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「戦争や死を克服するものがあるとすれば、それは愛」戦争体験者が主演を務めるウクライナの近未来映画『アトランティス』に滲む終わりなき闘い@第32回東京国際映画祭

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「戦争や死を克服するものがあるとすれば、それは愛」戦争体験者が主演を務めるウクライナの近未来映画『アトランティス』に滲む終わりなき闘い@第32回東京国際映画祭
 
 現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第32回東京国際映画祭で、コンペティション部門作品のウクライナ映画『アトランティス』が上映され、大ヒット作『ザ・ドライブ』ではプロデューサー兼撮影監督として関わったヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督と、主演のアンドリー・リマルークが記者会見や上映後のQ&Aに登壇した。
 
<物語>
 終戦後地元に戻りながらも、PTSDに苦しむ元兵士のセルヒーは、元兵士仲間の自殺や、勤めていた鉄工所の閉鎖と、次々と不幸な出来事が襲いかかる。給水の仕事を始めたセルヒーは偶然エンストした大型トラックをみつける。ボランティアで戦死者の死骸を掘り出す団体に参加していたカーチャと共に死骸を目的地に届けたセルヒーは、空き時間にカーチャの活動に参加したいと申し出るのだったが…。
 
 
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■近未来に設定することで、戦争によってどのような変化がもたらされるかを描くことができた(ヴァシャノヴィチ監督)

 「ウクライナではまだ戦争が続いていることを思い起こすためにこの映画を作りました」と言うヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督。これまで撮られた多くの戦争映画は戦争終結後10年以上経って撮った映画が多いが、2017年に戦争終結したウクライナで戦争をテーマにするにあたり、あえて近未来にするのは、より普遍的な問題として捉える狙いがあったという。「敵は悪いものという考えや、政治的なものが排除され、戦争によってどのような変化がもたらされるかを描くことができました。戦争や死を克服するものがあるとすれば、やはり愛ではないかと考えています」
 

 

■私自身がこの戦争経験者なので、映画の出来は100%真実に近い(リマルークさん)

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 ドキュメンタリー出身のヴァシャノヴィチ監督は、主演の元兵士、セルヒー役にプロの俳優は使わず、戦争の実体験がある人を使うことを決めていたという。さらに「戦争によって精神的なトラウマを受けたPTSDを抱えた人を採用しました。その深い部分の表現はプロの俳優でもできません」
一方、アンドリー・リマルークさんは、「私自身がこの戦争経験者なので、映画の出来は100%真実に近いと確信しています。私は1年半に渡って戦争に参加し、そこで目にしてきたものは血、死、爆発とさまざまなものでした。ウクライナの戦争経験者はだいたいPTSDを抱えています。映画の中では、現在のウクライナ人が抱える問題を如実に示しています。戦争経験者の10%がアルコール依存症に陥り、7〜8%が自殺してしまうという統計データもあるのです」と自身の体験や、ウクライナ戦争経験者が抱える問題について語った。
 
 
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 ダイナミックな自然をバックに、ほぼ固定カメラでワンシーンワンカットでつないでいく手法が非常に効果的だが、ヴァシャノヴィチ監督は「大きな画面のフレームワークで、長回しの撮影をすることで、よりドラマチックなシーンを再現し、主人公たちの感情的なところを伝えることができます。より現実に近い感情を伝えることに重きを置きました。映画の中で人物だけでなく、人物を取り巻く環境も撮りたかったのです」とその狙いを語った。
 
 
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■戦争に参加していたことを思い出し、イメージを膨らませながら撮影に臨んだ(リマルークさん)

 一人芝居のシーンが多いリマルークさんは、「私にとっては価値のつけられないぐらい貴重な経験をさせていただきました。2015年戦争に参加していたことを思い出し、イメージを膨らませながら撮影に臨みました」と謙虚に撮影を振り返った。過酷な撮影の中でも、ある意味ユーモアが込められ、非常に印象に残るのは、岩で囲まれた場所でパワーショベルのバケットに給水車から水を入れ、下にはガソリンで火を焚いて、お風呂にように浸かるシーン。実際には「水が温まるまで待ってはいたのですが、とても寒く、冷たくて、大変でした」(リマルークさん)というこのシーン。最初は「鉄工所の鉄が入っているプールを想定していた」(ヴァシャノヴィチ監督)というが、それとは別にプールから真っ赤な鉄が斜面を流れるダイナミックなシーンがあるのも、本作の見どころなのだ。
 

 

■死せる土地で、何が人間をそこに止めるのかというテーマを普遍化して伝える(ヴァシャノヴィチ監督)

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 本作では「大地が汚されてしまったのを元に戻すには何十年もかかる」と懸念しながら、それでも生きていくという力強いメッセージを感じさせるが、ヴァシャノヴィチ監督は「日本の原発事故の影響も存じていますし、ウクライナの東部は数年前に起きた戦争で、人が住めない地区になりつつあります。ウクライナ東部の環境破壊は悲劇的で、鉱山が荒廃したまま放置されており、そこに溜まっている水が上限を超えると、飲料水を汚染することになり、つまり人間が住めなくなる土地になってしまうのです。死せる土地で、何が人間をそこに止めるのかというテーマを普遍化して伝えようと思いました」とその狙いを語った。汚染水の処理も、地雷の除去も何十年の長きに渡って対処しなければならない、まさに戦争後の闘いが続くウクライナの地で、それでもそこで生きていくことを誓った男の未来をぜひ、確かめてほしい。『アトランティス』は、11/05(火)14:35より上映、ゲストも登壇予定だ。
(江口由美)
 

 
第32回東京国際映画祭は11月5日(火)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
第32回東京国際映画祭公式サイトはコチラ