「AI」と一致するもの

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奈良県天理市を舞台に、今年デビュー30周年の加藤雅也を主演に迎え、三世代家族の愛と葛藤を描いた人間ドラマ、『二階堂家物語』が2019年1月25日(金)より全国ロードショーされる。本作はなら国際映画祭プロデュース映画製作プロジェクト作品で、監督は同映画祭で2016年にゴールデンSHIKA賞を受賞したイランのアイダ・パナハンデ。受賞後、ロケハンで天理市を訪れ、そこでの体験も加えながら夫のアーサラン・アミリとオリジナル脚本を共同執筆。天理市民も撮影に全面協力した。二階堂家の三世代家族が向き合う後継者問題や、母と息子、父と娘、それぞれの愛が複雑に交差する。日本の四季折々の情景を見事に捉えている。町田啓太、田中要次、白川和子、陽月華と実力派俳優が脇を固め、奈良らしいゆったりとした時間の中で、登場人物たちの心の揺らぎを丁寧に映し出した作品だ。
本作のアイダ・パナハンデ監督、主演、二階堂辰也役の加藤雅也さん、辰也の娘、由子役の石橋静河さんに、お話を伺った。
 

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■天理市は「小津映画のよう」。最初から親近感を覚えた。(アイダ)

――――アイダ監督はロケハンで初めて来日され、石橋さんも天理市は撮影で初めて来られたそうですが、どんな印象を持たれましたか?
アイダ:2年前に初めてロケハンで奈良にきました。奈良がかつて日本の都であったことは知っていましたが、天理市を訪れた時は小津映画のようだと思いました。「この場所は知っている」という気持ちになりましたし、最初から親近感を覚えました。天理の人たちも小津映画に登場している人のようでもあれば、イランの田舎地方に住んでいる人たちにも似た風情を感じました。とてもフレンドリーで、家に招いてくれたり、一緒にご飯を食べたり、本当に歓迎してもらいました。旧友のように親しくなれた。それはとても感動的瞬間で、撮影中も全身全霊をかけて私たちを支えてくれました。
石橋:私も天理市は撮影で初めて訪れたのですが、街並みがとても印象的でした。田んぼがあるシンプルな場所で、東京と情報量やスピードも全然違います。タイムスリップした気分でした。天理市に来ることで、私が演じた由子が感じている時間感覚を体感できましたし、由子が見ているものも見えてきた。また二階堂家が住む古い日本家屋に自分が身を置き、感じることができました。撮影で1ヶ月天理市に滞在しましたが、本当に没頭して演じることができました。
 
――――加藤さんは奈良のご出身ですが、奈良で全編映画を撮影するのは初めてだそうですね。
加藤:基本的にテレビを含め、奈良で映画を撮影することは河瀨直美監督がし始めるまで、ほとんどなかった。時代劇を作るにしても、奈良を舞台にするとチャンバラではなく、文化が主眼となるのでエンターテイメントとして成立しにくい面があります。2時間もののサスペンスの舞台にも、奈良の雰囲気はあまり適さない。逆に、『二階堂家物語』のような家族の物語は、奈良や天理でなければ撮れないのです。
日本は、東京のように文化が発展していくことが良いとされていますが、奈良はそれから遅れてしまった。逆に今は奈良でしか撮れない日本の原風景が残っている訳で、日本人の監督が撮らないなら、外国人の監督に撮ってもらうのはある意味必然だったのかもしれません。
 
 
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■普通の人を演じたい、奈良で撮りたい。30年間実現できなかった夢が叶った(加藤)

――――加藤さんは海外でも活躍され、芸能活動30周年という節目で、故郷の奈良を舞台にした家族物語の主演を務められました。特別な思いがあったのではないですか?
加藤:なぜかマフィア役や日本人とは少し離れた役が多かったのですが、僕自身は俳優として普通の人を演じたいとずっと言い続けていたんです。ステレオタイプのキャスティングが多かった中で、外国人の監督が普通の人として使ってくれるという思いもよらぬ矛盾もあれば、奈良で撮りたいと思いながら、30年間実現できなかった夢も今回叶いました。
 
僕の中で起承転結があるとすれば、「起承」の30年間が終わり、残りの20年の「転」の時期に新しいことをやりたいと思っていました。「見たことのない加藤雅也を見た」と皆が言ってくれるように、まさに僕にとっての転換期を迎えているなと感じています。シルクロードでは、向こうから新しい文化が入ってきて、奈良で新しい文化が生まれ、今までとは違う日本が生まれた。僕も今回アイダ監督による今までとは違う目線の演出で、新しい僕になれる。本当に歴史は繰り返すと、僕自身思っていますね。
 

■「あなたがダメだったら、私の映画は失敗してしまう」火花を散らすような現場(加藤)

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――――父の代から引き継いだ会社を経営する二階堂家の主人、辰也は再婚問題、跡取り問題、娘との関係等、その行き詰まりぶりや決断の行方に最後まで目が離せません。確かに、加藤さんの新境地を見た思いでした。
加藤:最初に監督から言われたのは「あなたがダメだったら、私の映画は失敗してしまう」。仲良くやるのではなく、火花を散らす闘いのような部分があり、それがすごく勉強になりました。どんなに現場で仲良くても、映画がダメなら2度と集まることはない。逆に現場でどれだけ葛藤してもいい映画を作れればOK。それがプロフェッショナルだと思います。
アイダ:俳優は色々な作品の仕事をしているので、頭の中は色んなもので汚染されていると思うのです。だからまず汚染されているものを私が解き放つというプロセスがとても大事です。頭の中を一旦ニュートラルにして、私のキャラクターに命を与えるというプロセスを踏みます。素晴らしい俳優の魂と身体から、私のキャラクターを引き出していく。そこには痛みが伴います。だから、俳優たちが心を動かす時は、私の心も動きますし、毎日げっそりと疲れます。
映画づくりで重要なのは、まず俳優と一緒に作業をするということです。俳優たちを通して表現するものを観客に届けるために、50〜60名にもおよぶクルーが共に作っています。俳優がミスをすれば、全てカメラに映ってしまいますから、ミスは許されません。今回、みなさんは本当にプロフェッショナルで素晴らしい仕事をしてくれました。特に加藤さんとは、素晴らしいコラボレーションができ、多くのことを学びました。
 
 
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■日本人にしか分からない文化が含まれ、日本人がより深く作品を理解できることが重要(アイダ)

――――この作品は日本の四季折々の伝統的な行事や風景、アイテムなどを盛り込みながら家族の情景を描いています。舞台挨拶で「日本人が撮った映画と思ってもらえるとうれしい」とおっしゃっていましたが、そこはかなり意識的に取り入れられたのですか?
アイダ:海外の観客は、日本人ほど映画の中のシーンの意味を感じられなかったかもしれません。例えばなら国際映画祭審査員、ファトマ・アル・リマイヒさんはカタール出身ですが、物語の内容や社会背景はわかるけれど、雛人形が何か分からなかったと言っていました。日本人はそれが何かを必然的に分かります。雛人形の文化があることを踏まえて見てくれるので、伝わる内容も違ってくるのです。日本人にしか分からない文化が含まれていて、日本人はより深くこの作品を理解できる。それはとても重要なことです。私は日本独特の文化や芸術、映画が好きで、とてもリスペクトしています。日本から本当に色々なことを教えてもらった。それをこの映画を通して示しています。
 

■イランと日本、国は離れているけれど、家族関係はとても似ている(アイダ)

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――――日本では若い監督がこれほどしっかりと三世代の家族物語を描くことは少ないですが、脚本の着想はどこから得たのですか?
アイダ:実は、天理で本当に多くの三世代家族に出会いました。 滞在させていただいたお宅もそうですし、祖父祖母と一緒に暮らすのが一般的。私が住んでいるテヘランは都会ですが、イランの田舎も三世代家族が多く、似ていると思いました。私も8歳の時に父が亡くなったので、母と祖母の三世代家族でした。私の祖母はイランで初めての女性校長を務めた人物で、アゼルバイジャンの古い家系出身。まさに古くから続く地元の名士、二階堂家と同じですし、辰也の母、ハル(白川和子)のようにしつけもすごく厳しく、色々なことに敏感でした。特に自分が女学校の校長なので女性の教育についてはとても厳格で、「女性はこうすべき」という考えを明確に持つと同時に、男にばかり頼るのではなく、女性の自立を促す人でした。そういう部分もハルと重なり、二階堂家のことは、すごく知っているという気分にさせられました。イランと日本、国は離れているけれど、家族関係はとても似ている部分があることを皆さんに分かってもらいたい。欧米人が日本の文化に入ることが難しいかもしれませんが、私たちのようなアジア人は日本の文化には入っていきやすいと思います。
 
 
 
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■由子を演じる中で、私自身が父親についてどう感じているのかも考えた(石橋)

――――由子は、父親の会社で働き、跡取りを欲しがっていることを肌で感じながら、自分の存在を認めてもらいたい複雑な心境を抱えていましたが、彼女の感情をどう捉えて演じましたか?
石橋:幼い頃に両親が離婚し、父親が息子を欲しているのを見ている由子は、本当に自分を見てほしいという気持ちが強いだろうし、逆に自分に自信がない部分もあると思います。絶対に消えない孤独感はあっても、由子は諦めず、なんども父とぶつかります。婿養子を受け入れれば丸く収まることも、「皆が幸せになるかどうか分からない」と自分も含めて、皆がそれぞれ幸せになることを諦めずに訴えている人です。その前向きさや強さを表現するのが難しかったです。由子を演じる中で、私自身が父親についてどう感じているのかも考えなければならなかった。それを考える機会になったのはいい経験になりました。
 
――――由子が彼氏の家で一人ダンスを踊るシーンは、この映画の中でもかなり雰囲気が変わりますが、どんな狙いで取り入れたのですか?
アイダ:伝統的な旧家の二階堂家ではなく、一般的なマンションの一室である彼氏の部屋にたった一人、由子がいる。そこは由子が自由になれる場所で、英語の歌をかけ、思うがままに踊っています。そこで若さや喜びを表現しますが、それは長くは続きません。その間も由子は父親の辰也や家族のことを考えているからです。由子はこれからとても重要で難しい選択を迫られます。辰也も同じように重要な選択に迫られている。自分の好きな人のことを思いながら、自分が犠牲にしなくてはならないことについても感じている。二人ともがそれに対するジレンマを抱えていることを並行して見せています。
 

■辰也は、悩みから学ぶべきことが多い人生を送っている(加藤)

――――辰也も娘との葛藤だけでなく。実質の権力者である母、ハルとの葛藤があります。
加藤:辰也もハルに反抗しますが、それは相手がいるからできることで、いなくなると、はたと娘との関係や自分の運命について考えます。生まれたくて(二階堂家に)生まれたわけではないけれど、それは定めであり、そういう家に生まれなければ悩むこともない代わりに、学ぶこともない薄っぺらい人生になってしまう。辰也は学ぶべきことが多い人生を送っているのです。アイダ監督と(監督のパートナーでもある)アーサランさんの書いた脚本は非常に深い。例えば、外国の監督がお雛様を扱うときは「モノ」として扱いますが、アイダ監督はお雛様の意味を掘り下げ、歴史を学んだ上でお雛様を物語に取り入れています。日本の監督たちはなぜこの映画が日本映画っぽく見えたかを、考えるべきです。見かけが日本っぽいのではなく、日本の精神性を映画で撮った。そこが映画を作る時に大事なことです。
 
 
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■他のイラン人監督が持っていない特別な体験をし、新しい自分が生まれた(アイダ)

 アイダとの映画づくりで学んだ体験を若い監督や俳優たちに伝えて行きたい(加藤)

 役のことに没頭すればいいと思えたのは新しい体験(石橋)

――――最後に、この作品での体験を今後どのように生かしていきたいですか?
アイダ:映画づくりというのは、ただ単に映画を作っているだけではないということを学びました。新しい人に会い、新しい経験を積み、自分の視野を広げる。そんな映画づくりを終えて帰ると、新しい自分、新しいアイダが生まれました。他のイラン人監督が持っていないような特別な体験ができました。みんな西洋には行くのですが、東には行きません。私はアジアが歴史の中心だと思っていますし、文明もここにあります。
加藤:アイダと話し合ったことはとても深いことだったので、今でもどうすれば実現できるかと考えます。日本人が海外の人と演じる時、大げさであることが海外に出れない理由なのだとすれば、どうすればいいのか。言葉の問題もありますし、外国の監督が書いた脚本を日本語に訳す場合の問題点や、日本語の持つ特性などを今でも学術的に勉強しています。できればこの経験を若い監督や俳優たちに伝えていきたい。一方、外国の監督がステレオタイプの日本を撮ろうとした時、なぜそのように撮りたいのか。その理由を聞いて、場合によっては指摘する。そんなこともできれば、海外との合作もより良い作品になるでしょう。これをどう伝えていくのか、実践していくのか。それに尽きますね。
石橋:言葉や文化の違いがあり、日本人だけの現場では起こり得ない問題もたくさん起こりました。本当に大変だけど、その中でラクだと感じる部分もあったのは、留学したときに日本社会の窮屈さから開放されていた感覚に似ています。すごく現場に居やすかったので、役のことに没頭すればいいと思えたのはありがたかったです。アイダ監督と会い、まったく違う方向に広がったので、今後私の中でどうつながっていくのか楽しみです。
(江口由美)
 

『二階堂家物語』(2018年 日本=香港 106分)
監督:アイダ・パナハンデ 脚本:アイダ・パナハンデ、アーサラン・アミリ
エグゼクティブ・プロデューサー:河瀨直美
出演:加藤雅也、石橋静河、町田啓太、田中要次、白川和子、陽月華他
2019年1月25日(金)~全国ロードショー
公式サイト⇒https://ldhpictures.co.jp/movie/nikaido-ke-monogatari/
(C) 2018 “二階堂家物語” LDH JAPAN, Emperor Film Production Company Limited,Nara International Film Festival

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「理想だけではなく、残酷なもの、複雑なものをそのまま表現したかった」
『夜明け』広瀬奈々子監督インタビュー
 
是枝裕和監督と西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」で監督助手を務めてきた広瀬奈々子監督の長編デビュー作、『夜明け』が2019年1月18日(金)より全国ロードショーされる。
 
川辺に倒れていた身元不詳の若い男と、彼を助け、自宅に招き入れて自身が経営する木工所での仕事も与えた初老の男。疑似家族のような関係を見せながらも、それぞれの持つ過去が露わになるにつれ、二人の関係にひずみが生じていく。シンイチと名乗る謎めいた若い男を演じるのは柳楽優弥。その佇まいや目の表情で、危ういシンイチの心境がどう動くのかと最後まで観る者を惹きつける。シンイチを亡き息子に重ね、家族のように迎え入れる哲郎を小林薫が演じ、再婚予定の相手のことも上の空で、シンイチに過剰な期待を寄せる男の危うさを見事に表現。サスペンスの色合いも滲む、重厚なヒューマンドラマだ。
 
オリジナル脚本でデビューを果たし、第19回東京フィルメックスコンペティション部門スペシャル・メンションを受賞した広瀬奈々子監督に、お話を伺った。
 

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■是枝作品の企画から編集まで立ち会い、手伝いながら「口出しする」監督助手時代。

――――広瀬監督は、2014年に是枝監督や西川監督が立ち上げた制作者集団「分福」から長編デビューする初めての監督でもありますが、実際にどのようなプロセスや教育を経て、監督デビューに至ったのですか?
広瀬:まず監督助手というポジションにつき、是枝作品の企画から編集まで、ずっとそばで立ち会い、お手伝いをしつつ口出しをするのが一番の任務でした。口出しするということは現場を止めてしまうことになるので、最初は本当にできなかったです。助監督は現場では進めていく立場で、いわばアクセル的存在。一方、監督助手はブレーキ的存在なので、意見を言うと周りはザワつきますし、今は言うなという圧力も感じていました。
 
――――徹底的な現場教育ですね。気づきも必要ですし、それを現場にフィードバックさせるのはまさに監督の仕事です。でも、相当言いづらかったのは想像できます。
広瀬:それでも言い続けて採用されるようになるとうれしいですし、今では「是枝さんのあの作品、このシーンは私のものだ」と密かに思っています(笑)。もっと慣れてくると、是枝さんを通して演出を試したり、そういう現場体験を3年間やりました。ただし、3年で卒業なので、そこからは分福に所属していても、自分で仕事を作らなければ仕事はこない。だからプレッシャーはありましたし、監督助手時代からプロットや企画は10本以上出していました。『海街diary』の撮影助手の方がカメラマンデビューされた短編WebCM(6分)の監督をし、その作品を見た是枝さんに、「もう長編を撮ったほうがいいね」と言われたことが長編監督デビューのきっかけになりました。
 
 

■オリジナル脚本は、自立できない時期の自分の不甲斐なさやプレッシャーがベースに。

――――オリジナル脚本で初監督作と恵まれている一方、大変な部分も多々あったと思いますが、脚本のアイデアはどこから来たのですか?
広瀬:私は2011年に大学を卒業したのですが、漠然と演出をしたいと思っていたので、(分福に所属する以前は)就職せずに日々アルバイトをしてひたすら稼ぐ毎日でした。世の中に対してどう関わったらいいのか分からない、社会に対して自分の考え方をどう示していいのか分からない悶々とした時期でした。そういう自立できない時期の自分の不甲斐なさや、プレッシャー、モヤモヤしたものをベースにキャラクターを作ってみようと思ったのがきっかけです。
 
――――シンイチや哲郎、木工所の従業員など、男性のキャストが多いですが、男の不器用さを含め、皆、自然に描かれていて、男心が分かっているなと思いました。最初から主人公は男性と決めていたのですか?
広瀬:私は企画やプロットを書く時、なぜか男性になってしまいます。色々意識せず、自然に書けるのです。誰でも男性的な脳と女性的な脳があると思うので、私の場合は書くときに男性的な脳が働くのかもしれません。分からない部分は役者さんが補ってくれるので、そこは信頼してお任せしました。うまく感情表現できない人間が好きなので、そういうどうしようもない部分を描いてみました。
 
 

■柳楽さんをシンイチ役に想定したら、ただ受け身なだけの主人公が動き出した。

――――脚本執筆中、物語が哲郎寄りになりすぎていることがあったそうですね。
広瀬:そうなんです。やはり20代の時のことを思い出そうとしても、もう30代になってしまったので、哲郎寄りになってきてしまって。できるだけ若々しいキャラクターを書きたかったので、シンイチの部分を書く時に自分の中で補いきれない部分があれば、柳楽さんや、他の人を想像しながら書きました。
 
――――柳楽さんの名前が出ましたが、キャスティングはどの段階でされたのですか?
広瀬:最初に哲郎役の小林薫さんにオファーさせていただきました。その時点で哲郎の方が立体的になってきたのでしょう。シンイチのキャスティングを決めかねていた時に柳楽さんの名前があがり、いいだろうなと思ってはいたけれど、是枝監督が見出した人なので自分の中で少し抵抗する部分があったんです。でも、柳楽さんがシンイチ役になればどうだろうと思って書くと、ただ受け身なだけの主人公が、受けてからもがくというか、一歩遅れてから反応するようになってきてキャラクターが動き出しました。柳楽さんのエネルギーがあると、全然違うことが見える。これは柳楽さんにオファーするしかないと腹をくくりました。
 

 

■大好きな小林薫さんへのオファー、「共感できるわけではないけど、だからこそ面白い」

――――脚本が未完成の段階で、相手役も分からず最初にオファーを受けてくれた小林さんの心意気を感じます。
広瀬:今思えば恥ずかしいぐらいですが、全然脚本が固まっていない時にオファーし他にも関わらず、やって見たいとおっしゃって下さいました。「(哲郎は)共感できるわけではないけど、だからこそ面白い」と。昔から映画やドラマで小林さんの演技は拝見していましたし、森田芳光監督の作品とか、おちゃらけた軽やかな役から、ずしりとした役までできる役者さんで、本当に大好きです。撮影中は、現場でも小物に至るまでいろいろなアイデアを出してくださいましたし、スタッフにも分け隔てなく話しかけてくれ、とてもいい雰囲気を作ってくださいました。若い人との映画作りを楽しんでいらっしゃいましたね。
 
――――柳楽さんを想定すると、シンイチ像が立体的になったとのことですが、その柳楽さんへのオファーを躊躇したのは、是枝監督への遠慮があったからですか?
広瀬:柳楽さんは是枝さんが産み出した才能であることは間違いないので、そういう方を自分のデビュー作に迎えると、必ずそういう是枝印のようなものが付いてしまいます。またそういう柳楽さんへ演出することへのプレッシャーもありました。私の中で、是枝さんから離れられないように見えることへの抵抗があったんです。
 
 
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■理想だけではなく、残酷なもの、複雑なものをそのまま表現することに挑戦。

――――その葛藤を乗り越えて柳楽さんへオファーした結果、是枝監督作品では逆に見られないような、柳楽さん世代が抱える身の置き所のなさとか、焦燥感、そして頑張りきれない主人公の人間臭さが見事に表現されています。
広瀬:理想だけではなく、残酷なものは残酷なまま、複雑なものは複雑なまま表現することに挑戦しました。(敢えてわかりやすさを嫌うのは)青臭いことかもしれませんが、一作目なのでそこはひよらず、自分がダサいと思うことは素直にやらない。そう思って作りました。 
 
――――なるほど。自分の思いをしっかり反映させた脚本、そして作品になった訳ですね。
広瀬:ここまで複雑な感情の行き来がある作品になると、正直思っていなかったです。柳楽さんのおかげもありますが、自分が思っている以上に複雑な内面を抱えたキャラクターになりました。現場で柳楽さんは「(シンイチの表現が)分からない」とよくおっしゃっていましたが、分からないなりに監督の私を信じて、シンイチとしてそこにいてくれたのがありがたかったです。
 

 

■現場で、柳楽さんのなんとも言えない表情にハッとすることが何度もあった。

――――本当にセリフが少ない中、相手との関係の中で、微妙な心の動きを表現する柳楽さんから目が離せなかったです。
広瀬:現場でも柳楽さんがなんとも言えない表情をよくされていて、ハッとすることが何度もありました。ずっと色々なことに否定的なキャラクターでいながら、とても意思の強い目をしていたり、控え目なようで割と図太い部分がある。そういう両面性がすごく出ていて、見方を変えればシンイチが全然違うキャラクターに見えてくるのが、すごく不思議でした。私自身も、見るたびにシンイチの見え方が変わるんです。取材を受けている自分自身も色々な人の意見を聞かせていただく中で受け止め方が変わったり、そういう変化がとても楽しいです。
 
 

■シンイチにも、哲郎にもエゴと残酷さがある。

――――そんなシンイチの面倒をみることになる哲郎も、赤の他人でありながら、亡くなった息子を重ね、親身になって面倒を見る様子が、最初は微笑ましく描かれます。一方、期待が膨らみすぎる危うさもまた、哲郎の未熟な部分を露わにしていますね。
広瀬:最初の顔合わせの時に、小林さんが恋愛に例えて、「哲郎はどこでシンイチのことを好きになるのか」と言われ、意外なアプローチに驚きました。実際、哲郎の狂気ぶりをかなり表現したつもりでいたのですが、哲郎と同世代の方はその狂気さにはあまり気づかない。それも今回、映画を観ていただいて気づいた部分です。シンイチにも哲郎にもエゴと残酷さがあります。シンイチに共感して見ていると、シンイチのエゴには気づかないし、哲郎目線で見ると、哲郎のエゴには気づかない。そんな双方の依存についての物語でもあります。
 
 

■舞台となる木工所は、自分のやりたいことができない期間こそ大事な世界。

――――哲郎が経営している木工所は、典型的な後継者不足の現場であり、家内工業的な親密さの象徴のようにも見えましたが、最初から舞台に想定していたのですか?
広瀬:温もりのあるものを扱いつつ、縦社会がきちんとあるような厳しいコミュニティという視点で、最初の段階から木工所を思い描いていました。実際に木工所をいくつか取材させていただくと、見習いの最初2年はカンナの刃を研ぐだけという厳しい世界だそうです。自分のやりたいことができない期間こそ大事な世界なのだと分かりました。大手家具量販店が出てくる中、衰退し、跡取り難に悩む世界だからこそ、経歴にこだわらず、どんな人でも積極的に採用します。そうして採用した社員を可愛がる情に厚い親方も多く、参考になりました。
 
――――シンイチが机の納品先で、店長からバイト店員へのパワハラを目撃するシーンなど、シンイチの過去を想起させるエピソードが非常に効果的ですね。
広瀬:東京でのシーンをいくらでも作ることはできますが、いかに回想シーンを使わずに、シンイチの親子関係や、社会に出るまでの生活をシーンの中から表出させるか。そこにはこだわりました。
 
――――釜山国際映画祭でワールドプレミア、東京フィルメックスで国内初上映(スペシャルメンション受賞)と、二つの映画祭を経てのロードショーとなりますが、それぞれの映画祭に参加した時の感想や反響は?
広瀬:釜山は街自体が映画を歓迎してくれるような温かい雰囲気で、街を歩いていても「映画を見たよ」と声をかけられました。基本的に観客は20代ぐらいの若い方が多く、皆さんとても熱心に見てくださいました。主人公が精神的にとても危ういので「この動作は死を暗示しているのか」とか、こちらがなるほどと思うようなことを聞いてくださいました。東京フィルメックスは、本当にコアな映画ファンが多く、映画祭の色が濃いと感じましたし、中には見終わってすぐに出て行ってしまう方もいて、ちゃんと賛否両論あるということを実感できる場でもありました。
 
 

■暗闇を歩き続けていても、いつかは「夜明け」が来る。

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――――最後に、夜明けで始まる映画ですが、『夜明け』というタイトルに込めた思いは?
広瀬:夜の中を歩いているような映画ですが、暗闇を歩き続けていても、いつかは夜明けがくる。そんな日が来ることを祈って、このタイトルをつけました。私はダルデンヌ兄弟作品が好きなのですが、安易にわかった気にさせないし、最後まで見たら、また最初から見たくなります。そんな映画をこれからも作っていきたいです。
(江口由美)
 
 
 
 
 
 
 
 

<作品情報>
『夜明け』(2018年 日本 113分)
監督・脚本:広瀬奈々子
出演:柳楽優弥、小林薫、YOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子他
2019年1月18日(金)~新宿ピカデリー、シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX尼崎、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国ロードショー
公式サイト⇒https://yoake-movie.com/
(C) 2019「夜明け」製作委員会
 

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津軽三味線奏者、高橋竹山を通して見える日本の地方と音楽の在りよう
『津軽のカマリ』大西功一監督インタビュー
 
明治末期に生まれ、幼少期に視力を失い、三味線を弾き門付けをしながら生きてきた初代 高橋竹山。後に津軽三味線の名人と呼ばれ、数多くの津軽民謡を編曲し、独奏者としてその名を残した竹山の人生とその演奏が蘇るドキュメンタリー映画『津軽のカマリ』が、2019年1月11日(金)よりシネ・リーブル梅田、1月12日(土)より京都シネマ、今冬元町映画館ほか全国順次公開される。
 
監督は前作『スケッチ・オブ・ミャーク』で宮古島の「古謡」や「神歌」、御嶽(うたぎ)での神事に密着した大西功一監督。竹山の素晴らしい演奏やその苦節の人生を体感できるだけでなく、沖縄、滋賀とロケを敢行し、普遍的な音楽、土地の歴史を追求する壮大な作品に仕上がっている。大西功一監督に、お話を伺った。
 

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■学生時代から興味を持っていた高橋竹山を通して、津軽のカマリ(匂い)を描く

――――いつ頃から、津軽三味線の第一人者である高橋竹山さんに注目していたのですか?
大西:学生時代にテレビ等多くで取り上げられていたこともあり、竹山さんのことは知っていましたし、興味を持っていました。病気のせいで盲目となり、何もしなければ飢えてしまうような状況の中、音楽で食べていくという時代ではなかった(大正〜昭和初期)にも関わらず、なんとか津軽三味線を弾いて生きるしか、竹山には道はなかった。そこから昔の日本の風景が見えてきます。僕達が生まれた頃には音楽産業が既に出来上がっていたので、お金を出して音楽を聞くことが当たり前になっていますが、元々音楽はそうではなかった。そういう元々の日本の地方の在りよう、音楽の在りようが、竹山を通して見えてきました。
 
――――前作の『スケッチ・オブ・ミャーク』では、宮古島での「古謡」や「神歌」、女性が中心となって執り行う御嶽(うたぎ)での神事に密着していました。今回はぐっと北上しましたね。
大西:98年に鈍行列車で東北各地を廻ったのですが、北上した津軽半島の十三湖の風景や、湖と海とが繋がる境界に架けられた橋から流氷の大群、そして無数の地蔵の姿を見た時、東北への想像を遥かに超える巨大な悲しみをたたえた風景やその絶叫を聞き、いつかは津軽を題材に映画を撮りたいと思いました。
時が経ち、『スケッチ・オブ・ミャーク』公開後に次回作のことを考え、津軽を再訪しました。僕の知り合いが竹山と同じ平内町出身というご縁で、初代・高橋竹山の弟子達が作った竹伸会の民謡教室を見学させていただいた時、竹山の直弟子、八戸竹清さんや、竹山の孫、哲子さんとの出会いがありました。また、僕はイタコ(東北北部で口寄せを行う巫女)が唱える呪文や歌のように聞こえる音が歌の原点のように思え、自分にとって大事なものとして、その音源を所有して聞いていることを話すと、哲子さんが「私のおばあちゃんがイタコだった」とおっしゃって。翌日お宅にお邪魔させていただき、竹山の奥様、ナヨさんが使った道具を見せてもらったり、祭文が入ったカセットテープを聞かせていただきました。本編でもたくさんその声が入っています。また、十三湖を再訪すると、流氷はなかったものの、同じ土地の空気感を思い出しました。旅行を終え、東京に帰った時に、竹山を中心にして津軽を描けばいいのではないか。竹山の原体験を描くことで、津軽を描くことにもなりますし、縦の歴史にも繋がっていく。僕が映画で映し出そうとしたことが津軽のカマリ(匂い)だし、竹山が音で表そうとしたのも津軽のカマリですから。
 
 
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■竹山自身が「津軽のカマリ」を超えて、宇宙のような普遍の領域まで到達している

――――私は本作で初めて高橋竹山さんの三味線演奏を聞いたのですが、非常に軽やかで小気味好く、感動しました。大西監督が感じる竹山さんの三味線の魅力とは?
大西:ブラジル民謡とか沖縄の音楽は、根底には悲しみがあるものの、すごくカラッとして洗練されている感じがするのですが、竹山の三味線もそうですよね。竹山の生い立ちを聞いて、ブルース的なものを想像していると少しズレを感じると思うのですが、そのカラッとした感じがいい。後は、竹山自身が津軽のカマリを超えて、世界に通じる人間の本質や生命、ひょっとしたら宇宙のような普遍の領域まで到達している感じがします。
 
――――今回、高橋竹山さんの色々な音源や映像が盛り込まれていますが、どのようにそれらを選択し、編集していったのですか?
大西:竹山は有名でしたし、テレビでも度々紹介されていたので、アーカイヴがあることには安心していました。今回は青森放送に多くをご協力いただいています。加えて、渋谷ジァンジァンという小劇場が作っていた竹山のビデオ映像を採用しています。晩年のものはドキュメンタリー映画『烈 ~津軽三味線師・高橋竹山~』の映像をお借りしました。
竹山が最後に三味線を手にしたという夜越山温泉の映像は、施設のスタッフが撮影したホームビデオです。
 
――――最後の温泉での演奏は、生涯を津軽三味線と共に生きた竹山の生き様が生々しく伝わってきました。厳しい自然と対峙してきた津軽の人々の歴史にも触れていますね。
大西:米作がメインだったので、豊作の時は米を高値で取引でき、人々も豊かだったそうですが、冷害が多いのでその時は大変だったと思います。労働歌も昔は今みたいに音楽を再生する装置がないので、単純作業をしている時に自分で歌いながら作業をした方が、気がまぎれる。そんな中にどんどん歌が生まれてくるし、替え歌も生まれてくる。姑や夫の文句の替え歌も、きっとあったと思いますよ(笑)。
 

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■民謡の歌い手より格下だった三味線弾きが、独奏でレコードデビューするまで

――――確かにそれは気が紛れます(笑)竹山さんは、元々歌の伴奏者で、後に今でいうインスト奏者として独立されたのですね。
大西:最初、師匠の戸田重次郎から基本の独奏を3曲教わっています。歌のある曲のメロディーを三味線で弾く曲弾きと呼ばれるもので、当時は津軽民謡もその3曲ぐらいしかなかった。しかもほとんどは歌が聞きたいので、三味線の独奏を求められることは滅多になかったのです。
当時、津軽民謡の大御所、成田雲竹は青森の方々に出向いて土着の歌を収集し、竹山に伴奏をつけさせました。それで今、津軽民謡がたくさん残っている訳です。竹山自身が編曲しましたから、それを曲弾き(独奏)できるのは自然なことです。
その後、キングレコードの斉藤幸二氏が成田雲竹の伴奏で弾いている竹山の三味線に興味を示し、雲竹を通して竹山と出会います。当時は民謡の歌い手と三味線弾きとはギャラも一桁違い、三味線弾きは見下されていました。でも竹山は三味線だけの演奏を披露することをどうも狙っていたようで、その後キングレコードから「津軽三味線高橋竹山」を53歳で発売し、7万枚のヒットを記録しました。そこから労音から声がかかります。それまではクラッシックを中心に聞く会でしたが、民謡を聞く会を開き、そこで初めて聴衆の前で津軽三味線の独奏を披露して、竹山は大喝采を浴びるのです。
 
――――まさに日本のフュージョン音楽のはしりのような存在ですね。本作では津軽三味線を作るところにもスポットを当て、蚕の糸から弦を作るということで滋賀県でもロケを行っているのも興味深かったです。
大西:これも偶然の出会いだったのですが、『スケッチ・オブ・ミャーク』の上映会をした時に、主催者である陶芸家の友人が近くに三味線の弦を製造する工房があると教えてくれたのです。今はほとんどが化学繊維の糸を弦に使用しており、蚕の糸を使って弦を作る工房は日本では2箇所だけしか残っていないと。7月に行けば、蚕を仕入れるので製造工程を見ることができると教えていただき、撮影しに行きました。竹山も三味線の弦を作ってもらっていたそうです。
 
 
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■沖縄、津軽「土地の慰霊」に繋げたい

――――18歳で既に60代だった竹山に弟子入りし、竹山が亡くなる前年に襲名した二代目高橋竹山さんも本作に登場し、師匠の思いを辿る旅をしています。この旅での狙いは?
大西:竹山は沖縄でひめゆりの塔にも立ち寄り、ステージでは絶句して涙したと本に書かれています。今回、二代目と一緒に沖縄をなぞり、また二代目も久しぶりに沖縄でライブを行いました。もう一つ、東北で飢饉凶作のことを描いていますが、土地の慰霊に繋げたいという気持ちがあります。沖縄のシーンもその意味を込めています。沖縄戦の哀しい事実があると同時に、内地の人も沖縄で戦い亡くなっている。そういうことも伝えたかったのです。
 
――――初代の記憶を辿る旅から、最後は襲名後初となる青森市のライブに結実していきますが、二代目と共に旅をした大西監督から見て、彼女の中にどんな変化を感じましたか?
大西:ライブが俄然良くなったと思っています。沖縄のライブも良かったですし、その後の青森初のライブももっと良くなっていました。今はいい意味で力が抜け、歌声も落ち着きが出ましたね。やはり華があります。
 
――――竹山に話を戻すと、竹山は日本全国を廻りながらも、最後まで津軽を拠点にして活動し続けました。これも竹山らしさを感じる部分だと思うのですが。
大西:戦後に大民謡ブームが起こり、やはり東京で仕事が多いものですから、津軽から腕利きの三味線弾きや民謡の歌い手がみんな東京に流れてしまった。だから青森放送の民謡番組の伴奏は竹山が一人で何時間も伴奏し続けていたそうです。奥様がイタコだったので青森を離れることができないという事情もあったと思いますが。
 
 
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■音楽と喋ることとの境界線は?音楽を掘り下げるうちに本質的なことに到達

――――この作品を見ていると、日本の音楽史を紐解いているようにも見えます。
大西:音楽と喋ることとの境界線って曖昧ではないかと僕は思うんですよ。お経だっていわば歌ですし。鳥の鳴き声も歌以外の何者でもないと捉えています。
 
――――大西監督はかなり若い頃から、普通にレコードで聞くような音楽以外の音も、音楽と捉えていたのですか?
大西:20代後半ぐらいからでしょうか。ロックの歌詞に照らし合わせて、自分自身や社会のことを考えたり、ロックの音自体に現代を生きることの苦しい感覚が重なったり。でもだんだんとロック自体が機能しなくなってきた時代があり、その時に音楽とは、歌とは何だろうと考え始めたのです。そこから『スケッチ・オブ・ミャーク』や竹山に繋がって行きました。もっと本質的なことを見ていかなければいけないと。
 
――――自分が生まれた時代に既にあった音楽から、もっともっと遡る必要があった訳ですね。
大西:それは音楽だけの問題ではなく、社会や生きること、食べることと繋がっていくのです。僕が今、函館で住んでいるのも、食のことを手がけたかったからなのです。
 
――――食に関心を持つようになったのはいつ頃からですか?
大西:『スケッチ・オブ・ミャーク』にて、宮古島で儀式の継承が危機である事実を知り、僕なりに撮りながらどうするべきかを考えさせられました。彼女たちがやっているのは五穀豊穣や安産祈願など生活の中の切実な願いに対する祈りなのですが、五穀豊穣と言いながらも今はほとんど穀物を作っておらず、サトウキビに偏っていて、スーパーでは島外から輸送された食物が季節を問わず豊富に陳列されている。一方儀式のためにクジで選ばれた女性の司たちは、厳格な所では年間100日ほどの務めがあり、辞退する人も出てくる訳です。例えば粟の豊作祈願をする場合にも、その時神様に奉納するミキ(発酵飲料)を作るのですが、その材料となる粟の大部分を輸入物に頼っている。そこまでして豊作祈願をしなければいけないのか。ご先祖が続けてきたことをすることによって、ご先祖や神様と繋がるという普遍的な部分は明らかにあるのですが、そもそも何のためのお願いだったのかという点が抜け落ちていることに気付いたのです。選ばれる司の女性が大変な思いをしているのなら、収穫してもいない豊作祈願を行うことを見直し、負担を減らして続ける方法はないのか。僕は撮影中そういう思いを抱いていました。
 
 
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■五穀を取り戻す運動から、本当の意味でのいきた神歌が継承できると確信

――――現代において、食や祈りを考え直すきっかけは、そこにあったのですね。
大西:その後映画を作り終わって2ヶ月後に東日本大震災が起こり、スーパーマーケットから食べ物が一時的ですがなくなり、その時はショックでした。これが長期化するとマズイことになると思った時に宮古島の状況に思いを馳せると、災害時に島民の命を守る五穀が、ここまでなくなってしまったこと自体が問題であることに気付いたのです。五穀豊穣祈願を見直し、削った方がいいと思ったけれど、時間をかけてでもプランを立てて、命を繋げるだけのもの、五穀を取り戻す運動をしていけば、本当の意味での神事も継承され、また本当の意味での生きた神歌が歌われるだろうと分かりました。
 
今は一般の人と、作物を作る人との間を繋ぐような役割が必要であると感じ、一軒家でレストラン(café&market「プランタール」)を経営しています。菜園を作り、そこで作った野菜や近隣の提携農家から届いた野菜を使ったお料理を提供しています。直売もやっていますし、ゆくゆくは家庭菜園を普及させていきたいと思っています。高齢化社会の中、シニア世代が作った野菜をお互いに分けあうことで、地域コミュニティも活性化しますし、先細りしていく年金頼りで、若い人たちのお荷物になってしまうような高齢化の構造を逆転できる。音楽の原点を見つめていくうちに、自ずと人間の原点に到達したという思いがあります。種を植えてから実り、またその種を植えてそれが芽を出すまでを見ていると、絶対の真実がそこにありますから。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『津軽のカマリ』(2018年 日本 104分) 
監督・製作・撮影・編集: 大西功一(『スケッチ・オブ・ミャーク』)
出演:初代 高橋竹山、二代目 高橋竹山、高橋哲子、西川洋子他
2019年1月11日(金)~シネ・リーブル梅田、1月12日(土)京都シネマ、今冬〜元町映画館ほか全国順次公開
公式サイト⇒ http://tsugaru-kamari.com/   (C) 2018 Koichi Onishi

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『この道』試写会プレゼント!

 
■提供:HGH BROW CINEMA
■日時:12月11日(火)18:00開場/18:30開映
    (上映時間1時間45分)
■会場:朝日生命ホール

  (大阪市中央区高麗橋4-2-16
■プレゼント人数: 5組 10名様
■締切日: 2018年 12月4日(火)
公式サイト: https://konomichi-movie.jp/

2019年1月11日(金)~TOHOシネマズ梅田 他にて全国ロードショー!


 

稀代の詩人・北原白秋とエリート音楽家・山田耕筰の出会いが、

100年歌い継がれる童謡を生んだ。

 

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自由奔放な天才詩人・北原白秋と、西洋音楽を日本に導入した秀才音楽家・山田耕筰 。この二人の友情から日本の「歌」が生まれた。もし彼らが居なかったら、日本の音楽シーンは全く違っていたかもしれない。童謡誕生100年の今年、白秋の波乱に満ちた半生を、耕筰との友情とともに、笑い涙で描き出す映画『この道』。今、日本歌謡誕生の瞬間に立ち会うことができる。

 

日本の子供たちの心を表す新しい童話や童謡を作りだそうと、文学者・鈴木三重吉は「赤い鳥」を1918年に創刊した。童謡もこの児童文芸誌の誕生とともに生まれたことになる。白秋と耕筰もここを舞台に名曲「からたちの花」や「この道」などを発表した。それまで、日本の子どもたちの歌は、各地に伝承されてきた「わらべ歌」か、ドイツから入ったメロディーに日本語の歌詞を乗せた「ドイツ童謡」しかなかった。日本人による日本人のための新しい歌が、白秋・耕筰コンビによって生まれたのだ。
 


■監督:佐々部 清 脚本:坂口理子 音楽:和田 薫
出演:大森南朋 AKIRA 貫地谷しほり 松本若菜 小島藤子 由紀さおり 安田祥子・津田寛治 升 毅 柳沢慎吾 羽田美智子 松重 豊
主題歌:「この道」EXILE ATSUSHI
©2019映画「この道」製作委員会
公式サイト: https://konomichi-movie.jp/

2019年1月11日(金)~TOHOシネマズ梅田 他にて全国ロードショー!


(プレスリリースより)

 

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『銃』ナイーブさと瞬発力を併せ持つ村上虹郎インタビュー

(2018年11月9日(金)大阪にて)



~内に秘めた何かが惹きつける…村上虹郎の魅力に迫る~

 

『2つ目の窓』(河瀨直美監督)、『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)、『武曲MUKOKU』(熊切和嘉監督)と、デビュー以来個性的な監督とのコラボが続いている村上虹郎。今回は、『悪と仮面のルール』『去年の冬、きみと別れ』と次々と映画化されている小説家・中村文則のデビュー作「銃」の映画化作品に主演。監督は、『百円の恋』の武正晴監督。俳優の未知数の力量を具現化させることに長けた監督の手にかかり、銃を所持することで精神的にも肉体的にも大胆になっていく青年の姿を繊細に描出。青年期の埋められない心の隙間に漂う危うさを、ナイーブさと瞬発力を併せ持つ村上虹郎の特徴をもって浮き彫りにした衝撃作である。


juu-550.jpg日本映画はそれぞれの時代を象徴するような青春像を映してきたが、今ここに村上虹郎による現代社会を映し出す新たな青春像がスクリーンに刻まれる。丁度20歳の等身大のトオルを演じた村上虹郎が、主人公トオルの人物像や自分との相違点、さらに共演者について語ってくれた。中でも、本作で重要な役どころを演じている実父・村上淳について語るあたりは、親子関係の意外な本音が出て、とても興味深い。


以下、インタビューの詳細です。



――今回の役は精神的にも肉体的にもハードな役でしたが、台本を最初に読んだ印象は?

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あまり原作を読まないタイプですが、今回は待ちきれずに読んでしまいました。原作では一人称で書かれていますが、完全に主観というよりトオルという人物を設定して客観視できるように映像化されている点はとても面白いなと思いました。

脚本に関しては、原作者の中村さんがとても大事にされている作品なので、武監督と中村さんで細かく協議しながら書かれていました。中村さん自ら「映画としてカタルシスを創った方がいいのでは?」と仰って追加されたシーンもあります。そのお陰で秀逸な場面を創り出すことができて、とてもありがたいと思いました。


――今回は原作を読んでから脚本を読まれたそうですが、今までと違った点は?

基本的には脚本をメインに演じています。武監督と中村さんは同郷であったり、原作を書いた時に住んでいた所も近かったりとリンクすることが多いので、そんな武監督が本作を撮った意味は大きいと思います。現場には武監督がイメージするトオルと僕が演じるトオルがいたのですが、大きな演出はありませんでしたが、トオルの言動について二人で擦り合わせることは多かったです。


――銃を持つことで変化していく心理面をどのように演じたのですか?

本作に関しては比較的真っ直ぐに演じました。なるべく忠実に、必要な情報をインプットして、原作からも取り入れたり、自分で考え演じました。今回家の中のシーンが多く、二日前からトオルのアパートに住んで、部屋の中のトオルの動線を考えました。お風呂がなかったので、銭湯に通い、サウナに入ってニコチンとカフェインを抜いていました。


juu-500-2.jpg――今回タバコを吸うシーンが多かったのですが、まだ幼い感じがしました。今回の役の自分との相違点は?

僕とトオルは全く違います。この役をやることになって、「ぴったりだと!」とよく言われましたが、「複雑だな~」と(笑)。僕の場合は両親がいて、ちゃんとぶつかって生きてきたのに、トオルの場合は両親がいない、養父母に対しても嘘をつくし、実の父親に会ってもあのような態度をとります。それはそうせざるを得なかった彼の衝動であり、器の小ささだと思いました。

僕の場合もダサい自分から逃げていた時期がありました。親(村上淳)がカッコいいから、それに反抗するにはダサくせざるを得なかったのです。ブランドものではなくファストファッションを着たいとか。それは反抗でもあり逃げでもある。その感覚はトオルにも通じるものがあったのではないかと考えています。

僕の世代はそこそこ賢くないと生き辛い。親のプレッシャーや社会のルールとの板挟みなど、本人のせいではなく環境のせいかも知れない、そうした迷いと不安が自分の中にも混在していると感じることはあります。


――社会性を持った作品の象徴的なキャラクターを演じておられましたが、青年期に入る頃の危うさを意識した?

そうした危うさについてよく書かれますが、真っ直ぐに生きようとすればそう映るのは自然なことで、敢えて意識はしていません。僕は成長が遅いタイプで、身長や骨格も変声期も歯の生え変わりも同世代の人より遅かったです。でも、それはある意味、他の人が表現できない部分を持っている強みでもあると思っています。


――『武曲MUKOKU』での瞬発力が強烈に印象に残っているので、この役にぴったりと言われる所以なのでは?

今回の『銃』に出演できて本当に光栄に思っております。僕としてはひとつの完璧な『銃』を作ったつもりですが、いろんな『銃』があってもいいのではと思っています


――銃を猫や女性に向ける時の半端ないビビり方が映像としても面白かったが?

銃と刀の違うところは、人を殺す覚悟が違うことです。撃つ時も、正面からと後ろからでは違うし、正面からだと怖くてとても撃てない。でも、刀は強い殺意がないと殺せないけど、銃は人に対して距離感があるので簡単な武器だと思います。


――デビュー作でも共演されている実父・村上淳さんについて?

僕から見る父親はさほど変わっていません。むしろ父親の方が、僕が素人から俳優として変化しているので大きく変わったと思います。芝居に関するアドバイスはありませんが、その人がどういう覚悟を持っている人なのか、どんな人と付き合っているのか、人としてのアドバイスはあります。


――村上淳さんは吹っ切れたような役を演じることが多いですね?

最近はオッサンにはまってますよ。一時期お腹を出していた時期があって、「どうしたの?」と訊くと、「やっぱ40代はこうだろう!」と言っていましたが、カッコ悪いと思ったのか、すぐに止めました(笑)。


――今回共演されて、撮影後に何かお話をされたのですか?

1日で撮ったシーンだったので、別に話しはしませんでした。ただ、能動的なカメラの前の立ち位置やタッフに対する態度についてとかは聞いています。


juu-500-1.jpg――リリー・フランキーさんとの共演は?

リリーさんは掴みどころのないあのままの方。「安心できない安心感がある」というか、リリーさんはリリーさんとしてそこにいる。


――お二人のシーンは繊細で緊張感があったが?

それは気持ちの悪い刑事をリリーさんが演じて下さったお陰です。手帳のひもを手繰り寄せたり、タバコも「HOPE」を使ったり、悪魔か天使なのかよくわかりませんでした。リリーさんが演じる刑事はトオルが作り出した幻想のような、父性の塊だったり、こう叱って欲しいと思ったり、自分を追い詰めますが、救いを求めているような不思議な存在でしたね。


――オフの時には映画を観に行ったりしますか?

はい、よく行きます。最近では『華氏119』や『ヴェノム』を観ました。『止められるか、俺たちを』を観に行こうとしたら、トークショー付きで立ち見だったので止めて、『ここは退屈、迎えに来て』を観に行ったら満席で見ることができませんでした(笑)。


juu-500-3.jpg――女優さんとの絡みは如何でしたか?

広瀬アリスさんは少年漫画が好きで、オタク気質のだということが、今回共演して知りました。華やかさの陰に意外とシャイなところがあって、この役には合っているなと思いました。ラブシーンはアクションだと思っているので、そんなに楽しいものではありません。


――東京国際映画祭での受賞について?

僕の【東京ジェムストーン賞】の新人賞より、武監督の【日本スプラッシュ部門】での監督賞の方が作品として認められたようで嬉しかったです。映画祭だけでなく、多くの人に観てほしいと思います。「記憶に残る作品にする」と奥山プロデューサーが言われた通りになればいいなと思っています。
 



次回作のため金髪で現れた村上虹郎、21歳。まだ少年のようなあどけなさが残るものの、俳優として作品にかける思いや人物像の解釈について迷いなく語ってくれた。その姿に、今後どのような役の幅を広げて成長していくのか、彼が創り出す世界観に浸れるのを楽しみにしていきたい。  
 



『銃』

【STORY】
大学生の西川トオルは、ある雨の夜拳銃を拾う。近くで殺人事件が起こり、その拳銃が凶器に使われたようだ。警察に届けることなくそのまま家に持ち帰り、毎夜銃を磨きながらひとり銃に話しかける。ごく平凡な大人しい学生に見えたトオルが、大胆な行動をとるようになり、次第にトオルの秘めていた内面も変化していく。それは、女性との付き合い方も変化していき、さらに過去のトラウマから銃を使って「殺したい」という衝動へとエスカレートしていく。そこに、一人の刑事が現れて秘密を抱えたトオルに揺さぶりを掛けていく……。


((C)吉本興業 2018年 日本 1時間37分 R15+)
・原作:中村文則(「銃」河出書房新社)
・監督・脚本:武 正晴  ・プロデューサー:奥山和由
・出演:村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキー、日南響子、新垣里沙、岡山天音
・公式サイト:http://thegunmovie.official-movie.com/

2018年11月17日(土)~テアトル梅田、シネマート心斎橋、第七藝術劇場、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国ロードショー


(写真・文:河田 真喜子)

 
 

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