映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

2025年9月アーカイブ

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 2025 年 9 月 7 日(日)に ABC ホールにて第 21 回大阪アジアン映画祭が閉幕し、クロージング・セレモニーに続いて、シンガポール発ドラァグクイーンと家族の再生を描いた映画『好い子(原題:好孩子)』がクロージング作品として、世界初上映された。
 
 自分を拒絶した父の死をきっかけに、実家に戻ったドラァグクイーン阿好(アーハオ)。認知症の母、理解しあえない兄。バラバラになった家族を繋ぎとめたのは、とっさについた「私はあなたの娘」という嘘だった…。ドラァグクイーン姿の息子を“娘”と信じた認知症の母との時間が、過去を受け入れ、かたくなだった心をほぐし、本当の自分を見つけるまでの愛おしい時間になっていく様を鮮やかに描く一方、多様な家族の在り方を示したヒューマンドラマだ。
 
 上映毎に本作のワン・グォシン監督、ドラァグクイーンの主人公を演じたリッチー・コーさん、母親役のホン・フイファンさんが登壇し、それぞれが日本語で自己紹介をすると、会場はあたたかい拍手に包まれた。
 
 
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 ドラァグクイーンのアーハオの外見の美しさと内面の葛藤を演じたリッチー・コウさんは「肉体的、精神的にも非常にプレッシャーを感じた」と役作りについて語り、そうした中でワン監督、指導の先生に助けて頂いたことへの感謝を述べた。一方、本作でドラァグクイーンの息子を娘と思いこむ認知症の母親役を演じた名優ホン・フイファンは、この企画を知ったとき、「認知症だとしても、息子を娘と思い込むことなんかあるんだろうか」と疑問をもったと明かしながら、実在の人物の体験をもとに翻案した脚本を読み進める中で、いくつかの場面に感動し、この物語を受け入れることができたという、「役作りにも自然に入り込むことができ、素晴らしい作品に参加することができた」と喜びを語った。
新世代のシンガポール映画界を牽引する存在として注目を集めるワン・グォシン監督は、「観客の皆さんにもシンガポール映画からシンガポールなりの人間、家族のあたたかさ、やさしさを感じて頂けることを願っています」と挨拶し、笑顔で観客の拍手に応えた。
 
 
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 上映後のQ&Aでは、「この映画を観るのは2回目ですが、今も泣いています」(リッチー・コウ)、「今日初めて観ました。感じたことはみなさんと同じで、心から感動しました。撮影中は一生懸命役に没頭し、自分が別人のようになっていました。みなさんも人間への優しさを感じたのではないでしょうか」(ホン・フイファン)、「この映画は200回以上観ていますし、この会場でみなさんと一緒に見て、あちらこちらで泣き声が聞こえてきました。
ご覧いただき、本当にありがとうございました」(ワン・グォシン監督)と世界初上映の感想を明かした。
 
 本作の実話の部分、脚色した部分を聞かれたワン監督は、自身の親友、アーチェンさんの実話に基づいているとし、「映画でも描かれていますが、アーチェンさんの母がトイレで倒れたとき、彼がFBを使って助けを求める発信をし、私もその投稿を見たのです。その後彼と会い、どういう助けが必要なのかと話を聞いたところ、認知症を患っていることを知りました。母が認知症を患ってから周りの人の見方が変わってくるし、ドラァグクイーンも社会の底辺で生きてきたので周りの目線を気にしています。この母と息子の実話のうち、映画ではアーチェンの様々な要素を主要人物に分けて描くことで、アーチェンを表現しています」と回答。
 
 
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 また自身もゲイで母を認知症で亡くしたという観客から感想とともにドラァグクイーンの役作りや認知症の演技についての質問が寄せられると、リッチーさんは「自分自身のお話を我々と共有いただき勇気のある方だと思います。これからも前向きに暮らしてください」と語りかける一幕も。そんなリッチーさんは、役者が演技をするときは自分が演じる役柄、今回の場合は実在の人物、アーチェンさんに対してまず尊敬の念を抱かなければいけないとし、演技のバランスについても言及。「クランクインの1年前にアーチェンさんと知り合い、ずっと彼と行動をともにしたり、彼のパフォーマンスを見に行ったりするうちに、次第に彼への理解を深めていきました」と実在の人物を演じるための準備について語った。
 
 
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 一方、認知症を患う母を演じたホンさんは、普段患者の方がどんな行動をしているかを観察し、認知症患者特有の振る舞いや行動パターンを一生懸命研究したと明かし、「演技を強調しすぎると違う症状に見えてしまうので、監督に聞きながら細心の注意をし、平常心で普通の人間の暮らしの演技を心がけ、ところどころ認知症の行動パターンを取り入れました」と自身の取り組みを振り返った。
 
 
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 最後に、ドラァグクイーン役にリッチー・コーさんにオファーした理由を聞かれたワン監督は開口一番「リッチー・コーと出会っていなければ、多分この映画を撮らなかったでしょう」と断言。アーハオ役をキャスティングする際、役者の性的指向は全く念頭になく、5年間適した人を探し求めていたという。テレビドラマ『ユア・ワールド・イン・マイン』で、リッチー・コーさんが自閉症を患う青年を演じていたのを偶然見たワン監督はリッチーさんならこの役をできるとオファーしたと明かし「彼と出会えたのはわたしの福だと思っています」と笑みを見せた。ワン監督のコメントを受けて、リッチーさんも「逆にこの監督がいなければ、僕もこの映画に出演できなかった。同じですね」と応じ、鳴り止まない拍手に笑顔で手を振った。
(江口由美)
 

 
<作品情報>
『好い子』 世界初上映 World Premiere
2025年/105分/シンガポール
原題:好孩子/英題:A Good Child
監督:ワン・グォシン (ONG Kuo Sin/王國燊)
出演:リッチー・コー(Richie KOH/許瑞奇)、ホン・フイファン(HONG Hui Fang/洪慧芳)、ジョニー・ルー(Johnny LU/路斯明)、チャーリー・ゴー(Charlie GOH/吳清樑)、シェリル・チョウ(Cheryl CHOU/周智慧)
 
舞台挨拶写真:(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026
ポスタービジュアル:©️ALL RIGHTS RESERVED © 2025 BYLEFT PRODUCTIONS
 
 
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 第21回大阪アジアン映画祭が2025年9月7日(日)に閉幕し、中国映画『最後の夏』がグランプリ(最優秀作品賞)に輝いた。また、焦点監督として特集上映された田中未来監督は、芳泉短編賞スペシャルメンション(『ブルー・アンバー』)とJAPAN CUTS Award(『ジンジャー・ボーイ』)のW受賞となった。
 
グランプリ以下各賞を受賞結果とともにご紹介したい。
 
 
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■ グランプリ(最優秀作品賞) 

『最後の夏』(The Last Summer/夏墜)/中国
監督:シー・レンフェイ(SHI Renfei/史任飛)
≪授賞理由≫
脚本がとても魅力的であり、監督の一貫した演出は作品全体を掌握し、ブレることなく冒頭からラストシーンまで観客の心を掴んで離さない。
【受賞者コメント/シー・レンフェイ監督】
初来日で、大阪にもはじめて来ました。ここ数日、大阪の街をブラブラし、会場ちかくの川沿いも歩き、風を感じていると、まるでふるさとにいるような気持ちになりました。本作は、現代の中国の社会、そこで生きるひと、家族、モラル的なジレンマを描いています。今回、海外初上映で、観客の皆さんに共感したと感想を頂くことができて、とてもうれしかったです。受賞に際し、低予算の中支えてくれた制作スタッフ、家族に感謝を伝えたいと思います。大阪アジアン映画祭の皆さんにも感謝いたします。
 
 
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■ 来るべき才能賞

ホン・ソンウン監督(HONG Sungeun/홍성)
『寒いのが好き』(Some Like It Cold/차가운 것이 좋아!)/韓国
≪授賞理由≫
ホン・ソンウン監督は本作で独創的なストーリー展開力を見せつけた。審査委員全員が次回作を心待ちにしている。
 
【受賞者コメント/ホン・ソンウン監督】
大阪アジアン映画祭は私にとって特別な映画祭です。初監督作品『おひとりさま族』が大阪アジアン映画祭2022にてグランプリを頂きました。まるでふるさとのような、あたたかく包んでもらっていると感じることができる映画祭です。映画産業は困難な時期を迎えていると感じ悲観的になっていたのですが、今回の受賞で明るい気持ちで頑張ろうと思うことができました。ありがとうございました。
 
 
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■ スペシャル・メンション

『世界日の出の時』(All Quiet at Sunrise/世界日出時)/中国
監督:ジュー・シン(ZHU Xin/祝新)
≪授賞理由≫
11作品の中でも、この作品はひときわ異なるアプローチをとり、圧倒的な芸術性を放っていた。
親離れという普遍的なテーマを描きながらも、同時に現代中国の情勢をも映し出しており、その重層的な視点はまさに映画ならではの表現だ。
まるで人類で初めて言葉を持った存在「ルーシー」を探求したくなるように、私たちはこの作品を“映画の最初の言葉"のように追いかけ、深く味わいたくなった。
 
【受賞者コメント/ジュー・シン監督】
若いクリエイターとしてここに来て、大阪、日本の観客の皆さんは経験豊かでいろいろな映画をご覧になっていると思います。そうした観客の皆さん、審査委員の皆さんに評価して頂き、とても光栄に思います。私たち中国の95年生まれのこの世代は、クリエイティブな環境にある意味では様々な迷いがあり、大変な時期があるんですが、この作品が大阪アジアン映画祭で日本、世界の皆さんにご覧頂くことができたことは、感無量です。アジア映画に明るい未来がありますように、心からお祈りいたします。
 
 
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マリス・ラカル(Maris RACAL)
『サンシャイン』(Sunshine)/フィリピン
≪授賞理由≫
サンシャインの目は私たちを見逃してくれない。
牧師と彼氏の言葉を聞く彼女の姿はこの映画の信頼性を上げ、引き込んでくれた。
素晴らしい女優である。
 
【受賞者代理コメント/ジオ・ロムンタッ(プロデューサー)】
マリス・ラカルはとても熱心に作品に取り組み、脚本の読み込みに3年、新体操の選手ではないのですが、練習も熱心に取り組んでくれました。この度はありがとうございました。
 
 
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■ 薬師真珠賞

タンディン・ビダ(Tandin Bidha)
『アイ、ザ・ソング』(I, the Song)/ブータン、フランス、ノルウェー、イタリア
≪授賞理由≫
タンディン・ビダの深い人物理解に基づく演技が、謎を抱えて静かに、ゆるやかに進む「アイ、ザ・ソング」の物語に、類まれな緊張感とドラマ性を付与した。
 
【受賞者コメント/タンディン・ビダ】
こんばんは、大阪!素晴らしい賞を頂き、予想していなかったので、驚き、震えています。大阪の地で、大阪アジアン映画祭に参加することができ、賞を頂くことができて、とてもうれしく思っております。今後の創作活動にも活かしていきたいです。
 

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■ JAPAN CUTS Award

『ジンジャー・ボーイ』(Ginger Boy)/日本
監督:田中未来(TANAKA Miki)
≪授賞理由≫
田中未来監督の『ジンジャー・ボーイ』にJAPAN CUTS AWARDを授与することを光栄に思う。じわじわと、しかし力強く進む本作は独創的な世界観と演出が際立ち、閉塞感と不安を誘う。強烈な印象を残す視覚表現と明確なビジョンの持ち主である田中監督の技量を鮮明に示す作品である。
 
【受賞者コメント/田中未来監督】
インディ・フォーラム部門<焦点監督・田中未来>にて『ブルー・アンバー』『エミレット』『ジンジャー・ボーイ』の3作品を上映して頂きました。その中でも『ジンジャー・ボーイ』は特に思い入れが強い作品です。今年、カンヌ映画祭でも受賞し、今回大阪アジアン映画祭で<焦点監督>として特集して頂き、わたしの活躍の場が広がるきっかけとなった作品を名誉ある賞に選んで頂き、とてもうれしいです。
 

■ 芳泉短編賞

『初めての夏』(First Summer/첫 여름)/韓国
監督:ホ・ガヨン(HEO Gayoung/허가영)
 
≪授賞理由≫
ある老齢の女性のジレンマを一日の時間軸で描いた、非常に見応えのある人間描写である。優れた脚本に、強烈な演技と洗練された演出が光る。韓国から届けられた重要な女性の声。審査員全員、本作が最高の短編作品であると確信している。
 

■ 芳泉短編賞 スペシャル・メンション

『ミルクレディ』(Milk Lady)/日本
監督:宮瀬佐知子((MIYASE Sachiko)
≪授賞理由≫
激しくも遊び心に満ちた精神、簡潔なストーリー構成、そして計算された編集により、『ミルクレディ』は必要最小限の要素だけで物語を紡ぐ。性差別と職場の父権主義に大胆に立ち向かい、強靭な女性性を再定義する作品である。
 
『ブルーアンバー』(Blue Amber)/日本
監督:田中未来(TANAKA Miki)
≪授賞理由≫
何気ない日常のなか、ジェンダー的にどっちつかずにいる主人公が究極の選択を突きつけられる。その心の揺れ動きを、流麗なカメラワーク、開放的で映画的な空間、そして情熱的なラテン音楽をもって鮮やかに描きだす。
 
【受賞者コメント/田中未来監督】
名誉ある賞を頂き、ありがとうございます。今回、焦点監督として上映した3作品は、人間関係の普遍的な問題や、自分と他者とのちがいに思い悩むひとを描いています。観客の方から共感できた、自分はひとりではないという感想を頂くことができ、作品を作り、上映できた意義があったと感じることができました。今後も作品をつくり続けたいので、応援よろしくお願いいたします。また大阪アジアン映画祭に戻ってこられるように精進いたします。
 
 
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■ 観客賞

『嘘もまことも』(Truth or Lies)/日本
監督:磯部鉄平(ISOBE Teppei)
 
【受賞者コメント/磯部鉄平監督】
大阪在住なので、今日もツッカケ履いてチャリで、観客気分で来ました。大阪アジアン映画祭は元々観客として来ていて、映画を撮りはじめてから、いつかこの舞台に立てたらいいなと思っていました。その願いが今日叶い、嬉しいです。ちゃんと靴を履いてくればよかったです(笑)
 
第21回大阪アジアン映画祭公式ウェブサイト https://oaff.jp
 
(C) OAFF EXPO2025-OAFF2026
 
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 初長編の『おひとりさま族』でOAFF2022グランプリに輝いたホン・ソンウン監督がコロナ禍の国家統制をゾンビ・エンデミックの時代に置き換えて描く社会派コメディ『寒いのが好き』が、第21回大阪アジアン映画祭コンペティション部門作品として9月4日ABCホール(大阪市北区)で日本初上映された。
 
 噛まれるとゾンビになる疫病が猛威を振るい、国によるゾンビ撲滅作戦が行われていた時代、契約社員としてゾンビ掃討チームで働いていたナビが、理性を残し、人間の言葉がしゃべれるゾンビに窮地を助けられたことから始まる物語は、従来のゾンビに対するイメージが覆される。仕事を解雇され、結婚を約束していた彼氏との関係がギクシャクする中、ナヒは高温の環境下では死んでしまうゾンビを、人間に戻るワクチンができるまでアラスカに避難させる団体のことを知り、彼女を助けてくれたゾンビ“ウンビ”と共に、船が出発する釜山に向かうのだった…。
 
 
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 本作は韓国国家人権委員会からの依頼で製作された、人権映画プロジェクトの第16作で、人権を考える上で、自分たちがコロナパンデミックで体験した状況を映画に取り入れようと思ったとホン監督。またチョンプロデューサーは「人権というと重く難しい問題というイメージがあるが、文化、政治を含めながらも、気楽にみなさんに近寄っていただける話を作りたいと思った。コロナ下で大きく生活が変わった方、あまり変わらなかった方と、いろいろな人生を過ごしてきた人がいると思いますが、それらを含めてホン監督とキャラクター設定を話し合いながら、二人で脚本から作り上げた作品です」と作品の背景を語った。
 
 主人公ナヒの設定について話が及ぶと、ホン監督はナヒがゾンビを助けるという関係性に持っていくために、置かれている現実から脱出し、彼女の責任を軽くしてあげる設定が必要だったと解説。仮にナヒの仕事が順調だったとしても「彼と結婚するという執着からの脱出」するために、ナヒが現実から脱出する話にするつもりだったという。
また、ナヒのキャラクターについて特にたくさん話し合ったというチョンプロデューサーは、「30代前半の女性で、非正規社員であり、結婚を控えているという設定は、どの国の女性でもこの年代は社会的にも個人的にも囲いの中に入れられてしまうことを象徴しています。そういう囲いから解放させるという側面も考えました」と力を込めた。
 
 
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 また本作で登場するキャラクターを、ゾンビそのもの、姿はゾンビだけど人間の心を持ち続けている人、人間、人間だけど冷たい心を持っていると4種類のキャラクターに分け、違う観点を持つ人たちが、どのように交わり社会を築いていけるのかを考えるきっかけにしたかったとホン監督。さらに、ゾンビの症状についても、記憶が少し残っていたり、ゾンビになることによって体に痛みを覚えるなど、多様性をもたせたゾンビを作っていくことで、「わたしたちが人生で起こる問題を解決するとき、ありのままを受け入れるのも解決策のひとつであることを念頭に置いていただきたい」とその狙いについても明かしてくれた。
 
 最後に本作は日本で公開準備を進めていることが明かされ、「俳優たちと一緒にみなさんとお会いできることを楽しみにしています」とチョンプロデューサーが締めくくり、客席から大きな拍手が送られた。ゾンビの権利についても想いを馳せる新しい視点のゾンビ×パンデミックコメディ。劇場公開を楽しみに待ちたい。
 
第21回大阪アジアン映画祭は9月7日まで開催中。
詳しくはhttps://oaff.jp まで。
(c) The Coup Distribution