「京都」と一致するもの

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日程:11月5日(土)

実施時間:13:10~13:40

会場:TOHO シネマズ 六本木ヒルズ スクリーン7

 (東京都港区六本木 6-10-2 六本木ヒルズけやき坂コンプレックス内)

参加者(敬称略):中村ゆり、玉城ティナ、若葉竜也、今泉力哉監督



稲垣吾郎主演×今泉力哉監督、待望の完全オリジナル脚本。

創作と恋愛を軸に描く、ちょっぴり可笑しい大人のラブストーリー。

『ミッドナイトスワン』に続く温かな愛、新たな青春映画の誕生。


 

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『半世界』など次々と斬新な役柄に挑んできた稲垣吾郎を主演に迎え、『愛がなんだ』『街の上で』などの今泉力哉監督による完全オリジナル作品『窓辺にて』は 11 月 4 日(金)より公開です。ある悩みを持つ主人公・フリーライター市川茂巳を演じる稲垣吾郎に加え、市川の妻・紗衣役に儚げな存在感で観客を魅了し続け、『母性』の公開が控える中村ゆり、高校生作家・久保留亜役に『ホリック xxxHOLiC』など多数の話題作に引っ張りだこの玉城ティナ、市川の友人でプロスポーツ選手の有坂正嗣役に今泉監督作の常連で『街の上で』で主演を務めた若葉竜也、有坂の妻・ゆきの役に幅広い役柄でキャラクターを演じ分ける『架空 OL 日記』の志田未来、そして紗衣と浮気している売れっ子小説家・荒川円役に『裸足で鳴らしてみせろ』の今後が期待される若手俳優の佐々木詩音が抜擢。個性的な俳優陣が今泉組に集結し、濃密でほろ苦い愛についての群像劇を繰り広げます。


11 月 5 日(土)TOHO シネマズ 六本木ヒルズ スクリーン7にて、公開記念舞台挨拶を実施いたしました。舞台挨拶では、公開を迎えた喜びや、本作に込めた思いなどたっぷりと語っていただきました!!
 



<稲垣吾郎さんからのコメント>

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本日は『窓辺にて』公開記念舞台挨拶にお越しいただき誠にありがとうございます。現在療養中のため、今泉監督や出演者の皆様と一緒に登壇できずとても残念です。先日【「第35回東京国際映画祭」コンペティション部門観客賞】という素晴らしい賞をいただきました。これも、いつも応援してくださっている皆様がいらっしゃるお陰だと感謝しています。 そして、ずっとご一緒させていただきたいと思っていた今泉監督の作品に出演できたことは僕にとって素晴らしい宝物となりました。

日々、回復に向かっています。中村さん、玉城さん、若葉さん、今泉監督、そして観客の皆様とまたお会いできるのを楽しみにしております。『窓辺にて』をどうぞ宜しくお願いいたします。

稲垣吾郎



★<映画『窓辺にて』公開初日舞台挨拶レポート>★

新型コロナウイルス陽性のため、イベントを欠席した稲垣からのコメントを受け、今泉監督は「本作の出演を“宝物”と言ってくださったのがすごくうれしいです」とニッコリ。第 35 回東京国際映画祭 コンペティション部門観客賞受賞に関しては「(作品が)お客さんに届いたときが、創作の過程でとてもうれしいこと。光栄に思います」感謝の気持ちを伝えた。


madobenite-sub4-500.jpg本音が言えない夫婦役を稲垣と演じた中村は撮影を振り返り「稲垣さんと対峙し気持ちを吐露するシーンでは、脚本では理解できていなかったものをストンと理解することができました。本当は脚本の段階で理解していなきゃダメなんですけれど…」と俯きながら、稲垣の演技に助けられた部分が大きかったことを明かした。映画祭でのレッドカーペットでは、隣を歩いた稲垣が薄着の中村と玉城を気遣ってくれたそう。中村は「寒くない?大丈夫?」と優しく声をかけてくれた稲垣と「初めて何気ない話ができました」と微笑んだ。


madobenite-sub1-500-1.jpg稲垣との撮影について玉城は「お互い『こういう演技にしましょう』と話すタイプではありません。カメラ前で互いの持っている感情を差し出すような形で、お芝居ができました」と笑顔を浮かべ、「役では私が引っ張っていかなきゃいけない感じでしたが、『なんでも来い』という感じで稲垣さんが引っ張ってくれたのが印象的でした」とうれしそうに語った。スクリーンで稲垣との共演シーンを観た感想については「(2 人の姿を)引きで観ることで関係性が浮き出ると感じることが多かったです。出来上がった映像で気づくことがたくさんありました」とコメントした。


madobenite-sub2-500.jpg稲垣&中村の共演シーンでは 12 分の長回しも。台本では 8、9 分のシーンだったと話した今泉監督は「2 人がお芝居をする中で、セリフや気持ちの間(ま)がプラスされた結果です。稲垣さんは台本にはないセリフを自分で 2、3個足していたことに気づいていなかったらしくて…。ただ(台本に)書いてあることをやるのではなく、(2 人が芝居とキャラクターに)向き合っている空気でした」と現場の様子に触れ、「撮影で芝居をチェックする時は冷静に観るように心がけていますが、稲垣さんから『監督、チェックのときに泣いてませんでした?』と何かのインタビュー時に指摘されて(笑)、見られていたことは恥ずかしかったけれど、稲垣さんから『俳優としてはうれしかったです』と言われました」と笑顔で稲垣からかけられた言葉を伝えていた。


今泉組には 4 回目の参加となる若葉は「現場にどんな方がいても変わらないのが今泉組のすごいところ。今泉監督の温度で現場が進んでいるので、いつものように真摯に取り組みました」といつもと変わらない姿勢で撮影に挑んだと明かす。稲垣の印象については「小さい頃から見てきた方を目の前にすると独特の緊張感があります。手の届く距離、頑張れば肩を“ポンポン”できる距離に稲垣吾郎がいることがとても不思議でした」とスターとの共演の感想を伝えた。


本作で扱うテーマ、浮気や不倫について今泉監督は「浮気や不倫はよくないことという前提はあります」と前置きし、それが理由で芸能人が断罪されたり業界から消されたりする現象について「『それって行きすぎてないか?』と思うところがあって…。当事者で話し合ってうまくいきそうなことが、SNS などによって離婚に追い込まれるのはどうかなと思います。(浮気や不倫は)よくないことだけど、いろいろな葛藤や感情があったりします。純粋に好きという気持ちまで全部なきものにされるのはちょっと違うかもと感じていて。僕は映画の主題にはならないような、取るに足らないことを掬い取りたいと思っています」と解説。続けて「浮気や不倫のシーンはありますが、楽しいこととしては描いていません。(浮気や不倫をそのまま描くのではなく、そのことで)悩んでいる時間を描くことで、キャラクターを嫌わないで済むかなという考えがあり、あえてという気持ちで(悩んでいる姿を)描いています」とテーマ選びとキャラクターの描き方について説明した。


madobenite-nakamura-240-1.jpg本作のテーマにちなみ「何かを得るために手放していることはある?」という質問に中村は「欲しいものがあまりないので、思い浮かばないけれど…」と困り顔。しばらく考えて「大好きなラーメンのためなら行列に並びます。ラーメンのために時間を手放している、それくらいかな…」と微笑んだ。玉城は「人の縁もモノも手放してからこそ得られるものがあると思っています。買い物をして 1 つ手に入れたら 1 つ手放す。割と断捨離しています!」とコメント。若葉は「何かを手に入れるために何かを捨てるという感覚がそもそもなくて…。断捨離もほとんどしません」と回答。モノは手放さずためまくっているという今泉監督は「アイドルの卒業や解散、映画にも登場するスポーツ選手の引退などはマイナスと捉えていません。抱えすぎると窮屈になるし、手放したから手に入るものがあります」と話すも自分自身は「部屋は紙や脚本が山積みです。思いを書いたノートも捨てられないです。奥さんは捨てたがります。その(奥さんと自身との)感覚の違いもおもしろいと思っています」とうれしそうに答えていた。


madobenite-tamasiro-500-1.jpgイベントでは「誰にも言えない悩みの解決法」について語り合う場面も。今泉監督は稲垣の言葉に触れ「(映画のように)奥さんに浮気されたらショックを受けるかもしれないけれど、2、3 日落ち込むくらいかなとおっしゃっていました。感情を乱すことはなく『明日のこととか考えてしまうかも』とおしゃっていたのがすごく稲垣さんらしいし、演じた茂巳っぽいなと思いました」とニコニコ。若葉は「相談相手は人生の中でごく少数」だと明かし、玉城は「どんな立場の人でも悩みはあると思います。隣の芝生は青く見えちゃうけれど、やっぱり自己解決かな…。誰にも言いたくない悩みはあるけれど、割と自分で解決策を見つけようとするタイプです」と説明。中村は「悩んでいる状況からとりあえず逃げます。どんな悩みも常にあるけれど、一回入り込むとしんどいので、逃げ出して海とかに行って入ります」とニコニコ。「海に行くのではなく、入るのですか?」と MC から確認されると「入ります!」と中村が即答すると、会場は笑い声に包まれた。


最後の挨拶で今泉監督は「世の中では大変な出来事もたくさん起きているけれど、これからも小さなことに目を向け(それをテーマにして)映画を作り続けていきます」と呼びかけ、イベントを締めくくった。
 


『窓辺にて』

出演:稲垣吾郎 中村ゆり 玉城ティナ 若葉竜也 志田未来 倉 悠貴 穂志もえか 佐々木詩音 / 斉藤陽一郎 松金よね子
音楽:池永正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)
主題歌:スカート「窓辺にて」(ポニーキャニオン/IRORI Records)
監督・脚本:今泉力哉
配給:東京テアトル
英語タイトル:by the window
©2022「窓辺にて」製作委員会
公式サイト:https://madobenite.com/#modal

2022 年 11 月 4 日(金)~全国ロードショー

 


(オフィシャル・レポートより)

 
 
 

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日時:2022年11月4日(金)18:30

会場:大阪ステーションシティシネマ 【シアター3】

ゲスト:寺島しのぶさん、豊川悦司さん、瀬尾まなほさん(瀬戸内寂聴さん 秘書)



寺島:「また一緒に仕事できる喜び、縁(えにし)を大切に思える映画」

豊川:「寺島しのぶさんは特別な存在の女優」


昨年99歳で他界した瀬戸内寂聴が53歳で出家するキッカケとなった井上光晴との7年に及ぶ不倫関係を、井上光晴の長女・井上荒野が小説に著した『あちらにいる鬼』が映画化され、11月11 日(金)より全国公開されます。


achiraoni-pos.jpgお互い結婚に辿り着けない関係と知りつつ不倫を重ねる主人公・長内みはるを寺島しのぶが、みはるを始め多くの女性と関係を持っていた奔放な白木篤郎を豊川悦司が、そして夫の放蕩を静観していた白木の妻・笙子を広末涼子が演じています。当時まだ子供だった著者にはこの大人たちがどう見えていたのだろうか。夫の不倫を知りつつ激昂することなく、粛々と夫の原稿を清書し、家庭を守り、夫の不倫の尻ぬぐいまでする妻。当代気鋭の小説家として大人の恋愛にインスピレーションを見出していく二人。高度成長期の昭和という時代を背景に男と女の割り切れない想いを色濃く表現したのは、廣木隆一監督と脚本家の新井晴彦。寺島しのぶと豊川悦司とのコラボも多く、正に熟練の技が魅せる大人の映画となりました。


1週間後の公開を控え、大阪ステーションシティシネマで舞台挨拶が開催され、寺島しのぶさんと豊川悦司さん、そして瀬戸内寂聴さんの秘書をしていた瀬尾まなほさんが登壇。生前の瀬戸内寂聴さんの映画化に対する期待や、寂聴さんを演じた寺島しのぶさんの撮影に臨む想い、そして「難しい役だった」と述懐する豊川悦司の本音などを披露してくれました。
 


〈詳細は以下の通りです。〉(敬称略)

――最初のご挨拶。

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寺島:本日は皆様にお会いできることを、またこの映画を観て頂けることをとても幸せに思っております。本日はどうぞよろしくお願い致します。

豊川:今日はチケット買って頂いてこの映画を観て下さるということで、少し緊張もしますが、いい映画なのでどうぞ最後までお楽しみ下さい。


――今日は朝から大阪で宣伝をされていましたが、如何でしたか?

寺島:今日と明日、お客様に映画を観て頂かないと始まらないので、そのために宣伝させて頂いております。今日はお客様に直接お会いできるとあってとても嬉しく思っております。

豊川:まだ全然街に出ていないので、今日は朝からずっと毎日放送局内で取材を受けておりました。それにしても、大阪駅前の辺りが随分と変わっているのにびっくりしました。あれ?こんなんやったかな~?って。

――オシャレになったでしょう?

豊川:なんか似合わない気もしますが、大阪の街に(笑)。

――寺島さんは大阪の街へは?

寺島:そうですねぇ、松竹座へ伺うことはありますが、遊びで来ることはないですね~。撮影で京都へは来ることはあるのですが、コロナ禍で関西に来る機会も少なくなってしまいました。

――それでは、今日は短い時間ではありますが、大阪を満喫して頂きたいと思います。大阪らしくない大阪駅辺りも…。

寺島:はい、豊川さんに案内して頂こうかと思います。

――大阪らしくない大阪駅辺りを、豊川さんに案内してもらって下さいね。

豊川:失言でしたかね…?(笑)

――いえ、そんなことはありません。大阪の人も皆そう思ってますから…。 


――さて、ここでもうお一方のゲストをお迎えしたいと思います。寺島しのぶさんが演じておられる長内みはるは瀬戸内寂聴さんがモデルとなっていますが、その寂聴さんと66歳も歳の離れた秘書の瀬尾まなほさんです!

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瀬尾:本日はこのような豪華なゲストの方とご一緒させて頂くのが申し訳ないくらいなのですが、本当に素晴らしい作品なので、皆様にこうしてご覧頂けるのをとても嬉しく思っております。

――寺島さんは瀬尾さんとはお会いになってますよね?

寺島:撮影前に廣木監督とご一緒に寂庵へ伺って、ちょっとお話させて頂いたのと、寂聴さんに「どうかパワーを下さい!」とお願いしました。撮影後もご報告に伺いました。また、瀬尾さんからは、映画の感想をとても丁寧に綴ったお手紙を頂いて、すごく嬉しかったです。

――豊川さんは?

豊川:今日初めてお会いしました。

 


――それでは映画について伺っていきましょう。映画のオファーがあった時の率直なお気持ちは?

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寺島:原作者の井上荒野さんの本は大好きで、他にも何冊か読んでいました。廣木監督と豊川さんとは、共演の回数は多いのですがホント久しぶりだったので、是非やらせて頂きたい!と。本とキャストで決めたという感じです。

豊川:最初にお話を頂いた時は、再び廣木監督と寺島さんと一緒にお仕事ができるのがとても嬉しくて、是非やりたい!と手を挙げさせて頂きました。脚本読んだ時は、正直「難しいな」と思いました。映画のオリジナルではあるのですが、とても有名な方がモデルになっていて、そうした方々にゆかりのある人や仕事をしている人もいっぱいいらっしゃるので、自分がこの白木(井上光晴)という人物にどのようにアプローチできるか、結構難しい仕事になるなと思いました。


――お二人は『やわらかい生活』や『愛の流刑地』などで共演されてますが、撮影に関してお話とかされたのですか?

寺島:いや、私たちあんまり喋んないんです。

――(笑)ええ?そうなんですか?

寺島:久しぶりにメール交わして、「ワンシーン、ワンシーン、丁寧に仕事しましょう」と一言交わしたくらいかな~、ね?

豊川:一応脚本の流れはあるのですが、彼女との仕事はセッションというか、その場で自分の体や想いがどういう風に変化していくか、肌触りや手触りなどを大切にしながら丁寧に演じるようにしているので、今回もそれが良かったんじゃないかなと思います。

――寺島さんが演じておられるシーンでとても力強く胸に響くシーンが多かったのですが、演技に入っていくために苦労されたこととかありますか?

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寺島:豊川さんのファンを目の前にして言う事ではないのかも知れませんが、「豊川さんに身を任せていれば何とかなる」という感じです。

豊川:僕の方が身を任せていたと思うんですけど…。僕にとっては寺島さんは特別な存在の女優さんです。一緒にやっていて楽しいし、役とかセリフを超えて、向こう側にある感触のようなものに手が届く感じがするんですよね。それが自分の中ではとても楽しいんです。


――瀬尾さんは映画の感想を寺島さんに丁寧に綴られたそうですが、一節でもご紹介頂きたいのですが?

瀬尾:私はどうしても客観的に観られないというか、瀬戸内の秘書でしたのでいろんな感情が溢れてしまったんです。私の知る瀬戸内は 88 歳からという最晩年でしたので、出家した当時の瀬戸内の気持ちを寺島さんを通して知ることができました。それから、映画化になることを瀬戸内がとても楽しみにしていて、寺島さんと豊川さんに演じてもらえることを本当に大喜びしていたんです。きっとこの場にいたら、「トヨエツって、ホントいい男よ~!」とか「寺島しのぶって、凄い女優よ~!」って言っていたと思います。10 年間一緒にいたので、大体言うことはわかりますので。

――寺島さんはそれをお聞きになってどう感じられたのですか?

寺島:この映画は完成までに 3 年掛かっているんです。コロナ禍で撮影が延び延びになってしまって。勿論、映画化のことはご存じでした。京都でお芝居のお仕事があった時にお食事する約束をしていたのですが、コロナ禍でそれも叶わず、結局会えず終いだったんです。頂いたお手紙の中で、「残念だったのは、先生と一緒に拝見できなかったことです」と書かれてあって、(こみあげる想いを抑えるように)それは寂聴先生ご本人の言葉として受け取り、とても嬉しかったです。

豊川:寂聴先生とは一度はお目に掛かりたかったのですが…今日もどこかで見ておられると思います。

――御命日が 11 月 9 日、来週の水曜日なんですよね?

瀬尾:はい、早いもので一周忌を迎えます。

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――それから 2 日後にこの『あちらにいる鬼』が公開されます。寂聴さんの想いが掛っているのでしょうか。

――さて、「この映画のここが凄いよ!」という処を、言える範囲でご紹介頂けますか?

豊川:僕が一番自信がないのは、最初このお話を頂いた時に設定の年齢が40 歳だったんですよ。それで「ちょっと俺ではキツいんじゃないの?」と言っていたんですが、それから20年から30年近く経っていきながら、キャラクターが変化したり関係性が変化していくのも、またその時その時の時代背景も含めて、ちょっと古いお話ではありますがとても楽しめるものだと思います。

 

――家の中の光景やウィスキーなど、昭和だな~と感じさせる作品ですが、寺島さんのおススメは?

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寺島:やはり、みはる・篤郎・笙子という 3 人の人間関係です。それは誰にも真似はできないし、それを他人がとやかく言うことでもないし、その3人の鬼ごっこのような感じでしょうか。その鬼ごっこのルールを守っている人たちの物語なんですが、ルールを守ってない人も登場してきて、やっぱりそれは違うんですよ。その 3 人のルールを見て理解できるかどうか。私がこの映画観終わって思ったことは、その時その時に出会う人の縁(えにし)は、愛おしくて、切なくて、尊いものだと。今回こうして再び廣木監督や豊川さんと一緒に仕事ができたのも何らかの縁のお陰だし、そういうことを幸せに思える映画だなと思いました。

――廣木監督と寺島さん、豊川さんは長い年月を共にお仕事されているので、人生の節目節目を共にされていますが、その辺りがこの映画と重なっているのではありませんか?

寺島:私は完璧に重なっていました。

――人間って面白いなと思わせる映画ですね。

 

――最後のご挨拶。

豊川:多分、百人観たら百通りの感想があるような映画だと思います。決して派手ではありませんが、何か皆さんの心に響くものがあると思いますので、是非応援の程、よろしくお願い致します。

寺島:スクリーンの中で精一杯頑張って協力して、一つ一つ積み上げていった作品です。私自身とても満足できる映画となりました。こういう地味な映画ですけども、こういう映画がそこそこ入って頂けないと大人の映画は衰退するばかりなので、今日ご覧頂いて気に入って下さいましたら、是非宣伝をよろしくお願い致します。本日はどうもありがとうございました。

(以上)


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『あちらにいる鬼』 シネルフレ作品紹介はこちら

 「髪を洗ってやるよ」。それは、男と女でいられる最後の夜のことだった。

【物語】1966 年、講演旅行をきっかけに出会った長内みはると白木篤郎は、それぞれに妻子やパートナーがありながら男女の仲となる。もうすぐ第二子が誕生するという時にもみはるの元へ通う篤郎だが、自宅では幼い娘を可愛がり、妻・笙子の手料理を絶賛する。奔放で嘘つきな篤郎にのめり込むみはる、全てを承知しながらも心乱すことのない笙子。緊張をはらむ共犯とも連帯ともいうべき 3 人の関係性が生まれる中、みはるが突然、篤郎に告げた。 「わたし、出家しようと思うの」。


作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。
五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、
この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。
作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。
作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。

――瀬戸内寂聴 ※(「あちらにいる鬼」/朝日新聞出版 刊行時の瀬戸内寂聴コメント)


原作:井上荒野「あちらにいる鬼」(朝日文庫)
監督:廣木隆一 脚本:荒井晴彦
出演:寺島しのぶ 豊川悦司/広末涼子
製作:「あちらにいる鬼」製作委員会 製作幹事:カルチュア・エンタテインメント
企画・制作:ホリプロ
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
 ©2022「あちらにいる鬼」製作委員会  R15+
公式 HP: https://happinet-phantom.com/achira-oni/
Twitter:@achira_oni

2022年11月11日(金)~新宿ピカデリー/大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、 kino cinema神戸国際 他全国ロードショー!


(河田 真喜子)

 
 

 

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  第35回東京国際映画祭のクロージングセレモニーが11月2日に開催され、コンペティション部門他各賞の発表が行われた。東京グランプリ/東京都知事賞は、息子が失踪した母の苦悩を描き高い評価を得た『おもかげ』のロドリゴ・ソロゴイェン監督最新作、『ザ・ビースト』が受賞した。同作からはロドリゴ・ソロゴイェン監督が最優秀監督賞、主演のドゥニ・メノーシェが主演男優賞と、見事3冠獲得の快挙を達成した。 

 

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 審査委員長のジュリー・テイモア監督は、「心理スリラーであり、深く感動的なラブストーリーであると同時に、階級の格差や外国人排斥、都市と農村の間の隔たりについて、重層的に解説する並外れた映画」とグランプリ作品の評価すべき点を挙げ、実際の出来事を元にした脚本のみならず、あらゆるレベルで優れていることに触れた。さらに、「監督は重荷を背負った獣が、男同士の戦いに挑むという非常に刺激的で感情的な作品に仕上げてくれた」と作品の感情を動かす力にも言及した。
 
 
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 『ザ・ビースト』は、スペイン、ガリシア地方の人里離れた山間の村を舞台に、移住して農耕生活を始めたフランス人の中年夫婦が、隣人で地元の有力者の一家との軋轢から対立が深まり、思わぬ事態を迎える重厚な心理スリラー。排他的な地域で理想を貫こうとする主人公夫婦と、貧しい地域で今の暮らしにうんざりしている隣人たち。最優秀男優賞を受賞したドゥニ・メノーシェが演じる主人公だけでなく、その妻を演じたマリーナ・フォイスの底力が、本作を単なるジャンル映画ではなく、より深いヒューマンドラマに導いている。劇場公開を熱望する一作だ。
 
 
 
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  また審査員特別賞には、ヒトラー役の俳優の代役で急遽ヒトラー役として演じる羽目になった日雇い労働者の男がたどる運命に、格差社会や映画制作現場の実情を皮肉をにじませ描く、イランのホウマン・セイエディ監督作『第三次世界大戦』が選ばれた。ホウマン・セイエディ監督から寄せられたメッセージでは、現在日本に来ることができない状況にあることや本作への思いが語られた。
 
 
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 また観客賞には、稲垣吾郎主演の今泉監督最新作『窓辺にて』が選ばれた。今泉監督は何回も参加経験のある東京国際映画祭で初めての観客賞受賞に、壇上で喜びを語った。その他の受賞結果は以下のとおり。
 
 
■最優秀女優賞  アリン・クーペンヘイム『1976』
 
■最優秀芸術貢献賞 『孔雀の嘆き』監督:サンジーワ・プシュパクマーラ
 
■アジアの未来 作品賞  『蝶の命は一日限り』監督:モハッマドレザ・ワタンデュースト
 
■Amazon Prime Videoテイクワン賞  該当なし
 

 

 
<第35回東京国際映画祭 開催概要> 
■開催期間: 2022年10月24日(月)~11月2日(水) 
■会場:日比谷・有楽町・銀座地区
■公式サイト:www.tiff-jp.net
©2022TIFF
 
 
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現在日比谷・有楽町・銀座地区で開催中の第35回東京国際映画祭(以降TIFF)で、ワールド・フォーカス部門作品の『エドワード・ヤンの恋愛時代 [レストア版]』が上映された。TOHOシネマズ 日比谷 スクリーン12で上映後に行われたトークショーでは濱口竜介監督が登壇。市山尚三プログラミング・ディレクター(以降PD)が聞き手を務め、長らく日本で上映されることのなかった同作品の魅力を語った。
 

■念願の上映実現

1994年当時もTIFFでプログラムを担当していた市山PDは、東京国際映画祭京都大会で、アジア秀作映画週間のオープニング作品として本作を上映。同じくオリヴィエ・アサイヤス監督の『冷たい水』が上映された際に、来場していた主演のヴィルジニー・ルドワイヤンとエドワード・ヤンが出会ったことから、ヤン監督の次回作『カップルズ』への出演につながったと思い出を紹介。
 
さらに権利関係が複雑で、かなり長い間台湾でも上映されていなかったところ、今年のヴェネチア国際映画祭でこのリストア版が上映されたことから、権利関係がクリアになったと判断。ヤン監督の妻にぜひとも上映したいと連絡し、今回の上映が実現したことを明かした。
 

■『牯嶺街少年殺人事件』後の大きな飛躍となる作品

濱口監督が『エドワード・ヤンの恋愛時代』を初めて鑑賞したのは、2000年代の初め、遺作となった『ヤンヤン 夏の想い出』以降で、それまで観ていたヤン監督作品とは違う異質さを感じたという。市山PDからはヤン監督がウディ・アレンのような映画を撮るという話を台北で聞いたエピソードを披露。一方、濱口監督は「全ての長編を見直すと、ヤン監督は1作1作大胆に自分自身を更新する作家。クロノロジカルな視点から見て感じた」とフィルモグラフィーから作家性を分析。さらに、「『牯嶺街少年殺人事件』は大傑作で、映画史上に残るマイフェイバリットの1本で、その後に作るのは本当に大変だったと思うが、そのことがあって、この作品が生まれているのだろうなと思った」と昨年『ドライブ・マイ・カー』で世界的な評価を得た濱口監督らしい切実なコメントも語られた。
 
 
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■『エドワード・ヤンの恋愛時代』でモダンな台北を描く裏にある狙い

市山PDが、「こんなにおしゃれな映画を撮る人だったのかと驚いた」と『牯嶺街少年殺人事件』以前や『台北ストーリー』のセンスとも違うことを指摘すると、濱口監督は本作がヤン監督にとって本当に大きな飛躍であったことを説明。「ヤン監督も台北にこだわり続けて映画を作ってきたが、本作では全く違う台北を描こうとしている。彼自身も、台北自身もこの10年で変わったので、軽佻浮薄な感じの恋愛コメディのように見える映画を作ったのではないかと思う」と、台北の描き方の時系列での変化を分析した。
 
今回のTIFFではツァイ・ミンリャン監督の台北を舞台にしたデビュー作『青春神話』も上映されるが、市山PDは「『青春神話』は『恋愛時代』の2年前に撮られた作品だが、同じ街とは思えないほど古い繁華街がでてくる。それが取り壊され、新しい建物ができている台北の歴史上の転換点で、今は完全に近代的な都会になっている」と同時代の2作品を比較。
 
濱口監督は、都市の中に新旧の要素が混在している中で、ヤン監督はモダンな台湾を描くことを選んだと指摘。今回の上映での観客の反応を例に取りながら「ウディ・アレンみたいな映画を作りたいという気持ちはあるが、コメディのように見え、笑っていない人もたくさんいた。それはこの街のモダンな側面な中にある、ある種の病、都市特有の人間性が阻害されている部分に焦点を当てたかったのではないか」とその狙いに触れた。
 
 
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■『牯嶺街少年殺人事件』と真逆の構造

さらに『牯嶺街少年殺人事件』と比較してまず驚いたのが、登場人物の顔がちゃんと見えることだと語った濱口監督。「『牯嶺街少年殺人事件』は顔が遠くに見えたり、わかりにくかったが、映画の最初からキャラクター全員の顔が把握できるし、そういうカメラポジションを選んでいると思った」とその特徴に触れた上で、見ていたい顔かといえば、必ずしもそうではないと話は思わぬ展開に。「みんな何かに駆り立てられていて、コミュニケーションをしているようで、お互いに相手をどなりつけているだけ。顔がはっきりと入ってくるけれど、
エドワード・ヤンの登場人物が持っていた神秘や謎が、最初は持たずに登場してくる」と様々な意図のもと行われている演出であることを指摘した。
 
さらに、顔がわかりやすくはなったが、情報が入りやすくなったという状況ではなく、彼らの深層にあるような乾きが叫びとして出てくる状況になっていると説明。「結果として彼らはどうなっていくのか。最初は顔が見えるが、後半にいくにつれて顔が見えなくなり、都市の光が届かない場所でコミュニケーションしはじめる。親密な、彼ら自身が本当に思っていたことを喋り出すわけで、黒い画面とともに今までと違う声が生まれてきた。人間性が最終的には回復されていくのが、『牯嶺街少年殺人事件』との最も大きな構造の違い」と真逆の構造を解説。悲劇的な大傑作を撮ったあとで、絶望的な状況から、楽観的なものを取ろうとするトライがここからはじまっていると力を込めた。
 
 
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■配給を熱望。原題『独立時代』の意味を忘れないで

今回、改めて『エドワード・ヤンの恋愛時代』を見て思ったことを聞かれ、「どこか配給してほしい」と即答した濱口監督。「エドワード・ヤンは、人生の絶望的な状況も描かれているが、そこからどうやって人生で生きるに値するものを見つけるかを、フィルムグラフィーを通じて追求した作家。全作品が上映されることを望みたい」と熱望した。
 
ヤン監督は映画を作るにあたって、予算オーバーしてしまうので、その都度出資者を募り、その結果、現在権利関係がややこしくなっている事情を市山PDが明かすと、濱口監督は「色々な出資者がいるとはいえ、ヤンは基本的にはインディペンデントな志を持って作っていた人。『恋愛時代』という邦題は配給するにはいいタイトルだと思うし、多くの人が三角関係、四角関係になる話ではあるが、恋愛を楽しく賛美している映画に見えて、実際そうではないように見える」とし、原題『独立時代』について「チチとミンがよりを戻すが、自分を信じることを決め、ミンといつでも別れることができるという境地に達したから、戻ることができると感じているのではないか。どのキャラクターも自分が属しているところから離れ、自分の時間を回復していく物語なので『独立時代』というタイトルも忘れないでほしい」とタイトルに込めたヤン監督の狙いを思い測った。
(江口由美)
 
第35回東京国際映画祭は、11月2日(水)まで日比谷・有楽町・銀座地区ほかで開催中
公式サイト:www.tiffcom.jp
©2022TIFF
 

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 コロナ禍で起きた殺人事件をモチーフに、自己責任論がはびこる現代社会へ一石を投じた高橋伴明監督(『痛くない死に方』)最新作『夜明けまでバス停で』が、10月21日(金)より京都シネマ、22日(土)よりなんばパークスシネマ、第七藝術劇場、MOVIX堺、kinocinema神戸国際ほか全国ロードショーされる。
 主演は、高橋伴明監督作品への出演を自ら熱望したという板谷由夏。2020年、60代のホームレス女性が殺された幡ヶ谷バス停事件をモチーフに、三知子をはじめとする中高年女性アルバイトがコロナ禍のあおりを受け、突然解雇されたことから、住む場所もなくなり、ホームレス生活に追い込まれていく姿をリアルに描いている。追い込まれる背景にある三知子の家族との関係や元夫の借金、三知子の同僚のアルバイト女性たち(ルビー・モレノ、片岡礼子)の運命、そして会社命令で解雇を通達したものの三知子と年齢、立場を超えた絆を築く店長、千春(大西礼芳)の成長と、様々な立場の女性たちのコロナ禍での葛藤が浮かび上がる。一方、下元史朗、根岸季衣、柄本明らが演じる古参ホームレスたちの言動には伴明節が炸裂。連綿と続く「自助の国」や家父長制社会にNOを突きつけ、現実とは違う映画らしいラストが待ち受けているのだ。
 本作の高橋伴明監督にお話を伺った。
 

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■板谷由夏主演で、現実とは違う展開に

――――制作の経緯を教えてください。
高橋:日頃さまざまな事件に注目している中で、2020年の幡ヶ谷バス停事件を知ったとき、犯人がなぜこんなに身勝手な行為に至ったのか、その背景を探る気になれなかった。被害者も全く殺される理由がないので、被害者側から描くという発想も生まれなかった。事件としては記憶に留めたいけれど、映画化はスルーしていたのです。
 
――――そこを覆したのは何だったのですか?
高橋:以前に制作会社から板谷由夏さんが僕と仕事をすることを希望していると聞き、人間として非常に魅力のある人なので、いい企画があればやりたいという話をしていたのです。事件の翌年、プロデューサーからこの事件を板谷由夏主演で映画化できないかと打診され、しばらく考えました。「彼女は私だ」という声が世間で上がっていることも知っていましたし、誰もが主役になりうると考えれば映画化が成立するかもしれない。被害者は60代でしたが、板谷さんに演じてもらうということは、彼女を老け役にして年齢で嘘をつくのではなく、現実とは違う展開すればいいと気づいたのです。誰もがホームレスになりうるコロナ禍で、その人生や過ごしてきた時間を切り取ることができれば、映画になるのではないかと、脚本の梶原阿貴さんに第一稿を書いてもらいました。事件が起こった背景や、コロナの状況を下敷きにしながらも、実際の事件とは全く違う物語になっています。
 

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■破綻した脚本を目指して

――――板谷さん主演で始まった企画だったのですね。脚本にもかなり監督らしい60年代から70年代にかけてのエピソードが盛り込まれ、柄本明さん演じるバクダン、根岸季衣さん演じる派手婆など、個性的で怒りを内包したキャラクターも登場します。
高橋:僕は破綻した脚本でないと嫌なので、1970年に起きた新宿クリスマスツリー爆弾事件に着想を得たキャラクターとしてバクダンや、宇野元首相のスキャンダルネタを入れるために元芸者の派手婆というキャラクターが生まれました。そうすると物語が壊れそうで面白くなるし、さらに僕自身が腹に抱えていたことを代弁してもらえば、乗れる話になってくるのではないか。そう考え、梶原さんとやり取りを重ねながら、ご覧いただいた形になりました。
 
 
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■板谷由夏の素の部分が見えた

――――板谷さんにはどんな演出をしたのですか?
高橋:一切演出はつけていません。彼女はとてもシンプルな人で、人として、母として、妻としてという生き方がきちんと自分の背骨に入っている。そして飾らない人なので、板谷さんがもしホームレスになったらこうなるというところを、あえてわかった上で演じてもらった気がします。今まではやり手の先輩を演じたり、キャスターなどインテリジェンスを全面に出す仕事をしてこられたけれど、今回は素の部分の板谷さんが見えたのではないでしょうか。
 
――――三知子がアルバイトをしていた居酒屋の同僚役として出演のルビーモレノさんは、コロナ禍で厳しい立場にあり、真っ先に切り捨てられる外国人労働者を力強く演じておられました。
高橋:出稼ぎ外国人で高齢の女性キャラクターを考えたとき、思い浮かんだのがルビーモレノさんでした。問い合わせてみるとまだ事務所に所属し、映画出演もできるということで、マリア役を作ったのです。
 
――――三知子は、どんどん顔色は悪くなるものの、ホームレスかどうか一見するとわからないのですね。
高橋:非常に短い時間でホームレスの世界に放り込まれるので、匂い立つほど汚くなることはありません。コインランドリーやオフィスビルに近づいても違和感を覚えないのです。今は、ほとんどの人はホームレスとわからないです。ときどき観察していましたが、公園で配給品をもらいに行くところを見て、その人がホームレスとわかるだけで、渡す側ともらう側の差も一見するとわからないですね。一方、映画では実際に路上で居を構えているホームレスの方にも出演していただいています。
 
 
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■日本人はきちんと公助を受けてきた歴史がない

――――三知子は元夫が作った借金を返し続け、それも自分が苦しい状況にある一因ですが、あなたが返す必要はないのにと伝えたくなります。
高橋:三知子は、そんな夫を選んだ自分が悪いと思っている。まさに自己責任の人なんです。助けてと言えない今を象徴するシーンとして、菅元首相が「自助、共助、公助」と言っているニュース映像を街頭に映し出しています。本当は逆ですよね。ただそれが正しいと思っている人がたくさんいる。それは、日本人が国からきちんと公助を受けてきた歴史がないからなのです。お国のためなら、何だってやってきたわけですから。
 
――――食べ物が欲しくてしかたないのに、三知子は配給の列に並べない。助けてと言えない人が実は多いのかと思わされました。
高橋:自尊心がそうさせるのだと思います。配給をもらいに行ってしまうとホームレスであることを宣言しているようなものですから、ホームレスだと思われたくない人が圧倒的に多いです。実際に配給されている食料はコロナ禍で個別包装になり、衛生面にも配慮され、とてもいいものですし、映画でも描きましたが一巡したら、もう一度取りに行くこともできる。飲食店の外に置いてある廃棄ゴミとは雲泥の差です。それでも三知子は取りにいけないんですよ。
 
 
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■ちゃんと怒ることの大事さと、千春の成長物語

――――この作品では怒りの爆発が見せ場ですが、高橋監督ご自身はある時期から怒ることをやめたそうですね。
高橋:『光の雨』から、撮影現場や実生活で怒ることをやめたんです。怒っても、いいことはまず生まれない。20年間封印してきたものの、怒らないと、むしろどんどん世の中が悪くなるばかりです。ちゃんと怒ることは大事だと思うんですよ。
 
――――怒りといえば、大西礼芳が演じた店長の千春が、会社オーナーの息子で上司の大河原の不正を告発するシーンは、本作のもう一つの山場です。
高橋:そうですね。三知子がホームレスになる物語の一方で、千春の成長物語を描きたかったんです。千春が成長するから、三知子を窮地から救うことができ、想定していた結末に矛盾がないように持っていけるかもしれませんし、最後は二人がひとつになるような感覚が生まれたらという狙いもありました。
 
――――怒りよりも悟りを語るホームレス男性の存在も印象的でしたね。
高橋:下元史朗さんが演じたホームレスのセンセイが語った「明日目覚めませんように」という言葉は、実際のホームレスの人の言葉を集めた本と出会った中で、絶対使いたいと思っていたセリフなんです。そのために、この役を作って下元さんに出ていただいたんです。
 
 

■いい意味で想像を裏切る映画

――――Twitterでこの映画についてのツイートを見ていると、事件のことを描いているので気持ちが落ち込むかもしれないというニュアンスのことが書かれ、「そうじゃない、観終わったらスッキリするよ」と言いたくなりますね。
高橋:弱者の死を扱う作品を作ることへのご批判もあるのですが、この人は絶対観ていないなと思うわけです。「想像から絶対にいい意味で裏切られるので、最後まで立たないで観てほしい」と言いたいですね。
(江口由美)
 

<作品情報>
『夜明けまでバス停で』(2022年 日本 91分)
監督:高橋伴明 脚本:梶原阿貴 
出演:板谷由夏、大西礼芳、三浦貴大、松浦祐也、ルビーモレノ、片岡礼子、土居志央梨、柄本佑、下元史朗、筒井真理子、根岸季衣、柄本明
10月21日(金)より京都シネマ、22日(土)よりなんばパークスシネマ、第七藝術劇場、MOVIX堺、kinocinema神戸国際ほか全国ロードショー
(C) 2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
 

 

『木樵』(きこり)劇場招待券&天然杉の箸をセット プレゼント!
 

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◆提供:平成プロジェクト
 

◆プレゼント数: 2 名様


◆締め切り:2022年10月13日(木)


公式HP: http://kikori-movie.com/

 

10⽉1⽇(土)~CINEX、名演書劇場ほか先行公開
10月14日 (金)~ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、10月21日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開

 



現代の木樵である林業に焦点をあて、

山と生きる「護り人」である彼らに密着したドキュメンタリー映画


ki-pos-550.jpg本作の監督である宮﨑政記は岐阜県下呂市で生まれ、‘木樵’である父の背中を見て育つ。戦後の復興から東京オリンピック、大阪万博。高度経済成長期を支えた木材の需要は絶頂期を迎えたが、時は流れ、林業は長い不況を迎える。

父の跡を継ぐことを断念した宮崎は山を離れ、映画の道を志した。

それから30年、宮﨑は父に抱いた憧れを胸に岐阜の山へと帰郷し、父と同じ木樵の兄弟、面家一家・瀧根清司に出会う。機械化が進んだ近年は林道を作り、機械を現場に入れて木を切り出すことが多い。しかし彼らはそれをしない、山が荒れないよう架線を引いて木材を運び出すのだ。「木を伐ることは誰でもできる、問題はそれらを土場まで出す技術で、それを俺たちは持っている。」

木樵たちはその仕事に誇りを持っていた。彼らの背中を見て育つ若い木樵たち、兄弟の顔に林業不況や人材不足に対する悲壮感など全く無かった。木樵見習いとして過ごして2年、宮崎は彼らの「生き様」を映像に残したいと思い立つ。これはその、記録である。


『木樵』
語り:近藤正臣
監督・撮影・編集: 宮﨑政記 プロデューサー:益田祐美子
出演:面家一男 澤和宏 瀧根清司 他
テーマ音楽:「久遠」日景健貴 横笛:雲龍
構成協力:大宮浩一 北里宇一郎
制作協力:山田貴敏 笠原木材㈱ 岐阜県 高山市 飛騨市
配給:平成プロジェクト 宣伝:ウフル/原麻里奈 宣伝協力:博報堂
協賛:日本特殊陶業 新東通信 イオスコーポレーション ワーリンク SURROUND 山翠社 高山信用金庫 名古屋木材
製作:2021「木樵」製作委員会
©︎2021「木樵」製作委員会  カラー/81分/ビスタ/2chステレオ/日本

公式HP: http://kikori-movie.com/

10⽉1⽇(土)~CINEX、名演書劇場ほか先行公開
10月14日 (金)~ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、10月21日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開


(オフィシャル・リリースより)

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 『さすらいの女神たち』(2010)、『バルバラ セーヌの黒いバラ』など監督作が高い評価を得ているフランスの人気俳優で監督のマチュー・アマルリックによる最新作『彼女のいない部屋』が、シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマで絶賛公開中だ。
 海外資料にあるストーリーは「家出をした女性の物語、のようだ」という1行のみで、監督自身も実際に主人公クラリスに起きたことを、鑑賞前の人には明かさないようにお願いしている。ピアノの音色と、家族の風景の断片がコラージュのように錯綜する中、クラリスの人生はどこに向かうのか。ぜひスクリーンで、何度でもクラリスが目にする世界や感情を共有してほしい。
 週末を巨大な台風14号が襲う中、東京から無事移動し、9月20日(火)シネ・リーブル梅田でのティーチインの日を迎えたというマチュー・アマルリック監督。「まわりからは無理だと言われましたが、来ました」との言葉に、客席からも大きな拍手が送られた。フランス語で質問する観客も多く、時間が足りないほどの熱気を帯びたティーチインの模様をご紹介したい。
※鑑賞後のティーチインのため、映画の核心部分に触れる箇所があることを、ご了承ください。
 

■想像しようとする仕草が映画の鍵

―――クラリスが体験する現実と仮想現実が行き来する作品ですが、撮影はどのように行ったのですか?
アマルリック監督:映画も台風のように、どちらから、どんな流れでやってくるかわかりませんし、現実もそういうものです。順番に物事が秩序だって進んでいけばよいのですが、実際は希望があったり、何かに悩んだり、記憶が蘇ったりと色々な方向に揺れながら、人生が進んでいくと思うのです。おっしゃるように、この映画は想像の部分が多く、想像しようとする仕草が映画の鍵となっています。現実から出ていこうとする、想像しようとしているクラリスを映していきます。
 この作品はクロディーヌ・ガレアが書いた戯曲をもとにしています。実際に上演されることはなかったのですが、とてもシンプルでありながら、とても力強い物語で、最初に想像したものが現実と交差し合う構造になっています。
 身を切るような辛い思いを味わったとき、人は現実からそこから逃れるために想像の力を働かせようとします。そこでは真実とまやかしの区別がなくなり、錯乱する瞬間が誰しもあると思うのです。クラリスという女性はそんな瞬間を生きているのです。
 
 
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■メロドラマと亡霊たちの2つのジャンルを実現

―――家族不在の悲しみや狂気、深い愛など様々な感情を覚えました。監督がどのような点に魅力を感じて映画化したのですか?またご自身が思う本作の魅力とは?
アマルリック監督:クラリスが想像しようとする身振りが原作に描かれていることに、とても興味を覚えました。クロディーヌ・ガレアの戯曲は短いものですが、死者と生者のパラレルワールドを描いており、自分の親しい家族がそこにいるかのような感情を抱きました。日本では死者と共に生きるという文化があると思いますが、西洋、特にフランスは死んでしまった人は別の場所におり、どこにもいないものと思って生きています。でもそうではない考え方のあることが描かれていることが映画化したいと思った動機の1つです。
また、この作品ではメロドラマと亡霊たちの2つのジャンルを実現できると思ったのも大きな動機でした。どこに現実があるのか、現実が何なのかがわかりそうで、わからない。それを映画という素晴らしいアートの力で探求し、みせることができると思うのです。
 
 
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■上映国の配給がつけるタイトルは、作品の異なる扉を開ける

―――邦題の『彼女のいない部屋』は、原題「Serre moi fort」と大きく異なりますが、監督自身はどう思われますか?
アマルリック監督:戯曲のタイトルは「Je reviens de loin」(遠くからわたしは戻ってくる)でしたが、映画ではフランスの有名歌手、エティエンヌ・ダホの歌から取り、「Serre moi fort」(わたしを抱きしめて)としています。邦題は全く違いますが、それぞれ国の文化が違う観点でこの作品にアプローチし、この作品の異なる扉を開けてくださるのは、とても素晴らしいと思いますし、僕は日本語のタイトルやその響きも好きです。
 黒沢清監督の『スパイの妻』も、フランスでは溝口健二監督の『近松物語』のフランス語タイトルに近い題名をつけ、両者のつながりを見せるようにしていますし、それぞれの国で扉の開け方が違うのは、良いのではないかと思っています。「Serre moi fort」(わたしを抱きしめて)はもっとセンチメンタルな印象になりますが、『彼女のいない部屋』は「彼女」と「部屋」の二重性が含まれており、興味深いですね。
 
―――劇中とエンディングで流れる「チェリー」について、起用理由を教えてください。
アマルリック監督:劇中で、クラリスの夫や子どもたちがクレープを作っているシーンがあります。実際にはクラリスが子どもたちの成長を想像する中で、まるで彼女がいなくても彼らがそこに存在しているかのようなシーンになっており、夫に向かって彼女がもう一度「わたしはここにいるのよ!」と誘惑しなければいけない。そのときにクラリスを演じたヴィッキー・クリープス自身が「チェリー」を歌い始め、僕は素敵だなと思いました。この映画は雪山のシーンがあるため、3回にわけて撮影したのですが、その間に「チェリー」をもう一度使いたいと思い、クラリスが車を運転しているシーンで、ヴィッキーにもう一度歌ってもらい、この曲が一つのテーマ曲となったのです。
 

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■自分がピアノを続けていたら…との想いも込めたピアノのシーン

―――本作はセリフ以上にピアノの音色が印象的で、登場人物の気持ちを表しているようでしたが、ピアノの起用についてお聞かせください。
アマルリック監督:クロディーヌ・ガレアの戯曲でもピアノは大事な要素でした。クラリスと娘とのコミュニケーションツールとなっており、娘がピアノと共に成長していくのです。僕も子どものころはピアノを習い、ベートーヴェンのソナタを弾いていたのですが、あるとき辞めてしまったことをすごく後悔しているのです。ある意味、この映画で成長した娘たちがピアノを弾くシーンは、自分がピアノを続けていたらこうなっていたのではないかという想いも重なりながら、撮影していました。娘、ルーシー役の二人は俳優ではなく、ピアニストを選んでいます。全て彼女たちが弾いたものを収録しているので、まさにライブですし、彼女たちの感情が音色に込められています。また、マルタ・アルゲリッチのようなプロのピアニストも登場していますが、繰り返し聞こえてくるのが「ガヴォット」というジャン=フィリップ・ラモーの曲で、同じ曲がバリエーションとなって作品を支えているのです。
(江口由美)
 
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※最後のフォトセッションで自らポスターを持ち、観客の方に歩み寄って笑顔を見せたマチュー・アマルリック監督。左は通訳の坂本安美さん(アンスティチュ・フランセ日本映画プログラム主任)
 

 
<作品情報>
『彼女のいない部屋』“Serre moi fort
(2021年 フランス 97分)
監督・脚本:マチュー・アマルリック 
出演:ヴィッキー・クリープス、アリエ・ワルトアルテ、アンヌ=ソフィ・ボーウェン=シャテ、サシャ・アルディリ
公式サイト→https://moviola.jp/kanojo/
(C) 2021 - LES FILMS DU POISSON - GAUMONT - ARTE FRANCE CINEMA - LUPA FILM
 
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 1950年代、北朝鮮から秘密裏にポーランドへ送られた朝鮮戦争の戦災孤児たちに光を当てたドキュメンタリー映画『ポーランドへ行った子どもたち』が、9月22日(木)よりシネ・ヌーヴォ、9月23日(金・祝)より京都シネマ、11月5日(土)より元町映画館にて公開される。
監督は、『気まぐれな唇』『誰にでも秘密がある』など俳優として活躍し、結婚出産後の現在はDMZ国際ドキュメンタリー映画祭理事、2021年に釜山国際映画祭「今年の俳優賞」審査委員を務めるなど、多方面で活躍しているチュ・サンミ。本作では監督自身がナビゲーターとして登場し、ポーランドへ行った子どもたちを描くフィクションのオーディションで出会った脱北者のイ・ソンとポーランドで戦争孤児たちの国家に翻弄されてきた足跡を辿る。彼らの面倒を献身的にみてきたかつての先生たちからは突然の北朝鮮による帰国命令で泣く泣く別れた子どもたちとの思い出が語られる。また二人はアウシュビッツにも足を運び、ポーランドの戦争の傷跡を見つめる。監督自身が出産後に体験した心の傷をはじめ、旅で明らかになるイ・ソンが抱えてきた心の傷など、それぞれの奥深くあるものが他者の心の傷と重なり合いながら表出していくのだ。過酷な分断の歴史を紐解くと同時に、それが他人事ではないことを感じ取ることができるだろう。
 本作のチュ・サンミ監督に、リモートでお話を伺った。
 

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――――既に劇場公開された韓国では大反響を呼んだとのことですが、特にどんな点が注目されたのですか?
チュ監督:韓国で、北朝鮮の戦争孤児がポーランドに送られていたという事実はほとんど知られていませんでした。両国の分断は長い間続いており、小学校の歴史の授業でも、「北朝鮮が朝鮮戦争のとき南に侵略してきた」という具合に、韓国の被害については習いますが、北朝鮮の被害については習うことはなかった。70年代韓国でのセマウル運動も、北朝鮮に対する敵対心から、自国を発展させる原動力になっていたのです。そのように北朝鮮の被害について、韓国で語られることはこれまでほとんどありませんでした。
 本作が韓国で公開されたのは2018年の平昌オリンピック開催で両国の融和ムードが生まれた時期でしたから、このような事実があったことに衝撃を受けつつ、韓国だけでなく北朝鮮にも戦争孤児がおり、東ヨーロッパに送られ、同じような痛みを経験していたと、お互いに共感できる問題として受け止めていただいたようです。
 
 
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■産後うつからの脱却と、子どもたちへの想い

――――この事実を最初に知った時の状況や、そのときの気持ちについて教えてください。また監督にとって出産を経験したことは、子どもに対する接し方や自身のキャリアについてどのような変化をもたらしたでしょうか?
チュ監督:妊娠時からうつがはじまり、出産直後から産後うつがひどくなりました。テレビで子どもの事件や事故報道を目にするだけで、すぐにチャンネルを変えたり、テレビを消してしまう。全ての子どもたちの苦痛が自分の子どもの苦痛のように考えてしまうという症状でした。2年ほど酷いうつ状態が続き、我が子が死ぬ悪夢にうなされ、早く映画を作らなければと思ったのです。既に大学院で映画を学び始めており、長編映画を作ろうと思っていたところ、知り合いの出版社で『ポーランドへ行った子どもたち』の素材に触れる機会がありました。
 同時に、北朝鮮でコチェビと呼ばれる孤児の映像を見ました。1990年代後半の苦難の行軍の時代、大飢饉で300万もの人が亡くなり、親たちが食料を探しに行っている間に孤児になってしまった子どもたちの映像を見ながら、それらが自分の子どもたちのことのように思え、涙が止まらないという経験をしたのです。ですから『ポーランドへ行った子どもたち』をまさに自分のことに受け止め、映画作りを決意しました。当初は自分の出演を想定していませんでしたが、そのような経緯から説明役として登場することになりました。
 

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■南北分断により生まれた現在の脱北孤児と、朝鮮戦争による戦争孤児

――――映画では『切り株』というフィクション映画のオーディションシーンが映りますが、彼ら脱北者の学生たちに演じてもらおうと考えた理由は?
チュ監督:もともとはフィクションとして映画製作を進めていましたが、シナリオのモニタリング段階で、元となる実話が韓国であまりにも知られていないので、まずはドキュメンタリーで事実を知らせることが大事ではないかという提案を受け、そこからドキュメンタリー製作へと舵を切りました。その過程で脱北者の子ども達と、韓国の子ども達が一緒に合宿をするというプロセスが大事なのではないかと考えました。北朝鮮の方言を韓国の子どもに伝えてあげることもできますし。結局はコロナで実現していませんが、そのためのオーディションの場面を本作で取り入れています。
 もう一つの理由は、脱北者の青少年たちは苦難の行軍の影響で、ラオスの国境を超えて韓国にやってきたというケースが多く、彼らは“分断孤児”と呼べるのではないかと思ったのです。南北の分断がなければ、300万人の餓死は起きなかったでしょうし、韓国から食料援助できたはずです。ですから彼らは分断の結果、孤児になり、南にやってきたわけで、現在の脱北孤児と、過去の朝鮮戦争による戦争孤児の、今も続いている悲惨な状況を伝えたいという気持ちもありました。
 
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■脱北者、イ・ソンさんにとってのポーランド旅とは?

――――ポーランドへ強制移送された戦災孤児たちの足跡をたどる旅に同行したイ・ソンさんは本作の主役と言える存在ですが、第一印象や、旅に誘ったときの様子について教えてください。
チュ監督:オーディションで他の子どもたちと違い、イ・ソンさんだけがとても明るかったのです。他の子どもたちは自分の過去を話すのですが、彼女は「もうなんともない。克服した」と、過去のことについて語らない傾向にありました。また、主人公キドクの親友役、オクスンを演じてもらうことになり、ポーランドではキドクのお墓に行くことが決まっていたので、親友役を演じるイ・ソンさんに同行してもらうことを考えていました。
 ポーランドで撮影しながら気づいたことですが、事前にドキュメンタリーの撮影であることを伝えていたものの、彼女自身が北朝鮮でドキュメンタリーにあまり接していなかったことから、ドキュメンタリーが何かを理解できておらず、自分の過去を明かさなければいけないという認識がなかったのです。でも語らないことが、彼女の精神的な回復を妨げているのではないかと思い、ポーランドで戦争孤児たちの世話をした先生たちを訪ねたり、キドクのお墓に行く中で、彼女はたくさん泣いたのです。そういう行程が自分の傷を外に出したり、過去を話すことにつながったようで、後々「ポーランドの旅が、自分の心の傷を治癒する旅になった」と言ってくれました。
 
――――世界初上映は釜山国際映画祭でした。
チュ監督:イ・ソンさんは俳優志望なので、わたしとレッドカーペットを一緒に歩き、とてもいい経験をしたと思います。もともと彼女は、資本主義社会の韓国に良い印象を抱いていなかったのですが、映画を観た観客が涙を流しながら話しかけてきたり、応援者も表れるなど激励を受け、韓国社会で生きていくことに関して良かったと思えるようになったそうです。
 

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■戦争孤児たちがポーランド人との出会いと別れの場所になった線路跡

――――ポーランドロケでは、戦争孤児たちが送られてきた線路跡の森で、感慨深げに「この森が覚えている」とおっしゃっていましたが、どんな気持ちを覚えたのですか?
チュ監督:フィクションのロケハンのための映像も別で撮っており、実際に現地に行くことでシナリオの絵作りが具体的に描けるようになりました。子どもたちにとっては到着の場所であり、最初は不安で恐れをなしていたと思うのです。彼らにとって外国人というのは米軍の存在しか知らず、ポーランド人も同様に見えて怖かったはずです。一方、先生たちの証言によると、7年後の別れの時に子どもたちは首に抱きついて大泣きしたそうで、親と思っていた先生たちと生き別れた場所でもあった訳です。これらを前向きに捉えると、戦争のトラウマを抱いていた子どもたちが、ここで暮らすことにより感情を表現できるぐらい回復し、心を開けるようになったと考えることもできます。そういう意味でも、森の中の駅跡というのは、子どもたちの変化を見せるとても重要な場所になると感じました。
 

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■ナチスドイツによる心の傷を負った先生たちにとって、戦争孤児たちは分身のような存在だった

――――プワコビシェで取材したかつての先生たちが、我が子を失った親のような表情で語っておられましたね。
チュ監督:子どもたちが7年間過ごしたプワコビシェは、森の中で湖もあり、とても環境の良い場所ですから、子どもたちは自然にも癒されたと思います。ポーランドのドキュメンタリー映像を見たときに、半世紀以上も前のことを涙しながら語る先生たちの愛情深さは何なのか。感情が豊かなのか、それとも特別の理由があるからなのかが気になりました。それが映画作りのきっかけであり、一番先生方に聞いてみたいことでもあったのです。
 
――――ポーランドと朝鮮は同じ痛みを持つことを「同じ母の子宮から生まれた双子のよう」という比喩で表現され、感覚的に理解できました。
チュ監督:実際にお話を聞いて気づいたのは、単に愛情だけではなかったということです。第二次世界大戦でポーランドにナチスドイツが侵攻し、大変な経験をした先生方の当時の年齢が、北朝鮮からポーランドにやってきた戦争孤児たちの年齢と同年代だったそうです。ポーランドの先生方も家族や親戚を亡くし、自身が先生孤児であるケースもありました。先生方自身がこうむった青春時代の辛かった時期のトラウマが、北朝鮮の戦争孤児たちの面倒を見ることによって、逆に癒されていたそうです。自分たちの若いころの姿を彼らに投影しながら、分身のように感じて彼らを理解したのだと感じました。
 戦争孤児たちが北朝鮮に帰ってから、その後の消息が分からないので、心配して泣いておられたし、70年前の子どもたちの姿がイ・ソンさんに重なり、彼女を抱きしめて泣いている先生たちもおられ、本当に感動しました。
 

■自分たちの話として受け止めて

――――ありがとうございました。最後に日本の観客へのメッセージと、劇映画「切り株」の製作状況についてお聞かせください。
チュ監督:フィクションとして製作予定だった「切り株」は、コロナ下で映画製作が難しくなってしまったため、今はドラマの脚本を書きながら、もう少しコロナが落ち着いたら映画が撮れるかどうかを見極めているところです。
わたしが今感じるのは、SNSなどで、ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、戦争で爆破された村や難民の状況が、全世界リアルタイムで入ってくる状況にあります。『ポーランドへ行った子どもたち』は韓国の人たちにとっては北朝鮮の立場になって考えるきっかけになる作品になったと思いますが、日本の観客のみなさんにとっても同じように、韓国や北朝鮮の人たちの立場を考えてみることができるのではないでしょうか。日本の植民地時代を経て、南北の朝鮮が分断したという流れがあり、歴史はつながっています。ですから別の国の話と距離を置くのではなく、自分たちの話と受け止めてもらえればうれしいです。
 また今のウクライナの状況にも重なりますが、難民や孤児たちを愛情をもって見つめてほしいと思います。
(江口由美)
 

<作品情報>
『ポーランドへ行った子どもたち』” Children Gone to Poland”(2018年 韓国 78分) 
監督:チュ・サンミ 
出演:チュ・サンミ、イ・ソン他
劇場:9月22日(木)よりシネ・ヌーヴォ、9月23日(金・祝)より京都シネマ、11月5日(土)より元町映画館にて公開 
配給: 太秦
公式サイト http://cgp2016.com/
©2016. The Children Gone To Poland.
 

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2022年8月26日(金)なんばパークスシネマ

ゲスト:赤井英和、SHINGO★西成

司会:津田なおみ(敬称略)


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甦る“浪花のロッキー”こと赤井英和の栄光の日々と、

死線をさまよった挫折の日々。

息子が撮った破天荒だが愛されキャラの元プロボクサー・父の実像。

 

12試合連続KO勝ち、しかも1Rで――ノンタイトル戦ながら対戦相手にボクシングをさせる間もなく瞬殺。 “浪花のロッキー”と呼ばれた赤井英和の圧倒的強さは当時の大阪の人々を熱狂させた。現在、俳優・タレントとして芸能界で活躍しているが、かつてケンカの強さでその名を轟かせた根っからのファイターである。高校入学後、先輩に誘われて入ったボクシング部で最初は雑用ばかりやらされ、いきなり試合に出ろと言われる。何をすればいいのかも分からず断ると、「どついたったらええねん」と言われ、さらにルールも知らないと断ると、「蹴ったらアカン、噛みついたらアカン…」とまあこんな調子で赤井英和のボクサー人生が始まることになる。


赤井英和は、1989年のロングランヒットを飛ばした阪本順治監督の映画『どついたるねん』で一躍芸能界にもその名が知れ渡ることになるが、当時の試合映像を見ることはあまりなかった。本作では、連続KO勝ちの試合の様子や、最後の試合となった大和田正春との試合など、さらに息子の活躍を見守る両親の様子や、負傷して生死をさまよい再起不能と宣告されながらもリハビリに励む様子など、過去を振り返りながら語る現在の赤井に密着している。赤井の長男・英五郎が監督・編集しているせいか、時折本音をのぞかせるリラックスした様子がまた赤井英和の愛されキャラの魅力を感じさせる。


AKAI-500-2.jpg監督曰く、「父は猪突猛進型で、過去も未来も考えられず、今の瞬間しか生きられない男」。だからこそ率直な物言いしかできないのだろう。その飾らない人間味のある人柄に惹かれるのかも知れない。そして、「これまで父をはじめ家族を支えてきてくれた方々への感謝を込めたビデオレターとしてこの映画を作りました」と語っている。破天荒な父親への息子からの貴重な贈り物のような作品だ。


9月9日(金)からの全国公開を前に、なんばパークシネマで開催された一般試写会での舞台挨拶に登壇した赤井英和。地元大阪での開催とあって、赤井英和の応援団の皆さんや大勢のファンが詰めかけた。試写会の前に、道頓堀では赤井英和自ら道行く人々に映画のチラシを配りながら練り歩くというイベントもあり、ほんまもんの赤井英和に驚きながらも、一緒に写真撮ったり、応援の声を掛けられたりしていた。舞台挨拶ではサプライズとして、本作のエンディング曲を歌っている「SHINGO★西成」が応援に駆けつけてくれて、ナマ歌を披露して会場を沸かせた。
 


〈以下はトークの全文です〉

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――最初のご挨拶

赤井:本日はご来場下さいまして誠にありがとうございます。世の中、コロナやいろんなことで大変な状況ですが、私自身が実際、脳挫傷、硬膜下血腫、芯昏睡と死にかけた事がありましたが、こうして元気でやっておりますので、この映画を観て元気を取り戻して頂きたいなと思っております。本日はよろしくお願いいたします。

――どうしても赤井さんが大阪にいらっしゃると、「お帰りなさい」と言いたいのですが、赤井さんは如何ですか?

赤井:「ただいま!」という感じです(笑)。

――今日は道頓堀辺りから歩いていらっしゃったそうですが?

赤井:はい、道頓堀からずっと出会う人みなさんに映画のチラシを渡しながら歩いてきました。行ったり来たりしながら、映画の宣伝をさせて頂きました。

――主演の方がチラシ配り!? 皆さんの反応は如何でしたか?

赤井:一緒に写真撮ったり、「ええっ、ほんまに?」と驚いて頂いたり、「映画観にいくいく!」と言って頂いたりして嬉しかったです。

――やはり大阪の方の反応は違うなと感じることはありますか?

赤井:地元、西成、釜ヶ崎、あいりん地区出身ですから、今も歩いていたらニッカポッカ履いてるおっちゃんが、「お帰り!」てな感じで言うてくれますんで、帰ってきたなという感じですね。


――息子さんが監督してお父さんの映画を撮るなんて、珍しいことだと思いますが?

赤井:ぜんぜん知らんかったんですよ。YouTubeで「おおきに、赤井英和」というのをやってたんで、その中のインタビューかなと思ってたら、まさかこんな映画を作ってるなんて思ってもみませんでした。嫁さんも僕には全然言えへんかったんですわ。なんでや言うたら、「先に方々で言うてしまうから、アイツは!」って、教えてもらえへんかったんです。つい最近、試写室で観て、「こんなん作ってたんや~」とびっくりしました。若い時の自分の試合を見て、今まで沢山のファイターを見てきましたけど、あんなアグレッシブルでメチャクチャなファイターはおれへんかったな~と、当時も大阪の皆さんに応援して頂いて、私の試合の時は大阪中が祭みたいになってましたから、懐かしく思いました。


AKAI-500-1.jpg――この映画ではファイティングシーンが沢山出てきますが、当時の気持ちとかも思い出しましたか?

赤井:勿論です。21回試合やってきましたが、あの時はこうだった、あ~だったとか思い出しました。最後の試合で、試合中の事故でダメージを受け、開頭手術をし、脳挫傷、硬膜下血腫、芯昏睡となり、両親は医者に「8割は諦めてくれ」と言われてたんですが、今こうして元気でやってますので、何とかなります。明日という字は明るい日と書きますが、世の中こんな状況ですが、気持ち入れて本気でやったら何とかなるんじゃないかなということが、この映画から伝わってくると思います。


AKAI-pos.jpg――今もカッコいいんですが、この映画のポスターの赤井さん、メチャメチャカッコいいですよね?

赤井:ありがとうございます。丁度世界タイトル戦の前です。知り合いから紹介して頂いた坂東玉三郎さんから篠山紀信先生を紹介して頂いて、玉三郎さんが篠山紀信先生に「撮りなさいよ」と言ったら、「私はこの人知らないから撮らない」と言われて、玉三郎さんが「いいから撮りなさいよ!」と言って頂いて撮ってもらった写真ですね。丁度23歳の時です。


――試写でこの映画をご覧になって、その後監督である息子さんと何かお話されましたか?

赤井:私の現役時代のことを残してくれて、ありがとう!と感謝の気持ちを伝えました。

――これでご家族の絆も強まったんじゃないかなと思います。赤井さんがこうやって大阪に戻って来られると、赤井さんの沢山の応援団の方が来て下さってますが?

赤井:学校の後輩とか仲間とか串カツ「だるま」の会長とか、いつも応援してもらって、またこうして沢山の方に来て頂いて、本当に嬉しく思います。ありがとうございます!


――今日は、その応援隊として特別にお越し頂いてる方がいらっしゃるんですよ。

赤井:ええっ、誰ですか?

――ご紹介しますね。この映画のエンディングテーマを歌って下さってます…

赤井:SHINGO★西成!?えええええ~!!!

――同じ西成ご出身ということもありまして、今日は駆けつけて下さいました。SHINGO★西成さんのご登場です!

(SHINGO★西成の登場!)

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SHINGO:誰や誰やて、俺や俺や!(客席に向かって)みなさん今日はお越し下さいまして誠にありがとうございます!

――お二人はいつからのお知り合いなんですか?

赤井:いつからって、小学校の後輩やな。あんまり小学校の後輩って言わんけどな(笑)。

SHINGO:赤井さんは、自分にとっても、地元にとってもヒーローです!

赤井:今は疲れてもうた「ひーろー」やけどね(笑)。

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――出ました、オヤジギャグ!エンディング曲にSHINGOさんの「独立記念日」という作品が使われていますが、どういう経緯で使用されることになったのですか?

赤井:監督の英五郎がずっとSHINGOのファンで、是非SHINGOにいちゃんの曲を映画に使わせて頂きたいとお願いした次第です。

SHINGO:いつも赤井のにいちゃんは、「SHINGO元気か~?」って、こういう浮き沈みのある仕事してる俺のこと気に掛けてくれるんですよ。その息子も気に掛けてくれて、「行こうぜ!」と言ってくれたんでやりました。

――エンディング曲のお陰で映画がキュッと締まるような感じがして、とても素敵なんですけど……ちょっと聴きたいような……?

(客席からも拍手が起こり、ちょっと歌って下さることに――)

SHINGO:俺は家賃4,100円の高速の下の育ちなんですけど、「どうせ俺なんか、どうせ僕なんか」と言って(卑下して)来たんです。そんな中で、赤井のにいちゃんが「やったらできる!」とか「お前ならできる!」と言ってくれたんで、俺は今でも焦らず、腐らず、諦めずにやってます。にいちゃんの背中を見て、これからもまた伝説は続くんやなあと思って、歌わせてもらっていいですか?

赤井:え~い!(拍手)


「独立記念日」熱唱!

 

 

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――最後のご挨拶を。

赤井:2か月に近い入院生活を送って、8割方は諦めてくれと親は医者に言われて死にかけた私でも、今でも元気に生きております。明日が明るい日になるよう、これからも一所懸命生きていきますので、どうか皆さんも明るい明日を目指して、頑張って生きて下さい。本日はどうもありがとうございました!


 


『AKAI』

監督・編集:赤井英五郎
出演: 赤井英和

公式サイト: https://gaga.ne.jp/akai_movie/
配給:ギャガ
映像協力: 朝日放送テレビ、坂本順治(『どついたるねん』監督)
©映画『AKAI』製作委員会

2022年9月9日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、kino cinema神戸国際 ほか全国ロードショー


(河田 真喜子)

 
 
 
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