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小説『フェイドアウト 日本に映画を持ち込んだ男、荒木和一』

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小説『フェイドアウト 日本に映画を持ち込んだ男、荒木和一』

《 読者の書評 》

(筆者、東龍造(本名:武部好伸)さんのご友人、荒川英二さんからの寄稿です。)

 

ケルト文化、映画、洋酒、大阪など多彩なテーマで精力的な執筆活動を続ける畏友・武部好伸氏が初めての小説「フェイドアウト 日本に映画を持ち込んだ男、荒木和一」(幻戯書房・刊行、1800円<税別>)に挑んだ(武部好伸ではなく「東龍造」というペンネームで。すでに書店には並んでいる)


武部氏は5年前、日本映画発展の歴史の中で、大阪と映画の関りを幅広く紹介する「大阪『映画』事始め」(彩流社・刊)を著した。なかには日本映画史を塗り替えるような新事実も含まれ、貴重な調査報道とも言える労作だった。


大阪・難波のシネコン「TOHOシネマズなんば」の1階ロビーには、「1897年<明治30年>2月15日、この地にあった南地演舞場で日本で初めて映画興行が行われた」ことを記念する金属製のプレートが、壁に埋め込まれている。1953年<昭和28年>につくられたプレートには、その興行に尽力した会社・稲畑商店の名も記されている。


しかし実は、その約2カ月前の、1896年<明治29年>12月、荒木和一(1872~1957)という男が、大阪・難波の鉄工所内で「日本で初めて」スクリーン上に映画を映し出していた新事実が、武部氏の綿密で粘り強い調査の結果、浮かび上がったのだ。この経緯は「大阪『映画』事始め」の第一章で綴られた。この小説は、作者曰く「その第一章を膨らませ、物語に紡いだ」ものである。

 

荒木和一(1872~1957)。大阪・天王寺の文具店の長男に生まれたが、事情があって16歳で、ミナミで舶来品の雑貨販売業を営む荒木家の養子となる。若干24歳で単身渡米し、エジソンが開発したヴァイタスコープという「映写機」を、ニューヨークで持ち前の英語力を活かして本人に直談判して購入。日本で初めてスクリーン上で動く画像を映し出した男である。

武部氏はこの小説「フェイドアウト」で、荒木を主人公として、その行動力と情熱に満ち溢れた人生を、様々な取材によって、濃密に肉付けしながら描いた。


物語は、荒木がエジソンと出会う場面(序章)から始まる。そして、一転、荒木の生い立ちを時系列でたどる。読者は読み進むうちに再び、エジソンとの直談判に場に引き戻される。そして、念願叶ってのヴァイタスコープの輸入、東京や名古屋にまで興行に走り回る日々、ライバルとも言える稲畑勝太郎(稲畑商店店主)のシネマトグラフ興行との攻防を同時並行で描きつつ、飽きることなく読ませる。


本業(舶来品輸入販売など)そっちのけで、あまりに働き過ぎて健康を害した荒木。魑魅魍魎がうごめく興行界に嫌気もさして決別した後、本業に戻りつつ、語学の才能を見込まれて、政府や経済界の「通訳」などとしても活躍するが、より詳しい話は本をお読み頂きたい。


興行界からの決別シーンの後は、一転、59年後の1956年<昭和31年>に場面が転換する。84歳になった荒木は、堺の自宅書斎で、新聞記者からインタビューを受け、映写機初輸入など自らの映画との関りをあれこれと振り返った。


事実に基づいた創作ではあるが、作者は(あとがきで)どこまでが事実で、どの部分が(イマジネーションをふくらませた)創作なのかを詳しく明かしている。元・新聞記者らしい「誠意」が感じられてよい。荒木和一の「影」の部分も含めて、ほぼ全人間像を描ききった「評伝」としても立派に成立していると言っていい。


練達のジャーナリストであるから、文章が巧みなのは至極当然とも言えるが、物語の展開が見事である。場面(シーン)の転換は、まるで一つの映画を観ているような錯覚にも陥る。文章も奇をてらった、純文学的な小難しい表現は皆無で、実に読みやすい。300ページ近い長編なのだが、あっと言う間に読み切った。


武部氏は、初の小説ですでに、ジャーナリスティックな技量だけではない、シナリオライターとしての才能までも開花させた。ただただ凄いというしかないが、これは長年、彼が(映画ライターとして)膨大な映画を観続けてきた蓄積=努力の賜物でもあろう(欲を言えば、巻末に荒木と稲畑の写真、それに年表/年譜があれば、より物語への理解がすすんだであろう)。

 

【追記】読み終えて思ったのは、大阪や京都が主な舞台となるこの小説、これは(NHK大阪局制作の)朝の連続ドラマにぴったりの脚本にもなるということ。この私の文章をお読みのNHK関係の方々、ぜひ社内でご提案を。
 


【荒川英二氏プロフィール】

 1954年生まれ、元朝日新聞記者。在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信し、クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。14年5月、大阪・北新地にオーセンティック・バーBar UKをオープン。お酒(モルトウイスキーやオールドボトルなど)、洋楽(ジャズやロック)、ピアノ演奏が大好きなマスターとして知られている。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。

★Bar UK:大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F  06-6342-0035)

★Bar UK Official HP & Blog(https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/)


 

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