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「シンプルな歌、詩を通して、変革するインドネシアの悲劇を描く」 ガリン・ヌグロホ監督、出演アニサ・ヘルタミさん『めくるめく愛の詩』を語る@TIFF2018

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「シンプルな歌、詩を通して、変革するインドネシアの悲劇を描く」
ガリン・ヌグロホ監督、出演アニサ・ヘルタミさん『めくるめく愛の詩』を語る@TIFF2018
 
1970年代から90年代までの激変を遂げたインドネシアを舞台に幼馴染の男女の一筋縄ではいかない恋と、彼らの家族の苦難を描いた『めくるめく愛の詩』が、現在TOHOシネマズ六本木他で開催中の第31回東京国際映画祭で10月27日に上映され、ガリン・ヌグロホ監督と、ヒロイン、ユリアの母親を演じたアニサ・ヘルタミさんが登壇した。
 
スハルト独裁政権下の90年代から精力的な映画制作を行い、東京国際映画祭で長編デビュー作『一切れのパンの愛』(91)、07年には同映画祭の国際審査員を務めたガリン・ヌグロホ監督。カトリックを扱った『スギヤ』(12)、イスラム原理主義を扱った『目隠し』(11)ではインドネシアが直面している問題に鋭く切り込み、まさにインドネシアの巨匠と呼ばれる存在だ。「国際交流基金アジアセンター presents CROSSCUT ASIA #05 ラララ♪東南アジア」部門作品として上映された本作は、一転してミュージカル的要素を取り入れながら、経済的成長を遂げつつある時代に生まれ育った若者たちの姿を描いている。
 
 
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『めくるめく愛の詩』には自身の実体験や生い立ちをかなり反映したというヌグロホ監督は「今回描いた時代は、音楽、ファッションも美しく、ユニークなものがあるとても美しい時代でした。(ユリアと幼馴染の破天荒な)ルーミーのキャラクターも100%ではないけれど、僕自身の要素が入っていますし、映画の中の詩も自分で書いています」と自らの青春時代を回想するような物語でもあることを示唆。大学生になったルーミーが反政府行動を疑われ、連行されるくだりも「私が高校の頃、兄は大学に入りスハルト政権に反発していたので、大学から出られなかったのです。私が大学に食べ物を差し入れた経験があります。当時は裕福な学生は政権に反発させないように、いい大学に入れたり、政府が助成金を出してわざわざ海外留学させていました」。
一方、ヘルタミさんは、この脚本を読んで「音楽も詩も美しいし、監督はなんてロマンチストなのだろうと思いました」と印象を語ると、自身が演じた母親役については、「ただ美しいだけではありません。当時のインドネシアの女性は大変苦労をされています。映画でも腐って木から落ちたフルーツを一生懸命拾い、刻んだものを水に浸して、(ドリンクにして)市場で配ることで生計を立てるシーンがありますが、演じていても悲しかったですし、女性にとって大変な時代であったと実感しました」と当時のインドネシアの女性たちに思いを馳せた。
 
根底には時代の変化をどう感じて生きて行くかがテーマでもある本作。ヌグロホ監督は「時代の変化を象徴するために、様々なディテールを盛り込みました。テレビが普及することによるラジオ(ユリアの父の仕事)の衰退や、それぞれの時代の雑誌の変遷だけでなく、ルーミーの家族のレモネード工場閉鎖という経済的な困難を物語に取り入れています。60年代から90年代は、時代の変化が如実に人々の生活に影響してきたと思います。日常的な時代の変化を盛り込みながら、国全体の変化 政治の変化を加えながら、時代の変化を描いたつもりです。それと同時に、シンプルな歌、詩を通してその時代の悲劇や、時代の変化を乗り越えて生きていかなければならかった悲劇を描いています」と作品に込めた意図を明かした。ヘルタミさんも「この映画は決して恋人同士のラブストーリーだけではないと捉えています。物語の中で、インドネシアの変化を垣間見ることができる作品です。私の世代はアナログからデジタルに変換する時代や、97年にスハルト大統領による革命で民主主義政権に変わったことを体験しています。とても混沌とした時代を経て、私自身が育ったわけで、この映画でもそのようなインドネシアの変化を垣間見ることができると思います」と自身の体験を踏まえながら、映画で描かれているインドネシアの変化について語った。
 
 
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音楽映画的な見どころも大いにある本作。描かれた時代は70年代で映画ポスターや雑誌などは当時のものが使われている一方、音楽は50年代のものが中心となっているが、「50年代はインドネシアが独立した時代で、彼らの親御さんは50年代に生きた人たち。主人公たちは若いけれど、両親が好きな音楽が家でもかかっていました。それがある種の母親の視点であったり、ルーミーとユリアの視点にもなり、音楽で一つになるという風に、あえて両親の世代に当たる50年代の音楽を使いました。ちなみに映画の中で、ユリアの家を訪れ、様々な男性が彼女にアプローチをするシーンがありますが、ギターを弾いて愛を伝える男のくだりは私の父が母に対して実際に弾き語りをしたエピソードが元になっています」と、ここでもヌグロホ監督の個人的な体験が盛り込まれていることを明かした。
 
最後にイスラム圏でもあるインドネシアで、同時代の女性の進出について聞かれたヌグロホ監督は「9.11以降、インドネシアでもラジカリズムという言葉が使われるようになりました」と指摘。「それまではカバヤという民族衣装をつけ、伝統的な髪型をした女性が多かったのですが、テロということが人々の意識の中に入り、考え方が変わっていきました。『目隠し』という映画では若者がテロの団体に入って行く物語を描きましたが、なぜそういうことが起きたのか、私自身は映画を通して答えを見出し、提示したいと思っています」と、9.11以降の流れを含めながら、自身の映画制作の姿勢を熱弁。遅い時間のQ&Aだったが、観客から熱い拍手が送られた。
 
第31回東京国際映画祭は11月3日(土)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、EXシアター六本木他で開催中。
第31回東京国際映画祭公式サイトはコチラ
(江口由美)