映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

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  大阪・関西万博の会期に合わせ、初の夏開催となる第21回大阪アジアン映画祭が、2025年8月29日(金)から9月7日(日)までABCホール、テアトル梅田、Tジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催される。
今年春の第20回に引き続き、年に2度の開催という特別な回において、どのような狙いでプログラミングを行なったのかなど、同映画祭の暉峻創三プログラミング・ディレクターに詳しくお話を伺った。
 

 

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■OAFF2025EXPOオープニングのために修復された『万博追跡』

――― 年に2回映画祭を開催するというのは色々ご苦労があったかと思いますが、作品選定面ではいかがでしたか?
暉峻:3月中旬に第20回を開催し、8月末に第21回の開催と、厳密には半年も空いていないタイミングですし、毎年秋に開催する東京国際映画祭(以降TIFF)や東京フィルメックスより前の時期に、しかも後から割り込むような形で開催するのは、業界の常識からすればかなり無茶苦茶と言われても仕方がないタイミングでした。大阪アジアン映画祭に出品することは、事実上TIFFやフィルメックスには選ばれなくてもよいという決断をしたことを意味しますから。ただ、その状況下で世界初上映や日本初上映となる作品が予想以上に集まり、そこはありがたいことだと思っています。
 
―――長年大阪アジアン映画祭(以降OAFF)をウォッチしていると、今回のオープニングとクロージングは例年以上にチャレンジングな作品選定になっていますね。
暉峻:OAFFの場合は、オープニングにできたてホヤホヤの新作の外国映画を上映し、クロージングに新作日本映画という割り当てが多かったのですが、今回はオープニングを『万博追跡』(1970、OAFFでは2Kレストア版)という旧作にしたこともあり、クロージングは自然と「日本映画限定で」という考え方ではなくなってきた。純粋にクロージングにふさわしい作品を探していく中で出会ったのが、シンガポール映画『好い子』でした。出来の良い作品だったので、最初はどこかの部門に入れたいと思っていた程度でしたが、他の映画祭に出品する気はなくOAFFがワールドプレミア(世界初上映)になることがわかり、クロージングに決めたという経緯があります。オープニングの『万博追跡』も2Kレストア版ではワールドプレミアになるので、オープニング&クロージングが共にワールドプレミアになりました。OAFFの歴史でもまだ2回目(1回目はOAFF2023、OP『四十四にして死屍死す』/CL『サイド バイ サイド 隣にいる人』)なんですよ。
 
 
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―――8月29日に開催されるオープニングセレモニーでは、『万博追跡』主演のジュディ・オングさんがゲスト登壇されますね。OAFFの歴史に残るであろうビッグゲストです。
暉峻:大阪・関西万博の時期にOAFFを開催するにあたり、『万博追跡』という映画を発掘できたということで、ジュディさんも映画祭に対して非常に協力的で既にコメントも寄せてくださっています。そもそも『万博追跡』を上映できることが奇跡的なんですよ。
 
―――と言いますと?
暉峻:通常、映画祭は特にその映画祭のために作られたというわけではない映画をプログラミングディレクターが選定していきますが、『万博追跡』の2Kレストア版はOAFFのためにレストア版を制作してくれたといっても過言ではないのです。
 
―――そんなことが可能なのですか?
暉峻:他の映画祭でも、まずないことでしょうね。というのも、『万博追跡』は決して台湾映画史上で知られた映画ではなかった。作られた当時は他の一般的な作品と同様に宣伝されて台湾で公開していた作品ですが、50年以上経った今、台湾の映画業界の人たちもこの映画の存在を忘れていたんですよ。
 
今回は、OAFFから『万博追跡』が台湾のフィルムアーカイブに保存されていないかを問い合わせました。当初はプリントの状態が良ければ、35ミリフィルム上映をどこか劇場を借りてやってもいいのではという想定だったのです。すると、台湾側からこんな映画があることを教えてくれたことへの感謝のメッセージと共に、TFAI(台湾・国家電影及視聴文化中心)によるクラシック作品修復事業として全額台湾側の負担で『万博追跡』の修復作業とデジタル化を行っていただけることになりました。通常かなり時間のかかる作業なのですが、OAFFのオープニングに間に合うように、かなり急ピッチで作業を進めてくださったんですよ。このオープニングを目指して、2Kレストア版を作ってくれたというのは、通常のワールドプレミアより意義深いですね。
 
 
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■台湾映画出演時代のジュディ・オングと、映画史を再解釈するTFAIの活動に光を当てる

―――なるほど。それは本当に意義深いですね。主演のジュディ・オングさんは、日本では79年の大ヒット曲「魅せられて」のイメージが強いと思います。ジュディさんが台湾で俳優活動をしていた当時のことを教えてもらえますか?
暉峻:実は、TIFFアジアの風部門のプログラミングディレクターをしていた2003年に、“「魅せられて」前夜—ジュディ・オングの台湾映画時代”という特集名で、ジュディさんが「魅せられて」で大ブレイクする以前の70年代前半に、彼女が出演していた台湾映画3本を特集上映したことがあります。そのときも、ジュディさんは非常に協力的で、上映後に登壇するだけではなく、「魅せられて」を歌ってくださることもありました。
 
ジュディさんは「魅せられて」で、日本で歌手として売れる以前は台湾映画によく主演級で出演していました。当時のジュディさんは、演技だけではなく、歌も踊りも上手なトップアイドルとして売り出されており、出演作はどれも台湾映画のイメージを覆すような、煌びやかでオシャレな作品なんです。
 
70年代前半は台湾と日本を行き来する非常に多忙な日々を送り、次々と出演をこなしておられたので、作品によっては自分の出演作の完成版をじっくりとご覧になる時間もなかったそうで、会期中も観客として特集した作品を連日観に来てくださり、会場で泣いているお客さんがジュディさんだったというエピソードもありましたね。今回の『万博追跡』もソフト化されていない作品なので、ジュディさんにとっても懐かしいことでしょうし、おそらく舞台挨拶の後、一緒にご覧になるのではないでしょうか。
 
―――懐かしい台湾映画と共に、ジュディさんの魅力を再発見という趣ですね。他にも小特集<台湾クラシックスとTFAIのレストア成果>では4本のデジタル・リマスター版が上映されます。
暉峻:台湾で国立映画アーカイブ的役割を果たしているのがTFAIです。今回のOAFFは裏テーマとして、TFAIの活動を日本や海外に広く知ってもらうことを掲げています。デジタル修復は修復のクオリティーだけに関心が集まりがちですが、どんな作品を選んで修復するかも重要なポイントだと思うのです。ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンなど台湾映画史上の名作はデジタル・リマスター版製作をすでに行っているのですが、TFAIは、これまでの台湾映画史の常識からして、これはデジタル・リマスター化の候補にはならないだろうと思うような隠れた名作を見つけて、修復を行っているのです。
 
これから、リマスター化することで新たに発見される映画も今後増えていくでしょうし、『万博追跡』もその一本になっています。そのように映画史を再解釈しているということも含めて、TFAIのデジタル・リマスター事業は素晴らしいと思っているので、ぜひ注目していただきたいですね。
 
―――これまでも台湾語映画の小特集がありましたが、今回はオープニング作品も含まれているのが特徴ですね。
暉峻:やはりお客さまは、新作のプレミア上映への期待値が高いので、年に1、2本は旧作を上映してはきましたが、なかなか旧作をまとめて特集することが難しかった。今回は、TIFFと開催時期が近く、新作が集まりにくいと想定していたので、逆にクラッシックの作品を紹介する回とするには絶好のチャンスだと思いました。そこでTFAIの活動は一番注目したいところだったので、台湾のクラッシック作品を特集することにしました。
 
 作品選定では、例えばある監督や潮流に属するものを集中して紹介する方向性もあり得ましたが、今回はこんな側面もあり、またこんな別の側面もあるというバラエティー豊かな、さまざまな作品をお見せするという形にしました。お客さまがそれぞれの作品に興味を持ってもらえたら、さらにそれぞれをタイプごとやジャンルごとに深掘りし、さらにお見せしたい作品はたくさんあるんですよ。ですから、ご覧になるみなさんが興味を持つきっかけにしていただければと思って考えたプログラムです。
 
 
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■田中未来という才能とインディ・フォーラム部門注目短編

―――インディ・フォーラム部門では、久しぶりに「焦点監督:田中未来」として田中監督の3作品が上映されます。個人的にも注目しているのですが。
暉峻:もちろん、こんな才能を持っている人がいるという驚きが大きかったこともありますが、今回は『ジンジャー・ボーイ』がこの5月のカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションにて、映画学校で制作された作品が上映されるラ・シネフ部門で3等賞を受賞したので、タイミングも良かったです。田中さんはENBUゼミナール出身なのですが、コンペティション部門に入選した『ルノワール』の早川千絵さんもENBUゼミナール出身ですし、注目のENBUゼミナール出身監督という点も、田中さんを焦点監督として紹介するポイントになりました。インディ・フォーラム部門の寺嶋環さん(『糸の輪』)もENBUゼミナール出身ですね。ちなみに『ジンジャー・ボーイ』はラ・シネフ部門の3等賞でしたが、1等賞を受賞した作品も今回のOAFFで上映されるんですよ。特別注視部門に入っている韓国映画『初めての夏』(ホ・ガヨン監督)がそれです。
 
 
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―――他に今は関西に拠点を移して活動しておられる野原位監督の短編『息子の鑑』もワールドプレミアですね。主演の津田健次郎さんは人気声優ですが、今や俳優としてもドラマで大活躍中です。
暉峻:この作品をワールドプレミアで上映できるのは、本当に光栄なことです。ワンカットごとの強度がただものではなく、冒頭の数カットでもう、これは凄い作品だと確信しました。
 
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―――『息子の鑑』と同じ短編プログラムCの『まっすぐな首』も空音央監督×安藤サクラのタッグで、みなさん注目されているのでは?
暉峻:空音央監督と安藤サクラさん、いずれも人気がありますし、映画祭的に興味深かったのは、この作品は製作国が日本と中国で、中国側から応募があったんですよ。キャスティングや作品の舞台も含めて、完全に日本映画としてご覧いただけますが、新しい時代を感じさせますね。つい先日ロカルノ国際映画祭でワールドプレミアされましたが、新人監督対象ではなく既に作家として名声を確立した監督による短編のみを集めたコンペ部門でグランプリを獲得しました。
 
―――空音央監督の『HAPPY END』でスクリーンデビューを果たした栗原颯人さんが、田中監督の最新作『ブルー・アンバー』で主演と、その流れも魅力的ですね。
暉峻:田中さんはすごく多作な監督で、さきほどのカンヌ以降2本の新作があり、そのうちの一本が『ブルー・アンバー』です。何を撮らせても画になるという才能の持ち主で、これから知られるようになれば、その画をちょっと観ただけで「これは田中監督の作品」だと分かるのではないでしょうか。独特の場面の切り取り方や進行の仕方をする、かなり個性が強い監督ですね。
 
 

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■新しい潮流を体感するブータン映画

―――コンペティション部門『アイ、ザ・ソング』、特別注視部門『橋』と、ブータン映画が2本入選しており、何か新しい潮流を感じさせますね。
暉峻:ブータンは映画自体がそれほど作られておらず、OAFFへの応募も数えるほどしかないのが通常ですが、今回は応募されている作品が全て合格点以上ぐらいのクオリティーであることにまず驚きました。ブータン映画界がかなり充実し、面白い兆候を見せていることは審査の初期段階から体感できたんですよ。
 
これまでOAFFで上映してきたブータン映画では、ケンツェ・ノルブ(OAFF2017『ヘマヘマ:待っている時に歌を』)やパオ・チョニン・ドルジ(OAFF2021『ブータン 山の教室』)など、最初から海外の人に見せる企画とも考えられるようなちょっと特別な作家たちを紹介してきたのですが、今回は海外の人にも十分通じる内容ですが、同時にブータン国内のお客さまに向けて問いかけるタイプの作品です。それが偶然にも同じ年に2本入選するのは、歴史的な事件だと思います。
 
―――これまでのOAFFを振り返っても、そういう「歴史的な事件」が次の潮流になっていくことがよくわかります。
暉峻:OAFF2022でモンゴル映画『セールス・ガール』(アジア映画傑作選で『セールス・ガールの考現学』のタイトルで9/6上映)を紹介しましたが、我々が持っているモンゴルやモンゴル映画のイメージがガラリと変わったと思うのです。それまで描かれてきた、大草原の中、人々はゲルで生活しているというイメージから脱し、都会の姿や都会人として生きている姿を目の当たりにした作品でした。
 
今回のブータン映画も、『アイ、ザ・ソング』はポルノ動画の被害者を描き、国を問わずどこにでもありうる話ですし、短編の『橋』はワンシチュエーションドラマに近いのですが、自殺しようとする青年の話で、ブータンをオリエンタリズム的な目線で捉えた作品ではない、生々しい現代生活が写っている作品です。ブータンと言えば『幸せの国』というイメージでしたが、この2本を観てもらえれば、ブータンやブータン映画に対するイメージが変わると思います。
 
 
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■コンペで注目の中国映画と日本の『シャンバラストーリー』

―――あと、中国映画も若手作家の新しい息吹を感じる作品が揃っていますね。
暉峻:中国は色々紹介してきましたし、OAFF以外でも多数紹介されていますが、実は今回は入選させたい作品が今回実際に上映する4作品の倍以上あったぐらい充実していましたね。
 
 日本でロードショー公開される中国映画も多いですが、そういうところで我々が知っている中国映画とはかなり違う新しいセンスを持った監督たちが現れているのは間違いないという感触が早い段階からありましたし、入選作もそのような傾向を持っています。
 
 コンペティション部門の『ワン・ガール・インフィニット』はアメリカ拠点の中国人監督、リリー・フーの作品で、レズビアンを描く内容なので、中国では検閲が通らないということで製作国には入っていませんが、内容的には中国が舞台の中国映画です。他にも『世界日の出の時』『最後の夏』と中国映画は3作品もコンペティション部門に入選しているんですよ。
 
 
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―――ありがとうございました。最後に、日本映画(インド、アメリカとの合作)で唯一コンペティション部門に入選したのが、関根俊夫監督の『シャンバラストーリー』ですね。
暉峻:関根さんは長年脚本家としてキャリアを重ねてきた人で、元々チベットに強い関心を寄せてこられたようで、そこに着想を得て、この作品も作られています。キャスティングも主演がモー・ズーイーや武田梨奈と豪華です。実はこの企画は7年半前から始動しており、初期の頃から製作状況を問い合わせていたんですよ。コロナもあって延期が続き、完成が待たれていたのですが、ようやく出来上がったということで、こちらも喜び半分、行き詰まっていたのかもという嫌な予感も半分あったんです(笑)でも観始めると、本当に丁寧に、どこも手抜きをせずに作った素晴らしい作品で、自分の予想をはるかに凌駕した出来栄えに仕上がっていると、非常に感激しました。関根監督や武田さんも来場予定ですので、ぜひご覧ください。
(江口由美)
 

 

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※ルイス・クー主演のクライムサスペンス『私立探偵』(8/31(日)19:10 回 ABC ホール/9/7(日) 10:40 回 ABC ホール)、筒井真理子主演、佐藤慶紀監督の最新作『もういちどみつめる』(9/2(火) 20:20 回テアトル梅田/9/3(水)10:10 回テアトル梅田)の2本の追加上映が決定!
 
 
≪映画祭概要≫
名称:第21回大阪アジアン映画祭(OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL 2025EXPO)
会期:2025年8月29日(金)から9月7日(日)
上映会場:ABCホール、テアトル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館
公式HP:https://oaff.jp
 
 
『万博追跡』(c) 2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.
『好い子』ALL RIGHTS RESERVED © 2025 BYLEFT PRODUCTIONS
『寂寞十七歳(2Kレストア版)』(c) 2025 Taiwan Film and Audiovisual Institute. All rights reserved.
『ブルー・アンバー』(c)JIJI
『息子の鑑』(c) 2025 NEOPA
『アイ、ザ・ソング』  (c) Diversion, Dakinny Productions, Girelle Productions, Fidalgo Films, Volos Films
『シャンバラストーリー』 (c) Samden Films Production

_U8A2315.JPG(左から、坂本莉穂、清田元海、タチアナ・メルニク、ロベルト・ボッレ、メリッサ・ハミルトン、トゥーン・ロバッハ、菅井円加、バクティヤール・アダムザン)

 

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2025年7月7日(月)午後7時からEXPOホール“シャイン・ハット”でバレエのガラ公演「ロベルト・ボッレ&フレンズ」が上演された。イタリアのバレエ・ダンサーで世界的に著名なロベルト・ボッレが演出・主演し、フレンズ(ゲストダンサー)とともに、新旧様々なバレエの演目を披露する公演である。

 


ロベルト・ボッレは、2000年からイタリア国内や世界各地で同様のガラ公演を重ねており、その一環として大阪・関西万博の会場にも来てくれた。ちなみに、2005年には愛・地球博で公演され、2022年のドバイ万博でも公演が行われたほか、今後もカラカラ浴場のステージやヴェローナの円形闘技場での公演が予定されているようだ。

 


今回は、休憩なしで11曲もの演目が披露され、そのうちロベルト・ボッレが6演目も踊るというもので、サービス精神にあふれていた。集まってくれたフレンズは、メリッサ・ハミルトン、トゥーン・ロバッハ、タチアナ・メルニク、バクティヤール・アダムザン、菅井円加、清田元海、坂本莉穂の7人だった。

 


_U8A2308.JPGロベルト・ボッレが日本の舞台に登場するのは、2018年の世界バレエフェスティバル、2019年の「フェリ、ボッレ&フレンズ」以来で6年ぶりになる。今回も、メリッサ・ハミルトンと「カラヴァッジオ」を披露してくれたが、彼女のシャープな動きと身体表現の美しさが印象に残る。

 


菅井円加は、今や3年に1度東京で実施されてきた世界バレエフェスティバルでも活躍する大スターである。「ドン・キホーテ」のグラン・パ・ド・ドゥでは、ダイナミックで安定した存在感を発揮し、「シェヘラザード」では、相手を誘惑するというよりしなやかな魅力で平伏させるような存在感を示していた。

 


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(左から、メリッサ・ハミルトン、トゥーン・ロバッハ、菅井円加、バクティヤール・アダムザン)

また、ロベルト・ボッレと「月光」を踊ったトゥーン・ロバッハは、その後、ソロで、しかも自らの振付で「デジタル・シルク」を踊ったが、非常に珍しい動きで身体能力の高さが際立っていた。そして何よりラストの「Sphere」が圧巻で、ロベルト・ボッレがアトラスとなって両手と頭で天空を支えて宇宙を疾走するという壮大さに目を見張らされる。

 

古典バレエの抜粋だけではなく、日本では鑑賞する機会があまりない作品を観る貴重な機会だった。また、日本ではまだ馴染みのない国内外のダンサーたちも、ロベルト・ボッレのフレンズだけあって今後の活躍から目を離せない。ロベルト・ボッレは、今年の8月に東京で行われるパリ・オペラ座のガラ公演にゲスト参加するので、これも楽しみだ。
 

(河田 充規)


【CAST】

・ROBERTO BOLLE:Teatro alla Scala, Milano

・MELISSA HAMILTON:The Royal Ballet, Londra

・TOON LOBACH:International Guest Artist

・TATIANA MELNIK:Hungarian National Ballet Budapest

・BAKTIYAR ADAMZHAN:Astana Ballet Company, Astana

・MADOKA SUGAI:Hamburg Ballet, Hamburg

・MOTOMI KIYOTA:Hungar i an National Bal et , Budapest

・RIHO SAKAMOTO:Berliner Staatsbal let
 


【PROGRAM】

1. Caravaggio
 Choreography: Mauro Bigonzetti
 Music: Bruno Moretti,from Claudio Monteverdi
 Artists: Melissa Hamilton, Roberto Bolle

2. Esmeralda

 Choreography: Marius Petipa
 Music : Cesare Pugni
 Artists : Riho Sakamoto, Motomi Kiyota


3. Moonlight
 Choreography: Juliano Nunes
 Music: Claude Debussy
 Artists : Roberto Bolle, Toon Lobach


4. Don Quijote

 Choreography: Marius Petipa
 Music: Ludwig Minkus
 Artists: Madoka Sugai, Baktiyar Adamzhan


5. In Your Black Eyes

 Choreography: Patrick De Bana
 Music: Ezio Sosso
 Artist: Roberto Bolle

 

6. The Talisman
 Choreography: Marius Petipa

 Music: Riccardo Drigo

 Artists: Tatiana Melnik, Motomi Kiyota


7. Digital Silk

 Choreography : Toon Lobach
 Music: Eartheater
 Artist: Toon Lobach
 

8. Take me with you

 Choreography: Robert Bondara
 Music: Radiohead
 Costumes and Lighting Design -Robert Bondara

 Artists: Melissa Hamilton, Roberto Bolle

10. Sheherazade

 Choreography: Michel Fokine

 Music: Nikolaj Rimskij- Korsakov

 Artists : Madoka Sugai, Baktiyar Adamzhan


11. Spring Waters

 Choreography: Asaf Messerer

 Music: Sergei Rachmaninoff

 Artists: Tatiana Melnik, Roberto Bolle


12. Sphere
 Choreography: Mauro Bigonzetti

 Music: Alessandro Quarta

 Set and light designer: Carlo Cerri

 Graphic design: OOOPStudio

 Artist: Roberto Bolle

 


 

 

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 第20回大阪アジアン映画祭のフィナーレを飾るクロージング上映作品「桐島です」の世界初上映と舞台挨拶が、3月23日(日)のクロージングセレモニーに続いてABCホールで行われ、高橋伴明監督、プロデューサーと出演の高橋惠子さん、脚本の梶原阿貴さん、製作総指揮の長尾和宏さんが登壇した。
 
 世界初上映の心境について、高橋伴明監督は「もっとひっそりと、しめやかに公開されると思っていた。みなさんの前で大々的に発表できるとは、びっくりしていると同時に驚いています」と感無量の様子。50年近くに渡る桐島 聡の人生を一人で演じきった毎熊克哉については、「『ケンとカズ』の頃から注目していたし、何かあれば一緒にやりたいと思っていました。この作品で、日本映画界にとって大事な俳優になることは間違いない」と賛辞を送った。
 
 
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 脚本の梶原阿貴さんは、高橋伴明監督と初タッグを組んだ『夜明けまでバス停で』で高い評価を得、今回は再タッグ作となるが、実話を基にした作品だけに「関係者の方への配慮を最大限にしつつ、どうやってエンターテイメントにするかが難しかった」と振り返った。また、高橋監督から急に呼び出され「5日で書け」と言われた後に、高橋惠子さんから「できるわよね?」と念押しされたエピソードも披露。以前から(桐島に関する)スクラップをたくさん作っていたことも明かされた。
 
 今回はプロデューサー兼出演の高橋惠子さんは「まだ脚本になる前に、(伴明氏に)タイトルが『きりしまです』だと聞いた時、結婚して長いけれど、初めて『どんな役でもいいから出させて欲しい』と言いました。これはいいものになると直感したし、出なければいけないと思ったんです。梶原さんが、5日間で脚本を書き上げたのは素晴らしい」と製作秘話を語った。
 
 製作総指揮の長尾和宏さんは「『痛くない死に方』以来6年間、命や生きる、死ぬということをを優しい目で見つめていただけた監督です。いろんなことがあった50年間を振り返りながら観ていただきたい」と観客に呼びかけた。
 
 
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 約49年の逃亡生活を経て2024年1月29日に本名を告げて死去した謎の男、桐島 聡。桐島 聡の軌跡と〈青春の正義〉を描く「桐島です」は7月4日から東京・新宿武蔵野館、7月5日から大阪・第七藝術劇場他全国順次公開。
 
©北の丸プロダクション  
 
Photo by OAFF
 
(江口由美)
 

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 2025年3月23日(日)に第20回大阪アジアン映画祭が閉幕し、『カンフーハッスル』脚本家フオ・シンの初監督作品となる壮絶な純愛ストーリー『バウンド・イン・ヘブン』(中国)がグランプリ(最優秀作品賞)に輝いた。また、注目の観客賞は、平松恵美子監督の『蔵のある街』(日本)が選ばれた。グランプリ以下各賞を受賞結果とともにご紹介したい。

グランプリ(最優秀作品賞) 

『バウンド・イン・ヘブン』(Bound in Heaven/捆綁上天堂)/中国
監督:フオ・シン(HUO Xin/霍昕)
 
≪授賞理由≫
映画が描く(映す)テーマが多様化する中で、特に「映画祭」では選ばれにくい、最も古典的な”恋愛映画”の本作に迸る熱度と強度に衝撃をうけました。主演二人がたどる「運命」は映画を目にする私たちを疑いもなくその物語に没入させ、映画的歓びを共有させてくれるその世界に魅了されました。
 
 
来るべき才能賞
 
パク・イウン監督(PARK Ri-woong/박이웅)
『朝の海、カモメは』(The Land of Morning Calm/아침바다 갈매기는)/韓国
 
≪授賞理由≫
パク・イウン監督の人間の善良さを見抜く能力と、社会が抱える問題を詳らかにする鋭い注意力は来るべき才能賞に値する。
 
授賞者コメント/パク・イウン監督「47歳にして新人賞を頂きました。皆さま、本当にありがとうございます。海外の上映されるたびに、韓国とはちがった場面で、観客の方が笑って泣いている姿を見て、私の気持ちも豊かになっていきます。そして映画が豊かになっていくのを感じます。観客の皆さま、大阪アジアン映画祭の皆さまに感謝いたします」
 
スペシャル・メンション
 
『私たちの話し方』(The Way We Talk/看我今天怎麼說)/香港 
監督:アダム・ウォン(Adam WONG Sau-ping/黄修平)
 
≪授賞理由≫
『私たちの話し方』のアダム・ウォン監督と彼のクルーの深い優しさと、先入観のない公平な視点が本作を珠玉の作品にした。聴覚障害者の内なる世界に観客を心深く没入させる作品である。
舞台挨拶記事はこちら
 
最優秀俳優賞 
 
トゥブシンバヤル・アマルトゥブシン(Tuvshinbayar AMARTUVSHIN)   
『サイレント・シティ・ドライバー』(Silent City Driver/Чимээгүй хотын жолооч)/モンゴル
 
≪授賞理由≫
アマルトゥブシンは静謐で、決して不快でない男らしさを体現し、それは映画の領域に深く共鳴した。彼の内なる感情を伝える卓越した演技力は、静穏だが暗晦な世界に生きる主人公の複雑な孤独を的確に捉えた。
 
代理コメント/ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督「本当にありがとうございます。観客の皆さま、映画祭の皆さまに感謝いたします。映画はみんなで作り上げた作品です。映画のチームの皆さんにも感謝申し上げます。そして賞状をトゥブシンバヤル・アマルトゥブシンさんに渡します」
 
JAIHO賞
 
『君と僕の5分』(404 Still Remain/너와 나의 5분)/韓国
監督:オム・ハヌル(UHM Ha-neul/엄하늘)
 
≪授賞理由≫
テンポよく展開するストーリー、主人公2人の瑞々しい演技。彼らがバスの車窓から眺める四季折々の風景が、音楽と絡み合い美しい余韻を残す。そして少年は大人になる。“ボーイ・ミーツ・ボーイ”映画の傑作。
 
 
薬師真珠賞
 
ラン・ウェイホア(LAN Wei-Hua/藍葦華)
カオ・イーリン(Alexia KAO/高伊玲)
ツェン・ジンホア(TSENG Jing-Hua/曾敬驊)
ホアン・ペイチー(Queena HUANG/黃珮琪)
『我が家の事』(Family Matters/我家的事)/台湾
 
≪授賞理由≫
『我が家の事』の主人公家族を演じた4人の俳優たち、ラン・ウェイホア、カオ・イーリン、ツェン・ジンホア、ホアン・ペイチーに授与する。家族それぞれがかかえる複雑な心情を見事なアンサンブルで演じ、新人監督による偉大な傑作の誕生に貢献した。
 
授賞者コメント/カオ・イーリン「映画で母親を演じました。『我が家の事』は40人くらいのクルーで製作された作品です。気に入ってくださったらうれしいです。まわりの方にも是非すすめてください」
 
授賞者コメント/ツェン・ジンホア「この場を借りて、撮影クルー、大阪アジアン映画祭の観客の皆さまに感謝申し上げます。審査員の皆さま、映画の中で相手役を務めてくださった皆さまにも感謝いたします。皆さまのおかげで、私は受賞できたと思っています。そして最後に監督に、心から感謝申し上げます。監督はかわいくて、実はひょうきんな人なんですよ。母親が大好きなんです(笑)!ありがとうございました」
 
JAPAN CUTS Award
 
『素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる』(So Beautiful, Wonderful and Lovely)/日本
監督:大河原恵(OKAWARA Megumi)
 
≪授賞理由≫
多彩な編集と撮影手法、不条理なユーモアとハートフルなストーリーテリングが矢継ぎ早に繰り広げられる、大河原恵監督の『素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる』にJAPAN CUTS AWARDに授与する。脚本・監督・編集・主演を務めた大河原は、真の若いエネルギーに溢れ、短い上映時間の中に創造的なアイデアと野心を詰め込み、かつ筋の通った作品を完成させた。
 
授賞者コメント/大河原恵監督「インディー・フォーラム部門には素晴らしい作品ばかりだったので、大変驚いています。観客の皆さま、関係者の皆さま、大阪アジアン映画祭の皆さま、ありがとうございます」
 
芳泉短編賞
 
『洗浄』(WAShhh/洗浄)/マレーシア
監督:ミッキー・ライ(Mickey LAI/黎樂怡)
 
≪授賞理由≫
まるでリアルタイムで起きている出来事のように、限られた空間と時間の中で観客を巧みに没入させ、少女たちの状況の追体験を可能にする。モノクロームの画がセンセーショナリズムに陥らない緊迫感を作品にもたらす。リアリズムとシンボリズムの両方を兼ね備え、制度の不条理を痛烈に批判し、タブーに挑んでいる。
 
芳泉短編賞 スペシャル・メンション
 
『金管五重奏の為の喇叭吹きの憂鬱』(The Melancholy of a Brass Player for Brass Quintet)/日本
監督:古谷大地(FURUYA Daichi)
 
≪授賞理由≫
元気が湧いてくる作品(アダム・ウォン)
編集、音響デザイン、テンポ ー すべてにおいて類のない作品。何が何だか分からないのに、完全に筋が通っている。(ジョン・スー)
まるでサイレント映画のようなアナーキーさを湛えている(木下千花)
 
観客賞
 
『蔵のある街』(The Tales of Kurashiki)/日本
監督:平松恵美子(HIRAMATSU Emiko)
 
授賞者コメント/有吉司(配給:マジックアワー代表)「私は配給の仕事をして40年になります。この40年で、観客賞を頂けたことは個人的に本当にうれしく、きっと誰よりも喜んでいると思います。そして大阪にいられなかった、平松恵美子監督もよろこんでいると思います。
舞台挨拶記事はこちら
 
写真≪後列≫上倉庸敬(大阪映像文化振興事業実行委員会)/三宅正子(株式会社薬師真珠)/アンジェラ・ユン(コンペティション部門 審査委員)/ファルハット・シャリポフ(コンペティション部門 審査委員) /中村由紀子(コンペティション部門 審査委員)/難波弘之(公益財団法人芳泉文化財団 事務局長)
≪前列≫大河原恵監督(JAPAN CUTS Award『素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる』)/ツェン・ジンホア(薬師真珠賞『我が家の事』)/カオ・イーリン(薬師真珠賞『我が家の事』)/パク・イウン監督(来るべき才能賞『朝の海、カモメは』)/ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督(最優秀俳優賞『サイレント・シティ・ドライバー』監督※代理)/有吉司(観客賞『蔵のある街』配給マジックアワー代表)
 
 
万博イヤーの2025年度・第21回大阪アジアン映画祭は、2025年8月29日(金)~9月7日(日)に開催予定だ。
公式サイト https://oaff.jp 
 
JAPAN CUTS Award
 

 

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 多分野でマルチな才能を発揮するジェフ・サターの映画初出演・主演作となるタイ映画『いばらの楽園』が、第20回大阪アジアン映画祭特集企画<タイ・シネマ・カレイドスコープ2025>作品として3月19日「テアトル梅田」(大阪市北区)で日本初上映された。
 
 タイ映画のメジャースタジオ、GDHが手がけた本作では、同性の恋人と念願のドリアン農園を手に入れ結婚するはずだった主人公が、突然の事故で恋人を亡くしてからの苦難を描いている。本作が初監督となるボス・グーノーが、愛憎入り混じる人間関係や農園をめぐる攻防を「ドリアンホラー」と言わんばかりの見事なエンターテインメント作品に仕立て上げた。
日本初上映後にプロデューサーのワンルディー・ポンシッティサックさんが登壇して行ったQ&Aの模様をご紹介したい。
 

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ーーー今のお気持ちは?
日本初上映が終わり、とても嬉しいです。『いばらの楽園』は昨年8月にタイで劇場公開され、そこからいくつかの国を旅して日本にたどり着きました。日本での劇場公開もできればいいなと思っています。
 
ーーー製作の経緯について
現在タイでは同性婚法案が成立していますが、この映画の企画が始まったときは、まだその法律はありませんでした。ある日、ボス監督がわたしにLGBTQの人たちは婚姻の権利が等しくないことを語ってくれ、一緒にこの映画を作ることになりました。映画はエンターテイメントの側面もありますが、社会にとって意義のあるもの、監督の考え方の後押しをしたいと思いました。この映画をご覧いただければ、なぜ同性婚法案を成立させなければいけないのかが、深く理解していただけたと思います。
 
ーーーボス監督の作風について
ボス監督はドラマ(「僕の愛を君の心で訳して」他)を監督しており、登場人物に太い感情を持たせ、登場人物の混乱や葛藤を描くのが特徴で、そういった要素を『いばらの楽園』にも活かしています。この映画は同性婚法案を後押しするだけでなく、それぞれのキャラクターの葛藤を描き、彼らが思い描いていたものが崩れていく様子を描いています。
 
ーーー資金集めやキャスティングでの難しさはなかったか?
製作費はGDHが全て出していますし、ジェフ・サターは元々からボス監督や私と一緒に仕事をすることを希望していたのです。この映画に参加する人は全員、同性婚法案に賛成する必要がありましたが、誰も反対する人はおらず、むしろ喜ばしいと言ってくれました。
 
ーーー舞台をタイ北部(メイホンソーン)のドリアン農園にした理由は?
なぜドリアン農園なのかについてですが、主人公のパートナーが亡くなったとき、法案成立前なので財産を相続できない設定にしたのです。ただ家財道具を売るとなると簡単すぎるので、難しい状況を作り出したいと思いました。土に生えて移動できない果物の木を財産にしようと考えました。次に、どんな果物がいいかを考えたとき、その答えがドリアンだったのです。ドリアンはとても栽培が難しい果物で、タイでは果物の王様と呼ばれています。舞台となった地域はタイで最も貧しい地域なのですが、高価な果物を最も貧しい地域に植えるという点がおもしろい着眼点だと思いました。
 
またドリアン自体の性質については、すごくいい香りがして甘さがあると同時に臭みがあり、痛々しいトゲがあります。皮を剥いて中身を見るととても美しい。ですからドリアンが愛の痛みや美しさ、そして傷つけあうというテーマに合うと思いました。
 
 
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第20回大阪アジアン映画祭は3月23日まで開催中。『いばらの楽園』は3月23日(日)13:00よりABCホールで2回目が上映予定。
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
 
(C)2024 GDH 559 CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED
 
(江口由美)
 
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 現在開催中の第20回大阪アジアン映画祭で、メイン会場のABCホールにて3月21日(金)で、台湾映画5作品のゲストが集うTAIWAN NIGHTが開催され、写真右から『晩風』のチャン・ゾンジェ監督、『ブラインド・ラブ 失明』のジュリアン・チョウ監督、『イェンとアイリー』のトム・リン監督、『我が家の事』出演のツェン・ジンホアさんとパン・カーイン監督、『寂しい猫とカップケーキ』ヤン・リン監督が登壇した。
 
「同性婚がテーマの作品。2019年に台湾でアジアで初めて同性婚を認める法律が成立しましたが、結婚する前後で家族がどうなるのかを描きたかったのです」(チャン・ゾンジェ監督)
 
「大阪にやってきて嬉しいです。私の手がけた『ブラインド・ラブ 失明』も同性婚について触れるだけでなく、親子の関係も描いています。主人公の役柄を借りて、日々の暮らしの忙しい中で、親子や家族の関係とは何かを映画の中で表現してみました」(ジュリアン・チョウ監督)
 
「我々全員を招き、台湾ナイトに登壇でき、大阪アジアン映画祭に感謝したいです。そして、わざわざ映画を見にきてくださり、観客のみなさんに感謝します」(トム・リン監督)
 
「初めて大阪に来てとても嬉しく思います。我々の新作を携えて映画祭に来ることができました。明日(22日)の上映をぜひご覧ください。そして、気に入ってくださるともっと嬉しいです」(ツェン・ジンホアさん)
 
「初の長編『我が家の事』で大阪アジアン映画祭に参加でき、とても嬉しいですし、隣にはジンホアさんもいます。私の作品は今まで短編を2回上映していただきましたが、長編を携えて実家に帰って来たような気分です」(パン・カーイン監督)
 
「短編ですが、大阪でワールドプレミアを行うことができました。『寂しい猫とカップケーキ』は台湾の公共テレビの製作で、出演者の中にはルー・イーチンやチェン・ヨウジエと有名俳優が出演しています」(ヤン・リン監督)
 
と一言ずつご挨拶し、大きな拍手が送られた。
 

TAIWAN NIGHTに続き、『イェンとアイリー』日本初上映後に行われたトム・リン監督のQ&Aでは、まず監督より映画のラストシーンについて、本作の主題となっている母と娘の複雑な関係が決して和解したわけではないが、“ふたつの魂が近づいた”という評をもらったことについて言及。「我々にとって『魂が近づいた』というのは、もう充分なのではないか」とその関係性の行方を示唆した。
 
 
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■モノクロにすることで、役者の演技を集中して観てもらえる

本作はトム・リン監督のフィルモグラフィで初のモノクロ映画だが、まずは自身が映画ファンから映像作家に入ったこともあり、モノクロ映画の力を実感しており、一度は撮りたいと思っていたことや、脚本段階でモノクロ映像にぴったりと感じていたことを理由に挙げた。
さらに演出という観点では、観客に集中して映像を見てもらうことが狙いだったとし、「色がない分、観客が役者の演技に注目するだろうという計算がありました。映画をご覧になるとき、母と娘の演技や感情の表現、葛藤にすべて観客がひきこまれていくように作りました」
ただ、資金集めでは過去の作品の中で一番苦労したことも明かし、「今回はすごく時間をかけて資金を集めたので、次に撮るなら、モノクロ映像にあったテーマがあれば撮りたいと思います」
 
 
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■コロナ禍でようやく実現した妻、キミ・シアとの映画づくり

主人公イェンを演じたキミ・シアを「実生活の妻」と紹介したトム・リン監督。以前から一緒に仕事をしようと思っていたものの、互いに多忙で実現できず、そのチャンスが巡ってきたのがコロナ禍だったと振り返り、妻にやりたい役を聞いたところ「母と娘の物語」が出てきたことや、キミ・シア自身の母との関係が非常に難しいものであったことを明かした。
さらに、脚本段階で実在の大事件からインスピレーションを得たそうで、
「物語を構想しはじめたときに、息子が母を助けるために父を殺すという大きな事件が台湾で起き、そのニュースを見てから、刑務所から出た時に、残った母と子どもはどうやって過ごしていくのかと、ずっと考えていたのです。息子を娘に置き換えて、刑務所から釈放され、親孝行だった娘が母とどうやって過ごしていくのかと考えて、そこから物語を構想し始めました」
 
脚本執筆時には、常にキミ・シアに見せては色々な意見やダメ出しをもらっていたというトム・リン監督。「例えば、母と娘の喧嘩の場面を描くと、『あなたは(書くのが)下手ね』と、携帯で彼女が実際に母との喧嘩をしている場面を見せてくれ、そういうことなのかとわかりました。字幕では脚本に私の名前が出ていますが、本当の脚本は妻と妻の母だと思います」
 
最後に脚本の中で主役の彼女をアイドル的(みんなに注目される)存在にしたことについて問われたトム・リン監督は「脚本段階で演じるのは自分の妻とわかっていますし、実際に彼女は美しいので、その美しさを無視するわけにはいきません。スクリーンの美しさを考え、このようなストーリーになりました」と主演俳優(妻)の美しさにも触れながら、俳優のポテンシャルを活かす役作りを笑顔で語った。
 
 
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第20回大阪アジアン映画祭は3月23日まで開催中。
『我が家の事』は3月22日(土)12:50よりABCホールで2回目が上映予定。
『ブラインド・ラブ 失明』3月22日(土)12:20よりテアトル梅田で2回目が上映予定。
 
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
 
(c)Bering Pictures
 
(江口由美)
 
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 現在開催中の第20回大阪アジアン映画祭で、メイン会場のABCホールの上映初日となる3月19日(水)に、ゲストを迎えてのスペシャル・オープニングセレモニーが開催された。スペシャル・オープニング作品、カザフスタンのミュージカル映画『愛の兵士』の日本初上映に先立ち行われたセレモニーでは、上映作品67作品中、フランス、ポルトガル、ドイツ、香港、日本、カザフスタン、韓国、フィリピン、台湾、タイの18作品から、監督、出演者など30名を超えるゲストが登壇した。
 
  大阪映像文化振興事業実行委員会の上倉庸敬委員長からは「映画は画面に映っていないものを映し出し、そこに響いていない言葉に耳を傾けさせるものです。映画の作り手と観客の皆様と共に過ごしてきた20年は、私たち映画祭にとって至福の時間でした」と20回を迎えることができたことへの感謝が述べられた。また、ゲストを代表して、スペシャル・オープニング作品『愛の兵士』のファルハット・シャリポフ監督が「コンニチワ!オオサカです!」と日本語で挨拶。映画祭が20回を迎えることへのお祝いの言葉に続いて、「一緒に心から映画祭を楽しみましょう」と会場に語りかけると、会場は大きな拍手に包まれました。
 
 
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 『愛の兵士』上映後にファルハット・シャリポフ監督が登壇して行われたQ&Aでは、
「90年代にカザフスタンのアルマティが結成した、いわばビートルズ級の人気バンド、Astudioより、自分たちの楽曲を使った映画を作ってほしいと依頼があり製作に至ったという経緯や、彼らの音楽や詞を使い、ダンスを入れた作品と考えた時、当初からミュージカルを想定していたことが語られた。また、ミュージカルとはいえ、あまり派手な演出はせず、自然なものを心がけたそうで、「前半部分の主人公は特に熱情的なものがあるわけではなく淡々と生活を送るシーンだったと思います。後半部分は主人公が昇進(メジャー会社と契約)し、より派手で熱情的な世界に移っていくのに応じて音楽のモードもより明るく熱情的なものになっていった」と解説。
作中で主人公、アルマティが度々手にし、吹いていた土笛はサッシドナイと呼ばれるカザフスタンの民族楽器で、「両親が主人公に込めた魂のようなもの」とシャリポフ監督。「親から子どもに吹き込まれた魂が、作品の最後に音色を奏ではじめるというのが重要だった」とミュージカルの中に込めた夫婦だけではなく親子の描写についても、その狙いを語った。
また最後の曲で繰り返し登場する「ディギタイ」という言葉は、現代では使われていない古いカザフスタンの言葉で、「翻訳をしながら意味がわからず悩んだ言葉。観客のみなさんがその意味を自由に想像してほしい」と呼びかけた。
 
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第20回大阪アジアン映画祭は3月23日まで開催中。『愛の兵士』は3月23日(日)15:20よりテアトル梅田で2回目が上映予定。
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
 
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『ひまわりと子犬の7日間』『あの日のオルガン』の平松恵美子監督最新作『蔵のある街』が、第20回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門作品として3月14日「テアトル梅田」(大阪市北区)で世界初上映された。
 
  倉敷出身の平松恵美子監督が倉敷の美顔地区をはじめ、オール倉敷ロケで挑んだオリジナルストーリーの青春群像劇。高校生の蒼(山時聡真)が、幼なじみの紅子(中島瑠菜)の兄で自閉症の恭介(堀家一希)が木に登り、花火を見ようと探して騒ぎ担っている場に出くわしたことから、二人を助けるために「この街に本物の花火を上げる」と約束してしまう。高校生の壮大な約束が、昔ながらの街のコミュニティーにもさざ波を立て、さらには行動をはじめることで、何事も中途半端だった蒼や、母が去った後、兄や呑んだくれの父のケアをし続け、絵を学ぶ夢を諦めてきた紅子に起きる変化を瑞々しく捉えた感動作だ。
 
 
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   上映後に平松恵美子監督と同じく倉敷出身で恭介ことキョン君役を演じた堀家一希(OAFF2022『世界は僕らに気づかない』主演)と、蒼のアルバイト先のジャズ喫茶のマスターを演じた前野朋哉が登壇した。同級生から映画を作ってと言われても断り続けてきたという平松監督は「コロナ禍で花火を上げたという倉敷の同級生のエピソードがとてもよく、当時唯一いい気持ちになれる話だった。今は会えなくてもいつかは会いたい人のことをお互いに思い合いながら花火をあげる。そこから無謀な試みだとは思ったが、(映画の中の)倉敷で花火を上げることになりました」と製作の経緯を説明。エンドロールの花火映像は、新型コロナウィルスが第5類に分類される前までのコロナ禍で開催された花火大会の映像を大きな大会から、小さい地域のものまで集めて映し出しており、映画の中の花火の映像も集められた映像の中から使わせていただいたと花火の映像に込められた多くの協力者へ感謝の気持ちを表した。
 
    今回、平松監督作品に初出演となった堀家さんと前野さんはオファー時のことを振り返り、
「素直に嬉しかった。全編を通して平松さんの私的な話が入っており、セリフの一言一言に温かみを感じます。ここ(倉敷)に帰れるのかと嬉しかった」(堀家)
「倉敷の美観地区は本当に地元で、青春時代を暮らした場所。脚本を読みながら、すごくイメージが湧きました。倉敷で100%ロケの作品を見たことがなかったのでワクワクしましたし、ストーリーも最高でした」と故郷で撮影される平松監督オリジナル脚本の作品への出演に感無量の様子。
 
 

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 今回、堀家一希が演じたキョン君は、レオナルド・デ・カプリオが一躍脚光を浴びた『ギルバート・グレイプ』で、高いところに登るのが好きな知的障害を持つ弟の役を彷彿とさせたが、平松監督も「堀家君は難しい役で心配していましたが、現場で話し合いをし、いつもニコニコした彼自身のキャラクターが、キョン君のキャラクターに合っていました」と賞賛。堀家も木の上の撮影が初日で「高いところにいるとみんなが心配してくれました」。
一方、平松監督が「安心感しかなかった」と讃えた前野朋哉は、ジャズ喫茶アベニューでのロケに、「高校時代通った思い出の場所でテンションが上がった」。今回は初めてのドラムプレイにもチャレンジしたという。
 
 
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 観客からは倉敷出身フィギュアスケーターで、映画初出演の本作で美術館の学芸員役を演じた高橋大輔に関する質問が寄せられ、学校は違うが成人式は一緒だったという同級生の前野が「倉敷のチボリ公園での成人式では高橋選手を同級生たちが取り囲み羨ましく思っていたが、まさか映画で共演できるとは思っておらず、嬉しかったです。ジャズ喫茶のシーンが高橋さんのクランクインでしたが、最初は緊張していたようで、撮影は『オリンピックより緊張した』そうです」とエピソードを紹介。堀池も「めちゃくちゃいい人です」と絶賛しつつ、一緒に散歩へと去っていくシーンで、後ろ姿のときに思わぬ質問が飛んできたことを回想。平松監督も「物腰よく、とても素敵な方」とその人柄や、現場で演技に慣れる速さに驚いた様子だった。
『蔵のある街』は7月25日倉敷先行公開、8月22日より新宿ピカデリー他全国ロードショー
 
 
第20回大阪アジアン映画祭は3月23日まで開催中。
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
 
(C)2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会
 
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 『狂踊派3』のアダム・ウォン監督が聴覚障がいを持つ3人の若者たちの挫折と希望を描く『私たちの話し方』が、第20回大阪アジアン映画祭コンペティション部門作品として3月15日「テアトル梅田」(大阪市北区)で日本初上映された。
 
 2000年代まで手話教育が禁止されていたことを背景に、手話を習うことなく、幼い頃から人工内耳を装着し、努力を重ねて口語話者となり、今は数理士を目指すソフィー(ジョン・シュッイン)。幼い頃から手話話者であることに誇りをもち、手話話者たちと一緒に車清掃業を行う一方、ダイビングコーチの夢に向かって歩んでいるチーソン(ネオ・ヤウ)。チーソンの幼馴染で、人工内耳をつけても手話で話すことも続けると約束を交わし、今はクリエイターとして活動している手話もできる口語話者のアラン(マルコ・ン)。この3人それぞれのコミュニケーションのやり方やその日常を、リアリティーをもって描いている。チーソンから手話を習うことで、自分らしい表現方法に出会えた喜びや、聞こえないことに対する自身の思いが変化していくソフィーを繊細に演じたジョン・シュッイン(0AFF2024『作詞家志望』は、金馬奨主演女優賞を獲得。登場人物たちの聞こえる/聞こえない感覚を疑似体験させるような音響も秀逸だ。
 
 
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上映後に行われた、今回で大阪アジアン映画祭4度目の来場となるアダム・ウォン監督と撮影のミンカイ・ヨンさんの舞台挨拶では観客から大きな拍手が送られた。
アダム・ウォン監督は、「この映画を作るにあたり、ほんとうに色々調べました。もともと耳の聞こえない友人がいましたが、あまり深くその文化を知りませんでした。5年前、耳の聞こえない人特有の文化があることを知ったのは5年前です。自分の立場をよくわかっており、それを誇らしく思う方が多くいらっしゃる。そういう方々の話を聞いて感動しましたので、チームを作ってリサーチを重ね、映画を撮ることにしました」と映画製作のいきさつを語った。
 
さらに「聞こえない方々全てが聞こえないことを誇りに思っているわけではなく、かといって恥ずべきことだと思っているわけではないことを強調しておきます。様々な(聞こえやすくする人工内耳や補聴器などの)方法を使ったり、手話を使って、みなさんそれぞれが、他のみなさんとコミュニケーションを取っていこうという積極的な想いを持っていらっしゃいます。手話を一生懸命学ばれた方も、いつ、どのようなシチュエーションで手話を使えば、どこまでコミュニケーションが取れるのかを考えながら、色々な方法を、色々なレイヤーを使いながら自己表現していこうとされています」と付け加えた。
 
続けて撮影監督のミンカイ・ヨンさんは、この映画の話を監督からもらったときに、最初に言われたのはリアリティーを出したいということだったと語った。さらに、
「その中でも人工内耳や手話を使って、自分たち以外の世界の人々とどうやってコミュニケーションを取るのかを、リアリティーをもって描きたいと監督から言われたのです。みなさんと一緒にいる間に、いろんなことを考え、感じ、それをどのように誠実に表現するかを考えました。(カメラで)正確に表現するだけではなく、私が手伝いながら役者のみなさんがそれをうまく表現できるように持っていきました」と役者たちの演じやすい環境づくりに腐心したことを明かした。
 
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第20回大阪アジアン映画祭は3月23日まで開催中。『私たちの話し方』は3月20日(木)15:40よりABCホールで2回目が上映予定。
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
 
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  春の大阪の風物詩、大阪アジアン映画祭(以下OAFF)が、今年で記念すべき第20回を迎える。2025年3月14日(金)から23日(日)までABCホール、テアトル梅田、Tジョイ梅田、大阪中之島美術館で開催されるOAFFの暉峻創三プログラミング・ディレクターに今年の見どころや20回の積み重ねについてお話を伺った。
 

■暉峻氏が感じるOAFFの世界的評価

―――今年でOAFFもいよいよ第20回を迎えますね。
暉峻:本当にあっという間でした。いつも開催が終わったら少し休めるなと思うのですが、全然休めないうちに次の回が来てしまう。この映画祭は自分が創設したものではありませんが、第3回では協力という形で携わり、第4回からプログラミング・ディレクターをしています。当時はピカピカの若者のつもりだったのに、いろんな意味で時の過ぎ去るのは早いですね。
 
―――暉峻さんが思い描いていたような映画祭に成長したという手応えはありますか?
暉峻:映画祭はお金のかかるイベントなので、相変わらず資金面では苦労し続けています。それを別にすれば、世界的な認知度は大きくアップしていると思います。最初は海外で全く認知されていなかったので、映画祭のことを説明することから交渉を始めなければなりませんでしたが、最近は海外の製作会社側からぜひ出品したいとお話をいただくことが多くなった。それは大きな変化ですね。一方で、ラインナップやウェブサイトを見て、カンヌや釜山国際映画祭(以降BIFF)のような豪華絢爛なイメージを持たれているケースもあり、海外の出品者から「レッドカーペットはいつあるのか?」「主演の大人気スターとカメラクルーを連れてきたいんだけど」という質問や提案を受けることもあるんですよ。
 
―――なるほど、年々ラインナップも充実してきましたから。
暉峻:プログラミング・ディレクター就任と同時に、告知や資料を全て日英の2ヶ国語表記にしたことで、国際的な中で映画祭を存在させることができるようになったのがOAFFの大きなターニングポイントでした。当時はまだ英語圏の書き手がスタッフにいなかったので、公式カタログでは僕が英語部分を適当に作ったケースもありました。
 
 
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■カザフスタン映画『愛の兵士』をスペシャルオープニングに選んだ狙いとは?

―――今年の一押しはスペシャルオープニング作品(以降SOP)のカザフスタン映画『愛の兵士』だと思いますが、どうやって発掘したのですか?
暉峻:日本で紹介されてきたカザフスタン映画とは違うタイプの作品が登場してきたのが、今回の新たな発見です。OAFF2022『赤ザクロ』は非常にシリアスな作品でしたが、そういうイメージがカザフスタン映画全体についてしまうと、ネガティブに作用してしまう懸念もありました。そういうイメージとは違う作品が出てきている印象があります。国が映画への補助を積極的に行っている状況にあることや、ここ数年で現地の国際映画祭やマーケット開催にも力を入れ始めたこともあり、カザフスタン映画が映画祭のためだけではなく、韓国やタイ映画のように広い観客に向けて打ち出していける状況にあるのではないでしょうか。その代表格とも言えるのがュージカル映画の『愛の兵士』です。
 
―――かなりエンタメ性のある作品のようですね。
暉峻:この作品のキーワードになるのは長期間にわたって活躍している国民的グループA’Studioです。日本でいえば小室哲哉のようなプロデューサー的立ち位置でもある鍵盤担当のメンバーを中心に、メンバーが入れ替わりながら活動を続けているんですよ。少数精鋭で選び抜かれた人が集まっているのですが、『愛の兵士』ではA’Studioの結成当初の曲から最新のものまでを全編でフィーチャーしています。監督のファルハット・シャリポフが素晴らしいのは、あらゆる場面が映画的になっており、A’Studioの曲をうまく使ってストーリーを構成しているところです。
 
―――映画祭的にもこの作品をSOPにすることで、攻めた印象を与えるのでは?
暉峻:そうですね。近年はSOPが偶然にも人気スター出演の香港映画(OAFF2024『盗月者』、OAFF2023『四十四にして死屍死す』)でしたが、その路線を続けるといかにも人気国、人気スターに頼った映画祭に見えるのではという危惧がありました。その意味でも第20回は挑戦的に踏み出すことを示すというメッセージ性が必要でした。これはBIFFの成功から学ばせていただいた部分で、BIFFのオープニングやクロージング作品は決してメジャー作品を置いているわけではなく、今まで全く知らなかった作家の作品や、超インディーズ映画をセレクトしています。そのことで、新しい作家が一般市民や世界の映画人に知られるきっかけになっている。だからOAFFもそういう機能や世界に対するメッセージを持たせたいと思っているのです。
 
 
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■平松恵美子、戸田彬弘、足立紳とベテランが揃ったインディ・フォーラム部門の新傾向

―――かつてコンペティション部門出品の監督作が特別注視部門に選ばれたり、祝祭感の中にも驚きのラインナップですね。
暉峻:僕としては一番驚いたのがインディ・フォーラム部門です。基本の設計は若手でこれから映画業界での活躍を志している人の作品を上映するという、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)に近いカラーではあったのですが、今年は蓋を開けてみればすごくベテランの人たちがこの部門に揃ったんですよ。日本映画界の最近の傾向として語れるぐらいだと思っています。
 
―――確かに、すでに映画界でキャリアを確立した方々が揃っていますね。
暉峻:例えば倉敷で撮影された『蔵のある街』は松竹で山田洋次監督の助監督・共同脚本を務め、『あの日のオルガン』などの作品で知られる平松恵美子監督の最新作で、新しい可能性が見える出来栄えになっています。思うに、名声を確立した人たちだからこそ、インディーな環境や小規模な体制でやりたかった企画を実現したいという想いがあるのではないか。
それに加えて、配給会社オムロの西田宣善さんのように、監督とは思われてなかった人が60歳ぐらいになって突然監督をされたケースもあります。戸田彬弘監督の短編『爽子の衝動』は完全なインディーズ映画です。『市子』が大ヒットした後、こういう作品を撮るというのはある意味クレバーなやり方ですね。
 
歴史的な文脈で言えば、インディ・フォーラム部門も、以前は世界初上映作以外で入選する作品がある程度あったのです。昨今は世界初上映作だけで枠がいっぱいになってしまう。今回特別な事情として例外的に世界初上映、日本初上映ではないにもかかわらず入選しているのが『爽子の衝動』と田辺・弁慶映画祭で受賞した『よそ者の会』、そして別府短編映画祭の企画から生まれた足立紳監督の『Good Luck』です。昔だったら当然入選していた作品が世界初上映ではないだけで落選することも多くなりました。
 
―――それではいよいよ、コンペティション部門からオススメ作品を教えていただけますか?
暉峻:まずはSOPと連続性があるので是非観ていただきたいのが、アメリカのトライベッカ映画祭でインターナショナル部門の最優秀作品賞受賞作の『バイクチェス』です。これも今まで紹介されたことのないスタイルのカザフスタン映画で、日本で言えばNHKのような公共放送のアナウンサーを主人公にし、基本的にはリアリズム描写の中、ファンタジックでありつつ様々なカザフスタンの社会状況が描かれています。またモンゴルの『サイレント・シティ・ドライバー』は、『セールス・ガールの考現学』をOAFFで世界初上映したジャンチブドルジ・センゲドルジ監督の最新作ですので、これも期待してほしいですね。
 
―――他にも過去にOAFFで短編を紹介された監督が、初長編を携えて戻って来たケースもたくさんありますね。
暉峻:過去に短編をOAFFで紹介した監督の初長編作が2本入選しています。一本はOAFF2022『姉ちゃん』、OAFF2023『できちゃった?!』のパン・カーイン監督による初長編作『我が家の事』です。台湾映画で、世界初上映をOAFFでという選択はとても大胆なので、コンペで紹介できるのはすごく嬉しいですね。この作品は『本日公休』の製作会社から出品されているので、初長編ですが素晴らしく練り込まれた脚本の商業作品になっています。もう一本はOAFF2024『姉妹の味』のファン・インウォン監督の初長編『その人たちに会う旅路』です。世界初上映は昨年のBIFFですが、その後編集など一部手直しを加えており、新バージョンでは今度のOAFFが世界初上映になります。
 
 
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■久々の韓国映画長編4本入選と、00年代のマイノリティーたちを描いた『君と僕の5分』

―――韓国映画の長編がコンペティション部門に入選というのも、韓国映画ファンには嬉しいところでは?
暉峻:世界の映画祭を見ても韓国映画は入選が不振を極めています。OAFFでも昨年まで3年連続コンペティション部門に韓国映画の入選がなかったのですが、今回久しぶりに劇映画の長編が、特別招待、特別注視を入れれば4本ご覧いただけます。コンペに入っているもう一本、『朝の海、カモメは』は『ブルドーザー少女』(OAFF2022)の監督の最新作。釜山やヨーロッパの映画祭で賞を取りまくっている大傑作です。また特別注視の『君と僕の5分』は00年代、アニメやJポップなどの日本文化に夢中になった高校生の物語なんです。それまで韓国は日本の大衆文化がずっと禁止されてきたので、Jポップが好きだと言うといじめに遭う状況があったそうです。一方、当時は同性愛者もいじめの対象になっていた。それぞれカミングアウトできないことや人を愛してしまった高校生たちを描いています。パソコン通信時代で情報が広がり、多分違法ダウンロードで音楽やアニメが広がっていたのでしょうが。
 
―――かつてのアジアは違法DVDなどがおおっぴらに売られていましたし、それらを通じて日本の作家に影響を受けた世代が、アジアの映画監督で多数おられるのも事実です。
暉峻:海賊版はネガティブに語られますが、実際は文化の下地を作る大きな役割を果たしています。タイ映画ではOAFFで初期から紹介していたGDHがメジャー会社の地位に急成長してきましたが、まさに初期は作品が違法アップロードされたままになっていたんです。GDHの人に聞くと、海賊版でアップされていることが、ある意味人気の下地を作るために必要だと考えているそうです。だから初期作品は(違法アップロードを)放置していたのだと。
 
 
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■ワーナー・ブラザーズがタイ映画で初めて配給した『タクリー・ジェネシス』は超必見

―――タイ映画といえば、今回はOAFF2009『ミウの歌』のチューキアット・ サックウィーラクン監督作がタイ・シネマ・カレイドスコープ2025にラインナップされていますね。
暉峻:今回、意識してプログラムしたわけではありませんが、第4回(OAFF2009)から紹介してきた監督たちが皆、最新作を携えて戻ってきてくれた。第20回を祝ってくれているようにも見えるラインナップですよね。
 
―――本当に祝祭感に溢れていますよ。
暉峻:その中で一番古い回の入選監督と言えるのが、『ミウの歌』のチューキアット・ サックウィーラクン監督です。今回上映する『タクリー・ジェネシス』は、超必見の映画です。タイ映画を今までたくさん観てきた人でも驚くと思います。今までのタイ映画はGDHのようなフィールグッドな作品や、それ以外だとホラー映画が多かったですし、昨年も多数紹介しましたが比較的みなさんが思っているタイ映画の枠に入っている作品だったと思います。タイナイトで紹介した超ローカル映画『葬儀屋』は別格でしたが。
 
今回はGDHの作品が『おばあちゃんと僕の約束』『団地少女』『いばらの楽園』と3本入っており、いずれも大傑作なのでぜひ観てほしいのですが、『タクリー・ジェネシス』はタイ映画のイメージの転換点になる映画です。ワーナー・ブラザーズがタイ映画で初めて配給した作品で、それだけのスケール感があります。現代に近い時代からはじまり、現代、そしていきなり紀元前5000年、そして近未来とまさにタイムリープエンターテイメントです。タイの場合、もともとプロダクション、特にポストプロダクション技術のレベルが高い国なのですが、この作品がすごいのは技術面の高さを見せるだけで終わっている映画では全くなく、『ミウの歌』の監督だけあり、登場人物たちの人間像がきちんと描けているところです。
 
 
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■台湾の名匠トム・リン、ヤン・ヤーチェの最新作は?

―――台湾映画はどうですか?今回はOAFFとも馴染みが深く、日本での劇場公開作も多いトム・リン監督がモノクロ作品でコンペティション部門に入選しています。
暉峻:今回上映する作品の中で、最も国際的に知名度のあるのはトム・リン監督の『イェンとアイリー』です。トム・リン作品の過去作と違う新傾向としては、主演のキミ・シアが創作面でも深く関わっており、やや肌合いが違うと感じるでしょう。もう一人、常連監督ということでヤン・ヤーチェ監督の作品も上映するのですが…。
 
―――メイン画像を見て驚きました!『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』主演のウー・カンレンの新たな一面が観れそうですね。
暉峻:超ヤバイ、題材的にもハードな作品です。スケジュールを組むときも、大阪府条例で未成年が入れない時間帯に組んであります。『Brother〜』を観た人であれば、この作品のウー・カンレンはますます驚くと思います。同じ人とは思えない別のキャラクターを演じていますし、自然体で素人かと思うぐらい“作らない”演技をしています。そういうことをやる冒険心も含めて、『破浪男女』はウー・カンレンが気になっている人は見逃し厳禁の作品です。
 
―――個人的には昨年末にインド旅をしたので、リマ・ダス監督の『ヴィレッジ・ロックスターズ2』が気になっています。
暉峻:リマ・ダスは僕自身もこだわりをもって紹介してきた監督です。ここのところインド映画ブームで、日本でも商業公開される作品が多く、映画祭でも入選多数なのですが、リマ・ダスに関しては、OAFF以外ではなぜかあまり紹介されていないんですよね。とても小さなチームで映画を作り続けている。それは凄いことですね。
 
―――今回は音楽映画なんですね。
暉峻:『ヴィレッジ・ロックスターズ2』に限らず、第20回は音楽やミュージカル作品が多く入選しているのも特徴です。映画自体はミュージカルではありませんが、音楽がらみなんですよ。先ほどの『君と僕の5分』も音楽ものですし、インドネシア映画『愛に代わって、おしおきよ!』や、韓国の短編『スズキ』、香港映画『ラスト・ソング・フォー・ユー』もですね。
 
 
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■時代の雰囲気がダイレクトに感じられるクロージング作品「桐島です」

―――最後にクロージング作品の「桐島です」についてお聞かせください。
暉峻:足立正生監督と高橋伴明監督が桐島聡を描く劇映画をそれぞれ撮ると聞き、いずれも楽しみにしていました。最初から足立監督の方が先に映画を完成させるとわかってましたが、高橋監督の「桐島です」は流石に時間をかけただけのことはある出来栄えです。世間的には主人公の桐島に注目が集まると思いますが、それだけでなく一つ一つのプロダクションのクオリティの高さが尋常ではない。よくあの時代の感覚を画面に表せたなと感動を覚えるほどで、そこから画面に惹きこまれていくんですよ。CGやセットを潤沢に使える訳ではないと思いますが、作り物感がなく、その時代の雰囲気がダイレクトに感じられるし、撮影も時代の空気感を各場面で捉えている。そこが大きな評価ポイントですし、桐島聡を演じた毎熊克哉が生涯の代表作になるであろう素晴らしい演技をみせています。主に潜伏生活を描いていますが、違う名前で暮らしていても、それでも確かに彼は桐島だという説得力が全場面にある。高橋監督も、OAFF2012でオープニング作品となった『道~白磁の人~』の監督だったので、帰ってきてくれた!という感じですね。
(江口由美)
 

≪映画祭概要≫
名称:第20回大阪アジアン映画祭(OSAKA ASIAN FILM FESTIVAL 2025)
会期:2025年3月14日(金)から3月23日(日)まで
上映会場:ABCホール、テアトル梅田、T・ジョイ梅田、大阪中之島美術館
公式HP:https://oaff.jp