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朝ドラ「おちょやん」記念 「浪花の名女優 浪花千栄子」特集上映 開催!

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卓越した演技力と存在感で、巨匠たちから愛された名優・浪花千栄子。

数々の名作に出演するとともに、

喜劇からホームドラマまで、映画に欠かせない名脇役だった。

“大阪のお母さん”と親しまれた名優の15作品を一挙上映!

 

現在、大好評放送中の NHK 朝の連続テレビ小説「おちょやん」。“大阪のお母さん”と呼ばれた名優・浪花千栄子さんをモデルに、戦前から戦後の大阪で貧しく生まれた少女が女優を目指す生涯を描いた物語。あまりに過酷な生い立ちと人生でありながら、ひたむきに明るく生きる主人公に、「出演作品が見たい」という声が数多く寄せられ、この度、浪花千栄子さんが出演している代表作を集めた「浪花の名女優・浪花千栄子」を開催する運びとなりました。

浪花千栄子さんは、1907(明治 40)年生まれ。1926 年(昭和元年)、東亜キネマで銀幕デビュー、その後「松竹家庭劇」を経て、戦後の 1950 年代、40 歳半ばにして NHK ラジオ「アチャコ青春手帖」「お父さんはお人好し」で花菱アチャコと共演し、一躍人気者となり、その後は銀幕で出演が相次ぎ、関西弁を駆使した名脇役として活躍。圧倒的な演技力と存在感で、娯楽映画から日本映画の巨匠たちによる文芸大作まで、日本映画の黄金時代を支えた屈指の名優でした。


映画から、舞台・ラジオ・テレビで大車輪の活躍を見せ、「大阪のお母さん」として愛された浪花千栄子さんの銀幕の仕事を振り返り、代表作 15 作品を一挙上映いたします。
 


朝ドラ「おちょやん」記念 「浪花の名女優 浪花千栄子 」特集上映開催!

★ 開催時期/2021 年 5 月 8 日(土)〜28 日(金) 3 週間

★ 開催場所/シネ・ヌーヴォ(大阪・九条) 電話 06-6373-1211 
    地下鉄中央線・阪神なんば線「九条駅」徒歩 3 分(大阪市西区九条 1-20-24)

上映作品の詳細はこちら⇒



“大阪のお母さん” 浪花の名女優 浪花千栄子「私の半生は、人に、かえり見もされないどぶ川の泥水でございました。自分から求めたわけではありませんが、私という水の運命は、物心つく前から不幸な方向をたどらされておりました。しかし私は、子供のときから、泥水の中にでも、美しいはすの花が咲くことを信じていました…」(浪花千栄子著『水のように』から)

あまりに薄幸な子供時代を送りながら、必死の努力で大女優となった浪花千栄子さん。唯一の自叙伝『水のよいうに』では、想像を絶する半生を送りながらも「花や木を生きかえらせ、鳥獣の生活をうるおし、人のかわきをいやし、そしてかわいた地面へくまなくしみ通ってゆく、そんな役目の水になって、神仏から賜った残生を、静かにして強く生きていきたい」と「水のように」生きる心境が記されています。

浪花千栄子さんをモデルとした朝ドラ「おちょやん」で、過酷な少女時代を送った彼女の人生に関心が寄せられるとともに、その後も実の父親からの仕打ち、さらに夫からてひどい傷を心に負いながらも、ひたむきにひたすら努力と精進で生き抜き、映画になくてはならない存在感を持った大女優となった浪花千栄子さんの出演作に注目が寄せられています。


浪花千栄子さんは、1926 年(昭和元年)、東亜キネマで銀幕デビューし、その後、帝キネを経て、1930 年(昭和 5 年)に 23 歳で 2 代目渋谷天外、曾我廼家十吾らが旗揚げした「松竹家庭劇」に加わり、天外らが旗揚げした「松竹新喜劇」で看板女優として活躍。1952 年、NHK ラジオの「アチャコ青春手帖」に出演、同「お父さんはお人好し」でも花菱アチャコと共演し、一躍人気者となり、番組も後に映画化されています。

その後は、銀幕で出演が相次ぎ、関西弁を駆使した名脇役として活躍。圧倒的な演技力と存在感で、娯楽映画から日本映画の巨匠たちによる文芸大作まで、日本映画の黄金時代を支えた屈指の名優のひとりでした。溝口健二『祇園囃子』(53 年)でブルーリボン助演女優賞を受賞。終戦後の焼け跡から復興をとげた昭和の激動の時代、浪花千栄子さんは舞台・ラジオ・映画・テレビで大車輪の活躍を見せ、「大阪のお母さん」として愛される存在でした。

浪花千栄子さんの人生をモデルにした朝ドラ「おちょやん」公開を記念し、浪花の映画館=シネ・ヌーヴォで浪花千栄子さんの仕事を振り返り、15 作品を一挙上映いたします。


【浪花千栄子さん 略歴】
本名、南口キクノ(なんこう・きくの)、1907 年(明治 40)大阪府生まれ。4 歳で母が死別、8 歳で道頓堀に女中奉公に出される。18 歳で京都に出て女給となり、女優に誘われ村田栄子一座に入る。劇場主の推薦で東亜シネマ等持院撮影所に入る。その後、1927 年に浪花千栄子の芸名で舞台に立つ。1930 年(昭和 5)23 歳で、2 代目渋谷天外、曾我廼家十吾らが旗揚げした「松竹家庭劇」に加わり、天外と結婚、さらに天外らが旗揚げした「松竹新喜劇」でも看板女優として活躍する。1950 年、天外の浮気から離婚し、退団する。

1952 年、NHK ラジオドラマ「アチャコ青春手帖」での花菱アチャコとの掛け合いで注目を集め、「お父さんはお人好し」で人気を不動のものにした。同時に、映画出演も続き、溝口健二『祇園囃子』でブルーリボン助演女優賞を受賞して以来、溝口、小津安二郎、木下恵介ら巨匠たちに重用される。代表作に、豊田四郎『夫婦善哉』、黒澤明『蜘蛛巣城』、内田吐夢『宮本武蔵』、小津安二郎『彼岸花』など日本映画の名作に数多く出演。テレビドラマでも『太閤記』『細うで繁盛記』などで活躍。後半生は京都嵐山で料理旅館「竹生」を経営した。自叙伝に『水のように』がある。1973 年急逝、享年 66。没後、勲四等瑞宝章受章。