~様々な“人生”が彩るフランス映画の神髄~
新作12本の内『愛と死の谷』以外の11本は既に配給が付いており、今夏から来春にかけて公開が決定している。すべてフランスらしい独特な映像表現や人生そのものを描いた深いテーマの作品が多く、新人のオーディションに6か月も掛けたり緻密な脚本に拘ったりと、強い創作意図が感じられる作品ばかり。テレビ局や俳優プロダクション主導のコミックベースの映画ばかり撮っている日本の映画陣は、もっと大人になってほしいものだ。
さて、順位は付けがたいが何度でも観たいと思った作品は、『The Final Lesson(仮題)』(秋)、『奇跡の教室』(8/13)、『太陽のめざめ』(8月)、『アスファルト』(9月)。尊厳ある最期を迎える自由をテーマに、理解し寄り添う愛のカタチを示した感動作『The Final Lesson(仮題)』。重くなりがちなテーマを、笑いの絶えない軽やかな会話を中心に、柔らかな光に包まれた映像で描いた秀作。
子供の可能性を信じ、忍耐強く見守り指導していくことの尊さを教えてくれた『奇跡の教室』と『太陽のめざめ』。実話を基にした『奇跡の教室』は、移民の多い混沌とした教室の生徒たちに、ナチスのユダヤ人虐殺という歴史に向き合わせることで、真実を知ることの重要性と生きていることの幸せを実感させる感動作。
一方、『太陽のめざめ』は、不良少年の更生を通して、だらしない母親や長年忍耐強く指導してきた判事や指導員などの周囲の大人たちの在り様を描いている。カトリーヌ・ドヌーヴやブノワ・マジメルというベテラン演技派に拮抗していたのが、少年役に大抜擢されたロッド・パラドだ。建具師の訓練を受けていた時にスカウトされた17歳の新人(今年20歳)が放つ鋭い眼光の変化は、少年の更生を繊細に物語る。『モン・ロワ』で主演し、昨年のカンヌ国際映画祭でルーニー・マーラーと共に主演女優賞に輝いたエマニュエル・ベルコによる、緻密な脚本と演出が光る感動作。
孤独な心の隙間を埋める真心がもたらす奇跡のような愛情物語を3つのエピソードで綴った『アスファルト』。パリ近郊の古い団地に住む孤独な3人に、イザベル・ユペールやヴァレリア・ブルーニ・テデスキにマイケル・ピットという豪華俳優が、それぞれ“落ちる”をキーワードに絡んでいく。飄々とした単調な流れの中に熱い感情がこみ上げてくる、人間讃歌の物語。個人的には一番好きな作品。
巨匠クロード・ルルーシュとフランシス・レイによる現代版“男と女”の『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』(9月)。サンクチュアリーな風情のインドを舞台に、大使夫人と自己愛の強い音楽家とのラブストーリー。悠久のガンジスの流れや雑踏のシーンでもルルーシュ監督らしい流麗さが際立つ。エンディングがまたシャレてていい。
同じく、男と女のままならぬ人生を描いた『モン・ロワ』(来春)は、『太陽のめざめ』を監督したエマニュエル・ベルコがヴァンサン・カッセル相手に熱演。時には、過ぎ去った日々を振り返るリハビリの期間が、人生には必要なのかもと思わせる映画。
家族の秘密と再生を描いた①『めぐりあう日』(8月)と②『ミモザの島に消えた母』(7/23)、『愛と死の谷』。①と②は母親の不在に心を開放できず他者を愛せないアダルトチルドレンが主人公。大人の都合で封印された過去により子供は深く傷つき、さらに成長後にも影響を及ぼす悲しみが滲む。イザベル・ユペールとジェラール・ドパルデューが14年ぶりの共演となった『愛と悲しみの谷』は、気温50℃という酷暑のデスバレーで撮影された逸品。自殺した息子が引き合わせた元夫婦の再生を描いている。
サーカスの見世物から芸術家として生きようとした初の黒人道化師の人生を描いた実話『ショコラ(仮題)』(来春)。実際に起きたボンベイ同時多発テロ事件に遭遇した少女の恐怖の生還と、その後の心境を静かに描いた『パレス・ダウン』(7月)。そして、無表情な女性たちと少年たちしかいない島での驚愕の秘密を描いたスリラー『エヴォリューション(仮題)』(11月)。フランス映画らしい映像で物語る多彩なラインナップは今年も健在だった。
(河田 真喜子)