「京都」と一致するもの

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家族を好きになる映画になれば。『はなちゃんのみそ汁』阿久根知昭監督インタビュー
 

~千恵さんはそこにいる。広末涼子が「代表作にしたい」と取り組んだ、今も続く家族の物語~

 

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ガンで、33歳の若さでこの世を去った安武千恵さんが生前書き続けていたブログをもとに、その闘病や娘はなちゃんとの日々を、夫の安武信吾さんが綴った人気エッセイ『はなちゃんのみそ汁』。『ぺコロスの母に会いに行く』の脚本を手掛けた阿久根知昭監督が、本作で脚本と同時に監督デビューを果たし、千恵役に広末涼子、信吾役に滝藤賢一を迎え、ひたむきに生きる家族の姿をスクリーンに映し出した。
 
千恵、信吾、はなの安武一家の明るさや、音楽を学んでいた千恵ならではの音楽シーンが盛り込まれている他、千恵がはなに教えたみそから手づくりの美味しいみそ汁も登場。従来の難病ものとは一線を画す、今も千恵がそこにいるような温かい家族物語となっている。
 
脚本も手がけた阿久根知昭監督に、脚本を書く際に重きを置いた点や、主演広末涼子のエピソード、そしてクライマックスのコンサートシーンについて、お話を伺った。
 

 

■脚本では、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、最後には見てくれたお客様に大きなプレゼントを心がけて。

―――阿久根監督は『ぺコロスの母に会いに行く』、そして本作も脚本を手掛けておられます。両作品とも死に向き合う主人公と支える家族の物語で、脚本が作品のトーンを左右する、いわば脚本家の腕の見せ所のように思うのですが、本作の依頼があった際、どのようなことを念頭に置いて脚本を書かれたのですか?
阿久根監督:原作がヒットしていると、「実写化の映画は、原作の世界を壊す」と大体言われます。原作の世界を壊さないためにどうすればいいのか。原作もいいけれど、その世界を踏襲した映画もいいと言われるためには、原作が言いたいことをきちんと盛り込み、自分で加工することが必要になります。もう一つ、僕はここまで見てくれたお客様に最後に大きなプレゼントを用意することを心がけています。『はなちゃんのみそ汁』では、コンサートシーンを取り入れました。コンサートは実際にあったことなのですが、千恵さんのご主人の安武さんはあまりクラシックに興味がなかったので、本に書いていなかったのです。
 
―――脚本を書く際に、原作者の安武さんとも擦り合わせをされていたのですね。
阿久根監督:安武さんからは「俺たちロックンローラーだから、最後はロックで終わりましょうよ」と言われたので、第二稿で、ロックで飛び入り演奏するシーンを入れたりもしました。ただ、ここは千恵さんの色合いがでないといけないので、最後はクラッシックコンサートシーンにしました。安武さんとはなちゃんは、千恵さんの姉を演じた一青窈さんの後ろに座って聞いていたのですが、安武さんがぼろ泣きで、一青窈さんをカメラで捉えたときにあまりにも目立つので、カメラさんに安武さんの顔は半分カットしてもらうよう指示を出しました(笑)。
 
―――千恵さんのブログでも抗がん剤治療の辛さなどが綴られていましたが、映画化するにあたり、いわゆる難病ものとは違う感じのトーンの作品にするのは勇気が要ったのでは?
阿久根監督:難病ものは日本では年に5、6本作られているので、僕が作る必要はないと最初は思っていました。でも、安武さんやはなちゃんとお会いすると、毎日楽しく過ごしていらっしゃるし、何より凄いなと思ったのが、今でも千恵さんがいるんですよ。はなちゃんは「ママが~」と言うし、家にお邪魔すると千恵さんが「いらっしゃい」と言いそうな気がしてくるのです。千恵さんのお誕生日は今でもお祝いされていますし、安武さんがしみじみと「ママはいくつになったのかな?」と聞くと、はなちゃんが即答で「40歳!」。そこで安武さんがニヤニヤしながら「年食ったな~」と。
 
 
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■安武さんは「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが映画が出来上がって一番良かったこと」

―――原作者の安武さん一家は、映画化されたことで何か変化があったのですか?
阿久根監督:安武さんが本にすることで、千恵さんはいつでも意識できる存在になりましたし、このままでは、はなちゃんは当時4歳だったのでママのことを忘れてしまうと思ったそうです。ところが、はなちゃんは辛くて本を読めない。だから今回はなちゃんは、映画を観たときの衝撃が凄かったのです。
 
―――映画の中で、千恵が子どもを産むかどうか悩むシーンが登場しますね。
阿久根監督:はなちゃんは、自分が産まれていなければママは助かったのではないかと尋ねたそうです。安武さんはその時は返す言葉が見つからなかったけれど、後ほど映画の中で千恵が「あんなに死んだ方がマシと思った抗がん剤治療も、はなのことを考えるだけで平気になるとやけん、びっくりよ」という会話をしているところを改めてはなちゃんに見せ、千恵さんの父が「死ぬ気で産め」と言ったことも含めて、はなちゃんを産むことでママは治療を頑張れたのだと伝えたそうです。はなちゃんは「分かった」と、布団で泣いたのだとか。安武さんは、「今までどこかでひっかかり、はなに説明できなかったことが、映画を観たことで説明でき、はなにも伝わった。それが、映画が出来上がって一番良かったことです」と言ってくださいました。はなちゃんも、ようやく安武さんの書いた本が読めたのです。
 
―――映画にすることで、原作者の安武さんやはなちゃんの抱えていたものを解放するきっかけになったようですね。阿久根監督にとっても、忘れられぬ出会いとなったのでは?
阿久根監督:安武さんは、どんな作品になるか分からないからと、大手からの映画化の誘いを全て断っていたそうです。「はなちゃんがこの映画を見て、こんなに素敵なママだったんだと思えるような、はなちゃんの宝物になるような映画にしたいです」と我々のプロデューサーがお話をしたとき、安武さんは『ぺコロスの母に会いにいく』が大好きだそうで、「阿久根さんに書いてほしい。ぺコロスみたいにしてください」という形のオファーが来たそうです。安武さんはこの映画のおかげで出会えましたが、生涯をかけて友達でいられるような、本当に映画のまんまの方なんですよ。
 

■家族を好きになる映画。そして見るたびに印象が変わる映画。

―――滝藤賢一さんが演じている安武さんは、本当にいい意味でいい加減で、茶目っ気があり、映画を見終わって、安武家のみなさんが大好きになるような感じでした。
阿久根監督:この映画は家族を好きになる映画で、見終わると、自分の家族に会いたくなる映画になればと思っています。安武さんも東京で試写を見た後、「はなにすぐ会いたい!」と。また、何回も見るたびに印象が変わる映画でもあるのです。安武さんが2回目見たときに、「監督、どこかいじりました?」と言われるぐらいでしたが、感動するところが変わるみたいです。初回はコンサートシーンで泣いたそうですが、2回目は抗がん剤治療を受けて帰ってきた千恵が夕暮れ時に、ソファに横になりながら家を見回すと旦那は腹ばいになって新聞を読み、手前ではながお絵かきをしている。「いいね、なんか普通って」と、大号泣したそうです。なんということはないシーンなのですが、僕もそのシーンを考えただけで泣いてしまいます。
 
 
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■はな役の赤松えみなちゃん、19日間の撮影で成長。

―――えみなちゃんのお芝居は、計算ではない自然な仕草がとても可愛らしく、「はなちゃん」の雰囲気が出ていました。博多や天神、大濠公園など、福岡に住んでいる人になじみの深い場所の数々が映し出されているのも魅力的ですね。
阿久根監督:それはよかったです。19日の撮影日程のうち、福岡での撮影は3日間だけで、高台で見下ろしている場面が、ファーストシーンでした。えみなちゃんはついカメラを見てしまい、そのシーンだけは撮影に時間がかかりました。ただ、ラストは、家の中で父娘二人の朝食シーンをワンカットの長回しで撮ったのですが、その時えみなちゃんは一度もカメラを見ずに、全部朝食の用意から食べるまでを演じたのです。彼女も19日間の撮影の中で成長しているんですね。えみなちゃんは、台詞は入っているのですが、それ以外に何を言うか分からないところがありました。そんな時も博多弁でしゃべるように、ちょっと高度なことをしてもらっていましたね。
 

■広末涼子「自分の代表作にしたい」、コンサートシーンでも観客エキストラを一つにまとめて。

―――そして何と言っても、千恵を演じる広末涼子さんが、ガンと闘いながらも明るく、そして娘のはなにみそ汁を作り続けることを伝え、命の大事さをつなぐ母親を、熱演しています。
阿久根監督:映像からも伝わってくると思いますが、広末涼子さんはこの映画のことを本当に理解してくれていました。最初の挨拶で、「自分の代表作にしたい。頑張ります!」とおっしゃっていました。19日という撮影で、普通は4~6シーンのところを1日で12シーン撮りの日もあったのですが、そこも頑張ってくれました。広末さんは自分で演じる一方、休憩時間もえみなちゃんとコミュニケーションを取って、全然休めなかったと思いますが、しんどそうなそぶりは一つも見せませんでした。最後のコンサートシーンで、エキストラの方が入ってから、挨拶をさせてほしいとマイクを持ち、「これからすごく大事なシーンの撮影をします。とてもいいシーンになりますので、どうぞよろしくお願いします」と話されたのです。この言葉で客席もキュッと締まり、本当にいい撮影ができました。終わった後に、広末さんは「千恵さんが来てましたね」と言っていましたが、多分、特別なエネルギーが働いたシーンになったのでしょう。
 
―――そのコンサートシーンでは、元宝塚トップスターで同期の遼河はるひさんと紺野まひるさんが千恵さんの先輩役で共演し、歌声を披露しています。宝塚歌劇ファンにはたまらない配役ですね。
阿久根監督:歌っている方は声を出すため、立ち姿がとても美しいです。立ち姿だけで歌っている人かどうか分かるので、キャスティングでも歌って演技できる人をリクエストしました。紺野まひるさんが決まった後、立ち姿がきれいでモデルぐらい背の高い方ということで白羽の矢が立ったのが遼河はるひさんでした。偶然にも、お二人は宝塚の同期で、しかも一番仲が良かったそうです。そして後ろには春風ひとみさんと、元タカラジェンヌ三人に広末さんが囲まれている絵になっていますね。

 

■遼河はるひ、紺野まひる、宝塚元同期トップスター共演で広末涼子を盛り上げた、見事なハーモニー。

―――本当に贅沢なシーンですが、撮影ではみなさんどのような様子でしたか?
阿久根監督:面白いことに、遼河はるひさんが歌っている『わたしのお父さん』は、宝塚歌劇団の課題曲だったので、みなさん今でも歌えるそうです。紺野まひるさんは撮影時少し体調を悪くされていたので心配していたのですが、現場に入ると同期の遼河さんとキャッキャ言いながらしゃべっていて、あまりにかしましいので驚きました(笑)そういう友達の雰囲気は広末さんを巻き込んで、とてもいい雰囲気を出してくれました。今回のコンサートシーンでは、中央に立つ千恵は、両サイドの遼河さんや紺野さん演じる先輩たちの友情で立たせてもらっています。歌うシーンでも、千恵の声が最初はあまり出ていないので、両サイドの二人も少し低くやわらかいトーンから入っています。途中で千恵の声が出るようになってから、二人とも遠慮なく伸びやかなトーンになり、三人のハーモニーがバッチリと合う形になっています。実際のコンサートでも、千恵さんは最初声が出しにくかったところまで、広末さんがきちんと再現しているのです。
 

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■撮影も含めて、みんなに千恵さんの導きがあったような現場。

―――ラストの父娘二人での朝食シーンは、どこかに千恵さんがいるような気がしました。
阿久根監督:ラストショットは千恵目線になっています。安武信吾の語りの時にはカメラがしっかり固定されており、千恵の語りの時にハンディで揺れているのはそういう意味なのです。だから観終わった後に、千恵さんがいなくなった気がしない。悲しいというより、ずっと一緒にいるように印象づけています。ちなみに撮影の寺田緑郎さんはオファーをしたとき抗がん剤治療をされていて、お嬢さんの名前も「はな」ということで、それは自分がやる作品だと、治療を中断して撮影に入ってくださいました。寺田さんも、自分の生き様を娘に遺そうと思ったのだそうです。ですから、彼のカメラワークにその力が出ています。最後に福岡の実景撮影を寺田さんにお願いした際に、教会の鐘を撮るため安武さんの協力を得て、一番最後に糸島にある教会を訪れたそうです。実はそこは千恵さんが眠っているところで、使えるかどうかわからないけれどと、寺田さんは千恵さんのお墓をラストカットにしたのですが、こみ上げてくるものがあったそうです。映画の中では使われていませんが、最後のカメラが千恵さんのお墓だったということは、最初からそのように運命づけられていたような気がすると、寺田さんもおっしゃっていました。本当にみんなに千恵さんの導きがあったような現場でしたね。
(江口由美)

<作品情報>
『はなちゃんのみそ汁』
(2015年 日本 1時間58分)
監督・脚本:阿久根知昭 
原作:安武信吾・千恵・はな『はなちゃんのみそ汁』文藝春秋刊 
出演:広末涼子、滝藤賢一、一青窈、紺野まひる、原田貴和子、春風ひとみ、遼河はるひ、赤松えみな(子役)、高畑淳子、鶴見辰吾、赤井英和、古谷一行
2015年12月19日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、2016年1月9日(土)~テアトル梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸ほか
公式サイト⇒http://hanamiso.com/
(C) 2015「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ
 
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誰かに関心を向けることは、とても大きな力。『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー
 

~30代後半女子4人の結婚生活、仕事、家族との葛藤と決断がリアルに浮かびあがる5時間17分という体験~

 
三ノ宮、神戸の海、摩耶山、有馬、芦屋川・・・これほどまでに私たちが生活圏としている神戸が映し出される作品はまずないだろう。まるで私たちの生活と地続きのような場所で、30代後半の4人の女性、あかり、桜子、芙美、純が夫婦関係や家族のこと、そして仕事と様々な悩みを抱えて生き、集まって悩みをぶつけ、様々な思いが交錯していく。
 

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『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』『うたうひと』と東北で現地の人の声を聞く3本のドキュメンタリーを撮る一方、長編デビュー作の『PASSION』をはじめ、男女のすれ違いや壊れやすい関係を繊細に描いてきた濱口竜介監督。本作は神戸で半年に渡って開催した即興演技ワークショップに参加した受講生を主役に据え、演技経験がほとんどない彼女たちの今の輝きを、スクリーンに映し出した。3部構成の5時間17分という挑戦的かつ独創的な作品、『ハッピーアワー』は、すでにロカルノ国際映画祭で主演4人が最優秀女優賞、脚本スペシャルメンションを受賞した他、ナント三大陸映画祭で『銀の気球』賞と観客賞を受賞するなど海外で高い評価を得ている。ちなみに、脚本を担当したのは濱口監督をはじめ、野原位さん(映画監督他)、高橋知由さん(『不気味なものの肌に触れる』脚本)の3人によるユニット、「はたのこうぼう」。神戸で3人暮らしをしながら、脚本家兼スタッフとしてワークショップ運営も手がけたという。
 
東京に先駆け、撮影の地、神戸の元町映画館で12月5日(土)から日本公開がスタート。舞台挨拶のため来場した濱口監督に、企画の経緯や、演技経験のない人を使って映画を撮るということ、脚本の作りのプロセス、そして本作に込められた思いについて、お話を伺った。
 

■仙台での滞在、撮影後、「どこでも映画が作れるのであれば、東京以外のどこかで映画を撮りたい」

――-濱口監督は神戸に居を移し、滞在しながら本作を作り上げたとのことですが、なぜ神戸を選んだのですか?
濱口監督:神戸に来る前、ドキュメンタリーを撮るため2年ほど仙台に住み、すごく小規模なチームでしたが、ドキュメンタリー映画を3本作ることができました。東京を離れてすごく風通しがよくなったような気持ちもあり、どこでも映画が作れるのであれば次も東京以外のどこかで映画を撮りたいと思ったのです。元々時間をかけて映画を作りたい、そのために演技のワークショップを長期間行い、そこから映画制作をしていくというアイデアがありました。ある程度人を集める必要がありますが、演技経験がない方がより良いのではないかという予感もあったので、人が多く、かつ役者志望は少なそうな関西エリア、しかも映画という文化的なことに協力してくれるのは京都や神戸で可能ではないかと考えました。神戸・デザインクリエイティブセンター(KIITO)のセンター長が東北三部作のプロデューサー、芹沢高志さんで、ワークショップ企画のことを相談すると、芹沢さんの方でもレジデンスアーティストを探していたそうで、最終的にはレジデンスアーティストとして招かれ、KIITO主催でワークショップをする流れになりました。
 
 
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■神戸は、映画にとって必要なものが全部ある「映画になる街」。

―――実際に映画を撮るということを前提に神戸に住んだ感想は?
濱口監督:暮らしがロケハンみたいな感じでした。大体KIITOに行って、基本的には生活していてここがいいなとか、こんなカメラポジションがあるなということを探しているわけですが、映画になる街ですね。パンレットの寄稿文で柴崎友香さんが「坂を登ればいつもそこに海がある。それが神戸の街」と書いて下さっていますが、山があり、海があり、その間に都市があり、電車が通っている。山を越えたら有馬温泉があり、ちょっと違う気分を楽しめますし。僕にとって映画を作るのに必要なものが全部あるという場所は、なかなかないように思えました。暮らしそのものが映画になる、その時とても魅力的に見える街だと思います。
 
―――撮影までのワークショップは、どのような内容でしたか?
濱口監督:「即興演技ワークショップin Kobe」というタイトルですが、いわゆる演技のレッスンはせず、「人に聞く」ということをテーマにやっていました。最初に行ったのは、自分が興味のある人のところに行き、いい声を撮ってくるというものでした。撮影担当としてスタッフが同行し、受講生が1時間強インタビューをして、後日、自分が一番いい声だと思う映像を抜粋してブレゼンテーションしました。また月に一度、自分が興味を持てる著名なゲストをお呼びし、受講生が聞き手を務めるトークイベントを開催しました。翻訳家の柴田元幸さんや女優の渡辺真起子さんが来てくださいました。
 
―――脚本はワークショップと同時並行で書いていたのですか?
濱口監督:ワークショップは最終的に映画を作るためにやっていたので、最後の成果発表は脚本の本読みも兼ねるようにしました。脚本は2013年末に3人で3本書きました。それぞれが原案を出し、物語をシーンごとに並べて、大まかな構造を作る作業(柱立て)、ダイアログを埋める作業の3つの作業をまわしながら担当すると、それぞれの脚本が3人全員の手を通過するようになります。そのような方法で書いた3本の脚本から、最終的に選んだのが今回の『ハッピーアワー』の脚本で、その時の仮タイトルは『ブライズ(花嫁たち)』。どこまでも皮肉な感じでしたね(笑)。ワークショップ参加者17人全員が参加できるのが、この脚本だったということもあります。
 
―――男性3人のユニットで、ここまで30代後半女性のリアルな心理を脚本に書けることに驚きを感じましたが、受講生の生い立ちや彼女たちから聞いた話を脚本にアイデアとして盛り込んでいるのでしょうか?
濱口監督:受講生から色々と話は聞きましたが、そのまま盛り込んでしまうと信頼関係が損なわれてしまうので、実はそんなに入っていません。ただ、話すことによって分かるその人の感じは、ありますよね。例えば、こういうことは言うけれど、こういうことは言わない人だとか。そういった何が言えて、何が言えないという傾向は、キャラクターに反映されています。
 
 
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■演者の体でも言えるし、キャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけ、脚本の精度を上げていく。

―――30代夫婦のすれ違いは一般的に結構よく描かれていますが、女同士の仲良しグループ的会話の奥にある、本音のぶつかり合いは見ていてヒリヒリしたものを感じました。自分自身を顧みてもそこまで本音をぶちまけるような機会が大人になればなるほど、ない気がします。
濱口監督:今回はキャラクター設定をする際に、サブテキストを用意しました。過去の関係性が脚本形式に書かれ、結構ツッコんだことが分かるものと、キャラクターが質問を投げかけられた時にどう答えるかという架空のインタビュー問答集(家族構成他)を演者に渡しました。日常では言わないようなことだからこそ、ドラマになっていく台詞が映画の中にはあります。演者は日常を生きていますし、キャラクターだって何でも言えるわけではないし、ドラマを動かすために動いてくれるわけでもない。ただ全体としてドラマを動かしていかなければならないというこちらの思惑が重なるので、脚本を書いていて膠着状態に陥ることがよくあります。「あれは言うけれど、この局面では言わない」程度のことを書くので映画が長くなる部分もありますが、逆にある種の精度が上がるのです。演者の体でも言えるし、このキャラクターが言いそうなことでもあるし、ドラマを進めるための台詞でもあるというものを書きながら見つけていく感じですね。
 
―――確かに、印象に残る台詞は、ぐっと胸の中で溜めこんだ思いを吐き出したようなプロセスを経ているので、飛び出した時は「ようやく出たか!」という爽快感がありました。
濱口監督:あらかじめ演じる人に違和感になるような要素を取り除いていくことによって、違和感のない台詞になっているのではないかと思います。女性を描こうと思ったことはなく、この人たちが演じやすいようにということを考えながら、ひたすら書いていたら、最終的にそういう感想をいただくことが増えたと思っています。
 
―――ワークショップを最初から最後まで全部入れ込む構成も非常にユニークでしたが、ワークショップや朗読会をまるごと映画の中に取り入れた理由は?
濱口監督:別々の環境で過ごしている4人が集まらないと話が進まないので、ワークショップと有馬旅行と朗読会をそれにあたるものにしています。ワークショップは全体を通してドキュメンタリー的に撮影をしました。うさん臭さを出すという命題があってのワークショップですから、ある程度説明が必要で、一つの時間として全体を語り切ることになるのです。ダイジェスト的にみせることもできますが、それだと全然訳が分からなくなりますから。朗読会で純の夫、公平が登場し、打ち上げにも参加するというアイデアは、結構撮影の後半に出てきたアイデアです。桜子と芙美、それに対する公平という精神的に距離のある三人が同じテーブルについても違和感のない流れにしないといけないので、面白いけれど、そんなことが起こるのか自問しながら、書きました。
 

■演者自身が言える、言えない部分を映画に取り込むと、ある程度日ごろ彼女たちがさらされている環境が自然と反映されているのではないか。

―――既にロカルノ映画祭で最優秀女優賞、ナント三大陸映画祭で観客賞と海外での評価が高いですが、海外の観客からの反響は?
濱口監督:「ヒロインの彼女たちを友人のように感じる」というのも驚きですが、一番驚くのは、「日本の社会は、こういう社会なのか?」と言われたことです。日本の社会の中で抑圧されている女性を描いているような印象を抱かれるらしいです。言いたいことの言えなさや、抑圧のされ方がそう映るのですが、、先ほど言ったような演者自身が言える、言えないという部分を映画に取り込んでいくと、ある程度日ごろ日本社会に生きる人たちがさらされている環境が自然と反映されるのではないかという気はします。
 
―――一方的に女性だけが抑圧されているとは言い切れない部分があり、30代男性も厳しい現状にさらされていると感じますね。
濱口監督:日本に限らず、近代化された社会では、仕事から糧を得るとき女性より男性の方がある程度、外でお金を稼ぎやすい状況はそんなに変わらないと思います。その時、男性はどうしても社会から保護されがちで、家族に対して関心を向けないことを正当化しやすい。女性はそのような夫の無関心に苦しむ一方、問題自体を自覚しやすいです。男性は、何かを引き起こしている原因が自分であることに思い至りません。
 

■人と人とが互いに関心を向け合うだけで、社会全体の幸福はそれなりに上がっていくはず。

―――離婚裁判では、「あなたの無関心が私を殺す」という趣旨の純の台詞もありましたね。
濱口監督:社会全体の問題だと思いますが、関心を誰かに向けるということがとても大きな力を持っているということの価値を、社会全体が認めていないんですよ。人と人とが互いに関心を向け合うだけで、おそらく社会全体の幸福はそれなりに上がっていくと思いますが、社会全体でそれが一番大事なことだとは設定されていない。お金を稼ぎ、それによって必要なものを買って生きるということが幸福の指標として設定されているので、関心というものが持っている力を、特に男性たちは知らない。女性たちは、関心を向けられないことで、逆説的に関心の力をある程度知っているので、そのことがないことを問題にしやすいのではないでしょうか。
 

■今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要。それが関係性を持続させる力になる。

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―――とても腑に落ちる言葉です。本作や過去作品を通して、濱口監督の作品は、人と人とのコミュニケーションが柱になっていると感じます。聞くという行為が重要視されているのも、根っこはそこにあるのですか?
濱口監督:妻や夫という役割の中に入ってしまうと、これをやっておけばいいということになりがちですが、実際人間はそれでは満足しません。本当に今、私たちの中で何かが起きているという実感が関係性の中では必要だし、関係性を持続させる力になると思います。ただ、きちんと相手と向き合い、見たり聞いたりするというのは単純に時間がかかります。とても大事なものなのに、関心を向けられていない。だから、僕はそこを取り扱っているのだと思います。
 
―――撮影も、神戸の街の様々な表情を切り取りつつ、演者たちの言葉にならない思いが滲む表情をじっくりと映し出されており秀逸でしたが、濱口監督から撮影面でリクエストしたことはありますか?
濱口監督:ワークショップを週に一度半年間やっていたとき、毎週撮影の北川喜雄さんは東京から通ってくれ、ワークショップ自体の記録をしてくれていました。カメラを据えてそこにいる人という感じで、ずっと付き合ってくれました。こちらからも「まあ、来てよ」とオーダーしやすい人柄ですし。特に演技経験のない人がほとんどなので、そういう人たちがカメラを向けられると怖い訳です。彼自身、ワークショップにも参加し、演者との関係を深めるようなことをしてくれていました。北川さんのカメラだからという部分で、演者の緊張を和らげる要素になっていたと思います。
 
―――最後にこれから作品をご覧になるみなさん、特に関西のみなさんに一言お願いします。
濱口監督:神戸という街を中心に、関西で撮った映画なので、皆さんの生活にすごく近いものが映っていると思います。映画のある時点から、生活の中のドラマチックな瞬間にどんどんシフトしていくのですが、見ながら自分たちの生活の中にあるドラマの種のようなものに自覚的になっていただけたら、とてもうれしいことだと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ハッピーアワー』
(2015 日本 5時間17分)
監督:濱口竜介
出演:田中幸恵、菊池葉月、三原麻衣子、川村りら他
2015年12月5日(土)~元町映画館、12月12日(土)~シアター・イメージフォーラム、2016年1月23日(土)~第七藝術劇場、2月6日(土)~立誠シネマ、2月20日(土)京都みなみ会館オールナイト上映、他全国順次公開
公式サイト⇒http://hh.fictive.jp/
(C) 2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト
 

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『ヴィオレット―ある作家の肖像―』主演エマニュエル・ドゥボスインタビュー
 

~女性で初めて“性”を赤裸々に語ったフランス作家ヴィオレット、その孤独と葛藤に満ちた半生とは?~

 
フランスを代表する女性作家でありフェミニズム運動家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、その才能に惚れ込み、世間に認められるまでバックアップを惜しまなかった女性作家がいた。自らの体験を美しい文体で赤裸々に綴り、初めて“性”を語った女性作家として64年の『私生児』で大成功を収めたヴィオレット・リュデュックだ。父親に認知されず、またその容姿から愛する人からも拒まれ、孤独の中で全てを書くことに捧げてきた激動のヴィオレットの半生を、『セラフィーヌの庭』のマルタン・プロヴォ監督が映画化した。
 
 
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マルタン・プロヴォ監督が「最初からヴィオレット役と決めていた」というエマニュエル・ドゥヴォスが、自分の容姿に悩み、母との関係に苦しみながら、ボーヴォワールを慕い、自分の力で生きる道を切り開くヴィオレットを熱演。ヴィオレットの愛には応えられないと断言しながらも、女性の自由な表現を求めて、ヴィオレットの執筆活動を全面的に支援するボーヴォワール役には、『屋根裏部屋のマリアたち』のサンドリーヌ・キベルランが扮し、フランス文学界に革命を起こした二人の友情や愛情を超越した関係が描かれている。40年代から60年代に渡る二人の対照的なファッションや、その変化も見どころだ。
 
6月に開催されたフランス映画祭2015の団長として久々の来日を果たしたエマニュエル・ドゥボスが、タイトなスケジュールの中インタビューに応じ、ヴィオレット・リュデュックを演じたことについて、また自身のキャリアについて語った。
 

 

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―――フランスを代表する女優として活躍されているドゥボスさんですが、女優を目指したきっかけは?
エマニュエル・ドゥボス(以下ドゥボス):もともと役者一家の出身なので、小さい時から舞台に自然に接していましたし、何歳の時に女優になったか分からないぐらい、最初から女優になりたいと思っていた気がします。もしかしたら色々な人の人生を演じることに魅力を感じたのかもしれませんが、一人の人間が役者になりたいと思う動機は、常に謎だと思います。
 
―――ドゥボスさんの女優人生の中で、一番大きな変化が訪れたのはいつですか? 
ドゥボス:私のキャリアは徐々に上っていったので、特別大きな変化はありませんが、ジャック・オーディアール監督の『リード・マイ・リップス』は、私にとって大きなきっかけになりました。この作品で私は賞をいただきましたし、作品も大成功を収めました。ヴィオレットと同じように強烈な役なので、変わるきっかけになったと思います。
 
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―――マルタン・プロヴォ監督からオファーを受けた時、まだ脚本は出来ていなかったそうですが、出演を決めた理由は?
ドゥボス:私が出演作を選ぶ基準は、出来あがった映画を一観客として観てみたいと思うか、役柄が自分にあっているか、シナリオの質や監督の才能などを総合的に判断しています。本作の場合、マルタン・プロヴォ監督の前作『セラフィーヌの庭』が大好きでしたし、プロヴォ監督がそんなに変な作品を作るはずはないと思っていましたから。
 
―――プロヴォ監督は、ヴィオレット役はドゥボスさんしかいないと思っていたそうですが、演じるにあたって二人でどのように役を作り上げていったのですか?
ドゥボス:撮影前に何度も会い、ヴィオレットに対してお互いにどんな印象を抱いているか話をしました。対話を通して、役が出来上がってきた感じです。実際にヴィオレットと知り合いだったというパトリック・モディアーノ氏にも会う機会があったのですが、出来上がった映画を観て、「本物のヴィオレットはもっとひどかった」。とても耐えがたい外見の人だったそうです。私自身、ヴィオレットが書いた全ての本を読みましたし、彼女がシモーヌ・ボーヴォワールに宛てて書いた手紙や、詳しい自伝も読みました。それだけヴィオレットは自己表現をしていた訳ですから、そういうものを読み込むと、彼女のことは大体分かりました。プロヴォ監督の前で演じる上でも、迷いなく演じることができました。
 
 
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―――映画の冒頭に「女性の醜さは罪である・・・」という詩が登場しますが、ドゥボスさんご自身は女性の美について、どのような考えをお持ちですか?
ドゥボス:美に関する感覚はパーソナルなものだと思いますが、役を演じる上で、つけ鼻をし、醜い姿になって感じたことは、「極端に醜いのは本当に重荷だ」ということです。ヴィオレットは自分の鼻が耐えられず、整形手術もしていますが、それでもあまり美しくなれませんでした。逆にそれはキツいことだったと思います。
 
―――ドゥボスさんが演じたヴィオレットは、個性的である一方、少し親しみすら覚えるようなかわいらしさもありました。
ドゥボス:自分と似ている部分を見つけようとはしたものの、一つもなく、探すだけ無駄でした。ただ、あまりひどい所ばかり見せてもいけませんから、私が演じるヴィオレットには少女のようなかわいい面も必要でした。
 
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―――南仏で自分の居場所を見つけ、幸せそうに過ごすところで終わっていきますが、ヴィオレットの人生をどう捉えていますか?
ドゥボス:現実のヴィオレットも『私生児』がフランスでベストセラーになった後、様々な国で翻訳されました。彼女の心の傷の元は、父親に認知されなかったことにありましたが、ようやく世間が自分を認めてくれ、世間の中に自分の居場所が出来たことで、心が穏やかになったのです。また、ヴィオレットはボーヴォワールというメンター(導き役)がいました。二人の関係は特殊な関係で、これに比べられるものは私の中にもありません。その後南仏に家を見つけ、半ば引退生活とはなりましたが、友人を招いたり、人生に欠けていたものをみつけ、心の平穏を得ました。最後はガンで闘病の末亡くなっているので、死ぬ間際は辛かったと思いますが、南仏でようやく自分の居場所を見つけることができたのでしょう。
 
(江口由美)
 

<作品情報>
『ヴィオレット―ある作家の肖像―』
(2013年 フランス 2時間9分)
監督:マルタン・プロヴォ
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメ
2015年12月19日(土)~岩波ホール、2016年1月9日(土)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、1月16日(土)~神戸アートビレッジセンターほか全国順次ロードショー
公式サイト ⇒ http://www.moviola.jp/violette/
配給:ムヴィオラ 
© TS PRODUCTIONS – 2013
 

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『人の望みの喜びよ』杉田真一監督インタビュー
 

~震災で両親を失った姉と弟の心情を、子どもの目線ですくい取る~

 
震災により目の前で両親が亡くなったことを弟に告げられず、一人苦しみを抱え込む姉と、大人たちの中で無邪気な笑顔を見せながら、姉のことが気になる弟。思いがけない出来事のその後を、幼い二人に寄り添うようにじっくりと描いた杉田真一監督初の長編作品『人の望みの喜びよ』が、12月5日(土)から第七藝術劇場で公開される(以降、元町映画館、京都みなみ会館にて公開)。第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンションを受賞した本作は、罪悪感や思いがけない出来事にどう向き合っていくかという普遍的なテーマを、台詞ではなく主演二人の自然な表情や動きで、静かに感じさせてくれる「心で観る」作品だ。
 
阪本順治監督や大森立嗣監督の助監督を経て、長編デビュー作を撮り上げた地元伊丹出身の杉田真一監督に、助監督時代のエピソードや、本作のテーマ、そして子ども目線で描くことの意義について、お話を伺った。
 

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■阪本監督の映画との向き合い方を目の当たりにし、ここでしっかり勉強したいと思った。

―――杉田監督は、様々な監督の下で助監督として仕事をされていますが、いつから助監督の仕事を始めたのですか?
大学一年生のときにちょうど山下敦弘監督が『ばかのハコ船』を撮影されており、最後の夏のシーンを手伝わせてもらったことが最初のスタッフとしての仕事です。大森立嗣監督は、『赤目四十八滝心中未遂』で助監督をされており、関西での上映で来場した大森さんと劇場でお会いしたのがきっかけです。僕は上映劇場でもぎりスタッフをしていましたが、大森さんも気に入ってくれ、当時準備中だった『ゲルマニウムの夜』にスタッフとして参加すればと声までかけてもらいました。大学はどうしても卒業したかったので、卒業後『ゲルマニウムの夜』劇場公開初日を見に夜行バスで東京まで行ったら、大森さんは僕のことを覚えていてくれ、「卒業したなら、東京に出てきたら?」と。その言葉を機に上京し、山下監督の『天然コケッコー』などを経て、大森さんの作品準備に呼んでいただくようになりました。
 
 
―――山下監督、大森監督と学生時代から実力派の監督と仕事をされていたのですね。今も杉田監督が師匠と仰ぐ阪本順治監督の助監督になったきっかけは?
大森監督のカメラマンである大塚亮さんが、阪本監督のカメラマン、笠松則通さんの弟子という関係だったので、大塚さんと僕の仕事が空いてしまったときに、阪本監督の『展望台』(『The ショートフィルムズ みんな、はじめはコドモだった』)に参加させてもらいました。『カメレオン』の現場で阪本監督の映画との向き合い方を目の当たりにした時、ここでしっかり勉強したいと思い、以降は新作を撮る時は阪本監督も僕を呼んで下さるようになりました。
 
 
―――錚々たる監督の下で修業を積んでいらっしゃいますが、ご自身が監督される際に思い出すような教えはありますか?
大森監督も阪本監督も、ご自身の作品に本当に真摯に向き合い、誰よりも勉強するし、誰よりも苦しむし、誰よりも役者さんをリスペクトし、スタッフもリスペクトしてくださいます。ただこうしろと言うだけの演出ではなく、役者さんが表現したことに対し、それを受け止めながら、時には軌道修正を加えたりし、リスペクトを忘れないのです。僕が憧れるのはそういう演出で、その方が役者さんも輝きますし、思っていたことと違っても案外それが面白いのではないでしょうか。大森監督は「そこで生まれてきたものを信用するしかないよね」とはっきりおっしゃいますから。阪本監督は「役者には顔を見て演出、スタッフには背中で演出」とおっしゃっていました。
 
 

■「おまえ助監督に向いていないから、監督する準備をしておけ」との言葉に背中を押された。

―――助監督時代が6年ほど続いたそうですが、そこから自分の作品を撮るにいたった経緯は?
28歳の頃、『座頭市 THE LAST』のサード助監督をしていたのですが、照明を待つ間に、カメラマンの笠松さんに幾つになるか聞かれたので28歳と答えると、「その年に松岡錠司は『バタアシ金魚』を撮ってたな。助監督なんて3年やれば分かる。今回の『座頭市 THE LAST』でフィルムが余るから、それで短編映画を撮れば?」。我に返ってそうだなと思う部分もありましたが、阪本組でやりたい仕事をさせていただいていたので、そこから外れる不安もあったんです。続く『行きずりの街』が完成した夜に、阪本監督が二人で飲みにつれて行って下さり「おまえ助監督に向いていないから、セカンド助監督で2本ぐらいやったら、監督する準備をしておけ」とも言ってくださって。低予算だけど短編の話があったときにやろうと思えたのは、そんな背中を押す言葉があったからだと思います。その後短編を撮った時も、「もう助監督に戻っちゃだめだ。自分の作品のことを一番に考えろ。短編はいくら評価されても短編でしかないから、長編を作れ」とアドバイスしてくださいました。
 
 
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■大きなハプニングが起こった時に真正面からどう向き合うのか、また、何かしたいけどできない後ろめたさをテーマに描く。

―――本作のアイデアはいつ頃生まれたのですか?
東日本大震災後、実家の伊丹で3カ月生活しながら、今後世の中がどうなっていくのか感じていなくてはいけないと思いました。三好プロデューサーと長編のアイデアを考えていたときで、東日本大震災が起こり、何かしたいけれど出来ない後ろめたさを感じていました。そういう後ろめたさとどう向き合うのか。それをもっと具体的に反映した企画が今回の原案でした。はっきり打ち出すのかどうかのボリュームの違いはありましたが、一番ボリュームが大きいものを選びました。こういう題材を選んでいながら、そこから逃げるのは不誠実ではないかという思いがありましたから。
 
 
――物語は地震で少女が両親を失うところから始まりますが、監督自身の被災体験も反映されているのですか?
僕は、主人公の春奈よりは少し年上の14歳で阪神淡路大震災に遭いました。大人でもない、子どもでもない、すごく宙ぶらりんの年代を主人公にしたいと思ったのは、僕の被災体験が元になっていると思います。大人になると、頭では考えられるけれど、心がついていかないような感情が描けない。大人だと、かわしたり、別の人に相談できたり、様々な手段を選択できますが、子どもたちはそういうかわし方をしらないし、目の前で起こった事に真正面から対峙するしかありません。僕個人の立ち位置もそうですが、大きなハプニングが起こった時に真正面からどう向き合うのかに焦点を当てたかったので、子どもたちの方がテーマにも合うと思い、主人公二人の目線で描くことを選びました。
 
 
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■大人目線で描いた子どもだけには絶対にしたくない。彼らがやってみたいことを極力尊重する撮り方をした。

―――物語を通じて、主人公の子ども二人の目線で描ききっています。台詞で表現するのとは違い、感情をため込んだまま、ただ歩く春奈の姿をじっと追っていますね。
そういう表現が(春奈役の)大森絢音さんだから出来ました。実際に撮影してみないと分からなかった部分です。最初に震災が起こったところから始まり、そこで大森さんがどういう表情をするかで、この後観る人や、僕らも含めて彼女の思いを一緒に抱えることができるかが決まります。この思いさえ共通して持てるのなら、じっと寄り添って描くという表現は可能だと思わせてくれました。文字ではいくらでも表現できますが、どうやったら説得力のある映像になるかを試行錯誤し、最初の思いを一緒に抱えながら撮っていった感じです。
 
スケジュールが短い低予算映画ですが、冒頭と最後のシーンだけは撮り順を変えたくありませんでした。そうでなければ、何を手掛かりに映画を作り、何がOKか判断できません。大人目線で描いた子どもだけには絶対にしたくなかったので、プロデューサーにそこだけは無理にお願いしました。
 
 
―――子ども目線で描くということは、実はかなり難しいと思いますが、特に演出面で気を付けたことはありましたか?
思い描いていることはもちろんあるのですが、なかなか思うようにいかないことが多いです。そのときに子どもが合わせるのではなく、こちらが合わせればいいと思い、大人に演じてもらうより、すり合わせの幅を緩やかにしました。カメラマンにも、今回は子どもに合わせるので、そんなにテイクを重ねられないから一発撮りのつもりで緊張感を持つようにと話しました。子どもたちとは自分が演じる役の気持ちの動きなどを話し合いました。もちろん彼らが分からない、納得できないこともありました。そこで無理やり台詞を言ってもらうことはできますが、それでは彼らが演じる人物の気持ちは伝わってこないので、彼らがやってみたいことを極力尊重する方を選びました。普段僕がしゃべっている言葉が通じないこともあり、5歳の子どもに伝えるにはどうしたらいいかも考えました。今となっては勉強になったと思います。
 
 
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■十字架を背負ってしまった人の気持ちも、希望も日常の中にある。

―――日常の描写が続く中、後半からラストにかけては、姉弟二人だけの世界になり、二人の内面が響き合って静かな感動を呼びます。特にラストはハッとさせるものがありました。
物語としては大きな起伏もありませんし、冒頭の震災以降は見て下さる方の日常とリンクできるようなシーンばかりが並んでいる気がします。でも、十字架を背負ってしまった人の気持ちは日常にこそ現れるでしょうし、希望も日常の中にあると思うのですが、あまりにも近すぎて見えないことがあるのではないでしょうか。そこにふと気づいた瞬間を、ラストに持ってきたいと思っていました。分かりやすいハッピーエンドとして描くより、ただ目の前で悲しんでいる姉を勇気づけてあげたい一心で弟がとった行動によって表現しました。現場で翔太役の稜久君の笑顔を見たとき、この後は何をくっつけても蛇足にしかならない、こんなに説得力のあるところで終われなかったら、この映画は何だったんだと。まさに、稜久君と綾音さんの二人だから撮れたし、様々なことを積み重ねていった結果だと思います。
 
 
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■『人の望みの喜びよ』は、全てを肯定する言葉。少しでも相手をリスペクトしたいし、それを映画で表現していきたい。

―――『人の望みの喜びよ』というタイトルも、非常に印象的です。このタイトルに込めた思いや、表現したかったことを教えてください。
脚本を書いているときに、「人の望みの喜びよ」という言葉をものさしにしていました。正直、本作を見て「人の望みの喜びよ」という言葉とリンクしにくいし、覚えづらいので、他のタイトルを勧められました。でも、この言葉に向かって書き、作ってきたので、どうしても他の言葉ではしっくりこないのです。バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』からとったのですが、否定するものが一つもない、全てを肯定する言葉で、映画のテーマにもなっています。震災後の風潮を見ていると、「復興」などの分かりやすい言葉で語られがちですが、その言葉によって苦しむ人もいるのではないか。震災などが起こったとき、生きる上で背負わなくてもいいものを背負ったり、罪悪感を抱えてしまう人もいますが、全てひっくるめて肯定できないのかと思うのです。
 
 
―――確かに今の日本は、スローガンのようなポジティブで強い言葉が全面的に出過ぎて、息苦しさを感じますね。
簡単に他人を否定することはできますが、点のような自分を中心とした考え方をもう少し広げて、自分と相手との意識を広げ、少しでも相手をリスペクトできないのかなという気持ちがあります。僕の高校の恩師が、「自分が楽しいと思うときは、足元を見ろ」と言ってくれ、今でも胸に残っているのですが、自分が楽しい時に実は他人の足を踏んでいても気づかないことがあるかもしれない。そういう時に、ふと冷静になって足元を見ることができる自分でいたいし、その方が人と関係するときにも豊かでいられるのではないでしょうか。言葉を投げるタイミングも、相手に合わせることでより加速するでしょうし、それをどうすればいいのかをこれからも映画で表現していきたいです。
(江口由美)
 

<作品情報>
『人の望みの喜びよ』
(2014 日本 1時間25分)
監督・脚本:杉田真一
出演:大森絢音、大石稜久、大塲駿平、吉本菜穂子
2015年12月5日(土)~第七藝術劇場、元町映画館、京都みなみ会館他全国順次公開
※12月5日(土)14:40の回、杉田真一監督 舞台挨拶予定
 12月6日(土)14:40の回 杉田真一監督、阪本順治監督 トークショー予定
※第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンション受賞
公式サイト⇒http://nozomi-yorokobi.com/
(C) 344 Production
 

anohito-min-500-1.jpg織田作之助が書いたとされる幻の脚本を映画化した

山本一郎監督長編映画デビュー作『あのひと』

第22回ミンスク国際映画祭で審査員特別賞受賞!



第二次大戦末期の昭和19年に書かれた映画脚本『あのひと』が、2012年に大阪の中之島図書館で発見され、専門家によって文豪・織田作之助が書いたも のと認定されたと報道されました(2012年10月13日付「産経新聞」ほか)。松竹大船撮影所で製作予定だったものが、おそらく軍部の忌避にあい、実現しなかった幻の作品です。

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ストーリーは、4人の帰還軍人が戦死した部隊長の遺児「小隊長」を育てているところから始まります。やがて、戦局が厳しくなり軍需工場に働きに出た帰還軍人たちの代わりに、今度は4人の女たちが住み込んで遺児を育て始める。「小隊長」を中心とした戦時下の奇妙な共同生活を、時にユーモラスに描く意欲作で す。
 

そんな幻の作品『あのひと』が70年の時を超えて映画化! メガホンをとったのは、『武士の一分』(山田洋次監督)、『珈琲時光』(侯孝賢監督)など数々の傑作のプロデューサーを務めてきた山本一郎監督。本作が長編監督デビューとなります。織田作之助の脚本を一字一句変えず、独自の解釈であえて モノクロ/スタンダード・サイズを採用し映像美を追究。カメラマンに佐々木原保志(『その男、凶暴につき』『ゲゲゲの鬼太郎』他)など映画界を代表するスタッフが結集し、山本一郎監督の世界観を映像化しました。

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出演は、田畑智子、神戸浩、『太秦ライムライト』を製作した大野裕之率いる劇団とっても便利のメンバーに、福本清三、峰蘭太郎ら。撮影は、2013年夏に、京都の松竹撮影所で行われました。
 

 

 

このユニークな作品『あのひと』が、このたび、ベラルーシ共和国で11月6日から13日まで開催された、東ヨーロッパ・中央アジア最大の映画祭である第22回ミンスク国際映画祭にて、異例の2つの審査員特別賞を受賞!

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「映画を信じることの奇蹟、人生を信じることの奇蹟への特別賞」
「日本映画の伝統へのこだわりに対しての特別賞」

を受賞しました。

初監督作品が、国際映画祭で二つの特別賞という異例づくめの快挙です!


【山本一郎監督・受賞の言葉】
「とても光栄です。京都の松竹撮影所で撮影できた事が良かったです。20 年以上前のことですが、そこにあった、KYOTO 映画塾に感謝しています。「あのひと」に参加して下さった皆さま、ありがとうございました。
 

山本一郎監督作品・織田作之助の脚本とされる映画『あのひと』は近日、東京・渋谷のユーロスペースにて公開予定です。 


anohito-pos-1.jpg★映画『あのひと』 
87分 モノクロ/スタンダード (C)2014山本昆虫
監督:山本一郎(プロデューサーとして『武士の一分』(山田洋次監督)、『珈琲時光』(侯孝賢監督)を担当)
脚本:織田作之助(推定)
プロデューサー:榎望(『日本のいちばん長い日』『駆込み女と駆出し男』他)
出演:田畑智子、神戸浩/大野秀典、多井一晃、彩ほのか、鷲尾直彦、杉山味穂、中島ボイル、上野宝子、大野裕之、川嶋杏奈/林基継、橋本一郎、上西雄大/福本清三、峰蘭太郎 他
公開劇場:ユーロスペース(近日公開)ほか 
配給:劇団とっても便利
 

【一般からの問い合わせ先 および 配給・宣伝・宣材についての連絡先】
劇団とっても便利(担当:大野) info@benri-web.com

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Ray-pos.pngサタジット・レイ監督デビュー60周年記念『シーズン・オブ・レイ』

・京都みなみ会館:2015年11月30日(月)~12月11日(金)

・元町映画館:近日公開

公式サイト⇒ http://www.season-ray.com/



インド映画界の至宝、その真の魅力がよみがえる

サタジット・レイ監督デビュー60周年記念 特集上映

『チャルラータ』&『ビッグ・シティ』デジタルリマスター版上映

 

インドを代表する映画監督にして、小説家、音楽家、グラフィックデザイナーなど、多才な才能をもつサタジット・レイ。日本では『大地のうた』をはじめとする「オプー三部作」でリアリズム監督としての印象が強いですが、実はミュージカル、ファンタジー、SF、ドキュメンタリーまで幅広いジャンルの作品を手がけ、晩年にはアカデミー賞特別栄誉賞を受賞。世界中でその名が知られている偉大な監督です。


そんなレイの監督デビュー60周年を記念し、中期の代表作『チャルラータ』『ビッグ・シティ』がデジタルリマスターで蘇ることになりました。


特に『チャルラータ』は監督本人が最高傑作と語り、ウェス・アンダーソン監督らも大ファンを公言するほど。富裕な夫を持ち、大邸宅に暮らす妻の孤独と芸術への目覚めを、詩的で美しい映像の数々とともに描きます。インドの文豪タゴールの原作小説を、レイが脚色し音楽も担当。日本では1975年に公開されて以来の上映となり、デジタル・リマスターによる40年ぶりの上映となります。今回は同作の姉妹編ともいえ、同じく大女優マビド・ムカージーが主演した『ビッグ・シティ』も併映します。 


この機会にサタジット・レイ監督の真の魅力をお楽しみ下さい。

 

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《第7回京都ヒストリカ国際映画祭》を終えて

2015年10月31日(土)~11月8日(日)、京都歴史博物館と京都みなみ会館で開催されていた《第7回京都ヒストリカ国際映画祭》は、最終日に『NINJA THE MONSTER』(日本初上映)と『ラスト・ナイツ』(11/14公開)の上映で幕を閉じた。毎年、時代劇のメッカ・京都にふさわしい作品を世界中から集めた映画祭は、時代劇ファンにとっては大変貴重な映画祭である。特に、日本初上映を含む新作だけを集めた【HISTORICA WORLD】は毎年楽しみにしている。今年は全部は見られなかったものの、『フェンサー』『吸血セラピー』『大河の抱擁』『NINJA THE MONSTER』を見る機会を頂いたので少しご紹介したい。
 


his-fencer-500.jpg★自由のない暗い時代でも、生きる希望が人を強くする
第二次世界大戦後のエストニアを舞台にした『フェンサー』 (2015年)は、戦後ソ連の領土となったエストニアの田舎の子供たちと、フェンシングを通して夢と生きる力を育んだ実在の教師エンデル・ネリスの勇気ある行動を精緻な映像で描いた感動作である。政治犯としてソ連の秘密警察に追われる身のエンデルは、息を潜めてエストニアの田舎で教師生活を送っていたが、戦争で父親を失った子供たちに慕われ、特技のフェンシングを教えるようになる。子供たちに支えられ自らも居場所を見出すエンデルの様子や、戦後の困窮生活の中にも柔らかな光が差し込んでいく描写は胸を熱くする。フェンシングの全国大会でのエンデルや子供たちの表情がいい。シンプルな構成ながら、次第に色味を増していく映像から希望がわいてくるのが実感できる、そんな映画だ。
 
 


 his-kyuuketu-550.jpg★悩めるドラキュラ伯爵のセラピー治療とは!?
20世初頭のウィーンを舞台にした『吸血セラピー』 (2014年)は、500年も連れ添った妻の愚痴に悩むドラキュラ伯爵がフロイトのセラピーを受けに来るという、ドラキュラとはいえ人間的な悩みを持つことに親しみがわいてくる映画だ。影がなく鏡にも写真にも映らない。自分がどんな顔なのか見たことがなく、美しいかどうかさえ分からない。他人の意見を聞くしかないので、毎日夫に自分についての感想を言わせる妻。それが500年も続けば、そりゃストレスも溜まるだろう。フロイトがドラキュラ伯爵夫妻に紹介した若い画家とその恋人をめぐる愛と血を追い求めるホラーコメディが、思いのほか面白かった。

◎『吸血セラピー』トークショーの模様はこちら
 


his-taiga-500.jpg★大河が見つめてきた、西洋文化の功罪
アマゾンの奥深く、西洋文化が如何に自然を破壊し原住民たちの生活を踏みにじっていったかがよくわかる『大河の抱擁』 (2015年)。部族で最後の生き残りとなったシャーマン(呪術師)カラマテの記憶を辿りながら行くアマゾン探検の旅である。20世紀初頭、カラマテが若い頃随行した探検家の日記を基にアマゾンを遡上したいとアメリカ人のエヴァンがカラマテを頼りにやってくる。アマゾン流域の豊かな自然がゴム資源を求める白人たちに破壊され、流域で暮らす人々の暮らしも残酷なほど一変させてしまう。それは、資源を求めてやってくる山師であり、無理やりキリスト教を押し付ける宗教家である。自然の息吹を感じながら、畏怖の念をもって逞しく生きて来た人々の変化をモノクロ映像で捉えた世界は、失われた文明を再発見する旅でもある。

 


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★忍者本来の姿を描く時代劇スリラー
松竹株式会社の若手レーベルが海外向けに制作した『NINJA THE MONSTER』は、朝の連ドラ「あさが来た」で五代友厚を演じて人気急上昇中のDEAN FUJIOKA主演の忍者映画。江戸中期の浅間山噴火と天明の飢饉を背景に、困窮する長野藩のお家存亡の危機と正体不明の化け物騒ぎを絡ませたストーリー展開は、斬新。自然界のパワーバランスに敏感な山伏のような忍者像は、黒覆面の超人という従来のイメージを一新させる。お家の困窮を救おうと人身御供にされるお姫様と忍者・伝蔵との微妙な関係性も興味深い。イケメンすぎるDEAN FUJIOKAの甘いマスクがキリリと光る忍者ぶりに魅了される一篇だ。

 



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この上映会は、京都ヒストリカ国際映画祭のいつもの客層とは違い、観客は女性ばかり!映画祭ナビゲーター・飯星景子さん司会による上映後のトークショーでは、黄色い歓声に迎えられてDEAN FUJIOKAと落合賢監督が登場。本作についていろいろ語ってくれた。

■今までの忍者のイメージを一新するアクションと忍者像
国際的に活躍するスタッフやキャストが集結して完成した作品とあって、ブルーレーベル海外向け第1作として自信を持って売り出したいと力強く語る落合監督。5年前に出会って意気投合したDEAN FUJIOKAとは、いつか一緒に映画を作りたいと、東京にあるジャマイカ料理を食べながら語り合ったそうだ。その後、『NINJA THE MONSTER』の企画書がDEAN FUJIOKAの元に届き、スカイプで連絡を取り合い、忍者についての資料を勉強するよう宿題が出されたという。かねてより中華武術をやってきたDEAN FUJIOKAは、今までの忍者像を一新するようなアクションを学ぶように言われ、フィリピンの「カリテ」という接近戦に強い武術を練習。劇中では、一番の見せ場となる山小屋の薄暗い中でのアクションに活用され、忍者・伝蔵の独特の殺陣が生まれた。

 

his-ninja-t-di-1.jpg ■神秘性を出すためにデザインされた液状の化け物
アニメ『もののけ姫』や『プレデター』などからイメージして、CGで創り上げているが、あまり知性的な化け物にはしたくなかったという。そのため目をひとつにして、予測不可能な動きと正体不明な不気味さを出している。具体的なビジュアルが完成する前に実写部分の撮影が進んだので、DEAN FUJIOKAは見えない敵との演技に苦労したようだ。落合監督のゾウのような声を合図に、それに向かってアクションを起こしたという。DEAN FUJIOKAは、『風の谷のナウシカ』のオウムのようなものを想像していたので、完成した作品を見て驚いたという。

 
■京都での撮影と日本武術の様式美
京都の松竹撮影所を中心に行われた撮影は真冬に行われ、劇中降っている雪は本物だそうだ。年末の撮影所では餅つきをしていて、お餅をご馳走してもらって嬉しかったというDEAN FUJIOKA。日本武術の様式美を教えてもらい、別のクルーの人たちと一緒に素振りもしたと懐かしそうに語る。そこで、DEAN FUJIOKA自前の武器を持ち出し、この日来場していたアクション俳優と殺陣を披露。DEAN FUJIOKAの生アクションを近くで見られて、観客も興奮気味。

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■他人とは思えぬ“もののけ”と忍者に親近感
DEAN FUJIOKAは、“もののけ”も忍者も陰の存在で、世の中に認められず孤独に生きている覚悟が心に沁みると振り返り、伝蔵役をまた演じたいと希望。落合監督も、伝蔵が自分の居場所を求めているのに対し、藩のために人身御供になろうとしているお姫様もモンスターも忍者も、同じ立ち位置にいるという。DEAN FUJIOKAと落合監督は海外で長く暮らしてきて、こうしたキャラクターたちと共通するものを感じたようだ。DEAN FUJIOKAも、「5年前、なぜ落合監督に声をかけたのか今分かった。他人とは思えぬ何か共感するものを感じたからだ」と振り返った。


日本公開は、海外での映画祭のスケジュールによるので未定。細かな歴史的考察とファンタジックなシーンをミックスさせた新しい忍者映画に、乞うご期待下さい。

(河田 真喜子)

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個人の些細な苦しみの話から今の日本を感じてもらいたい
『恋人たち』橋口亮輔監督インタビュー
 

~新人俳優3人と名優たちが体現する愛、絶望、そしてかすかな光~

 

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困難を乗り越え生きていく夫婦の10年を描いた名作『ぐるりのこと』から7年。橋口亮輔監督の7年ぶりとなる完全オリジナル最新作『恋人たち』は、誰もが心の中で秘めている哀しみや孤独、そして今の日本を覆う不条理さを、3人の主人公の物語を絡ませながら重層的に描いた感動作だ。
 
ワークショップを経てオーディションで選ばれた新人俳優たちが演じるのは、通り魔殺人事件で突然妻を失った男、アツシ(篠原篤)、姑と同居の退屈な日常に突然現れた男に心揺れ動く主婦、瞳子(成嶋瞳子)、同性愛者で完璧主義のエリート弁護士、四ノ宮(池田良)。喪失感の中もがき苦しむ姿や、ささやかな愛を夢見た結果今の幸せを再認識する姿、そして愛する人から中傷を受け感情を爆発させる姿など、人間の生々しい感情を見事にすくい取っている。我々の生活と地続きのような空間で繰り広げられるリアルで、どこか滑稽さも滲む人間描写は、橋口監督の真骨頂とも言えるだろう。それを体現する俳優陣も、上記3人の他、安藤玉恵、黒田大輔、山中聡、山中崇、内田慈、リリー・フランキー、木野花、光石研と豪華メンバーが揃い、見事なアンサンブルを見せている。日常の小さなエピソードが積み重なり、今の日本と、そこに生きる人々がパズルのように浮かび上がるとき、そのどこかに自分の姿を重ねてみたくなることだろう。
 
本作の橋口監督に、作品が生まれる経緯や、オリジナル脚本に込めた思い、そして演出方法についてお話を伺った。
 

――2011~12年に『二十四の瞳』の予告編を作られていますが、その当時の橋口監督の状況をお聞かせいただけますか? 
橋口監督:当時はまだ自分自身、映画を撮るまで気持ちが回復していませんでしたが、木下監督の作品を観て、救われる思いがしました。震災に遭われ、なぜという思いで過ごしている方はいっぱいいると思います。木下監督の『二十四の瞳』で、家族のために働きながら肺病を患い、たった一人で死んでいく少女に高峰三枝子演じる大石先生が「そうね、苦労したでしょうね」と一声かける場面があります。台詞としてはシンプルですが、あの一言で少女はどんなに救われたことか。僕の場合、個人的になぜと思う状況に置かれていたときに、誰も話を聞いてくれる人がいなかったのですが、戦争や犯罪被害や自然災害などで人生が大きく揺れ動いたときに、それでもなんとかしてやっていこうと思うきっかけになるのは、人だと思います。 
 

■やはり演出が好きだと気付いたワークショップ「もう一度映画をやってみよう」

―――ご自身の辛い状況を経て、再び映画を撮ろうと思ったきっかけは?
橋口監督:『恋人たち』でもプロデューサーを務めてくださった深田誠剛さんが映画を撮ろうとずっと言ってくださっていたのですが、僕自身は映画に対するモチベーションが全然なかったのです。すると、まずはワークショップからと、今回主演した3人を含め、初めて若い役者さんたち45人と一緒に4日間のワークショップを行いました。人を好きになると、本来の自分ではない情けない自分が現れる。そんな恋愛劇をやってみましょうと、疑似恋愛をしながら本当の自分を探りましたが、とても良かった。僕がアドバイスをしたことで、相手が変わり、面白いものが生まれてくるのです。引きこもりで、人前でなかなかしゃべれなかった人が、パッと変わる瞬間があると、本当に感動的です。僕はやはり演出が好きなのだと、改めて気付きました。そこからもう一度映画をやってみようと思ったのです。 
 

■たとえ未熟でもいいから表現の強さを信じ、8ミリで撮っているつもりで臨む。

―――7年ぶりの新作でしたが、どんな気持ちで撮影されたのですか?
橋口監督:30歳のときに『二十歳の微熱』を撮った感覚に近かったです。あの時は僕も、出演者も含めて全員素人で、何をやっていたか分からなかったけれど、撮ってみると大ヒットした作品でした。今回も、素人の方たちを使って映画を撮るとなったとき、どういうタッチで撮ればいいのか、しばらく試行錯誤していました。僕自身、自主映画出身なのですが、ちょうどワークショップと同時期に自主映画の審査をやらせていただくようになり、再び自主映画を大量に観ることになったのです。何本かはすごくいい作品があり、十分に作家と呼べる思いの強さを秘めていました。そこで、今回の映画はたとえ未熟でもいいから、そういう表現の強さを信じてやってみようと思い、8ミリで撮っているつもりで臨みました。撮影していると、『二十歳の微熱』の頃を思い出し、気持ちがぐっと元に戻った感じです。
 
 

■僕の映画は、役者が「役を通じて自分の人生を生き直す」存在になっている

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―――主役3人、それぞれのキャラクターが演者の個性に合っていたと思いますが、特に瞳子役の成島さんのリアルな主婦像と変貌ぶりに驚かされました。
橋口監督:成嶋さんは昔お芝居をしていたときもあったそうですが、まさか自分にスポットライトが当たるとは思っていなかった。ただ演じたいという気持ちで参加したと思います。彼女が演じる瞳子も、姑と夫との生活を別に不幸だとは思っていません。これが生活だと思っているけれど、どこかに今の私ではない自分を求める部分があったのでしょう。そんなときに、光石さん演じる藤田にさらりと声をかけられ、「あっ」と思う。ときめきの表情をみせる瞳子が段々少女のように見えてくるのです。不幸ではないけれど、別の人生を望む自分が瞳子の中にはあり、それと成嶋さんがシンクロし、彼女は瞳子を通じて自分の人生を生き直していました。『ぐるりのこと』の木村多江さんやリリー・フランキーさんもそうです。僕の映画は役者さんが「役を通じて自分の人生を生き直す」存在になっているのではないでしょうか。役者のみなさんに取材をして、そのエピソードを台本に入れようとはしません。僕の作った人物像に、「この人だったら合うかな」という勘ですね。
 

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―――ワークショップから選ばれた3人を主演にして映画を撮るにあたり、キャスティングや演出で配慮した点は?
橋口監督:ご覧になった方から「素人だから下手だったね」と言われたら失敗です。全員が同じ力でそこにいなければならなかったので、僕の神経をそこに集中して作りました。今の若い俳優たちは、テレビドラマを見てお芝居を覚えるので、皆同じ芝居をするのですが、そうではないということをワークショップでも言いました。「それぞれの奥にある個性が出て、切実に感じられるように」と。ワークショップでは、演技経験が全くない人や、逆に前に出てくるような人も混じった中に演技の上手い人が2、3人いると、全体的に演技がぐっと上手くなるのです。最初は戸惑っていた人も、上手い人の演技を真似て表現するうちに、面白いものが出てきます。そうなると、他の人も触発され、最終的にはとてもいいワークショップになって終わります。だから、今回もプロの俳優が主役の3人に均等に絡むようにキャスティングしました。成嶋さんは光石さんや木野さんといったベテランとも絡み、ヌードにもなります。こちらも随分気を遣いながら見ていたのですが、全然緊張せず、すごくリアルなトーンが出せました。存在感は抜群だったと思います。主演だけはワークショップの中から選ぶという趣旨ではじまった作品で、こういう形の映画作りをするのは今では珍しいのですが、上手くいったと思います。
 
―――3人とも独白するシーンがあり、本音を吐き出す場所の大切さを感じさせます。
橋口監督:誰しも、なかなか自分の本音や胸の内を話せる相手はいないと思います。皆、色々なことを飲み込んで生きているのでしょう。主人公の3人が話すときは、相手はいるけれど聞いていないとか、電話が切れているのにしゃべっているとか、しゃべっているけれど相手は死んでいるとか、相手がいない中での恋愛で、それを『恋人たち』に集約させています。
 

■普段誰にも言わない本当の声が書けた。人を絶望させるのも人ならば、人に希望を抱かせるのも人。

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―――ただ心情を吐くのではなく、胸の奥にある本当の声が突き刺さる気がしました。
橋口監督:今回、一番いい台本が書けました。それは完成度が高いというのではなく、3人、特にアツシのあの語りで、普段誰にも言わない本当の声が書けたと思っています。色々なことを飲み込んで生きている人がこの作品を観て「ここに同じ思いがある」と思うだけでも、ちょっとした日常の支えになってくれたらいいなと思います。人間は気持ちの揺れが不安になり、色々なことに頼ってしまうのですが、本来人間はそんなものですから。そんなときに誰かに一声かけてもらったり、ちょっと飴玉をもらったりするだけで、少し気持ちが上がります。ほんの些細なことの積み重ねで、なんとか今日と明日がつながって、生きていこうと思える。『ぐるりのこと』でも思いましたが、人を絶望させるのも人ならば、人に希望を抱かせるのも人だという気持ちを、今回また新たにしました。
 

■個人の些細な苦しみの話、その、そこかしこから今の日本が見えてくれたらいい。

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―――人物を離れて、過去の東京で起こっていたこと、現在の東京で起こっていることが物語に散りばめられていますが、脚本を書く際に念頭に置いていたことは?
橋口監督:今回は100%ゼロからスタートしなければならず、それを完全オリジナルで書くのは難しいです。ただ、ワークショップから選ばれた3人がいますので、彼らの個性を生かしたものにしなければならない。長編だと、自分に引き寄せ、自分のモチーフで作らなければストーリーがもちません。予算がなかったので、『ぐるりのこと』のように10年に渡る様々な事件を盛り込むような形はとれませんでした。でも作品となって小さくならないように、どうやって今の日本を織り込み、作品に広がりを感じてもらえるか考え、製作費や彼らの演技力の様子を見て試行錯誤をし、3本の話が絡むようで、絡まないようなストーリーにしました。
 
俯瞰で見たような作品ではなく、個人の些細な苦しみの話ですが、その、そこかしこから見えてくれたらいいと思っています。安藤さん演じる晴美の皇室詐欺も、有栖川宮詐欺事件を元にしていますし、瞳子が雅子さまの追っかけをしていたというエピソードも含め、今の日本の空気を感じてもらえればと思ったのです。
 

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―――自己中心で、周りに思いやりを持たないイヤなキャラクター四ノ宮も、恋心を隠して友達づきあいしてきた聡(山中聡)夫妻から思わぬ中傷を受けます。

橋口監督:四ノ宮のエピソードのように、今の日本では弁明すら聞いてもらえません。「いじめってマスコミが作ってるんでしょ」とサラリというシーンがありますが、そういった中傷がネットの世界でも多く、いわれのないことを言及されて傷つくのです。オリンピックのエンブレム問題も、ジャッジする側がきちんとジャッジをし、批判がきても方針をきっちり説明すれば、子どもたちも納得するでしょう。何が本当で、何を信じて生きていけばいいのか分からないのが問題ですし、気持ち悪い。そこも感じてもらえると思います。

 
―――ラストシーンは川から東京の街を映し出していきますが、その狙いは?
橋口監督:今回は最後にタイトルを出そうと思っていたので、青空と川の風景の上を選びました。それを見て、これはアツシが今まで見てきた風景なのだろうなと思ったのです。アツシは孤独に生きてきて、(仕事で)舟の上に浮かんで「アイツ、ぶっ殺してやる」と言いながらも人が好きなのです。川から人間を見ていたのでしょう。これはやや深読みになりますが、僕は川からの風景を見ていると、震災を思い出します。「大都会の建物たちが、一瞬にして無くなってしまう。人の営みって何だろうな」と。
 
―――どん底から抜け出せないままのように思えたアツシにとって、職場の先輩、黒田(黒田大輔)の存在は大きな救いになりましたね。
橋口監督:アツシに輝く希望は訪れないし、黒田は輝く希望をもたらしはしないけれど、黒田のように寄り添う人がいないと、人生は辛すぎますよね。アツシの働く職場の人間は皆ヤンキーですが、裏表がないし、だからこそ救われます。「なんか、暗いですよね~」なんて言うぐらいの女の子と一緒になる方が、アツシは幸せになるのかもしれません。普通の映画なら、深い哀しみの後には女性と出会い、深い愛情に癒されていくものですが、今回は別の恋愛で救われるような展開にしたくなかった。ご覧になった方が、アツシの未来を考えて下さればいいなと思っています。
(江口由美)
 

<作品情報>
『恋人たち』
(2015 日本 2時間20分)
原作・監督・脚本:橋口亮輔
出演:篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中聡、山中崇、内田慈、リリー・フランキー、木野花、光石研他
2015年11月14日(土)~テアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国ロードショー
公式サイト⇒http://koibitotachi.com/
 

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杉野希妃、最新主演作の見どころ&復帰後の心境を語る
『3泊4日、5時の鐘』記者会見&インタビュー
 

~作品の中の誰かに共感したり、反発したりするうちに自分を見つめ直せる「ミラーボール」のような映画~

 
日本を代表する名匠小津安二郎監督の定宿・茅ヶ崎館を中心として描かれる、ちょっと大人の青春群像劇『3泊4日、5時の鐘』。新鋭、三澤拓哉監督が脚本も担当し、長編デビューを果たした本作は、4月に北京で開催された第5回北京国際映画祭で注目未来部門、最優秀脚本賞を受賞しただけでなく、続々と海外映画祭出品が決定している。日本でも9月から東京で公開され、杉野希妃をはじめ、『花宵道中』の演技も記憶に残る小篠恵奈、キム・ギドク監督最新作『STOP』で主演を務め、今後更なる活躍が期待される青年団の堀夏子、本作でスクリーンデビューを果たした新星、福島珠理と4人の女たちの火花散るリアルな女子トークや、思いを寄せる男性とのすれ違いぶりが共感を呼んでいる。
 
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9月末に大阪、シネ・ヌーヴォXで開催された記者会見では、今冬、ロッテルダム国際映画祭来訪時の交通事故で長期療養中だった本作の主演兼エグゼクティブプロデューサーの杉野希妃が、約9カ月ぶりに報道陣の前に姿を見せ、記者からの質問に笑顔で答えた。シネ・ヌーヴォは、大阪アジアン映画祭2011で主演兼プロデュース作『歓待』を上映して以来、映画祭や新作公開の際必ず訪れていた、杉野にとってはまさにホームのような場所。冒頭の挨拶では、杉野も記者団も感極まって涙が混じる一幕もあった。
 
記者会見後の単独インタビューでは、『3泊4日、5時の鐘』についてのお話だけでなく、復帰した今だからこそ明かせる入院中の心境、そして今後の抱負をざっくばらんにお聞かせいただいた。その内容をご紹介したい。
 

<記者会見>
━━━復帰した現在の心境をお聞かせください。
見慣れた顔が揃っていらっしゃるので、それだけで目が潤んでしまいました。東京でも感傷的になることはなかったのですが、大阪はホームなのだと改めて思いました。本当に表舞台に立つことができるのか、事故後一カ月ぐらいは分からなかったので、今日はこのように記者会見の時間をいただけて、本当にうれしいです。ありがとうございます。
 
━━━『3泊4日、5時の鐘』について、制作の経緯を教えてください。
監督の三澤くんは、2012年から私のアシスタントとして活動しています。私の初監督作『マンガ肉と僕』では制作を、2作目の『欲動』では助監督を、短編の『少年の夢』ではプロデューサーを務めてくれました。『欲動』撮影の直後、「日本映画大学を卒業する前に一本、私の会社(和エンタテイメント)で監督作を作ってみてはどうか」と私から声をかけました。そこから三澤くんがプロットを書き、一緒に作った作品が『3泊4日、5時の鐘』です。ロッテルダム映画祭に到着した日に『3泊4日、5時の鐘』の舞台挨拶をし、その直後に交通事故に遭ったので、この作品には色々な思いが入り交じっています。日本の公開を迎えて嬉しいです。
 
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━━━杉野さんの今までのイメージを逆手にとったようなキャラクターが非常に面白かったです。三澤監督と一緒に作り上げていったとのことですが、どの程度ご自身を分析して、キャラクターに反映させているのでしょうか?
私は、いつも様々なキャラクターを演じるとき、自分のようであり、でも自分とは違うと感じています。本作の真紀はジェットコースターのようなキャラクターだったので、悩むというより、「こんな時に、こんな感情が湧くのか」とどこか客観的に思いながら、楽しんで演じることができました。脚本に関しては、キャラクターを増やして物語を肉付けしたり、台詞についてのアドバイスなどは私も一緒に行いました。ただ、基本的には三澤くんの観察力や女性に対する目線が、全面的に反映されていると思います。
 
━━━トランプや卓球など、オーソドックスな遊びをする中でそれぞれの思いを交差させる演出が光りましたが、どのような意図で取り入れたのでしょうか。
卓球は、ピンポン玉の打ち合いから人間関係がどう変わっていくかを描くために、どうしても取り入れたかったそうです。三澤くんの中に「積み重ねていく」「ペア探し」というモチーフがあり、トランプや、遺跡を発掘するシーンなどで、そのイメージを反映させています。
 
━━━以前のインタビューで、三澤監督は「ご当地映画みたいに、その場所だけで終わってしまう作品にはしたくないという思いがあった」と語っておられましたが、企画段階でどのような話し合いをされたのですか?
ある監督の言葉で印象的だったのが、「ローカルを描けば描くほど、ユニバーサルになる」。まさにその通りだと思います。深田監督の『歓待』は、東京の下町を舞台に、ローカルなものを描いたからこそ、ユニバーサルなものが生まれたという感覚が私自身の中にあります。この『3泊4日、5時の鐘』も、非常にローカルなことを描いていますが、地元の方も、海外の方も楽しめる作品にしたいという気持ちがありました。現在、海外の映画祭に招かれていますが、それは作品を受け入れていただけた結果と捉えています。
 
━━━プロデューサーや女優、時には監督と一人で様々な役割をこなしていますが、仕事の違いや、特に気を付けていることはありますか?
自分の中では、特に違うことをしている感覚はありません。私は2008年頃からプロデュースの仕事を始めたのですが、経験のない中、女優業と兼務だったので、周りからは怪訝な顔で見られることも多かったです。ですから、私よりも年下世代の人たちには、一緒に映画を学び、作っていける場を提供していけたらと考えています。私は、まだまだ肉体を使って表現していきたいので、自分がプロデュースに入っていなくても、女優として作品に参加したいですし、逆に女優として出演せず、監督だけに専念することもいずれあるかもしれません。色々なことに挑戦していきたいですね。
 
━━━これからご覧になる皆さんに、どう観ていただきたいですか?
自分が作った映画に関して「こういう風に観てほしい」という考えは、一切ありません。逆にみなさんが、全然違うことを考えて下さった方が面白いのではないでしょうか。『3泊4日、5時の鐘』はミラーボールのような映画だと思っています。作品の中の誰かに共感したり、反発したりするうちに、それが自分に跳ね返り、「私ってこういう人間なのかな」「こういう面があると思っていたけれど、違うのかも」と見つめなおすことができるのではないでしょうか。男性からしてみたら女は怖いと思うかもしれませんし、ガールズトークの話のネタにできます。お酒のつまみになりそうな映画ですね。
 

<インタビュー>
 

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━━━三澤監督は、脚本も初めての作品となりますが、杉野さんはかなり評価されていたのですね。

2012年から三澤くんとは一緒に仕事をし、色々な作品の脚本を見てもらったり、企画段階から参加してもらい意見を聞いていました。20代とは思えない映画の知識量の豊富さや、モノの見方の鋭さを持っていますし、観察力も非常に優れています。真面目な好青年ですが、少し斜めからモノをみているような発言もするので、監督として絶対いいものを作ることができるという直感が私の中にありました。彼は元々プロデューサー志望だったのですが、ウディ・アレンが好きだと言っていたので、「自分で出演し、監督もすればいいじゃない」とずっと話していました。今回は初監督作品なので、演出に集中し、出演は控えたようですが。

茅ヶ崎を舞台に、女たちのリアルなセリフがこだまする青春群像劇~『3泊4日、5時の鐘』三澤拓哉監督インタビューはコチラ
 
━━━三澤監督と同じく、本作で映画初出演を果たし、杉野さんのように女優兼プロデューサーの道を目指している福島珠理さんへ、何かアドバイスはありますか?
色んな困難はあるかもしれませんが、めげずに本当に頑張ってほしいですね。自分自身の中にある固定観念や、周りにある固定観念もどんどん取っ払っていきたいという思いがありますので、福島さんのような若い世代から作り手にも演じ手にもなりたいという人が出てくることで、日本映画界の風通しも良くなる気がします。
杉野希妃に続く、女優兼プロデューサーを目指して!『3泊4日、5時の鐘』でスクリーンデビューの新星・福島珠理さんインタビューはコチラ
 
━━━今回の杉野さん演じる真紀は、一生懸命すぎるところが逆に空回りする、コメディエンヌ的要素のあり、今までにない魅力がありました。
脚本を読んだときに、ジェットコースターみたいな感情の起伏が激しい性格で、変わり者だなと思いましたが、どこか共感できる部分もあり魅力を感じました。真面目で一生懸命なところがいつも空回りしていて、後から客観的に見ると痛々しさが笑えますね。(大阪アジアン映画祭のQ&Aで一生懸命すぎる真紀に共感したという声が挙がっていたという話を聞き)それは、とてもうれしいです!
 

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━━━仕事に復帰するまでの半年間は、復帰した今から思うと長かったですか?
入院している間は長いなと思っていましたが、今から思うと短かったような気もします。入院中は、色々な方からお手紙をいただいたり、メールをいただいたりし、今まで感じていなかったような感情が湧いてきました。そして、空っぽの言葉と心からの言葉の違いにもより敏感になりました。今後は言葉一つにしても、自分の気持ちに素直になり、自分の心と言葉を一体化させるような作業を丁寧に行っていきたいです。
 
━━━映画制作の現場を離れている間は、映画と客観的に向き合う時間にもなったのではないかと思いますが、これから撮りたい作品ややりたいことに変化が起きましたか?
当初は、また表舞台に立てるかどうか分からないという絶望感があったのですが、色々考えても、改めて「映画と心中したい」と思いました。寝たきりの時はベッド上で撮影が可能なお話を、車椅子の時は車椅子で可能なキャラクターを考えたり…。どうやったらその時の状況下で映画作りや演技ができるのか考えていましたが、考えている内に体はどんどん回復していきました。今まではがむしゃらに映画を作ってきた訳です。ただ、映画とは向き合ってきたけれど、一番重要な自分とは向き合ってこなかった。今回思わぬ時間が与えられたことで、映画と向き合うだけでなく、自分とも向き合えました。
 
━━━なるほど、自分自身と向き合い、映画への思いを再確認されたのですね。
私たちは「生きるも死ぬも表裏一体」という曖昧な中で、生きています。だから、誰も見たことのないものを見たいし、誰も解読できないことを映画制作しながら探っていきたい。それが、自分の表現方法なのだと思い知らされました。答えがすでにある上で映画を作るという方法は、私には向いていません。むしろ、宇宙の不思議を探る研究者のような感覚で、映画に接している気がします。
 
━━━「映画制作をしながら探る」という杉野さんのスタンスは、過去作品を思い返しても頷けます。療養生活を経た今、映画で描きたいことや実現させたいアイデアはありますか?
入院中は音楽が印象的な、死にまつわる作品にも数多く触れながら、生と死のはざまのミュージカルのようなものを私なりに描いてみたいという思いが強まりました。今まで私が手がけたものは、人間の感情や社会問題をえぐり出すような作品が多く、あまりキラキラしたものは描いていません。何かのはざまにいるからこそ輝くようなものを作ってみたい。色々な国の方が出演するような無国籍のミュージカルも、いつか実現させたいです。
(江口由美)
 

<作品紹介>
『3泊4日、5時の鐘』
(2014年 日本 1時間29分)
監督:三澤拓哉 
出演:小篠恵奈、杉野希妃、堀夏子、福島珠理、中崎敏、二階堂智、栁俊太郎
2015年10月31日(土)~シネ・ヌーヴォ、11月21日(土)~元町映画館、京都みなみ会館他全国順次公開
 
<ストーリー>
花梨(小篠恵奈)と真紀(杉野希妃)は休暇を取り、茅ヶ崎の老舗旅館・茅ヶ崎館に訪れる。元同僚で同館の長女でもある理沙(堀夏子)の結婚パーティーに出席するのが目的だったが、花梨は茅ヶ崎館でバイトする大学生、知春(中崎敏)にちょっかいを出す一方、生真面目な性格の真紀とは衝突してばかり。花梨のせいで予定を狂わされ、腹ただしさを隠せなかった真紀だが、大学時代のゼミの教授、近藤(二階堂智)と偶然再会し、気分が高まっていく。近藤ゼミのゼミ長を務める彩子(福島珠理)は、同じゼミの知春に思いを寄せる一方、仲良さそうにしている花梨のことが気にかかって仕方がない。理沙の弟の宏太(栁俊太郎)も加わった男女7人の関係が、次第に絡まりあっていくのだったが・・・。
 
 
 

sayonaranokawarini-ki-550.jpg一瞬一瞬を大切に生きよう!『サヨナラの代わりに』ヒラリー・スワンク記者会見@TIFF2015
(2015年10月23日 六本木アカデミーヒルズにて)
 

・原題:You‘re Not You
・2014年 アメリカ 1時間42分
・監督:ジョージ・C・ウルフ
・出演:ヒラリー・スワンク『ミリオンダラー・ベイビー』『P.Sアイラヴユー』、エミー・ロッサム『オペラ座の怪人』、ジョシュ・デュアメル、ロレッタ・ディヴァイン、マーシャ・ゲイ・ハーデン
・作品紹介⇒ こちら
・公式サイト⇒ http://sayonarano-kawarini.com/
・コピーライト:©2014 Daryl Prince Productions, Ltd. All Rights Reserved.
・配給宣伝:キノフィルムズ

・公開日:2015年11月7日(土)~ 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー!


 

★逆境にも前向きに生きる姿を圧倒的演技力で魅せるヒラリー・スワンク
 劇中歌を作詞作曲したエミー・ロッサムとの強力タッグに自信を見せる

 

困難に立ち向かう生き方が似合う女優、ヒラリー・スワンク。2度のアカデミー賞主演女優賞に輝いた演技派女優が、苦境の中でも一瞬一瞬を大切に生きる喜びにあふれた物語に感動して、自らプロデュースを買って出たが映画『サヨナラの代わりに』が11月7日から日本でも公開される。10月22日から開催された《東京国際映画祭2015》でも特別上映され、2度目の来日となったヒラリー・スワンクが記者会見に臨んだ。
 

sayonaranokawarini-550.jpg聡明な美人で誰もが羨むような人生を送っていた主人公ケイト(ヒラリー・スワンク)が、難病ALS(筋委縮性側索硬化症)発症という苦境に陥る。ヘルパーとして雇った歌手志望の学生ベック(エミー・ロッサム)との日々を通して、対照的な二人がお互い影響し合いながら、苦境の中でも自分らしく生きる喜びに目覚めていく。次第に言葉も不自由になり四肢も委縮して動けなくなる過程や、様々な感情を目で表現する難しいキャラクターを、大きな存在力と演技力で力強く生きたヒラリー・スワンクはさすがだ。


性同一性障害がまだ今ほど認知されていなかった時代、男性として生きようとした女性の悲劇を描いた『ボーイズ・ドント・クライ』(‘99)で世界を驚かせ、その5年後のクリント・イーストウッド監督と共演した『ミリオンダラー・ベイビー』(‘04)では一途な想いを貫こうと悲運に見舞われる女性ボクサーを演じて、人気実力共に演技派女優の名を不動のものにしたヒラリー・スワンク。いつも彼女の目力に惹き付けられ、彼女が歩むハードな人生に衝撃を受けてきた。彼女の素顔が知りたくて、一番会いたい女優――それがヒラリー・スワンクだった。


白の総レースのミニワンピースに黒のピンヒールをはいたヒラリー。引き締まったスリムなボディに満面の笑みを浮かべて登場。ひとつひとつの質問に丁寧に自信をもって応じていた。
 



――― 最初のご挨拶
sayonaranokawarini-ki-240-1.jpg皆様こんにちは。再び東京に戻って来られてとても嬉しく思っております。日本の美しい文化や美味しい食べ物を楽しんでおります。

――― 本作では主演だけでなくプロデューサーも務められていますが、制作のキッカケは?
とても美しい物語だと思ったからです。ALSについてはまだ原因も治療方法も解明されていません。二人のキャラクターは苦境の中で予期せぬことで友情を育むことになりますが、そこに人生の美しさや日々の瞬間を大切にしなければと思わせてくれる素晴らしいストーリーだったのがキッカケです。

――― 難病に侵されるケイトを演じてヒラリーさん自身が得たものは?
役者の素晴らしいところは、キャラクターを演じることで一人の人間として沢山の贈り物を得ることです。そのキャラクターの目を通して違う世界を見ることができ、私自身の視野がどんどん拡がっていくように感じられます。ケイトからも、人生は今の瞬間しかないのだから大切に生きなくてはならないということを学びました。また、人生で大切なのは、100%あるがままの自分であることだし、自分自身をちゃんと見てもらうことだと思うんです。ベックはケイトに贈り物をしているようですが、ケイトもまたベックに同じ贈り物を返しているんです。

――― もし、自分が限られた時間しかないとしたら、何をしたいですか?
私は本当に恵まれていると思います。いろんな役をやる度に、世界観が拡がり、世界中を旅して、自分とは違うタイプの人々と触れ合える、それが人生を豊かにしてくれています。数年前、愛する家族との時間を大切に生きていこうと誓いました。それはこの作品に出会ったからです。「一瞬一瞬を大切に生きる」これは「ポケットリスト(死ぬまでにしたいこと)」の一つであり、私は今生きているんです。

――― エミー・ロッサムを選んだ理由と共演した感想は?
sayonarakawarini-500-2.jpgエミーは素晴らしい才能を持った女優さんです。今回はオーディションだったのですが、私はオーディションの時違う作品の撮影のため立ち会えませんでした。後でエミーのテープを見た時に、彼女しかいない!と実感しました。プロデューサーも兼務していますので、こうしてキャスティングにも関われて、エミーを選ぶことができて本当に良かったと思っています。彼女は自由奔放なベックの心理状況を正確に掴んで演じてくれたので、彼女との共演は本当に本当に素晴らしいものでした!

――― 去年、ALSについて動画サイトを使った大規模なキャンペーンが行われましたが、その影響はあったのですか?
私も本作を手掛けるまでALSについては何の知識もありませんでした。あのキャンペーンを通じて世界中の多くの人々がALSに興味を持ってくれて、研究が進むように社会全体が動いてくれたことはとても有意義だったと思います。ただし、『サヨナラの代わりに』の撮影はあのキャンペーンの前に終わってましたので、タイミングは合ったという次第です。

――― 「一瞬一瞬を大切に生きることが大切」と仰ってましたが、どんなことをされているのですか?
sayonaranokawarini-ki-240-3.jpg例えば、誰かのことをふと思い出した時、「どうしているかなあ」とただ思うだけでなく、電話したりメールしたりしています。今チャリティを立ち上げる準備をしていますが、子供たちと捨てられた犬との触れ合いを通じて責任感を育んで行こうという意図です。何事も最初は大変ですが、充実した時間を過ごせます。それから、仕事からもすべて離れた1日オフの時間を取るようにしています。犬と遊んだり、散歩したり好きな本を読んだり、自分のための時間を必ず設けるようにしています。それ以外にも次のプランのために常にアンテナを張っているので、正直自分の時間を作るのはとても難しいですね。

――― 日本の学生に向けてのメッセージをお願いします。
全ての人は人生における生徒だと思います。別に学校へ通ってなくても、生きていく上でどんな逆境に在っても、諦めないで、乗り越えていくことが大変重要なことだと思います。若い時、自分を定義するのは自分自身でやるべきで、自分のために何が必要なのかを考えるべきです。自分のやりたいこと、自分の夢を叶えるために必要な事柄を日々選択していく生き方をすることが大切です。

sayonaranokawarini-ki-240-2.jpg――― しばらく休業されていましたが?
さあ?どうしていたかしら?(笑)実は父が肺の移植手術をして、その看病のため1年間仕事を休みました。

――― アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督とコラボされるとか?
はい、イニャリトゥ監督は素晴らしい監督ですので、一緒に仕事ができるのをとても楽しみにしております。まだレオナルド・ディカプリオの映画を撮っている最中ですので、もうしばらく後になりますが。

――― アニメ映画の声優もされていますが?
凄く楽しかったです。2日間だけでしたが、もっとやりたかったです。機会があればまたやりたいです。

――― オスカーのシーズンになると、受賞した時のことを思い出したり、また3つ目が欲しいと思ったりして落ち着かないのでは?
8歳で女優になりたいと思った頃は、ただいろんなキャラクターを演じたいと思っていたので、オスカーのことなど想像もできませんでした。でも受賞することはとても光栄なことです。また、オスカーのシーズンはとてもマジカルなシーズンでもあります。自分が関係している作品は勿論ですが、他の作品も観る機会が増えますし、多くの方が注目して見て下さるので、ノミネートされただけでも大きく違うのです。



sayonaranokawarini-ki-500-1.jpg「8歳の時に女優になりたいと思ってから、人生の大半を女優として過ごしてきました。人生にインスピレーションを与えてくれる様々なキャラクターを生きられることに心から感謝しています」と語るヒラリー・スワンクの謙虚さこそ、真っ白な状態でそのキャラクターを生きられる秘訣かもしれない。

 (河田 真喜子)

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