「AI」と一致するもの

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第 10 回大阪アジアン映画祭のオープニング作品に、安藤サクラ主演、谷村美月、井浦新出演の『白河夜船』(しらかわよふね) が決定。ゴールデンウィークからの全国公開に先立ち、3月6日(金)、大阪・梅田ブルク7でワールドプレミア上映される。
 
原作は、1989 年に発表されたよしもとばななによる同名小説を、『星影のワルツ』(07)で初メガホンをとった、写真家でもある若木信吾監督が映画化。『かぞくのくに』(12)で兄妹役を演じた安藤サクラ(『0.5 ミリ』『百円の恋』)と井浦新(『千年の愉楽』『悼む人』)が恋人役として再びタッグを組む話題作だ。若木信吾のキャメラによって映し出される安藤サクラの新たな一面にも注目したい。チケットは、2月21日(土)からチケットぴあにて発売開始。上映ラインナップやスケジュールは2月上旬に発表される。
 

<作品紹介>
いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう──。
親友しおり(谷村美月)を亡くした衝撃、岩永(井浦新)との不倫による不安と淋しさが身にせまり、寺子(安藤サクラ)の眠りはどんどん深く長くなる…。
 
『白河夜船』
2015 年/日本/91 分/
監督:若木信吾 
原作:よしもとばなな「白河夜船」(新潮文庫刊) 
出演:安藤サクラ、谷村美月、井浦新 
配給:コピアポア・フィルム
 ©2015 よしもとばなな/『白河夜船』製作委員会 
 2015 年 GW からテアトル新宿、シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開

第10回大阪アジアン映画祭公式サイトはコチラ
 

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『劇場版 神戸在住』初日舞台挨拶@2015.1.17 テアトル梅田
登壇者:白羽弥仁監督、藤本泉、浦浜アリサ、松永渚、柳田小百合
 

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阪神・淡路大震災から20年の節目となる年に、地元テレビ局サンテレビジョンによって制作された『劇場版 神戸在住』。兵庫県出身の白羽弥仁監督が、東京からかつて震災があった街にやってきた女子大生の目線で、神戸やそこに住む人々を描いた青春物語を温かく描いている。
 
まさに20年を迎えた2015年1月17日に公開初日を迎え、テアトル梅田では上映後は白羽弥仁監督、藤本泉(辰木桂役)、浦浜アリサ(泉海洋子役)、松永渚(鈴木タカ美役)、柳田小百合(金城和歌子役)が登壇。立ち見が出る満席の観客を前に、感動の面持ちで最初の挨拶が行われた。
 

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劇中では東京から大学のため神戸に引っ越してきた桂が、学友たちの関西弁のノリについていけず戸惑うシーンも見られる。埼玉出身の藤本が「現場では少しボケると3人からツッコまれ、これが関西パワーかと思った。監督をはじめ、スタッフも関西の方が多く、元気でパワフル。楽しく撮影ができた」と答えると、浦浜は「(藤本は)ボケ、ツッコミのコンビネーションにはまだ馴染めていないけれど、ツッコむネタを提供してくれるムードメーカー。白羽監督が4人をご飯に連れて行ってくれ、チームワークは抜群!この中の良さはちょっと異常なぐらい」と賑やかな撮影を振り返った。白羽監督も、「午前中シネ・リーブル神戸での舞台挨拶から全員で車移動する間、1秒たりとも静かな時間がなかった。楽しくやってもらってホッとしている」と本当にキャンパスライフを一緒に過ごしたかのような4人の様子を表現した。
 

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震災を知らない桂が、街の人や被災した親を持つ友人たちと交流しながら、成長していく姿が物語の核となるが、桂の役作りについて藤本は、「桂は人一倍、線が細くて内気な女の子。つらい経験をし、乗り越える成長の過程を見てほしかったので、ブレていないか最後まで気を付けながら演技した」。一方、朝、神戸で行われた追悼の集いに初めて参加した柳田は、「4歳の時に被災したが、記憶にはなかった。(出席して)改めて震災があったことを肌身で実感した」と感想を述べると、同じく今朝参加したという松永は「(追悼の集いの)空気が前向きだと感じた。この作品で、皆さんの思いを伝えられたら」。
 

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川西で被災したという浦浜は「揺れたとき、母が隣のベッドから飛び込んで抱えてくれたことを覚えている。神戸の被災は映像で見るだけで、同じ県なのに他人事だった。この映画に参加して、神戸は復興地なのだと実感した」。また、公開初日が阪神・淡路大震災からちょうど20年の節目と重なったことについて、藤本は「親戚は関西に住んでおり、両親も神戸に十数年住んでいたので、ご縁を感じる。この映画に出演したことで、忘れてはいけない過去の出来事を伝えていくのが、役者である私の仕事と思えるようになった」。
 
 
また、震災のことを作品で前面的に描写していないことについて、自身も灘区で被災したという白羽監督は20年間神戸の変化を肌で感じてきたとしながら、「大変な目に遭った人ほど、震災のことを口に出しては語らない。竹下景子さんや、田中美里さんが演じた役柄も、何が起こったのかを心に秘めて、なかなか話せない。痛みを共有しようという感情にはならないことを映画で表現したかった」とその理由を明かした。
 

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最後に「震災をから復興した神戸の未来に希望が持てるような、明るくて優しい映画。ぜひ多くに人に観てほしい」と結び、会場からは温かい拍手が送られた。映画に参加することで震災のことを改めて考えるきっかけを掴んだ出演者たち同様に、震災のことを改めて振り返り、考えるきっかけを与えてくれる作品。震災から20年経った今の神戸も、ぜひ見てほしい。今日からヒューマントラスト渋谷、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、立誠シネマで公開中だ。※1月31日(土)から神戸映画資料館、シアターセブンで公開。

(江口由美)
 

<作品情報>
『劇場版 神戸在住』(2014年 日本 1時間37分)
監督:白羽弥仁  脚本:安田真奈  
原作:木村紺「神戸在住」(講談社刊)
出演:藤本泉/菅原永二/浦浜アリサ/松永渚/柳田小百合/松尾貴史/田中美里(友情出演)/仁科貴/愛華みれ/竹下景子
公式サイト⇒http://www.is-field.com/kobe-zaiju/
(C) 2014 木村紺・講談社/サンテレビジョン
 
『劇場版 神戸在住』作品レビューはコチラ

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近年非常に勢いのある台湾映画。新しい才能が続々誕生する中、今一度押さえておきたい台湾のみならず世界の映画人に大きな影響を与え続けている巨匠の傑作を一挙集めた『台湾巨匠傑作選~ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン、アン・リー、ウェイ・ダーションの世界~』が、1月17日(土)より第七藝術劇場、1月31日(土)より京都みなみ会館、2月7日(土)より元町映画館で上映される。
 
『悲情城市』(89)、『百年恋歌』(05)と台湾の歴史から現代台湾までを描き続けるホウ・シャオシェン監督作品は、今回が劇場初公開となる長編デビュー後に発表したオムニバス映画『坊やの人形』(83)、台湾ニューウェーブの代表としてその名を知らしめした『童年往事 時の流れ』(85)、90年代に発表された日本と合作の2作品『憂鬱な楽園』(96)の3本が上映される。
 
2007年に惜しまれつつ亡くなったエドワード・ヤン監督作品は、遺作であり、カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した家族ドラマの秀作『ヤンヤン 夏の想い出』(00)を上映。
 
『ブロークバック・マウンテン』(05)、『ラストコーション』(07)、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12)と今や“ハリウッドで最も成功を収めたアジア人監督”として意欲的な作品を発表し続けているアン・リー監督作品からは、商業映画デビュー作『推手』(91)、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作『ウェディング・バンケット』(93)、『推手』『ウェディング・バンケット』に連なる“父親三部作”最終章『恋人たちの食卓』(94)の3本を一挙上映。
 
そして1月24日より最新プロデュース作『KANO〜1931 海の向こうの甲子園〜』が公開、現在の台湾映画界で一番のヒットメーカーであり、日本と台湾の関係を描き続けているウェイ・ダーション監督作品は、1930年、日本統治下の台湾で起きた原住民族による武装蜂起「霧社事件」を描いた、二部構成の歴史大作『セデック・バレ(第一部/第二部)』(11)の2作品を上映する。
 
また、新作特別上映としてウェイ・ダーション監督が製作を務めた『セデック・バレ』2部作の製作過程で集められたエピソードや、生存する遺族たちの証言、歴史学者へのインタビュー、セデック族発祥の地と言い伝えられている巨石《プスクニ》を探す旅を捉えた興味深いドキュメンタリー、『セデック・バレの真実』(13)もラインナップ。1本たりとも見逃せない必見特集上映だ。
 
各劇場上映スケジュールはコチラ
 

『海月姫』 - 映画レビュー

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(写真:左から『悪戦』のウォン・ジンポー監督、『暮れ逢い』のパトリス・ルコント監督、阿部勉京都ヒストリカ国際映画祭実行委員長、山下晃正京都府副知事)
 
第6回京都ヒストリカ国際映画祭 オープニングセレモニー&トークショー
(2014.12.6 京都文化博物館)
登壇者:パトリス・ルコント(映画監督)
    滝本誠(編集者、映画評論家)
  

~来年で監督生活40周年を迎える名匠パトリス・ルコント、創作意欲の源やこだわりに迫る~

 
12月6日(土)から京都で開催中の第6回京都ヒストリカ国際映画祭。オープニングにパトリス・ルコント監督の最新作『暮れ逢い』が上映され、上映後オープニングセレモニーと、パトリス・ルコント監督(以下ルコント監督)を迎えてのトークショーが開催された。
 
オープニングセレモニーでは、主催者を代表して実行委員長阿部勉氏が「世界中から集まった300本の作品から、今この時代、この映画祭で観ることに価値ある作品を選んだ。歴史を切り口に文化や人間を描くところに迫りたい」と挨拶。引き続き、京都府副知事の山下晃正氏が「京都は今も映画を作っており、作り手が街にいることも映画祭にとって大変大事な視点。京都ヒストリカ国際映画祭は歴史劇を作る人々と観る人々との思いが交差する場なので、できるだけ多く作品をご覧いただき、楽しんでほしい」と映画の街京都発信の映画祭であることをアピールした。
 
DSC01438_r1_c1.jpg海外からのゲストとして登壇したルコント監督は、「私のこの作品で映画祭のオープニングを飾れたことを本当に光栄に思います。実は車で撮影現場にいくとき、僕は時代劇を作っているのではないと言い聞かせて撮影現場に向かっていました。とても矛盾していると思われるでしょうか、時代劇がとても興味深くなるには、現代人の心と通じるものがあるから。過去ではなく、現在を生きている人を語ったつもりです」。続いて、明日上映される香港映画『悪戦』のウォン・ジンポー監督は、「この映画祭に『悪戦』を選んでいただき、本当に感謝している。監督という立場でありながら、非常にカジュアルな服装であることを申し訳なく思っています。明日はもう少しましな格好をします」と茶目っ気たっぷりに挨拶した。
 
引き続き行われたルコント監督のトークショーでは、映画評論家の滝本誠氏が司会を務め、ルコント監督若き日の驚愕エピソードや、ルコント監督作品に通じるこだわりまでがユーモアたっぷりに語られた。その主な内容を観客との質疑応答も交えてご紹介したい。
 

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■映画学校時代の伝説的エピソードについて

 
―――映画監督になろうと思った動機は?
パトリス・ルコント監督(以下ルコント監督):父親はシネフィルで映画を観るのが大好きでした。地方に住んでいましたが、父親によく映画館へ連れて行ってもらい、映像で物語を語れるのはなんてすばらしいだろうと思っていました。子どもの頃は夢のまた夢であった映画監督ですが、当時住んでいたトゥールでは短編映画祭があり、短編映画を観ながら、手が届くのではないかと感じたのです。その後、パリの映画学校に行きましたが、学校では何も学ばず、むしろ映画館に行って映画を観て学ぶことの方が多かったですね。低予算で短編映画を撮ったことも勉強になりました。最初の長編はコメディーでした。みなさんに笑ってもらうことが好きだったからですが、興行的には失敗作で、以降3年間はほとんど何も撮れず辛い時期でした。そこを耐えて2本目を撮ると大ヒットし、それを気にすべてが滞りなくノンストップで撮り続け、今に至るわけです。来年は、私が映画監督になってから40年目となります。
 
―――学生時代にクロード・シャブロル監督作品を観て、あまりのくだらなさからシャブロル監督へ批判の手紙を書いたというエピソードを聞きましたが。
ルコント監督:シャブロル監督の超駄作『DOCTEUR POPAUL(邦題:ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚)』を観て、なんとかして指摘しなければと住所を調べたのです。文面はこんな感じでした。「親愛なるムッシュ、もしリュミエール兄弟が、あなたが『DOCTEUR POPAUL』を撮ることを知っていたら、映画を発明しなかったでしょう」 実名を添えて書き、返事も期待していたのですが・・・その後、私が監督になったときにエージェントが同じだったので、マネージャーに声をかけられシャブロル監督に会わせてもらいました。映画学校時代に手紙を送ったのは私だというと「すばらしい。額縁に飾ってあるよ」 そして郵便局に行くのを忘れ、出せなかったという手紙には、「ムッシュ、もし万年筆を発明したウォーターマンが、あなたがこんなに辛辣な手紙を書くことを知っていたら、万年筆を発明しなかっただろう」と書いたのだそうです。
 
―――ルコント監督とシャブロル監督のユーモアの応酬ぶりが素晴らしいですね。
ルコント監督:もし、ジャン・ピエール・メルビル監督に同じ手紙を送っていたら、殺し屋を送り込んでいたでしょう。メルビル監督は全くユーモアがありませんから。映画学校時代にメルビル監督が来校すると聞き、ワクワクして待っていると、アメリカの外車で学校の中に乗り付け、お馴染みのトレンチコートスタイルに、おきまりの帽子と真っ黒のサングラス姿でした。我々が大階段教室で待っていると、メルビル監督がコートも脱がず、帽子やサングラスもとらずに入ってきて、とても行儀の悪い人だと思いました。勇気のある学生がインテリジェントな質問をすると、「その質問はあまりおもしろくない。次どうぞ」 その後誰も質問できず、学生たちが静まり返っていると、メルビル監督は「質問ないですね」と起立して立ち去りました。たった5分だけの滞在でした。その日以来、メルビル監督の全作品が大嫌いになりましたね。
 

■ルコント作品の音楽と、レコードをかけるシーンについて

 
―――ルコント監督の音楽といえば、マイケル・ナイマン氏ですが、ナイマン氏を知ったきっかけは?
kureai-di-2.jpgルコント監督:ピーター・グリーナウェイ監督作品は毎回音楽がいいなと思い、サントラを買って何度もナイマンさんの音楽を聞きました。『仕立て屋の恋』 でも、ナイマンさんの『数に溺れて』を使わせてもらっています。はじめてナイマンさんがそのことを知ったとき「グリーナウェイ作品より、君の作品の方が私の音楽が生きている」と語っていたそうです。のちに、その時期ナイマンさんがグリーナウェイさんと喧嘩をしていたのだと知りました。
 
そのように、ナイマンさんの作曲家としての仕事ぶりが大好きで、プロデューサーに音楽担当のことを聞かれたとき、夢としてはマイケル・ナイマンと仕事がしたいと答えました。最初は、ナイマンさんはイギリス人で、ロンドンに住んでいるので難しいと言われたのですが、僕が直接ナイマンさんとコンタクトをとり、ロンドンに出向いて交渉し、快諾をいただきました。どんな分野においても同じですが、無理だといわれてもトライすることです。Ouiといわれたら儲けものですよね。結果、『仕立て屋の恋』や、『髪結いの亭主』で一緒に仕事ができましたから。
 
―――ルコント監督作品といえばレコードがよく登場しますね。
ルコント監督:ほとんどの作品で少なくとも一度はレコードをかけるシーンがあります。『仕立て屋の恋』や、『髪結いの亭主』では常にクローズアップのカットを挿入しています。実は、次回作でもレコードに針をおとす瞬間のクローズアップシーンあるのですが、撮影監督は僕がレコードプレーヤーにカメラを近づけているのを観て「またルコントショットを撮るんだね」と笑っていました。
 
音楽は好きですが、映画における音楽がとても好きで、音楽なしの映画は作れません。レコードに針を落とすシーンを入れるのは、これから音楽がはじまることをみなさんに知らせる意図があります。アメリカ映画は終始音楽が流れたり、観客が気づかない感じで流れていますが、そういう投げやりな感じは好きではないのです。
 
 

■最新作『暮れ逢い』について

 
―――『歓楽通り』では、パリにおける娼館システムが終わり、そこから女性がどう生活していくのかというフランスのシビアな時代が背景となっていました。主人公男性の人物造詣に驚かされましたが。
ルコント監督:主人公のプチ・ルイは娼館の雇われ人で、レティシア・カスタ演じる娼婦マリオンに恋をします。プチ・ルイは絶対マリオンが自分の彼女にならないとわかっているので、彼女が幸せになれるような男を捜してきます。無償の愛ではあるけれど、実は代理恋愛ともいえます。そう考えてみると『歓楽通り』の三角関係は、『暮れ逢い』の三角関係にも似ています。青年フリドリックはすごく恋をしているけれど、それは許されない恋です。相手の女性は自分のパトロン(実業家ホフマイスター)の妻であり、社会的地位もあり、叶わぬ恋なのです。一方で「どんな恋も不可能ではない」と原作者のシュテファン・ツヴァイク自身は言っています。
 
kureai-1.jpg―――『暮れ逢い』では青年フリドリックがホフマイスター邸に来て、彼の若妻ロットに出会います。2階から降りてくる彼女を仰ぎ観る初対面のショットが二人の関係を象徴していました。
ルコント監督:後半、フリドリックがメキシコに行くまでは、ずっとフリドリックの視点で描いています。出会いのシーンは、階段上にいるのが、階層が上のロットという意味もあります。でも、ロットは階級が上だからといって、それを利用せず、ちゃんと階段を降りてフリドリックと同じ目線になるのです。恋愛のプロセスも対照的で、フリドリックは一目惚れです。ロットの場合はもっと緩やかで、恋に至るプロセスが長いです。夫のホフマイスターの方が、ロットが自分の気持ちに気づく前に彼女の中に芽生えた恋心に気づいています。
 
―――第一次世界大戦前後のハンブルグが舞台であり、メキシコの革命とその後の鉱山開発も描かれていましたが、ロケ地や歴史的背景について教えてください。
ルコント監督:フレデリッヒがメキシコにいくのは、できるだけドイツから離れた場所に遠ざけるという意味で原作の小説にもある部分です。大事なのは第一次世界大戦が勃発して、帰れなくなる場所であることです。恋する女性(ロット)にとって本当に耐えられない距離ですから。フランスとベルギーの合作なので、撮影はベルギーで行われました。フランスでは理想的な場所がなかなか見つけられなかったのです。
 
―――『暮れ逢い』で新たに自分の表現として挑戦したことは?
kureai-3.jpgルコント監督:「挑戦」という言葉はあまり好きではないですが、新しい冒険という意味では、英語でイギリスの俳優と一緒に仕事をしたことでしょうか。僕にとって初めての経験でしたが、みなさんの想像を超えるぐらい楽しみました。ツヴァイクの短編小説は時代が背景ですが、今の人間に通じるエモーションを伝えたいと思い英語にしました。時代劇でありながら、現代の感情とフィットする映画を作ろうと思っていたので、オリジナルなことを今回の撮影で取り入れました。毎朝撮影現場に俳優が到着し、今日撮影するシーンの動線を普段着のままで確認します。うまくいけばようやく控え室で衣装に着替える訳です。その間に技術的な準備を進めます。時代の衣装で演じるのではなく、Tシャツとジーンズでやってみる。それはとても大切で、役者にとってだけでなく僕にとってもすごく重要でした。普段着で演じ、感情が伝わるのなら、このシーンはうまくいくという確信がもてるのです。生の、むき出しのままで、衣装や光などが機能しなくてもちゃんと伝わるかどうか。これは今までしなかったことです。将来的に時代劇を撮ることがあれば、このエクササイズをまた採用しようと思います。
 

  

kureai-di-1.jpg■ルコント監督の次回作、人生で一番大事に思っていることは?

 
―――次回作について教えてください。
ルコント監督:12月31日にフランスで公開される『Une heure de tranquillité』です。フランスでの宣伝があるので、京都からとんぼ返りしなくてはなりません。そして私の一番大好きな脚本書いて撮影する時期に入るのです。
 
ずっと私のキャリアでは色々なことをやってきましたが、色々なことにチャレンジするのはいつも覚醒状態にいたいからです。監督が退屈していたら、観客はもっと退屈するはずですから。次回作は『Une heure de tranquillité』は『暮れ逢い』と真逆で、とても軽やかでスピーディーな作品です。一人の主人公はレアものレコードのコレクターで、ある日レコード屋でずっと昔から探していたレコードに出くわし、家に戻ってレコードを聴こうとするのですが、たった1時間レコードを聴くだけの時間をなかなか見つけられないのです。映画のタイトルの邦訳は「1時間の休息」で、現代社会はスピーディーに流れていて、レコードを聴くほんの1時間もとれないことを揶揄しています。
 
―――ルコント監督が人生の中で一番大事だと思うことは何ですか?
ルコント監督:私が思う世界で一番大切なことは他者を尊重する、リスペクトするということです。それ以上大事なことはありません。もし世界中の人々がそのことを心にとどめて生きていれば、戦争もテロも飢えで死ぬ人もおらず、バイオレンスにあうこともないでしょう。
 
(江口由美)
 
★第6回京都ヒストリカ国際映画祭 公式サイトはコチラ
★『暮れ逢い』は、2014年12月20日(土)~シネスイッチ銀座、シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸 ほか全国順次公開
★公式サイト⇒ http://www.kure-ai.com/
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