春の大阪の風物詩、大阪アジアン映画祭(以下OAFF)が、今年で記念すべき第20回を迎える。2025年3月14日(金)から23日(日)までABCホール、テアトル梅田、Tジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催されるOAFFの暉峻創三プログラミング・ディレクターに今年の見どころや20回の積み重ねについてお話を伺った。
■暉峻氏が感じるOAFFの世界的評価
―――今年でOAFFもいよいよ第20回を迎えますね。
暉峻:本当にあっという間でした。いつも開催が終わったら少し休めるなと思うのですが、全然休めないうちに次の回が来てしまう。この映画祭は自分が創設したものではありませんが、第3回では協力という形で携わり、第4回からプログラミング・ディレクターをしています。当時はピカピカの若者のつもりだったのに、いろんな意味で時の過ぎ去るのは早いですね。
―――暉峻さんが思い描いていたような映画祭に成長したという手応えはありますか?
暉峻:映画祭はお金のかかるイベントなので、相変わらず資金面では苦労し続けています。それを別にすれば、世界的な認知度は大きくアップしていると思います。最初は海外で全く認知されていなかったので、映画祭のことを説明することから交渉を始めなければなりませんでしたが、最近は海外の製作会社側からぜひ出品したいとお話をいただくことが多くなった。それは大きな変化ですね。一方で、ラインナップやウェブサイトを見て、カンヌや釜山国際映画祭(以降BIFF)のような豪華絢爛なイメージを持たれているケースもあり、海外の出品者から「レッドカーペットはいつあるのか?」「主演の大人気スターとカメラクルーを連れてきたいんだけど」という質問や提案を受けることもあるんですよ。
―――なるほど、年々ラインナップも充実してきましたから。
暉峻:プログラミング・ディレクター就任と同時に、告知や資料を全て日英の2ヶ国語表記にしたことで、国際的な中で映画祭を存在させることができるようになったのがOAFFの大きなターニングポイントでした。当時はまだ英語圏の書き手がスタッフにいなかったので、公式カタログでは僕が英語部分を適当に作ったケースもありました。
■カザフスタン映画『愛の兵士』をスペシャルオープニングに選んだ狙いとは?
―――今年の一押しはスペシャルオープニング作品(以降SOP)のカザフスタン映画『愛の兵士』だと思いますが、どうやって発掘したのですか?
暉峻:日本で紹介されてきたカザフスタン映画とは違うタイプの作品が登場してきたのが、今回の新たな発見です。OAFF2022『赤ザクロ』は非常にシリアスな作品でしたが、そういうイメージがカザフスタン映画全体についてしまうと、ネガティブに作用してしまう懸念もありました。そういうイメージとは違う作品が出てきている印象があります。国が映画への補助を積極的に行っている状況にあることや、ここ数年で現地の国際映画祭やマーケット開催にも力を入れ始めたこともあり、カザフスタン映画が映画祭のためだけではなく、韓国やタイ映画のように広い観客に向けて打ち出していける状況にあるのではないでしょうか。その代表格とも言えるのがュージカル映画の『愛の兵士』です。
―――かなりエンタメ性のある作品のようですね。
暉峻:この作品のキーワードになるのは長期間にわたって活躍している国民的グループA’Studioです。日本でいえば小室哲哉のようなプロデューサー的立ち位置でもある鍵盤担当のメンバーを中心に、メンバーが入れ替わりながら活動を続けているんですよ。少数精鋭で選び抜かれた人が集まっているのですが、『愛の兵士』ではA’Studioの結成当初の曲から最新のものまでを全編でフィーチャーしています。監督のファルハット・シャリポフが素晴らしいのは、あらゆる場面が映画的になっており、A’Studioの曲をうまく使ってストーリーを構成しているところです。
―――映画祭的にもこの作品をSOPにすることで、攻めた印象を与えるのでは?
暉峻:そうですね。近年はSOPが偶然にも人気スター出演の香港映画(OAFF2024『盗月者』、OAFF2023『四十四にして死屍死す』)でしたが、その路線を続けるといかにも人気国、人気スターに頼った映画祭に見えるのではという危惧がありました。その意味でも第20回は挑戦的に踏み出すことを示すというメッセージ性が必要でした。これはBIFFの成功から学ばせていただいた部分で、BIFFのオープニングやクロージング作品は決してメジャー作品を置いているわけではなく、今まで全く知らなかった作家の作品や、超インディーズ映画をセレクトしています。そのことで、新しい作家が一般市民や世界の映画人に知られるきっかけになっている。だからOAFFもそういう機能や世界に対するメッセージを持たせたいと思っているのです。
■平松恵美子、戸田彬弘、足立紳とベテランが揃ったインディ・フォーラム部門の新傾向
―――かつてコンペティション部門出品の監督作が特別注視部門に選ばれたり、祝祭感の中にも驚きのラインナップですね。
暉峻:僕としては一番驚いたのがインディ・フォーラム部門です。基本の設計は若手でこれから映画業界での活躍を志している人の作品を上映するという、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)に近いカラーではあったのですが、今年は蓋を開けてみればすごくベテランの人たちがこの部門に揃ったんですよ。日本映画界の最近の傾向として語れるぐらいだと思っています。
―――確かに、すでに映画界でキャリアを確立した方々が揃っていますね。
暉峻:例えば倉敷で撮影された『蔵のある街』は松竹で山田洋次監督の助監督・共同脚本を務め、『あの日のオルガン』などの作品で知られる平松恵美子監督の最新作で、新しい可能性が見える出来栄えになっています。思うに、名声を確立した人たちだからこそ、インディーな環境や小規模な体制でやりたかった企画を実現したいという想いがあるのではないか。
それに加えて、配給会社オムロの西田宣善さんのように、監督とは思われてなかった人が60歳ぐらいになって突然監督をされたケースもあります。戸田彬弘監督の短編『爽子の衝動』は完全なインディーズ映画です。『市子』が大ヒットした後、こういう作品を撮るというのはある意味クレバーなやり方ですね。
歴史的な文脈で言えば、インディ・フォーラム部門も、以前は世界初上映作以外で入選する作品がある程度あったのです。昨今は世界初上映作だけで枠がいっぱいになってしまう。今回特別な事情として例外的に世界初上映、日本初上映ではないにもかかわらず入選しているのが『爽子の衝動』と田辺・弁慶映画祭で受賞した『よそ者の会』、そして別府短編映画祭の企画から生まれた足立紳監督の『Good Luck』です。昔だったら当然入選していた作品が世界初上映ではないだけで落選することも多くなりました。
―――それではいよいよ、コンペティション部門からオススメ作品を教えていただけますか?
暉峻:まずはSOPと連続性があるので是非観ていただきたいのが、アメリカのトライベッカ映画祭でインターナショナル部門の最優秀作品賞受賞作の『バイクチェス』です。これも今まで紹介されたことのないスタイルのカザフスタン映画で、日本で言えばNHKのような公共放送のアナウンサーを主人公にし、基本的にはリアリズム描写の中、ファンタジックでありつつ様々なカザフスタンの社会状況が描かれています。またモンゴルの『サイレント・シティ・ドライバー』は、『セールス・ガールの考現学』をOAFFで世界初上映したジャンチブドルジ・センゲドルジ監督の最新作ですので、これも期待してほしいですね。
―――他にも過去にOAFFで短編を紹介された監督が、初長編を携えて戻って来たケースもたくさんありますね。
暉峻:過去に短編をOAFFで紹介した監督の初長編作が2本入選しています。一本はOAFF2022『姉ちゃん』、OAFF2023『できちゃった?!』のパン・カーイン監督による初長編作『我が家の事』です。台湾映画で、世界初上映をOAFFでという選択はとても大胆なので、コンペで紹介できるのはすごく嬉しいですね。この作品は『本日公休』の製作会社から出品されているので、初長編ですが素晴らしく練り込まれた脚本の商業作品になっています。もう一本はOAFF2024『姉妹の味』のファン・インウォン監督の初長編『その人たちに会う旅路』です。世界初上映は昨年のBIFFですが、その後編集など一部手直しを加えており、新バージョンでは今度のOAFFが世界初上映になります。
■久々の韓国映画長編4本入選と、00年代のマイノリティーたちを描いた『君と僕の5分』
―――韓国映画の長編がコンペティション部門に入選というのも、韓国映画ファンには嬉しいところでは?
暉峻:世界の映画祭を見ても韓国映画は入選が不振を極めています。OAFFでも昨年まで3年連続コンペティション部門に韓国映画の入選がなかったのですが、今回久しぶりに劇映画の長編が、特別招待、特別注視を入れれば4本ご覧いただけます。コンペに入っているもう一本、『朝の海、カモメは』は『ブルドーザー少女』(OAFF2022)の監督の最新作。釜山やヨーロッパの映画祭で賞を取りまくっている大傑作です。また特別注視の『君と僕の5分』は00年代、アニメやJポップなどの日本文化に夢中になった高校生の物語なんです。それまで韓国は日本の大衆文化がずっと禁止されてきたので、Jポップが好きだと言うといじめに遭う状況があったそうです。一方、当時は同性愛者もいじめの対象になっていた。それぞれカミングアウトできないことや人を愛してしまった高校生たちを描いています。パソコン通信時代で情報が広がり、多分違法ダウンロードで音楽やアニメが広がっていたのでしょうが。
―――かつてのアジアは違法DVDなどがおおっぴらに売られていましたし、それらを通じて日本の作家に影響を受けた世代が、アジアの映画監督で多数おられるのも事実です。
暉峻:海賊版はネガティブに語られますが、実際は文化の下地を作る大きな役割を果たしています。タイ映画ではOAFFで初期から紹介していたGDHがメジャー会社の地位に急成長してきましたが、まさに初期は作品が違法アップロードされたままになっていたんです。GDHの人に聞くと、海賊版でアップされていることが、ある意味人気の下地を作るために必要だと考えているそうです。だから初期作品は(違法アップロードを)放置していたのだと。
■ワーナー・ブラザーズがタイ映画で初めて配給した『タクリー・ジェネシス』は超必見
―――タイ映画といえば、今回はOAFF2009『ミウの歌』のチューキアット・ サックウィーラクン監督作がタイ・シネマ・カレイドスコープ2025にラインナップされていますね。
暉峻:今回、意識してプログラムしたわけではありませんが、第4回(OAFF2009)から紹介してきた監督たちが皆、最新作を携えて戻ってきてくれた。第20回を祝ってくれているようにも見えるラインナップですよね。
―――本当に祝祭感に溢れていますよ。
暉峻:その中で一番古い回の入選監督と言えるのが、『ミウの歌』のチューキアット・ サックウィーラクン監督です。今回上映する『タクリー・ジェネシス』は、超必見の映画です。タイ映画を今までたくさん観てきた人でも驚くと思います。今までのタイ映画はGDHのようなフィールグッドな作品や、それ以外だとホラー映画が多かったですし、昨年も多数紹介しましたが比較的みなさんが思っているタイ映画の枠に入っている作品だったと思います。タイナイトで紹介した超ローカル映画『葬儀屋』は別格でしたが。
今回はGDHの作品が『おばあちゃんと僕の約束』『団地少女』『いばらの楽園』と3本入っており、いずれも大傑作なのでぜひ観てほしいのですが、『タクリー・ジェネシス』はタイ映画のイメージの転換点になる映画です。ワーナー・ブラザーズがタイ映画で初めて配給した作品で、それだけのスケール感があります。現代に近い時代からはじまり、現代、そしていきなり紀元前5000年、そして近未来とまさにタイムリープエンターテイメントです。タイの場合、もともとプロダクション、特にポストプロダクション技術のレベルが高い国なのですが、この作品がすごいのは技術面の高さを見せるだけで終わっている映画では全くなく、『ミウの歌』の監督だけあり、登場人物たちの人間像がきちんと描けているところです。
■台湾の名匠トム・リン、ヤン・ヤーチェの最新作は?
―――台湾映画はどうですか?今回はOAFFとも馴染みが深く、日本での劇場公開作も多いトム・リン監督がモノクロ作品でコンペティション部門に入選しています。
暉峻:今回上映する作品の中で、最も国際的に知名度のあるのはトム・リン監督の『イェンとアイリー』です。トム・リン作品の過去作と違う新傾向としては、主演のキミ・シアが創作面でも深く関わっており、やや肌合いが違うと感じるでしょう。もう一人、常連監督ということでヤン・ヤーチェ監督の作品も上映するのですが…。
―――メイン画像を見て驚きました!『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』主演のウー・カンレンの新たな一面が観れそうですね。
暉峻:超ヤバイ、題材的にもハードな作品です。スケジュールを組むときも、大阪府条例で未成年が入れない時間帯に組んであります。『Brother〜』を観た人であれば、この作品のウー・カンレンはますます驚くと思います。同じ人とは思えない別のキャラクターを演じていますし、自然体で素人かと思うぐらい“作らない”演技をしています。そういうことをやる冒険心も含めて、『破浪男女』はウー・カンレンが気になっている人は見逃し厳禁の作品です。
―――個人的には昨年末にインド旅をしたので、リマ・ダス監督の『ヴィレッジ・ロックスターズ2』が気になっています。
暉峻:リマ・ダスは僕自身もこだわりをもって紹介してきた監督です。ここのところインド映画ブームで、日本でも商業公開される作品が多く、映画祭でも入選多数なのですが、リマ・ダスに関しては、OAFF以外ではなぜかあまり紹介されていないんですよね。とても小さなチームで映画を作り続けている。それは凄いことですね。
―――今回は音楽映画なんですね。
暉峻:『ヴィレッジ・ロックスターズ2』に限らず、第20回は音楽やミュージカル作品が多く入選しているのも特徴です。映画自体はミュージカルではありませんが、音楽がらみなんですよ。先ほどの『君と僕の5分』も音楽ものですし、インドネシア映画『愛に代わって、おしおきよ!』や、韓国の短編『スズキ』、香港映画『ラスト・ソング・フォー・ユー』もですね。
■時代の雰囲気がダイレクトに感じられるクロージング作品「桐島です」
―――最後にクロージング作品の「桐島です」についてお聞かせください。
暉峻:足立正生監督と高橋伴明監督が桐島聡を描く劇映画をそれぞれ撮ると聞き、いずれも楽しみにしていました。最初から足立監督の方が先に映画を完成させるとわかってましたが、高橋監督の「桐島です」は流石に時間をかけただけのことはある出来栄えです。世間的には主人公の桐島に注目が集まると思いますが、それだけでなく一つ一つのプロダクションのクオリティの高さが尋常ではない。よくあの時代の感覚を画面に表せたなと感動を覚えるほどで、そこから画面に惹きこまれていくんですよ。CGやセットを潤沢に使える訳ではないと思いますが、作り物感がなく、その時代の雰囲気がダイレクトに感じられるし、撮影も時代の空気感を各場面で捉えている。そこが大きな評価ポイントですし、桐島聡を演じた毎熊克哉が生涯の代表作になるであろう素晴らしい演技をみせています。主に潜伏生活を描いていますが、違う名前で暮らしていても、それでも確かに彼は桐島だという説得力が全場面にある。高橋監督も、OAFF2012でオープニング作品となった『道~白磁の人~』の監督だったので、帰ってきてくれた!という感じですね。
(江口由美)
≪映画祭概要≫
名称:第20回大阪アジアン映画祭(OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL 2025)
会期:2025年3月14日(金)から3月23日(日)まで
上映会場:ABCホール、テアトル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館