『バベルの学校』
La Cour de Babel
監督:ジュリー・ベルトゥチェリ
出演:ブリジット・セルヴォー二
2013/フランス/89分/ビスタ/5.1ch 配給:ユナイテッド・ピープル
2015年年始公開
© Pyramide Films
フランスには、”Classe d'accueil”と呼ばれるクラスが学校に設けられている。他国からフランスに移住してきたフランス語を母語としないこどもたちが、不自由なくフランスで生活し、フランスで教育を受けることができるよう、フランス語学習を強化した特別クラスだ。ジュリー・ベルトゥチェリ監督は、このクラスの日常を、自然なかたちでカメラにおさめた。年代は11歳〜15歳。アイルランド、セネガル、ブラジル、モロッコ、中国……出身国も違う、言語も違う、宗教も違うといった、さまざまな事情を抱える24人の生徒たちと、彼らの自立と成長を見守るブリジット・セルヴォニ先生との交流、そのありのままの姿が、8ヶ月にわたって語られる。
テレビのドキュメンタリー番組を数多く手がけるベルトゥチェリ監督は、初の長編映画『やさしい嘘』では、2003年度カンヌ国際映画祭の国際批評家週間で大賞を受賞するという経歴も併せ持っている。
上映終了後にジュリー・ベルトゥチェリ監督と、ブリジット・セルヴォニ先生の二人が登壇、東京国際映画祭プログラミングディレクター・矢田部吉彦さんの司会で、Q&Aが行われた。
――― 監督の映画を観るのは、『やさしい嘘』、『パパの木』に続き、今回が3回めになります。どの作品にも「命の大切さ」という共通のテーマが感じられます。この『バベルの学校』では、フランス語が話せなかったらフランスで生活ができず、自分の国に帰ると今度は命が危険にさらされてしまうこどももいましたが・・・?
ベルトゥチェリ監督:常に死と生を考えてはいますが、今回は特に意識はしませんでした。ただ、この作品にはつらい経験をしてきたこどもたちも登場し、必然的に『死』は反映されていると思います。試練を乗り越えたこどもたちから、そんな命の大切さを感じていただけたとしたら、嬉しいです。
――― ブリジット・セルヴォニ先生に質問します。毎週土曜日、外国にルーツを持つこどもたち(小学生〜高校生)の学習支援をしている者です。『バベルの学校』はフランスの映画ですが、日本も同じような状況にあると感じます。両親と離ればなれで暮らしていたこどもが、ようやく親から呼び寄せられたり、将来のことを考えて母国から離れてやってくるこどもたちが日本にもいます。そんな生徒たちに接するにあたり、どのようなことを心がけ、どのように接していけばよいか教えていただけますか?
セルヴォニ先生:第一に、生徒たちの声を聞くことです。そして、生徒を励ますこと。その子の価値を引き出して自信を持たせてあげること、この3つが大切なことです。
ベルトゥチェリ監督:ブリジット(セルヴォニ先生)は、決して成績の良し悪しにはこだわりません。テストの点が悪かった場合は、教師の説明が悪かったからと考える人です。そして2−3週間後にもう1度テストをし、それでも悪ければ3回めをする。そして3回の中でいちばん高い点数を成績に反映するという方法を取っていました。そういうところがすばらしいですし、教育とは本来そういうものだと思います。
―――(司会の矢田部さんより質問)映画の中で、生徒たちが宗教について語るシーンがありましたね?
セルヴォニ先生:フランスでは、宗教を教育の場に持ち込むことを禁止しています。しかし、生徒たちの中から今ある問題を引き出し、異なる宗教を持つ人を理解できるようになってほしいと考えました。喧嘩ではなく、議論をすることによって相手の立場を考え、一緒に生活していくにはどうしたらよいか学んでもらおうとして、このような方法になりました。
――― 生徒たちの表情がとても自然でした。カメラの前でプレッシャーはなかったのでしょうか。監督はどのように撮影されたのですか?
ベルトゥチェリ監督:まず、自分のことを話し、生徒たちと信頼関係を築くことから始めました。監督である私自身が肩にカメラを乗せ、生徒と適度な距離をとりながら撮影しました。ドキュメンタリーは、被写体から自然にわき上がってくるものを撮るものと思っているので、インタビューは行わずに、自然発生した動きを私が拾っていきました。
――― 2年前に撮影されたかと思うのですが、生徒たちとは、その後も連絡は取り合っているのでしょうか?
セルヴォニ先生:生徒と先生の絆が強いクラスなので、卒業後も連絡を取り合っています。また、生徒たちも勉強を続けています。
フランスにいてさみしいといっていた子も幸せな生活を送り、落第しかけた子も進級できた。3人ほど、故郷の国に帰ったこどもたちがいたが、生徒同士も、FacebookやEメールで連絡を取り合っているという。
「10年後の彼らを撮りたい」と、ベルトゥチェリ監督は語り、Q&Aは終了した。
初めて教室でカメラを回したときは、戸惑いがちの生徒もいた。しかし、10月からの8ヶ月間、週2-3回のペースで学校に通いながら、ベルトゥチェリ監督は、生徒たちとの信頼関係を少しずつ築き上げてきた。自分自身のこと、どのような作品をめざしているかなど、監督は生徒たちに根気よく説明をした。生徒たちがカメラの前でも自然に振る舞えたのは、このような日常があったからだ。
ある朝、ブリジット先生から電話が入る。「急に転校することになった生徒がいる」と。ベルトゥチェリ監督は朝食の支度を中断し、カメラをかついで学校に向かった。感動的なシーンの数々は、ブリジット先生の理解と協力があってこそだった。ブリジット先生のこんな気配りは、本編にちりばめられたさまざまなシーンからも容易に知ることができる。そして、映画祭上映後のQ&Aで、「生徒たちへどのように接するべきか」という観客からの問いに対する、先生の答えが心に残る。「生徒の話を聞くこと。生徒を励ますこと。その子の価値を引き出して自信を持たせてあげること、この3つです」。
『バベルの学校』は2015年新春、日本での順次公開が予定されている。
(田中 明花)