『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督トークショー
貧困層が暮らすパリ郊外の高校の問題児クラスが、ベテラン歴史教師に導かれ「アウシュビッツ」という難しいテーマの歴史コンクールに参加し、生まれ変わる様を実話を基に描いた『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』。8月6日からの劇場公開を前に、6月27日フランス映画祭2016で上映が行われ、上映後はマリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督によるトークショーが行われた。日本の観客の皆さんがどう観て下さるのか、感想を聞くのを楽しみにしていたというシャール監督。高校三年生だったアハメッド・ドゥラメさん(本作でもマリック役で出演)が監督に送った自らの体験による脚本が全ての始まりだったという本作のメイキング秘話や、アウシュビッツの生存者として歴史を継承する語りを行っているレオン・ジゲルさんが作品に参加したことにより生徒たちに与えた影響など、たっぷり語ってくださった。その模様をご紹介したい。
―――事実を基にした物語ですが、この題材とどうやって出会い、映画化に至ったですか?
マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール監督(以降、シャール監督):前作で『はじめてのとき“MA PREMIERE FOIS”』という映画を撮りましたが、そこでも若い男の子が出演しています。今回マリック役で出演もしているアハメッド・ドゥラメさんが高校生の時、私の映画を観てくれました。彼は当時高校三年生で映画が大好きでしたが、この映画の題材となっているプレテイユという街に住んでおり、あまり映画文化に触れられない中、自分の中でその思いを高めていたのです。彼は映画の世界に入りたいと思い、実際にシナリオを書いていました。プロに見てもらいアドバイスが欲しいと、インターネットで調べた色々な監督にメールを出したのです。私にも「脚本を読んでほしい」とメールが届いたので、了承し読んでみました。映画で取り上げたのではないコンクールでしたが、それをきっかけに学生がポジティブに生きているという内容でした。そこで、なぜこの脚本を書いたのか会って話を聞いてみたいと思ったのです。アハメッドさんは「抵抗と習慣」に関するコンクールに出たことで、自分の人生が変わったと話してくれました。これは面白いと思い、一緒にシナリオを書くことになったのです。
―――出演者のアンサンブルが素晴らしかったです。主な出演者はどのように選ばれたのですか?
シャール監督:オーディションを2種類行いました。プロの俳優用と、現場に行き学校で声を掛けるという方法のオーディションです。舞台となっている郊外のクレデイユで探しました。結果的に出演者の半分は少し経験のある若い俳優で、半分は高校生です。夏休み中に映画に出てみたいという人が含まれています。オーディションでは全員に会い、特に個々のパーソナリティーをしっかり見ました。シナリオを書いている時は、今の高校2年生を取材したのですが、それと同じ多様性のあるクラス、今の高校と同じようなクラスという形にしたかったので、それぞれのキャラクターが非常に有用でした。
―――最初にこの映画でアウシュビッツという言葉が字幕に出てきますが、フランス語ではどういう言葉を使っているのでしょうか?
シャール監督:アウシュビッツという言葉はフランス語でもきちんと使っています。今、子どもたちは色々な情報や映画、テレビ番組があるにも関わらず、ショアやアウシュビッツが本当に何なのかよく分からないのです。このコンクール(レジスタンスと強制収容についての全国コンクール)は防衛省が主催しており、毎年5万人の生徒が参加しています。若い世代にアウシュビッツを忘れてもらわないためのものです。
―――ゲゲン先生役のアリアンヌ・アスカリッドが素晴らしいですが、キャスティングの経緯は?
シャール監督:はじめからアリアンヌ・アスカリッド考えていたわけではありません。アスカリッドさんはロベール・ゲディギャン監督作品ばかりに出ており、私の作品には出てくれないだろうと思っていましたが、たまたま会い、シナリオを読んでもらうことができました。アハメッドと脚本を書いている時、実際にコンクールを指導していた先生に会い、アスカリッドさんと重なる部分がすごくあったのです。人間性豊かで、教師として皆をまとめて管理する一方、色々なことを伝えていかなくてはいけない。本物の先生はそういう立派さをもっており、それとつながる部分がアスカリッドさんにはありました。またお父様がレジスタンスで活動されていたとお聞きしたので、是非ゲゲン先生役をやっていただきたいと思ったのです。
―――荒れていた生徒たちが真剣に取り組むようになったのは、先生のすばらしさであり、理性的な判断と学生たちの気持ちを理解する姿勢でした。特に、情緒的な人間関係の大切さを知るという意味で、ショアの生き残りの人たちの話、記念館を見ることに監督の力点があったのでしょうか?
シャール監督:今回、脚本だけでなく本作に出演したアハメッドは両親がマリ出身です。今まではフランスの学校で歴史を知っても、自分の歴史と思えなかったけれど、このコンクールを通して歴史を感じられるようになったと話してくれました。それはアハメッドだけでなく、他の生徒も感じていることです。レオン・ジゲルさんは元々高校で自分の体験を語ってくれていましたが、映画にも出演してほしいとお願いし、当時クラスで聞いたのと同じ話をしてもらいました。それによって、生徒たちが歴史を自分のものと感じることができるようになったのだと思います。
アハメッドはまた、コンクールに参加することにより、教室の他の人にも目を向けることができるようになったと言っていました。皆で同じプロジェクトに取り組むことで、周りと話し合い、理解をするようになるのが先生の狙いでした。レオンさんが話をすることで、歴史が本でもドキュメンタリーでもなく人間になったのです。彼は、「私があなたたちの年の頃こんなのだった。生きるとはどういうことか、仲間を大事に知るとはどういうことか。ありふれた人種差別をやめるように。肌の色や宗教で差別することをやめよう」と語ります。その話を聞いた全ての生徒が、歴史を理解することができるようになったのです。
―――アハメッドさんとの共同作業や、彼が学んだこと、監督自身が刺激されたことは?
シャール監督:まず、アハメッドをよく知ることから始めました。文化も宗教も皮膚の色も性別、年齢も違いますから。この物語はとても面白いと思ったので、彼が体験したことをそのまま映画にしたいと思い、彼の自宅で何時間も過ごしましたし、彼が何を好きなのか、映画はどういうものを見るのか、質問、観察をし、協力し合いました。私が一つのシーンを思いついて書いたら、彼にアドバイスを求め、今の高校生がそのような言い方をするかどうかチェックしてもらい、ピンポンのようなやり取りをし続けました。アハメッドは俳優希望だったので、大学入学資格試験(バカロレア)で合格したら出演させてあげるという条件をつけました。受かるかどうかドキドキしましたが、無事合格できてよかったです。
―――アドリブの部分をどれぐらい入れたのでしょうか?またこの映画を作るのに、どれぐらいの時間をかけたのでしょうか?
シャール監督:オーディションに6カ月、準備に8週間、撮影に8週間かけました。生徒たちが自発的に話し、イキイキした場面が重要でしたので、全くリハーサルをしなかったシーンもありました。ゲゲン先生が「コンクールに参加しましょう」と言ったときに学生たちが矢継ぎ早に質問をし、冗談を交えるシーンは、完全なアドリブです。重いテーマですが、その中にもユーモアがある彼らの様子を、検閲のようにチェックはせず、使っています。また、カメラは常に3台用意し、自発的に出てきたものを捉えるようにしています。レオン・ジゲルさん(アウシュビッツの生存者)の語りのシーンは完全に本当の講演でした。4台のカメラで1回撮りをし、高校生たちの生の反応を捉えたのです。
(写真:河田真喜子 文:江口由美)
<作品情報>
『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』“Les Héritiers”
(2014 フランス 1時間45分)
監督:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
出演:アリアンヌ・アスカリッド、アハメッド・ドゥラメ、ノエミ・メルラン、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ、ステファン・バック
2016年8月6日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、8月13日(土)~テアトル梅田、今秋~京都シネマ、元町映画館他全国順次公開
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フランス映画祭2016(東京会場)は、6月24日(金)~27日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇にて開催。以降、大阪、京都、福岡会場にて順次開催