優しく見守ってくれる人もいることに気付いていく。理子の変化を瑞々しく捉えた映像と周囲の人々の描写が、冷淡に思えた都会をたちまち暖色に染めていく。夜の街を疾走する理子を一気に捉えた映像もまた、斎藤監督の意気込みがうかがえる。暗くなりがちな物語を、ミア・ハンセンラブ監督のような明るいタッチでまとめたセンスの良さが光る。
★『さらば、ダイヤモンド』
3人の親友を演じた俳優たちの細やかな心情表現を引き出すことに成功している。男同士の友情を、元気の隼人への恋愛感情を中心に、ストレートの隼人の戸惑いや、気まずくなった二人を思い遣る亮介の優しさなど、後味のいい爽やかさを感じさせる
★『カレーライス Curry and Rice』
満とジャンヌの恋愛映画かと思いきや、淡々とした渇いたタッチのモノクロ映像で、意外にもサスペンス映画だということを見終えてから知る。あれほどお腹を空かせていたジャンヌがカレーライスを食べようとすると邪魔が入り、結局彼女が初めてのカレーライスを食べるシーンがない。茂と暴力団との関係性もよく分からないままで、消化不良になりそうなカレーライスだった。
★『化け物と女』
人間に恐れられる異形のものと孤独な女性との運命的出会いといえば、今年のアカデミー賞4部門に輝いた『シェイプ・オブ・ウォター』を思い出す。ただ一人、化け物を恐れず愛情をもって接する純愛もの。本作も面白そうな物語だが、役場や食堂で同じ人物が同じセリフを繰り返すフレーズには閉口してしまった。化け物より怖い人間のエゴをブラックユーモアで強調しているのだろうが、肝心な人物描写が希薄なので、待子と化け物を結び付ける説得力に欠ける。化け物が奏でる三味線の音色だけはもの哀しく心に響いた。















